くもりくもらせ   作:aru

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10,五分前にキメよう

 

 

 

 

 真白の強さは想像以上だった。

 

「鎌鼬!」

 

 地面を蹴って斬りこんでいった真白は、あっという間に警官の顔をもつシェパード犬をなますにしてしまった。戦い方は舞と同じで見慣れたものだったが、精密性はまったく違った。

 

 宙を舞い、ありえない角度で曲がる。急停止、斬撃。粗削りで直線的な動きの多かった舞よりも軌道が滑らかなのである。薬の影響か、それとも異類が呪具との親和性が高いのか。それは分からなかったが、とにかく真白は強く、あかりは今日の仕事で一度も呪具を使っていなかった。

 

「あかり!ほら見て勝ったよ!」

 

「そうね」

 

「そこは褒めてよ」

 

「今倒した怪異、倒せないと話にならないってレベルよ。いちいち褒めてたらキリないわ」

 

「むう。ちなみにあかりは私より早くこいつらを倒せるの?」

 

 少し不満げに頬を膨らませた真白に言われ、あかりは言葉に詰まった。

 

「私の呪具はあなたのより防御に寄せてるから、難しいわね」

 

「できないってこと?」

 

「……役割分担上、しかたないのよ」

 

 あかりは少し苛々しながらそう答える。真白がすぐ調子に乗るせいもあるが、彼女よりも弱く、戦えない自分がもどかしかった。

 

 基本的に職員の強さは呪具に依存するので、強くなるには呪具を変えるのが手っ取り早い。しかし今持っている鬼火と塗壁があかりの扱える最強の呪具で、これ以上強くなることはできないのである。後々他の呪具を使えるようになるケースもあるが、今のところあかりにその兆候はなかった。

 

(こんなんじゃ、仇を討つこともできない)

 

 メリーさん、そして河童の姿を思い出し、あかりは歯噛みした。前者は電話を取らなければいいだけらしい(そのため現在怪異課ではメッセージでやりとりしている)が、後者は純粋な力量差で負けていた。あれと同じレベルの怪異が他にいるとなると、あかりが怪異たちと渡り合えるかという見通しすら怪しくなる。   

 

 ぽっと出の真白がばったばったと敵をなぎ倒しているのを見ると、悔しさがこみあげてきた。自分はもうこれ以上強くなれないのに。

 

 そんなあかりの内心を気にする様子も見せず、真白はくるくると回っていた。

 

「ところで空き地はだいたい駆除し終わったと思うけど、次はどこ?」

 

「これで終わり。いつものルートの終点だし」

 

「そう。じゃあ帰ろっか。あかりの家に」

 

「……今なんて?」

 

「私、あかりの家に住むことになってるから」

 

「はあ?」

 

 半信半疑で真白とともに帰宅し、出迎えてくれた母親にそのことを聞くと、あっさりとうなずかれた。

 

「あなたの職場のとこの課長さんが来てね。支給金の話を聞いてたら、まあこの子を住ませる方が得かなって」

 

「でもこの子異類なのよ? 怖いとは思わないの」

 

「しっかり制御出来てるんでしょ。それに結構可愛いじゃない~」

 

「あはは、それほどでも~」

 

 母はがしがしと真白の頭を撫で始めた。真白がまんざらでもなさそうな顔をしながらされるがままになっているのを見て、あかりは今日何度目かもわからないため息をついた。

 

「一階の和室が空いてるから、そこを使うといいわ」

 

「ありがとうございます。お母さま」

 

「わあ、ねぇ聞いた、あかり? お母さまだって。育ちがいいのね」

 

 お母さま、なんて言うキャラでもないだろうに。少しめまいがした。しかしあかりを含めて家族の中で母親の決定に逆らえる者はいなかったので、不本意ながらも共同生活を送るしかないようだった。

 

 

 

 

 

 

 朝。朝食を摂るため制服に着替えてダイニングにやってきた時雨光紀(こうき)は、見知らぬ少女が姉と同席して食事していることに気がついた。

 

 少女の方も光紀の存在に気がついたらしく、にこりと笑いかけてきた。

 

「ああ、あなたがあかりの弟さん……光紀君ね。初めまして、私は真白。よろしくね」

 

「どうも。……昨日、母ちゃんの言ってた同居人?」

 

「そ。これからお世話になるわ」

 

 そう言いながら、真白はバターをたっぷりと塗ったトーストを美味しそうに齧った。カワイイ。異類といって純粋な人間ではないらしいが、突然美少女と一緒に住むことになるという漫画のようなできごとに光紀の心は踊った。

『このパンとか言うの、うまそうじゃのう……』

「もう父さんと母さんは仕事行ったから、光紀も食べ終わったらさっさと学校行きなさいよ」

 

 トーストを光紀の皿に置くと、あかりはそう言った。あかりの高校は家の近くにあるが、光紀の中学は少し遠い所にあるので早めに出ないと間に合わないのである。

 

「そういえば真白はいつまでいるの?」

 

「うーん、まだ決まってないんだけど、とりあえず私が死ぬまでとかかなあ」

 

「ずっといるつもり?」

 

「いや。たぶん1年もすればいなくなるんじゃないかな」

 

 まるで自分のことを話しているとは思えない発言。怪異課の作戦次第であちこちに行くからなのだろうか。そんなことを考えていると、あかりが真白に話しかけた。

 

「そういえば私が学校に行ってる間、真白は何するの? 昼は怪異もそんなにいないと思うけど」

 

「怪異課に行って聞いてみる。もし仕事なかったらあかりの学校に遊びに行こうかなあ」

 

「やめて。ただでさえ昨日のアレのせいで噂になりそうなのに。学校に怪異が出でもしない限り、絶対呼ばないから」

 

 姉はなぜかあまり怪異課での出来事を話したがらないが、それは学校でも同じらしい。

 

「……暇ならさ、うちの中学の調査してくれない?」

 

 そのとき、光紀は思いつきを口にした。

 

「うちの学校で1人、女子が死んだんだけどさ。その原因がわかんないから、ひょっとしたら怪異のしわざかもって」

 

 何か月か前に転校してきた女子だった。口数は少ないが大人びていて頭もよいので、影で人気のある子だった。しかしおととい教室にいったときには机の上に花が置いてあり、彼女の死が告げられた。原因は一切告げられず、タブーのように扱われていた。

 

 謎の死を遂げた転校生の話をすると、あかりの方が少し興味をもったようで、口をはさんできた。

 

「それで死んだ子の名前はなんていうの?」

 

「御剣凛っていうんだけど」

 

 その名を聞いた瞬間、あかりは苦虫を嚙みつぶしたような顔になった。真白はなぜか納得したような顔をしていた。

 

「……その子については分かってる。真白は怪異課に行っときなさい」

 

「は~い」

 

「もう学校に行くわ」

 

 突然態度を変えたあかりは皿を食洗器に入れると、家を出て行ってしまった。光紀がぽかんと口を開けている一方、真白はなぜか少し嬉しそうだった。

 

「……何、今の?」

 

「さあ、わかんない」

 

 うそぶくと、真白はまた新しいトーストにバターを塗り始めた。

 

 それから数日間もたつと真白のいる生活にも慣れてきたが、相変わらず彼女自身については謎のままだった。コーヒーが苦手だとか、映画をよく観ているだとか、そういったどうでもいいことは分かってきた。だが彼女の由来や考えていることはいまだに全くわからない。

 

 不思議な人物だった。底なしに能天気。無邪気で正体不明。異類だというフィルターでそう見えているのかもしれないが、まるでつかみどころがなかった。

 

 ある日の夜。洗面台で歯を磨いていると、風呂場からシャワーの音と、真白の歌う声が聞こえてきた。

 

(もう帰って来てたのか)

 

 以前は、あかりが怪異課での仕事を終えて帰ってくるのは10時くらいだった。だから平日は朝食のときくらいしか顔をあわせなかったのだが、今は9時、早い時には8時に真白と一緒に戻ってくる。生活の時間帯が重なっているのだ。

 

「とぅもろー、とぅもろー! あいらぶゆー、とぅもろー!」

 

 見た目はハーフっぽいのに、発音は完全に日本人だった。まあ異類に日本「人」というのはおかしいのかもしれないが。

 

 光紀が調子っぱずれの歌に苦笑いしていると、突然、ひゅっ、と異様な呼吸音とともに歌は中断された。続けて、床に何かが落ちる音。

 

「こけた? 大丈夫?」

 

 返事はなかった。光紀は風呂場のドアに手をかけ、少し戸惑ったものの、そのまま開けた。

 

 真白はうつ伏せに倒れていた。彼女の一糸まとわぬ白い裸身に、放り出されたシャワーが噴水のようにお湯を浴びせていた。

 

「真白!」

 

 抱え起こすと、真白が胸を押さえ、荒い息をしていることに気がついた。目は限界まで見開かれ、その端には涙が浮かんでいる。

 

「かりを。あかりを呼んで」

 

「姉ちゃんを? 病院に行った方が」

 

「あかりを呼んで……」

 

 何かの発作のようだった。慌てて光紀はあかりの部屋へ行き、状況を説明した。するとあかりはたいして驚いたようでもなく、冷静に答えた。

 

「……切れたのね。大丈夫。私が何とかするから。光紀は部屋に戻っときなさい」

 

「何なのあれ。持病?」

 

「知らなくていい」

 

 あかりはつっけんどんに言うと、近くにあったポーチをもち、さっさと出ていった。

 

「なんだあれ。せっかく教えてやったのに」

 

 少し腹が立った。あかりは本当に何も教えてくれない。怪異課での仕事だけでなく、真白のことも全く喋ってくれなかった。

 

(……どうするんだろ)

 

 だから、あかりが何をしているのか気になった。洗面台と風呂場につながるドアをそっと開き、光紀はそっと中を覗き込んだ。

 

「もう、切れそうなら早めに言いなさいよ」

 

「あっ、あかり、はやく、はやくしてよ。あっ」

 

「うるさい、黙って。今用意してるから」

 

「おくすり。痛いのよ。切れたらさ、ずっと痛くて。でも我慢して。あかりのために」

 

 ぶつぶつと言う真白の両目は焦点が合っていない。その前であかりが注射器に薬を充填し、気泡を抜いていた。

 

(注射器……?)

 

「ほら、腕出しなさい」

 

 真白が喜々として差し出した右腕には、痛々しい注射痕がいくつも残されていて、光紀はぞっとした。さっきの反応といい、間違いなく真白は薬漬けにされている。そして、彼女をそんな目にあわせているのは、光紀の実の姉―あかりなのだ。

 

「あ、ああ……ありがとうあかり。収まって……きた」

 

 中の液体を注入された真白は、目をつぶり、深く息を吐き出している。

 

(何やってんだよ。何やってんだよ姉ちゃん)

 

 光紀は怖くなって自分の部屋に逃げ帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 普通に禁断症状がきつい。

 

 確かに戦闘力は向上するし、動体視力や反射神経は「舞」だった頃と比べ格段に強化された。しかし1日ごとにあの薬を打たなければ地獄のような発作が襲ってくる。

 

 四肢切断や串刺しの痛みは情熱と気合で乗り越えてきたが、禁断症状の苦しみは想像以上だった。頭の中をハリネズミが暴れまわっているような痛みを、時間感覚を5倍にも6倍にも引き延ばされた状態で味わうハメになるのである。さすがにこたえた。

 

 今度は、効果が切れるまでの周期を見誤らないようにしなくては。

 

 昼下がり。私は浜矢とともに怪異たちの隠れそうな空き家に踏み入りながら、そんなことを考えていた。

 

「あーあ、昼に探してもやっぱ見つかんねえよなあ」

 

 浜矢はあくびをしながら言った。日が出ている間、怪異は山や街のどこかに潜んでいて姿を現さないので、あかりやそれに従う私を除き、職員は基本的に昼夜逆転している。眠そうなのはそういうわけである。

 

「まあ、相手方も昼に探しに来るのは分かってるでしょうし、そう簡単に見つかる場所にはいないでしょう」

 

 現在の藤見市怪異課はメリーさん一派に対応するため、昼も活動している。私はあかりと組むとき以外は空いている適当な職員とともに彼らを探している―のだが。

 

「それにしても三日続けて収穫なしってのはやる気無くすぜ」

 

「……課長も根気がいるって言ってましたしね」

 

 空き家や下水道など、普段立ち入らないところにも入って捜索を続けているのだが、雑魚怪異はいても知性のある怪異は発見されなかった。

 

 そもそも敵がそれほどいないのか、スパイが事前に捜索場所を伝えているのかは分からなかったが、まあ予想の範囲内ではあった。

 

「そういえば、時雨はどんな感じだ?」

 

 浜矢は空き家のドアを開け、踏み込みながら聞いてきた。

 

「どんな感じとは?」

 

「アイツはバディを立て続けに殺られてる。仇を討つために怪異課に籍をおいてるんじゃーないかって思ってるんだが」

 

「聞きましたね。もしスパイだったらこの手で殺してやりたいって言われました」

 

「……前はそんなこと言うヤツじゃなかったんだけどな。腹が立つこともあるかもしれないが、時雨をしっかり守ってくれよ」

 

 これまでのような露悪的な喋り方は鳴りを潜めていた。私たちは部屋を一つ一つ開けながら、会話を続けた。

 

「言われなくても守ります。しくじったら殺処分されるかもしれませんし」

 

「そうか。俺が言うのもなんかちげえかもしれねえけど、頑張れよ」

 

「……優しいですね。そういうこと言われたの初めてです」

 

 そう言って浜矢の方を振り返ったが、彼は別の方を見ていたので顔は見えなかった。

 

「別に同情はしてない。ただお前らみたいな奴が死ぬのを見たくないだけだ」

 

 それから捜索を続けたが、やはりここにも怪異はいなかった。私と浜矢はすごすごと家を出た。

 

「……移動が面倒くせえし、神標呼ぶか」

 

 手鏡を出してから携帯でメッセージを打ち始めた浜矢をみていて、私はふと気になったことを聞いた。

 

「そういえばあかりに聞いたんですが、神標さんって怪異を食べるのが好きな人ですよね。なんでそんなことしてるんですか?」

 

「……あいつ、俺と組む前は恋人とバディ組んでたんだ」

 

 職場恋愛というより、もともとカップルだったものが同じ怪異課に入ったという感じだったらしい。

 

「で、その恋人が怪異に目の前で怪異に吞まれた。野槌(ノヅチ)っていう奴で、何でも丸のみにする大蛇の怪異だ。結局そいつは仕留めそこなって、バディの遺体は残らなかったんだと」

 

「悲惨ですね」

 

「ああ、神標が怪異を食べるようになったのはそれからだ」

 

 きっと食い返しているのだろうな、と私は思った。ある種の復讐のようなものなのだろう。……わざわざ調理して食べるのは理解しがたいが。

 

 そんなことを考えていると、鏡が光って神標が現れた。彼女は少し咎めるような視線を浜矢にやった。

 

「浜矢君。噂話はよくないわね」

 

「悪い。真白が聞きたがったからついな。怪異課に転送してくれ。真白は今日も時雨と合流するだろうから、学校へやってやれ」

 

「わかったわ。……あんまり人の話をペラペラ話さないでね。『雲外鏡』」

 

 神標が呪具の名を呼ぶと、まばゆい光とともに浜矢の姿は消え去った。転送が完了すると、神標は振り返った。

 

「やっと二人きりになれたわね。……聞いておきたいことがあるの。さっき私の話をしてたみたいだし、こっちから聞いてもいいでしょう?」

 

「答えられることならいいですが。何でしょう」

 

「あなた、メリーさんのスパイよね」

 

 まるで値踏みするかのように、神標は私を見ていた。

 

「違います。もしそうなら私はとっくにチョーカーが爆発して死んでますし」

 

「……本当のことを言いなさい。他の人には喋らないから」

 

「だから違うと」

 

「とぼけるな」

 

 神標の声は静かで、しかし冷気を帯びていた。悟りのチョーカーをつけているにも関わらずしつこく疑ってくるその様子を見て、私はある確信をえた。

 

(……ああ、この人か)

 

 まず、課長はありえなかった。彼の立場ならダブルチームを組ませず一人ずつ殺していけばいいだけだし、そもそもメリーさんは彼を殺すと言っていた。

 

 鏡の情報を共有したのは戦いの直前だったので、隣町へ行っていた五幣である可能性は低い。

 

 そしてあかりはずっと私と一緒にいたので、メリーさんに鏡のことを伝える時間はなかった。

 

 残るは浜矢と神標だったが、先刻、浜矢は私から情報を引き出すチャンスがいくらでもあったのに、何も聞かずただ漫然と話していた。

 

 メリーさんに連絡して私が彼女の送り込んだスパイではないと聞かされていても、それを信じられる証拠はない。だから何かしら聞いてくるはずなのだ。彼女がそうしてきたということは――

 

「神標千鶴さん。あなたがメリーさんの手先だったんですね」

 

 驚愕し目をみはった神標に、私は大鎌を向けた。

 

 

 

 

 




このお話は100万回生きた猫35L、迷い家20kg、呪術廻戦4L、うしおととら1.5kg、夜の都800g、チェンソーマン250g、ツインスターサイクロンランナウェイ100g、くもらせ、被虐などその他少量15の要素で構成されています。
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