琥珀の茨卿のは倒れた。
子飼いの殺し屋を失いもはや身を守る者はない。
支店長はそれでも見苦しく叫び続けた。
「琥珀の茨卿? 琥珀の茨卿! 立て! 何を倒れている! どれだけの金を払ったと思っているんだ! 私を守れ! 敵を殺せ!」
その声に琥珀の茨卿は答えない。倒れたまま動くことは無い。
あれだけの傷を受けて死んでいないことは驚嘆に値するが、立ち上がり再び戦えるかと言えば“ノー”だ。
それでも怒鳴り声をあげ続ける支店長の首筋に、トニーが剣を突き付ける。
「いい加減に黙りな、お前の負けだよ」
「ひっ、わ、私を殺すのか?」
雇った殺し屋は倒され、身を守るものを失った男は膝をついて懇願する。
「た、頼む殺さないでくれ! 金なら払う! こいつが払った10倍でも百倍でも!」
その提案にトニーは白けた眼を向け呆れたように言った。
「そんな提案に乗るほど馬鹿に見えるのか? そもそも命乞いをする相手が違うだろ」
「ひいっ、ぱ、パティ、すまなかった、すべて私が悪かった許してくれ、頼む、殺さないでくれ」
影武者はふつふつとした憎しみをパティの支店長へ向ける。
「パティ・ローエルは死にました、あなたが殺したんだ。
死んだ者は帰ってきません。何をしても、どれだけ願っても」
「ヒッ!」
影武者は床に転がっていた銃を拾い上げ、支店長に突き付けた。
「殺すのか?」
「・・・・・・・・・」
トニーの言葉に影武者の少女は答えない。
「ひいいいいいいぃぃぃ!! た、助け、助けてくれええぇぇぇえ!!」
涙を流し懇願するその姿に影武者の少女の怒りが吹き上がる。
「パティを殺しておいてふざけるな!」
トニーは止めなかった。
バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!
銃声が連続する。そして
「は、はひい、あ、ああ、あ・・・」
支店長は死んでいなかった。放心し涙を流してへたり込んでいるが銃弾はかすりもしていなかった。
弾痕は大きく外れた場所にめり込んでいて、わざと外したことがうかがえる。
当てる気はなかったのだ。
「殺しません。ええ、殺したりしません。
あなたは法の裁きすら与えられないわ。
商会の利益を損ねた真似をしたのだから。
ここで死んでおくべきだったと後悔しながら長く苦しんでから死ぬのよ」
そういって撃ち尽くした拳銃で支店長を殴りつけ気絶させた。
荒い息を吐いて天を仰ぐ。復讐は終わった。
すべて終わった。
「終わったのね」
だが影武者の顔に達成感は無く、憎しみも怒りすら消え去ってただ虚無的な光だけが宿っている。
「この後こいつらはどうするんだ」
「商会内部で情報を絞り出した後どこかに消えるでしょうね。どうなるかは私も知らない」
「俺はてっきり殺すかと思ったよ」
支店長に銃口を向けた時。彼女には間違いなく殺意があった。
だから殺さなかったことがトニーには意外だったのだ。憎い仇だろうに。
「殺すつもりだった、殺したかったよ。でも殺したらパティの最後の仕事は果たせない
無意味に死んだことになってしまう。
そう、考えてしまったの」
「そうか、そうだな」
「私の仕事も終わり、こいつらを引き渡して証拠を渡して、いろいろ話をして・・・それでおわりね」
「それで? その先はどうするんだ?」
不思議そうに影武者は振り返る。
「先?」
「ああ、商会に戻るのか?」
「・・・商会は私の帰るところじゃないわね」
少しだけ寂しそうに少女は力なく笑った。
「ねぇトニー、【シェイプシフター】って知ってるかしら」
トニーは酒場のほら話で聞いた覚えがある話だ。
「ああ、姿かたちを自在に変える幻の種族だってな。所謂都市伝説の類だろうが・・・まさか」
「そのまさか、よ。私はそのシェイプシフターの能力を受け継いでいる。こんな風に」
影武者の少女は瞬く間に髪色、肌を、顔の形、骨格すら万華鏡のようにくるくると変えて見せ、そしてパティ・ローエルの姿に戻った。
聞きしに勝る変身能力。
影武者としてこれ以上の能力は無いのではないだろうか。
「きっと両親は気味が悪かったのね。生まれてすぐ私はスラムに捨てられたの。
悪用しようとする奴は多かった。私も生きるためになんだってやった。
だけど、裏切られた。
シェイプシフターにはある特徴があるの。
シェイプシフターが変身したまま死んだ場合、変身は解除されない
身代わりとしてはこれ以上ない能力よね」
「私が代わりに死ぬことで死を偽装しようとしたのよ。
でも笑っちゃうのが私を殺しきれずに取り逃がしたことよね。ほんと中途半端な連中で」
「どこにも行く当てのなかった私は死にそうになりながら路地裏をはいずってた」
「その時パティと出会った。」
「あの子が私を拾った。猫でも捕まえるみたいにね。
あの時、私は彼女に人生を与えられたの。
なのに、パティは殺された。もう私にはどこにも戻るところなんてない、やることが終わったら私もパティの後を追うわ」
トニーには今の彼女の表情に見覚えがあった。
積み上げてきたものが崩れ去り、未来に抱いた希望を失った。そんな奴がこんな目をする。
こんな目をしたまま生きている奴なんてトニーは一人ぐらいしか知らない。
トニーは眉根を寄せて渋い顔をする。
死のうとしている人間になんて声を掛けるべきかわからなかったからだ。
何より大切な主は死に、仇に応報を果たした彼女にはもう何も残ってなかった。
前に進む理由も戻るべき場所も。
それなのに出会って間もないトニーに何が言えるだろう。
頭をひねったが掛けられる言葉は無かった。
彼女は振り返る。
無理な笑顔でトニーに笑いかける。
「あなたの仕事はここまで。助かったわ。おかげですごくうまくいった。
私一人だったらあっさり殺されていたでしょうね」
「そうかい、俺には退屈な仕事だったが」
「あなたってそればかりね、フフッ」
仏頂面のトニーに彼女は笑って報酬の入った袋を差し出した。
トニーは黙ってそれを受け取る。
「この後私はこいつを引き渡していろいろ面倒な話し合いをすることになるでしょう。
あなたまでそんな面倒ごとに付き合わせるつもりはないわ。
だから、ここで別れましょう。お疲れ様」
ここで別れれば、もう彼女とは二度と会うことはないだろう。
だから最後に何か言えることを探したトニーは、一つだけ聞いておくべきことを思い出した。
「そういえば、一つ聞いてもいいか」
「なに?」
「あんたの名前さ、パティ・ローエルは偽名だった。
ならあんたには本当の名前ってやつがあるんじゃないのか?」
そう、パティ・ローエルが偽名であったなら、彼女の本当の名前はまだ聞いていない。
彼女は小さく笑って何か思いついたように言った。
「昔の名前はもう捨てたわ。そして新しい名前はパティに捧げたもの、これも意味を失った。
だから今の私はそうね、ジェーン・ドゥなんてどうかしら」
あるいは今の彼女にぴったりかもしれない皮肉な名前。
最後の質問に答えて話すことのなくなったジェーンは背を向け歩き出す。
その背にトニーは言った。
「ダンテだ」
その言葉は考えたわけでもなく口をついた。
名無しの女が振り返る。
「トニーは偽名。俺の本当の名前は、ダンテだ」
派手な赤いコートを身にまとい、髑髏をあしらった大剣を背負い、白と黒の大口径二丁拳銃を使う魔狩人。
―――――――ダンテ
その名は魔王領でも知られた名だ。
曰く、魔剣士の子、大物狩り、赤い死神、不死身の男。
最も新しいミスリルランク。
多くの異名を持つその名前を突然告げられたジェーンは戸惑った。
疑ったわけではない、隠していた名前を教えられる理由が分からなかったから。
「ダンテ・・・ミスリルの魔狩人。
どうしたの? せめてもの餞別ってことかしら」
「そうじゃないな。ジェーン、実は最初から俺の事を知ってたんじゃないか?」
ダンテにまっすぐに見つめられジェーンは黙った。それは何よりも雄弁に答えを語っていた。
「まったく、名前を隠してた俺も悪いがうまく利用されちまったな」
「ごめんなさい、ダンテ。私はどうしても仇を討ちたかった。
相手が誰かもわかっていなかった。パティの生死すら。
だから賭けをする必要があった。パティの姿をして町を歩けば必ず反応がある、そこから情報を得ようとしたの。
でも一人じゃあただ殺されるだけ。
だからあなたという存在はとても都合がよかった。ミスリルの魔狩人がシルバーとして偽名を使って活動しているんだから」
ミスリルランクは魔狩人の最高ランクであり国が直々に指名する。
その力は在野の人材としては最高峰、一人一人が一騎当千の強者。
なぜそんなことをしているかまではジェーンも知らなかったが、事前の情報として掴んでいたのが功を奏した。
知っていたからこそ、あの店にダンテがいる時を見計らって飛び込んだのだ。
「私の命で償えるなら貰ってちょうだい」
本気だった。仇も討ち終えた今、命を惜しむ理由が全くなかったから。
「命なんてもらっても困るだけさ。
それに依頼内容も不備があったわけじゃない、俺はあんたを護衛して報酬もたんまりもらった。
それはミスリルランクの報酬としては雀の涙ほどでしかないだろうに、ダンテは気にした風もない。
納得しないジェーンにダンテは閃いたというように一つ提案をした。
「だが、悪いと思っているのなら、そうだな・・・今度一杯奢ってくれればいい。」
「それは・・・」
「それぐらいが簡単だろ? その時に金が無いっていうのなら働いて金を稼ぐんだな。
うちで働くのもいい。実はぼろいが自前の事務所をもっててな、部屋も余ってるから住む場所には困らねぇ」
「ダンテ、私は行けない、私はパティの所へ帰るの」
「ジェーン、あんたはやるべきことをやった、討つべき仇を討った。
だけどな、それでも人生にはやることが残ってる」
ジェーンはダンテをにらんだが、ダンテは肩をすくめるだけ。
「私に死ぬなというの?」
「誰だっていつか死ぬさ、嫌でもな。
俺はただ酒を一杯奢ってもらいたいだけさ」
「・・・・・・・・・」
ジェーンははっきりと怒っていた。
死ぬな、と言外にダンテは言っている。
全部終わってやっと死ねるのに、それを邪魔するようなことを言う。
それが腹立たしくて、地団駄を踏みそうだった。
「その時にパティ・ローエルってお嬢ちゃんがどんな奴だったのかを教えてくれよ、弔いってそういうものだろ?」
「・・・・・・・・・卑怯よ」
卑怯だった、ひどい男だと思った。
その名前を出されて、一瞬考えてしまった。自分が死んだあとパティのことを誰が憶えていてくれるだろうかと。
「まあ憶えといてくれ。あんたにはきっとまだ残ってる。死にたくなっても死ねない理由がきっとな」
「私、行くわね」
ジェーンは顔を背けてそのまま振り返らず部屋を出ていった。
「慣れないことはするもんじゃないな」
ダンテの言葉がどれだけの慰めになったかは分からない。
大切なものを失い、その仇を討って生きる目的を失ってしまった。
その喪失は大きく苦しいものだろう。
死ぬというのをダンテが止めることはできない。
立ち直るどうかは結局はジェーン次第だ。
それでもダンテは思うのだ。
どうか復讐を終えた彼女が前を向いて歩いていければいいと。
そうして、ダンテもまた部屋を後にした。
>「挑発」:
相手の意識を逆立てて、平常心を失わせる。なお、”修羅には通じない”
口から飛び出す銃弾は場合によっては何より鋭く相手をえぐる。
ダンテに交渉技能は無いため、ジェーンの自殺を止めるため【挑発】で代用しました。
結果はまだわかりません。