「土砂崩れか……」
横向きに置かれたスマホが流すニュースを見て、言葉をこぼす。
大赦から支給されたスマホはネットニュースなどを簡単に流せた。初めて知った時は凄い技術だと感じた物だが、しかし、代わりにポイポイカプセルなどはなく、一長一短だ。
「この程度で済んだと思うしかないのかな……」
樹海の被害は地震などの災害と言う形になって還元されている。今回の被害は土砂崩れだったと言う事。
しかし、それによっての死傷者は出ていない。前回前々回も怪我人が出た程度で済んでいるのはマシな結果ではあると言えた。
「法則性があるのは、本来だったらおかしいけど……」
悟飯は今、開かれたノートにバーテックスの事を纏めていた。
初回、二回目、三回目、それぞれ違う特性を持った恐ろしい敵だった。力を合わせ、撃破出来たのは素晴らしい事だが、次回もそうであるかはまた別だ。
資料はまだ三体と少ないながらも、悟飯は法則性などを解き明かして、対策を立てようとしていた。
あまり進みは良くないが。
「や、悟飯」
「……銀? 偶然だね……って思ったけど」
「あたしは休みはいつもイネスに居るからね! 逆に悟飯が居るなんて珍しいって思ってさ」
突然肩を叩かれ、振り向いた先には銀が居た。そのまま悟飯の向かいに座った銀の手にはジェラートが二つ握られていた。
「はい、悟飯の分。難しい顔してたから気分転換にさ」
「ありがとう。バーテックスについて調べてたんだ」
そう言って悟飯はノートの中身を見せる。
仮称だが、水瓶、天秤、角バーテックス。それぞれ絵と共に確認した能力が記されている。それの実際の対策とそれ以外の対策案も添えられている。
びっしりと文字で埋め尽くされたそれを見て、銀が苦い顔をした。
「うへー、あっ、でも絵はすっごい上手い……。凄いなー悟飯は」
「将来の夢が学者なんだ」
「学者さんか! 悟飯は頭いいからなー。うん、なれるよきっと」
悟飯の幼い頃からの夢、それが学者だ。何の学者になるかは決まっておらず、漠然とした学者と言う目標を掲げているばかりだったが、悟飯は今、バーテックスについて調べる事をしていた。
最後まで続けるとは思っていないが、それでも進めているのは学者よりももっと前の、根源的な理由。
誰かの役に立ちたいからであった。
そしてその結果は、大赦の人間にもその報告書を請われる程。
「あたしはそういう説明は苦手だからなぁ」
「あはは、ボクもあまり得意じゃないからこうやって練習してるんだけど」
実際に見て、戦ったのは銀達であり、それを聞くしか出来ない大赦からすれば悟飯の報告書は喉から手が出る程に欲しかった。と、実際に言われた。
銀と園子の説明は抽象的過ぎた。須美は詳しく話してはいるらしいが資料不足が否めないという話。が、悟飯は全体を見回す事が多く、一番情報を持っていた。
「将来の夢、銀はある?」
「え、あたし? 小さい頃は家族を守る美少女戦士! だったなぁ」
「今は今はー?」
「え」
ガタン、と机に手をついて突然園子が現れた。
ふと、後ろに目を向けると須美が呆れ顔で後からやってきていた。いつの間にか、四人が集まっていた。
「須美と園子も、偶然――」
「ではないです! 何度も連絡したのに悟飯が返事を返さなくてわざわざ家まで尋ねたんですよ!」
「えっ!? あ、ホントだ。ご、ごめん気付かなかったや……」
普段から使いなれていないせいか、どうやら通知を切っていたらしく、スマホには何度も履歴だけが残っていた。
その内容はこれから乃木家にて園子がやりたい事をする、と言う話だ。そして待ち合わせ場所はここ、イネス。それは完全に偶然だった。
悟飯は手を合わせて謝る横で、園子がそんなことより、と銀を見た。
「それでそれで、ミノさんの夢が知りたいな〜」
「えっ……あー、えっと……」
銀が露骨に目を逸らした。反応を見るに、ないという訳ではないようなのだが言えない理由を一度考える。が、思いつかない。
「銀の夢、ちょっと気になってきた」
「うっ、えっと……」
「あれ、照れてる?」
指をあわせて、頬を赤らめた銀が恥ずかしそうに俯いていた。
園子が指摘すると更に銀が顔を下に向けた後に呟いた。
「家族っていいもんだからさ……その、家庭を持つ……とかさ」
「うんうん」
「そうなると、将来の夢って言うと……その、お嫁さんになる……」
お嫁さん。悟飯が心の中で復唱する。
同時に園子と須美が目を輝かせた。
「ミノさんならすぐ叶うよ!」
「白無垢が楽しみね!」
白無垢は決まってるんだと思いつつ、悟飯は銀を見る。
銀は俯きつつも、少し顔をあげて悟飯の事を見ていた。それに気付いて、微笑みかける。
「凄く良い夢だね」
「そ、そうかな、えへへ……。って言うか、あたしが言ったんだから二人の夢も教えろ!」
「わたしはねー、小説家とかいいかなーって」
あっけらかんに言った園子は懐からメモ帳を取り出した。その中には沢山のメモが書き連ねられている。絵なども添えられているのだが、凄まじく独特な世界が生み出されていた。
サンチョと書かれた猫達が生活しているのだが、その世界がまさかの宇宙である。よくみれば、タイトル案もあり、タイトルは「スペースサンチョ」だ。
「もう既にサイトに投稿してんるんよ~」
「おおー」
悟飯が調べてみるとすぐにヒットする。
評価を簡単に見てみるが、高評価の嵐だった。
「それで、須美は?」
「私は歴史学者ね。昭和の時代など、失われつつある歴史をしっかり紐解いて、後世に伝えていきたいの」
真面目で、日本好きな須美らしい夢だった。
ぐっと握り拳を作ったその表情はある種の使命感に駆られているようなのが引っ掛かるが。
「須美は真面目さんだなぁ」
「悟飯の夢は何かしら?」
「ボクは学者……かな。漠然と偉い学者になりたいって思ってたな。今はバーテックスとかの調査とかしてる感じだけど」
「ゴッくんは頭いいからどんな学者さんにもなれるよ~」
園子が笑った所で、ハッと声をあげて須美が固まった。
三人がどうしたのかと須美を見る。
「そういえば、そのっちの家に集まる為に集合したんだったわ……」
「確かにそういえばだ~」
「悟飯はこの後大丈夫?」
「うん、ついていくよ」
「じゃあ、私の家に出発だー」
成り行きだが、悟飯も荷物を持って立ち上がる。
こんな凸凹な具合が、四人らしくていいなと思った。
「え、何この音楽……」
園子の乗ってきた車はリムジンを思わせる長い高級車。
恐る恐る乗り込んだ悟飯を迎えたのは、まさかの軍歌だった。
「わっしーが好きかなって、かけてたみたんぜい!」
「ああ……」
やっぱりもう少し、緩やかでもいい気がした。
――
乃木家は豪邸だった。
メイド、執事というのを悟飯は初めて見た時、実在したんだという驚きがあった。廊下に置いてあるツボや絵画は指紋の一つも付けられないくらい綺麗に飾られ、まるで美術館のようでもあった。
そんな悟飯は今、壁一枚を隔てて三人の会話を聞いていた。
「これはどうかしら!」
「こっちも良いと思うんよ~」
「いやあたしには似合わないってこれ……」
その奥では須美と園子による銀の着せ替えショーが始まっている。その発端は園子の提案だった。
乃木家に来た理由というのが、園子が思う服を須美に来て欲しいからと言うのがあった。フリフリのドレスに頬を引きつらせた須美が取った策は、銀への擦り付けだった。
そして、園子はノリが良かった。
「これはゴッくんもキュンと来ちゃうんじゃないかな!」
審査員は悟飯だ。
ノリノリで始まったそれだが、銀の意思は完全に無視されている。一体どんな姿でやってくるのか、悟飯には想像がつかなかった。
それは悟飯が服に対し無頓着と言うのもあるのだが。
「では第一回目、ゴッくんどうぞ~!」
「……じゃ、じゃあ入るよ」
園子に呼ばれて扉を開ける。
そこには可憐な美少女が居た。否、ゴシックなドレスを着た銀が居た。
普段のボーイッシュな雰囲気から一転、可憐なお嬢様と言った雰囲気を纏っており、衣装一つでここまで変わるのかと、悟飯は絶句した。
「か、かわいいね」
「お、おお……。これは中々得点が高いのでは~?」
理由は分からないが悟飯まで恥ずかしくなってしまい、目を逸らした。
それを見て園子が目を輝かせた。銀は顔を真っ赤にして俯いてしまう。
そして、須美は悟飯の隣に立って写真を撮り始めていた。
「え、えぇ……」
まさかの反応に悟飯はちょっと引いていた。しかも須美の手にあるのはまさかの一眼レフである。
一人を撮るには過剰すぎるそれを構えて、絶えずシャッター音を鳴らしている。正面以外にも360度様々な角度から撮り始めて居る須美は本来の得点付けの目的を忘れているようだった。
ただ、普段よりもずっと楽しそうな須美を見て、止める気にもなれない。
「今のわっし~、まるでプロの写真家さんみたい!」
「写真は愛よ! 銀のこの姿は額縁飾っても良い位に素晴らしいわ! このまま色んな服を着ましょう!」
「……ぼ、ボクは一旦出ようか」
まさかの須美が暴走し始めて銀に服を当て始めるのをみて、悟飯は一旦部屋の外へと戻った。
外で待機していた乃木家の使用人と目が合った。微笑ましそうな目で見られ、苦笑いで返した。
「悟飯様、もしよければ椅子などお持ちしましょうか?」
「あ、いえ全然! 大丈夫です!」
「そうですか。もし何かありましたら、なんなりとご申しつけくださいませ」
「もう水まで貰ってますし、なんかすみません」
「いえ、園子様のご学友とあればこれくらい。それに、園子様がご友人を家に連れてくる事など初めてですから……」
少し遠い目をした使用人はすぐに柔らかな笑顔に戻した。
「そうなんですか?」
「……ええ、あまり大きくは言えないですが、園子様はそれはもう大切に育てられていまして、お役目もあり、学校以外の外出許可が出たのはここ最近の事なのです」
「そ、そうだったんだ……」
使用人が小声で語った事実は悟飯にとって衝撃だった。
園子はかなり自由人だ。しかし常に迷惑の境界線を超えない配慮はあるし、別に他人を蔑ろにするわけでもない。それに友達想いだ。
友達が上手くできなかったという話は聞いたが、須美達以外のクラスメイトと仲良く話している姿も見ているとそれも疑ってしまいそうになる程に、園子は明るいのだ。
「そう見えないのは恐らく、園子様がちゃんと今楽しく過ごしていらっしゃるからだと思います。それはひとえに同じお役目についている銀様、須美様、悟飯様のお陰です」
「そ、そうだと嬉しいですけど」
「なので、私達は出来る限り皆さんのお力になりたいのですよ」
スッと飲み干されたコップに水が注ぎ足される。しっかり氷も入っている。
「ゴッくん、どうぞ~!」
「どうぞ行ってらっしゃいませ」
「えっと、ありがとうございます」
頭を下げてから悟飯が扉を開ける。
するとそこには、姫が居た。否、まさかのドレスを着た須美が居た。
銀は? とみると悪そうな顔をして須美の事を写真に収めている。園子は相変わらず満足げにそれを見ながら時折メモを取っている。
小説のネタにでもするのだろう。
「その、銀が色々な服を着るんじゃ?」
「その筈だったんだけど……」
「あたしだけじゃ不公平だからな、須美にも着てもらったんだ」
ふっふっふっ、と腰に手を当て笑う銀は復讐を完了して満足しているらしい。最初のゴシックのドレスを着たままだがそれはもう気になっていないようだ。
滅茶苦茶だとは思いつつも、悟飯としては普段見ない二人の姿を見てそれなりに楽しめているし、いいかと何も言わないようにした。
「しかし、須美のその衣装……お姫様みたいでもあるけど、アイドルみたいだね」
「確かに! 須美ならすぐにトップアイドルになれそうだな!」
「だ、駄目よ! こんな非国民な洋服は……」
「非国民って……」
須美の語尾が段々と小さくなっていった。
服に着られている訳でもなく、須美の魅力をしっかり引き出しているドレスだ。適当に選ばれた訳ではないのはすぐに分かる上に、何といっても綺麗だ。
ドレスの装飾も、それを来た須美の姿もしっかりと似合っている。そう純粋な好評を得てしまったせいか、須美の信念が揺らいでいた。
「私ファン一号!」
「あ、じゃああたしは二号だ!」
「ボクは三号かな」
三人で須美の周りに集まると、銀がシャッターを切った。
その後も着せ替えショーは続いた。銀、須美と続いて園子も幾つか着替えたのだが、元々園子の持っている服であるからかどれもしっかりと着こなした。
そして、まさかの男の物まで用意されており、悟飯もタキシードやまさかのヴィジュアル系など色々と着せ替えされた。
扉の隙間から聞こえる声に、外に居た使用人達が微笑んでいた。