二人の男が暗い部屋の中で向き合っていた。
片方はミドルグレーの純人種。上品なスーツを着こなし、手には腕時計、足には使い込まれた革靴を履いたまだ若さが残るが商人。
もう一人は頭から角を生やし、暗色のローブに身を包み、部屋の中なのにすっぽりとフードを被った大柄の男。
フードの影から見える顔色は青ざめたように病的な白さ。
纏う冷たく暗い死の気配は、理性と利益によって命を奪える殺し屋のものだ。
「取り逃がしたようだ」
殺し屋はそういった。
現在他の案件をすべて横に置いて、部下たちを全て動員し裏家業のマンハントにまで賞金を懸けた相手はいまだ逃げ続けている。
その報告だった。
「破滅だ、何もかも終わりだ!」
商人は動揺を抑えられず叫んだ。整えられた髪をぐしゃぐしゃとかき回し、立ち上がって周りの物を手当たり次第に壊していく。
一つの目撃証言から始まった一連の報告が彼をここまで追い込んでいた。
目前に迫る失墜と死の恐怖が彼の平静と理性を奪っていた。
「落ち着くがいい、話ができん」
「これでどうして落ち着ける。生きていたんだぞ!
一週間前お前はすべて片が付いたといったではないか、その結果がこれか? ふざけるな!
これでは私は何もかも失う!」
怒鳴りつけゼイゼイと肩で息をする商人を殺し屋は冷めた目で見る。
「いわんとすることはわかる。だがまずは落ち着くがいいそして考えるのだ。
いいか、再び現れた事は驚嘆に値するが、おかしな点も多い。
そもそもなぜあれは姿を現した。私兵を率いて現れたわけでもなく一人で。
時間経過を考えても本店から往復したには早すぎる、つじつまが合わない。
少なくともあれは町を出たわけではないのは確実だ」
「それは・・・そうだ」
商人は少しだけ冷静さを取り戻しソファに座りなおした。
殺し屋は続ける。
「連れてきていた護衛もほとんどを始末した。
目撃証言からも今あれは一人で逃げ回ることしかできていない。
こちら手の者達が町中に散って捜索を行っている。
マンハントの連中に賞金もかけた。
時期に報告があるだろう、その時お前が冷静でいないのは困る」
「あ、ああそうだな、まさかのあれが戻ってくるなど思いもしなかったんだ、取り乱した」
「わかればいいのだ、ビジネスパートナーが狂乱していてはろくに商売もできない。それに・・・」
殺し屋は手を合わせ、ほの暗い眼をする。
「死者が返ってきたのならもう一度殺すまでのこと。今度は戻れないよう念入りにな」
冷たい鉄の殺意を込めて言い切った。
はあ、はぁ、はぁ、は、ぁ
暗い路地裏で荒い息遣いが響く。
周りには誰もいない、そこにはただその女一人だけ。
「う、うう、ああ、あああああああああああ!!」
口の奥から唸るような声が漏れ、やがて叫び声に変わる。
さっきまで一緒にいた内の一人は銃撃によりハチの巣になった。
もう一人は女を逃がすために囮となった。
女は逃げた、ただ逃げた、逃げて役目を果たすために。
だが、逃げた先には誰もいなかった。
どれだけ待っても、誰一人現れなかった。
女は一人だった。
「まだ、わからない、まだ、生きてるかも、もしかしたらまだ・・・」
それがどれだけ希望的観測か理解してる。それでも、そう思わなければ動けない。
そうでなければ戦えない。
女は涙をぬぐい、路地裏の狭い隙間から月を見上げ決意した。
何が起こったのか、どうなったのか、生きているのか死んでいるのか突き止める。
そして報いを。
ふさわしい報いを与えるのだ。
女は涙を流さなかった。
代わりにその眼にあるのは煮えたぎるような怒りだけだった。
>「挑発」:
相手の意識を逆立てて平常心を失わせる。なお、”修羅には通じない”
誰が相手でもかまわず口をつく悪い癖。
言いたいことを我慢できない性格なんだ。