七時雨   作:西風 そら

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雪のきざはし・Ⅶ

 

 

 

 

 夜明け前の薄水色の放牧地。

 

 ヒトも馬も寝静まった里で、小さなランタンの光に浮かぶ影が二つ。

 

「話してくれてありがとう、リリ」

 

 蒼の長は、話を終えた娘の、冷えた肩に手を置いた。

 さっき、二日振りにいきなり気配を現した娘を察知して、ランタンを灯して急いでここに来たのだ。

 

「ごめんなさい、父さま。こそこそ呼び出すような真似をして」

 

「いや、難しい問題だ。リリが他の誰にも聞かせたくなかったのも分かる」

「うん……」

 

「しかし、ナユタ……あの子、母親に似てぶっ飛んでるなあ」

「勘当……するの?」

「する訳ないだろう。私とは違う考え方だが……いやしかし、ぶっ飛んでるよな」

「うん……」

 

 父の反応が、蒼の長としてより、父親として少し嬉しそうですらあるので、リリはホッとした。

 

「ラゥ老師にだけは知らせておかねばね。あの方なら解って下さる。風露の集落その物をも良からぬ輩から守りたい、ナユの気持ちを」

「あ……」

 

「世間の風露に対する評判は落ちるだろうが、それしきではあのヒト達はブレない。その為に外界と厳しく隔絶しているのだから」

「……」

 

「ま、でも、他から耳に入ってしまう前に、迅速に報告に行かねば。私が直接伺おう。今から出れば朝の音合わせの頃だろう」

 

「あの、父さま」

 リリは急にかしこまって、一歩進み出て背筋を伸ばした。

「あたしも同道させて下さい」

 

 長は、黙って娘を見た。

 

「そして、この件はあたしに預けて下さい。あたしが、一生、この件に関して責任を持ちます。ラゥ老師にそう話を通して下さい。お願いします」

 紫のざんばら頭が、初めて、蒼の長にピシリと礼をした。

 

「『責任』の意味は分かるね、リリ」

 

「はい、父様」

 

 リリは、顔を上げて父を見た。

「あの子が背負った荷物は、同じく風露の子であり風露を出奔したあたしも、分けて背負うべきだわ」

 

「うん、分かった、任せよう。行く先の祝福を」

 

 長はリリの額に掌をかざした。

 本当は存分に誉め千切ってやりたい衝動に駆られたが、我慢した。

 もう子供じゃないんだ・・

 

 

   ***

 

 

 夕方の執務室前の坂。

 呼び止められて、ユゥジーンは振り向いた。

 

「リリ! 帰って来たのか!」

 

「当ったり前でしょう。ちょっと出掛けていただけじゃない。それよりこれ!」

 突き出した手には紫のリボン。

 おまじないに半分に裂いて、カノンが持っていた方の奴だ。

 

「なに勝手やってくれてんのよ。これ、お気に入りなのよ!」

「だ、だって、うちのカマドの裏に引っ掛かっていたんだぞ」

「だから、探していたの! ユゥジーンちがカオスだからイケナイんでしょ!」

 

 帰って来たと思ったら、もういつもの自分勝手なリリだ。

 

「カノンには十分お灸を据えて来たわ。兎に角、あと半分返してよ。縫い合わせるんだから」

「あー・・・」

 

 困惑顔で冷や汗をたらすユゥジーンに、紫の前髪は眉間にシワを寄せて詰め寄った。

 

「な、何よ! これえ――!!?」

 掴みあげた左手首には、紫の、元リボンだった筈の糸が数本、捩(よじ)って結ばれているだけだった。

 

「えーと、ごめん」

「何だってのよ、リボンは!?」

 

「どうした、またリリを怒らせたのか?」

 ユゥジーンにとって、救世主の声がした。

 

「あっリリだ!」

「リリお姉ちゃんだよ」

「いつ帰ったのぉ?」

 

 子供達を引き連れた、サォ教官だ。

「お帰り、リリ」

 

「は、はい……」

 リリはたちまちシオらしくなり、ユゥジーンはホッとした。

 

「僕達、約束どおりちゃんと黙ってたよ。伝言もちゃんとした!」

「そう、ありがとうね」

「ねえねえ、リリお姉ちゃん、無事に帰ったの、これの効き目?」

 

「え?? きゃああっ!!」

 

 子供達の小さな手首のそれぞれに、やはりリボンの成れの果ての捩り糸が、ぐるぐる巻きになっていた。

 

 サォ教官がニコニコしながら皆の頭を撫でる。

「物の持ち主を守護する『逆お守り』なんだって? 分けるヒトの数が多い程効きめがあるっていうから、この子達が引き受けてくれたんだ。ほら、私も」

 袖まくりした逞しい手首にも、皆と同じ紫の糸。

 

「…………」

 

「レンの蹴り玉チームの連中や、何故か厩番さん達も貰いに来てね。聞いたら噂の末端では、君が偉く危険な所に赴いている話になっていたよ。ホルズ殿まで『リリのお守りあるか?』って駆け込んで来たぞ。分けている内に、すっかり糸だけになってしまった、ははは」

 

「…………」

 

 うつ向いて黙ってしまった紫の前髪に、ユゥジーンが恐る恐る声を掛けた。

「あ、あの、リリ、ごめんね…」

 前髪は動かない。

「えと…… み、みんな、リリが帰って来たから、お守りは回収~~」

 

 引きつって叫ぶユゥジーンに何かを察して、子供達は手首の糸をほどいた。

 

「リリ、残りの糸も必ず集めて、三峰に持って行って、な、何とかして貰うからっ」

 

 サォ教官も事態を把握して、気の毒そうにユゥジーンを見た。

 これだけ、やる事なす事裏目な若者も珍しい。

 

「いい……」

 

 リリがやっと喋った。

 

「リリ?」

 

「それ、返してよ!」

 

 白い指がびゃっと伸びて、ユゥジーンの集めた糸の束を引ったくった。

 サォ教官が屈んで何か言い掛けたが、彼女の顔を見てやめた。

 

「こ、これ、あたしンだから!」

 

 掴んだ糸の束を胸に当てたまま、リリは踵を返した。

 そうして雪の坂を、階段を二段飛ばしに昇るみたいに、一気に駆けて行ってしまった。

 彼女の立っていた足元の雪を、ふたつみっつのしずくが溶かすのを、サォ教官は見ていた。

 

 

 その夜の内に総ての糸を回収し、教官はカノンの所に届けた。

 

 

 翌日から執務室で働く娘の髪はざんばらではなく、器用なカノンが綺麗に編んだ紫の紐で、美しくきっちりと結われていた。

 

 

 

 

 

 

  ~雪のきざはし・了~

 

 

 

 

 

 




挿し絵:サイドテール
【挿絵表示】


挿し絵:リリと若紫
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