須美は目を覚まして、すぐに意識を失っていた事に気付いた。
バーテックスの姿がすぐ近くに見える。
浸食が、広がっている。
状況がまだはっきりとしていないが、どうやら良くはなっていないというのだけは分かった。
「どうしたら……」
須美は考える。
対処を。
勝利への道筋を。
須美の矢は直線的で軌道がバレやすい。一撃必殺どころか、威力としてはあまりにも低いのは先の攻撃で証明されてしまった。
あるとすれば、速度と正確性。チャージして、となれば変わるだろうが一発は確実に当てられる自信がある。
それ以降はきっと届かない。
銀の斧は未知数ではあるが最も有効打に成り得る力を持っているだろう。
しかし未だにその刃は一度たりとも届いていない。
機動力に難がある。二つの斧は目立つ。奇襲すら出来るかどうか。
園子は未知な部分が多すぎる。
槍なのか? 盾なのか? 何をメインにして、どう戦って、どう連携を取れるのかが分からない。
一番の問題は、孫悟飯だ。
彼の機動力は目を見張る物がある。空中浮遊に高速移動。
攻撃では遠、中距離をメインにしていたが。あの速度に任せた近距離戦闘も恐らく可能だ。
致命的なのは、それら全てが有効打に成りえない事。
波動砲は驚いた。見た目の威力、衝撃こそ須美の比じゃなかったの確かだった。
しかしバーテックスは傷一つついていなかった。須美の攻撃でもダメージは通ったのに、だ。
原因は分からないがそれが事実。
つまるところ、個々の力で戦うには四人はあまりにも弱い。
とても勝てるとは思えない現状。
どうすればいいのだろう。
そもそも他の皆は何処へ?
「あぶないっ!」
突然押し倒された須美は、目の前を水弾が飛び去って行くのを見た。
驚きに動きを止めていると視界の下から銀の顔が現れた。
「大丈夫か!?」
そこでやっと理解する。助けられたらしい。
「動いてないとあぶな――」
銀が顔に水弾を受け、吹き飛ばされていってしまった。
「三ノ輪さんっ!」
須美が慌てて駆け寄ると、顔に水がまとわりついていた。
脳裏をよぎったのは水攻め。溺れる。窒息死。
血の気が引いたのが嫌でも分かった。
「は、剝がさないと……」
「もがっ、んんっ!」
息が出来ずもがく銀を助けようと、須美は水を掴む。
掴めた事実にも驚くがその水は弾力があるせいか、どうにも剥がれない。
「ミノさん!」
後ろから聞こえた声に振り向くと園子が居た。
園子も傷をいくつか抱えている。なんとか手当てをしないとと考えるが、すぐに考え直す。
今一番危ないのは銀だ。
纏わりつく水が決して離れない最悪の状態だ。須美の焦りは段々と高まっていく。
まずい。
まずいが、どうする?
私に、何が出来る?
「はっ!」
須美は最初、何が起こっているのか分からなかった。
だが銀が喉を鳴らしていて、それに合わせ水が小さくなり始めたのに気付いて察する。
飲んでいる。バーテックスの生み出した水を。
しかも、ペースがかなり早い。目に見える程の速度で銀を包む水が消えていく。
そして、完全に飲み切ってしまった。
「え、えぇ……」
「えっと、ミノさん、大丈夫?」
いつの間にか、園子も近くに来ていた。
ぷはーっと久しぶりの呼吸をしながら、銀が口元を拭った。
「神の力を得た勇者にとって、水を飲み干す事など造作もないのだ!」
握りこぶしを作り、笑顔でそう語った銀だったが、すぐに口を押え「気持ち悪い」と涙目になった。
言わんこっちゃないとは思いつつ、窮地を脱したのも事実で須美はあまり怒れない。
「ミノさん凄い! お味は?」
「最初はサイダーで、途中でウーロン茶に変化した……」
「まずそー……」
そうなんだ、と思うが我に返るとする。
そんな事よりバーテックスだ。そして、悟飯が居ない。
最後の記憶では悟飯が波動砲を撃って、効かなかった事に狼狽えていた場面。まさか効かないとは須美も思っていなかったからはっきり覚えている。
「その、孫さんは……?」
「そうだ! 悟飯さんがっ!」
銀が思い出したようにバーテックスを睨む。何があったのか。
その問いに答える様に、叫び声が聞こえた。
「うおおぉぉぉぉぉぉ!」
小さく、鈍い音が響いていた。
音のした方向を見ると、そこでは悟飯がバーテックスに立ち向かっていた。しかも、その姿は金髪の怒髪天ではなく、黒髪の姿だ。
だというのに彼は空中を浮遊し、バーテックスの攻撃を避けながらなんとか進行を食い止めている。
「悟飯さんが、バーテックスの攻撃受けて、変身が解けて……」
「えっ、変身が解けても戦えるの……?」
須美の疑問は最もだった。
銀も確かに、と呟いたが現に戦えてるから何も言えない。
それと同時に、バーテックスから波動砲が放たれたのを見た。悟飯に向けて放たれたそれは、速度的に悟飯に当たりそうではなかった。
しかし、悟飯はそれを両手で受けた。
「ぐっ、ぐうううう、はぁぁぁぁぁっ!」
そしてそれを防ぎきって見せた。
「なっ……」
園子が耐えるだけで精一杯だった筈なのに、悟飯はそれを一人で、しかも生身で防ぎぎってしまった。
が、流石に無理をしていたのか両の手を力なくぶら下げていた。
何故受け止めたのかと声に出しかけて気付く。、悟飯の後ろには大橋の一部があった。
樹海のダメージは現実へと還元される。浸食よるものでも、勇者によるものでもそれは変わらない。
「まさか、ずっとあんな戦い方を……」
「とにかくっ! 悟飯さんが攻撃を全部防いでくれたお陰で、あたしが気付かれずにこれたんだ」
「しっかり、三人で集まれたのは良かったね」
確かに体制を立て直す必要があった。
しかし、悠長にもしていられない。あんなボロボロの体で、ダメージを負うだけの戦いを続けている悟飯はいつまで持つか。
「っ、援護しなきゃ!」
「あたしも! もう一度根性で」
「まって! 鷲尾さん、ミノさん!」
園子に肩を掴まれ、須美が振り返る。
銀も園子の言葉に足を止めていた。
「うおおおおおおおっ!」
三人が黙ると悟飯の叫び声が響いた。
未だ変わらず、バーテックスは傷一つついていない。それでも多少は押し返したり出来ているお陰で、まだ大橋の出口には遠い。
「ゴッくんが無策で戦っているとは思えないんだ」
「つまり、何か目的がある……?」
「うーん、ちょっと違う……時間稼ぎかな?」
園子の言葉に須美は改めて悟飯を見る。
水弾を迎撃しながら、ダメージがないにも関わらず攻撃を続けている。
それは確かに時間稼ぎのようにも見えた。
「なら、孫さんは何の時間を」
「わたし達がバーテックスを倒すまで、とか」
悟飯の攻撃が通らない以上、勇者である須美達三人に託すしかない。
「つまり、わたし達に賭けてくれているんじゃないかな」
園子の言葉に、改めて悟飯の姿を見る。
悟飯が動く度、血が飛び散って痛々しい。
今にも死んでしまうんじゃないかと思えて仕方がない。
そんな状態になりながら、自分達を信じてくれている。そう考えると、弓を握る手に自然と力が籠った。
「それでねわたし、ぴっかーんと閃いたんよ~!」
――
作戦開始の合図は、須美の一矢からだ。
「よし……」
バーテックスに矢が刺さると爆発を起こす。
須美はそれを見て安心する。私の攻撃は通ると。
爆発で欠けた体はすぐに治ってしまう。しかし、注意は悟飯からこちらに向いた。
想定通り、バーテックスは、須美達に向けて水弾を飛ばしてきた。
「よし、こっち向いたよ~」
「皆っ!」
悟飯も須美達に気付く。
作戦の概要はこうだ。
まず、園子の作った盾で守りながら近づく。
奇襲はしない。作戦には悟飯の力は必要だ。足止めだけさせる訳にはいかなかった。
「展開!」
突き出された槍は、刃の部分を骨として傘のような盾へと変化させた。
それはただ開いただけに終わらない。更に柄から離れ、更に大きく広がった。展開に時間を掛けたからか盾の部分が広がった事で、三人分丁度守り切れている。
バーテックスの水弾はなんなく防ぐ。
少しでも軌道が危なそうな物は須美が落とす。
「僕も落とします!」
園子の負担を下げる役目を、説明していない悟飯に要求するのは多少賭けではあったが確かに水弾を落としてくれていた。
急ごしらえの作戦にしてはなんとか上手くいっている。
「よし、このまま前進!」
園子を先頭に三人が走り出す。
銀が悔しそうに斧を握り直した音が聞こえた。
「頼んだぞ、みんな……!」
バーテックスも馬鹿ではない。
水弾が意味をなさないと分かるやいなや、波動砲へと攻撃を変えてきた。しかし、それも園子の盾は防ぐ。
だが、前進が中断される。
まだ想定内。
「行くよーっ! おーえす!」
絶え間なく、波動砲が襲い続けている。
しかし、今度は三人で支えている。故に、園子の掛け声と共に歩く程度だがゆっくりと、前進し始めていた。
問題は波動砲を防ぐのに精一杯で周囲の状況を確認出来ない事。
防いだ波動砲がカーテンのようになっていたのだ。
これでは自分達は何処まで進んでいるのか分からない。
が、まだ想定内だ。
「おーえす! おーえす!」
園子の掛け声に合わせて前に進んでゆく。
三人で支えているのにも関わらず、手が痺れてきた。
震え続ける槍を抑え続けるだけでも精一杯で、歩くと更に余裕が無くなる。
「ほら鷲尾さんも! おーえす!」
「おーえす!」
「……おーえす!」
歩幅が段々と合い始める。着実に速度が増していた。
一瞬だけ水弾が見えたが、それは光球に落とされていた。
「おーえす!」
「っ! おーえす!」
小さかった掛け声だが、吹っ切れたように全員が叫ぶようになり始めていた。
距離は縮まっている。
「「「おーえす! おーえす!」」」
近づいていく程に威力が上がっている。
進んでいる実感はある。
憶測になるが、一歩一歩進んで後何歩で終わりかと数えている。
ただ、もしも、わかってくれるのならば、
「かめはめ」
十分に近づいた事を知らせる観測者が必要だった。
それを説明していない悟飯に求めたのも賭けだった。
悟飯がもし、須美達を信じて賭けてくれているのであれば、私達も信じてみようと。
そうでなくても、近づければいいという目的ではあった。
しかし理解してくれた。
「波ああぁぁぁぁぁぁっ!」
天を貫く青の柱が上がる。
それは悟飯のかめはめ波が下から完全にバーテックスの波動砲を止めたのだと理解するまで一秒もいらなかった。
全員の思考が一つに纏まった確信があった。
そして、全力をもって飛び上がる。
「「「突撃ぃぃぃ!」」」
十数メートルもある上空へ飛び上がった三人はそれぞれ武器を構える。
須美は水弾を撃ち落とし、道を作る。
園子は盾から槍へと持ち替えて構える。
銀は、大きく息を吸って、これからの用意をする。
「ゴッくん!! ミノさんを、投げて!」
「っ、分かった!」
悟飯は園子の指示に疑問を飲み込み、銀の手を握った。
須美が複数の矢を生み出し、邪魔する泡を撃ち落とす。落下しながらは狙いにくいが、やるしかない。
そして、槍が投げられる。
突き刺さった槍は目印だ。
「着地はボクに任せろっ! いけーっ!」
「いって! 三ノ輪さんっ!」
「ミノさん、いけーっ!」
悟飯は銀をバーテックスへ向けて投げ飛ばした。
悟飯の全力。傷ついた体だがそれでもその速度は想像よりもずっと速い。
不安になるのは、それに銀がついていけるかどうかだが。
「おおおおおおおっ!」
叫びながら銀が振った斧は、勇者の力か、熱を持ち炎を纏い、バーテックスの水晶を切り裂いた。
須美はやった、と声にしかけるが、まだ一部。
つまりは、
「「「「次っ!」」」」
着地地点には既に悟飯が待っていた。
恐ろしい程の速さ。それだけは間違いがない彼が、銀の機動力を補助すれば絶対に勝てる。
そんな単純なそれが、園子の作戦だった。
そしてそれは間違いなく、事実だったと見せつけられている。
銀の手を取り、悟飯を軸にした無理矢理な方向転換。
下から上へ。上から下へ。
右から。左から。
四方八方から襲う神速の猛攻。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」
ただガラスが砕かれるような音が響く。
響く。響く。響く。
「これでっ、最後だぁぁぁぁ!」
持ち得る膂力を、襲い来る限界を、それでも振り絞った銀の一撃はバーテックスの中心を破壊した。
「ミノさんっ!」
地面に落ちた衝撃に顔を歪ませた園子が立ち上がり、銀を探していた。
動きが速すぎて、殆ど目視出来ていなかった。
音が止んだ時、銀が何処にいるか須美は見つけられなかった。
「どうだぁぁぁ!」
響き渡った勝鬨の声で、須美はようやく銀を見つけた。
悟飯に抱かれて左腕だけ、震わせながらも天に突き出している。
そこでやっと確信した。
ああ、私達は勝利したのだと。