夏祭りが開催されると言う事で、神社への道を灯篭や提灯で彩り、道行く人の笑い声やはしゃぐ声で夜を派手に盛り上げている。
神樹様と言う存在が認知された事で、八百万の神が実在する事が証明された。その影響で四国にある神社はどれも人が絶えず訪れるようになり、手入れが隅々まで行き届いていた。
祭りの参加者のマナーもまた向上している。ゴミをその辺に捨てるなんて行為をするのは、少なくともここにはいない。
屋台の出ている広場に出るまでにすれ違った人たちの笑顔がよく見えた。
それだけで、楽しみも湧いてくるというもの。
「楽しみだね、ゴッくん!」
悟飯の数歩前を歩く園子が振り返って、とびきりの笑顔を見せた。
朝顔の装飾が施された浴衣の裾を摘まみ、くるりと一回転する。揺れる髪と周りの明かりで、まるで一瞬にして花が咲いたと思う程に綺麗な瞬間だった。
夏の夜は少し冷えるというのに、悟飯の顔は赤くなる。
「そうだね。凄く楽しみだ」
「ではここで一発!」
園子がスマホを構えると、悟飯も自分の着る浴衣を見せるように回る。
「えへへ、動画でしたー」
「どっちでもいいさ。後で園子のも、撮らせてほしいな」
「うん、バッチリ撮ってね!」
「銀と須美にも送らないとだ」
銀と須美は別で開催されている夏祭りを先に見てくると連絡があった。
どうせなら一緒にとは言ったが、何故か頑なに後で合流しましょうと言われたのが気になったが、園子に楽しみだねと言われてしまえばこれ以上何か言う事も出来なかった。
「二人よりも、目一杯楽しんでるってさ」
「うん、そうだね!」
笑いかける悟飯の言葉に満足したのか隣にまで戻ると再び二人は歩き出した。
その後を、銀と須美は眺めていた。
それもかなり遠く、高い所にある歩道から、望遠鏡を目に当てている。
更には園子の浴衣につけられた盗聴器で会話を聞く徹底具合だ。それに加えてもしもの時にスマホも通話で通しているから一度バレても問題はない。
ただし園子に許可は取ってない。つまりはハッキングである。
須美の周りには望遠鏡が何種か、ノートパソコンが一つに、盗聴器用の機械が一つ。友人の恋を応援するには些か重装すぎるそれを見て、銀は頭を抱えていた。
「いい走り出しね、そのっち」
「いやここまでしますかね須美さん」
「ええ、悟飯の五感は鋭いわ。ここまでしないと気付かれてしまうもの」
ヘッドホンを付けた須美の姿はもはや夏祭りを楽しむ人間のしていいものではない。
須美も銀も、浴衣をしっかり選んでいる。銀の方は、駄目元で外出許可が出て、慌てて選んだ浴衣だったがしばらくは見せる機会は訪れないだろう。幸先悪いとため息を吐く。
「巾着、ボクもそういうの持っておくべきだったかな」
「これ? これはうーん、おしゃれの一つだからゴッくんは大丈夫だよ」
「おしゃれか。うん、確かにかわいいね」
「えっ? あっ、うんありがとう……」
やけにストレートな言葉を投げてくる悟飯に園子も顔を赤く染めていた。
頬に手を当て、にやけそうになる顔を何とか抑えながらも悟飯の隣だけはしっかりとついていく。しばらく歩いていけば、神社の境内に出た。出入り口の付近はかなり込み合っている。
恐らく原因は近くにある神社達のせいだろう。複数で開催されたこの祭りのせいで会場内よりはそれに向かう道路の方が込んでしまっていた。
「飛んで行ってもいいけど、はぐれないように手を繋ごうか」
「えっ!? わわわわ、ゴッくんがなんか積極的だよぉ!」
「……園子にはお世話になってるからね。これぐらいでお返しになるか分からないけど」
悟飯が園子の手を握って歩き始める。
これは入れ知恵である。誰のかと言われればクラスメイト達、大西さんを筆頭とした女子たちによる園子が喜びそうな事一覧のメモが悟飯のポケットに入っていた。
「さ、行こうか」
「は、はい……」
人込みを抜け、会場に入ると、中央の道を挟むようにして様々な屋台が出ている。
食べ物やゲーム、お面など興味を惹かれる物が沢山並び、悟飯がふと園子を見れば、そのどれもに輝やかせる瞳と目が合った。
迷いすぎても良くないと、近くにある屋台を指差す。
「チョコバナナ、食べてみようか」
「定番だね! シンプルイズベスト!」
駆け足で見えたチョコバナナののぼりに向かっていく園子が悟飯が追いかける。
甘い物全般を売っているようで、チョコバナナのほかにもりんご飴やわたあめが隣に並べられている。値段はまぁまぁ良心的だ。
「へい大将! 五個くださいな!」
「五個!?」
「ゴッくんの分も! 一緒に食べよう!」
「あいよっ!」
それからも園子のはしゃぎっぷりは凄かった。
焼き鳥を二パックぎっしりと買って、やきそば、たこ焼き、イカ焼きと目につく者をそれはもうたくさん買い込んだ。
最終装備の園子は、両手にチョコバナナ、りんご飴、わたあめのすべてを挟み、焼きそば達は袋の中となった。
ただ流石に限界かなと神社の横にある石階段上で、二人は休憩する事にしていた。
「うーん、甘い! 美味しい~」
「たこ焼きとかはたまに食べるけど」
「お祭りで食べると」
「「特別!」」
顔を見合わせて、二人が笑う。
特別な日というのはなぜこうも心が躍るのか。普段食べる甘いチョコも、ただ甘いだけじゃなくて美味しいと記憶にしっかり刻まれる。忘れられない思い出の味になるのだ。
「食べ終わったら、射的とかやってみたいな」
「お祭りと言ったらだね!」
階段上から見える屋台に幾つか当たりをつける。
射的、金魚すくい、ヨーヨー釣りに型抜き。悟飯はそのどれもをやった事がある。が、出禁を経験していた。
ちょっと気を込めると大きく壊れる射的、早すぎて水槽の金魚がなくなる金魚すくいなどなど、悪い思い出ではないのだが、いい思い出がないのも本音だ。
「……その、ありがとうね、ゴッくん」
「うん?」
「ゴッくんのお陰でこうやってお祭り楽しめてる。今、すっごく楽しいから」
なくなってしまった食べ物たちをわきに置いてから、園子は呟いた。その視線は階段や祭りよりも先、町全体へと向けられていた。
大橋の先、自分達が後ろに背負っている町だ。祭りのせいか、いつも以上に光を増している。
「お役目、三人が居なかったきっとここまで頑張れてなかったよ」
「ボクだってそうさ」
「でもね、ゴッくん今凄く強くなっちゃったでしょ」
強くなった。良い事な筈なのに、悟飯には園子の表情は何処か寂しそうに思えた。
「バーテックスもほぼ一人で倒しちゃって。凄く悔しかった」
「それは……」
「ゴッくん一人で頑張らせて、隊長失格だーって泣いちゃったの」
「園子……」
「だからね、待っててゴッくん。わたし追いつくから。一杯頑張ってゴッくんの隣に立つから! 頼れる相棒って思ってくれるぐらい強くなる!」
立ち上がった園子が悟飯の前に立った。
決意表明と共に、力強く見つめてくるその瞳に、悟飯は言葉を失う。
恐ろしい気持ちもある。しかし、眩しすぎる園子を見て温かくなっていくその気持ちを、何と呼べばいいのか、悟飯は知らない。
「園子は、怖くないの」
「好きだから。ゴッくん、ミノさん、わっし~が大好きだから! 怖くてもへっちゃらなんだよ」
「……そうか。そうだよな」
「でね、ゴッくんが凄く強いけど怖いって思ってるなら一緒に隣に立って手を繋ぎたいって思うんだ。一緒に歩きたいって」
悟飯の手を握った園子が笑う。
「でも、銀がお役目出来なくなったのは……」
「舐めないで」
「えっ……」
「それはゴッくんのせいじゃないよ。確かにわたし達は弱かった。でも、一人の責任にしないといけないくらい弱くはない」
園子が作った握り拳に力が込められていくのを見た。
後悔か、怒りか、それとも両方か。何れにせよ、それは園子の本音だ。そして、強がりでもあった。
どれだけ辛いかなんて考えるまでもない。きっと自分も同じ立場なら潰れてしまうだろう。
「ゴッくんはわたし達のヒーローなんだよ。とっても強くなってバーテックスを追い返してくれた、かっこいいヒーロー」
悟飯の頭を園子は撫でた。
悟飯はあまり三人と向き合わなかった。三人を大切にしようとして、一人で抱え込もうとして抱えきれなくて、こうやって心配をかけている。
恥ずかしくて、情けなくて仕方がない。
「ゴッくんがいいんだ。ゴッくんだから、一緒に頑張りたいって思ったの」
「でも、ボクはもう誰も傷ついて欲しくないんだっ!」
「わたしもゴッくんが傷ついて欲しくないよ」
「怖いんだ、もう二度と失いたくないんだよ……」
自身の手に落ちた雫でやっと、悟飯は自分が涙を流していた事に気付いた。
誰かに頭を撫でられるのは一体いつぶりだろうか。本音を話すような相手はいただろうか。
父親を失ってから、ずっと堪えてきた。
「頼りないかもだけどさ、わたし達にゴッくんを守らせて。ゴッくんはわたし達を守ってよ!」
それが答え。
お互いを支え合う。
最初からそうだった筈の事。
その名前は、きっと友達。そして、相棒だ。
「園子は、凄いな……」
「ううん。ゴッくんも凄いよ」
「……じゃあ、ボク達は凄いんだな」
「うん! ミノさんも、わっし~も凄い! なんたってわたし達?」
目配せをした園子に合わせて、悟飯が息を吸う。
「「勇者だから」」
「ね!」
「ああ!」
園子がその調子のままで階段を駆け下りる。忘れていった食べ物が入った袋を肩にかけるとその後を追いかけ始める。
その顔は、晴れやかだった。
「……な、なぁ須美?」
「そのっちだけずるい!」
「えっ、ええー……」
神社がギリギリに見える道路でガードレールを握りしめ、須美が叫んだ。
自分で焚きつけておいて、その結果に嫉妬し頬を膨らましている須美に、銀は呆れていた。
盗聴器で筒抜けの二人の会話だが、その内容にニコニコと笑っていたのは数秒前の話だというのに、忙しいのは須美の良い所だ。
「そろそろ合流しないか? あたしも悟飯と話したいなーって」
「え、ええそうね。でも、そのっちがまだ好きって言ってないわ」
「そういう雰囲気じゃなかっただろ! まぁ、あたし達小学生だからな。恋愛はまだ早いのかもしれないな……」
遠い目をした銀に須美は首を傾げながらも立ち上がる。
合流の為にスマホを取り出すと同時、ピロンと音を鳴らしてスマホが震えた。
内容は勇者だけのグループで、悟飯が一言だけ、盗聴器は破壊します。とだけあった。
「バレたぞ須美」
「そんな、しっかり隠した筈なのに……どうして……」
「変身すると大体分かるようになるんだぜ。ねー?」
「なんで園子が自慢気なんだ……。まぁ、そういう事かな」
「ご、悟飯!?」
二人が振り向いた先、悟飯が呆れた顔で立っていた。その髪は金色に逆立っていて、鉄棒のように園子が悟飯の右腕に掴まってはしゃいでいる。
「まー……二人きりで話したいって話でさ」
「だからって盗聴はどうなのさ……。銀もどうして止めてくれなかったのさ」
「うう、仰る通りすぎる。ごめんよ。ほら、須美も」
「ごめんなさい二人共、反省します……」
銀の言葉に、言ってもないのに正座を始めた須美だったが流石に地面は冷えるのか少し眉をひそめたのをみた。
「それでさ、あたしの方も色々出来なかなって思ったらバーテックスの調査手伝えることになったんだよ」
そういって銀が見せたのは悟飯とは別のバーテックスの報告書の写真だ。
圧倒的な分量のそれは見やすさを度外視されているが、重要な事がいくつか書かれていた。悟飯もしらない、バーテックスの事。どこが脆くて、どこが硬くて、触った感触やバーテックスの中身など。
「あたしはあたしなりにやる。だからあんまり気負われると、こっちも申し訳なくなるというかさ」
「……そっか。ごめん」
「うん、許す! よし、この話はおしまい。そろそろ花火だしそれまでに夏祭り、楽しもうじゃないか!」
「おー!」
歩き出した銀を、園子が追いかける。勇者だったからなのか、銀が普段と変わらない速度で歩いているのを見ると、たしかに大丈夫のように思えてくる。
「須美もほら、行こう」
「あっ、ありがとう、悟飯。そ、そしたら何処から周ろうかしら?」
先ゆく二人に追いついてから、四人は並んで歩き出す。
「射的とかどうだろう。その次は金魚すくいに、棒引きとか」
「いやいや悟飯、あるもの全部やるだろ!」
「全制覇めざしてゴー!」
「この際、屋台すべて制覇してしまいましょう!」