光が、溢れんばかりに悟飯を包む。
今までとは全く違う、更に眩い光を放つ金色の戦士の降臨は、バーテックスに本能的な恐怖を与えていた。
「もう許さないぞ、お前達」
睨まれたバーテックスが大きく後退する。
変身時に膨れ上がった筋肉が、小さな傷を埋めている。一時的な応急処置でしかないが、その程度で良い。
左腕はまだ痺れが残っているが、あの程度なら片腕で倒せる。
そう、確信があった。
「銀、ごめん。一人で戦わせて」
「ご、悟飯……」
立ち尽くす銀の元へ悟飯が一瞬にして現れる。
それと同時に銀を右肩に抱え上げた。
「え、ちょ、ちょっと!」
「こっちで休んでおいて。全部、倒してくるから」
銀の認識出来ないスピードで、バーテックスから少し離れた位置に移動した悟飯は銀を降ろすとそのまま手当まで始めた。
道着の一部をちぎると包帯代わりにして、銀の出血をなんとか抑えていく。
「よし、大丈夫だ」
「大丈夫だって!? 悟飯はあいつらに――」
銀が叫ぶ途中、二人を弓矢型の巨大な矢が襲った。
が、それは片手で悟飯によって受け止められていた。しかも、目を向ける事すらなく。
受け止めた矢を投げた悟飯は銀に笑い掛けるとまた消えた。
次に現れたのはバーテックスの正面。
「どうした、来ないのか」
その言葉に、仕掛けたのはサソリ型バーテックスだった。
悟飯へと振り下ろされるサソリ型の尾。
しかし、一瞬にしてサソリ型の懐に入った悟飯が大きく蹴り上げると、ゴムまりかのように大きく吹き飛んだ。
「その程度かっ!」
悟飯が手の平を弓矢型へと向ける。
口の開いた弓矢型に巨大な気弾が撃ち込まれた。巨大な爆発が起こると共に、弓矢型が衝撃に耐えきれずに吹き飛んだのが見えた。
しかし、その体を傷つける事は、未だ出来ていない。
それ見て、悟飯が怒りを露わに拳を握りしめる。
「神様なんて、越えてやる……」
神樹様の加護がないと、バーテックスを攻撃できないなんて、認められない。
バーテックスが強くなるなど、許せない。
「はぁぁぁぁっ!」
悟飯の叫びに呼応するように樹海が揺れる。
唯一残ったカニ型が、悟飯と銀、両方を襲わんとそのハサミと盾を向けるが、一瞬にして全てが消えてしまった。
悟飯の早すぎる動きに盾が吹き飛ぶ。ハサミがカニ型自身に刺さる。
そして、カニ型本体が上空へと大きく吹き飛んだ。
それだけでは終わらず、吹き飛ぶバーテックスを蹴り飛ばし、殴り飛ばす。もはやバーテックスはただただ、お手玉と化していた。
対応できない所か、遥かに上がった力にバーテックスが耐えきれないのだ。
神樹様の加護を持たない故にその体に傷がつかないのだけがバーテックスとって唯一の救いだった。
「無駄な事を」
放物線を描き、飛んできた無数の矢を見た。
しかし、もはや迎撃すらせずに、ただ片手で悟飯は襲いくる矢を全て弾き切ってしまう。
それを見て、弓矢型は今度は大口の矢を放とうと溜め始める。
「魔閃弾っ!」
悟飯が構えた右手から、巨大な気弾が放たれる。
口元に直撃した気弾が爆発し煙幕が起こるが、今度はその煙幕から衝撃に耐えきれず、弓矢型が更に吹き飛んだ。
一瞬の隙を与える事なく、悟飯は弓矢型を蹴り飛ばした。同時に落ちてきたサソリ型、カニ型を巻き込み吹き飛んでゆく。
バーテックス達は壁へと当たったのか、遠くで大きな煙が起こしたのが見えた。
「時間は、稼げるか」
悟飯は背を向けて銀の元へと戻った。
銀は、痛むのか自分の体を抱えながらも、目を見開いて悟飯を見ていた。
「……その姿」
「スーパーサイヤ人2、いや須美に合わせれば超怒髪天の……二式って所かな」
銀の手当てを再開した悟飯は目を見て、笑い掛ける。
怒りに震えていた数瞬前と今の穏やか過ぎる笑み。あまりの違いに、思わず銀は目を逸らしてしまう。
恐ろしいのもあるが、それ以上に悟飯の姿が救世主、あるいは白馬の王子のように見えて仕方がなかった。
余裕そうな姿を見ると今までの不安が消し飛んでしまう。
安心してしまうのだ。
「血を流し過ぎてる。終わったらすぐに病院に行こう」
「悟飯、後ろっ!」
「大丈夫」
遠くに見えたのは弓矢型だった。もう既に攻撃の届く距離まで進行している。
最初よりも速度が速いのは、何か理由があるのか。単純に奴が早いだけなのか。
「ボクは負けない」
そう言って振り向いた悟飯は、目を凝らす。カニ型、サソリ型がやっと今起き上がるのが見えた。
傷が与えられなくとも、元々は追い返すのが目的だ。それならば、鎮火の儀を通さなくても結界の外に弾き飛ばせる事が出来ればなんとかなるかもしれない。
「やってみる価値はあるか」
指先を額に合わせ、悟飯は構える。
溜めは掛かるが悟飯の知る中でもっとも貫通力が高い技。
「魔貫光……殺法っ!」
放たれた細い光線が弓矢型へと突き刺さった。が、貫通しきる事はなく、バーテックスがは押し返されるにとどまる。
そもそもが未完成だった。魔貫光殺法とは指先の一点に溜めた気を解き放つ技だ。しかし、悟飯のはピッコロよりも太い、かめはめ波や魔閃光に近い放ち方になっている。支える左手もないからか、普段よりもブレが多い。
直接習った訳ではなく、そもそもバーテックスを貫けたかも分からないが、それでも悟飯は悔いた。
「駄目かっ」
再び二体を巻き込み、吹き飛んだ弓矢型を見て、違和感に気付いた。
弓矢型の口から小さな何かが飛んだ。
変身の影響か、異常なまでに上がった視力はそれが何かをとらえた。
「なんだ……あれ……」
逆三角錐の何かが浮いていた。
大赦の人間からも聞いた事のない、初めての現象。
ただバーテックスから生み出された以上何か攻撃するかもしれないと構えると同時に、その弓矢型が動きを止めて完全に倒れ込んでいるのを見た。
一つ、心当たりがあった。
「バーテックスが動きを止めて……吐き出された小さなもの……核かっ!」
悟飯の記憶には再生する相手がいた。名前をセルと言う。
セルも同じように再生するのだが、小さな核を持ち、それが残っていれば何度も再生するという特性を持っていた。逆に言えばそれを破壊すれば完全に死滅すると言う事。
それは、ただの経験から来る可能性の一つに過ぎない。
しかし、光明が見えた瞬間だった。
「ご、悟飯……」
「銀っ!? どうして立って」
「あたしだって……勇者なんだ……!」
銀が悟飯の肩を借りながらも、バーテックスを睨みつけた。
息も絶え絶えだ。たった数十メートルしか離れていないが、ここまで進むのにどれだけ苦労したのだろうか。
その気持ちには、悟飯も覚えがある。
それを否定は出来なかった。
「……バーテックスの、核らしき物が見えたんだ」
「核……?」
「そう。もしかすると、それを潰せば追い返すよりももっと、本当の意味で倒すが出来るかもしれない」
「なら、やるしかないな」
ニッ、と笑った銀だがここからバーテックスまでの距離はかなり遠い。
流石に抱えて向かうのならば、最初からいない方がいいだろう。きっと足手まといを自覚しているだろう銀を更に追い込む真似は避けたい。
ならばこそ、一つだけうってつけの技があった。
「ああ、やろう。ボク達の、かめはめ波で!」
「へへ……任せとけっ!」
悟飯は片手で、銀は両手で構えを取った。
お互いの手に光が集まる。しかし、大きさはまるで違う。
銀の小さな光よりも、悟飯の今までよりもずっと眩い輝きを放っていた。
しかし、悟飯のそれを見て、銀は、笑うと共に、更に巨大に気を膨らませ始めた。
「「か……め……」」
二人の大量の気が球となって膨らむ。悟飯に感化されるように銀もまた、どんどんと今まで以上に巨大に、それでいて小さくなっていく。
練習した時のどれよりも光を放つそれをみて、悟飯もまた、笑っていた。
「「は……め……」」
お互いがお互いを高めていた。
それは信頼か、友情か、絆か。
あるいは勇気か。
限界を振り絞り、その先へ。
未来への道筋を照らす為、二人は叫ぶ。
「「波ぁぁぁぁぁぁっ!」」
バーテックスの体躯を優に超える巨大なかめはめ波。
言うなれば、勇者かめはめ波。
それがバーテックスを埋め尽くし、飲み込んだバーテックスを押し潰す。焼き尽くす。
しかし、核はまだ、残っている。
「まだっ、出せるだろ、銀!」
「当たり前だっ!」
「行くぞっ」
「「フルパワーだっ!」」
もう一段階。
もっと。
更に上へ。
異常な力の上がり方を繰り返すそのかめはめ波が大橋のすべてを包み始める。
「うおおおおおおおっ!」
そして、遂に耐え切れなくなったのは、壁の方だった。
大きな破壊音がすると同時にかめはめ波も細くなっていき、霧散する。
押し出したのか、あるいは二人が貫き消滅したのか、かめはめ波の消えた先に、バーテックスはもう存在していなかった。
しかし、壊れた筈の壁の穴も存在していなかった。
「壁の穴がない……?」
悟飯には確かに壁を貫いた感覚があった。
しかし、実際には閉じられている壁を見て、思い出す話があった。わざと結界に弱い場所を作ったりするという話。もしかすると、わざと穴を空けてすぐ閉じるというのも可能なのかもしれない。
大きく息を吸ってから、悟飯は横を見る。まだ、手を突き出したままの銀が悟飯を見ていた。
悟飯が親指を立てた。
「……やったな、銀」
「えへへ」
銀は、頬を緩めると親指を立てて返しながら、体を倒した。
――
病院の廊下で、悟飯と安芸先生が並び、座っていた。
たった一人、大赦が来るよりも早く三人を運んだ悟飯が向かったのは安芸先生だった。事情を察した彼女は、大赦への連絡と勇者の治療が出来る病院をすぐに手配して、三人に治療を受けさせていた。
特に銀は重症だ。体に完全に穴を空けられていて、多くの血を失っている。出来る限りの手当てはしたし、最後まで意識を保っていたが、それでも不安だった。
「孫君」
「……はい?」
「ありがとう、三人を守ってくれて」
俯いたまま、安芸先生はそう言った。
それは、大赦の人間でもなく、教師としてでもなく、一人の大人としての発言だった。
それを受けて悟飯はただ、はいとだけ答えた。
「……大赦は三体同時に来る事、知っていたんですか」
「いいえ。こんな事になるとは全く」
安芸先生は顔を伏せた。
分かっていた答えを聞いてしまった。
大赦もバーテックスについては神樹様の神託を通してしか分からない。時に外れる上に、大雑把な期間しか分からないのならば、数などはもってのほかだ。
強くなるも曖昧だ。どれも全部、曖昧で、不確定な話なのだ。
「一つ、聞いても良いですか」
「ええ、答えられる事なら」
「銀達は今回死ぬかもしれなかった。ボクだって……本当にギリギリだった」
悟飯が握りしめた左腕の感覚はもう既になくなっている。
それは確かに、小学生の負って良い怪我ではない。バーテックスは勇者しか倒せないとしても、何かないのか。大赦から出来る勇者の援助は。
日常生活ではなく、戦いは訓練以上にもっと。
「神樹様の力をスマホのアプリに込めて、変身している。そうやって神樹様の力を使う事、出来るんじゃないんですか! だったら、守ったり、力を強化したりは出来ないんですか!」
立ち上がった悟飯に、安芸先生は顔を下に向けた。
「本来人の身にあまる力を、神樹様から借りて使うのが勇者。これ以上の力を使えばどうなるか、分からないの」
淡々と事実を話す安芸先生に悟飯は、握りしめた拳を振り下ろす先を見失う。
この戦いの結果が、完全に後遺症もなく終わったとしても、これからも戦わなければならないなんて酷すぎる話だった。お役目なんて大層な言葉を使っているが、大人が子供だけを死地に向かわせているのだ。
悟飯だけならまだよかった。
「でも、私も出来るだけ、掛け合ってみるわ。貴方達を死なせたくないから」
ただ、その言葉に、悟飯はいつの間にか強張ってしまっていた顔を緩めた。
悟飯が話したのは感情の話だ。現実の話をすれば、それを実際に出来るかはまた別で、それをしっかり精査する必要はある。それで今以上に酷くなってしまっては元も子もないのだ。
安芸先生はやっぱり大人だなと、悟飯は安堵していた。
「えっと、すみません。元はと言えば、ボクの我儘が原因なのに」
「いいえ、貴方の気持ちは痛い程分かる。貴方は何も悪くないのよ」
ただ、どうしようもない事実だけが残って二人は黙り込んでしまう。
その時、扉が開き看護師が出てきた。
「三ノ輪様は、無事です。命の危険は、ありませんでした」
「須美と園子はっ!」
「鷲尾様、乃木様も同様に無事ですよ」
そう微笑んだ看護師に悟飯は胸をなでおろす。
しかし、それと同時に悟飯の腕を看護師が掴んだ。
「状況が状況だけに、仕方なく後回しにしましたが、孫様も、ちゃんと検査受けてくださいね!」
「あー、はい……」
「孫君、貴方は少し自分を疎かにしすぎね。反省する事」
「おっしゃる通りです……」
そう言って、引きずられていく悟飯を見送る安芸先生はただ一人、視線を下に向けて呟いた。
「サイヤ人。貴方達は……神の怒りを、また買ってしまうのね」