「そういえば、手は大丈夫?」
「血豆? 問題なし!」
銀と悟飯は準備体操をしながら、バーテックスがやってくるのを待っていた。
遠足の疲労はなんだかんだでバスでしっかり取った睡眠のお陰か気になる程ではない。
「段々、この景色も見慣れてきたな」
「気を付けて銀、そういう時が」
「一番危ない、でしょ?」
須美に向って笑顔で答える銀だったが、そんな銀に須美はまだ不安そうな顔を向ける。
「あたしの服は接近戦用で丈夫だからな。大丈夫!」
「だからって油断は駄目よ。アスレチックの時も怪我しかけたのに」
痛い所をつかれて、銀はそれ以上言葉を返せなくなった。
「ミノさん最近、わっしーに注意される事をわざと言ってるみたいだよね~」
「なんだか癖になってさ、須美に怒られるの」
「勘弁してほしいわ……」
須美がはぁ、とため息を吐くと同時に全員が雰囲気が変わったのを感じた。
大橋の奥からバーテックスがやってきていた。
「来たな。って、まさかあれ」
「二体……!」
まだ距離があるが、それでもはっきりと二体のバーテックスが宙に浮いて進行していた。
造形は二体とも生物に近かった。
片方はカニのように見えるが、よくわからない棒がその周りを浮遊している。更についでのようにある尾にはハサミがついている。
もう片方は、サソリのように思えた。玉を重ねた尾の先端に鋭利な針がある。毒があるかは未知数だが、食らいたくはない。
「……そうきたか」
「四対二、数の有利はまだ私達だわ、隊長」
「うん。私とミノさんで相手しよう。わっしーとゴッくんは遊撃で援護して!」
園子がそう指示を出すと同時に、須美が弓を構え、銀と園子がバーテックスへと向かって飛び出した。とにかく何をするかを見なくてはならない。
二人が正面までくると先に動いたのはサソリ型だった。
「やっぱり、近接メインか!」
長い尾を突き立て、園子達を襲うが、それは盾に弾かれる。
園子は一切動じる事なく攻撃を受けている。突破の心配はないだろう。
「あたしは気持ち悪い方と戦う!」
「どっちも気持ち悪いと思うんだ……」
銀はカニ型の方へと飛んでいく。
カニ型の周りに浮いた棒が薄い盾を展開した。それが回転してするのはまさかの物理的な体当たりだった。
そうして銀を弾き返そうとするが、その程度でやられる銀ではない。斧で逆に盾を弾いて、一度地面に着地する。
「やっぱりこっちはあたし向きだ!」
尾を自由に操るサソリ型よりはカニ型の方が確かに銀には向いていた。
遅い攻撃に、脅威でないシールド。銀がカニの防御を引き剥がすと同時に、須美や矢を放った。
溜められた強力な一矢が突き刺さる。大きく仰け反ったカニ型に追い打ちの様に爆発が起こる。
「ナイス、落ちろっ!」
銀が地面に叩き付けるようにカニ型を切り裂く。盾を持っているだけして、完全に切り裂けなかったのは想定外ではあったが、大きく倒れ込んでいった。
そんな銀を見て、悟飯が園子に合図をする。
「ボク達もそろそろ反撃に出よう」
「じゃあ攻撃に集中するよ~」
悟飯が構える。それと同時に園子が盾を解いた。
サソリ型はそれを好機とみて、園子へと尾を突き刺しにかかるが寸前でその動きが止まった。
「たとえ二体だろうと、誰一人傷つけさせない……!」
「わたし達は誰にも負けないんだからー!」
尾を受け止めた悟飯がそういうと同時に園子が飛ぶ。尾を足場にして、サソリ型へと槍を構えると、回転しながら大きく切り裂いた。
攻撃力で言えば、銀程ではない。しかし、それでも大きな一撃がサソリ型に入った。
サソリ型を足蹴にして悟飯の隣へと園子が戻る。
定まってきた連携に、二人は余裕の笑みを見せる。
「特殊な攻撃はまだしてこないか……」
「二体なのが、特殊ではあるけどね~」
今までの傾向から竜巻や地震に似た攻撃は覚悟していたが、どうやらカニ型もサソリ型もそれらしき行動は見せない。
「油断をするのはよくないけど、警戒しすぎるのもよくないか……」
「数を減らしてミノさんの加勢をしよう」
「よし、次だっ」
再び悟飯が飛び出そうとした時、戦士の勘か、あるいは偶然か。
空から降る矢の嵐を見た。
「上だっ!」
何が上なのか、確認することなく園子が槍を盾に変えた。
須美は遠くから見ていたからか、一早く園子の横へと滑り込んだ。銀はカニ型を相手にしていて、悟飯の言葉でやっと気づいていた。
「ならっ」
銀の元へ飛ぶと共に、銀を襲う盾の一つを蹴りぬいた。
手の空いた一瞬で、悟飯は銀を抱え、園子の元へと戻る。
「あぶっ……なかった! サンキュ、悟飯」
「どういたしまして。それよりも……」
「これは一体……」
「何度も撃たれると危ないね」
降り注ぐ矢の雨を見ながら、状況を整理する。
絶え間ない矢の嵐に、発生源はおろか、二体のバーテックスすらどうしているのか上手く見れていない。
しかし広域さからか、バーテックスもこの矢は確かに受けているのか攻撃自体は一旦の止みを見せている。
時間にしてみれば五秒程度の短い時間だったが、その無数の矢は一旦の収まりを見せた瞬間に、サソリ型の尾が悟飯達を襲った。
「……連携してる」
「悟飯っ!」
悟飯が片手でバーテックスを受け止めたと同時に、三体目のバーテックスがその姿を現していた。
弓矢に似た形のバーテックスが悟飯達に標的を合わせている。
再生力のあるバーテックスは矢の嵐を受けた所で止まらない。それを利用した強引な攻撃方法。上と横から同時に食らってしまえば傷所では決して済まない。
「そのっち、閃きそう?」
「うーん、まだちょっと……」
「なら、三体目はボクが相手する。時間ぐらいは作って見せる」
「気をつけて、悟飯」
「ああ……。あの矢はまずい、一度だって食らえないぞ……!」
悟飯が樹海に突き刺さる矢を見る。
樹海も柔い訳では消してない。須美達の戦闘に耐える程度の耐久力は確かにある筈なのに、弓矢型の矢のどれもが、半分以上突き刺さっている。
それが無数に降るというのは大きな脅威だ。
「任せてもいい?」
「ゴッくんも、任せるよ」
園子が頷くと同時に悟飯が飛び出す。
弓矢型は正面にある開いた口のような部分から矢を射出していた。それ自体は問題ない。ただ、その口が二つあるのが問題だった。
無数の矢は下の小さな口から射出されていて、まだ一つ大きな口は使用されていない。
「撃たせる前に……!」
悟飯が両手を腰へと構えると同時、弓矢型の大口から巨大な矢が一本生み出された。
銀達を優に超える大きさのそれは更にあろう事か、光を集めチャージらしき物までし始めていた。
「かめはめ波っ!」
悟飯の放ったかめはめ波は確かに弓矢型の矢と衝突する。それと同時に煙幕が上がった。
弓矢型がどうなったかは見えなかったが、勢いを失った矢は煙幕を抜け、樹海の底へと消えていくのが見えた。
「よし、十分止めれる……」
悟飯の足止めが機能する事を確かめて、一度後ろを見る。
銀達が二体を相手取り、再び優勢を築いていた。この調子であれば確実に数は減らせる。
――そう確信した時だった。
「なっ――」
矢が、煙幕を貫いた。
弓矢型の姿が現れる。それも、大口の矢を悟飯に狙いをつけた状態で。
ブラフだった。そう気づいた時には遅かった。
放たれたその矢は、弾丸以上。不意をつかれ、既に放たれているそれを悟飯は回避しきれなかった。
「ぐっ、うわあああああああああ」
えぐれた左肩を押さえながら、叫ぶ。
痺れ、痛み、そして、緩やかに襲う喪失感。
唯一、変身だけは何とか解かずに耐えきった。まだ、動けるが致命的なダメージ。
「悟飯っ!」
そう叫んだのは誰だったのか。
しかし、それから先はなかった。
悟飯の負傷という、その一瞬の隙をつき、銀達をサソリ型とカニ型が同時に三人を襲っているのが見えた。
「ぎ、銀っ! ……危ないっ、須美、園子っ!」
悟飯の叫びは届かない。
口の中に溢れる血が声を濁らせている。
そして三人が大きく吹き飛ばされたのを見た。
「させるかぁぁぁぁ!」
悟飯が三人の元まで飛んで行くが襲うのは二体同時。
しかし、止められたのはカニ型の一撃のみ。
それは即ち、銀への攻撃のみだった。
「悟飯っ! 肩がっ」
庇われた銀が叫ぶが、その余裕すらももはやない。
動きの鈍い左腕は気弾の一つも出せず、サソリの薙ぎ払いを食らい、吹き飛ばされてしまう須美達を見る事しか出来なかった。
「くそ、須美っ! 園子っ!」
「とにかく二人の元へ行くっ!」
大きく吹き飛ばされた二人の元へ悟飯と銀は飛んで行く。
それぞれ一撃づつ、たった二撃の壊滅だった。
全身から血を流した二人が、倒れていた。園子はもう意識がない。骨が折れていたりしないだけでも幸運ではある。
「大丈夫か須美、園子っ!」
「うっ、うう……」
須美はギリギリだが意識を残していた。
しかし片目は開かない。顔もあげる事すらギリギリだ。
「無理しなくていい。銀、二人を安全な所へ」
「悟飯はどうする」
「立ち向かわなきゃ、いけないだろっ!」
悟飯がそう叫ぶ。
バーテックスはただゆっくりと進行していた。しかし、弓矢型のだけが斜め上を向いていた。
既に放たれている無数の矢に、悟飯は覚悟を決める。
「か……め……」
「悟飯、離れないとっ」
銀が二人を抱えてそう叫ぶ。
しかし、悟飯はただ矢の雨を睨んでいた。
「は……め……」
「……信じるからなっ!」
返事のない悟飯を見て、銀が背を向けた。
矢の雨が届かない位置へと飛んでいくのを後ろで感じて、悟飯は一度目をつむる。
激痛の左腕を酷使したらどうなるか、分からない訳ではない。だからこそ、溜めの構えをとらずに、集中だけしている。
矢の範囲は馬鹿にならない。銀も傷ついている上に、須美達を抱えている。
誰かが、時間を作らなければならないのだ。
「波ぁぁぁぁぁぁっ!」
ノーモーションにより放たれたかめはめ波が矢の雨を押し返した。
が、それを破壊するまでに至らない。勢いの死んだ矢は確かに落ちていく。しかし、絶え間ない後続と意識を乱す痛みに、かめはめ波の方が段々と力を無くし、細くなっていく。
「ぐ……くそっ、こんなもので……」
激痛の中、放ち続けるかめはめ波を保とうとする悟飯の意思に反して、現実はただただ残酷に悟飯を襲う。
「ぐああああっ!」
遂に途切れたかめはめ波の奥から数本の矢が悟飯を傷つける。
完全な直撃はしていない。しかし、かすり傷でももはや堪えようのない激痛が全身を走った。
肌が裂ける。
意識が乱れる。
――サイヤ人の事よ。
いつかの安芸先生の言葉が頭をよぎった。
「異なる星から来た宇宙人、それがサイヤ人。間違いないですね?」
「そ、それは間違いないです……」
正直に言えばサイヤ人の事を大赦が把握しているのも悟飯にとっては驚くべきことだった。
神樹様の神託なのだろうかとも思ったが、次に言われた言葉は更に衝撃的な物だった。
「そのサイヤ人がバーテックス、そして孫君両方影響を与えている可能性が出てきたのです」
「それって」
「神の加護を受けた勇者以外の貴方と戦う事で、バーテックスが更なる進化を果たしていく可能性があるのです。その上で、孫君のスーパー……いえ、超怒髪天だったかしら。その進化を、バーテックスが妨害している可能性があると言う事」
その言葉に、心当たりはあった。それは、どうしてもなれない変身。
サイヤ人の力を吸い取ったりする相手と戦う経験があるからこそ、その言葉を悟飯は信じた。
「つまり、バーテックスは……今までよりもずっと強くなっていく可能性があると言う事」
「ボクが、原因と言う事ですか?」
意識が現実に戻った時、既に悟飯の変身は解けていた。
すぐ横まで迫った、サソリ型の尾にすら気付けない。
「がっ――」
声はもう出なかった。
防御すら取れずに吹き飛んだ悟飯の体を、カニ型の盾二枚が悟飯を押し潰す。
抵抗しようにも動かない片手、潰されていく度に開いていく傷、もはやまともな抵抗は出来ない。
「うあああああああああっ!」
潰される体に無理矢理覚醒された意識で悲鳴を上げる。が、次第に声も、その力も弱くなっていき遂に、意識も途切れた。
満足したのかカニ型は悟飯を開放する。
そのまま力なく落ちていく悟飯をサソリ型が大橋の外、つまりは海へと吹き飛ばした。
進攻は、続いている。
――
大橋の入り口辺りまで戻っていた銀は、二人を樹海の上に寝かせていた。
既に意識を無くしてしまっている二人はもうきっと戦力にはならないだろう。そして、殿を任せてしまった悟飯の為にも早く戻らなくてはいけない。
「ここは怖くても、頑張りどころだろ」
頬を叩いて覚悟を決める。
しかし、三体のバーテックスにどう立ち向かうのか、まだ考えついてない。
四人でもこんなに傷をついたというのに、どうしたら勝てるというのか。
怖い。が、悟飯が居る。後ろには須美と園子が居る。
だからこそ、銀は進む前にただ二人に向けて手を振った。
「またね」
その言葉を最後に銀はバーテックスの方へ飛んでいく。
静寂の中、たった一人で。