くもりくもらせ   作:aru

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1,御剣舞の死

 

 

 

 

 

 

 怪異。夕刻から夜にかけて現れ、人を驚かせたり害を成したりする化け物たち。それを退治するのが私たちの仕事だ。

 

「舞! 仕事よ!」

 

 声をかけられ、私はスマホから顔を上げた。目の前には明るい栗色の髪を後ろで束ねた、ゆるふわという言葉がぴったりな雰囲気の女の子―時雨あかりがいた。

 

「なに? 今動画見てるんだけど」

 

「怪異が出たから課に来いって」

 

「あー……わかった。動画終わるまで待って」

 

「そんなの後で見ればいいじゃない。ほら、行くよ!」

 

 あかりは私の首根っこを掴んで皮張りのソファから引きずり下ろすと、ずるずると廊下に引っ張り出す。そのまま「怪異課」に連れていかれた。

 

 藤見市役所にある「怪異課」は人に害を与える怪異を退治するための組織だ。怪異が出現すれば、私たち職員が現場に急行して始末する。しかし怪異と戦うには呪具を扱えるだけの霊力を持っている必要があるうえ、死亡率が高いので常に人手不足なのだ。

 

 私やあかりのような高校生の臨時職員にも仕事が回ってくるのは、そんな事情があるからだろう。

 

 部屋に入ると、白髪交じりの髪を撫でつけた50代くらいの男―丑三(うしみつ)課長がいた。課長はあかりに引きずられている私を見て苦笑した。

 

「ご苦労さん、時雨君。御剣君をここまで連れてくるのは大変だったろう」

 

「ほんとですよ。舞、たまにはすぐ来てもいいんじゃない?」

 

「……今度はすぐ行くから」

 

「もー、次は絶対自分で来てよ?」

 

 あかりはやれやれとばかりに笑った。

 

(ああ、あかりは今日もかわいい)

 

 私は、ころころ変わるあかりの表情を見るのが好きだ。対怪異課でいっしょに戦ってきて、笑い、恐れ、怒り……彼女のたくさんの感情を見てきた。どのあかりも可愛くて好きだった。

 

 だが、一番私の心に刺さったのは、彼女が悲しむ顔、つらい思いをしているときの顔だった。

 

 あれは確か、怪異との戦いで初めて同僚が死んだときだった。私も多少は悲しかったが、仲良くしていたらしいあかりにはかなりダメージがあったらしく、号泣してからずっとふさぎ込んでいた。

 

 そんな彼女を見て……フフ……下品なんですがその……興奮しちゃいましてね。

 

 私はそんな彼女の顔が見たくて、心に傷を負わせるにはどうすればいいかを考え続けた。その結果、私が彼女と親密な関係を築いてから死ぬのが一番精神的ダメージを与えられる方法だということに気がついたのである。

 

 この方法の問題は死んだ後に彼女の顔を見られないことだが、その点については克服済みだ。

 

 私がお守りに入れている殺生石のかけら。これがあれば死後しばらく幽霊として彷徨った後、適当な人間として肉体をもって現世によみがえることができるのである。

 

 しかもこれを使えば、私―「御剣舞」が死んだ後も、彼女に別人として近づいて親しくなり、死ぬことを繰り返すことができる。曇らせ永久機関の完成だ。

『ああ、人間は度し難いな』

「今回は廃病院に出没している怪異を退治してもらう。看護師の恰好をしてるらしいから、悪霊か擬態系の怪人だろう。事前調査によると、瘴気は45%」

 

「45ですか。なら安全ですかね」

 

 怪異は特有の瘴気を放っており、空気中の瘴気が濃いければ濃いほど怪異本体の危険度が高い。職員はそれぞれ自分の強さと比較して戦いに行くかどうかを決めるのだが、私の対応できる怪異は70まで、あかりが50くらいまでなのでこれは安全な任務ということになる。

 

(ま、簡単には死ぬチャンスは来ないか)

 

 私が難しい顔をしていると、あかりは不思議そうな顔をして私の顔を覗き込んできた。

 

「どうしたの? なんか不安なことでもあるの?」

 

「別に。今日の仕事が終わったら駅前のアイス屋さんに行きたいなって」

 

 とっさにそう答えると、あかりは腰に手を当て、たしなめるように言った。

 

「それ、死亡フラグって言うんだよ。いくら舞が強くても、戦いの最中にそんなこと考えてたら死んじゃうよ」

 

「でも」

 

「でもじゃなくて。ちゃんと戦いに集中してね。死んだら私泣いちゃうよ!」

 

 それが見たいんだけど。と思ったが、口には出さなかった。

 

「わかったわ」

 

「それならよし! まあ、私もちょうどそのお店の半額クーポンもってるし、終わったら一緒に行こっか」

 

 そう言って、あかりはにこりと笑った。

 

 ああいい子!ほんッッとうにその笑顔が曇る瞬間が見たいです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕刻。二人は現場―廃病院に到着した。病院はやや老朽化していて、確かに怪異の住処になりそうな雰囲気を醸し出している。

 

 隣を見ると、あかりのバディである黒髪ロングの少女―御剣舞は、ふだんの気だるげな雰囲気はどこへやら、ぴんと張り詰めた空気を身にまとい、廃病院を見上げていた。

 

「どうしたの?」

 

「瘴気を全然感じない」

 

「夕方には出てこないタイプなんじゃない?」

 

「そうかもね。……でも、警戒はしとこう」

 

 舞は辺りを見回しながら、病院へ入っていく。ふだんはだらしがないが、戦いのときだけは頼もしい。いつもこんな調子なら、クールビューティーなのに。そんなことを想いながら、あかりは後に続いた。

 

 病院内は、まだ日が昇っているにもかかわらず薄暗い。病棟の廊下を歩きながら、あかりは自分の呪具―薄手の手袋を身に着けた。

 

「そういえば、あかりはなんでこの仕事やってるの?」

 

 そのとき、舞が口を開いた。唐突な質問にあかりは少し面食らった。

 

「私は親がいないから一番稼げるこの仕事をやってる。けどあかりは普通にお父さんもお母さんもいるよね」

 

「なんでって言われてもなあ……霊力があって呪具が使えるってわかったから……かなあ。私が戦えばいろんな人を助けられるでしょ」

 

「自分が死ぬかもしれないのに、そんな理由でやってるの?」

 

「……うん。こういうのは、誰かがやらないといけないんだよ」

 

「ヒーローみたいなこと言うのね」

 

 舞が茶化すように言ったので、あかりは赤面した。

 

「あなたが言わせたんでしょ」

 

「ごめんごめん。真顔でそんなこと言う人初めて見たからさ」

 

「この……!」

 

 軽く小突こうとしたとき、舞が振り返り、唇に人差し指を当てた。あかりがはっとして前を見ると、廊下の向こうにたたずむ人影があった。

 

 「それ」はナース服を着ていて、遠くから見ると何の変哲もない看護師のように見える。しかし、顔の部分だけは墨で塗りたくられたかのように真っ黒で、表情をうかがい知ることはできない。

 

 怪異はゆっくりとこちらを向いた。あかりたちの存在を認識したらしく、こちらに向けて突進してくる。

 

「あれが今回の目標みたいね。走ってくるってことは、飛び道具はないのかな」

 

 舞がそう言ったときにはすでに、ナースは目の前まで距離を詰めてきていた。あかりはとっさに彼女の前に立ち、左手を掲げる。

 

「『塗壁(ヌリカベ)』!」

 

 ナースの突進が止まった。足は動かしているのだが、見えない壁にはばまれているせいでこれ以上進めないのだ。あかりは壁を展開したまま、右手を向ける。

 

「『鬼火(オニビ)』」

 

 指先から青白い炎が迸った。身体を焼かれたナースはあっという間に炭化し、ごとりと床に倒れる。

 

「ナイス」

 

「油断しないで。この騒ぎを聞きつけて他がくるかも!」

 

 そのとき、廊下の向こうから何体ものナースたちが走ってきた。多い。私の「塗壁」では防ぎきれないだろう。

 

 舞はそれを見て、ポケットから手のひらサイズの小さい鎌を取り出した。ただのキーホルダーのように見えるが、これが彼女の呪具なのだ。

 

「んー……これは私の担当か」

 

 呪具は彼女の背丈ほどもある大きな鎌へと変化する。舞は大鎌を構えると、名を呼んだ。

 

「『鎌鼬(カマイタチ)』」

 

 その瞬間、舞は目にもとまらぬ速さで怪異の群れに突っ込んでいった。ちか、ちかちか、と光が瞬き、先頭にいたナースの首が飛んだ。後ろに続いていた者たちもまとめてなぎ倒される。

 

 運よく最初の高速斬撃を逃れたナースが着地して動きを止めた舞に手を伸ばす。が、あかりが瞬きをし終わったときには脳天から両断されていた。

 

 チリとなって消えていく怪異の死体を見ながら、舞はため息をついた。

 

「全部チリになっちゃったか。残念」

 

「まあそんなに強い怪異でもないし、そりゃそうよ」

 

「ボーナスが欲しかったんだけどなあ」

 

 力の強い怪異を倒すと、死体がチリにならずに一部だけ残る。これをもとにあかりの「塗壁」や舞の「鎌鼬」のような怪異の力を再現する呪具が作られるのだが、そんな怪異には遭遇することはめったになく、遭ったら遭ったで殺される可能性が高いので、怪異の死体はなかなかお目にかかれないのである。

 

「死ぬ心配がないんだから贅沢言わないの。とりあえず病院にいる怪異を一掃しましょ」

「はーい」

 

 あかりと舞による、廃病院の捜索が始まった。元々この場所が怪異を引き付ける性質をもっていたのか、人がいないから集まってきたのかはわからないが、ナース型の怪異はそこら中にいた。

 

 とはいえ、戦闘というほどの戦闘にはならなかった。ほぼすべて舞が瞬殺してしまったからだ。彼女はあかりと同じ臨時で雇われているが、実力は課で最強といっても過言ではない。

 

(天才だもんな。舞は)

 

 舞が課に入って来たのは、あかりが怪異狩りを始めてしばらくしたころだった。両親が交通事故で亡くなり、食べていくために怪異狩りになった新人がいるという話を聞いていた。当時面識はなかったが、彼女の境遇に同情していたことは覚えている。

 

 だから、舞が「鎌鼬」を使って研修が終わった日のそのうちに15体の怪異を斬り捨てたという話を聞いたときは驚いた。あの呪具は高速斬撃の制御が難しく、誰も扱えないと思われていたからである。それを舞はあっさりと使いこなしてみせた。

 

 そんな彼女とバディを組まされると聞いてどんな化け物が来るかと緊張していた。しかし彼女と会って一緒に行動しているうちに気づいた。舞は親を殺された悲劇のヒロインでも怪異を殺しまくるヒーローでもない。ただの女の子だった。

 

 カラオケで楽しそうに歌ったり、スイーツを横取りしてきたり、テストで悩んでいたり。たまたま怪異を殺す才能があるだけで、後はあかりと何も変わらない。

 

 それに気づいてから、あかりは舞と一緒に長い時間を過ごしてきた。

 

「『鬼火』っと……あらかた倒したかな」

 

 倒れている怪異を焼きながら、独りごちた。廊下の向こうでは残りの怪異たちと舞が斬り結んでいる。舞が負けるわけがないから、あれが片付けば任務は終わりだろう。

 

(あ、アイス屋のクーポン。どこ入れてたっけ)

 

 そう思っていたからか、あかりは「戦いの後」のことを考え始めた。さんざん舞に注意していた油断が、ぬらりと思考に入ってきていた。

 

 ポケットを探ってクーポンを探そうとした、そのときだった。

 

「あかり! 危ない!」

 

 どん、と突き飛ばされ、あかりは床を転がった。

 

「痛った……舞、どうしたの」

 

 顔を上げて、あかりは息をのんだ。目の前にいる舞の脇腹には、何本ものメスが突き刺さっていた。

 

 一体どこから―あかりが目を走らせると、索敵を終えたはずの病室の床から、染み出すように巨大な化け物が現れた。人間の身体が寄せ集められて団子になったようなグロテスクな姿で、飛び出ている無数の手には鉗子やハサミ、メスなどの手術用具が握られている。

 

「逃げて。たぶん()()()()()()()()()()()相手だから」

 

 舞は脇腹を押さえながらそう言った。指の隙間から恐ろしいほどの血が流れ、ブラウスを赤黒く染めている。

 

「何言ってるの。舞も逃げるのよ」

 

「無理」

 

「無理じゃない! 『鎌鼬』なら誰も追いつけないでしょ!」

 

「逃げてもどうせ血が足りなくなって死ぬ。自分の身体のことくらいわかるわ」

 

 寂しそうに笑った舞を見て、あかりは自分の眼の奥がつんと熱くなるのを感じた。舞が致命傷を負ったのは分かっていた。だが認めたくなかった。

 

「なんで私をかばったのよ! なんであなたが!」

 

「そんなこと聞かないで。照れくさいから。……それより、早く逃げて。今はあっちが警戒してるから大丈夫だけど、いつ襲い掛かってくるかわからないわ」

 

 死を目前に、舞は飄々としていた。彼女の中身はただの女の子なのに、泣き叫びたいはずなのに、どうしてこんなに冷静でいられるのだろう。あかりが茫然としていると、舞はしびれを切らしたように怒鳴りつけた。

 

「行きなさい!」

 

「……ごめん」

 

 あかりが泣きながら駆けだすと、背後で刃物のぶつかり合う音が聞こえてきた。舞と化け物の戦いが始まったのだ。助けてもらったのに逃げることしかできない自分を呪いたくなった。

 

「……あとは頼んだわ、あかり」

 

 それが、最後に聞いた御剣舞の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藤見市対怪異課臨時職員 御剣舞(16)

 

 廃病院にて怪異との戦闘中に死亡。推定死因は四肢切断によるショック死。生活反応あり。御剣が所持していた「鎌鼬」の回収は完了、バディである時雨あかりは生還。

 

 

 

 




あかり視点はシリアスです。主人公視点はシリアルです。
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