天井からの細い光とロウソクに浮かぶのは、薄紫の髪に白い顔の、可弱そうな青年。
「助けに来たわ!」
女の子は駆け寄って、彼の両手を取った。
「リリ・・姉さん・・!?」
そう、草原で出会った商人が持っていたのは、外見だけはそっくりな、風露の印の入った三弦。
でも、風露生まれのリリの目はごまかせなかった。
精巧なまがい物・・!
どこのどいつが! と、憤りつつ触れてみると、地下の暗い所で一心不乱にブリッジを削る、この弟の姿が視えたのだ。
先日、十年振りに会った、実の弟ナユタ。
風露の民を母として、リリは蒼の妖精として生まれ、ナユタは風露の子として生まれたけれど、かけがえのない弟である事に変わりはない。
「何て事をさせられていたの!? 可哀想に、もう大丈夫よ、逃げましょう。誰にも内緒にして来たわ。父さまにも言っていないから、安心して」
背後の入り口にドタドタと大勢の足音がした。
ヒトの大切な弟を監禁して、愛する風露に泥を塗った、腐ったゴロツキどもおぉお――!!
リリの怒りの竜巻が、火花をキンキン鳴らしながら立ち上がった。
部屋に散らばっていた板や道具が、凶器となって飛び上がる。
「ま、待って! 姉さん!」
ナユタが静電気をバチバチ言わせながらリリに抱き付き、同時に雪崩れ込んで来た男達に、大声で叫んだ。
「お前達、静まれ! このヒトは僕の姉だ!」
「お、親分の姉(あね)さん!? そんなにちっこくて?」
一瞬で風が止み、板がバタバタと落ちた。
ざんばら頭の女の子が、目玉をひんむいて弟を振り向く。
「お・や・ぶ・・・・?」
「うん、僕が、偽風露ブランド偽造団の親分。いや生まれてこの方ヒトの上になんか立った事ないから、照れちゃうよね」
ケロリと言う弟に、リリは肩から衣服をずり落ちさせながら、口をパクパクさせた。
「あ・あ・あんた・・あんた、自分が何をやっているか・・」
左右に泳いだ目は、やがて背後の男達に焦点を合わせた。
「あんた達ね~! この子が世間知らずなのをイイコトに、巧い事言って騙したんでしょう!」
「うあああ、俺達じゃねえ、そいつから持ち掛けて来たんだ! 言い出しっぺはそいつだ! 自分が見本と型を作るから、どんどん量産しようって」
男達は、悪鬼のようなオーラを出して迫る娘に後ずさりしながら、必死でまくしたてた。
「嘘おっしゃい!」
「嘘じゃないよ、姉さん」
後ろから肩に手を置かれて、リリは口をへの字にして振り向いた。
「何やってんのよ、あんた、何やっちゃってんのよ……」
紫の大きな瞳から、涙がボロボロ溢れる。
「姉さん、落ち着いて」
ナユタは姉を椅子に座らせて、男達に命じて散らばった物を片付けさせた。本当の本当に親分らしい。
弟が、風露の楽器職人として落ちこぼれていたのは聞いていた。
「だからってあんた……こんな形で恨みを晴らさなくても……」
「姉さん、僕は誰も恨んでなんかいないよ。自分の考えでやっているんだ」
リリは涙でぐしゃぐしゃの目を上げた。
「ど、どんな考えだって……」
「僕の目標は、この世界に偽風露ブランドを蔓延させる事なんだ」
「なんですってええ!!」
リリはもう一度立ち上がった。
「ナユタ、そこに控えなさい! 風露の民として姉として、責任を持って貴方の両腕を切り落とします!」
片付けをしていた男達の方がビビって物を取り落とした。
ナユタは静かに、取り乱した姉を見た。
「姉さんがそう言うのなら従うけれど…… 話くらいは聞いてくれるよね」
「どうぞ」
能面のような無表情で言って、リリはドスンと座り直した。
「この世界に偽風露ブランドが蔓延したら、どうなると思う?」
「それは勿論……酷い事になるわ」
「酷いってどんな?」
「どんなって……」
「実はあんまり何も変わらないんだよ、姉さん。ただ、風露ブランドと偽風露ブランドが存在する世界になるだけだ」
「??」
青年は、削りかけのボディを手に取って撫でながら、訥々(とつとつ)と続ける。
「そもそも、風露の楽器はあの谷で、一個一個受注生産される物だ。注文は直接来た者からしか受け付けない。そのヒトの身体に合わせるんだから。そんな事、風露の楽器を愛する者なら誰でも知っている事だろう?」
「そうだけれど……」
「だから、世の中に偽物が一杯フワフワ存在したって、風露の楽器を愛する者達の迷惑にはならない。あそこ以外から買わないんだから」
「へ、屁理屈だわ!」
そんな理由で詐欺を正当化されたら堪らない。
「風露の民が紡いできた歴史は? 尊厳は? それらを土足で踏みにじる行為なのよ! 風露の子である貴方が、何でそれをやっちゃうのよ!」
顔色を変える姉を眼前に、弟はあくまで静かだった。
「ねぇ、姉さん、偽物が無い世界の方が、酷い世界だったんだよ」
「??」
「知ってる? 姉さん。風露の楽器を得る為に、他人を殺めるヒトがいる事を」
後ろで片付け物をする男の何人かが、肩をビクッとさせて身を縮こまらせた。
「特別な事じゃない、そこいらでゴマンとそんな事が起こっていたんだ。金持ちがプレミア物だと欲しがって、法外な金子で引き取るから」
「・・・・」
「歴史も尊厳も、プレミア的価値観も、ヒトを傷付けて殺めていい理由になんてならない。僕の目的は、世界を偽物で埋め尽くして、そんな霞(かすみ)みたいな幻想すべて、地の底に叩き落とす事なんだ」
***
「あ・・う・・」
キパリと言い切る弟の澄んだ目の前で、リリは何も言い返せなくなった。
「風露の民は、外の世界に関心を持たない。黙々と楽器を造るのみ。自分達の造った品物でヒト死にが出ているなんて、夢にも思わない。僕はそれでいいと思う。余計な情報が入ったら、あのヒト達、楽器を造れなくなる」
「そ、そうね、そうよ……」
「じゃあ、だから、これは、僕の役割だと思ったんだ。風露を破門になった僕の。あちこちたらい回しにされたお陰で、風露の七種類の楽器の外見だけなら完璧に造り上げる事が出来る僕の」
「……」
「これが、僕が、風露を出てからずっと考えていた、『自分が、風露の為に出来る事』だよ」
「…………」
父様に言うのなら、出来れば勘当して下さいって付け足しておいてね、との言葉を受け取って、リリはフラフラと半地下を後にした。
・・そういう事、全く知らない訳ではなかった。
金持ちが欲しがるブランド物に風露の楽器が含まれている事も、勿論知っていた。
ただ自分は、貧富も欲も犯罪も、当たり前にあり過ぎて、受け流してしまっていたのだ。
ナユタは自分より遥かに純粋なんだ。
俗に浸ってしまっている自分と違って。
彼女が部屋を出ると、気の弱そうな大男が、修繕した扉に閂を掛けた。
「どうして閂を掛けるの?」
「さ、さあ? 副長に言われているだけだし」
「副長って?」
「さっきカウンターであんたとやり取りをした、小さな男だよ」
やっぱり、上手く丸め込まれて利用されているだけなのかもしれない。
どうしよう、このまま放って置く訳には行かない。
焦然と廊下を歩く娘に、大男がもじもじしながら、声を掛けた。
「なあ、姐(あね)さん」
「姐さんって誰よ」
「親分の大姉様だから、姐さん」
「本っ気で、やめて頂戴!」
「親分の腕を切り落とさないでくれ」
「落とさないわよ。そもそも、あんた達が勝手に親分とか奉り上げているだけでしょう?」
「ンな事ない、俺達の本当の親分だ」
「どうだか?」
「他の連中は知らないけれど、俺は助かっているんだ。もう山賊や押し込み強盗をやったり、小さい子供の泣き声を聞いたり、嫌な事をせずに済むんだ」
「……」
御簾をくぐって表のカウンターに出ると、すだれ禿げの小男が、面倒臭そうに椅子から立ち上がった。
「お帰りで、姐(あね)さ……」
「だからそれは、やめて頂戴‼」
リリは鼻から息を吐きながら、小男を睨み付けた。
「あたしは納得しないわよ。あんた達、相当の事をやって来たみたいだわね。そんな連中が、あんな可弱い青二才の子分になんてなる訳ないじゃない」
「嬢さんがそう思うんなら、それでもいい」
「ふふん」
「俺自身にも分からないしな。何であんな兄ちゃんとつるむ気になったのか。ただ、あの親分といると、楽だ、心地良いわな。何もかもストレートにそのまんまだから、無駄に勘ぐらなくていい」
「……」
リリは怒っていた肩を下ろして、商人との約束の、三弦の返金を求めた。
小男が金勘定している間、店奥の隅にヘンテコな形の楽器を見付けた。三弦だが、風露の型ではない。
「それに触るな!」
手を伸ばすリリに、小男が叫んで引ったくった。
「売り物じゃないの?」
「違う違う、俺のだ」
「?? あんたのぉ?」
「楽器商をやるのなら、ちょっとくらい弾けないと信用されないって、あの兄ちゃんが作ってくれたんだ。どうせなら、他にないカッコイイのにしてくれって言ったら、こんな形にしてくれた。どうだ、良いだろう!」
「良い……わね……」
リリは思わず口走ってしまった。本当に、変な形が彼の小さな身体にピッタリはまって、しっくりしていたからだ。
「ちっとは弾けるようにもなったんだぜ。聞くか?」
小男は、リリの返事を待たずに弾き始めた。
ちっとも上手くないし、メロディーすらあやふやな演奏。
でも、得意気に弦を爪弾く悪党を見て、リリは何だか妙に得心が入った。
「閂は、弟の為に掛けてくれているのね」
「ふん」
小男は聞こえない振りをして、弦を弾き続けた。
「本当にあの子が窮地に陥った時は、あんた達が罪を皆被るつもりでいるのでしょう?」
「…………」
「閂を掛けて監禁している形を取って」
「俺達は捨てるモンなんかねぇからな。あの兄ちゃんと違って」