「大猿が、どうして……ここに……」
大猿とは、神世紀で昔から人気なキャラクターの一つで様々な作品に登場していた。元を辿れば西暦の終わり辺りから始まった御免ライダーのシリーズに登場したキャラクターだ。それからその大猿を使う作品が増えていった。
その作品達を思い返せば、何故か共通のイメージがあった。今目の前に居る大猿の様に、ゴリラ、チンパンジーやヒヒなどを組み合わせたようなそんなイメージが。今思い返せば、著作権で騒ぐ者がいなかったのも違和感だったかもしれない。そして、何故大猿だったのか。
その真実は二人の目の前だ。
「実在していたから……?」
「そんな、ありえないわ! 人が大猿になるなんてそれこそ創作でしか……」
そこまで言って思い出す。創作で見た大猿は全て、人が大猿に変化していたなと。しかし、同時に大猿になるには太陽ではなく、満月が必要だった筈なのだ。
須美は頭の片隅に違和感を残しながらも、衝撃の連続で動きを忘れた園子に対して、大猿はその大きな口を開いたのを見た。
もしかして何か言うのかと思ったその時、鋭く生えそろった牙の奥に、赤い光が見えた。
「まずい、避けてそのっち!」
「え、あっ……」
「なっ、そのっち!」
須美の言葉よりも早く、限界が来たのか園子の満開が解かれてしまった。しかし、それは幸運な事でもあった。
満開が解けると同時に大猿の口から赤の光線が放たれる。その射線は、満開が解けなければ間違いなく園子を直撃していただろう。しかし、落下していく園子にはその風圧だけが遅い、放たれた光線は大橋を超え、町のあった場所へとぶつかり、巨大な爆発をあげた。
「なっ、何をしてるの悟飯!」
怒気を孕んだ声で須美は叫ぶ。が、それを止めるようにして再び青坊主がスマホを見せる。そこは光線の着弾地点だった。そこにはジェミニと書かれたアイコンがあり、数秒後にアイコンが消えていった。
慌てて振り向けば、そこには舞い上がる光が見えた。まさかあそこまで、バーテックスが進行していたというのか。
「気付かなかった……」
悟飯の行動理由に気付いて、胸をなでおろす。どうやら大猿になっても悟飯である事には変わらないらしい。
しかし、それでも危ない行動をしたのには変わりない。そこに不穏な気配を感じてしまう。
その時、須美の船に園子が飛び乗った。
「そのっち! 無事だったのね、よかった!」
「ねぇ、やっぱりなんか変だよ。今度は左腕が動かなくなっちゃたよ! それにゴッくんが大猿になっちゃって……」
園子が左腕を見せてくる。動いてるじゃないかと思ったが、その横に須美のアームの様に補助具がついているのに気付いた。
そして、園子が握っていた切れてしまっているが黄色のリストバンド。それは、悟飯がつけていたものだ。
しかし、それを気にしていられる程の余裕はなかった。
「分からない。でも、悟飯のお陰で後一体なの。それに、あいつを倒さないと、世界が終わってしまうのよ」
「……そうだね。後一体なんだよね、頑張ろう!」
双子座の名を冠したジェミニで二体。十二星座なのに六体の神託となった時に、それは予想されていた。
実際にそうだとは思っていなかったが、何はともあれ悟飯の仮説は当たり、実際に十二星座を冠していて、残り一体となった。
後一体でお役目は終わる。その事実が二人の不安を覆い隠す。
しかし、それは思わぬ形で覆される。
「――えっ」
不意に飛んできた拳に、須美が吹き飛ばされた。園子も吹き飛ばされるが、精霊バリアで受けた須美程ではなく、すぐ近くの地面に着地する。
対する須美は満開が解かれ大きく後ろへと吹き飛んで行った。
「わっしー!」
バリアとは言え衝撃を完全に消せる訳ではない。落下の衝撃などダメージは防ぎはするから大きな怪我にはならないが、それでも心配で叫んでしまう。
「ゴッくん、どうして!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオ!」
須美を吹き飛ばした張本人、大猿は咆哮で答える。耳をつんざくその叫びに、思わず園子は耳を抑えて耐えるしか出来なかった。
そして、それを止めたのは皮肉にも星屑だった。再びレオが開いた炎の空間から星屑達が現れる。大猿目掛け襲い来る星屑達だったが、巨体にも拘らずもった高い機動力によって握りつぶされ、踏みつぶされていく。
「……理性が、ないの?」
大猿は目につくもの、全てを攻撃しているように思えた。
しかし、その攻撃はあまりにも雑で、数体が大猿を超えて神樹へと向かっていた。
そのすり抜けた星屑達を倒していきながら、園子は自分の満開ゲージが溜まっていくのを感じていた。
「左目、左腕、今度は、左足かな……」
失われる機能に当たりを付ける。しかし、怖くはなかった。
孫悟飯は片腕のみ。三ノ輪銀は利き腕と、片足。もう既に失われてしまった二人の姿を見ていた園子はきっと大丈夫だと確信していた。
四人なら、クラスメイト達となら、どんな結果になってもお役目が終われば楽しく生きていけると。
「満開っ!」
ゲージが溜まり切ると同時に、園子は三度箱舟を動かす。
そして、同時にレオは現在扉を開けて隙を晒していた。多少雑でも星屑を大猿は処理している。
今が、チャンスだ。
「ここからっ!」
全速力で船を動かす。先端に穂先を重ね巨大な槍を生みだして、突撃を開始する。
加速が繰り返される。
羽ばたくように、神風の如く。
少ない星屑を蹴散らしていく内に、園子の船は輝きを増していた。流れ込み続ける神樹様の力がオーラのようなものになって現れ始めていたのだ。
そして、そのオーラは鳥のような形を取り始めてゆく。燃える炎のように揺らめきながら、翼を広げた姿はまるで不死鳥だ。
「出ていけえええええええ!」
レオへと突っ込む。
無防備に扉を開いていたレオは勢いに負け、そのまま壁に叩き付けると同時に、爆発を起こす。
最後の光が、空に登ってゆくのを見た。
近くで見て、初めてその光が虹色に輝いているのに気付いた。園子は綺麗なそれを見つめながら、息を吐く。
「終わったんだ……」
そう安堵して、満開を解いた。
壊れてしまった大橋ではなく、壁の上に降り立った時、園子は膝ついて倒れた。
こみ上げる吐き気と謎の異物感に咳き込む。急に荒くなってしまった呼吸にまた、何か失われたのだと理解した。
「後はゴッくんを何とかしないとか」
大猿の対処には心当たりがあった。
それは尻尾を切る事だ。他人の創作からの知識ではあるが、大猿が実在した事を考えれば当てにしていいだろう。
「うん?」
その時、園子の足に一つの球がぶつかった。それは拳よりも少し大きい程度の透明なボールだった。オレンジ色がついてはいるが向こうが透けて見えていて、その中心には四つの赤い星があった。
「なんだろうこれ」
手に持ったそのボールを見て、考えてみるが思い当たるものはない。バーテックスが落とした物なのか。それすらも曖昧だが、不思議と見つめてしまう魅力があった。
左右に顔をふって、現実を思い出す。
悟飯を何とかしなければならないのだ。そう思い出して、園子はそのボールを懐へとしまってから、改めて大橋に向き直る
「よし、もう一つ踏ん張り――」
その時、園子が見たのは、大橋から降り、海飛び込んでいた大猿が園子に向けて口を開いていた姿だった。
反応したのは奇跡に近かった。咄嗟に盾に変形させた槍で防御の構えを取る。
「きゃああっ!」
精霊バリアと合わせ、大きく威力は殺せた筈だというのに園子の体は浮き上がり、後ろへと弾かれてしまった。
このままでは壁の外に落ちてしまう。そう思った時だった。
急に視界が切り替わる。金色の壁が視界一杯に広がり、強い風が髪を吹き上げた。
「なに、ここ」
槍を地面に突き立て、何とか壁の上に止まれた園子が振り向き、辺りを見回して見えたのは灼熱の地。赤で支配された景色だった。
まるで世界が、終わっているようじゃないか。
そう思ってしまう程に、何もかもが違う景色が目の前に広がっている。
人は、驚きが限界を超えると逆に冷静になれるらしい。園子は、荒くなる息を自覚しながらも、ただ静かに周りを眺めていた。
「なに、あれ」
その灼熱の地には、バーテックスが居た。それも一体だけではない。数えてみれば十一体のバーテックスが並んでいる。
更には辺りを数多の星屑が徘徊している。
そこに平和な青空はなく、星空輝く夜空もない。見える空は、黒ではあるが白の星の様な何かだ。恐らくあれは、バーテックスなのだろう。
思わず、胸に手をあてて、恐怖を紛らわそうとして、園子は気付いた。
「あれ、心臓、動いてない」
ある筈の鼓動が感じられなかった。
本来はそんな筈ないと確かめなおすだろうが、今までの経緯を考えれば事実、心臓は動いてないのだろう。
力なく揺らした片手と共に、園子は大きく息を吐いた。
「ああ、わたし、わかっちゃった」
小さな、か細い声は吹いた風にかき消される。
この世界にとって、人間はちっぽけな存在だったらしい。
神樹様が居なければ、本当に誰も生きていけない程にちっぽけで、矮小な存在。
生き残る為には大切な何かを犠牲にし続けなければならない程に弱い。
そして、その犠牲は――。
「はっ!」
襲い来る星屑に気付いて、慌てて園子は元来た道を戻る。
光の壁を潜り抜けると戻ったのは樹海だ。後ろを振り向くと、そこにはあの赤の景色はなく、まるで嘘だったかのように壁の外の景色、海が広がっているのが見えた。
園子は、自分の抱えた気持ちを宙を往きながら、整理していく。
「GUAAAAAA!」
伸ばした柄を棒高跳びのように使いながら海の上を飛んで行きながら、聞こえた叫び声の主を見た。
園子を見失い、する事を見失ったからなのか、海へと拳を叩きつけたり、ドラミングと共に咆哮をあげる悟飯。
彼はどうして大猿と化したのか、園子には皆目見当もつかない。しかし、尻尾を切ればなんとかなるかもしれない。最悪、満開してでも。
「わっしーは……居た!」
大橋の端っこ、浸食によって白く炭のように色を失った根っこの上で、変身の解けた須美がへたり込んでいた。
その視線の先には大猿が居る。確かに、友人が大猿になれば動揺もするだろう。
そう考えて、園子は須美の前に降り立つ。
「わっしー! 大変なんだよ、壁の外がね――」
そこまで言葉にして、園子は言葉を切った。思っている反応が来ない。それどころか、困ったような視線を向けられていた。
自分を心配するでもなく、褒めてくれるでもなく、喜びを分かち合おうとする訳でもない。
「誰……ですか?」
その言葉で、全てを察する。
目や腕など、目に見える外側の機能だけが失われる訳ではないのは数分前に身をもって知った事だ。そして、それは恐らく脳、もっと言えば記憶までも対象となるのだろう。
「なんですか、一体……。ここは、あの怪物は……」
「あっ……」
「そうだっ、女の子がいたんです! 青鈍の髪の、とても元気な女の子がっ何処かに居て、一緒に逃げなきゃって……」
ヒュ、と息を飲んだ音がした。
ああ、なんて酷い話だろうと思った。
「わっしー!」
思わず叫んでしまう。その言葉に何の意味もないと分かっていながら、願うように叫んだ。
しかし、その願いは困惑の表情で消える。
「……なに、あれ」
困ったように辺りを見回した須美が、壁の方を見て後退りをした。
釣られるように園子も振り向けば、そこには外で見た十一体のバーテックスとさっき倒したばかりのレオも加えて十二体全てのバーテックスが居た。
完成までが早すぎると思ったが、そんな泣き言を誰も聞いてはくれない。
希望が絶望になってから、もう追い打ちを何度食らっただろうか。
でも、それでも園子は一度目を伏せてから、バーテックス達を睨みつける。
覚悟を決めたのだ。
「大丈夫」
振り向いて、須美の手を取る。
握りしめられているだけだった園子のリボンを、須美の手に結び始めた。
「後はわたしがなんとかする」
精一杯の笑顔を作る。
無理しているのを気付かれないように。涙を流さないように。
「わたしは乃木園子、貴方は鷲尾須美」
後ろで爆発音がした気がした。
悟飯がもう動き始めたのだろう。バリアはないが、大猿となっても強い彼がすぐに死ぬとも思えないが、大丈夫だろうかと不安になる。
「彼は孫悟飯、あの子は三ノ輪銀」
結び終えたリボンを見て、園子は改めて笑みを浮かべる。
うん、やっぱりちゃんと似合っている。髪につけてくれたらもっと似合っているのだろう。
「四人は友達なんだよ。ズッ友なんだよ」
もうバラバラになってしまうだろうが、そう信じている。
そう、約束をしたのだ。
「後で、また会えるから」
だって、死なないのだから。
須美が腕に受けられたリボンと、園子の顔を見比べるように何度も見てくる。
きっと園子の言っている意味も分からないだろう。
それでいい。
それがいい。
「だから、ちょっと行ってくるね」
背を向け、歩き出した園子の背中を、須美は無意識に手を伸ばしていた。
自分でもどうしてかわからないだろうに。
しかし、それが園子を掴む事はない。
「……満開っ!」
走り出した園子は躊躇わずに切り札を使う。
友を守る為。
彼を救う為。
友と笑う為。
眩い光を放ち、その不死鳥は顕現する。
光に相対するは、それを焼き尽くさんとするバーテックス。
そして、大猿と化し理性を無くした悟飯だ。
どれだけ満開すれば倒せるだろうか。正直見当もつかない。
でも、何度死んだって倒して見せる。
だって、死ねないのだから。