昼食として作るのは焼きそばだ。公園に用意された調理場でそれぞれ班ごとに作る。
須美はこの手の作業に関しては右に出る者はいない。園子もそれなりの手際でこなしている。意外にも、銀が須美に続く位の手際の良さで作っていた。
「む、難しい……」
「あまり力を返すと飛び散ってしまうわ。ヘラに乗せて、軽くひっくり返すを意識してみるのよ」
「おっやった、出来まし……た……」
が、回された焼きそばは一部焦げてしまっていた。
そもそもあまりひっくり返すものではない上に、その行為に手間取っていれば当然の結果だ。
「いやー悟飯がこう言うの苦手なのは意外さんだったな」
「普段しないからね……。覚えるべきかな」
「了解のできる男はモテるぜ」
「あはは……」
料理は悟飯の苦手な分野だ。手先の器用さを求められるような細かい作業と言うのが出来ず、どうしても大雑把な物になってしまうのだ。
料理はそれを許してはくれないから、安芸先生に教わりながら挑戦しているのだが、それでもかなり苦戦していた。
「銀は逆に意外かも」
「時々家で手伝ってるからな! しっかし、い―匂いだ! あたしが作ったんだから当然だけど!」
確かに作り途中でも分かる焼きそばの匂いは食欲を刺激する。すぐにでも食べてしまいたい気持ちを我慢しながら、そうだねと悟飯は同意する。
「銀、口数減らすんじゃなかったの?」
「ミノさんはわんぱくだね~」
「……そのっちも十分わんぱくだと思うわ」
肩についたカブトムシを見て、須美が困ったように言った。
いつからついてきたのか、この焼きそば作りの最中は園子の肩に泊まり続けているカブトムシは園子が多少つつく程度じゃ動じない。
一切気にしない園子はもしかすると、このまま連れて帰る気なのかもしれない。
「わっし~、虫苦手なんだっけ」
「……うん」
少し落ち込んだように須美が言った。
見たり出来るだけでもマシだが、あまり苦手な事をそのままにしたくない須美は克服したいと三人に話した事があった。
「大丈夫だよ、仲良くなれるから」
「そ、そう?」
園子の言葉に顔をあげた須美の前に、カブトムシが居た。
どうやら匂いにつられたのか、園子につられたのか、二、三匹が飛んできた。なのだが、丁度眼前に飛んできてしまったカブトムシを見て、須美が悲鳴を上げた。
「ゴキブリにしか見えないぃぃ!」
「ありゃ克服は遠いな」
「須美ならいつかは大丈夫だよ」
「孫君よそ見しないっ!」
「ああ、しまったまた焦げるっ」
――
「うう、面倒ないというか」
「ほら顔あげて、気にすんなって」
全員で作った分を山分けしたのだが、かなりはっきりと誰が作った部分なのかと分かった。須美と銀作はしっかりと色がついて美味しそうな匂いも漂わせている。薄い色の園子作の焼きそばはまだマシだが、少し黒め悟飯作の焼きそばは目立つ。
「いや全然おいしいぞこれ」
「そうね、味は損なわれてないわ。確かに、美味しい」
「本当? ……あ、美味しい」
二人に言われて一口食べてみれば、それは確かに焼きそばの味をしていた。確かに総量で見れば焦げた部分は少なく、その程度なら覆い隠せるくらいの味だったらしい。
そう気付いてしまえば悟飯の手は大きく進む。
「うんうん、今まで食べたものの中で一番美味しいよ~」
「園子はもっと良い物食べてるんじゃないのか?」
乃木家の食生活は凄いとは噂になる。どれくらい凄いのかと言えば、高級食材は当然として、それを一流のシェフが調理している。
そして完成した名前も聞いた事のない料理に、唯一知ってるトリュフを掛けにかけた物を、毎日のように食べている……と言われていた。
が、肝心の園子は焼きそばと記憶の料理を比べた後、
「こっち方が美味しいよ?」
と笑った。
「皆で作って、食べてるからね」
「おぉー!」
「気持ちは大切な調味料だからな。っと、園子ちょっとジッとして」
銀はハンカチを取り出すと園子の口元を拭いた。
「ありがと~」
「良いって事よ」
園子が銀に感謝した後、すぐに深いため息を吐いた。
「いや忙しいな」
「わっしーもミノさんもお料理出来て羨ましいな~って」
「それ、ボクも思ったよ。ちょっと今日は悔しかったな」
「焼きそばくらい、すぐ作れるようになるよ」
銀はそういうが、結局一回失敗した例を作ってしまうとはいそうですかと納得は難しい。
「じゃあ、次のお休みにわっし~と教えて欲しいな!」
「なら、次の休みに須美と教えて欲しいな!」
「「いいけど」」
「お、全員ハモッた」
園子と悟飯、銀と須美がそれぞれ重なった声に目を合わせて笑った。
少しくだらない事のようにも思えたが、それが何よりも楽しかった。
「ところで、先生! ピーマン残してない!?」
「うっ」
銀がキラリと目を光らせた。その先には背中を向けて、焼きそばを食べている安芸先生が居る。誰かと話してる訳でもなく、わざわざ隠れるように背を向けた彼女の手には、ピーマンの刺さった串が握られていた。
肉やその他の野菜も刺さっていた筈なのだが、ご丁寧にピーマンだけ。
「やけに不動だと思ったら……」
「ちゃ、ちゃんと食べるわよ! ちょっと苦手だけど」
ちょっと所ではない嫌がりようだった。味であれば焼きそばと一緒に食べたりがある。それ以外だと見た目なのだが、切ったりすればいい。
好き嫌いはそういう理屈ではないのだが、安芸先生がそういう苦手を持っているのは、意外だった。
「前世で何かあったとか?」
「まさかー」
「そういう時はピーマンの精が夜中に会いに来てくれると楽しいですよ~」
「そ、それはユニークね。ありがとう……」
「夜中のせいでホラーになってない?」
園子の描くピーマンの精と安芸先生の描くピーマンの精に乖離が見られた気がしたが、何とか食べれそうな雰囲気を出している。
精霊に背中を押されるようにして、背中を見せた安芸先生は、少しの葛藤の後、体を一度大きく震わせた。
「先生に褒められた!」
「お、ならご褒美はベルの鳴らす権利だ」
「ベル?」
昼食を終えて、三人は公園に存在するアスレチックを制覇していた。途中のトラブルはあれど、勇者である三人にとって難しいものはなかった。
そして、最後の上り台の頂上で、園子がベルを鳴らしていた。
「アスレチック全面クリアー!」
「いえーい!」
「いえーい。……そしたら次は展望台かな」
銀とハイタッチをした悟飯は降りると持ってきた地図を開いて、展望台の場所を確認する。
「あたし達の町見えるかな」
「恐らく見える筈よ」
「じゃあ見つけに行こう!」
走り出した銀の後をついていくように三人も走り出す。
そんなに感傷に浸る時間がないのは、遠足が今日一日で終わってしまうからだ。午前はもう既に終わっていて、アスレチックを終えた今はもう三時が見えてくる。
そうするとゆっくりしていられる時間も少ない。
「あたし達の町は、あっちか?」
「ええ、あってるわ」
「流石に大橋やイネスは見えないなー」
町が見えると言っても全貌が見える訳ではない。
「ミノさんはイネスが本当に大好きだね~」
「あったりまえよ。なんたってイネスは」
「中に公民館まであるんだから、よね?」
「あたり!」
銀のイネス好きは周知の事実だ。
流石にパターンも読めてくる。それを見て、園子が自分を指差した。
「流石に読まれてきたか」
「私も読まれたりするかな!」
「……そのっちは読めない」
「難しいなぁ……」
「きっといつまでも読めないかな」
フリーダムの塊な園子を読めるのはきっと予知能力でもないと難しいだろう。
「それはそれでちょっと寂しい……」
指先を合わせいじけるように俯いた園子みて、その頬を、須美がつついた。
「大丈夫よ」
「これくらいなら読めるよ」
「ほんと? じゃあわたしが今何してほしいか当ててみて!」
「えっ」
輝いた瞳を向けた園子にしまったと三人は後悔した。
読めるというのはそういう意味じゃないのだけれど、と悟飯が銀と須美に視線を向けると二人とも視線を逸らした。まさかの裏切りだ。
「ほ、ほーらよしよし」
「やったー! ホントに読まれてる~! ふぉ、foooo!」
「ちょ、ちょっと待ってよ園子!」
悟飯に頭を撫でられると、飛び跳ねて喜んだ園子はそのまま何処かへ行ってしまった。
流石にそのままにする訳にも行かず、悟飯が追い掛ける。
「流石そのっちね……」
「ちなみに、須美の事は取扱説明書が書けるくらいには分かってるぞ」
「あら、最初のページにはなんて書いてるのかしら?」
「結構大変な品物ですので、くれぐれご注意ください」
「面倒臭い人みたいな言い方ね……。でも納得してしまう……」
真面目さは時に面倒にも映る。しかし、そんな物が書かれている時点で須美は受け入れられているのだと分かっているから、軽く受け流しながら町並みへと目を向けた。
「良いじゃん奥行きがあって。あたしなんか新聞並みに薄っぺらいぞ」
「そんな事ないわ。分かりやすくはあるけど、書く事は沢山あるわよ」
「……そ、そうか?」
意外と押しに弱い銀は須美の言葉にちょっと顔を赤くする。
例えば、と例をあげられそうになって大丈夫! と止める位には。
「これからも、色々な一面を暴いていこうと思うわ」
「お手柔らかに……」
「実はわたし、初めミノさんの事が苦手だったんだ」
目を逸らした銀の隣に園子が戻っていた。悟飯も隣にいる。
「いきなりなんだよ!」
「私も同じよ」
「ご、悟飯もそうとか言わないよな……」
「ボクは、初めて会ったのがお役目の時だったから……カッコいい人だなって」
「それはそれで恥ずかしいけど……」
悟飯の言葉に安心した銀だが、園子の言葉の真意を確かめるべく、ジト目で園子を見た。
対する園子は笑顔を崩さないで、須美の隣へと回り込んだ。
「スポーツ出来て明るくて、なんだか種族が違う気がしたんだ」
「あ、ああ……」
園子の言葉に銀は確かにと思っていた。
全員が同じだった。銀は銀で乃木家のご令嬢である園子、そして真面目過ぎる須美の事を苦手とまではいかなくとも、少し避けていたのはあった。
「でも話してみたらこんなにいい人だった! わっしーも良いキャラだし!」
「私はキャラ!?」
「ゴッくんはそういう意味では凄く良かったな~」
「ボクが?」
「うん。樹海の中で出会った時はちょっと不思議な人だな~って思ったけど戦ってる姿はかっこいいし、何より優しい!」
わぁ、と悟飯に抱き着いた園子を見て銀が確かに! と笑った。
転入生である悟飯は三人とは付き合いが一番浅い。が、その出会い自体は一番衝撃的だ。
お役目について何も知らないままで樹海で出会い、流れでバーテックスと戦った。苦戦を強いられていた時、一番全員を気遣い、そしてバーテックスに一番立ち向かったのも悟飯。
その姿を見るだけで、悟飯は優しい人間なのだとすぐに理解出来た。
「悟飯は私も尊敬しているわ」
「面と向かって言われると恥ずかしいな……」
悟飯が頬を掻いて笑う。
いつの間にか、良い所を言い合う会のようになったが、そこで銀が大きく笑った。
「うん、なるほどね。皆、確かに話してみないと分からない事だらけだよな!」
「ええ、そうね」
「きっと皆もそうだよね~」
「気に入って貰えたならよかった」
「これからもダチ公として、よろしく!」
銀がそう言って赤くなった手を出した。
悟飯も自分の手を見る。銀と同じくらい真っ赤だった。そういえば痛かったなと今更ながらに思い出す。
「こちらこそ~」
「うん」
「ええ」
悟飯が手を重ねる。その上に園子、須美も重ねた。
重ねた手は、訓練の痛みを忘れてしまうくらいに、温かい。
四人の友情を確かに感じた気がした。
――
バスから降りたら、後は各自歩いて帰る事になっていた。
悟飯達はいつも通りの道を疲れただの、楽しかっただのと話しながら帰っていた。
「……いい写真だ」
悟飯がスマホを眺める。そこにはバスの後部座席で三人が仲良く寝ている写真だった。普段は見られない貴重なショットである。
着せ替え会以降、悟飯はカメラをよく使うようになった。始まりはなんとなくだったが、確かに残る思い出が欲しかったというのもあった。
いつか、元の世界に帰っても良いように。
いつか、誰かと別れてもいいように。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
「そっか~……隙あり!」
園子が画面を覗こうとしてきて慌ててスマホを隠した。
隠されてしまえば、それを知りたくなるのが人の性というもので、園子はにやりを笑うと悟飯の手からスマホを奪い去った。
「おや、ゴッくんも好きですねぇ~」
「い、いや〜……」
「なになに、何の話?」
「秘密~」
「秘密だっ!」
「む、そう隠されるときになるなぁ!」
悟飯のスマホをめぐって追いかけっこが始まりそうになった時だった。
チリン、と小さな風鈴の音が何処からか響く。空を見れば鳥が動きを止めて、吹かれた木の葉が宙に浮いたままでいた。
大きく期間が空いた物の、忘れる訳がない合図。
「ったく、楽しいままで終わりたかったけど仕方ないか」
「……来たのか。敵が」
「折角楽しい遠足だったのに~」
「遠足中じゃないだけマシじゃん?」
「家に帰るまでが遠足よ、銀」
「お母さんみたいな事言うな……」
そう言いながら、悟飯以外の三人はアプリを起動して勇者服へと変身する。
そして悟飯は自分の制服を握ると、その制服を魔族服へと変えた。マントは今回はなく、紫を基調とした道着のようになっている。
本質的には違うが、動きやすさを重視した悟飯の勇者服だ。
その上でスーパーサイヤ人もとい、超怒髪天へと変身した。
「やろう」
悟飯の言葉に三人は頷く。
――四回目のお役目が始まる。