銀を下ろした悟飯を見た時、須美は絶句した。
彼の傷は尋常な物ではなかった。至る所に傷が見つかる。そしてそこから血が流れている。一番は破けた制服の間から見える両手両足の痣だ。
大橋を守り続けた体はあまりにも、痛々しいと思った。
「皆さん、無事でよかった……」
「ご、悟飯さんが無事じゃないですよ!」
駆け寄った須美と園子を見た時、悟飯は安堵したように笑みを浮かべた。しかし、隣の銀はかなり大慌てで悟飯をどうしていいのか迷って居る。
大分疲労したようで息も荒く、膝をついて立っていられてすらいない。
それもそうだ。変身がまず解けているのに攻撃を受けて、あろう事か銀の攻撃を最後まで支え続けたのだ。
「孫さんっ! 大丈夫ですか!? 変身も解けてしまって……」
「確かに、勇者の力がないのに大丈夫なんですかっ!」
駆け寄った須美が悟飯を支えようとして、手で制された。
「えっと、ボクは……慣れていますから」
「慣れてるって……血がっ」
「ほら立って歩け……あいてて」
立ち上がり、その場で足踏みをしてみせた悟飯だったがすぐに痛みによって中断された。ただ、その反応の軽さから重傷という訳ではないようにも思えたのも確かだ。
だからと言って、安心できるものではないが。
「それよりも、バーテックスです。あいつは……」
「そ、それなら……鎮火の儀が」
須美が指をさした先には、銀が切り裂いたバーテックスの残骸が浮いていた。
もう攻撃はしてこない。前進もしないのを見るに完全に機能は停止している。
そして、それを包むように花びらが舞っていた。
「あれが……鎮火の儀ですか……?」
「はい。バーテックスを樹海から追い出す儀」
そう、追い出すのだ。
バーテックスは修復機能のある不死身に近い怪物だった。近いというだけで完全な消滅は出来なくないが、少なくとも須美達のお役目はそれでよかった。
消滅が望めないのは事前にも伝えられていた事で、倒し、神授様の鎮火の儀によって追い出す。それが元々須美達が聞いていた話だ。
お役目が始まる前は消滅させてみせると意気込んでいたが、傲慢だったと思う。
「とにかくゴッくん、大活躍だったねー」
「確かに! バーテックスの進行を滅茶苦茶止めてくれてましたよね!」
「そ、そうかな……」
興奮気味に二人が話すが、当の悟飯はあまり浮かない顔をしていた。
須美も、一番勝利に貢献したのは間違いなく悟飯だとは思っていた。三人が立て直す時間を稼いだ事、園子の作戦を完全に理解しきった事など、あげて見れば凄まじい活躍だ。
「それにっ、わたしの作戦全部分かってくれて嬉しかったよ~」
「とにかく、皆に賭けるしかないって思って……」
「信じてくれたんだ~。嬉しいな~」
園子がしゃがみこみ、悟飯を見つめる。ニコニコと笑みを浮かべて、純粋な好意を伝えてくる園子に悟飯は恥ずかしそうに目を逸らした。
しかし、悟飯は目を逸らしたまま、ただと続けた。
「ボクの攻撃が効いてなかったですし、それのせいで皆が危ない目に」
悟飯の言葉に全員が首を傾げた。
元を辿れば悟飯の存在は予定外の事だ。悟飯を守って戦うならいざ知らず、一緒に戦っただけでも十分なのだ。
更に言えば攻撃が通用しない、押し止めるだけしか出来ないのにも拘らず、あんなに戦えているのは、十分どころか問題だ。
「そんな事ないって! あれは先走ったあたしが悪かったし」
「わたしも、守ってもらってとっても頼もしかったよ~」
二人が悟飯の言葉を否定すると同時に、反省会が始まった。全員があれが悪い、これが悪いと言い合っていく。しかし、そのどれもが自分の失態だ。
しかし、それを具体的にどう改善するかは誰も何も思いつかないようで、失態をあげているばかりになっている。
「それならあたしも……いや、今回は勝ったし、やったーで終わらせないか? これずっと続きそうだ」
「……そうですね。ならえっと」
「嬉しいならばんざーい、だよ~」
園子の言葉に銀と悟飯が顔を見合わせた。それと同時に笑う。
「あれ、わたし変な事言ったかな!?」
「いえ、乃木さんの言う事は正しいわ」
「じゃあほら、せーのっ!」
「「「「ばんざーい!」」」」
――
「孫君は無事よ。明日は問題なく学校に登校できるわ」
担任の言葉に、三人は顔を見合わせて喜んだ。
お役目が終わった時、須美達はすぐに気付いたらしい大赦の人間に連れられて、学校の保健室にいた。それもただの保健室ではなく、勇者の治療が出来る特別な保健室だ。
一番始めに保健室の中へと入った悟飯が三人の診察が終わっても出てこなかった時は不安だったが、大丈夫だと聞いて一気に肩の力が抜けた。
バーテックスの水を飲んだ銀の検査が先に終わった時は血の気が引いたが、同時に命に別状はないと伝えられて安堵したりと、感情が下がって上がって、心臓の音が耳に届き始めていた。
「それにしても、よくやってくれました」
担任の声が優しくなった。
「神託の時期がずれて、合同訓練が間に合わなかったでしょう。そんな中でも四人で力を合わせてお役目を果たしてくれたことは、素晴らしい事だわ」
そう誉め言葉を貰うと途端に嬉しくなる。しかし、須美はすぐに表情を硬くした。
それは、悟飯の事だ。そして、銀や園子が危険な目に合い続けていた事。
慢心もそうだ。結局、勝利の為に須美からした事は何一つもなかった。
「今日の所は家に帰って休むように」
その言葉に顔をあげる。今日は終わり。
須美はまだ、話したい事があった。樹海での反省会の続きしかり、もっと次に備えた何かを今からでもと言いたかった。
「よし、帰ろ帰ろ~! さようならー」
「あたしもっ、さようならー! 早く帰ってお風呂入りたいー」
しかし、園子と銀は担任の言葉にわいわいと話しながら帰って行ってしまう背中を、須美はただ見つめるしか出来なかった。
お役目で一緒である事。それ以外に須美には彼女達との接点がほぼなかった。同じ組の級友であるとはいっても、朝の挨拶程度。時折遅刻する銀やマイペースに眠る園子に小言を言う事もあるが、雑談に関しては全くなかった。
「どうしました、鷲尾さん?」
「あ、いえ何でもありません! さようなら!」
須美が家に帰った時、両親は凄く驚いた。普段真面目な須美が体中に傷を抱えて帰れば、当然驚く。しかし、お役目を果たした事を話すと、両親はこれ以上ない位に褒めてくれた。
家に居る使用人達もまるで自分のことのように喜んでくれて、「今日は御馳走を作ってあげるわ」と母が台所へと入って行ってしまった。
台所へ行く前に、もちろん和食のね、と言った。須美にそれはとってかなり楽しみだった。
「私、お清めをしてからお風呂に入りますね」
父に断りを入れてから、外に出る。それと同時に須美は、笑顔を見せていた表情を曇らせる。
両親が褒めてくれた、それ自体は嬉しい。彼らの胸に抱かれるのは嫌いじゃない。しかし同時に、悔しくもあった。
胸を張って、お役目を果たしてきたとは言えない結果だったからだ。
「くっ……」
庭裏にある井戸で、冷水を浴びる。洋風の家の裏とはいえ、和のテイストで作られた井戸は須美の要望だった。
そこで体を清め、心身ともに引き締めるのは須美の日課だった。
今日はそれ以上に、振り返りがしたかった。
「辛勝だった……」
呟きは思考となって広がる。
バーテックスを侮っていた。自分が何処まで動けるかも理解していなかったが、それ以上に連携の取れていなさだ。
最初に銀が飛び出したのもそう。悟飯と一緒に攻撃する事を怠った。園子と敵についての打開策を話し合う事も出来なかった。
「悔しいっ……」
水を被る。
冷たさに慣れ始めているのに気付いた。どうやらもうずっとここに居たらしい。
須美は立ち上がり、呟く。
「連携……」
銀、園子、悟飯の三人と連携を深めなくてはならない。つまりそれは、彼女達と仲を深めると言う事。
しかし、須美はそれがとても難しい事のように思えて仕方がなかった。
須美は真面目だった。それは自分の美点であるつもりだが、同時に他人にまでそれを求めてしまう癖があり、そういう欠点であるとも自覚していた。
級友達はそれなりに仲良くしてくれるが、あまり良くない感情を向けられる事もない訳じゃない。それこそ、園子に関しては席が隣であり、彼女に小言を言ってしまう事は少なくない。
銀も銀で、遅刻の常習犯で忘れ物も日常茶飯事になりつつある。
須美だって言いたい訳じゃないのだが、小言を言いたくなるような事ばかりする園子と銀が、苦手だった。それが、同じ特別なお役目を果たす仲間であるから尚更。
ただ、それは二人も同じじゃないか。それこそ悟飯も、二人のように自由奔放だったりして、同じように苦手になってしまったらと思うと不安になる。そんな自分が、仲良くなれるのか。不安だった。
自分が苦手としているのに、更に相手にも苦手に思われていたらどうしよう、と。
……また水を被った。
どうも思考が纏まらない。
「須美?」
名前を呼ばれて、振り返る。そこには父が居た。お清めから戻ってこない須美を心配したのだろう彼は、タオルを片手に持っている。
「大丈夫か? 随分と長くいたようだが……」
「いえ、大丈夫です。今戻ります」
須美は笑顔を作って答えた。
お清めを終えて、父親からタオルを借りた。
それから湯舟に浸かり、居間へと戻る。
するとそこには豪華な料理が置かれていた。恐らく主役であろう中央に置かれているのはなんと鯛の活造りだ。
「わぁ……」
思わず声を漏らす。こんな短時間で、とも思ったが須美が家に帰ってもう三時間は過ぎていた。
しかし、どこのどれを見ても和食で嬉しくなる。
須美の両親は朝は洋食派だった。しかし、須美にはそれが許せず、毎朝の料理を自主的にし、和食を作り続けていたのだが、遂にそれが実を結んだのだ。
朝以外も和食を意識するようになって比率があがればと考えていたが、自分のやってきた事は無駄ではなかったようだ。
そんな須美の笑顔を見て、両親達も笑みを浮かべる。
「いつもは須美が作ってくれるからね。張り切っちゃった」
そう言って腕を持って、見せつけてくる母に思わず笑ってしまう。
そしてそれと同時に、一つ思いついた事があった。
「あっ、これだわっ!」
須美の言葉に両親が首を傾げた。