始めちゃったんだぜ
常日頃から魔物嵐雷火事激流が襲い掛かってくる災害多発地帯であるこの魔王領は、魔王によって治められた町でもなければ安全からは程遠い。
外の仕事を終えようやく帰ってくればいくらタフな俺でも心身ともにくたびれる。
どんな時はどうしようもなくあったかい飯が食いたくなる。
それもただ腹が満たされるだけでなく、心まで満たされるような美味い飯が。
そんな時俺が行く店がある。
そこはピザとストロベリーサンデーがメニューに載ったなじみの店。
今日はとにかく腹が減っている。
満たされるまでは帰りたくない。
まだ開店には時間が早いがそっと期待を込めて扉に手を掛けた。
からんからんとベルが鳴り、closeの看板が掛けられた扉が開かれる。
「なんだトニー、景気の悪そうな面じゃあねぇか」
カウンターのテーブルを拭いていたヒゲを生やした壮年のマスターは、入ってきた客に向かって店の開口一番にそういった。
「おいおい、ひでぇこと言いやがる。景気は悪くはないさ、少なくとも今日の飯に払う金はな」
テーブル席に荒く腰かけた客は、真っ赤なロングコートの裾を揺らし、腰に白と黒の拳銃二丁を背に大剣を背負い、、なめした革のブーツをはいた派手な服装。
銀髪の奥から覗く碧い目も鋭い伊達男。
明らかに平和や安全から遠い雰囲気を纏っていた。
「とりあえずいつものを」
「支度中なんだがな、まったく仕方のねぇやつだ」
ぼやくマスターは文句を言いつつも厨房に入ると手早く調理を終えて戻って来る。
運ばれてきたのは円盤状に延ばされた生地に、魔王領唯一と言っていい大規模農業生産地グリーンヘブン産の赤い野菜のソースと町の中で飼っている牧畜の乳のチーズ、そして鉢植えで育てた自家製ハーブを乗せて焼かれたシンプルなピザだった。
赤白緑の三色が食欲をそそるこの料理は何より熱いうちに食べるのが肝だ。
手づかみで一切れ口の中に放り込めば、マグマのような熱と洪水のような旨味が口の中を満たす。
舌が焼けそうになりながら咀嚼し飲み込むことで最高の美味を味わえる。
危険な雰囲気は消し飛んで、まるで子供の様にピザを頬張りながら笑う。
「うめぇ、最高だ。やっぱ食事ってのはこうじゃなくっちゃな」
「そこまで誉めてくれるのはありがたいがなトニー、ツケのほうがそろそろ貯まってるんだが?」
「あー、それはちょっと・・・」
二切れ目に伸ばしていた手をぴたりと止めてそっと目を逸らすトニー。
マスターはキッと目を鋭くすると無言でピザの皿を取り上げる。
「払えないっていうなら食わせえてはやれないな」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。俺は一週間外に出ててその間あの硬ったい糞マズバーだけで過ごしてたんだぞ! せめて一皿ぐらい食わせてくれよ!」
トニーが糞マズバーと称するのは、魔王領の比較的安全な都市や街道を出て活動する職種の為に販売されている高機能携行食のことを指す。
栄養満点、低価格、時間短縮と三拍子そろうこの手の仕事の必需品であるが、食べたことがあればだれもが顔をしかめる欠点がある。
つまり味が不味い。
青臭い野菜ジュース煮詰めたような臭く、ビスケットは歯が欠けるほど硬い、たっぷりの糖蜜もと薬のような苦さが悪魔的に合体し、味は食事というより拷問に近い。
トニーは一週間をこの携行食だけで生活したので、まともな料理が恋しくなっていたのだ。
「そうは言うがなトニー仕事をしたなら金があるはずだろ?
俺はただそれで払ってくれと言っているだけなんだぜ?」
仕事をしたばかりのトニーには金があるはずだから至極当然の要求だ。
しかしトニーはばつが悪そうに視線を逸らした。
「あーーその、銃のメンテに穴の開いたブーツの買い替えと滞納した家賃とか諸々であらかた吹っ飛んでな・・・」
トニーは週休6日を自称する男だ、気が乗らない仕事は幾ら積まれても受けないし、興味が惹かれれば安い仕事でも喜んで受ける。
結果トニーはたびたび金欠になっていた。
今回の仕事はこの店の貯まったツケを支払うには足りなかったようだ。
「そうか」
マスターはおもむろに皿の上のピザを一切れ自分の口に放り込む。
「ああああああ!」
トニーは声を上げたがマスターは頓着せず次々とピザを口に放り込み瞬く間に食べ終えてしまった。
「最初の一切れに金を払えとは言わねぇ、だが次からはツケを払えるだけの金を持ってくるんだな」
「畜生、一切れしか食ってねぇてのに・・・」
恨めし気にマスターを睨むがマスターはふんと鼻を鳴らしてカウンターに引っ込んだ。
他に客のいない店内にポツリと取り残されるトニー。
「ん・・・?」
そんなトニーの鋭敏な聴覚が店の外のバタバタと何人かの走る足音、悲鳴と怒鳴り声、悲鳴はまだ子供の女、怒鳴り声は複数の男性。
それはだんだんと近づいてくる。そして
「きゃーーーー!!」
扉を蹴飛ばすように入ってきた少女の、甲高い悲鳴が静かな店内に響き渡る。
気の強そうな目つき、血色のいい整った顔立ち、真新しいドレス、育ちの良さを感じさせる少女が悲鳴を上げながらこんな町はずれの酒場に飛び込んでくる。明らかなやっかいごとだった
少女は店内に視線を走らせ唯一いたトニーに目をつけた。
「あなた! あなた魔狩人ね!」
魔狩人。この地域において冒険者はそう呼ばれる。
依頼を受けて仕事をするどこにでもある仕組み。仕事内容の多くに戦力を求められる危険なものだが、金もコネもなくとも命をかければ誰でもなれる職業だ。
そしてトニーはたしかに魔狩人だった。
「そういう嬢ちゃんはどちらさまだ? この辺りは治安も良くないしパパのところに帰って甘えたらどうだ?」
「くだらないことは言わないで! 私はパティ、パティ・ローエル。いいからあなた私の護衛になりなさい!」
「ハァ?そりゃどういう···」
ゆっくり話が聞けたのはそこまでだった。
「ヒャッハー袋の鼠だぜお嬢様! もう逃げられると思うなよ抵抗するなら殺してもいいんだからよーーー!!」
一人二人三人、短機関銃を構えたチンピラが現れた。
店に入るやいなや威嚇のためか天井に乱射する始末。ランプが割れ弾痕が刻まれる。
少女はすぐさまトニーの背中に隠れた。
「おいおい···」
トニーは立てかけていた大剣を担ぐと招かれざる客と相対した。
「知り合いの店にひでえことしやがる。ここのピザが食えなくなったらどうしてくれるんだ?」
「あーん? どちら様だぁお前、関係ねぇやつはすっこんでな!」
「そうだそうだ!」
「穴だらけにしちまうぞ」
威嚇する三人のチンピラの中から一人が進み出て銃口をトニーに向ける。
だがトニーはあくびを噛み殺しながら言った。
「どこの誰かは知らないがこの店で好き勝手するのを黙ってみてる気はないんでね。腹ごなしに相手になろうか?」
左手を曲げて挑発するトニー。
そのあまりに不遜な態度はこの男が狩られる弱者ではなく、戦いを知る狩人であることを雄弁に語っていた。
「てめぇ魔狩人かぁ?」
トニーのは首からぶら下げた銀の認識票を見せてた。
「まあな。それで? 怖くなったから尻尾巻いてママのところに帰るかい?」
「なあ待てよ、あんた勘違いしてる見てぇだけどよ、」
トニーがすごむとチンピラはすぐにへりくだった笑みを浮かべ油断を誘い
「剣で銃に勝てるわけねぇだろが!!」
一瞬で狂った笑みへ変え3人がかりで銃を乱射した。
「ギャハハハはハハは! はははっはあああああ!!!!
どーした伊達男、チーズみたいになってもまだ馬鹿な口が聞けるか?
銃持った俺たちに勝てると思ったのかよ?」
撒き散らされた硝煙の向こうで、自分達に歯向かった哀れな銀髪の男がその赤いコートを血によって更に赤く染めた姿を幻視して高笑いをするチンピラたち。
下品な笑い声が店中に響き渡る。
力がもたらす快感に酔いしれながらチンピラはなんていいサウンドだろうかと愛用の銃にに感謝する。
この銃があれば人間を殺すのなんて簡単だ、たとえモンスターを狩れる相手でもこの銃の力にはかなわない、そうつまりは・・・
「俺は最強だあああああ」
「へえ、そうかい」
笑い声が凍り付く。
死んだはずの男の、退屈で死にそうな気だるい声が硝煙の向こうから聞こたから。
硝煙の向こうからコツコツとわざとらしく足音を鳴らして歩く音。
穴の開いた赤いコートをたなびかせトニーは傷ひとつなく姿を表した。
「なにぃいい??!!」
「汚い声で叫ぶなよ、俺もうるさいし、ご近所にも迷惑だ」
「ふ、ふざけるなああああ!!」
チンピラたちはすぐさま銃を乱射する。
三つの銃が吐き出す金属薬莢が乱舞し床に落ちて跳ね返る。
だが当たらない。
赤い風が吹き抜ける。
「おいおい、なんだよそんな顔するなよ。最強なんだろ?」
「ギャッ!!?」
そう言ってトニーは大剣を一振りしチンピラを一人跳ね飛ばす。
宙を舞って壁に叩きつけられた。
残った二人は必死に銃口をトニーの背に向け引き金を引く。
「てめぇよくもやりやがったなぁああああああ!!!」
しかし当たらない。
壁に、床に、並ぶ酒瓶を次々と打ち抜き店内を破壊する弾丸はどうしてもトニーの身体をとらえることができない。
そして、いつの間にか背後に立っていたトニーが振り向きざまにまた一人、天井まで蹴り上げる。
「なんなんだよお前はあああああ!!」
「大口叩いたんだ、ガッツを見せな」
もはやわけもわからず乱射し続けた最後の一人は、ついに一発も当てることができないまま目の前に立つ銀髪の男に見下ろされていた。
「ひ、ひいいい!」
「それともここでおしまいか?」
ガチャガチャと最後の一人は繰り返し銃の引き金を引く、だが何も起こらない、何も、起こらない。
「な、何で、なにが」
「弾切れだよ自分が撃った弾の数くらい覚えておきな」
ヒョイと銃が奪われる。力が、チンピラの拠り所があっさりと。
そしてトニーの双眸に射すくめられた。
「あ、あ、、」
碧色のはずのその瞳がなぜだかゾッとするような赤に変わって見えて、チンピラは背中に氷でも背負わされたように震えた。
トニーが脅すように問う。
「それで、まだやるかい」
「ひいいいいいい!! すみませんでしたああああああ!!」
心の支えをなくしたチンピラはそれ以上戦うことなどできず、金と銃を置いて倒れた二人を引きずりながら逃げ出していった。
「やれやれ、ガッツのない奴らだぜ」
トニーはつまらなそうに言ってもう一度席についた。ついさっき弾丸のシャワーを浴びせられたとは思えないほど退屈そうな顔をして。
「あ、あなた強いのね」
バリケードにしていた机から声を震わせて少女が立ち上がる。
銃弾がすぐ近くを飛び交い、一発でも当たれば死んでいた恐怖に引きつりながら無理矢理に笑う。
「私の護衛としては合格点ね、報酬を上乗せしてもいいわ」
年齢に似合わない強がりだった。頑張ったといっていい。
しかし
「悪いが気が乗らないな」
トニーは退屈そうに頬杖をついて大きくあくびをした。
「な、なんですって!!?」
「聞こえなかったか? 気が乗らないって言ったんだ、お嬢さん。」
「報酬が足りないという気? それならもっと」
「そうじゃない、そういうのじゃあない。退屈すぎて気が乗らないだけさ。
悪いがこの仕事は他の奴に回してくれ、俺は帰って寝る」
「ふ、ふざけないで! 退屈? 気が乗らない? 私は命がかかってるのよ!
いいから私の依頼を受けなさい!! 受けろ!!」
少女は遠慮も忘れトニーを掴み揺さぶるが。トニーはどうでもいいとあくびをする始末。
そのまま話が終わりそうなところで、店の奥から戻ってきたマスターが姿を現す。
「終わったかトニー」
「何だマスター今頃登場かよ、トイレにでも籠もってたのか?」
「バカ野郎あんな奴ら相手にできるか。俺は魔王でも魔狩人でも魔人でもねぇんだぞ?」
それはそうだ短機関銃を構えたチンピラを相手をしたい人間はそう多くはないだろう。いや数えれば結構いるかもしれないが。
「まあな、代わりに俺が追い払っておいたし、ついでにこれでツケをチャラにしてくれよ」
トニーはチンピラからせしめた財布をマスターの前に置いた。
マスターは中身を検め、周囲の惨状を眺め、盛大にため息をつく。
「・・・足りねえな。今までのツケと店の弁償、今の働きを差し引いても足が出る」
「おいおいそりゃないだろ」
トニーは天を仰いで嘆いたが、マスターは肩をすくめて厨房に入った。
そこに少女が得意げに口を挟む。
「なに? あなたお金が無いの? だったら私の依頼を受けなさい。満足するだけの報酬を約束するわ」
「報酬はどうでもいいのさお嬢さん。退屈な仕事は受けないのが俺の流儀だ」
そういってトニー立ち上がろうとしたところに戻ってきたマスターが、少女の前に焼き立てのピザが乗った皿を置く。
「まあ嬢ちゃん、これでも食いな」
マスターはにんまり笑ってそういった。
「待てよマスター俺にはなしかよ」
「そりゃそうだまずツケを払いな」
少女は慌てるトニーとピザを見比べ一先ずピザを優先した。
実を言えば走り回ったせいでおなかがペコペコだったのだ。
フォークとナイフを使いくるくると巻き取ってぱくりと一口。
「まあ、とてもおいしいですわおじ様。こちら何という料理ですの?」
「こいつはピザさ。へへ、お嬢ちゃんみたいな美人さんにおいしいって言って食べてもらえるなんてありがたいね熱いうちに食べな」
「ああああああああ、クソ! マスターあんたそんなに子供に甘かったか?」
目の前で消えていくピザを恨みがましく見るトニーにマスターは笑う。
「ハハハッ、知らなかったのか? ガキのお前にタダでピザ食わせてやったのも俺が子供に甘かったからなんだぜ」
「だったら今俺にも食わせてくれよ」
「大人になった奴にまでただで食わせてやる気はねぇ、金を稼ぎな」
「ふふ、いまならあなたが貯めてるツケの代金とここでの食事を前金として支払ってあげてもいいわよ」
少女が勝ち誇った顔をする。
普段であればさっさと店を出てふて寝をするところだが、今日のトニーはピザが食べたい腹なのだ。
「ぐぐぐぐ」
それでもプライドと食欲に揺れるトニーにマスターは呆れた顔で言った。
「依頼を受けてやれよトニー金払いはよさそうだ。子供を見捨てるのは俺はどうにも嫌でね。
今なら俺のストロベリーサンデーをつけてやる」
その言葉にトニーは諦めることにした。
かつてマスターに散々飯をたかった身として嫌とは言えなかったからだ。
「ああまったく、あんたのストロベリーサンデーが付いてるなら仕方がねぇか。
はあぁぁ、クソガキ。あんたの依頼を受けてやる」
トニーはそういって勝ち誇る少女の手を差し出した。
「ふふん、まあこの美味しいピザに免じてあなたの無礼な物言いは許してあげます」
少女も手を握り返す。
「改めて、私の名前はパティ・ローエルよ。よろしく」
「俺はトニー・レッドグレイブ。魔狩人で何でも屋をやってる。今後ともよろしく」
二人の手はしっかりと握られ、互いに名が交わされる。
ここに契約は結ばれた。
これがトニーが巻き込まれるちょっとした事件の始まりになるとはまだ誰も知らない。
>「金欠」:
常に金に困り明日の食事にすら事欠く。財布の金は羽が生えているかの如く、気が付けば飛び去っている。
なお、考えなしの浪費と仕事のえり好みが原因の模様。
気分とノリで動く週休6日の男は今日もツケでピザとストロベリーサンデーを頬張っている。