それは動物に似ていた。牡牛か、あるいは山羊が持つような角を足にした姿をしている。
しかし、地面を歩く訳ではなく、それは今までと変わらずに浮遊して移動している。
「毎回思うけど、凄い見た目だよなー。今回はヴィジュアル系だ」
「そ、そうかな……?」
バーテックスの見た目はそれぞれ違う。だというのにそれぞれが気持ち悪い見た目をしているのは中々凄い事だ。かと言って、かわいい見た目をされても困る。
気兼ねなくやれていいな、と銀は笑うのに悟飯は同意する。
「隊長、号令を」
「えっ、あっ、出撃だー!」
「おー!」
「お、おー!」
須美の言葉に思い出したように園子が号令をかけた。
それに続いて銀、悟飯の順番で返事をする。何とも言えない調子で戦いの火ぶたは切られた。
「私と孫さんで遠距離で様子を見ます。三ノ輪さんと乃木さんはその間に前へ」
須美の言葉に全員が頷く、須美は後方に、銀と園子が前に出る。
悟飯は中央で全体を見渡せる位置に立つ。合宿の訓練通りのポジションだった。
「まずは私から……!」
須美の言葉に、悟飯達は構える。
バーテックスの動きを注視していると、バーテックスが地面の上に降り立った。何をするかと全員が防御姿勢を先に取る。しかし、バーテックスの中央から円形の何かが地面に伸ばされた。
それと同時、地面が揺れた。
「じ、地震!?」
「あいつが起こしてるのかっ!」
揺れは激しく、銀と園子は地面に手をついて何とか倒れないように保っている。
ただ、一番遠くに居た須美だけはなんとか弓を構えていた。しかし、構えた矢も標準も上手く定まらない様で、攻撃は出来ていないようだった。
しかし、バーテックスも地震を起こすだけでは止まらない。角のような足が、須美へと向いていた。
「なっ……」
「須美っ!」
須美の前に悟飯が立つ。放たれた足は鋭利な先端で貫こうと悟飯と須美を襲った。
しかし、悟飯は裏拳で大きく殴りつけると同時に、軌道が少しだが逸れた。須美の横を飛んでいき、足は樹海の虚空を貫いて止まった。
「やっぱり、ボクでもちゃんと守れる……!」
勢いを失った足は、バーテックスとヒモで繋がっていて元に戻っていく。一応と攻撃をしてみるが、悟飯の攻撃では千切れる事はなかった。
しかし、その間も地震は続いた。どうにも攻勢に出れそうになかった。
バーテックスの攻撃は一回の射出から二回目までに大きく間隔が空いた。
悟飯は明らかな隙にバーテックスに対し、何も出来ない自分に拳を握りしめる。ただ、それでもそれ以外に出来る事はある。
「無駄だっ!」
「くそっ、あたしも飛べればっ……」
銀を襲った攻撃は、悟飯によって逸らされる。樹海に傷がついていないのもまた良い事ではあった。
バーテックスの攻撃自体は単調な物で、悟飯が三人をカバーするのには問題なかった。しかしそれは、攻撃は受けないが、攻撃が出来ないと言う事でもある。
銀と園子は震源に近いからか、膝どころか武器を支えにしても立つ事が出来ていない。唯一の可能性は、一番遠距離に居る須美だ。
「私が何とかするっ……しなきゃいけないのにっ……!」
須美は何とか弓を引いたまま、須美はバーテックスを睨み続けていた。立っているのがやっとで、標準が定まらない限り弓は放てない。
樹海に落ちた時の事を考えれば、外す訳にはいかないだろう。それに焦っているのか、須美が何かを呟いているのが見えた。
その時、園子が悟飯の肩を叩いた。
「閃いたよ! ゴッくん、この前やったわっしーの矢の軌道って変えるって技、今なんとか出来ないかな」
「……なるほど、やってみる」
「後は、わっしーが……」
園子の呟きを聞いて、悟飯が須美を見る。必死に狙いを定めようとしているが絶え間ない地震でそうもいかない。
弓を強く握り始めているのが分かった。
「須美、落ち着けっ!」
「三ノ輪さん……? 落ち着いてって……」
銀の言葉に須美が構えを解いた。
力が抜けると同時に視界が広がり、自分の先に悟飯が居るのに気づいた。
悟飯はただ、須美に背中を見せてバーテックスをじっと見つめている。
重なるは合宿の風景。
全員の背中を見るばかりの訓練だった。ただ、次第に頼もしいと思えてきた背中。
信頼できる、友の背中だ。
「あたし達で、一緒に倒そう!」
四人全員が、バーテックスを倒さなくてはいけない。
四人の力を、合わせなくてはいけない。
「私だけではいけない。そう分かった筈だったのに……」
須美の弓を握る力が抜けた。目を閉じて、一度大きく深呼吸をすると同時にすぐに、顔を上げた。
弓が大きく引き絞られる。
「皆と一緒に……なんとかするっ!」
矢が放たれる。やはり、その軌道はバーテックスからズレている。当たるとは誰も思えない。
しかし、それでよかった。
後は、悟飯の番だ。
「うおおおおっ!」
悟飯が自身の横を通り抜けた矢を追いかけ、蹴り飛ばした。神の力を宿した矢は大きくズレる事はない。
しかし、元々の須美の命中精度は高い。その程度で問題なかった。
「よしっ!」
「孫さん、押し込んでっ!」
それは見事にバーテックスの中央部分に命中した。矢じりがバーテックスに突き刺さり、爆発までの一秒程度の花弁を模したカウントダウンが始まる。
それと同時に、駄目押しと悟飯がもう一度蹴りつけた。矢を大きく押し込む。羽の部分まで完全に突き刺さったそれは大きな爆発と共に、それを完全に粉砕した。
完全に砕けたせいか再生する様子は見えない。
「地震が止まった……やった……やったわ!」
「ナイス二人とも!」
悟飯が、バーテックスの所から須美の方へと戻ると、ガッツポーズで喜んでいた。
ここまで喜びを表現する須美を、悟飯は初めてみた。どうやら悟飯が思っている以上に嬉しかったらしいが、考えてみればこれが初めての明確な須美の戦果だった。
園子と銀も集まり、全員が集合する。
「やったね、須美!」
「孫さん……はいっ!」
「あまり焦りすぎるなよ、須美」
「その、三ノ輪さん、ありがとう……」
「待って、何か仕掛けてくるよ!」
園子の言葉に全員がバーテックスを見る。
角のような足をこちらに向けていた。全員がすぐに、前に出た園子が開いた傘の盾に隠れた。
先端を突き刺すように飛ばされた足は、園子の盾に弾かれた。
「離れたままだと危ないね。四人で近づこう!」
「「「了解!」」」
園子が指示を出す。盾を構えた園子を先頭に全員がバーテックスへと接近を始める。
正面からの攻撃を園子が全て弾く。須美と悟飯が攻撃を挟み直撃を避けていく。
バーテックスの攻撃は地震を除けば、全て足の射出のみ以外はないようで、簡単に正面へとたどり着けた。
「よしついたっ、切り刻んでや――」
しかし、ただ簡単に終わる訳がなかった。
バーテックスは正面まで近づかれると、今度は大きく上に、自身を射出した。
「なっ」
その飛距離は凄まじかった。バーテックスが一瞬にして小さくなる。
見下ろされているようで気分はよくない。
「うそ、浮いてる……」
「くっ!」
須美が矢を放った。しかし、バーテックスまで届く事なく海の方へと落ちていった。
銀と園子は当然届かない。悟飯も飛ぶかと考えるが、降ろせるかは恐らく別の話だ。
「制空権を取られたっ……」
「なら、悟飯がさっきみたいに上に放った矢を蹴り飛ばしてみるのは?」
「流石に大きく飛ばせないから難しいな……」
あくまでも出来るのは軌道だ。大きく上まで持ち上げると、勢いは死に切ってしまう。そうなれば矢についた加護がなくなり、悟飯の攻撃になってしまい、通用しなくなる。
悟飯が三人の武器を借りて攻撃が、出来ないのはそれが理由だった。
「気を付けて、攻撃してくる!」
園子が叫ぶ。全員が上を見るとバーテックスの足の一つが悟飯達を向いていた。
全員が大きくその場を飛びのく。同時に地面を足が貫いた。その一撃だけでも現実にどれだけ被害が及ぶのか、想像したくなかった。
「しまった、離れたっ。けど、集まる余裕はないなっ……」
「どうしよう……」
須美と悟飯と園子、銀の二つに分かれてしまった。すぐに集まろうにも、バーテックスの足は次々と悟飯達を襲い続ける。しかし、回避自体は難しい訳ではない。常に飛んでくる足が一度震えるという兆候がある。
「防御も難しいよ~」
「流石に逸らすだけだと厳しいな……」
樹海の被害を考えながら戦う悟飯達は劣勢だった。このままの状態を続けても不利なのは悟飯達だった。
しかし、その状況を変えたのはバーテックスだった。悟飯達に当たらないと見るや否や、バーテックスは攻撃を切り替えたのだ。
全ての足を合わせて、回転を始めた。
「まず――」
悟飯の言葉も言い終わらぬうちに放たれた速度は尋常なものではなかった。
そしてそれは、銀を襲った。
咄嗟に両斧で防御した銀だったが、回転も勢いも止まる事なく銀を押し潰さんとしている。
「ミノさんっ!」
「三ノ輪さんっ!」
「一分はもつ! それまでに、こいつをっ……!」
二人の言葉に銀が叫ぶ。一分、長いようで短い時間だ。
そもそも銀の斧を削って貫かない可能性もない。しかし、銀はそう言った。、
それを信じるべきだ。そして、その上でもっと早くなんとかすればいい。
「一分……私の矢は届かないのに……でも、それまでに……」
須美が呟きながらも、弓だけは構える。しかし、それは力なく、何処を狙っていいのかも分からないようだった。
悟飯が須美の肩を叩く。
「銀を信じよう。一分、それまでになんとかするんだ」
「私に任せて!」
園子が矢を大きく振った。それに合わせるように、盾を作っていた刃が今度は階段のようにバーテックスへと伸びた。流石に完全に伸び切らないが、それでも須美の矢が届く距離にはなる。
「わっしー、行って! ゴッくん、その後あれ、やろう!」
「りょ、了解!」
「あれ、本当にやるのか……了解!」
園子の言葉に反射で須美は走り出した。きっと意図は完全に理解はしていないだろうにそれでも行動する須美を見て、悟飯は少し安心していた。
「須美、もう一度だ!」
「了解! 今度は、もっとっ、強くっ!」
須美が弓を構えた。その周りに花弁の紋章が現れる。花弁に色をつけながら、チャージが進んでいく。
響く銀を貫かんとする音に自然と前進に力が籠る。
「「友達は、傷つけさせないっ!」」
須美が階段を上り切ると同時に、チャージが溜まり切ったのを見た。
距離を少しでも近づけようと須美は階段の上を飛んで、バーテックスに狙いを定める。反省は活かさなくてはならないと、須美は空中で狙うというのは何度も想定して練習をしていた。
つまり、ここで外す道理は最早無かった。
「南無八幡……大菩薩っ!」
須美の矢を追い掛ける様に悟飯が飛んだ。
落下していく、須美と一瞬だけ目が合う。力強く、悟飯を見つめていた。
「行って! そっ……悟飯っ!」
「貫け、龍! 翔! 拳だぁぁぁ!」
須美の叫びに応えるように、悟飯は矢を殴りぬける。樹海の被害が心配ないここでならば、全力で殴りぬけられる。
それは、確かにバーテックスへと突き刺さった。それと同時にバーテックスが勢いに負け、更に上へと浮きあがった。
「まだっ!」
殴りぬけて、突き刺さった矢はバーテックスの中心よりも横に大きくズレていた。
しかし、それはミスではない。
まもなくして爆発した矢は、バーテックスの足を繋ぐヒモをちぎった。
数としては片方の二本だけだが、回転するにはもう二本では足りない。下を見れば、切り離された足が銀によって海に放り投げられるのを見た。
「落ち始めたっ……ならっ」
バーテックスが落下し始めるのを見て、悟飯の大急ぎで地上へと戻る。巨体の落下速度は速い。話し合う時間もないが、そんなものは必要がなかった。
一つ、園子の言った「あれ」の準備をするだけだ。
「着地には気をつけてっ」
悟飯がそういうとともに、三人よりも更に下の地面に降りた。
「ミノさん、わっしー! ちゃんと掴まってね!」
「任せとけって!」
「本当にやるの……これ……」
銀と須美に合図を送った園子が槍を盾へと変える。
そして、それを下へと向け大きく空中へと飛び出した。
「かめはめ……波ぁぁ!」
悟飯が園子の盾へと向かいかめはめ波を放つ。かめはめ波は神の加護をうけた園子の防御を貫く事はない。
つまりは、園子達を上へと一気に押し上げるエレベーターとなる。
「う、うわぁぁぁぁ!」
「は、はやいっ!」
放ち切ったかめはめ波のポーズを取ったまま、悟飯は落下していくバーテックスへ向かって、三人が飛んでいくのを見送る。
後は、仲間に、友達に全てを託すしかない。
「ここから、出ていけー!」
盾から槍に戻した園子は、その槍の穂先にいくつもの刃を重ね、更に二重に穂先を作り上げていた。完全な攻撃形態だ。
弾丸のような速度で飛ぶ園子はバーテックスを見事貫き大きな風穴を開けて、向こう側に辿り着く。
その穴は巨大で、後に続いた二人もバーテックスの上へとたどり着いた。丁度そこで上昇も止まる。
「ミノさん、決めちゃって!」
「みの……銀、任せたわ」
「えっ……いや、ああ! 任せとけ!」
須美が矢を取り出す。近距離だろうが、遠距離だろうが須美のやる事は変わらない。
結局は全力で敵を討つ。それに限るのだ。
須美は作り出した数本の矢を直接バーテックスに突き刺した。
「さてと、しっかり決めなきゃな」
爆発と共にバーテックスの表面が削れる。絶え間がない攻撃の連続。バーテックスは最早修復が始まってすらいなかった。
「うおおおおおおおっ」
銀の一撃でバーテックスの形が崩れる。
抉れる。切り刻まれる。
「いけっ、銀!」
悟飯が叫ぶ。
三人はただ、切り刻まれるバーテックスを見ていた。
銀が落ちてきたのは、その数秒後だった。
「へへ、完全勝利だ」
悟飯に受け止められた銀は息を切らしながら天へと拳を突き出した。
「ちょっと傷だらけ、かな」
「……はは。手厳しい」
頬の切り傷から流れる血を悟飯が拭うと、銀が目を閉じる。
鎮火の儀が始まっていた。樹海が白く染まり、バーテックスだったものを花びらが覆っていく。
それは勝利の儀式。
そして、花びらに包まれた残骸は何処かへと消えた。
「ミノさんっ!」
園子が駆け寄ってくる。悟飯から降りた銀は園子をハイタッチで迎えった。
「やったね、ミノさん! ハイターッチ!」
「「いぇいいぇい!」」
息ぴったりに喜ぶ二人を悟飯が見ていると、いつの間にか須美が悟飯の隣に立っていた。
その表情は何故か暗かった。
何かあったのか、と尋ねようとした時、樹海化が終わった。
――
戻ったのは、大橋近くの公園だった。
草原広がる広場の様な場所で、四人は円を囲むように寝転がっていた。
「……はー、いてて」
「ミノさん大丈夫?」
「まぁね。あれはちょっと腰に来た」
あはは、と笑う銀の声を聞いた。
今回も激闘だった。一瞬も気が抜けなかった。
誰一人欠けても勝てなかったと思えた。
「須美には助けられたよ。お疲れ様、須美」
「確かに! 須美は大活躍だったな! あ、あとさ!」
銀と悟飯が体を起こして須美を見た。
須美は、涙を流していた。
「え、えぇ!? どうしたんだよ須美!? 何処か痛い所でもあったか?」
「……そうじゃないの。私が、私が駄目だったの」
三人が顔を見合わせた。
全員が首を傾げ、何が駄目だったか、皆目見当もつかないと言った風。
「支えるつもりで出来てなかった……! 信頼するつもりで出来てなかった……!」
それはまるで子供のように、泣きじゃくっていた。否、子供なのだ。普段の大人っぽい須美からは想像も出来なかった。
そんな彼女の、年相応の姿を見れて嬉しくもあった。
「ごめんなさい……。次からはもっと息を合わせる……! もっと、頑張るから……!」
その言葉に、銀が笑った。
「うん、頑張ろう!」
「次は完全勝利、目指そうな!」
「わたし達と一緒に、ね! はい、わっし~」
銀に悟飯と園子が続く。
園子がハンカチを差し出した。それを受け取った須美は涙を拭いた後、目を隠してから
「ありがとう……そのっち……」
そう、小さく呟いた。
「わぁ……! もう一回言って! わっしー!」
三人でまた顔を見合わせる。
やはり戦闘中のあれは聞き間違いではなかったのだと、銀と悟飯は確信した。
「……そのっち」
恥ずかしそうに、須美は名前を呼ぶ。さっきよりも更に声が小さかったが園子は満足らしく、嬉しさに体を震わしていた。
それを見て、銀があたしも! と身を乗り出す。
「……銀も」
「え?」
「銀もありがとう!」
「なんだな嬉しいな……なんか、ようやく須美とダチになれた気がする」
「その……悟飯、ありがとう」
「……どういたしまして、だね。とりあえず立ち上がろう。服が汚れちゃうよ」
改めて名前を呼ばれると嬉しくなるが、同時に恥ずかしさがあった。
悟飯が手を差し出し、全員が立ち上がる。それと同時にあっ、と銀が手を叩いた。
「そういえばさ、やってない事あったよな!」
「え、何かあった?」
「ほら、嬉しい時にする事」
「ああ! 確かに~」
思い出して園子が手を叩いた。
どうせならばやっておくべきだろう。
四人で円を作る。
「じゃ、今回のMVPである須美さんが合図を」
「えっ……えっと、じゃあ……せーのっ!」
「「「「ばんざーい!!!!」」」」
気持ちのいい、四人のハイタッチの音が広場に響いた。