孫悟飯は勇者である   作:桜開花

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絶望への反抗
そんごはん


 窓から見える景色は何一つの混ざりのない、青い青い空だった。

 ひたすらに群青を貫く空の景色を眺めていると、窓の隙間から穏やかな風が入り込んできて少しくすぐったい。

 孫悟飯は、香川でやって来た一か月前の空もこんな風だったなと思い出していた。

 

「新しい生活には慣れましたか?」

 

 前を行く女教師の言葉に、立ち止まっていた悟飯は小走りで追いかける。

 

「はい、なんとか……」

 

 それは前触れもなく、唐突だった。

 いつの間にか知らない土地で母と弟と共に立っていたのだ。

 きっかけなど、どれだけ記憶を掘り返してみてもない。

 とはいえ、正直に言えばそういう非日常は悟飯にとって珍しい事ではなかった。だから、そこに関してはもう気にしてすらいない事ではある。

 

「大赦の方のお陰で、以前と殆ど変わらない生活が出来てますから」

 

 ただ今も気になっているのは、悟飯達が現れると同時に現れた大赦と名乗る組織が、家やお金などの生活基盤を整えてくれた事だった。

 それからのサポートも手厚く、困る事は少なかった。

 まだ産まれたばかりの弟、悟天の世話は数日の付き合いの筈のお隣さんが手伝ってくれた。母、チチも送られた新たな家電に前の地球よりも暮らしやすくて、大助かりだと笑っていた。

 そして、幾つか違う文化もあったが、それにも馴れてきた頃、大赦からある提案がされたのだ。

 

「じゃあ、ここで待っていてね」

「は、はいっ!」

 

 女教師がそう言って、教室内へと入っていくのを見送った。同時にその先から挨拶の声が聞こえてきた。

 それを聞いて、悟飯は朝起きてから段々と湧いてきていた実感が完全になった。

 大赦の提案、それは悟飯が指定された学校に通うと言う物だ。

 神樹館小学校。それがこの学校の名前だ。

 指定の制服がある学校であり、試着の段階から思っていた事だったが、どうにも合わない。サイズと言うよりは、気持ちの問題だ。

 まるでスーツを着ているような窮屈さに何とも言えないむず痒さがあるのだ。ようするに、動きにくい。その上、こういう服をあまり着た事がないから上手く着れているのかも心配でしかたない。

 とにかく、悟飯は落ち着かなかった。

 緊張もそうだ。

 むず痒さもそうだ。

 期待も、不安も。

 全てがぐちゃぐちゃになって悟飯の中で争っているのだ。

 六年二組と書かれた扉の隣で何もないのに背筋を伸ばし、少しの擦れが気になりブレザーを着なおし、名前を呼ばれるのはいまかいまかと待つ。

 

「うおおお、間に合えっ!」

 

 そんな時、慌てるような声と足音が聞こえた。

 その足音は猛スピードで近づき、悟飯の前で止まった。

 足音の主、ショートカットの活発そうな少女が、悟飯を不思議そうな目で見ていた。

 

「あれ、入らんの?」

「え、あっ、うん。ボクはまだ……」

 

 少女は首を捻り、皺を寄せながら悟飯を見つめてきた。

 悟飯が自分の顔に何かついてるかと、確認しようとした時、少女は破顔した。

 

「うーん、わからん!」

 

 何が分からないのか、悟飯はそんな少女に困惑していると、改めて教室の扉を見た少女は目を大きく見開いた。

 

「まずいっ、行かなきゃだ! 悪い、また今度ね!」

 

 そう言うと少女は教室の扉を勢い良く開いた。

 

「はざーすっ! 間に合った!」

 

 扉を開けた少女はそう言いながら教室内へと駆け込んでいく。

 その後、教室内から「間に合っていません」と先程の女教師の声が聞こえた。

 忙しない子だな、というのが第一印象だった。

 悟飯と会話している最中も、その場に留まりはしたが足踏みだけは続けていたのだ。

 そんな彼女はどうやら同じクラスらしい。

 それならば、きっとあるだろう次の機会にもう少し話せるように頑張ろうと自分を鼓舞した。

 

「いったー! せんせい、いったーい!」

 

 大げさに痛がる少女の声が響く。

 その後にクラス内から笑い声が聞こえてきた。

 大声を出して笑う訳ではないのが、悟飯にはちょっと意外だった。

 品があるとでも言えばいいのか、今までの環境だと全くと言って良い程そんな大人は居なかった。

 自分が馴染めるか再び不安になる。しかし同時に、雰囲気は硬くなさそうとも安心していた。

 悟飯の緊張の理由は初めての学校であるなど色々ある。

 その中でも一番の理由が、神樹館小学校の名前にある「神樹」だ。

 神樹とは、この国にとってとても大きく特別な意味を持つのだと聞いていた。それはもううんざりする程に。

 具体的にどう特別なのかは少し曖昧だが、端的に言えばこの学校は格式が高く、生徒全員がお金持ちと言う事だ。

 悟飯の家はそれほどでもない、むしろ貧乏だ。サポートはあるがそれはそれ。家計簿と睨み合うチチの姿を悟飯はこの一か月常に見てきた。

 だからこそ、理由は分からないが提案された神樹館への転入の話は悟飯にとってとても魅力的な話であったのだ。

 勉強をして欲しいという母の願いと同時に提案者である大赦から援助金が出て二重に母を喜ばせられるとなっては断る理由もなかった。

 その時の悟飯は学校に馴染めるかは一切考慮していなかった訳だが。

 

「さて、今日は転校生を紹介します。悟飯君、入ってきて」 

「はい!」

 

 担任による幾つかのお知らせが終わった所で、悟飯の名前が呼ばれる。

 少女が開きっぱなしにした扉をくぐって、教室内に入る。

 綺麗に並べられた机に全員が座っているのが見えた。そのすべての視線が悟飯に注がれているのも。

 教卓の隣まで辿り着き、改めて教室内を見渡す。

 やはり育ちがよいのだとすぐに分かった。綺麗に並べられた机、一切着崩されていない制服、伸びた背筋、真っすぐと見つめてくる瞳、ちょっと怖さを感じる位だ。

 後ろの壁には黒板と左右に色々と貼られている。特に目を引いたのが習字だ。皆字が上手い。

 内容は「温かい心」や「平和な朝」と言う恐らく例文が大半を占めている。しかし、「満漢全席」や「内角高め」に「富国強兵」となんだかおかしなものを見つけた。

 

「悟飯君?」

「あっ、は、はい!」

「あんまり緊張しすぎないようにね」

 

 習字に気を取られていたのを緊張と勘違いしたのか、担任は微笑みかけてきた。

 あんなに不安だったのに、意外にも教室内を見渡す余裕があったらしいのは、自分でも驚いていた。

 

「じゃあ、自己紹介お願いできるかな」

「は、はいっ。孫です、孫悟飯です。よろしくお願いします」

 

 悟飯は正確に九十度、丁寧に丁寧を重ねるように意識して頭を下げる。短い文だが噛まないように何度も練習したセリフを言えて、少し達成感を得ていた。

 

「悟飯さん、成る程、素晴らしい名前……」

「あーっ、転校生だったのか! どうりで見た事がないと思った!」

「わ~、すっごい筋肉だ~」

 

 拍手や幾つかの反応が止んで、頭をあげる。

 クラス中、転校生だからか、あるいはほかの理由からか、興味津々と言う風に悟飯を見ていた。

 自己紹介が終わると担任は窓際の端、空いている席を指差す。

 案内されるままに悟飯は席に着く。

 座ると同時、隣と前の席の子が簡単な自己紹介を小声で言ってきた。悟飯がよろしくね、と返すと後で話そうねと簡単に手を振られて、約束が取り付けられた。

 

「悟飯くん、でいいよね。体、凄いおっきいよね!」

「あ、あはは……」

「んっ、ん!」

 

 悟飯が返事に困ると同時、わざとらしい咳払いが飛んできた。

 それは二つ先の席に座る少女が出した物らしく、それを聞いた二人の生徒は苦笑いしてから体の向きを戻して、背筋を正した。

 どうやら彼女は真面目な人らしい。

 ただ、最初の自己紹介を見逃してくれていた。

 優しい人なのだろう。

 

「それじゃあ、今日日直の人」

「はい」

 

 二つ前の真面目で、日直でもあるらしい少女が立ち上がった。

 

「起立」

 

 彼女の言葉に合わせ、クラス全員が立ち上がる。悟飯も遅れて立ち上がるが、悟飯と同じタイミングで立ったのがもう一人。

 遅刻していた忙しない子だ。何かをしていたらしく、よく見ると机の上にまだ鞄を置いている。

 中身がちらりと見えた。

 なんと何もない。空っぽだった。

 

「礼」

 

 全員が礼をする。今度は悟飯も遅れない。

 が、次に全員が振り向いたのには流石に遅れた。完全に後ろ、と言う訳ではなく少し斜め後ろと言った振り向き具合なのは何か決まっている事らしい。悟飯も慌ててそれに合わせる。

 すると全員が手を合わせ、礼をする。

 

「神樹様のお陰で今日の私達があります」

 

 少し驚いたが、そういう物だと一応聞いてはいた事で、そういえばと思い出していた。

 神樹様。悟飯には説明だけでは今一ピンと来ていなかった。

 

「神棚に礼。……着席」

 

 そこまでして、やっと着席。

 郷に入っては郷に従え、悟飯の母が教えてくれた言葉だ。奇想天外な事ばかりする父親と上手く付き合うには、もう慣れるしかないと、いつも母は笑って言っていたか。

 

「では、授業を始めます」

 

 それからの授業は問題なく進んでいった。

 休み時間に時間割を見た時、やけに道徳と神道の多さには驚いた。

 神道とは、自己紹介を交わした友人曰くそんなに難しい授業じゃないよとの事で、心配はそんなになかった。

 その他の授業に関しては、悟飯は十分過ぎる程だった。

 

「わー孫君、頭いいんだねー。ノート見やすい!」

「それほどでもないですよ。今まで自習だけだったので、抜けてる所もきっと多くて」

「え、これ全部自習なの!?」

 

 授業の内容は自分なりに予習してきた内容で問題なさそうだったが、怪しい部分は教えて貰えた。逆に進み過ぎた部分は教えたりしていた。

 

「ねぇ、悟飯君ってどうして突然転入してきたの?」

「うーん、それがボクにも分からないんです。大赦の人がボクにぜひ入学をって言って、そのまま流れで……」

 

 何回目かの質問にテンプレートになってきた返事を返す。

 昼休みにも入れば、質問攻めも落ち着いてくる。

 今は悟飯の周りには最初に声を掛けてくれた佐々木さんと大西さんの二人になっていた。

 どうしてこの時期に転入したきたのか。

 それは悟飯も思っている事だ。しかし、肝心の大赦から大した回答を貰えていないから、悟飯も同じように大した回答が出来ていない。

 ただ、一言「貴方様が特別な存在の子孫だからです」とだけ言葉を貰っていた。

 それもよく分からなかったのだが。

 思いつくのは父親である孫悟空。

 しかし悟空はもう死んでいて、ここに居たという記録は見つからない。悟空の両親については一切知らないし、悟飯が生まれた時点でもう亡くなっていると母が言っていた。

 そもそも、大赦と言う組織に悟飯は詳しくない。宗教に似たような組織には思えたがその規模はあまりにも大きい。学校の転入やそもそも家などを用意できるなど、普通じゃありえない。

 

「そういえば、面白い習字ですね」

 

 悟飯が何を指して面白いと言っているのか、察したのだろう。二人は苦笑いをした。

 特に悟飯が気になったのは「満漢全席」と「富国強兵」だ。特に満漢全席は力強い字体にかなりぐっと来ていた。満漢全席、自分も食べてみたいと思うくらいに。

 

「富国強兵はあそこの鷲尾さんが書いたんだけど……」

 

 佐々木さんが指をさした先には朝の真面目な日直が居た。彼女が「富国強兵」の主らしい。習字にはフルネームが書かれている。

 鷲尾須美と言うらしい。

 言葉の意味はまだはっきりしていないが、きっと強くなることに関連しているのだろう。

 それには悟飯も多少なりとも興味はある。それ以上に勉強が大事なだけで。

 

「今度、話に行ってみようかな……」

「あ、こっちの方を書いた銀さんはね」

 

 大西さんが窓の外を見に行く。悟飯も佐々木さんも追いかけると、遠くに校庭で遊んでいるグループを見つけた。そこには朝の忙しそうな子もいた。

 大西さん曰く、彼女が銀らしい。

 フルネームは三ノ輪銀。

 元気一杯に駆け回っているのを見ると少し自分も行きたくなるが、あと数日は勉強すべきだろうと自分を抑える。

 

「それでえっと……内角高めの乃木園子さん。これ自分で言ってても笑っちゃう」

 

 その言葉に悟飯も苦笑いする。内角高め、流石に一切の意味が分からなかった物だ。確かにそれを書いた人は誰だか気になるなと、大西さんの次の言葉を待ってみる。

 ――しかし、その言葉が訪れる事はなかった。

 

「えっ……?」

 

 大西さんが口を開けたまま動いていない。外も見てみるが、完全に動きを止めているようだった。

 大西さんの方に至っては、息遣いさえも感じない。呼吸をしていないが、死んでしまったにしては体勢が流石に変だ。

 慌ててクラスを見渡すと、入り口付近の少女が立ったまま動いていない。横の少女が座ろうと中腰で固まっている。

 まるで時が止まったかのようだった。よう、と言うのは悟飯の他に三人、同じように驚いている少女が居たからだ。

 

「これって……」

 

 外の銀。そして須美ともう一人、眠そうな子が居た。須美が真っ先に立ち上がり、周りを見た。彼女は何が起こっているのか心当たりがあるのか、眠そうな子と目を合わせて、窓の外を見た。

 釣られるように悟飯も外を見る。

 チリン、と。

 そんな風鈴の音が聞こえた気がした。

 教室の前の扉が開かれ、息を切らした銀が入ってきた。疲れたからか言葉は出てないが、お互い頷き合っているのを見ると彼女達はやはり何かを知っているようである。

 窓に近づいた三人はまだ、悟飯には気付いていないようだった。

 

「来たんだ。私達がお役目をする時が」

 

 窓の外が光った。七色のそれはまるで世界を割ったように広がり、瞬く間に教室に辿り着いた。あまりの眩しさに目をつぶってしまう。悟飯は咄嗟に防御姿勢を取り、目をつぶる。しかし、数秒立っても想像していた衝撃は来ない。

 何が起こったかを確認しようと恐る恐る目を開ける。

 

 ――そこには別世界が広がっていた。

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