くもりくもらせ 作:aru
「先手必勝。鎌鼬!」
私は悠然と立っている「吸血鬼」めがけ、弾丸のように突撃した。単純な攻撃だが、これを食らって生きていた怪異は一体もいない。変に警戒して守りに入るのではなく、馬鹿みたいに突撃するのが「鎌鼬」の最も効率的な運用なのである。
その定跡を過信しすぎていたと言うべきだろうか。吸血鬼を斬り捨て、家の外に勢いよく着地したそのとき、左の脇腹に鋭利な痛みがはしった。
「痛っつう……」
脇腹が裂け、血が流れていた。
(……鎌鼬の弱点、見抜かれてたか)
吸血鬼とすれ違う際、ヤツは鋭利な爪を斬撃軌道上に置いていた。「真白」になってからも、斬撃の軌道はあらかじめ決めているものを使っている。だからそのルートに刃物を置かれるだけで、自分から当たりに行ってしまうのである。
狭い空間で軌道を予測されやすかったのもあるが、この対応はまるで「鎌鼬」を知っているかのようだった。
「やはりそうですか。鎌を見てもしやと思ったのですが……鎌鼬は狩人にやられて武器にされていたのですね」
振り返ると、袈裟斬りに両断されていた吸血鬼の身体がうぞうぞと集まり、くっついていた。他の怪異とは比べ物にならない再生能力をもっているらしい。
再生が完了した吸血鬼は、大袈裟な仕草で顔を覆った。
「友人をこんな姿にするなんて……むごすぎる。ああ、なんという非情。マドモアゼル。貴方の罪深さがわかりますか」
「知らないわ。そもそも私が来る前から怪異課にあったものだし」
「なるほど。それでは貴方を責めるのは酷ですね……しかし残念だ。彼と約束した夢を叶えられないのは」
「夢?」
「ええ。美女100人を彼が切り、私が飲み干す。そう意気込んでいたのです」
吸血鬼は寂しげに首を振った。怪異って頭おかしいのしかいないのか。私が呆れていると、吸血鬼は顔を覆っていた手を下ろしてこちらを見た。
「せめてもの手向け……あなたの血は彼にも捧げてあげましょう」
「やってみなさい。『鎌鼬』!」
呪具発動。今度は家の外で戦っているので使える軌道に制限はない。一撃を入れたら、再生する暇を与えず斬り殺してやる―私はいくつものパターンを組み合わせ、対応が不可能な角度から吸血鬼に襲い掛かった。
「……真白さん。確かに貴方は強いです。だが、鎌鼬ほどではない」
私が吸血鬼の首を飛ばすと同時に、吸血鬼は私のみぞおちに拳を叩きこんでいた。
「……ッ!」
そのまま吹き飛ばされて地面に叩きつけられると、私は身体を折り曲げ血反吐を吐いた。激痛。息ができない。
『珍しいな。この変態が苦戦するとは』
「おやおや。大事な血が……もったいない」
そう言いながら吸血鬼の身体は首を拾い、胴体に載せる。あっという間に再生していくのを目の当たりにして、私はため息をつきたくなった。
(……駄目だな、これ)
高速斬撃は軌道を読まれてカウンターを食らうし、再生能力のせいでダメージは残らない。絶望的なまでに相性が悪かった。
「真白!」
あかりが駆け寄ってきて、私を抱き起こす。再生中で動いてはこないだろうが、吸血鬼の近くに来るのは危ない。私はあかりの肩を借りて立ち上がりながら、口を開いた。
「あ、危ない。……あの怪異から離れて、あかり」
「あなたを見捨てて? 真白、絶対殺されるでしょ」
「……私は異類よ。見捨てても問題はない、はずじゃ」
「問題ある」
「でも」
「あるっ」
私があかりの顔を見上げると、あかりは悲壮な決意を瞳にたたえていた。
「真白が人間じゃないとか、そんなの関係ない。もう友達を死なせたくないの」
「とも……だち」
あっ最高。ありがとう。「舞」と「凛」背負ってくれてる。嬉しい。彼女の悲しみは好きだけど、それを背負って前向きな決意を抱いてるのもかっこかわいくてとてもいいと思います。
嬉しさのあまりとろけてしまいそうになったが、頭を切り替えて吸血鬼の方に意識を戻した。すでに彼の首は元通りにつながっており、ぱちぱちと拍手していた。
「すばらしい友情。まとめて手折ってさしあげましょう」
吸血鬼が襲い掛かってきた。鎌鼬を発動した私ほどではないが、凄まじいスピードで距離を詰めてくる。彼は私たちめがけて、鋭い爪の生えた腕を振りかぶった。
「塗壁」
甲高い音がした。強固な壁に攻撃を弾かれ、吸血鬼は後ずさる。そういえばあかりの塗壁で張った結界が割られているのは見たことがない。防御型の呪具というのは伊達ではないようだ。
「鬼火!」
あかりが燃え盛る火焔を放つと、吸血鬼は素早く飛びのき距離をとった。
「……避けた?」
私のときは避けすらしなかったが、どうやら彼はあかりの炎を恐れているらしい。吸血鬼とは戦ったことがないので弱点といえば太陽光、銀、流水、臭いの強いものくらいだと思っていたが、炎にも弱いようだ。
吸血鬼は炎を放ったあかりを見て、少し苛立っているようだった。
「メリーめ。炎使いがいるなら教えておけ」
「やっぱり、メリーさんの部下だったのね」
あかりの言葉を聞き、吸血鬼の眼の炎が不快そうに揺らめいた。
「あの外道と一緒にしないでもらえますかね。利害の一致で協力してやっていることは認めますが」
以前遭遇した河童といい、吸血鬼といい、メリーさんは相当嫌われているらしい。あの油のこびりついた排水溝のような性格では致し方ないのかもしれないが、吸血鬼も似たり寄ったりだ。
「真白、立てる?」
「なんとかね」
吸血鬼ほどではないが回復は早い。私がよろよろと立ち上がると、あかりはほっとした表情を見せた。
「あかり。あれは勝てない。助けを呼ぼう」
「そうね。私があいつを押さえるから、課長にメッセージを送って」
あかりは私に携帯を渡すと、吸血鬼に向かって走っていった。その後ろ姿を見ながら、わたしはふと思った。
(そうだ。助けを呼んだら、逝ける……かな?)
おそらくあかりは、守りに徹すれば吸血鬼に殺されることはない。私がいなくとも、救援がくるまで十分持ちこたえられるはずである。
そして彼女は私を友達と言ってくれた。異類の私を仲間だと認めてくれている。これは、いけるのでは? 死んで傷になれるのでは?
『助けてください。時雨家にて吸血鬼と交戦しています』
『了解、すぐに向かう』
返事はすぐに返って来たのを見て、私は笑った。チャンスだ。
(……でも、どうしようかな)
下手に入って殺されるのは間抜けすぎるし、堅実な戦い方をするあかりが隙を突かれるとは思えないから、彼女をかばうというのは実現できない。
となると吸血鬼の方を動かすしかない。彼があかり以外―つまり私を狙う動機があれば、私は死ねる。そしてその動機はたった今できた。こちらの増援。追加の敵が来ると知れば、吸血鬼はあかり以外の血を吸うか、あきらめるかの2択をとるはずだ。
「あかり! 助けが来る! しばらく持ちこたえて!」
私は大きな声で叫んだ。あかり―ではなく、吸血鬼に聞こえるように。
案外戦えるものだな、とあかりは思った。真白がずたぼろにされたのでかなり警戒していたのだが、なかなか相手は攻めてくる様子を見せない。
(……相性の問題か)
塗壁によるガードと鬼火による反撃、どちらも近接戦を得意とする吸血鬼にとっては苦手なものなのだろう。あきらかに攻めあぐねている。
そのとき、「助けが来る」という真白の声が聞こえてきて、あかりはつめていた息を吐きだした。後はここで時間を稼ぐだけ。
「時間稼ぎですか」
ちょうど心を読んだかのように、吸血鬼はつぶやいた。
「確かに応援に来られると厄介ですね。前菜とはいいましたが、あなたの血はまたの機会に。順が前後しますが、他をいただきましょう」
そう言うと吸血鬼はあかり―ではなく、時雨家に向かって走り、ガラスをたたき割って中に入った。
「家の中? ……光紀か!」
まずい。吸血鬼は応援が来る前に光紀の血を吸い、そのまま逃げるつもりなのだ。
「あかり。私が追う」
真白は「鎌鼬」を発動させると、吸血鬼を追って猛スピードで家に入っていった。あかりも真白に続き中に突入し、3人の居場所を探る。と、そのとき2階で激しくもみあう音が聞こえてきた。
「うわあああ!」
あかりが慌てて2階へ上がると、風呂場の方から光紀の悲鳴が聞こえてきた。全力で床を蹴り、あかりは風呂場に入った。
「……ま、しろ」
腰をぬかした光紀が座り込んでいた。彼が凝視しているのは、後ろから吸血鬼に抱き着かれている真白。光紀をかばってくれたらしい。彼女の肩には吸血鬼の歯が埋まっており、その歯からじゅるじゅると血を吸い上げるおぞましい音がしていた。
「美味。上質な瘴気と血がブレンドされていますね。半分は何の怪異なんでしょうか。テイスティングしておこうか……いや美味すぎて止まりませんね」
真白の手は空中をかきむしっているが、吸血鬼をふりほどくことはできていない。助けなくては。
「鬼……」
「おっと、ここで炎を出すと彼女もただではすみませんよ」
吸血鬼のたしなめるような言葉に、あかりは唇を噛んだ。その間も死の抱擁は続き、真白は弱っていく。
「やめて!」
「私もいったんじっくり味わいたいのですがね。吸いつくすまで止まれそうにない」
どんどん血を吸い上げられ、真白の皮膚は真っ青になっている。真白が死ぬ。死んでしまう。
あかりはとっさに叫んだ。
「私の血をあげる! から、真白を放しなさい!」
その瞬間、吸血鬼は真白に突き立てていた牙を抜き、ほう、と嬉しそうな声をあげた。
「ならばその手袋を脱いでください」
(呪具を捨てたら自分だけじゃなくて、3人まとめて殺される。……いや、吸血鬼が真白を離した瞬間に拾えばいける?)
あかりは迷った。生存本能は応じるなと叫んでいる。光紀を守るためにも真白を見捨てろと言っている。だが感情は逆だった。真白は凛の仇を見つけてくれたし、光紀を助けてくれた。あかりは彼女を薬漬けにするという、恨まれても文句は言えないことをしているのに。
それに報いもせず、彼女を見捨てるのか。自分だけ安全圏にいて、舞と凛のときのようにどうしようもなかったと自分を慰め、後悔を味わうつもりなのか。
刹那の思考。だが、決心するには十分だった。
「……わかった」
あかりが両方の手袋を外して床に投げ捨てると、捕まっている真白は信じられないというように目をみはり、弱々しく首を振った。
「あかり。何やってるの。ダメ」
「ほら、外したわ。来なさいよ」
「や……めて、あかり!」
真白の叫びが合図になった。吸血鬼は真白を打ち捨て、あかりに飛びかかってくる。あかりが鬼火の力の宿る右の手袋を拾い、装着しようとし―
「間に合いませんよ」
たときには、吸血鬼が目の前にいた。がしりと両腕を掴まれ、身動きが取れなくなる。
間に合わなかった。あかりは先ほどまでの真白の様子を思い浮かべた。自分も同じように血を吸いつくされて死ぬ。後は皆仲良く殺されて終わりだ。
「―――あ」
吸血鬼の牙が、あかりの首筋に触れる直前。
「『
突風が吹いた。激しく吹きすさぶ風をまともにくらい、吸血鬼の眼窩に収まっていた炎がふっと消え去る。すると吸血鬼はそのままあかりに覆いかぶさるようにして倒れこんできた。
「な、なに?」
あかりが突き飛ばすと、吸血鬼は床に転がった。起きる気配はなく、イビキをかきはじめる。どうやら眠っているらしい。
「間一髪だったね」
顔を上げると、そこには小坂部と浜矢がいた。小坂部は古そうな扇『精霊風』をパチンと音を立てて閉じ、安堵の息をついた。
「お前の家の洗面台の鏡を登録しててよかったぜ」
浜矢はそう言うと持っている『雲外鏡』を見せた。神標のものだったが、今は浜矢がもっているらしい。真白の救援要請を受け、助けに来てくれたのだ。
あかりはほっとすると同時に、死にかけの真白のことを思い出した。
「そうだ! 真白……真白が大変なんです。血をたくさん吸われてて……早く病院に連れて行ってください!」
「わかった」
意識を失っていた真白は雲外鏡の力によって病院に運ばれた。
目を覚まして、私は病室にいることに気がついた。
(死んで……ない?)
あかりが手袋を外して吸血鬼に襲われたところまでは意識があった。だが、それからどうなったのかが全く分からない。
「……そうだ、あかり。あかりはどうなったの」
あかりの生死は。彼女に死なれたら、自分が生きていても意味がない。私が飛び起きたちょうどそのとき、看護師が中に入ってきた。
「あ、真白さん起きたんですね」
「あかりは! 時雨あかりは生きていますか!」
「すぐそこであなたが起きるのを待ってますよ。時雨さーん、来てください」
看護師に呼ばれ、あかりと浜矢が入ってきた。私が安堵のため息をついたとき、あかりは私に抱き着きながら、涙に潤んだ声をあげた。
「よかった。生きててよかった」
「……それはこっちのセリフ」
死ねなかったのは残念だったが、心配してくれていたのは悪い気分ではない。私が笑みを浮かべると、浜矢はどっかりと見舞い客用の椅子に座り、持ってきていた林檎をナイフで剝き始めた。
「いや、本当に危なかったぞ。下手したらお前らまとめてゲームオーバーだったし」
「そうね、あかり。なんであのとき私を見捨てなかったの?」
舞のときと同じく、合理的な判断を下して逃げてくれるという予想で光紀をかばったので、あのときは本当に肝が冷えた。
「今度は死なせたくないと思ってたから」
私の質問に、あかりは少し寂しそうな顔をして答えた。どうもこれまでの「私」の死に思うところがあったかららしい。想われて嬉しいような、チャンスを潰されて悲しいような、複雑な気分になった。
「食え。飯の前に襲われたんだし、腹減ってるだろ」
浜矢はうさぎさんの形に切った林檎を差し出した。まな板もないのに意外と器用らしい。
「ありがとうございます」
浜矢からうさぎりんごを受け取り、ひとくち齧った。なかなか美味しい。しゃりしゃりとしている。私が歯ざわりを楽しんでいると、浜矢はふっと笑った。
「……ま、死ななかったからいいけどよ。お手柄だぜ。吸血鬼の野郎から情報を引き出せたからな」
「情報? 捕まえたんですか?」
「ああ。小坂部が精霊風で眠らせて生け捕りにしたから」
精霊風。死人の魂がのった風で、これに吹かれると難病に罹ったり死んだりしてしまう。さすが対策本部の職員というべきか、強力な呪具を所有しているらしい。
「……で、何が分かったんですか」
「いろいろだ。例えば、親玉の名前とか、本拠地とかな」
「酒呑の御仁」と吸血鬼は言ったらしい。メリーさんが首領としていただくその怪異の本当の名前は教えられなかったというが、まあ日本人なら「酒呑」が何者を指すのかはすぐにわかる。
「酒呑童子。それが今回の組織のトップにいる怪異だ」
丑三課長はそう断言した。この会議室には隣町を一人で支えている五幣を除き、怪異課職員のほぼ全員が揃っている。
「今回の敵は鬼すか。酒呑の野郎は大昔に首斬られたって聞きましたが」
「首を斬られても、あれは生きられるんだ。だから
「なんでそんなもんを生かしてたんすか。さっさと殺せばよかったのに」
浜矢が呆れたように言うと、課長は肩をすくめた。
「仕方ないだろう。力がある怪異は利用価値がある。酒呑の血液は呪具の制作に使えるし、
初耳だった。異類に怪異狩りをやらせるくらいだから、怪異を何かしらの用途で使っていることもあるだろうとは思っていたが。
本部に所属している小坂部と伊見は知っていたらしく特に動揺した様子はなかったが、他は私と同じで、大なり小なり驚きが顔に出ていた。
あかりがそっと手を挙げ、課長に訊いた。
「ちなみに残り1体は何なんですか?」
「白面金毛九尾の狐。伝承通りならヤツは現在殺生石となって力を失っているが、核となる部分は行方不明だ」
「……メリーさんもそれを探していましたが、怪異たちは九尾の狐を復活させて、仲間にするつもりなんでしょうか」
「かもね。まあそうそう見つからないから大丈夫だよ。私たちも管理下に置くために探してはいるけど、いまだに見つけられてないし」
あかりの質問を引き取った小坂部の言葉に、私はぎくりとした。彼女はどこまで掴んでいるのだろう。捜査が続けば、いずれ対策本部は私の父にたどり着く。
彼らは殺生石の仕様を知らないようなので御剣舞と私が同一人物であることを見抜けないだろうが、動向はそれとなく知っておいた方がいいかもしれない。
「見つかってもない怪異の話なんてしても仕方ないでしょう。酒呑が何のために動いているのかはわかったんですか」
話題が狐にそれかけたところを、伊見が軌道修正した。
「……それはわからない。けど私たちに先制攻撃してきたんだし、怪異に対抗できる人間を皆殺しにするとかその辺じゃないかな」
「そのために組織で動いてると。……その辺は捕まえて聞けばいいか。それでヤツは、この藤見市にいるのですか」
「ああ。『隠れ屋敷』という場所に潜んでいるらしい。だから、職員全員でここを急襲して叩き潰す」
課長は地図を広げ、印のつけてある場所―郊外の山奥を指でこつこつと叩いた。
「今度はこちらが攻める番だ」