「昨日お話した通り、四人には、大切なお役目があります。だから、昨日のように突然教室から居なくなることもありますが、慌てたり騒いだりはしないように」
担任の口から、説明がされる。教室の前に立たされると少し身が引き締まる。
隣に立つ悟飯もそれは同じようで背筋をまっすぐに伸ばして表情を硬くしていた。しかし、その隣、銀と園子はニコニコとしていて、あまり緊張をしていないらしい。
ただ、気を張りすぎるのも問題だとは須美自身も自覚していて、ふと隣に立つ悟飯の顔を見る。
須美に気付いた悟飯は頭を掻いて、困ったように笑いかけた。
須美はそれに何も返せなかった。
「そして、心の中で四人を応援してあげてくださいね」
そしてその日は放課後まで、結局いつも通りに過ごしてしまった。
授業を受けて、休み時間に級友と楽しく話し、帰り支度をする。いつも通りだ。園子や銀、悟飯と一言も挨拶以外に言葉を交わさなかったのだ。
須美は慌てて教室に残っている生徒は見る。その数はもう少なくなっていたが、悟飯、銀、園子の三人は居た。
しかも、悟飯と銀は二人して数人に囲まれ質問攻めを受けていた。
「ね、お役目ってどんなだった?」
お役目について、須美達以外はその内容も何も知らない。それこそ、勇者である事実、戦う事すらも知らないのだ。
「痛いの?」
「すみません、お役目について、話さなさいようにと言われてて……」
悟飯が申し訳なさそうに話すのを見て、須美はホッとする。
ただ、お役目については話す事はしてはいけないと常々言われていた。悟飯もその話はしっかりと受けたようで、二人も言えないと少し残念そうにではあるが話した。
「あたしもそうなんだー、悪いね!」
銀も笑いながら答える。
銀ならば自慢げに話してしまいそうな雰囲気があったが、杞憂に終わったらしい。
ひとしきり質問時間が終わり、教室に居る生徒達も大きく数を減らした。
それでも残った園子は少し眠そうに席に座っていて、悟飯と銀が帰り支度を始めたのを確認してから、須美は立ち上がる。
「あのっ!」
「うん?」
「あれ、どうしました? 鷲尾さん」
膝裏で椅子を引いて立ち上がったのを珍しそうに二人が見てきた。
三人に見られて少し言葉に詰まる。しかし、後に引けないと一度わざとらしく咳払いをする。
「そ、孫さん、乃木さん、三ノ輪さん。その、よければ、えっと、これからその……」
言葉を詰まらせながらも精一杯の笑顔を作る。
「祝勝会でも、どうかしら?」
その言葉に、悟飯と銀は目を合わせた。そして、笑った。
「良いねぇ!」
「ボクもやりたいです!」
「うんうん! 行こう行こう!」
三人は頷いてくれた。それぞれに用事があるかどうかなど、断られる覚悟はしてきたつもりだったが、肯定されると一気に肩の力が抜けた。
「えっとそれじゃあ……」
駅前にある巨大なショッピングモール、それがイネスだ。地域屈指の人気スポットであり、週末はここ! と家族で過ごす者まで居る。というのが銀談。
後から須美が他に大きな施設がなく、公民館も併設されているだけなのだけれど、という補足を入れた。
閑話休題。
須美達はそこのフードコートで、席を囲んでいる。一旦ジュースだけそれぞれ買っている。鞄を椅子の後ろにかけ、須美が立ち上がった。
「えー、今日と言う日を無事に迎えられたことを、大変うれしく思います」
硬い挨拶が響く。わざわざ用意した原稿を読み上げている。
フードコートに須美達の他に人が居ないのはよかった。騒がしくて、大きな声を出さなくてはいけないという風になったら困ってしまう所だったから。
「本日は大変お日柄も良く、神世紀二百九十八年度、勇者初陣の祝勝会ということで、お集りの皆さんも、今後ますますの――」
「ふふっ、堅苦しいぞー。かんぱーい」
「えっ、かんぱーい」
銀が勝手に始めた乾杯につられて悟飯も乾杯とコップを合わせ、飲み始めてしまった。それを園子が笑ってみている。硬すぎないかとは思ったが、やはりそうだったらしいと須美は反省する。
園子が自分を見詰めているのに気付く。
「ありがとうね、すみすけ。本当はね、すみすけを誘うぞ誘うぞって思ってたの。でも中々言い出せなくて、誘って貰えて凄く嬉しいんだよ~」
「うん! 鷲尾さんから誘ってくるなんて初めてじゃない!?」
二人が嬉しそうに話す。悟飯はまだ二日目だが、驚いたような顔をしていた。
「そうなんですか? ボクはてっきりみなさん仲が凄く良いのかと思ってたんですけど」
「実はそうなんだよ~。でもそう見えた? 嬉しいな~」
「合同練習もまだだったからなぁ。でもあたしら、初陣よくやったんじゃない?」
「ねー! 私も興奮しちゃってガンガン語りたかったんだよ~。ほら、スーパー……じゃなくて、超怒髪天とか!」
話が盛り上がり始めたのを見て、須美は必要なくなった原稿を折り畳み椅子に座った。
語りたい。それは須美も同じだ。辛勝ではあったが、勝利だ。嬉しくない訳ではないのだ。喜びを分かち合いたいと思わずにはいられなかった。
だから、園子達の意外だったというのはかなり刺さった。
やはり、そう思われていたのか、と。
「私も、話がしたくて、三人を誘ったの」
ぽつりと話し出した須美の言葉に三人の言葉が止まる。もしかして止めてしまったかと思い視線をあげれば、三人は笑顔で須美の顔を見ていた。
どうやら聞いてくれるらしい。
「私ね。二人の事を最初信頼出来てなかったの。悟飯さんは、それこそ突然で不安だった」
意外だという風に三人は目を見合わせた。慌てて言葉を続けた。
「それはね! 皆の事が嫌いじゃなくて、私が……人を頼る事が苦手で」
「すみすけ……」
本心だった。今までの須美は一人で何でもしたかった。身を清めるのもそうだ。一人で考えを纏める為。洋食好きな両親を変える為、わざわざ自分一人で和食を作っているのも、その本心の表れだ。だから、あまり人に頼る事が苦手になっていった。
バーテックスとの闘いは初めての挫折とも言えた。
「でもそれじゃ駄目なんだよね。一人じゃ、何もできなかった」
何度も悔しさを反芻した。痛みで辛かった。負けそうで怖かった。
「三人が居たから。だから、その……これから私と……」
しかし、話していく程に用意していた筈の言葉を吐き出せない。
真っ白になっていく頭の中、唯一の残った言葉を叫んだ。
「私と、仲良くしてくれますかっ!」
須美にとってはこれが精一杯だった。
その言葉に、三人はまた目を合わせて示し合わせると、笑みを浮かべた。
「もう既に仲良しだろ?」
「えっ……」
「銀さんの言う通りですよ」
更に意外な言葉で返された。
もう仲良し? 本当に? 自問してみるが、銀の言葉が全て肯定してくる。そうして実感が湧いてくる。
「嬉しい! 私もすみすけと仲良くしたかったんだ~。私も友達作るの苦手だったから」
「乃木さん……」
「すみすけも同じ思いだったんだ。嬉しいな~すみすけ~」
身を乗り出して喜ぶ園子に須美はちょっと下がる。決意はしたが、急にぐいぐい行けるかと言われれば流石にそうでもない。
ただ、一つだけ気になる事があった。
「あの、乃木さん。そのすみすけって言うのは……?」
「あ~、いつの間にかあだ名で言ってた~」
「え、無自覚だったんですか……」
「あたしもいつの間にかミノさんって言われてたし、癖みたいなもんなのかね?」
その理屈で言えば、思い出せば確かに銀の事をミノさんとも呼んでいた。前から仲良かったのかと思っていたが、どうやら違うらしい。
「そういえば、ボクもゴッくんでしたっけ……」
微妙そうな顔をした悟飯に同情する。
「私はその、すみすけっていうのあまり好きじゃないかな……」
「じゃあ、わっしーなは? アイドルっぽく!」
「もっと嫌」
よくもまぁ、こんなに素早く新しいあだ名を思いつけるなと思いながら須美は却下した。
アイドルは流石にあり得ない。
「えー」
「乃木さんも、そのこりんとか嫌でしょ?」
「わぁ……」
お気に召したらしく、目を輝かせてしまった。慌てて忘れてとなかった事にする。あだ名、あだ名かぁと自分でも考えて見るが全く思いつかない。
「あっ、閃いた。わっしー! どう?」
「うーん……」
手を叩いた園子の案は今までと比べると一番マシだった。須美は顎に手を当て、悩む素振りを取る。
そもそも、あだ名で呼ぶ必要があるのか、とも思ったが、園子の目を見るとそうもいかないらしい。
しぶしぶと言った風に頷く。
「それでいいかなぁ……」
「よし、じゃあ私の事は銀って呼んでよ! 三ノ輪さん、はよそよそしいからさ」
「えっと……」
名前呼びは流石にちょっと恥ずかしかった。呼ばれるならまだしも呼ぶとなるとかなり恥ずかしい。が、そんな須美を見て、銀は立ち上がる。
「そうそう。悟飯さんも、銀って!」
「えっ、えっと、銀……でいいかな。ボクも悟飯で良いですよ」
「硬い硬い。お役目の時みたいにもっとタメで話してよ。クラスメイトなんだからさ!」
そういえばと思い出す。確かに悟飯の言葉遣いが崩れていた。
よく覚えているなと須美が感心していると、悟飯が少し困ったように頬を掻いた。
「が、頑張りま……頑張るよ」
「じゃあじゃあ、ゴッくん私もそのっちって呼んで!」
「その……園子じゃ、駄目かな」
「それでもいいよ~」
三人がそれぞれ笑いながらそれぞれの呼び名が決まっていく。
「そしたら、須美さんは……」
「どうして私だけ、さん付けなんですか……」
「あっいや……す、須美……」
指摘したのは自分だったが、実際に呼び捨てで呼ばれると少し恥ずかしくて須美は頬を赤らめる。
「へへ。よーし! 今日と言う日を祝って、皆でここの、絶品ジェラートを食べよう!」
「……へ?」
須美は間の抜けた声を出した。
――
須美はカタカナが苦手だった。それに準ずるものの大半は理解が出来ないのだ。
そしてそれは、ジェラートも同様で、須美は最初拒否しようと思っていた。だが、この祝勝会の目的を思い出して、断れなかった。
そして今、餡子抹茶味を恐る恐ると口に運ぶ。
「……美味だわ」
美味しい。須美にとって、初めての衝撃とも言えた。
甘味など、ぼた餅など日本由来の物以外を食べてこなかった須美にとってジェラートは衝撃も衝撃。
青天の霹靂である。
「こんな……軟派な食べ物が……でも……」
「あはは……。あ、えっと、超怒髪天についてでし……だっけ?」
ジェラートの美味しさと自分の信念に須美が揺れていると、悟飯が思い出したように園子を見た。
「えっと、なんて説明したらいいんだろう……」
「普通の変身じゃなかったよね~」
「そうそう、すっごいカッコよかったなって!」
園子と銀が興奮気味に身を乗り出した。その圧に悟飯は体を仰け反らせる。
確かに須美も気になった。超怒髪天は勇者なのか、どうか。
「でも、ボクも何かなれると言った位で…」
悟飯は言葉を濁す。サイヤ人の説明を上手く出来る気がしていないからだ。そもそも母からはあまり言いふらすようなものではないと言われていたのだ。
「じゃあじゃあ、あれは何ですか! ビーム!」
「かめはめ波の事?」
「おお、かっこいい名前!」
そうですね、と考えた素振りをした後、悟飯は持ったジェラートを持っててもらえますか? と須美に渡してきた。
席を立った悟飯は、自身の前で両手を合わせた。
「気、って言うのを込める。そうして、両手の中に気を込めながら、広がろうとするのを押さえつけて腰へと……」
そう言いながら悟飯は、両手を腰辺りに持っていく。その時、両手の中に光が出来た。
それを見て銀が慌てる。
「わ、わー! 今撃っちゃうとイネスがっ!」
「あはは、流石に撃ちませんよ」
光が強くなる前に悟飯は構えを解く。すると光は霧散していった。
「ああやって放つのがかめはめ波。修行すれば、銀もきっと出来るよ」
「本当に!? ちょっと頑張ろうかな……」
思い出したように口調を崩した悟飯を見て、これは暫くかかりそうだなと思う。
「先に説明してください。流石に驚いてしまいますから」
呆れた表情で、須美は悟飯を見た。
苦笑いで返した悟飯は、ジェラートを受け取った。
「ご、ごめんなさい……。あ、すみません持ってて貰っちゃって……あれ、味が違う……」
悟飯が持っていたのは抹茶と大豆のハンドメイドジェラートだった筈だ。それが餡子抹茶味に変化していた。
慌てて須美が自分の持っているのを見ると、それは悟飯の頼んだ抹茶大豆だった。
「あっ、私ったら間違えて……。こっち、返しますね」
「あー、一口食べちゃったな……。もしよかったら、僕のも食べます?」
「え!?」
予想外だったのか、須美は大きい声を出して驚く。それに反応したのは園子だった。
「あー、それいいなぁ! わたしもやる~。まずミノさんから!」
「お、あたしの醬油豆ジェラートを食べたいと申すか。ほれあーん」
冗談めかして始めた二人を見て、悟飯は頭を掻きながらスプーンでジェラートを掬うと須美へと向けてきた。
「あ、あーんです」
直接じゃなくても良いと思ったが、二人が先にそれをやってしまい、何も言えなくなる。
はしたないと断ってしまいたかったのだが、二人が早く早くと急かすような視線を向けてくるのだ。
須美は意を決して目をつぶり、口を開けた。
「えっと……も、貰います」
須美が食べる。抹茶大豆の味は悟飯的には凄く良かったが、須美は少し舌で味わった後、美味だわ! と笑みを見せた。
「次わたし!」
「じゃ、あたしは悟飯さんの貰いますね!」
そうして、交換会が始まった。全員分が回り切って、それぞれがまた自分のを食べるとまた新たな発見に出会うを繰り返した。
ただ、銀の醤油豆ジェラートは全員から好評が得られなかった。
――
これは■人の勇者の物語。
神に選ばれた少女達のおとぎ話。
いつだって神に見初められるのは無垢な少女である。
そして多くの場合その結末は――。
――この俺が、未来を変えて見せる。