悟飯が目を覚ました時、動かない左腕に全部が現実だと思い知らされたような気がした。
やけに重い体があの一夜を思い出させる。ただ、幸運なのは守れたという事実があった事だ。
「起きた? おはよう!」
ベッドの横で、園子が手を振った。
抱きかかえられたサンチョのぬいぐるみも同じように手を振った。
「えっと、おはよう?」
「うん! ゴッくん数日寝たきりだったからね。久しぶり〜」
「す、数日!? い、今何日なの……」
「二十日だよ」
「二十日!? 五日も寝てたのか……」
体のだるさの原因はどうやらそれらしい。
ただ、変身の反動にしては重すぎる気がしなくもない。動かない左腕を見る。
ここまでの怪我だっただろうかとも思うが結果が全てだ。それに、怪我をした上に無理を重ねていた。完全に否定もできない。
覚悟はしていたつもりだったが、いざ目にすると堪えてしまう。
「そ、そういえば、銀と須美は?」
「わっし~はミノさんのお世話してくれてるよ。今ゴッくんが起きた事伝えたから来ると思うよ」
「……そっか。良かった」
安心したように笑みを浮かべた悟飯を見て、園子はピンと背を伸ばしてから悟飯の目をみた。
「ねぇ、ゴッくん。そろそろ教えてほしいな。ゴッくんが何者なのか」
「……何者って言われてもな」
「大赦の偉い人にゴッくんて何~? って聞いても皆はぐらかすの。孫家っていうのも突然現れて大赦の関係者にまでなっちゃってる」
「分からない……。けど、話せる事なら全部話すよ」
それから淡々と語った悟飯の話は、素直に信じれるような話ではなかった。
なんせ別の世界から来たという話だ。しかも特別な事なく、ただいつの間にいただけなのだから余計だ。そこからこの世界について知り、お役目に巻き込まれて今に至る。
「なんか、凄い話な筈なのにあんまり驚けないや……」
「正直、自分で言っててもあんまり凄い話な気がしないんだよね」
途方もなく、現実味がない。この手の話は誇張がなくても、漫画や小説並みの話になりがちだが、悟飯のそれはそうでもないせいか、どうしてもいつの間にかいた以上の言葉にならないのだ。
理由も調べようとせず、大半を流れに身を任せてしまった弊害とも言えた。
「後は、サイヤ人かな」
「サイヤ人?」
「ボクのお父さんが宇宙人なんだ。その名前がサイヤ人」
「え、ゴッくん宇宙人なの!?」
驚きに身を乗り出した園子に少し体を仰け反らせながらも、悟飯は拳を握りしめると同時に、悟飯の髪が金色に染まる。
「そしてこれが、スーパーサイヤ人。サイヤ人がなれる、変身」
「宇宙人だから金髪になっちゃうの!?」
「え、えっとそうなるのかな。で、でも一応ハーフなんだ」
「おお……おおー」
まさかの宇宙人と言うワードに園子が興奮し続けていた。確かに友人が実は宇宙人だったと言われれば興奮もするかもしれない。
知ってはいたがその上変身までするのだ。
小説家としてだろうか、さっさと何処からか取り出したメモに書き残すとそれそれでと詰め寄ってくる。
「宇宙船とか持ってたりするのかな!?」
「い、いや持ってないけど……」
「ワレワレハウチュウジンデアルって感じに話したりはしなかったの!?」
「ないかな……」
園子の描く宇宙人像が悟飯によって悉く否定されてゆく。
「じゃ、じゃあたこ足の火星人とかは居ないの……?」
「それは……いるんじゃないかな」
「本当!? あった事あるの!?」
「い、いや、ボクの師匠も宇宙人なんだけど、腕伸ばしたり、肌が緑色だからそれくらいはいるのかなって」
「おお! 師匠さんも宇宙人!」
ピッコロの話ではあるが、悟空も別の宇宙人と出会ったと話してくれた事もある。きっと探せば園子の言うたこ足の宇宙人は見つかるかもしれない。
それに、宇宙船は持ってないがフリーザ軍のは覚えがある。
「宇宙船なら乗った事もあるからね」
「あるの!? じゃ、じゃあゴッくんの前の世界のお話聞かせて欲しいな!」
「ボクの? 面白い話あったかな……」
「どうやって地球に来たのとかさ!」
「地球に来た方法? ボクは生まれは地球だからな……あ、ならナメック星って別の星に行った時の話ならあるよ」
そう言って指を立てた悟飯に園子は待ってましたとメモを取る準備を始める。
それからの悟飯の話に園子は興奮しっぱなしだった。ナメック星で戦ったフリーザの話から始まり、最後は天下一武道会でのボージャックとの闘い。
どれもあまりいい思い出とは言えないが、少しドラマ性を与えてやるだけで十分に面白い話になった。
話していくうちに懐かしい気持ちにもなれた頃、悟飯の元へ須美と銀がやってきた。
「や、須美と……銀! 大丈夫なのか、傷は!」
「ああ、この通り」
「その、悟飯も手が動かなくなったって聞いたけれど本当……?」
「えっ? ああ、まぁ大丈夫だよ。利き腕じゃないし、ご飯だって食べれる」
右手で頭を掻いて笑う悟飯に、須美は申し訳なさそうに悟飯の左腕を見ていた。
ただ垂れ下がったそれは、もうただの重りと変わらない。
「それよりも、もって事は銀はっ」
「あたし? あたしはちょっと時間かかるけど、日常生活を送る分には問題ないってさ」
左手をぷらぷらと振った銀が笑う。
銀は右腕と左足の機能を失ってしまっていた。思い返せばそれはどれも弓矢型が貫いた場所だ。原因はそれだろうと簡単に想像がつく。名誉の負傷と言えば聞こえはいいが、重症は重傷。
つまりは悟飯が遅かったせいだ。
「ごめん……」
「いいよいいよ。あたしだって別に覚悟してなかった訳じゃないんだ」
明るく振る舞う銀に悟飯はただただ顔を暗くしてた。須美と園子も少し目を逸らしてしまっている。
「覚悟って……銀は利き腕、本当に大丈夫なのか?」
「ま、まぁ数か月ぐらい掛かるって話だよ。でもこうやって生きてる! それくらいへっちゃらさ」
悟飯の言葉に、銀は誤魔化すように笑い続けていた。
ただ、その後ろで須美が申し訳なさそうに銀の肩に手を乗せた。
「銀、その……お役目は」
「あ、そうそう! その事なんだけどさ!」
須美の言葉を遮るように声を大きくした銀に、全員の視線が集まる。
しかし、すぐに銀は目を逸らしてから頭を掻いた。
「えっと……さ。大赦の人に言われたんだ。あたし、お役目出来ないってさ」
「なっ……」
「勇者になっても杖をついたままじゃ流石に戦えないだろ? 急に補助するアームがどーんとか言う訳にもいかないらしくてさ」
利き腕と片足。どちらか片方だけを失っても、正直に言えば悟飯は銀がお役目を続ける事は難しいだろうなと分かっていた。
それと同時に、大赦の判断を非難する事も出来ない。寧ろ、それを何とかできる術があったとしても、続行する方が問題だ。
それはどれだけ残酷な事だろうか。いつも通りの日常生活と、大切なお役目を両方を一気に失うなど、どれだけ辛い事なのか、悟飯は想像もつかない。
しかし、銀は諦めたような顔で大丈夫だと笑うのだ。
「で……その、お願いがあるんだけどさ……」
「「「毎日来るよ!」」」
銀の言葉が言い終わらない内に、三人は声を合わせた。
目を逸らしたままだった銀が正面を向いて驚く。
「お見舞い、毎日だって行くよ。銀の好きな花とか、毎日飾るよ!」
「おっきなりんごとか沢山持ってきちゃうんよ~」
「悟飯、花は造花に。果物は私も持っていくから少なめにしましょう、そのっち」
「それで退院したらまた、イネスに行こうよ」
「ジェラート制覇はまだまだだからね!」
「遅れた分の勉強もしなきゃね」
通院中から退院後まで話を進めていく三人に、銀は呆気に取られていた。
信用していない訳じゃない。ただ、やっぱりどうしても不安になってしまうのだ。大切なお役目がなくなって、片手片足が動かなくなって。
まだ小学生である少女が、どうして不安にならないでいられようか。
「な、ならあたしが右で悟飯が左だろ? ならこうやって動かないところを補完し合うようにすれば日常生活、完璧じゃないか!?」
「あ、相棒みたいでカッコいいかも……?」
「……銀、悟飯。ちょっと冗談が過ぎるわ」
「「はい……」」
須美に怒られたと同時だった。
音が響いた。
風鈴の音が何処からか流れてくるのだ。
それは五回目のお役目の合図。
「もう来たのか……」
「神託でも確かそう言ってたからね~」
「……銀は」
「あたしの事は良いよ。スマホももう預けちゃったから変身出来ないし。その代わりあたしの分まで、ビシッとやってつけてきてくれよ」
須美の胸を叩いて、銀が笑う。
それを受けて須美も、笑い返す。
「ええ」
――
樹海に来た悟飯は、スーパーサイヤ人2へと変身していた。
巨大な光を纏うと同時に周囲に稲妻が迸る。手を出すと強い静電気が襲ってくる〜、とは数秒前の園子の話。
「悟飯はその、戦えるの」
「片手の戦闘は慣れてないけど、足手まといにはならないよ」
「そうじゃなくて……いえ、なんでもないわ」
須美の様子を不思議に思いつつも、悟飯は大橋を進む。
やがて見えてきたバーテックスの姿は今までと比べるといくらか生物的だった。桃色の線を体に入れたそれは、今までと同じように浮遊して進行している。
体に巻かれた布や尾のような部分にある発射口が恐らく武器なのだろうと想像がつく。
「あれか。やろう、銀の分まで」
「ええ、そうね」
「うん、わたし達だけでもやれるって所、ミノさんに見せてあげないとね!」
三人が顔を見合わせると同時に、動いたのはバーテックスだった。
尾から放たれた球体型の何かが三人を襲った。それに気付き、須美と園子は左右に避ける。が、悟飯は一歩も動かず、球体型の何かを正面に受けた。
触れると同時に爆発したそれを見て、二人が叫ぶ。
「ゴッくん!」
「悟飯!?」
しかし、爆発で起きた煙の中から出てきたのは無傷の悟飯だった。
目視できる程の光が、悟飯のバリアになっているようだった。
「この程度か」
そう呟くと同時、ゆっくりとバーテックスに続く道を歩き始めた悟飯を見て、二人はすぐさま前を見る。動揺か、横に居る二人を気にする事なく、攻撃の全てが悟飯に向いていた。
布による打撃と爆弾の同時攻撃。しかし、そのどれもが悟飯に通用すらしていない。
伸ばされた布は逸れ、爆弾はただ煙を生むばかりになっている。
「す、すごい……」
歩くだけだというのに悟飯の圧は須美達も感じる程だった。
一歩ごとに心臓が跳ねてしまう程に存在感。近づくたび、本能が逃げろと叫んでいるような気さえする。そんな心強い味方を背に、二人は再び動き出す。
バーテックスの後ろを見る。二体目の増援は来るようには見えない。
須美が空へと向けて矢を放った。
一本ではなく、無数の矢の嵐を作り出し、バーテックスのへと迫るがそれが全て布によって防がれてしまう。
「まだっ――」
自在に動く布は今度は須美を襲わんと動き出したと同時に須美も構える。
迎撃と攻撃を重ねるように次の矢をつがえた時だった。
バーテックスが後方へ大きく吹き飛んだ。
「悟飯……!」
バーテックスの居た場所に立っていたのは悟飯だった。
その表情は今までに見た事のない程怒りに満ちていた。今まで以上に逆立つ髪が余計そう感じさせているのか、須美の抱いた感情は「怖い」だった。
頼りになるが、あまりにも強すぎる。
まさに次元の違う強さ。並び立てる気のしない巨大な壁。
「うおおおおおおおっ」
悟飯の叫びに地面が揺れた。
巻き起こる竜巻に須美は思わず目を覆ってしまう。
竜巻が止むと同時にバーテックスへと飛び出した悟飯を見て、須美は呆然としているしかなかった。その横に、同じように困った表情をした園子が降り立つ。
「わっしー、どうしよう、ゴッくん凄く強くなっちゃってる……」
強いのは良い事だが、想像以上についていけなくなってしまっていた。
三体のバーテックスを一人で追い返したと聞いた時には耳を疑ったが、本当にやってしまったんだなと理解せざるを得ない。
そして同時に明確に開いた差をどう埋めるべきなのか、分からなくなっていた。
「もう攻撃も飛んでこないし、ゴッくんがこのまま追い返しちゃうかも……」
既に空中に浮かされたバーテックスが四方八方から悟飯に襲われ、攻撃の一つもままならぬ状態になっている。
しかし、それでもバーテックスに傷は出来ていないのを須美は見た。
「いえ、私達にも出来る事がある筈よ。一緒に頑張りましょうそのっち!」
「……そうだよね! よーし、頑張るぞ」
須美の言葉に園子が頬を叩いて気合を入れなおした。
須美もそれに続いて、胸に手を当てて深呼吸で気持ちを落ち着ける。
「はぁぁっ!」
二人が飛び出すと、須美が弓のチャージを溜める。
悟飯がバーテックスを吹き飛ばした距離は恐ろしく遠い。十分に溜める時間がある。
そして、勇者である二人が追いつくのはそう難しい事ではない。
悟飯の連撃に抵抗という思考すら失われたバーテックスへ向かい矢を放つ。と、同時に悟飯がその矢を蹴り飛ばした。
「なっ」
加算されたその威力は容易くバーテックスを貫いた。
巨大な穴をあけたバーテックスの先、貫いた先で再び悟飯が矢を蹴り飛ばすと今度は進路を百八十度変えて再びバーテックスを襲い、突き刺さった。
時間差で爆発した矢の中から出てきた悟飯は須美を見る事なく、次の攻撃に移る。
それは連携と呼ぶにはあまりにも一方的な物だった。
「悟飯、どうして」
「飛ぶよっ!」
呆気に取られる須美の隣で、園子が駆け出す。
穂先を重ね、更に巨大な穂先を作り出すと、勇者の脚力をもって飛び跳ね、貫きにかかる。その速度は決して馬鹿に出来ない。
それは確かにバーテックスの胴体を貫いた。しかしその後のケアは流石に出来ず、樹海へと落ちてしまうが、それでも確かにダメージを与えた。
「こんな無茶はしないでくれ」
「ご、ごめんなさい……ゴッくん」
樹海に激突する直前、園子を悟飯が抱えていた。
その瞳は今だバーテックスへと向いているままだが、助けてはくれたらしい。
しかし、それで園子は分かってしまった。悟飯は二人を当てにしてくれていない。攻撃を通せるという点では当てにされているかもだが、それ以上はないのだ。
攻撃も須美のを見れば手段の一つ以上の感情を持っているように見えなかった。
「ゴッくん、わたしっ――」
そう言いだそうとした時、樹海が白く染まった。
舞った花を見て、もう鎮火の儀が始まったのだと気付いた。
須美が絶えず攻撃を続けていたらしく、顔らしき部分以外残っていないバーテックスが浮いている。
「……もう、鎮火の儀か」
悟飯が園子を降ろすとそう呟いた。
樹海が解けていくのが分かった。
同時に、悟飯が何処かへ行ってしまうのが見えた。
それを、園子はただ見つめているしか出来なかった。
――
大橋前の公園で、三人は立っていた。
遠くを見つめる悟飯の後ろで、園子と須美はそれを見つめていた。
傷一つないからだ。求めていた完全勝利は成されたというのに喜ぶことができない。
「大赦の人迎えに来るらしいよ」
スマホから顔を上げ、振り向いた悟飯の顔は穏やかに染まっていた。お役目の最中にみたあの鬼の様な顔は見る影もない。
それが、須美にはたまらなく恐ろしく思えた。
「戻ろう、銀の元へ」
悟飯の言葉に、二人は頷くしかなかった。
ただ、それしか出来なかった。