あれから一か月がたった。
トニーの生活は変わっていない。
いつもの酒場でピザを食べ、締めにストロベリーサンデーを食べる。
残念ながら金は無いのでツケにしているが。
「おいトニー、ようやくツケを払ったと思ったのにまたツケ払いとはどういう了見だ。
あの嬢ちゃんにたっぷり報酬をもらったんだろうが」
「ああ、もう使っちまった。最新技術を使ったジュークボックスが輸入されててな。
最高だぜあれは。特にその中の一曲がお気に入りで何度聞いても飽きないのさ」
「おっま、そんなもんに大金つぎ込んだのか!? ふざけやがって、お前に食わすピザはねぇ!」
「あ、オイ待てよまだ一切れしか」
そんないつも通りのやり取り。
一年は遊んで暮らせる報酬を一月もかけずに使い切ったトニーもいつも通り。
そんないつも通りの日常にちょっとしたいつもと違う風が吹く。
からんからんと扉が開く。
入ってきたのは黒髪の見覚えのない女。硬質な雰囲気。
女は店内を見回すと、他に空いている席がいくらでもあるのにトニーの隣に座った。
「彼と同じものを」
女の注文にマスターはトニーに視線を送ったがトニーには女の顔に全く見覚えが無い。
女の方から話しかける気はないのかくつろいでいる。
「どこかで会ったか?」
黙っていられなくなったトニーは遠慮なく問いかける。
だが女は肩をすくめるだけで答えない。
沈黙を破ったのはテーブルに置かれた焼き立て熱々のピザとストロベリーサンデー。
「はいよ、おまち」
マスターは場の空気を読んで料理を置くとすぐに厨房に引っ込んだ。
湯気を上げるピザはできたての内に食べるのが鉄則と知っているのか、女はフォークとナイフでくるくると丸めて素早く上品に食べていく。
皿を空にするとストロベリーサンデーに取り掛かる。冷たいアイスの甘みと赤いソースの酸味を楽しみこれもぺろりと平らげた。。
完食した女は上品にハンカチで口元をぬぐう。
「ごちそうさま、やっぱりここのピザはおいしいわね」
そういってから女はようやくトニーに向き合った。
「まだわからない?」
「まだって言われてもな、ヒントもなしじゃ答えようもないぜ」
「そう?」
女は笑ってトニーの耳元に口を寄せ、一言つぶやいた。
「・・・ダンテ」
目を見張って驚くトニー、いやダンテ。
その名前を、ダンテの名前を教えた相手は片手の手に余るほどしかいない。
直近では一人しか。しかし、いやまさか。
「・・・ジェーン・ドゥ」
「あたり」
いたずらが成功した小憎らしい笑みで女は、いいやジェーン・ドゥは見たことのない顔で笑った。
「驚いたぜ。背も伸びてるじゃねぇか」
「時間はかかるけどこういうこともできるのよ。驚かせられてうれしいわ」
「茶化すなよ。それで仕事は終わったのか?」
「ええ、あいつらにはふさわしい罰が下される。楽には死ねないでしょうね」
ジェーンは言い切った。
詳しくは語らなかったがその顔を見るがぎり、あの二人がどうなったかは聞かないほうがよさそうだ。
「そうか、あんたの気が済んだならそれでいいさ」
「私の決着はあの時済んだのよ、だからもう気にすることじゃない」
ジェーンにとって復讐はもう終わったことのようだった。
「私はいろいろと報告をしたり手続きをしたりして忙しくしていたけど、ようやくめどがついて少し前に退職したの」
「やめちまってよかったのか?」
「あそこにいる理由はもうないから、いろいろ条件を付けて引き留められたけどすべて断ってきたわ」
魔王領でも有数の商会ならかなりのいい条件が並んだだろうに、それでもジェーンにとって魅力的には映らなかったようだ。
ではジェーンにとって優先すべきこととは一体何か。
「それで、これからどうするのかは決まったのか?」
あの日、ジェーンはすべてが終わったら死んだ主の後を追うと言った。
ダンテも引き留めはしたものの、こうして再び現れるかは半々の確立だと考えていた。
だがそれで死ぬのをやめたとは言い切れない。
「これから先、ね」
ジェーンは言葉を探すように視線を彷徨わせた。
「私はパティのために生きていた。パティのいない世界では生きていけない。
だから死んでパティの所へ行こうと思ったの、でもね」
ジェーンは寂しそうに笑った。泣きそうにも見える。
「実際には少し違ったの。
一日すぎるたびに、一度食事をするたびに、一つ呼吸をするたびに、少しづつ慣れていくのよ。
パティがいないこの世界が当たり前になっていくの。
ひどい裏切りよね、私はパティがいなくなっても生きていくことができるのよ」
忠義を尽くした相手が死んだ後にも生きていられる自分がいることは、ジェーンにとって思いもよらないことだったのだろう。
時間は残酷で慈悲深い。
どれほど深い傷もやがては癒してしてしまえる。
「私はパティの為に死ねる私でありたかったのよ。」
ジェーンの頬を涙が伝う。
何よりも大切だから、何よりも大切なままでいたかった。
「だけどそうはしなかった、違うか?」
涙をこぼしながらジェーンはうなづいた。
そして懐から羊皮紙を取り出す。
「遺書があったの、パティが生前書いたものが。
パティは兄妹の中でも地位の低い妻の子で、母親も幼い時に死別していたから後ろ盾がいなかったの。
だからこそ人一倍努力したし商会の手伝いも早くからしていたわ。
才能もあって、父親の目にも留まってだんだん重要な仕事を任されるようなった。
でもそれが面白くない人も多かったみたいで、命を狙われることも何度かあった。
この遺書はたぶんその時に書いたものね」
「なんて書いてあったんだ」
ジェーンが遺書を開いて読み上げる。一つ一つ自分に言い聞かせるように。
「自分が死んだら個人的な財産は仲間たちで分けること、仇を討とうとは考えないこと、みんな仲良く前向きに生きること、幸せになってください。だって」
「それは、あれだ、ちょっとだけ遅かったな」
「そうね、もう仇討っちゃった、ふふ、きっと驚くでしょうね」
ジェーンは笑った、泣きながら笑っていた。
「だから、自分で死ぬのは止めるわ。こんな世界だから嫌でも死ぬ時がやって来るでしょう。
だからそれまで、精一杯生きて見るわ」
ジェーンはさっぱりとした顔で宣言した。
その目にはもう死に向かうような暗い光はなく、前に進もうという強い意思が宿っていた。
「なんだ、もう大丈夫そうじゃねえか」
「おかげさまでね。
あなたが言った通り、私にも死にたくても死ねない理由があったみたい」
「人生は自分の思うようにはいかないものさ、だから刺激的で楽しい、そうだろ?」
「そうね、本当に」
もう、ジェーンの涙は止まっていた。
ダンテは笑った、ジェーンの新たな門出だ。
「よし、乾杯しようぜ、あんたの奢りだ。おーい、マスター酒を注いでくれ、一番いい奴だ」
「いいわ、約束通り一杯だけ奢ってあげる」
厨房の奥からマスターがひょっこり顔を出す。
「話は終わったか? よし、一番いい酒と言うならとっておきのを出してやる」
そういって地下のワインセラーからマスターが持ってきたのは、ラベルもボロボロの50年物のワインだった。
かすれて名前も読めないほどだ。
「おいおい、これ大丈夫かよアルコールが揮発してお酢になってねえか?」
「心配するな、保存状態は完璧だ。こいつはグリーンヘブン産の最高級品で100年だって耐えられるワインだ。ちょうど今が飲み頃だぞ」
マスターは慎重な手つきでコルクをゆっくりと抜いていく。
スッコルクが離れるとボトルの注ぎ口からふわりと木と果実の香りが漂い店内を包む、朝露に濡れた森の中のような大地の匂い。
「こいつはすげぇ」
グラスに注がれることで香りは変化していく、様々な花が次々に咲いて新たな門出を祝うように。
ジェーンとダンテはグラスを掲げた。
「死んだ者に」
「それでも続く人生に」
「「乾杯」」
その味は言葉にできない奇跡の様に素晴らしいものだった。
>「Devils never cry」:
悪魔は泣かない。人間だけが涙を流す。誰かを思って流す涙は人の暖かな心を証明する。
大事なものとの別離や死に直面した時に流す涙は純人種も魔人も変わらない。
人を思って涙することができるならそれは人間だ。
心を信じる彼の精神性の象徴となる言葉。
信じ続ける限り彼は諦めず絶望しない。
これにて「MISSION 1」終了です! ありがとうございました!