孫悟飯は勇者である   作:桜開花

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新章「諏訪最終決戦」編、始まります。
投稿ペースは都合により三月中は不定期ですが、四月から依然と同じように定期更新出来ればとなります。


諏訪最終決戦
始まりの春


 窓の隙間から吹いた風が木の匂いを運んでくる。厳しい冬が終わりを迎えて、温かくなってきた春風に髪を揺らしながら藤森水都は一人、近くにある小屋の中で窓の外を眺める。

 そこでは大人達が鍬を振るい畑を耕す姿がある。

 彼らは遠目でも分かる程に農作業用のジャージや手袋を茶に汚し、流れる汗を拭ったからか顔まで汚れている。

 しかし、その顔はやりがいに満ちた笑顔で溢れていた。

 

「ここでは何を育てようかねぇ!」

「キュウリはどうだ! 今年も良いのが育ちそうだしな!」

 

 水都にまで聞こえる程の大きな声で畑の上を飛び交う日常の会話をBGMに洗濯の終わった服を畳み始める。

 そんな時、甲高い少女の声が響いた。

 

「ごぼうの種が多めに残っていたのでこれを植えようかと!」

 

 声に反応して水都は外を再び見た。

 そこに居たのは水都の友人である白鳥歌野だった。

 水都と同じ十四歳の筈である歌野は農作業のジャージに身を包み、鍬を手に持ち、農作業に従事している。

 

「元気だなぁ、うたのんは」

 

 流した汗を眩しい位に輝かせながら、大人に混ざって力仕事をする歌野を見て水都は呟く。

 自分も試した事があるから、農作業を楽しんでいる歌野が凄い超人のように思えていた。

 水都がわざわざ小屋の窓の近くで洗濯物を畳む理由はここにある。太陽のように明るい彼女のカッコいい姿を見るのは水都の楽しみの一つだった。

 

「他には何かあったか~?」

「今の三月中旬に植える物で種があるのだと後は大根、人参辺りですね!」

 

 畑仕事の最中とは思えぬ程の元気溢れる声が飛び交う中で、一際響く歌野の声に大人達は笑顔を見せる。

 その表情に水都は共感する。

 歌野の姿は、声は、元気を与えてくれるのだと。そして、

 

「染み大根食いたくなってきたんだけど!」

「きんぴらごぼうにしよう!」

 

 などと、これから育てる野菜達に思いを馳せ、その手に握る鍬により一層の力を込める。

 

「……よし」

 

 頬を軽く叩いた水都もまた、己の仕事を進める気持ちを高めた。

 掃除は毎日していてあまり時間はかからなかった。

 洗濯も後数着畳んで今日の分はなくなる。

 軽い昼食は握ってあるおにぎりを持ち運びやすい様に籠に詰めて終わりだ。

 順調と言える様な進み具合だが、最後に控えたもっとも大きな仕事を水都は前に軽いため息を吐いた。

 

「まだ起きないのかな」

 

 水都の視線の先には、ベッドの上で眠っている男がいた。

 包帯が全身に巻かれた男の顔をタオルで拭く。熱が酷く、今ある薬も意識を取り戻さない為に飲ませる事も出来ない。

 苦しみ方が酷いと全身を力ませて体中にある傷の何処かを開いてしまったりするから目を離せない。

 今は問題ないが、いつまた傷を開いてしまうんじゃないかと不安になる。

 

「ぐっ……ぐうぅ……」

 

 苦しそうに呻く男に、水都は額に濡れたタオルを置く。

 男は、三日前に傷だらけで倒れた姿で見つかった。

 見つかったばかりの男はやけどや切り傷、銃創らしき傷などが全身に刻まれていた。発見者は歌野だ。御柱結界の近くで見つけたと言っていた。

 この辺りに住んでいる人間ではないと言うのは服装ですぐわかった。

 まるで戦闘服のようなジャケットにやけに長い肩当てやショルダーと日本かすら怪しい服装なのだ。顔付きも日本人のそれではなく、水都の知る中の外国人のどれでもないように思えた。

 そして極めつけは

 

「あっ、尻尾……」

 

 男が寝返りをうつと共に毛布の中から現れた、床に垂れるようにして伸びた尻尾だ。

 細長く、茶の毛で覆われた猿の尻尾のように見えるそれは、男の背中から確かに生えているのを水都は確認していた。

 アクセサリーではないそれの感触はどんなものか、水都が好奇心に負けて触ってみた感想は、結構サラサラとして触り心地がよかった。

 目に入れると再び触りたくなるような、そんな触り心地。

 それはもう、今も息を飲んで手を伸ばす程に。

 

「……ちょ、ちょっとだけ」

「何してやがる」

 

 水都は跳ねた。

 

「お、起きたんですか!?」

 

 水都の見開いた瞳の先には、体を起こした男が居た。

 男は警戒しているのか、目を細めながら周囲を見回した。

 

「ここは……」

 

 呟くように言った言葉に水都はどう説明をしようかと考える。

 

「くそ、その後が……思い出せねぇ……」

「む、無理しないでください! い、いま濡れたタオル持ってくるので」

 

 頭を押さえて苦しみだした男を水都は焦りながらも、近くに置いてあった畳まれたタオルを変えたばかりの水に浸して、絞る。

 

「は、はいこれ。熱もまだありますから安静にしていてください」

 

 水都からタオルを渡された男は受け取りはしたものの、それを見つめた後、怪訝な顔で水都を見た。

 その視線に思わず水都はたじろぐ。それは感謝ではなく、あまりにも鋭く、そして恐ろしい視線だった。

 

「何のつもりだ」

「え?」

「俺を助けて、何が目的だって聞いてんだ」

「え、えっと……」

 

 水都はその言葉に一度考えこむ。そして、男の言葉を思い出す。

 その後が思い出せない。恐らくは、何故自分は小屋で寝かされているのか。誰かに治療を受けたのか。その後の記憶がないのだろう。

 元々傷だらけだったのだ。そう考えれば警戒するのも納得が行く。

 

「い、今は大変な状況なんですし、だから、えっと、助け合わないとですから……?」

「俺に聞いてんじゃねぇよ」

「あ、ご、ごめんなさい」

 

 緊張のあまり疑問形になってしまった水都は思わず顔を赤くした。

 そんな様子に男は大きくため息を吐いた。

 

「まぁ、いい。この星の名前を教えろ」

「え、星? え、えっと……ち、地球? です?」

 

 場所でもなく、土地でもなく、星と言われ再び疑問形で答えてしまう。しかし、地球という言葉を聞いた時、男は反射的に水都を見た。

 

「地球……?」

 

 考え込むように顎に手を当てた男の様子に何か間違った事を言ったかと水都は考える。

 

「あ、アース?」

「言語の問題じゃねぇ」

 

 そう言った時、水都は男の眉が段々とひそめられていくのを見た。

 男が耳元に手を当てるが、そこには何もない。

 その様子に眼鏡でもあったかと思ったが見つけた時、辺りにも眼鏡があったと言う話は聞いていなかった。しかし、男は左耳辺りだけを異様に確かめている。

 

「えっと、何かつけていたのでしたら、すみません。見つけた時はなくて……」

「なんだと? いや、何故俺はお前の言葉が分かる……くそ、また疑問が増えた……」

 

 男は再び頭を抱える。

 水都も困惑しっぱなしではあったのだが、今言った言語の事に関しては心当たりが一つだけあった。

 

「も、もしかすると土地神様のお陰かもしれないです」

「土地神だぁ? なんだそれは」

 

 男の言葉に水都は再び考え込む。土地神は土地神としか言いようがない。

 諏訪を護る神様と言って納得するかと言われれば、水都は違うだろうと確信していた。神様、と言って首を傾げた時点で水都はあの怪物の存在を知らない、もしくは覚えていないのだと分かったからだ。

 そうなれば真実をありのまま伝えるべきなのかとも考えてしまう。

 

「え、えっと……」

 

 とにかく大人の一人でも呼んでくるべきかとも思ったがその間、男を一人にしても良い物かと悩んでしまう。

 しかし、その時だった。けたたましい音が辺り全体に鳴り響いた。

 

「なんだ?」

 

 水都は反射的に外を見る。畑の周囲や、町の至る所にある警報機から鳴り響く音に、畑仕事をしていた者達は皆一斉に笑顔から険しい顔付きに変えていた。

 それは、襲撃の合図。

 

「バーテックスが来たんだ……行かなきゃ」

「おい待てっ!」

「あ、ごめんなさい。私行かなきゃいけなくて……ここで待っててください! 必ず戻るので!」

 

 そうまくし立てて部屋を飛び出した水都は、後ろで水都を呼び止める声を聞いたが、それを無視して小屋の外に出る。

 辺りを見渡せば、大人達が一点に集まっているのを見て、走る。

 恐らくそこに歌野は居る。

 

「白鳥歌野、征ってまいります!」

「待ってうたのん、私も行く!」

「みーちゃん! 良かった、話は向こうで!」

 

 水都が歌野に声を掛けると、歌野は一度手を振ってからそのまま駆け出して行ってしまった。

 警報が鳴るような緊急事態だから仕方がないのだが、水都はあまり体力がある訳ではない。それこそ、農作業をするような歌野と比べれば途方もなく、一瞬にして水都は歌野の姿を見失った。

 とは言え、向かう先は分かっているから足は止めない。

 諏訪大社上社本宮、歌野の勇者服と武器が収められている場所だ。

 

――――

 

 二〇十五年、七月末。それは大体、二年前の話だ。

 ある日から日本各地で地震、暴風、異常豪雨などの自然災害が頻発した。原因も分からない中、必死に耐える人類に追い打ちをかけるようにして現れた天敵、それがバーテックスがだった。

 バーテックスは空中を高速で動き回り人を襲う。銃やミサイルは通用せず、人類に出来る事は逃げる事のみだった。

 しかし、神は人を見捨てていなかった。そう、文字通りに。

 

「うたのん!」

 

 息も絶え絶えに走り続け、水都が本宮に辿り着く。

 親友の名前を呼びながらそこの神楽殿に入ると、まだ着替え途中の歌野が居た。

 

「みーちゃん、方向は!?」

「北西方向! 下社春宮だよ!」

「なるほど、懲りずに御柱結界を壊しに来てるのね」

 

 歌野は冷静に分析しながら、素早く着替えを進めていく。

 御柱結界、それは諏訪をバーテックスから護る神が作りだした結界だ。諏訪大社は四社、上社本宮、上社前宮、下社春宮、下社秋宮で分かれており現在、境内にある巨大な柱とはまた別に、大量の巨大な柱が立っている。それはバーテックスが襲来したと同時に、四社全てで生み出されたと同時に巨大な結界を生み出した。

 つまりはその柱、御柱が結界を生成、維持しており、結界内に居る人間はその柱をバーテックスに壊されぬように戦う必要があった。

 

「うたのん、大丈夫?」

「ん、大丈夫って?」

「うたのんはさっきまで農作業してて……距離も遠いし……」

 

 否、人間と言う大きな括りではなく更に狭い。

 勇者。つまり、十四歳のまだ幼い少女、白鳥歌野が戦う必要があるのだ。

 水都の不安そうな声に、歌野は気の抜けたような表情をした。

 

「ノープロブレムよみーちゃん。農作業で鍛え上げた私の足なら大丈夫!」

 

 着替え終わった歌野はそう言って、胸を叩いて見せる。歌野の勇者服は、黄色と白で構成されていた。儀式の際に使われるような衣装で、髪飾りなど装飾があるが、それでも基本は動きやすさに重きを置いたような服装だった。

 着替える意味はしっかりある。試してはないが恐らく銃弾などは貫通する事はないし、大きな爆発の中でも守ってくれる。何といっても、その勇者服には神の霊的な力が込められていた。

 神に勇者として選ばれた歌野にしか扱えない、霊的な力が。

 

「よし!」

 

 歌野は自身の武器である鞭を手に取る。

 諏訪を治める武神の使った藤蔓の力が宿った鞭。自在にうねり、しなやかな動きをしながらも、その威力は鉄を砕く。今までも、大量のバーテックスを屠った頼りになる武器だ。

 当初水都は剣とかであればと思ったものだが、この諏訪に伝わる神話と実績を見てからは考えを改めた。

 そして、準備を終えた歌野は外へと駆け出す。

 

「さて、ショーの始まりよ!」

 

 そう言って、歌野は飛んで行ってしまう。

 勇者の加護を受けた人間は何倍にも身体能力が上がる。当然、水都の足なんかよりも速く、すぐに姿は見えなくなってしまった。

 

「行っちゃった……」

 

 それを見送った水都はそう呟く。

 歌野に追いつける事は決して出来ない。そして、追いついたところで出来る事はない。

 ここから下社春宮までの距離は相当だ。水都の足であれば三十分以上は掛かってしまう。大人しく待って置くべきと言うのは水都自身も分かっていた。

 走る理由は歌野を一番に労う為だとか、色々な理由はある。しかし、一番は

 

「何か、嫌な予感がする……」

 

 ただの勘であった。

 しかし、水都もまた歌野と同様に神に巫女として選ばれた人間だった。神からの言葉、言語としてあらわされる事はないが、そういう神託を受け取れる特別な存在であり、故にその予感をただの気のせいと片付け切れない。

 だからこそ、水都は走り出した。

 無事を祈りながら。

 

――――

 

「ありがとうございました!」

 

 偶然に出会ったトラックの運転手に頭を下げてから水都は走り出す。

 大幅な短縮が出来たのは僥倖だった。とは言え、水都が辿り着いて何かが出来るかと言われればそうでもないのだが。

 そして結界の外、バーテックスが押し寄せて居る筈の戦場に水都が辿り着いた時、バーテックスの数はまだ多くを残していた。

 歌野はかなり後手に回っているようで、御柱を護るので精一杯のように見えた。 

 

「うたのん!」

 

 思わず水都は叫ぶ。しかしその声に答える程の余裕は歌野にはなく、一度顔を向けた後、笑顔を見せて再びバーテックスへと向き直った。

 単体の力はどれも歌野を超える訳ではなく、その数は確かに減りつつある。しかし問題はそのペースだ。

 歌野の武器である鞭は、長いリーチ故に集団戦は得意であるものの、それでも限界と言う物はある。御柱に限りなく近い所でギリギリの戦いをしているせいか、気を回さなくてはいけない所が増えている。

 自分と御柱、天秤にかける時間すら与えられていないようなのだ。

 

「土地神様……!」

 

 しかし、それを見ている水都に出来る事は祈る事ぐらいだ。結界の外に一度離れてから水都は両手を合わせ、諏訪を護る土地神に歌野の守護を願う事しか出来ない。

 歌野に勇者の力を与え、諏訪を護る結界を張った土地神に。故に、歌野はこれ以上守られる事はない。

 守れない。

 

「がはっ」

 

 少し奥、結界の外で土埃が上がった。そしてその中心で倒れた人物を歌野だと、水都は一瞬認識する事が出来なかった。

 ふらふらと立ち上がった歌野の全身は、赤黒く汚れていた。顔をあげれば歌野を見下ろす複数のバーテックスが居る。

 人の何倍も大きく、そして酷く気色の悪い見た。白く柔らかい体と対照的に、人のように生えそろった歯のある巨大な口だけがついている、まさに怪物と呼ぶにふさわしい姿。

 そして歌野を潰す、あるいは喰らわんと動き出したのが見えた。

 

「うたのんっ!」

 

 水都は思わず、走り出す。結界の外、勇者の力を持たない水都が出来る事はないと知りながら、それでも親友の危機を救う為、思わず走り出した。

 そして、痛みに顔を歪めて歌野に体当たりしながら自分もその方向へ、大きく転がった。

 

「なっ、みーちゃん!? なんで」

 

 歌野の言葉が遮られるようにして、歌野の居た位置で大きく土煙が上がった。

 すぐ理由に気付いたのか、歌野は驚きの顔をすぐに戻して土煙を睨みつけた。

 

「うたのん! もう、無理だよ!」

 

 水都は歌野の後ろで叫ぶ。

 歌野の体は限界だと言うのは明らかだった。今も、水都が歌野の動かさなければどうなっていたか、想像もしたくない。

 故に、逃げようと。そう言おうとして、歌野の顔を改めてみる。

 しかしその顔は困惑よりも強い、驚きに満ちていた。

 

「……え?」

 

 思わず振り向く。そこには煙が晴れ、襲ってくるであろうバーテックスが居る筈だった。

 しかし、そこにはなにも居なかった。衝撃が起こった証拠と言える地面のへこみだけがそこにはあった。

 辺りを見渡しても、バーテックスの姿が見当たらない。空には見つかるが、襲ってくる様子が見えず、それどころか一瞬引いてすら居るように見えたのだ。

 

「おい」

 

 ふと、後ろから声を掛けられた。

 振り向いた時、そこに居たのは小屋で寝ている筈の男だった。

 辺りを見渡した時には居なかったのに、いつの間にか現れた男はただ水都と歌野を見下ろしたまま

 

「邪魔だ」

 

 とだけ言った。

 水都は、その言葉に返事を返せなかった。衝撃の大きさに、ただ男を見つめるだけだった。

 そもそも気になるのはその恰好だ。小屋には男が元々着ていた服、というよりは防具のようなものだったが、それはかなりボロボロで借りてきたコートなどを置いていたのだ。

 しかし男は下にはタンクトップを着ているが、その上から肩当てなどボロボロなままにつけているのだ。

 そして、一番目立つのは赤のバンダナ。かなり汚れてしまっているというのに、それでもつけていた。

 つまりは、戦いをしに来ているように思えたのだ。

 

「な、下がって! 貴方が戦える相手じゃ」

「チッ」

 

 歌野の言葉に男が舌打ちをしたのを水都は聞いた。

 そして、同時に男が視界から消えるのを見た。

 

「えっ――」

 

 水都が漏らした言葉よりも先に、地面に何かがぶつかった。衝撃と舞う土に思わず手で顔を覆う。

 何が起こったのかと、煙が上がる中何とか目を開く。

 それは、バーテックスだった。

 

「え、な、なんで」

 

 逃げなくては、という思考に至るが、咄嗟の判断に体はついていかず、動けたのは後ずさり気味にでた、たった一歩だった。

 

「これじゃリハビリにもなりやしねぇ」

 

 男の声で気付く。男はバーテックスを足蹴にしていた。体格差を物ともしないようで、バーテックスは一切の身動きが取れていないようだった。

 そして、再び水都達に気付くと、男は歌野を見て目を細めた。

 

「ああ、てめぇだな。妙な術を使ってこいつらを消していたのは」

「え?」

「癪だが、俺がどれだけ殴っても傷の一つもつかねぇ。お前が消せ」

 

 そう言うと、男は足蹴にしていたバーテックスは大きく踏み潰すと、大きく飛び上がった。

 そして、空中で静止した。

 

「えっ……」

 

 そのまま、男はバーテックスへと向かっていく。それに立ち向かうように複数のバーテックスが男にその巨体で体当たりをしにいく。

 

「くたばれぇ!」

 

 しかし、男はそんなバーテックスへと、右手から生み出した青の光球が投げつけた。

 それは一瞬にしてバーテックスとぶつかると、光球は弾け、大きく爆発した。

 四方に大きく吹き飛ぶバーテックスだったが、そのどれもが行動不能になる事なく、今度は空中で踏みとどまってから、あるのか分からない目で男を捉えていた。

 

「す、凄い……」

「アンビリーバボー。空を浮くなんて、どんなトリックかしら。……それともマジック?」

「う、うたのん。大丈夫?」

「ええ。何だかよく分からないけれど、援軍が来たなら心強い事だわ。みーちゃんは隠れてて」

 

 理解の上をいく現状に呆気に取られるばかりの水都の隣で、歌野は武器を構えた。

 流れる血を一度拭ってから、歌野は水都に手を差し伸べて立たせる。

 

「わ、分かった!」

 

 水都が走って結界の中へと戻る。

 外からは上手く歌野やあの男の戦いは見えなかった。しかし、最初と比べて鳴り響く轟音の数は大きく増した。

 そうしてしばらくすれば、音の数は減っていく。そして、二人の姿が見えた。

 男は襲い掛かってきていた二体のバーテックス殴りつけるようにして、地面へと叩き落した。

 

「オーケー! 後は私がやるわ!」

 

 地面へと叩き付けられたバーテックスは効いた様子がないようで、すぐに起き上がると今度はすぐ近くに居た歌野へと向かい襲いにかかる。しかし、一体目は鞭の一閃によって打ち砕かれる。

 それと、同時に二体目がその真横、鞭が振られた方向から突進してきていた。振り切られた鞭はバーテックスを倒す程の威力まで引き上げる事は難しい、再回転も間に合うかどうか。

 ならばこそ、歌野は地面を蹴ると身を捻って空中で回転を始めた。

 

「これで、フィニッシュよ!」

 

 横が駄目ならば縦に。跳躍により、体当たりを回避されたバーテックスの背面へと回転による鞭の連打が浴びせられた。三撃目の時点でバーテックスは浮力を失い、光となっていた。

 その様子を見て、水都は安堵の息を吐いた。やはり歌野は強いと。

 

「みーちゃん、終わったわ!」

 

 そして歌野はそう叫んで水都に手を振った。

 その言葉に水都は笑みを浮かべて歌野の元へと駆け寄る。

 

「うたのん大丈夫!? 傷とか」

「ええ、ちょっと痛むけど土地神様の加護があるから、すぐ治るわ」

 

 歌野の言葉に安堵の息を吐いた後、水都は今度は男の方へ向く。

 少し離れた所で辺りを見渡すようにしていた男の元へ、水都と歌野は駆け寄る。

 

「あの、ありがとうござい」

 

 そこまで言い掛けて、男が突き出した手によって制された。

 

「勘違いすんな。俺はお前らと慣れ合いに来た訳じゃねぇ」

「……えっと、それならせめて名前くらいはプリーズ?」

「なんだその良く分からねぇ言葉は」

「自己紹介よ。私は白鳥歌野、勇者してるわ。そしてこっちがみーちゃん!」

「ふ、藤森水都です……」

 

 マイペースに自己紹介を始めた歌野と、促されるように頭を下げた水都を見つめながら男は大きくため息を吐いた。

 

「聞いちゃいねぇよ」

「でも呼び名がないと困るわ」

「別にいらねぇよ」

「そうはいかないわ!」

 

 男の言葉を無視するようにして顎に手を当てた歌野は考え込み始めた。

 そして、手を叩く。

 

「そうね……ツンツン頭だし、ドリアンさんなんてどうかしら!」

「う、うたのん幾らなんでもそれは」

 

 水都は恐る恐る男の方を見る。

 男の反応は、強く歯を食いしばっているかのような鬼の形相だった。しかし頭を振った男は顔を背けてから、

 

「……バーダック」

 

 そう名乗った。

 

「それが俺の名だ。だからドリアンはやめろ」

 

 男が名乗ると歌野はにっこりと笑みを浮かべた。

 それは歌野の作戦だったのか、あるいは素なのか。どちらにせよ、結局名乗った事には違いない。

 水都は本当に嫌だったんだな、と苦笑いをしていた。が、途中で違和感に気付く。

 バーダック。何処かで聞き覚えがある。

 

「あら、そんなに嫌だったの?」

 

 歌野はそう言って、首を傾げていた。

 

「でもバーダックって……? あれ?」

 

 歌野が何かを言い掛けて段々視線を下に下げながらバーダックね、バーダック……と小声で名前を繰り返し始めた。

 歌野も気付いたのを察して水都は咄嗟に話をバーダックに振る。

 

「あ、バーダックさん! そう言えば空を飛んでましたよね!」

「あぁ? そうだったらなんだ」

「そうバーダックよ!」

「……なんだ?」

 

 しかし水都の行動は意味をなさず、歌野は大きな声と共に顔をあげた。

 そして、笑顔でバーダックの正面へと回り込んだ。

 

「オーマイゴッド! これはもしかしなくても、ディスティニーよ!」

「う、うたのん……」

「おい何の話だ」

 

 バーダックはついていけていない様子で、水都に説明を求めるような視線を向けた。しかし、水都は頭を抱えているだけで、応える事は出来なかった。

 

「バーダック、英語のそれを日本語に直せば、ごぼうになるの。そして私は直前まで種まきをしていて、着替える前は丁度ごぼうの種を持っていたの!」

「おい、話が見えねぇぞ」

 

 言葉の意図が分からないとバーダックは目を細め、水都は首を傾げる。

 そんな二人の様子を見てから、歌野はバーダックへ手を伸ばす。

 

「私と一緒に、ごぼうを育ててみないかしら!」

 

 その言葉に、バーダックはただ呆気に取られていた。

 そして、小さくため息を吐くと、

 

「誰がやるかよ」

 

 そう言って、背中を見せた。

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