そこは、全てが植物で出来ていた。
地面から地上へ。地上から地面へ。
孤を描く蛇のようにして伸びる木の根で足場は構成されている。
根は複数の色で構成されていて、そんなカラフルな光景は悟飯には不思議と神秘的に思えた。
「ここは……」
根の上の一つで、悟飯は身構えていた。
少なくとも、これは普通ではない事は間違いない。
情報収集をしようにもそもそもこの場所についての知識がなさすぎる。
故に待つ。
移動した事には意味があると考えて。
「そ、孫さん?」
しかし、構えると同時に後ろから声が掛けられた。
振り向けば、そこには三人の少女が居た。
時が止まったような場所でも動いていた三人。
それぞれが驚いた顔で悟飯を見ていて、悟飯は慌てて構えを解く。
「皆さん! 無事だったんですねっ! 良かった……」
安堵の声を出した悟飯は三人の方へと歩いていく。
三人の方は目を合わせ、何やら話し合っていた。
「その、孫さんは、どうしてここに?」
三人のうちの一人、須美が代表する様にそう聞いてきた。
「え、えっと……どうして、だろう……?」
質問に質問で返す。頭を掻いて、困った風にして。
悟飯のその様子に須美は訝し気な目を向けた。
「それに、此処が何処だかもわかっていなくて」
「ここは多分……神樹様の結界の中です」
須美の答えに悟飯は心の中で復唱する。
結界。
意味自体は分かるが、こんな規模の、更に時間も止めるような大結界をはいそうですかとは飲み込めない。
そもそもどうして結界が張られたのか。
「わたし達も、来たのは初めてだけどね~」
「そうなんです。私達も大赦から教わった以上の事は分からないんですけれど」
教わるような事であればそんなに問題でもないだろうか。
それでも時間が止まる、世界が変わるなんて事は普通ではない。
「あ、そうじゃん! 悟飯さんは授業まだ受けてないから樹海化について知らないのは当たり前か!」
銀は納得したように手を叩いた。
「確かに……? でもそれならどうして孫さんが神樹様に選ばれたって私達に教えてくれなかったのかしら」
「う~ん、どうしてだろう?」
「神託よりも早かったし、間に合わなかったとかじゃ?」
「転校生だとしても、もっと先に伝えられた筈でしょう?」
神樹に選ばれる、と言う言葉に悟飯は首を傾げる。
悟飯にはそんな事を言われた記憶はない。
記憶にあるのは子孫、と言う言葉だが選ばれるとは流石に違い過ぎる。
「えっと、ボクは選ばれたのかすら分からないんですけど」
「でも結局、来てるなら選ばれたって事じゃないすかね? あ、悟飯さんって名前で呼んじゃったけど大丈夫です?」
「う、うん大丈夫。えっと、三ノ輪さん」
悟飯が迷いながら名前を呼んだところで、あーっ! と銀が大声を出した。
その声に他二人も驚いて視線が集まる。
「自己紹介! していませんでしたね! あたし、三ノ輪銀って言います。銀ってよんでください。そういえば朝に一回挨拶したっけ」
「そうですね。えっと改めて。孫悟飯です、よろしく」
銀が差し出した手を悟飯は握る。
初対面と違って敬語に変わっているのが気になるが、初対面ではないと思っていなかったのだろうと自分で結論付ける。
そんな後ろで、自己紹介をしていなかった事に気付いた須美の方も近づいてきた。
「鷲尾須美です! すみません、自己紹介を忘れるなんて……」
「乃木園子だよ~。わたしはそのっちって呼んで~」
「よろしくお願いします。鷲尾さん、そ、その……こさん?」
「あはは、難しいなら園子でいいよー」
眠そうな子、園子が後ろから顔を出して、三者三様の自己紹介が終わった。
個性豊かな人達だ、と心の中で思う。
突然場所が変わって気を張っていたが、それも緩んでしまった。
そんな時、それでと須美が人差し指を立てた。
「簡単にこの場所の説明をしますね」
須美は簡潔に説明をしてくれた。
ここは樹海と言う名前の場所である事。
神樹様が作り出した結界であると言う事。
その結界が作られるのはバーテックスと呼ばれる敵と戦う為である事。
樹海に居ると言う事は神樹様に敵と戦う勇者に選ばれたのだと言う事。
「敵と戦う……勇者……?」
「はい、悟飯さんも勇者に選ばれたんだと思います」
「勇者か。なんだかまた凄い事になっちゃたな……」
非日常は多少覚悟していた。ただ、まさか初日でこんな事に巻き込まれるとは思わなかったが。
悟飯は小さくため息を吐く。
非日常には慣れているが、好んでは決してない。
「それで……あれが大橋かな!」
「多分あれだね!」
二人が興奮気味に指をさした方向には、植物ではない橋が見えた。
植物の無い所のほとんどは海になっていて、先には取り囲む様にある壁がある。
橋の先でもある四国を囲む巨大な壁は現実にもある。悟飯が香川に来て、一番最初に驚いたものだ。
「こちらと壁の外を繋ぐ橋、それが大橋。神樹様がわざと結界をあそこだけ弱くして敵を誘導しているの。つまり、大橋が私達の戦う場所」
「でもなんか、ワクワクするよね~!」
敵、と言われて悟飯にはまだ今一ピンと来ていなかった。
外、壁、結界に神樹。未だはっきりと理解しきれていない用語に惑っていて、何となくしかわかっていないのだ。
とにかく、戦うと言う事を優先事項に置く。
「あっ、あそこ見て!」
園子が指差した方には遠く、わずかにだが動く影が見えた。
それは明らかに、人ではない。しかもかなり距離があるというのに、目視できると言う事は相当に巨大だ。
「あいつが橋を渡り、神樹様に辿り着いた時、世界が終わってしまう」
「え、えぇ!?」
そんなに重い話だとは思わず悟飯は驚く。しかし、三人は特に気負う様子も見せていないで、寧ろ士気をあげてさえいた。
「だから、あたしたちがやるんだ!」
「私達で、止めないとね!」
そう言って、三人はスマホを取り出した。最新式の携帯は、悟飯も転入と共に渡された記憶がある。どうもまだ操作になれず、あまり起動していないが。
そんなスマホを大切そうに持った三人は静かに息を吸った。
「あめつちに、きゆらかすは、さゆらかす」
「かみわがも、かみこそは、きねゆかゆは、きゆらかす」
「みたまかり、たまかりまししかみは、いまぞきませる」
突然唱えられた呪文に悟飯はたじろぐ。正確には祝詞だが、知識のない悟飯には困惑するしか出来ない。
チラリと見えた彼女達のスマホ画面には、知らないアプリが開かれていた。
どうやら花の絵柄を映しているようだが、三人の呪文に呼応するようにその絵を変えている。
「「「みたまみに、いまししかみは、いまぞきませる!」」」
三人の言葉と同時、三人が光に包まれた。
悟飯はとっさに顔を手で覆う。
光が止んだ時、制服から別の衣装に身を包んだ三人が立っていた。
鷲尾須美は、弓を手に、青の菊が咲いたかのような衣装を。
三ノ輪銀は、二つの斧を手に、赤の牡丹が咲いたかのような衣装を。
乃木園子は、槍を手に、黒の薔薇が咲いたかのような衣装を。
それぞれが独自の衣装を身にまとっていた。
変身と共に舞った花びらのせいか、悟飯にはそれがまるで花が咲いたかのように思えた。
「す、すごい……」
一瞬の変身もそうだが、悟飯が驚いたのはその彼女達の力の高まりである。
服こそ変われど、体格などに変わりはない。しかし悟飯の目には確かに強くなっているように見える。
不思議な現象。しかし悟飯が最初に抱いた感想は頼もしい、だった。
悟飯の視線に気付いた銀は笑顔を向けるとポーズを取った。
「どーよ、かっこいいだろ!」
「すっごくかっこいいですっ!」
刃の部分が広く、そして銀の半分以上の大きさがある斧がぶんぶんと振られる。それに須美と園子が少し離れた。
「ちょっと三ノ輪さん! 気を付けて!」
「あ、悪い悪い」
見るからに重そうな武器を軽々と扱う姿を見て、悟飯はただ感心していた。
そんな悟飯に須美が不思議そうな目で見る。
「あの、孫さんは変身しないんですか?」
「たっ、確かに」
須美の指摘にハッとして悟飯もスマホを取り出す。
三人が使っていたアプリを開いてみるが、一向に画面が動かない。
それどころか、けたたましいエラー音が出た。
一応と祝詞を教えてもらい唱えてみるが、今度更に強くエラー音を響かせた。
「で、出来ない……」
変身が出来ない。その事実に、また三人が驚き目を見合わせた。
「ど、どうするんだよ! 悟飯さん一人で待っててもらうとか……?」
「でも、そんな事して大丈夫なのかしら。もしここから落ちたりしたら……」
二人が慌てたように話し出すのを他所に、当の悟飯は冷静だった。
銀達のようなものではないが悟飯には一つ心当たりがあった。
「三人も変身したし、隠す訳にも行かないか」
ブレザーを脱ぎ捨て、腰を落とす。
その行為に、三人の視線が集まった。
悟飯は一度深呼吸を挟んだのち、大きく叫ぶ。
「はぁぁぁぁぁっ!」
「え、何何!?」
全身に力を込める。悟飯の表情はまるで鬼の形相になっていく。
突然の悟飯の行動に、三人は慌てて悟飯から距離を取る。
周囲の空気が変わる。それも物理的に。
悟飯の方へと風が吹く。塵が浮き、渦へ。
次第にそれは突風へ変わり、竜巻を作り上げる。
そんな全てが悟飯に向って収束していっていく。
「ハアッ!」
その叫びと共に同時、急に風が収まる。
そして同時に悟飯は、変身していた。
毛が逆立ち、金色に色が変わっている。
威圧感とでもいうのか、鋭くなった悟飯の目つきに二人は一瞬震えたのが見えた。
しかし、銀は違った。
「な、なんすかそれ! かっけー!」
「これは……なんて言おうかな。す、スーパー――」
驚きながらも興奮した様子の銀に、悟飯は表情を崩す。
悟飯が名前を言いかけて、銀の横から須美が大きく身を乗り出した。
「そ、それは怒髪天ね! しかも髪の色が神樹様のような色へ変わっている……。なるほど、男児の変身は歴史上一度もなかった筈だから知らなかったけれど、素晴らしい変身だわ! 孫さん!」
「あれ、スーパーじゃないの?」
「えっと、そうっ! 超怒髪天です!」
「超怒髪天っ! か、かっけー……」
早口になった須美の圧に押され、名前が変わった。
本来の名前、スーパーサイヤ人からサイヤ人の要素が消え、ただ髪の毛が逆立った事実が残ってしまった。
とは言え最終的に、三人の反応は興味津々といった風で収まった。
「ともかく、大丈夫そうでよかった! ならよしっ、初めての実践だっ!」
「合同訓練はまだだったんだよね~」
「敵がご神託より早く出現してしまったせいでね」
「まぁ、行けるだろ。悟飯さんも増えたし!」
「そうだといいのだけれど」
須美がふぅ、とわざとらしく息を吐いた。
事情を知っている三人にも少し予想外のような反応があったのはその為かと納得する。
「ま、大丈夫だよね!」
「ぼ、ボクも頑張りますっ!」
「お先!」
そんな会話の最中に、いの一番に飛び出したのは銀だった。勇者の力のお陰か、根の様な地面を飛び跳ねて渡っている。
「ボクも!」
「あ、待ってー!」
悟飯が銀に続くように飛びだす。それを追い掛ける様に園子、須美も飛び出した。