樹海に響く轟音と、そこら中で起こる煙。
須美と園子はもう、悟飯の姿を捉える事が出来ていなかった。ただ分かるのは完全に姿が消失したタウラスと悟飯が戦っていると言う事。そして、悟飯が一方的な戦いをしていると言う事だ。
「速すぎる、追いつけない……」
須美はシロガネの標準から顔をあげる。見えない速度で動く相手をどうやって追い掛けようか。
訓練でも悟飯の動きについてゆくというのは何度もした。お陰で今までと比べればある程度は見えるようになったが、それでも超怒髪天の動きですらまだついていけてはなかった。
これでは援護どころの話ではなく、レオも悟飯がしっかりと攻撃を挟むお陰で攻撃の一つも出来ていない。
悟飯に援護を任され、頼りにされたというのに。その焦りを自覚して、一度深呼吸する。
「ねぇわっしースマホ見て、スマホ!」
「スマホ?」
園子に言われて自身の携帯を取り出そうとして、それは目の前に現れた。
卵型の精霊、青坊主がどうやら取り出してくれたようで、その画面には地図アプリが開かれていた。樹海の状況を教えてくれるようになったそれは、現在位置は勿論の事、隣の園子の位置が見える。
流石に追い切れないのか途切れ途切れになってはいるが、悟飯の位置もある。そして、レオとタウラスの位置もまた表示されていた。
「レオが、進んでる……?」
「うん、多分ゴッくんの攻撃じゃ進行は止めきれないんだと思うから、わたし達でレオを何とかしよーって思ったんだ。多分、ゴッくんの方は手を出した方が余計な気がするから」
園子の語尾が少し小さくなったのは、恐らくは須美と同じ悔しさからだろう。しかし、それでも出来る事を見つけるのはやはり、隊長と言った所か。
須美は改めてレオを見る。あまりの大きさに見ているだけでは気付かなかったがレオが確かに大橋を進んでいる。タウラスを行動不能には出来ている力をもって、時折にレオに攻撃を当て、押し返そうとしている悟飯だったが、やはりレオは特別らしい。
「とにかく攻撃するよりは何か作戦を立てないとね。そのっち、案はある?」
「満開ゲージの溜まる条件、多分バーテックスを攻撃したり、精霊バリアで防いだりする事だと思うんだ」
園子が自身のへそ辺りにある花の模様に目を向ける。そこに色はなく、ゲージは溜まってないと言う事を示していた。
訓練では一度も使用した事がなく、戦いで力を溜めて解放する大技とだけ聞いていた。だから、時間経過でも溜まる可能性はあったが、どうやらそれは間違いなようだった。
「満開……」
「やらないで勝てるならそれが良いけど、でも出来る様にして起きたいかなって」
満開は自分達の不調を加速させる可能性があった。
須美は自身の足を見る。急に一切の言う事を聞かなくなった両足。強烈な喪失感に耐えきれているのは今が戦場だからに他ならない。これ以上何かあったら、自分は耐えられるだろうか。
――そんなの、考えるまでもない。
「やりましょう」
悟飯も、銀も、同じようにそれでも立ち向かっていたのだ。ここで自分が怯えている訳にはいかないのだ。
須美は再びシロガネの標準を覗く。見えるのはレオだけだ。
ここまで観察して気付いたのは、レオの攻撃は遅いという事。
鬣を模しているだろう円形に均等に配置された針を持つ橙色の部位で力を溜めようとして、悟飯に悉く阻止されていた。
ただ、それが放たれたらと考えると油断はできない。まだ見えていない残り二体の事もある。まず狙うなら、攻撃手段だ。
「――外れたっ!?」
そう決めて、放たれた須美の弾丸は針の一つを貫く事はなかった。命中はした、位置も精度も良かった。
悪いのは、真っ二つに割れたレオの方だ。
レオは自身を中央から両断するようにして、二つに割れていた。更に、まるで扉が開く様に割れた体の間から赤の世界が生まれていた。
そして、燃える灼熱のような空間から小さな何かが飛び出した。
「あれは、何……?」
「なんか、一杯居るよ!?」
園子はそれは最初にピーナッツに似ていると思った。しかし、ピーナッツにしてはかわいくない程恐ろしい大きな口とその上に仮面の様な何かがついている。
それに、小さいと言ってもバーテックス基準であり、須美達よりも数倍は大きい。
バーテックスは星座を冠している、ならばそれから生まれた彼らに名前を付けるとすれば、星屑だろうか。
「はっ! よいしょ! 思ったより弱いかも!」
「耐久力は低いようね、だけどこれじゃ狙いにくい……」
園子は槍を振り回し、次々と星屑達を切り裂いていく。もう少し硬いかと思っていた星屑だったが、それはすんなりと切り裂けた。
対する須美はスナイパーライフルという関係上、近距離に近づいてくる沢山の星屑を打ち抜くのに苦労していた。そのせいで、何体かが須美を通り過ぎていってしまう。
「しまっ――」
「避けろっ!」
自身の失態を取り戻そうとするよりも先に、須美は聞こえた声に反射で大橋の端へと避ける。追加されたアームの機動力は足が動いた時と変わらず、一瞬にして端には到達した。
ふと、見えたのは反対の端に避難している園子の姿。そして、それを青い波動が覆い隠した。
その正体は、悟飯のかめはめ波だ。片手だというのに大橋を覆いつくす程の巨大なそれは須美が打ち漏らした星屑も纏めて、押し返している。しかし、レオは違った。
「くそ、重い……」
拮抗している訳ではないが、レオは抵抗していた。まだ悟飯が優勢で、少しづつ押し返しているが、その事実はまずい話だ。
レオが悟飯に抵抗出来る程の力があるというの今の自分達にはレオを倒す手段がないかもしれない。
唯一の可能性は満開だ。須美は自身の胸を見る。五枚ある花弁の内、四枚既に色がついている。恐らく後、一体でも星屑を倒せば満開が使えるだろう。
なればこそ、須美は叫ぶ。
「悟飯、行けるわ!」
「分かった! 小さいのはボクに任せろ、タウラスを先に!」
須美の言葉に合わせ、かめはめ波が消失する。そして、残ったのは押し返されている間にも増えていたのだろう、おびただしい程の数に膨れ上がった星屑達だった。
タウラスはといえば、レオの足元辺りで完全に倒れ伏している。
須美は構えていたシロガネで星屑を一体打ち抜くと同時に、飛び跳ねた。
「満開!」
須美の元に光が集まり、戦艦が空を往く。
複数の主砲は全てがタウラスに向けられる。無視される星屑達は須美を食らわんと口を開け襲う者もいれば、恐らく神樹様を破壊せんと向かう者も居る。しかし、それは須美の管轄外。
須美が力を溜める中で、星屑が須美に到達する事はなかった。
「うおおおおおおおおおっ!」
悟飯の叫びが樹海全体を揺らした。輝きが更に増していく悟飯の前に、それだけで星屑達が吹き飛んで、押し返されていく。
そう、星屑は悟飯にとって敵にもならなかった。
「串刺しだー!」
須美の後ろで、山積みに積み上げられた星屑達が居た。まるで壁にぶつかって落ちたかのように、その先に星屑は居ない。一定のラインを超えた星屑は等しく園子の前に積み上げられていた。
須美を襲う星屑もそうだ。精霊バリアが張られるよりも先に、星屑が消失する。否、悟飯によって吹き飛ばされ再起不能にさせられていた。
その処理を園子がしている訳だ。空中から槍の柄を伸ばして複数の星屑が消し去られていく。
速すぎるそのペースは、悟飯と園子に余裕が出来始める程。
「満開ゲージもたまったし、いつでもおっけー!」
「時間制限もある筈だ、タウラスが倒れてから畳みかけよう」
「後ゴッくん、後二体も居る。一発で核を撃ちぬいちゃいたいんだ。あるのは多分一番中央、わっしーの弾の通りが一番悪かった場所。そこにわっしーのレーザーでどかーんとしよう」
園子の言葉を聞いて、悟飯は笑みと頷きをもって返した。
観察眼で言えば園子の方がやはり高い。星屑の処理も示し合わせた訳ではなかった。適応力や判断力、あらゆる全てにおいて頼りになる。
流石、勇者の隊長様である。
「須美は……」
悟飯がそう言いかけると同時に爆発音が前からした。
タウラスが弾け、光が舞い上がっていた。後、三体だ。
「行こう!」
「任せて、満開!」
園子が姿を変えて、再び二艘の船が空に降り立った。
その中央には燃え盛る炎のように輝くオーラを纏った悟飯。それに相対するのは巨大なレオ・バーテックス。
既に扉は閉じられているが、星屑はまだ残っている。簡単な処理だけ先に済ませようと悟飯が動こうとして、先に動いていたのはレオだった。
顔を持たず、感情もないようなものがバーテックスだ。無言のまま、バーテックスは力を溜めていたようで、レオから放たれた炎がその中央に集まり、巨大な火球を生成していた。
その大きさは、三人どころか、大橋を簡単に飲み込んでしまえる規模。
火球の出す熱に汗が流れる。喉が渇く。それはまるで、
「太陽――」
悟飯がそう、呟いた瞬間だった。
どこからか、心臓の音にも似た音を聞いた。
「えっ?」
その音は須美と園子にも届いていた。静かな、呼吸に合わせたような穏やかな音ではない。荒く、何かが迫ってくるような焦燥感を駆られるほどに速い鼓動。
そして、急に悟飯の動きが止まっていた。胸を抑えるようにして浮かぶ悟飯の元へと向かおうとして、更なる変化が訪れる。
上半身の服が破けた。同時に肥大化した筋肉とやけに毛深い体が現れる。
「あ、がっ……」
「ゴッくん!?」
「悟飯っ!」
尋常ではない変化を始めた悟飯に思わず二人は叫ぶ。
しかし、同時に浮かんでいた悟飯の体が徐々にその高度を下げてゆくだけで、その返事はない。
それを見届けながら、二人は悟飯の元に向かっていきたい気持ちを抑えつける。
言うまでもなく、優先順位は目の前の火球だった。しかし、その規模に二人は思わず息を飲む。
「二人だけでやるしかないわ、そのっち!」
「そうだね! やるよー!」
須美はエネルギーを溜め、似たようなエネルギー弾を生み出していく。園子は押し返す為の穂先で作った盾を構える。
そして、それは激突した。
「はあああああっ!」
「やあああああっ!」
絶えず送り続けられ巨大になっていくエネルギー弾と八つの刃で出来た盾でようやく拮抗していた。が、それは一体二だった場合だ。
園子の前に、一体のバーテックスが居た。それは人型で、晒し台につけられたような嫌な見た目だ。それが、目の前に。
「えっ」
蹴りが園子を襲わんと振るわれた。
しかし、それは精霊バリアによって防がれる。ただ、バーテックスにはそれでよかった。
「そんな、押されてっ」
園子の盾の力が緩んだ事で、拮抗していた力が崩れて火球が押し返し始めてしまう。それと同時、浸食が大きく進んだ。
根で出来た地面が焼けたように白く変色していったのだ。そして、それは例えではなく、実際に焼け、炭とかしていたのだと気付く事になる。
衝突を続ける二つの球の衝撃に、その根が崩れていき始めたのだ。その浸食の速さは今までの比ではない。
もはや、大橋が完全に消失し始めてしまっていた。
慌てて園子が盾を展開しようとしたが、もう遅い。
二人の目の前に迫った火球に思わず、腕で顔を隠して防御姿勢を取った。
「……あれ?」
しかし、想像していた衝撃は訪れる事はなかった。それどころか、感じていた熱も消えていた。
二人が防御姿勢を解くと、そこにはただ黄色があった。
「え?」
「ウオオオオオオオオオオ!」
心臓を握りつぶされそうな叫び声が響く。
明らかに人間のそれではなく、改めてみればその大きさもまともな物ではない。バーテックスに劣らない巨体が樹海の上に立っていた。
そして、振り上げられていた右手にはバーテックスが握られていた。
「あれ、さっきの!」
それは、確かに園子の邪魔をしてきていた人型のバーテックスだった。
そして、同時に二人の思考を察知したのか、スマホを持った青坊主が、鴉天狗がそれぞれ現れる。
それは双子座、ジェミニ・バーテックスと呼ぶらしいバーテックスだった。そして、全く同じ場所に孫悟飯と書かれたアイコンがあった。
「もしかして、あれがゴッくんなの……?」
園子の言葉に須美はまさかと思ったが、その時、巨体は握ったジェミニを握りつぶした。完全に粉砕されたジェミニは光を舞い上がらせて消えてしまう。
「……壊しちゃた」
今まで傷の一つも与えられなかった悟飯がジェミニを握りつぶしている。その事実は二人は呆気に取られる。
願いに近いが、須美はもしかすると悟飯じゃないかもしれないとも思っていたが、同時にその巨体の左腕がだらしなく垂れているのに気付いた。
「そんなどうして……」
「ウワアアアアアアアアア!」
咆哮と共に、巨体が振り向く。そして気付く、そこには猿の顔があった。
しかし、猿と言ってもニホンザルなど人に近い顔ではない。
ヒヒの様に口が伸びているが、ヒヒの様に穏やかな顔でもない。
怒り狂っているように寄せられた皺と、異常に赤く染まった瞳。そして、逆立った黄金の毛。
それを何と呼ぶか、心当たりが二人にはあった。
「大猿……!」
「ガアアアアア……」
黄金大猿。
須美の言葉に答えるような叫び声と共に、大猿はその赤く染まった瞳に須美達を映していた。