一万回この作品を見られたと言う事。かなり大きな数字にちょっと興奮気味でした。
正直、感謝が絶えません。ありがとうございます。
神樹様とは、神の集合体である。
その姿は、名の通りに香川のある場所に立った巨大な樹木であり、樹海化した時には更に巨大な金色の輝きを持つ樹となって勇者を見守る。平常時であればその大きさも常識の範囲内に収まるが。
そこにあるだけだというのに漂う厳かな空気感に自然と背筋が伸びる。しかし、暖かな安らぐ風が頬に撫でると同時に心をあずけ、全てを委ねたくなるようなそんな安心感も同時に感じていた。
樹齢約三百年。
人類の隣で支えてくれている救世主である彼の前に立った鷲尾須美と乃木園子は、心臓の鼓動が速くなっているのを自覚した。
「……これが、神樹様」
勇者が実際に神樹様にご挨拶をするのはこれが初めてだ。
普段の衣服を脱ぎ、白の衣服一枚と共に神樹のすぐそばを流れる神聖な滝に打たれる。そうして、身を清めてやっと、神樹様の前に立てる。
要するに勇者と言う役目の性質上、そういう時間がなかったりしたのだ。
しかし、今回はそうもいかない。
何故ならば、勇者システムのアップデートを果たしたからだ。つまりそれは、勇者である須美と園子が今まで以上に神樹様の力を使うと言う事である。
神樹様との繋がりは勇者にとって何よりも大切な事だ。だからこそ、平日にも拘らず二人のご挨拶が決行されたのだ。
須美はふと、隣の友を見る。
普段マイペースで、誰にも物怖じしないような彼女が今回ばかりは緊張を全身で見せていた。硬い動きと反対にまばたきの回数は多く、呼吸全てが深呼吸かのように長い。
それを見て、逆に須美は安心していた。
「ゴッくんも、来れたらよかったんだけどね」
「悟飯はそもそもが異例で、更に特別らしいから別の日に行うらしいわ。それに、代わりに今日の授業のノートを取ってもらってるのだから来ても困まってしまうわ」
「だって、流石に緊張するし、寒いよ~」
自身の体を抱えて震えた園子にため息を吐く。普段から冷水を浴びている須美にとってはこの程度、冷たい内には入らない。
「そのっちも毎朝冷水を浴びて身を清めるのはどう? 身も心も引き締まるわよ」
「うーん、考えとこうかな……」
語尾のトーンが落ちていくのを聞いて、須美はやらないだろうなと察した。
「というか、悟飯が居ても寒さは変わらないでしょう」
「ゴッくんが変身するとね、周りがちょっと暖かくなるんだよ?」
「そんな人を暖房みたいに……。それに悟飯は男児よ。流石にまだ小学生と言えど、肌を見せるのはちょっと……」
「あはは、確かに恥ずかしいかも」
二人がそうやって雑談を挟むのは、なんとかして緊張を解す為だ。二人の周りに居る巫女達がそれを柔らかな目で見ているのは、それを理解しているからだろう。
そうして二人にいつも通りの笑顔が戻ったころ、一人の巫女に促され、二人は神樹様の前へと進む。
手で触れてしまえる距離にまで来た。
今の世界は、神樹様がなければ決して成り立たない。
作物が育つ。動物が生きる。世界を太陽が照らし、月が輝く。そんな簡単な事さえ、死のウイルスによってままならなくなっているのだ。
だからこそ、神樹様は作物に恵みは与え、動物を導き、太陽と月の照らす道を作って人類を生かしていた。
更に言えば神様だ。敬い、崇める対象としてこれ以上なく、だからこそ神樹様のそばにあり、支え続ける大赦は世界一の組織へと、世界を護る守護者へとなれているのだ。
そんな全ての元に、すぅと小さく息を吸い込んでから、手で触れる。
「うっ……」
その時、須美の脳内に直接送られるようにして映像を見た。思い出すとは何か違う、囁かれるようにその映像は進む。
最初は星空が輝く世界だった。遠くを見てもきりがないような、美しいその世界に、一つの違和感が生まれる。
遠くの星が一つ消えた。次の近くの星が消える。それをはっきり認識すると共に、電源が落ちるように世界が暗闇に染まる。
そして、その中で、地の落ちてゆく星を見た。
一つではなく、複数。近すぎて、正確な数までは分からない。直撃してしまうのではないかと不安に支配されていき、走って逃げてしまいたいと思ったが、それ以上に恐怖が体の支配権を奪っていた。
「わっし~?」
須美の耳には、音が届かなくなっていた。上限鳴く早くなっていく鼓動に胸を抑えて、立つのが精いっぱいで、流れる汗も、溢れる涙に気が回らない。
落ちる星。その落下地点が見える。そこでは一つの巨大な何かが見えた。金色に輝くそれは、手を伸ばし星へと触れる。
そこで、須美の意識が落ちる。
――
「それは、神託ね」
大赦にあるベッドの上で、須美は安芸先生にそう告げられる。
須美の傍らには園子の他に、悟飯と銀も居る。倒れたと聞いて、大慌てで駆けつけたが、幸いに須美の体には一切の異常は見つからなかった。
「神託、ですか?」
「ええ、鷲尾さんは勇者の適正だけではなく、巫女としての適性も高いという事ね」
「わっし~凄いよ! これはもう神世紀の明智光秀! いや、明智光秀もびっくりの総合力の高さかも!」
「そのっち、それ、誰だか知っているの?」
「えへへ、なんとなく~」
「もう……」
園子の言葉に、だんだんと普段の調子を取り戻し始めた須美に安芸先生は言葉を続けた。
「ただ、その神託の内容は大変ね」
「それって、どういう事ですか?」
「神託は今までも巫女を通して受け取っている事は知っているわね?」
「はい……」
「先程聞いた通り言葉で神託は伝えられる事はなく、イメージなの。だからある程度共通するイメージがあるのだけれど、星が落ちる。それは、バーテックスの襲来を意味しているわ」
「なっ」
須美は思わず言葉を漏らす。
それは他の三人も同じようで、悟飯に至っては立ち上がってしまっていた。
「巫女を通してだけではなく、勇者の貴方は通したと言う事は恐らく、かなり緊急のメッセージと言う事」
「緊急……」
「他にも見えたイメージを話してもらえるかしら。他の巫女のイメージと組み合わせれば時期や数も絞れる筈よ」
普段以上に緊迫した様子の安芸先生に須美は思わず、目を逸らしてから記憶を必死にたどった。
空の星が消えた事。
複数の星が目の前に振った事。
そして、巨大な光が星に手を伸ばした事。
それを聞いた安芸先生はパソコンを開いて、同時にスマホを耳に当てる。どうやら複数の誰かと会話し始めているらしく、その内容はたった今須美が話したばかりの神託の事だ
「星の数は他の神託と合わせて絞れるでしょうけど、恐らく六ではないかしら」
「そう……だった気がします。すみません、はっきりと見えていなくて」
「いえ、十分よ。孫君の仮説や大赦の調べと合わせれば、恐らく六体。全てのバーテックスが襲いに来るかもしれない」
「決戦って事か。須美、園子、悟飯、ここが頑張りどころだな!」
「ああ、ボク達なら勝てる」
「……ええ、絶対に」
銀が立ち上がって、親指を立てた。
最近に気に入っているらしいそれに、悟飯が返すのをみて、須美もゆっくりと返す。
「頑張るぞー!」
園子が勢いよく立ち上がる。
最後に立ち上がったのは、安芸先生だった。しかし、真剣なまま、スマホを見つめている。
「これから、貴方達はアップデートした勇者の機能を使いこなす為の訓練を受ける事になる。そして、それはとても辛く厳しくなるわ」
「覚悟は出来ています!」
「新しい力、ちょっと楽しみなんだよね~」
そういって園子が悟飯に目配せしたのを見た。
須美も同じ気持ちだ。悟飯のように新たな力を手に入れる事が出来るというのは凄く喜ばしい事だ。初めてその話を聞いた時、嬉しさで一時間ほど夜更かししてしまうくらいには。
「ボクも連携とか考えてみたんだ。後で皆で見てくれないかな」
「おおー、いいねいいねー!」
「ま、あたしも一杯支えるよ。勇者のマネージャーとして!」
「部活動みたいになったわね……」
「それいいな。中学生になったら四人で勇者部って部活でもやるのも面白そうだ!」
「楽しそうだけど、活動がバーテックス退治はやだな~」
話が脱線しかけたが、来たる戦いへの気合を見せる四人を見て、安芸先生は微笑んだ。しかし、須美はその表情が大きく曇ったのを見た。
しかし、その理由を尋ねる前に、安芸先生は部屋から出て行ってしまった。
――
廊下に出た安芸は、その暗い表情を戻すことは出来なかった。
これからする自分に課せられた使命は、鷲尾家、乃木家にアップデートした勇者システムの説明をする事だ。それを考えると気が重い。
不幸中の幸いは、孫家、三ノ輪家に行かなくてよい事だ。決して比較できるものではないが、それでも兄弟を持つ彼らに、大赦の持つ真実を伝えると考えただけで吐き気すら襲う。
どうなるか想像がつく。ついてしまえば、それを考えない様にしても、最悪の事態が頭の中で流れてしまって仕方がない。
その上で、更に不安が増えた。
須美の見た神託、星に手を伸ばした何か。確定はしていないが、大赦は既にその光に当たりを付けていた。それは酷く残酷な真実で、須美達に話せる勇気を彼女は持てなかった。
駐車場に止まった長い黒の車に乗り込む。
まずは、乃木家だ。
道中は気が晴れず、外をみても、適当に入れてみたソーシャルゲームも手につかず、いつの間にか車が止まっていた。
あっという間、ただただ残酷に進む時間を恨んだりもした。
それでも、安芸は仮面をつけてから車を降りる。
相変わらずの大豪邸だ。初代勇者の家系であり、もっとも大赦に貢献した家が乃木だ。庭の池を見ただけでも、他との違いは明確に分かる。
入り口の門につけられたインターフォンを鳴らすと返事がなく門が開いた。
道なりに進めば、玄関が開かれていて、そこでは園子の両親が立っていた。
「どうぞ、お入りください」
案内されて入った応接室で、安芸は二人と向かい合う。
そうして、安芸は話す。新しい勇者システムを。
聞くたびに曇らせていく表情をはっきりと見た。
酷く辛い事実だ。話す自分自身ですら苦悶の表情を浮かべてしまう程だった。だからこそ、辛いのは本人であり、その両親であるのに、自分が辛い表情を見せなくてすんだ仮面には感謝していた。
「それもお役目の一環だというのなら、仕方ありません」
深く息を吐いてから、石のような重い声色でそう園子の父親は言った。
初代勇者の家系という事は、自然と神樹進行も強まっていく。幼い園子は別にして、この両親も例外はない。
神樹様が絶対なのだ。
「あの子には、何の責任もないのに」
しかし、人である事には変わらない。
園子の母親は顔を伏せ、呟いた。安芸の存在があるからこそ堪えているが、嘆いてしまいたい筈だ。叫んで、そんなの嫌だ、駄目だといってしまいたい筈だ。
何も言うまいと硬く閉じる口の奥で、何かが削れる音がした。
「園子の魂はずっと、神樹様と共にいられるんだ。とても光栄な事なんだよ」
「分かっているわ、でも代われるなら、代わってあげたい……」
そうして、席を立つ。
頭を下げる。深く、長く。大赦としてではなく、一人の人間として、謝罪をしていた。
それは、伝わらないとしても。
――
鷲尾家に辿り着いた時、もう既に門は開いていた。
使用人がそばで待っていて、車を降りると同時に案内される。早く終わらせたい一心でついていく。
自分は上手く歩けているだろうかと心配になる。もはや、そんな普通の事すら出来なくなっている気がしていた。
言葉も、何度も練習した。しかし、乃木家でも何度か詰まりかけた。
用意した、テンプレートをなぞるだけが、こんなにも辛い。
案内された部屋の中、待っていた須美の両親に頭を下げる。
そうして、安芸の説明を受けた二人の表情は乃木家よりも深く沈んでいた。
そうだろう。なぜならば、鷲尾家には子供が出来なかったから。
「その、新しいシステムの事、あの子達に伝えたら駄目なのかしらっ」
そういった母親の顔は真剣だ。大赦がどうして、こうやって伝えているのか、その意味を分かったうえで聞いているのだろう。気持ちは痛い程分かる。
須美の勇者としての適正が判明した時、鷲尾家は彼女を養子として迎えたいと提案していた。理由は元々勇者は大赦関係者から排出されるという伝統を守る為でもあったが、それ以上に二人は子供が欲しかったのだ。
経緯は何にせよ、そうまでして手に入れて、時間をかけ家族となった彼女に辛い思いをさせ続けるのは、嫌に決まっている。
神樹様の言葉よりも、きっと優先したくなる程に。
「こんな残酷な事、教えられる訳ないだろ」
しかし、彼らは親だ。大人だ。
その先を見据えて堪えるしかなくなってしまう。
残酷な真実をきっと彼女達は受け入れきれない。否、受け入れてしまった時の方がもっと悪いかもしれない。
だから大人は全員口をつぐむ。
つぐむしかないのだ。
「心中お察しいたします。しかし、どうか、くれぐれも取り乱す事のないように、お願い致します」
「そんなっ……」
「神樹様と共にある彼女達の為にも」
「……それじゃあの子達はまるで、生贄じゃないですかっ!」
叫ぶ声に、何も反論が出来ない。
勇者なんて体よく取り繕っているが、その真実はそれだ。
勇者は、三百年続いた、生贄の歴史。
そして、それは今代も変わらない。
年末年始辺りは誠に勝手で申し訳ないのですが、更新はありません。
常に次回の更新は未定とはしていますが、7日を一応の予定としています。
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