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宿の中、悟飯と三人が向かい合っていた。
座布団の上で座禅を組んだ悟飯の周囲では重力を無視したように塵が舞い上がっていた。
「体の内にある、潜在パワーって言うのかな。それを感じれるといいんだけど」
悟飯は今、三人にかめはめ波の特訓をしていた。
かめはめ波は気を溜めて放つ技だが、気と言う言語化の難しい概念を持ち出してしまう。
その為に、基礎と言う形で気の認識、そして操作を教えていた。と言ってもするのは精神集中であり、座禅の理由である。
「それを集めていくイメージを持つんだ。頭の中で描くように」
「うぐぐ……」
「目を閉じて、それだけに意識を向けて」
悟飯の手のひらにはビー玉大の光球が生み出されている。
銀は眉をひくつかせながら、必死になってイメージしているのが分かった。光が集まる気配すら見えないが、当然としか言えず悟飯は頬を掻く。
ジッとしているような修行は苦手なようで、遂に倒れ込んでしまった。
「だっー! これ、本当に出来るのか?」
「流石に一朝一夕では難しいと思うけど……」
「むむむー」
困ったように悟飯は座禅を続ける二人を見る。
須美はただひたすらに目を閉じて動かない。
ただ、園子は才能を見せていた。形こそ作れはしないが気が可視化され光が集まり始める段階にまでになっていた。
だがそれまで。しばらくたってもそれが一つになる事なく、時間だけが過ぎているばかりだ。
「園子がおかしいだけかぁ。でも、あたしもずっとやれば出来るって事だよな。……でも、皆よくじっとしてられるなー」
「ボクも、あまり得意ではないけどね。子供のころからやってるからそれなりに出来るけど」
子供、それこそ三、四歳の時だったなと悟飯は思い出に浸る。
その頃から師匠であるピッコロに修行をつけてもらっていた。当時はあまり本意ではなかったが、それが今に役立っている。今では良い思い出の一つだ。
その中に精神集中はある。気の操作技術はそれによって培ったと言っても過言ではないが、言語化が出来ず、ピッコロにいまにでも教えを乞いたい気持ちで一杯だった。
「うーん、実践の方が良いのかな」
「かめはめ波を撃つって事!? そっちの方があたしはいいかな」
「なら、一度やってみようか。須美と園子はどうする?」
「基礎があって、応用が出来るのだから、そう簡単に出来るとは思えないけど……」
「わたしも、かめはめ波、撃ってみたいでーす」
座禅を解いた須美が困ったように言う。しかし、銀は聞いてないようで実践だーと部屋を飛び出してしまった。
「まぁ、見取り稽古も大事だって言うから……」
ため息を吐いた須美に、悟飯が一応のフォローをする。
四人が向かったのは海岸だ。遠くにはいつものトレーニング用の射出機が既にセットされていて、あと数十分もすればあれに立ち向かう事になる。
「じゃあまず、ボクがやってみるから、その後に続くって形で」
「はーい」
一歩前に出た悟飯は海へと向けて両手をつき出す。
「まず、体内の気を両手に集めるよう意識する」
「おおっ!」
悟飯の説明と同時に両手の間に光が集まり始める。球体として形作られたそれは他の形になろうとして、押さえつけられ縮み、再び広がってを繰り返している。
腰元へと持って行った悟飯はそこから球体の肥大を加速させる。
「そして、これを抑えつけたまま、構えて……波っ!」
光があふれ、両手から溢れ出す程になった時、悟飯が両手を開き、前へと付き出した。
同時に抑えられていた光が、真っすぐ前へと飛び出していく。
海を割らんとばかりに飛んで行ったかめはめ波だが、すぐに段々と細くなっていき消えた。
後ろから三人の感嘆の声が聞こえて、悟飯は少し顔を赤くした。
「えっと、こういう感じ……かな」
「す、すっげー!」
銀は悟飯の言葉に一番良い反応をする。
それを聞くと調子に乗ってしまう。その証拠に、この場所でかめはめ波と言う大技を撃っていい許可など取っていないのだ。
「じゃああたしもやるっ!」
「わたしも~」
「わ、私はいいかな……」
銀と園子が悟飯の隣に立ち、構えを真似る。
空気を吸い込み、体の気を集める。簡単なようで難しい技だ。
しかし、園子はもう既に気を溜める行為については慣れ始めたらしい。気自体は簡単に生み出していた。後はそれを集め光球にするだけ。
だが、少し片手に寄っている気がした。
「ボクも結構苦労したんだけどな……」
頬を掻いて、隣の銀を見る。
銀の方は、なんと光球を作り始めていた。とても小さいが、それでも確かにある。
「くっ……押さえつけるのがなかなかきつい……」
しかし両手が震え、構えを取るまでに至らない。構えが解かれると光が霧散していった。
「凄いじゃないか銀! この調子なら、すぐ出来るよ!」
「ミノさん凄い! 私もやるよ~!」
ただ、見よう見まねで出来るのであれば教師などいらない。いつか聞いた話では悟空はそれをやってのけたと聞いたが、それを求めるのは流石に酷だ。
結局、それ以上進展する事はなく安芸先生がやってきてしまった。
悟飯のかめはめ波はどうやらバレていないらしく、いつもと態度は変わっていなかった。
「ルールは前回と同じ。三ノ輪さんをバスの元へ送り届ける事。はい、各自配置につくように」
「「「「はいっ!」」」」
素早く全員が配置につき、トレーニングは始まる。
盾を構えた園子を先頭に二人が走り出す。
バレーボールの挙動は一回一回決まっていない。だからこそ、悟飯の見極める力は大きく求められる。
ふと、射出の間隔が大きく空いた場所を見つけた。
「二人とも、右だっ!」
「分かった!」
悟飯の指示に従い、二人が右へと逸れる。
同時に急激にその射出機の間隔が縮まり、二人を襲い始めた。それを気付いた時には遅すぎた。
「援護をっ! くっ、数がっ……」
須美の矢の一つがボールを外す。園子の盾を越えて、銀へと命中した。
「しまった……」
「アウトー!」
安芸先生の声が響く。銀が砂浜に倒れる。が、すぐに起き上がった。
悟飯は自分の指示ミスの理由を考える。
恐らくはブラフとしてわざと空いていたのだろう。それならば、間隔が空いている事を教えるだけでも良かった筈なのだ。
そう反省して、悟飯はやはり、自分は隊長に向いてないなと改めて思った。
「ごめんなさーい!」
「ゴッくん、どんまいー!」
「気にすんなー! 次いこう次!」
悟飯が手を合わせて謝罪すると、銀と園子が手を振る。
その横で、安芸先生が手招きをしているのに気付き、安芸先生の元へと降りる。
「孫君は少し思ったらすぐに口に出し過ぎです。指示に理由を必ずつけてみなさい」
安芸先生の指導をメモに取る。
これで遂にニページ埋まってしまった。課題は多いなと思いながら改めて機械を見る。単純な訓練だと思ったが、それ故に難しい。指示もそうだが、自分でも出来る事がないかとずっと探しているのだが、それが思いつかない。
「やっぱり、攻撃をしちゃ駄目なんでしょうか……」
「はい、攻撃は禁止です。バレーボール一つ一つをバーテックスだと思ってください。機械を破壊するのも禁止です。孫君は今回は完全にサポートに回ってもらいます」
「そうですか……」
肩を落とし、再び悟飯は指定位置へと戻る。
どうすればもっとサポートが出来るのか、その答えは出る事なかった。そしてその日も、銀がバスへとたどり着く事はなかった。
――
訓練後、温泉につま先を入れた瞬間から、須美は体中の疲れが溶けて無くなっていくような感覚を覚えた。
宿に併設された温泉は露天風呂になっており、夜空を眺めながらの休息に精神的にも癒される。
「うー、傷がまた増えちゃったなー」
銀が自分の体を見て呟く。その体は確かに傷だらけで、うら若き少女にとってかなり深刻な問題だ。
ただ、大赦も一応の配慮はしているのか、温泉は貸し切りの上、薬湯になっている。傷の治りは勇者だからというのもあるが、普段よりは早い気もしていた。
前日の傷はもう少しの痕が残っているだけだ。
簡単な健康診断も毎日受けさせられていて、この程度ならば全て数日の内に痕も残らないと言われている。
更には栄養バランスの取れた食事、その分をしっかり消費する運動、その他もろもろ健康的な生活はしている。
だからこそ、銀は微妙な顔をした。その成果かは分からないが全体的に筋肉もつき始めているのだ。
「見て見て~、ゴッくんみたーい」
「喜んでいいのか、悪いのか……」
立ち上がり、ガッツポーズを取った園子が二人に二の腕を見せびらかす。確かに力こぶが出来始めているのを見て、銀は微妙な表情をした。
悟飯とは比べ物にならないのだが、そもそも彼の様に筋骨隆々となる園子を想像が出来ないし、なって欲しくないなとも思った。
「カッコいいとは思うけどさ、女の子ならもうちょっと……」
そう言った銀は須美を見た。
肩まで浸かってそれより下は見えないが、銀は彼女の持つ凶器を知っている。銀の思い描く理想の女性像の一つを彼女は備えている。
言うなれば、山。
「……鷲尾さんちの須美さんや。貴方の体をみせなさーい!」
「きゅ、急に何!?」
須美が体を隠して銀から距離を取る。
何をどうしたらそこまで大きく育つのか、その秘密は暴かれるべきだと銀は手を伸ばす。
「ちょ、ちょっと三ノ輪さん!」
抵抗する須美と銀は取っ組み合いになる。
が、それと同時に温泉の扉が開いた。
「二人とも、温泉でははしゃがない!」
「「は、はい……」」
安芸先生の言葉に二人が黙った。そして、そのまま体を洗いに、シャワーへと向かうのを二人は眺めた。
差、を感じて黙ってしまったのだ。
「安芸先生、普段じゃそんなに感じなかったけど……大人って凄いな……」
「そうね、例えるなら戦艦長門……」
「え、長門?」
独特な例えに銀は聞き返す。と同時に、須美が目つきを変えた。
「知りたい!?」
「え」
「旧世紀の我が国が誇る戦艦の名よ! 詳しく話してあげる!」
銀は酷く後悔した。
園子はのんびりとそれを眺めていた。
――
「あれ」
ふと、須美が目を覚ました時、悟飯の布団が空になっているのに気付いた。
その隣に寝る銀や園子は静かに寝息を立てているのを見て、須美は音を立てぬように注意を払いながら、布団から出た。
窓の外を見た時、悟飯が砂浜の方に歩く姿を見つけて、須美は部屋を出た。
「孫さん?」
「あ、困ったな、見つかっちゃうなんて」
道路から砂浜に続く階段の上で、遠くを眺める悟飯を見つけた。
寝間着ではなく、道着姿になっている悟飯に、鍛錬でもしていたのかと思ったが、汗などはかいている様子は見えない。
「夜更かしはいけませんよ。明日の訓練に支障が出てしまいますから」
「そうだけど、ちょっと寝たくないなって思っちゃって……」
「それは、どういう……」
悟飯が辺りを見回してから、砂浜の方を指差した。そこにはベンチが置いてあった。
「ちょっとだけ、話を聞いてくれないかな」
二人が座った時、海を見る。
月明りを反射した海は穏やかに波打っている。ただそれだけだというのに、幻想的な雰囲気を感じる。
思わず見とれてしまいそうな景色。それを見ると須美は考える。これの美しい景色達を守らなくてはと。
椅子に座って少しして、悟飯は静かに語りだした。
「ボク、今まで学校に通ってなかったんだ」
「えっ」
「ま、まぁ……勉強はしてたんだけど色々あって……」
須美の驚きに悟飯が慌てて補足する。
だが、それでも須美は驚いていた。悟飯の成績は優秀だ。他の誰よりも真面目で、須美ですら間違える問題もしっかりと答えている。
そんな彼が今まで独学のみだったというのは衝撃だった。
「幼い頃から強くなれと言われて、学校も行けず、ずっと厳しい修行をしてた。そして、色んな敵と戦って。周りは皆大人ばっかで」
遠くを見たまま、悟飯は笑って語る。
須美は頷いていた。お役目が決まった時から、須美も大赦の人間から訓練を受け続けていた。
それは国を守るためだと、須美は理解し自ら進んで訓練に臨んでいたが、苦だと思うことは少なからずあった。
ただ、敵と言うのが引っ掛かった。バーテックスの侵攻は今以前はなかった筈なのだ。
「だから、こうして友達と過ごす時間が嬉しくて、この時間が続いてほしい、そう思ったら寝るのすら惜しくなっちゃって」
「孫さん……」
波の音が静かに響く。悟飯が黙り込んだ後も、その横顔を須美は見ていた。訓練や戦闘時と違い、ずっと柔らかい笑みを浮かべている。優しい、とても優しい笑顔だった。
ふと、彼は何故勇者に選ばれたのだろうか、そう疑問に思った。
「その、孫さんは……」
「悟飯で、いいのに」
「そ、それはちょっと……」
須美が目を逸らす。祝勝会からまだ半月だ。
どうしても、須美は悟飯達の事を心から友達と言えなかった。全員にまだ苦手意識が残っているのだ。
悟飯は比較的マシな立ち位置にいる。
その理由は二人よりも、真面目だからだろう。銀の様に遅刻はしない、園子の様にマイペースで生きても居ない。一番足並みを合わせやすい相手だった。
だから須美は、最後に小さくまだ、と付け足した。
「そっか。そういえば、須美はどうして勇者になったの?」
「えっと、それは神樹様に選ばれたからで……」
思わぬ質問に須美は考え込む。
どうして勇者になったのか。強いていえば、血筋だ。勇者は大赦の関係者から排出される。
鷲尾家、三ノ輪家、乃木家は大赦では重要なポジションに居る。
思い当たる理由はそれくらいだった。
「鷲尾家、三ノ輪家、乃木家……それぞれ大赦の重要な関係者だから、そういう意味では血筋だと思います」
「そ、そんな凄い家の人だったんだ……」
お金持ちとは聞いていたが、更にその上に居たらしいと聞いて悟飯の頬が少しひきつったのが見えた。
「特に乃木さんは別格です。大赦の最高権力者と言って過言ではないですから」
「初代勇者の家系……だっけ。それは聞いた事あったな。なんだか、敬語で話したほうがいい気がしてきたけど……今更かな……」
「乃木さんがそれでと言ってますし、大丈夫だと思いますよ」
「でも、須美は敬語を使ってるね」
「それは……」
「あはは、冗談だよ」
悟飯が笑う。釣られるように須美も笑った。
少し、真面目な雰囲気が崩れたのが分かった。そんなせいだからか、つい須美は呟いてしまう。
「だから、隊長に乃木さんが選ばれたのもそういう理由だと思うんです」
それは須美の本音だった。
家柄が関係しているのは勇者になるならないだけではない。きっと、前に立ち、他の者を率いる役割を担うのも、関係しているはずだ。だから、あの時隊長に園子が選ばれた。
須美は、そう思っていた。
「なら……支えてあげないとかな」
「え?」
「血筋で決まったとしても、ボクにはボクの出来る事をするだけ。その出来る事は多分、支えてあげることなんじゃないかなって思うんだ」
悟飯が、立ち上がり須美に手を差し出した。意図が掴めなかったが、その手を取ると悟飯が引っ張り須美を立ち上がらせた。
手を握ったまま、悟飯が続ける。
「ボクは攻撃が出来ない。だけど、皆を守る事は出来る。……皆強いけど、でもそうやって、一緒に支えよう。須美」
須美は真っすぐと見つめてきた悟飯の瞳に自分が映っているのを見た。
顔が真っ赤にして、震えている自分の姿。
自分にはなかった考え方。無い訳ではなかったが、どうしても自分で解決しそうになってしまうのだ。
なるほど確かにそうだとは思う。
ただ、少し恥ずかしいから、手を放してほしかった。
「そ、そうですね! 私も支えます。乃木さんや三ノ輪さん、そして、孫さんも! あの、それで……」
「うん、頑張ろう!」
実質の隊長として、乃木さんを支えれば良いんだと思った。
須美が海を見る。
波が、強くなっていた。
「あ、ごめん! 手、握っちゃって」
「い、いえ……」