十月も後半を迎え、世間はハロウィンムードに染まっていた。
橙色の装飾が増え、街路樹も赤に染まる。そんな明るさで満たされていた町は冷えてゆく風にも負けず、自然と心が温まる気がしてくる。
「カボチャだカボチャだー! 外国のお祭り、ハロウィンだー!」
「我が国の懐の広さ故ね」
はしゃぐ園子の隣で須美が自分の事のように誇らしげに話す。
確かに、日本はあまり宗教に縛られるようなイベントの催し方はしない方であり、これからクリスマスに続いて正月の初詣なども控えている事を考えれば、その懐の広さは推して知るべしだろう。
「楽しめるイベントが多いのは良い事だろ? それに、ハロウィンはお菓子ももらえて、カボチャとか一杯食べれて大好きなのさ!」
「誘惑が多い、とも言うけどね」
悟飯がチラリ横を見る。それにつられて隣の銀も振り向くと、そこにはキッチンカーが止まっていた。
「お、噂をすれば」
「銀、目的忘れないように」
ハロウィン限定と書かれたカボチャを描いたスイーツ達の絵がでかでかと描かれている。
思わず向かっていきそうになった所を悟飯に止められる。
「冗談だって冗談」
「本当かな……。でも、銀も来れてよかったよ」
「そうね、お土産は持って行けてもやっぱり一緒に楽しみたいもの」
「でもさ、なんか入院してるって感じが全然ないんだよね」
銀の外出許可は思ったよりも簡単に取れていた。辛いリハビリなど覚悟をしていたが、今の所それが始まる様子がないのだ。
おかげで病院のベッドの上で退屈な時間を過ごすばかりになってしまっていたのだが。
「何はともあれ、お菓子だろ! それにあたし、カボチャの煮物とか結構好きなんだよね」
「お母さんがカボチャ沢山もらったからって毎日食べてるんだよね……」
「そういえば、ゴッくんも白鳥さんちからカボチャ届いたって聞いたよ~! 甘くて美味しいよね~」
「それなら、イネスについたら、南瓜のお菓子を買いましょう。悟飯も、甘い物なら多少は大丈夫でしょう?」
少しズレた園子の返事に続けて、須美が纏めていく。
そんな風に歩きながら、四人は足を進めていく。四人の目的地はいつものイネスである。
辿り着いたイネスには、休日と言う事も相まって、少年少女達がハロウィンの準備をしようと賑わっている。悟飯達も例外ではなく、ハロウィンの仮装グッズの置かれた店前でどれがいいかと品定めをしていた。
「見てみて、大猿ー!」
園子が被り物の一つを手に取る。それは巨大な猿の被り物だ。
普通の猿と違い、やけにするどい牙と赤く染まった瞳。逆立った毛と凶暴さを前面に押し出したその被り物は驚かせるという目的は達成出来そうだ。
しかし、流石に怖すぎるのか、銀がちょっと引いていた。
「そういえば大猿って、何かのキャラクターだったりするの? 銀の紙芝居でも使ってたよね」
「ん、悟飯知らんの? ならば教えてしんぜよう! 頼んだ須美!」
「原点を辿れば大猿は特撮作品、御免ライダーが初出よ。その中に登場する悪役、ごぼうが変身した姿が大猿なの。月を見ると変身して、御免ライダーを苦しめていたわ」
銀が須美に丸投げしたが意外にも、須美が指を立てて解説を始めた。
須美がこの手の作品を見ているのは意外だった。特にライダーという部分で。
「それから恒例になってね~、その後の木綿ライダー、罷免ライダー、地面ライダーとみーんな大猿になる敵が登場してるんだよ~」
「もめ、ひめ……えっと、そんな人気になったんだ。御免ライダーのごぼうだっけ」
やけに変な名前が多いなと思ったが銀だけはうんうんと頷いていた。須美の方はそれ以降は知らなかったらしくそんなに居たのねと呟いていた。
「ごぼうはクールなキャラでね~、戦いが大好きなんだ~。それで御免ライダーと何度も戦って実は全勝だったりするのです!」
「最初はそんな感じで悪役だけど、最後には味方になる熱い奴で、あたしは今も好きなんだよね。お前がくたばれーって振り向いて敵幹部倒すのはスカッとした!」
「わたしはとごぼうと心通わせた少女が好きだったなー。気弱な子が、一緒に御免ライダーを救ってくれませんか! って勇気を出してごぼうに頼むシーンが良かった〜」
いつの間にか、御免ライダー談義が始まってしまっていた。
意外にも三人全員が見ているという御免ライダー、並びにごぼうというキャラに興味をもった悟飯は、スマホでも調べてみる。すると確かに想像よりもずっと人気なコンテンツのようで、特撮だけでない様々な作品に影響を与えていたらしく、今やもう大猿はメジャーな敵役味方役として使われているようだ。
更に言えば当時放送してる時の人気具合は、社会現象とまで言われたらしい。
オリエンテーションの時にやった銀の紙芝居も、悟飯は何故大猿だったのかと思っていたが、やっと理由が分かった気がした。
「と、話を戻すけど、こういうのはどうかな」
本来の目的を思い出した悟飯は手に取ったカボチャの被り物を三人に見せてから被ってみせる。顔全体がすっぽりとハマる大きさだ。視界がかなり狭まるから少し危なさを感じるが、悟飯にとってはそれほど気になるものではない。
残りをマントで包んで、宙に浮いたりしてみれば完璧なジャックオーランタンの完成だろう。
「あら、良いじゃない! 凄く似合ってるわ」
「それなら、なにか一つに統一しないか? ジャックオーランタンなら全員でとか」
「お揃い、いいね! でも、色違いはあんまり置いてないだよね〜」
園子が見る棚には色違いは二色程度しかおいておらず、四人でやるには少し足りない。
もともと小道具を売っている店だとしてもハロウィン限定に大きく枠を使う事は出来ないのだろう、品揃えはちょっと少なめだ。
他の店を見てもいいかなと、悟飯が提案しようとした時銀と須美がリストバンドを手に持っていた。
しかも複数あり、赤、青、黄、紫の四種がある。それぞれに花の模様があり、中々おしゃれな小物だ。
「別にカボチャその物じゃなくても、こういうお揃いのリストバンドをつけて色分けもありじゃないか?」
「手首とかなら目に止まりやすいし、有りね」
「ならボクは、これかな」
「じゃあ私はこれ!」
悟飯が手に取ったのは黄色のリストバンドだ。それに続いて、園子が紫、須美が青を取っていく。
何となくで選んだが、変身後の姿の色をそれぞれが取っていた。
残った赤を悟飯が銀の手にはめる。ありがと、返してからお互いのリストバンドを見せ合う。
それほど目立つ訳でもないが、お揃いというだけで何だか嬉しさがあった。
「うん、しっくりくる」
「そういえば、悟飯はよくリストバンドしてたよな」
「汗どめとしての役割だからね。予備は何個があるけど……うん。これがいい」
悟飯の着る道着にはリストバンドは確かにある。が、戦いの度にボロボロになって変えているからあまり愛着があるものではない。
「そしたら、仮装何にするか決めようか」
「なら私は……これね。魔女の帽子」
「お、凄く似合ってるじゃん」
「そ、そう?」
「うんうん、かわいいよね? ゴッくん」
「えっ? あ、ああ。かわいいよ」
「そ、そこまで言われるとちょっと恥ずかしい……」
顔を赤くして伏せてしまった須美に悟飯は苦笑しつつ、銀はと隣を見ると、そこにはパタパタと小さな羽を使い、宙を浮く黒く丸い生物が居た。
顔を含め、カラスのような見た目をしているのだが、足に下駄、衣服は袴と人間に近い見た目をしている。ただ、顔は謎にぬいぐるみのような簡単な目をしていて、可愛らしさを纏っていた。
「出てきちゃ駄目だってセバスチャンー!」
「セバスチャン?」
「そう、鴉・セバスチャン・天狗! ミドルネームをつけてみたの」
そのカラスは、正式名称を鴉天狗と言う精霊だ。
勇者システムのアップデートを果たしたと言う事で、勇者与えられた新たな力の一つであり、須美にも精霊が一体、青坊主という名前の卵型の精霊が居る。
「でも周りの目があるから、隠さないと」
「そうだね~。ほいっ」
園子が指を鳴らすとそれを合図に鴉天狗が消える。消える時に花が散るようなエフェクトが出たのは神樹様の力が宿っている証拠だ。
が、消えると同時に何故か今度はカボチャを被った鴉天狗が飛んできた。
須美の精霊は勝手に出ないというのに、なぜか鴉天狗は自由だ。否、自由すぎる。
「こう手袋付けたらマジックで浮かしてる風に見えるんじゃないか?」
「流石にそれは難しいんじゃないかな……」
「おかーさん見て! 凄いマジック! どうやってるの!?」
「……あ、アルファ波で浮かんでいます」
「すげー!」
声のした方を見ると子供を連れた母親が悟飯達に向けて頭をさげていた。しかし、完全に疑った様子がないのを見ると、銀の考えは当たっていたらしい。
まさかと思うが、冷静に考えてみれば神は居れど超能力などはないとまだ思われている。浮いてると驚くよりも、マジックで浮かしてると先に思いつくのが自然だ。アルファ波はまた別だが。
「神樹様の遣わした精霊、なんだか凄く不安になるわ……」
「き、きっと役に立つよ……」
「セバスチャンは凄いよ! 遠くの物を持ってきてくれたりするからね」
「お、それあたしも欲しいな。いけセバスチャン! あのフランケンシュタインの被り物を持ってくるのだー」
銀の言葉に店内を入っていった鴉天狗は、確かにフランケンシュタインの被り物を手に戻ってきた。
しかも、その間店員に見られないようにルートを選んでいたのを見ると、それなりに知恵ももっているようだと、二人は少し安心する。
が、ふと見ると鴉天狗が園子の頭の上で肘をついて寝転がってくつろいでいた。
「戦い終わらせて精霊を神樹様に返した方が良い気がしてきたわ」
「ボクも……」
――
新しい勇者システムになってから訓練は厳しさを増した。
バーテックスの襲来が近い事もあって、朝の時間の訓練も追加されると登校時間もギリギリになる事が増えた。事情を理解している担任からは遅刻の時間でも何も言いませんとは言われているが、それを真面目な須美がはいそうですかとゆっくり行く訳がなかった。
同じく訓練を終えた悟飯と園子は一人で行かせるのは忍びないと同じように遅刻を避け続けていた。
「よし、今日も間に合った」
悟飯は校舎につけられた時計を見て、ガッツポーズを取る。
時間までは五分以上の余裕がある。後は歩いても問題ないだろう。
「追いついたー」
「今日も何とか間に合ってよかった」
園子が悟飯の後ろから校門を通り抜けて隣に立つ。その後を須美がやってきて三人が揃う。銀は流石に登校は難しく病院で泣いている。そのせいか、最近の通知履歴が暇だーというチャットで埋まる事が増えた。
「二人共、お疲れ」
訓練で汗をかき、その上走って来たというのに息切れ一つ見えないのは、勇者であると同時にやはり訓練の賜物だろう。そうやって訓練を増やしても、普段と変わらずに授業に臨めるからこそ、朝にも増やされているから、一長一短ではある。
「ゴッくん足速いから羨ましいよー、前見たいに運んでくれてもいいんだよー。ふわ……」
園子が欠伸をする。それそれとして、早起きは辛いらしい。
「あはは、この腕じゃちょっと難しいかも」
「そっか。お役目終わったら、治るんだっけ?」
「うん、本格的な治療をって」
悟飯の動かない腕。どうすれば治るのか、皆目見当もつかないが医者がいうには恐らく治る見込みはあるという話だった。
それが何故かはわからないが、銀のリハビリも始まっていないのは気になる話だった。ただ、相手が小学生だから今はまだ治る見込みがあるといっているだけの可能性もある。
医療などには詳しくない悟飯にはそうやって推測する事ぐらいしか出来ない。
そんな話をしながら六年二組の扉を開ける。
「おはよう、皆」
「おはよう」
「おは、サンチョ」
三人がそれぞれ挨拶をする。園子だけ悟飯の後ろに隠れてサンチョのぬいぐるみだけを横から出して、挨拶をさせていた。
ただ、それに返事が返される事はなかった。
勉強机の全てが扉側の壁に寄せられ、邪魔な椅子は机の上に反転して乗せられている。
そしてその教室の黒板辺りにクラスメイト達が集まっている。
「あっ……あー」
「えっと、どうする?」
クラスメイト達が悟飯達に気付くと困ったような顔をした。
彼らの足元にしかれたブルーシートを見れば、何か作り物をしていたらしいが、悟飯にはそんな課題の心当たりはなかった。流石にお役目だからと省かれる事は無かった筈だ。
「まぁ、見せちゃおうよ」
大西さんがそういうと、前に居たクラスメイトがどいていく。すると、そこに現れたのは大きな応援幕だった。
手書きで書かれた「わたしたちの勇者がんばれ」という大きな文字の下に沢山の花が描かれている。その上にはイネスのジェラートがある。更には右端にはサンチョの絵、左端には恐らく神樹様だろう木がある。
それを見て、三人は呆気に取られていた。
「先生に内緒で作ったんだ。皆でさ、出来る事ないかって話して」
大西さんが前に立って言う。
「いつも通り接してあげるのが良いって先生は言ったんだけど、やっぱり何とか伝えたくてさ」
目を逸らしていった大西さんのその視線の先には、悟飯の左腕があった。目に見える形になってしまったお役目の大変さを目の当たりにして、クラスメイトは普段通りに過ごし続けるというのは難しかった。
それに加えて、登校出来ていない銀の事、大西さんと佐々木さんは悟飯が弱っている姿を見てしまったとなれば、そんな辛いお役目を頑張る友達を応援したいと考えるのは当然だった。
「こういう事は禁止されている筈でしょ」
「須美……?」
そういって、近づいていく須美を追いかけて悟飯も教室の中へと入っていく。
でも、と何人かがこぼす。その気持ちを分かるからこそ悟飯と園子は須美を止めようとして、隣に立って止まる。口調や言葉こそ冷たい物だが、その表情は小さな笑みを浮かべていて、嬉しさを隠しきれていなかったからだ。
「はい、鷲尾さん」
「えっ?」
畳まれた応援幕が佐々木さんによって須美に手渡される。
反射で受け取ってしまった須美は佐々木さんの顔を見返す。
「よければ、受け取ってほしいな。あたし達、鷲尾さんの事を応援してるって伝えたかったんだ」
「嬉しいね、わっし~!」
「……そうね。先生には、秘密にしないといけないわね」
優しい目をして、受け取った応援幕を須美は見つめていた。
それを見て悟飯と園子も安心していた。分かっていた事だが、須美も大分丸くなった。
「お役目っていつか終わるんでしょ? そしたら、普通に一緒に遊べるよね!」
「え、ええ」
クラスメイトの少女が須美の手を握って、そう笑いかけた。どちらかといえば彼女は銀のように校庭に出て遊ぶような体育会系で須美と話している所はあまりない。
だが、それでも最近の須美を見て、彼女は興味を持っていた。そのっちなんてあだ名をつけるくらいに丸くなった彼女とあだ名で呼び合いたい。……出来れば勉強も教えて欲しい、と勇気を出したのだ。
「実はさ、俺もサンチョグッズ持っててさ」
「え、本当!?」
今日アモーレのぬいぐるみ持ってきてるんだけど、他にもストラップとか」
園子に近づいた少年は頬を掻きながら、鞄からサンチョとは色違いのぬいぐるみを取り出した。
以前から園子を見ていた彼だが、性別の違いや男らしさとは少し離れたサンチョシリーズのアイテムを集めている事の公言を躊躇っていた。
しかし、最近にハッキリ目にするようになった彼女の周りを気にしないマイペースさに背中を押されて最近はちょこちょこと同じ趣味を話せる友人を手に入れていた。
そして、その中に園子も増やしたいと勇気を出したのだ。
「悟飯くん、今の内に取らないと誰かに取られちゃうよ」
「なんの事?」
須美と園子の周りにクラスメイトが集まっていた。
そんな中、机を片手で持ち上げた悟飯を見て、大西さんはため息吐いた。鈍感というか、そもそもその思考を持ち合わせていないというか、とにかく恋愛関連に対して全く面白くない悟飯だ。
特に須美。マセた少年たちにとって須美のスタイルはかなり毒だ。成長著しい胸なんかは女子から見ても噂話の対象となる。
そんな風に密かな人気がある事を大西さんは知っていた。だからこそ、悟飯にはここで攻めたりしてみて欲しい気持ちがあるが、どうやら無理そうだと肩を落とす。
「ニッちゃんはどうなの」
「私は、いいよ」
「……なら、あたしが孫君に告白してみよっかなー」
「振られるだけでしょ」
「そうなんだよねー。お役目終わったら、もっと遊んだりできるといいなー」
肩をすくめてから、大西さんは机を並べ始めた悟飯を手伝いに歩く。
いつか来る終わりの先を誰もが想像していた。当人の須美達はそれこそ、これ以上怪我などのない平和な日常になると。クラスメイト達は新たな友達とのきっと想像を超えるような楽しい日々になると。
しかし、絶望の足音は静かに近づいていた。
決意を新たにした三人の元へ、ゆっくりと。
来たる決戦は、近い。