くもりくもらせ 作:aru
私は逃げた酒呑童子とメリーさんを追って屋敷へ向かった。空を飛んでいるうちに町はずれにつき、山に入り、そして小川のせせらぎの向こうに隠れ屋敷の灯火をみとめ、私は笑った。
メリーさんや河童程度の怪異であれば、100匹まとめてでも鏖殺できる。だが、勝ちを確信して襲いかかろうとした瞬間、隠れ屋敷は忽然と姿を消した。
時間切れだった。午前0時。藤見市に出現する時間が終わり、隠れ屋敷は別の場所へ移動したのだ。それをさとった私は近くにあった大木に拳を打ちつけた。
そういえば酒呑童子は一度隠れ屋敷に私がやって来ていたことを知っていた。私がここまで追いついて来ることは十分予想したうえで、「逃げ」の手が使えることを計算に入れていたのだろう。私はヤツを取り逃がしたことに怒り狂いながら、周囲の木々をなぎ倒した。
それから少しの間、うっぷん晴らしのため山にいた野良の怪異たちを殺して回っていたが、朝が近くなると急に眠気を催してきた。九尾の狐といえども怪異ということらしい。私は適当な人間に化け、紙幣に換えた葉で駅前のホテルにチェックインした。
「……次のニュースです。一昨日、藤見市西織町で時雨勉さん(41)とその妻圭子さん(39)の遺体が発見されました。居合わせた光紀さん(15)の証言によると、侵入してきた怪異によるものとみられ……」
それから二日。私は布団をかぶり、ぼうっとテレビを観ながら打ちひしがれていた。眠っているとあかりたちが夢に出てきて私を責めるので、ここしばらく満足に眠れていない。
『真白ちゃん。そんなに命があるのに、どうして私を助けてくれなかったの』
『仇も討ってくれないのかい』
『家族ごっこは楽しかったか?』
『あなたが死ねばよかったのに。真白を信用した私が馬鹿だったよ』
目覚めるたび、これは私が思っていることを皆に喋らせているだけだと自分に言い聞かせた。そうでもしないと、本当にそう言われていると思ってしまうと、心が壊れそうだった。
爪を噛みながら、テレビに映し出された時雨家の家族写真を観る。その中には当然ながら私の姿はない。
(あかりは私のために泣いてくれたのかな)
もしあかりが私のことを少しも考えてくれず、両親の死にだけ涙していたら嫌だ。そう思ってから、私は自分の心の醜悪さに吐き気を覚えた。
どこまでも自分、自分、自分。自分の無能であかりの両親を死なせたくせに、のうのうと生きているくせに、想われていることを確かめられずにはいられない屑。
「ごめん、皆。絶対あいつは私が殺すから」
私の冷徹な部分は嘲笑っていた。仇を討ったつもりになってラクになりたいだけだろう。罪が消えるわけでもないのに本当に自分勝手なバケモノだ。この世にお前の居場所など最初からないのだから、すっぱり死んでしまえ。
自分への呪詛は留まるところを知らなかった。
「助けて、父さん、母さん……」
涙でぐちゃぐちゃになった顔を拭っていると、背後から何者かの声がした。
『……お前の親ではなかろ。ずっとお前を見てきたが、過去イチで頭のおかしい狐じゃな』
私が振り返ると、そこには黄金の毛並みをもつ狐がいた。触ろうとすると、手は空を切る。まるでホログラムのようだった。
「あ、はは……幻覚と幻聴見るって、なんかもう駄目っぽいわね? クスリは抜けてるはずなのに」
『お前がいろいろ終わっとるのは否定せんが、幻覚とは失礼な。
「私の頭の中にいるってこと?」
『そうじゃな。話しやすいよう、妾の姿をお前の網膜に映してやっとる。妾の声はお前にしか見えないし、聞こえない』
「……何の用?」
『九尾の狐についていくつか教えてやろうと思ってな。妾の親切心というやつだ』
「親切を装うなら、石を使い始めたあたりで言いなさいよ」
『お前の両親が死んだ夜から妾はずっと見ていたし、話しかけてみたりはしたぞ。お前が気づかなかっただけじゃ。……さて、まずは大事なことを言っておこう。お前はもう生き返れん。今までのように軽はずみに死ぬことはできんぞ』
それは予想していた。もし蘇れるのであれば、「九尾の狐が討たれた」という伝承はないはずである。
「殺生石を他人に使うことは?」
『石はお前と一体化しておる。だから再び使えるようになるのは、お前が死んでからじゃ』
「……そう」
私ががっかりすると、玉藻はフンと鼻で笑った。
『一回でもいいから他人に殺生石を渡して生き返らせれば、狐化のカウントはリセットされる。なのに狐になっているということは、お前は結局他人のために殺生石を使えなかったのであろ? そんな奴が今更何を残念がるのじゃ』
「……うるさい」
それしか言えなかった。玉藻の言葉は、的確に私の痛いところをついていた。
『で、後は怪異としての常識じゃが……お前は酒呑童子を殺したいのよな?』
「ええ。居場所が分からないから、探し出す必要がある」
『それは長い戦いになるな?』
「……まあ、怪異課に潜り込んで、課の情報網を使えばだいぶ早くなると思うけど、確かにそうね」
それを聞いた玉藻はにやりと笑った。
『だったら、人間を殺して食え。命を長らえる分には普通の食物を食えばよいが、それだとお前の神通力は衰える。力を維持するには、ヒトを食うしかないのじゃ』
「嫌だ」
誰かの大切な人を奪うなんて想像もしたくなかった。直接手を下したわけではない浜矢やあかりの母のことを考えるだけでもめまいがするのに。これ以上誰かを背負いたくない。
『だが、酒呑童子はそうするぞ。お前に張り合うため、たくさん食うじゃろなぁ。あやつの回復はだいぶ時間がかかるかもしれんが、それでもヒトを食わずへろへろになったお前が勝てるか怪しいもんじゃ』
「嫌だって言ってるでしょ!」
『ならば食わないまま死ねばよいわ。お前はまだ人間の味方をするつもりのようじゃが、あちらは違うぞ。お前の正体がばれたとき、力がなければ殺されるに決まっとる』
「……」
『はぁ。そんなに嫌なら仕方ない。死体安置所にある死体でもよいぞ。お前が力をもっておれば、あかりとかいう人間を危険にさらさずにすむのではないか?』
人間の死体を食う。考えるだけでもおぞましい行為だ。だが、もしあかりがピンチになったときに助けるだけの力をもっていなかったら。私の目の前であかりが殺されたら。
(それはもっと嫌だ)
あかりを失うという恐怖に比べれば、死体を食べる方がましだ。
「卑怯者」
『そしられるいわれはないぞ。妾は説明をしてやっているだけじゃ。それにな。くふふ……ヒトの肉はうまいぞう。歴代の九尾たちも食うまでは嫌がったがの。一度口にしたら病みつきよ』
玉藻は牙をむき出して笑った。
「死体は、力が落ちてきたら食べる。私のタイミングでやるから急かさないで」
『好きにすればよい。ああ、お前が浅ましく、ケモノのように死体を食い散らかすのを見るのが楽しみじゃ』
「……そう」
玉藻の言葉を振り払い、私は洗面台へ向かった。死体を食べる覚悟はしたが食べずに済むのにこしたことはない。私の力が衰えきる前に逃げた怪異たちを探し出す必要がある。となると、先ほど玉藻に言ったように課に潜入して情報網を使うのが効率的だ。
(この顔と格好は変えないとな)
鏡に映っているのは本来の私―御剣舞だった。狐になった影響で髪や眉毛は金色になっているが、このままあかりに会えば一発で私だと気づくだろう。
「……ねえ玉藻。人間に化けたら瘴気は出なくなる?」
『ああ。一度変身すれば普通の人間と見分けはつかん。しかし呪具は使えんから、職員を装うのであれば神通力をうまく使うんじゃな。あと常人が死ぬくらいの傷を負ったら術がほどけるぞ。ゆめ忘れるな』
「肝に銘じるわ」
そう言って私は変身した。黄金の髪は赤みのさしたセミロングに、顔は大人びた雰囲気をまとったものに変わる。「凛」のときに戸籍を用意していた「人間」の姿だった。
設定年齢は19歳。修道女の格好をして怪異を始末する民間業者だったが、よりよい待遇を求め転職を決意。藤見市の怪異課職員募集を知って応募した……という設定。
ちなみに私の実年齢より上にした理由は、同年代と後輩はやったので、次は頼れる先輩になって死にたい、というくだらないものである。
「うん、こんな感じだったかな」
修道服とベールを身に着け、シスターの出で立ちになった九尾の狐―もとい「朝比奈八千代」は鏡を覗き込んだ。
「かなり高位の力を感じました。芳醇で美味だった。欧州の妖狐のほとんどはかの有名なラインケ卿の末裔なのですが、そんな名家の血に勝るとも劣らない。まるで砂漠に落ちた一滴の甘露のようで……」
吸血鬼の言葉が求めていない味の感想に突入したあたりであかりは思い出すのをやめた。
呪具を作るための情報を得るつもりだったが、思わぬ副産物だった。さすがに真白の半身が妖狐であることと、九尾の狐がたくさんある家の中で時雨家だけを襲ったことが無関係だとは思えない。同族同士、真白と九尾の狐の間には何らかの繋がりがあったのではないか。
そうだとすると、真白を殺すため時雨家を襲撃した九尾が両親と真白を殺害し、去っていった―全ては想像にすぎないが、こういう見方もできる。真白の記憶が本当に失われていたかどうかも怪しいところだ。
「真白……ひょっとしてあなた、記憶があったんじゃないの」
夕日の差し込む誰もいない会議室で、あかりは膝の上に置いた純白のマフラーを撫でた。これは彼女の腕から作られた呪具。これを小坂部や伊見が使ってみようとしたがうまくいかず、あかりにだけ適合した。だから真白の意志が宿っているような気がして、つい話しかけてしまう。
当然ながら道具にすぎない「真白」が返事をするわけもなく、あかりは苦笑いを浮かべた。
(……冷静に考えると、呪具に喋りかけるってだいぶやばいわね。新しいバディに引かれないようにしないと)
ここ数日葬式やら保険金受取の手続きやらでバタバタしていたため捜査に参加できなかったが、今日からようやく九尾たちを追えるのだ。これからともに戦うバディだけに、悪い第一印象は与えたくない。
そう思ったとき、丑三課長が入ってきた。後ろにはライダースーツを着た男子と、あかりより少し年上の修道女がいた。
「時雨君、待たせたね。新しく来てくれた人が二人いるから、どっちかと組んでほしい。まずは彼から紹介しようか……対策本部から来てくれた
見たところ、勇は同年代のようだった。彼は切れ長の目をさらに細め、じっとあかりを見ていたが、ふんと鼻を鳴らした。
「丑三さん。俺はクソ強いっていうアンタと仕事がしたくて本部から来たんです。こんなキャピキャピしてる女子コーセーとか、修道女のコスプレしてる奴とは組みませんよ」
「……言っておくが、時雨君は強いよ? 吸血鬼とか河童とか結構強い奴と渡り合ってるし」
「つってもお勉強の片手間で、ですよね。俺は中学卒業してからずっと怪異をぶっ殺す生活だけしてきたんだ。バイト感覚でやってるやつなんて、足手まといですよ」
「なんですって」
あまりの言いぐさに流石のあかりもかちんと来た。両親と相棒の仇を討つという決意をけなされたからだ。だが、あかりが怒って立ち上がろうとしたとき、勇との間にもう一人の女性が立った。
「喧嘩はよしましょう、時間の無駄ですから」
修道服を身にまとった彼女は、鋭利すぎる勇の眼とは正反対に眠たそうで、柔らかい雰囲気があった。彼女はにこりとほほ笑むと、胸に手を当てた。
「初めまして。私は個人の拝み屋として怪異を退治していました。朝比奈八千代といいます。……ところで課長さん。あかりさんと勇さんは揉めそうですし、私が組んだ方がいいのではないでしょうか」
「そうだねえ。同年代どうし気が合うかなって思ったけど難しいか。時雨君は、朝比奈さんでいいかい?」
「はい。私も面倒くさい人は嫌いなので」
あかりが勇を睨むと、彼は舌打ちをして目を背けた。あかりと勇の様子を見て、課長は珍しくため息をついた。
「はあ。これから酒天と九尾を追うチームなんだから、協力はするんだよ」
「……まあ、俺はバイトと拝み屋が足引っ張らなけりゃ別にいいっすけど」
たしなめられると、勇は少し声のトーンを落としてうつむいた。どうも課長には頭が上がらないらしいが、それでもあかりと朝比奈への態度は改まっていないので、対策本部の一員であるというエリート意識が強いのだろう。
「で、私たちはどう動けばよいのでしょうか」
「屋敷が見つかるまで、基本的にはいつもと変わらないかな」
そう言って課長は現状について説明を始めた。
まず、隠れ屋敷について。これ自体はすでに移動してしまったので次の出現先を全国の課で探しているという。屋敷の移動は周期的に行われるのでそのうち藤見市に戻ってくるだろうとは言われているが、それまでに被害がでることを考えると、早めに見つけるに越したことはない。
幸い、屋敷が出現するだけの濃い瘴気がある場所はそう多くないため、少しすれば場所は判明するという。
「こればかりは気長に待つしかないからね。それまでは普通に業務を続ける。……だが、一つだけ気をつけてほしい。九尾の狐は、まだ藤見市にいる可能性がある」
あかりが見た九尾の尻尾は課長や小坂部も目にしていたらしく、屋敷のある森の方へ飛んでいったらしい。この時点で酒呑たちと繋がっているということは推測できる―のだが。
「金色の毛が、屋敷の
それが意味するのは、九尾は屋敷の移動に間に合わなかったということ。九尾がやってきたときに屋敷があったのであれば、九尾の毛がそんなところに落ちているはずがないからだ。
「それだけじゃ九尾が藤見市に留まっている理由にはなんないすよ。他の怪異が次の出現先を教えてたら直接向かうだけで済むでしょうし、何ならメリーさんを使えばすぐでしょう」
「その可能性も全然あるがね。ただそれ以降の足取りがつかめないから、気をつけようってだけだよ。……さ、そろそろ巡回しに行こうか。初めて組むペアだし、相手のことは知っておいた方がいいだろう?」
夕日を浴びながらあかりと朝比奈は大通りの道を歩いていた。怪異が出るのはたいていさびれた場所で、そこに行くまでは適当にお喋りをするのが普通である。
「……朝比奈さん。どうしてシスターの格好をしてるんですか?」
サラリーマン、学生、老人、子ども、主婦。周囲の人々は、朝比奈に気づくと皆物珍しげな視線を向けてくる。彼女が綺麗なのもあるが、やはり修道服は目立つ。本人もそれを自覚しているのか、スマホで写真を撮ろうとした子供にダブルピースを向けていた。
「ああ、私みたいに個人でやるような退治屋はね、イメージが大事なのよ。テキトーな私服の人より、神主とか坊主みたいな恰好してる方が頼りになりそうじゃない?」
「あ~そういうことですか」
あかりは市の臨時職員としてずっと仕事が振られ続けるので分からなかったが、民間は自分から仕事を取りに行く必要がある。「なんか退治してくれそう」というイメージがもろに影響するのだろう。
「だからこれもただのコスプレなんだよね。私、別に神とか信じてないし」
「民間の方はいろいろあるんですね。もしよかったら、これまでの仕事聞かせてもらっていいです?」
「……話すほどのことじゃないよ。博多の方でちまちま細かい怪異をやっつけてただけ」
「へえ、朝比奈さんって博多の人だったんですか。なるほどなあ」
「なるほどって何が?」
「いえ。やっぱり綺麗な人が多いのかなって。博多出身の友達がいたんですが、その子も美人だったので」
確か舞の生まれは博多だった。あかりの言葉に朝比奈は笑った。
「ありがとう。……それにしても、なんで民間のことを聞こうと思ったの? ここの職員じゃなくて民間に行きたいとか?」
「いえ、そういうわけではないんです。高校を卒業したら職員としての怪異退治を本業にしようかなって思ったんですが、民間の方はどんな感じなのかなーって思って」
「……大学には行かないの?」
「行く予定だったんですけどね、両親が九尾に殺されたので、ちょっと無理になっちゃって」
保険金がおりたので、あかりと光紀が高校を卒業するまでに必要なお金はある。だが、二人で大学にいけるほどの余裕はなかった。
「弟は怪異課で時間使ってる私よりずっと成績いいし、私が頑張れば行かせてあげられそうなんですよ。こういう言い方はあまり好きじゃないんですが、せめてお父さんかお母さんのどっちかでも生きてたら行けたかもなあって、たまに思うんです」
「……時雨さんは強いのね」
朝比奈は感情移入しやすいたちなのか、少し目を潤ませている。あかりは気まずさを感じながら、照れ笑いをした。
「うーん、そうでもないですよ。進学しないなら学校休みまくっても問題ないっていうのもありますから。私、九尾は絶対自分の手で仕留めたいんです」
「両親の仇だもんね」
「親だけじゃないんです。九尾は家にいた相棒も殺したし、私と弟の人生を滅茶苦茶にしてくれました。絶対楽には死なせませんよ」
あかりの言葉を聞いていた朝比奈は、なぜか悲痛な表情を浮かべたが、すぐに寂しそうな笑みを浮かべてうなずいた。
「……そうね。きっとあなたなら九尾の狐を殺せるわ」
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