斧で線を引く。
それは誓いの線だ。
撤退した間に、バーテックス達は随分と進行してしまっていた。
半分以上を越えているから、恐らくはこれ以上は持たない。
彼らを食い止めていた筈の、姿の見えない友を探す時間も、もうないのだ。
「お前ら」
胸に手を当てて、想うは三人の親友。
心に灯る小さな炎を握りしめ、拳を前に突き出す。
「随分と進んでくれたけどな」
友の為、誓う。
世界の為、覚悟を決める。
これよりは、三ノ輪銀の、たった一人の決戦だ。
「ここから先は、通さない!」
開幕、弓矢型の矢の嵐が飛んでくる。
雨の様に降らすことなく、銀だけを狙った集中砲火だ。
それを銀は斧を盾に強引に進んでいく。
しかし、腕をかすめる。足を裂かれる。
だが、無視をした。
「こんな程度で、止められると思うなよっ!」
カニ型の盾が押し潰そうと襲う。
しかし、銀は大きく跳ねて避けると同時に、盾を足場にカニ型へと接近し大きく切り裂く。
防御力が高いのは分かっている。そして、全てがそうでないことも。
しかし、銀の攻撃は再生に時間が掛かるのを知っていた。
その時間稼ぎに、サソリ型が襲ってくるのも。
「それは知ってるよっ!」
被害を最小限に抑える。それでいて、敵を出来うる限りにダメージを与える。
悟飯程、周りを見切れる訳じゃない。攻撃を逸らすのすら難しいから、ただ堪えて突き進む。
サソリ型の尾を伝い、今後は両斧を使って尾の根本を切り裂きにかかる……が、流石に硬い。
すぐさま反撃を受けないように離れる。
既に、いつもよりも動きのキレは悪い。銀も一撃はもらっているのだ。既にベストコンディションでもなく、そして須美、園子、悟飯も居ない。
「うおおおおおおおおおおおっ!」
だというのに、銀の心はいつも以上に燃え盛っていた。
体に熱が迸って、銀の体を限界まで動かす。
こんな程度では負けられないのだ。
斧を一つ投げた。それは弓矢型の矢を砕きながら飛んでいくと、正面を直接突き刺した。しかし、須美の弓程連射は効かない。ダメージもない。
その衝撃に仰け反る弓矢型を確認すると同時に、近くに居たサソリ型を飛び跳ね上る。
「一人だけ安全な場所に居やがって、落ちろっ!」
斧を叩きつけながら、弓矢型の上に乗る。
突き刺さった斧を回収し、もう一度叩き付けようとして、自分を覆った影に気付いた。
すぐさま降りると、銀が居た場所をカニ型の盾が叩き付けていた。それを受けた弓矢型は大きく落下していくが、すぐさま浮き上がる。
味方を攻撃するのも厭わない、最悪の連携だ。
「ぐ……」
銀が一瞬足を止める。傷が開く、痛みが襲う。
体の悲鳴を無視しようとして、簡単に出来る程人間は簡単ではない。
ただ、バーテックスはそうではない。
サソリ型の尾が再び銀を襲う。鈍った動きで回避は難しいと、斧で受けるが園子の盾ほど防御力は高くない。軸になる持ち手がないせいで、すり潰すように動く尾に銀はただ耐えるだけでもダメージが入る。
「や、やったな……」
口に溜まった血を吐き捨てる。
有限の体力。
確実に失われていく血液。
時間が経つ度に、不利がついていく。
それでも、まだ燃える。
熱は銀の体をめぐり、限界まで力を出し切らせる。
飛んでくる矢よりも早く動く。
押し潰さんとする盾を弾く。
突き刺そうとした尾を、切り裂く。
時間稼ぎではない。ただただ、勝つ為に一撃一撃入れていく。再生もさせない。それでいて、攻撃も防御もさせない。
「お前たちはここから……出ていけぇぇぇぇぇ!」
限界まで燃え上がった銀はカニ型を滑るように切り裂く。
防御力が高かった筈のその体が大きく砕けていく。
どの攻撃も全てトドメを刺すつもりで、大きく、大きく削る。倒す。
一体でも多く――
「あ――」
弓矢型の矢が、銀の左腹を貫いた。
カニ型を盾にするように位置取りは意識していた筈なのに。そう思った瞬間に見えたのは、カニ型の盾によって弾かれた矢が銀へと向かっていた。
連携を取るならば、当然にシナジーがある。気付けなかった。
完全に勢いが止まった銀は斧と共に樹海へと落ちていく。
それを、サソリ型が地面へと叩き付けた。
「がはっ……」
血を吐いて、樹海に倒れ込んでしまう。
体はまだギリギリ動く。しかし、その間にバーテックス達は銀の与えた傷を全て修復していっていた。
それはつまり今までの奮闘が無駄になったと言う事。
酷い話だった。
絶望以外の何物でもない。
空いてしまった穴から更に血が流れる。体が一気に冷えた気がした。
「こいつらが神樹様を壊せば……」
園子と食べたジェラートの味も。
須美と学んだこれからの世界も。
悟飯と語った今の幸せも。
弟も。両親も。先生も。クラスメイトも。
全部なくなってしまう。
「させる……もんか……」
痛い。辛い。苦しい。怖い。
でも、それ以上に。
失いたくない。続けていたい。笑って居たい。
かけがえのない日々をこれからも。
だからこそ、三ノ輪銀は立ち上がるのだ。
「帰るんだ……!」
――それを人は、勇気と呼ぶ。
――彼女は紛れもなく、勇者だ。
「絶対……守るんだ!」
銀は、己を鼓舞するように吼える。
体はもう限界だった。
なのに足が動く。斧が握れる。
限界を超えた勇者の力が、銀の背中を押していた。
「化け物にはわかんないだろ、この力!」
感情も、仲間意識すら化け物に、叫び続ける。
頬が切れる。
足を貫く矢。
致命傷じゃないなら全て捨て去る。
「これが、これこそがっ!」
両斧が赤く燃える。
燃え上がる。炎は業火となる。
しかし、銀は炎の結末を知っている。
「人間様の気合と、根性と!」
疲労が溜まろうが、関係がない。
燃え尽きるにはまだ早い。
「がっ……」
――しかし、銀は膝をついた。
もう肌の色が見える所が少ない程血だらけ。
気付けば動きが鈍くなっている所もある。
それでも!
諦めないのが!
「たましいって奴よぉぉぉぉ!」
炎は、まだ燃え盛る。
赤い光を放ちながら。
――
深く、深く、落ちていく。
絶望の底。
後悔の果て。
深海の闇の中、悟飯はただ、過去を見ていた。
「悟飯、俺の好きだった自然や動物達を……守ってやってくれ」
ある心の優しい男の言葉。
そんな彼は死んだ。
それは、悟飯が甘えていたからだ。
強大な敵を前に、自爆しようとまでした彼を止める事が出来なかったから。
今もその悲しみは鮮明に思い出せた。
「母さんにすまねぇって言っておいてくれ」
死に際の、父親の言葉。
もう父親はこの世にはいない。
それは、悟飯が愚かだったからだ。
感情を制御しきれなかったせいで、必要のない犠牲を出す羽目になってしまったから。
時折、隠れて涙を流す母親を見て、ずっと後悔している。
「貴様と居たこの一年、悪くなかったぜ……」
自分を庇って倒れた師の言葉。
一度死んでしまった尊敬している師。
それは、悟飯が弱かったからだ。
幼い自分を守らせてしまった。戦えたはずなのに怯えてしまった。
彼の姿を見る度に、いつだって決意していた。
「16号さん、お父さん、ピッコロさん……」
いつだって、悟飯は遅かったのだ。
ベジータ達が来た時も。フリーザが来た時も。セルも、ボージャックも。
倒したのは全部失った後だ。
いつだって守り切れなかった事ばかりなのだ。
だから戦いは嫌いなのだ。
それでも守りたいものを、守る為にしなきゃいけないと頑張ってきた。だが、その努力が遂に友達を瀕死の重傷に追い込んだのだ。
自分のせいで。
「銀……須美……園子……」
音すら上手く作れない深海で、帰ってくるものは何もない。
もう友達の顔を思い出す事すら上手く出来ない。地上へ手も伸ばせない。
ただ一人だけだった。呼吸はしなくてもあと数時間は持つが、現在進行形で冷えていく体とどっちが早いかは比べるまでもない。
沈む体に身を任せ、目を閉じるだけ。
それで、全部終わる。
「これが……これこそがっ……!」
かすかに何かが聞こえた。
辺りには何もない。闇が広がり続けているだけだ。
ただそれでも確信を持って悟飯は目を見開いた。
「銀……?」
声で判別した訳ではない。ただ、見えた気がしたのだ。
銀が一人で戦っている姿が。
大橋は上だ。ましてや光の届かない程に沈んだ悟飯に見える所か、聞こえる筈もないのだ。
だが、それは沈む悟飯を引き留めるには十分だった。
「人間様の気合と根性と!」
ありえない事だとは十分に理解している。
幻聴だろうとも想像がついた。
しかし、それでも見えてしまうのだ。
手を伸ばしてしまいたくなるような赤い光が。
「たましいって奴よおおおお!」
その、叫びを聞いた時だった。
悟飯の中で、何かが渦巻くのを自覚した。
それと同時に、水面に波紋が生まれた。それは気にも留められないような小さな波紋だった。
しかし、次第にその数を増やし、大きくなって波を作る。
樹海を震わす。
「何だ……?」
地上では全てが、動きを止めていた。
銀も。
バーテックスさえも。
「ふざけるな……」
全身を駆け巡る熱。
爆発する稲妻。
何かが、抑えつけられるような感覚を自覚していた。
「こんな……こんなもので……」
膨れ上がる気。
膨張する筋肉。
反転する重力。
海は、悟飯を中心に渦巻いていく。
「――その、お嫁さんになる……」
夢。
「――もっと、頑張るから……!」
努力。
「――ゴッくん、ミノさんとわっし~!」
友達。
「――悟飯ちゃんにはあまり、やってほしくはないんだけどな」
家族。
「――地球はお前が守るんだ!」
期待。
「――悟飯、お前とまともに話してくれたのはお前だけだった」
信頼。
――悟飯の中の何かが、切れた音がした。
枷が。
理性が。
そして、悟飯の限界が。
今、目覚める。
「うわあああああああああああ――っ!」
叫びが、衝撃となって広がって世界を揺るがす。
バーテックスすらも、押し潰す程の圧。
空気すらも悟飯に従い、渦巻いている。
悟飯の髪が更に逆立ってゆく。
まるで、怒れる猛獣のように。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
目も眩むほどの光が溢れる。
そして、悟飯の姿が変わる。
スーパーサイヤ人を超えた、進化の力。
限界の先、怒りの極致。
それこそが、スーパーサイヤ人2。
「もう許さないぞ、お前達」
全身の熱が炎となり、黄金の光となって揺らめく。
金色の戦士は今ここに降臨した。
――奇跡の炎が燃え盛る。