くもりくもらせ   作:aru

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18,あなたは何者?

 

 

 

 

 メリーさんは、怪異たちを組織化するにあたって安全な棲み処と食事の確保を目標にしていた。

 

 棲み処については隠れ屋敷を発見したため何とかなったが、生きた人間を狙う食事は狩人に見つかる危険性があるため、安全にヒトの肉を供給する必要があった。

 

 そういうわけで目をつけたのが葬儀場。何もしなくても向こうから死体がやってくるのだから、うまくすれば燃やす分をそっくりいただくことができるというわけである。

 

 手はじめに彼女は信頼できる怪異―女郎蜘蛛とドッペルゲンガーを会社へ潜入させた。「糸巻香織」という名前で会社に潜り込んだ女郎蜘蛛は社員や社長に取り入り、会社に溶け込んだ。

 

 そして夜に死体を運び出し、空になった棺桶には変身したドッペルゲンガーが入って死体を演じる。これは単純だが意外と効果的で、食べ残しを焼いて骨を出しておけば誰も気づかなかった。

 

 もちろん管理者である二人がいなくなれば死体のすり替えができなくなってしまい、この仕組みは成り立たなくなる。メリーさんは隠れ屋敷が移動する際、女郎蜘蛛とドッペルゲンガーには藤見市に留まってこのシステムを維持するよう指示していた。

 

 

 

 

 

 それからしばらく女郎蜘蛛は言われた通りに管理を続けていたのだが、1週間前、何者かによって死体を食われてしまった。

 

 一度に九体もの死体が食い散らかされたので、流石にドッペルゲンガーでごまかすこともできなかった。他の怪異が横取りしに来たのか、それとも組織内の怪異がつまみ食いしたのかは分からない。

 

 どちらにせよこのことが怪異課に通報されでもしたらまずいので、犯人を特定するのは後回しにして火消しに専念していた……のだが。

 

「……赤野さん、彼女が例の社員?」

 

「はい。糸巻さんです」

 

「わかった。じゃあここから離れて」

 

「どうしてですか」

 

「いいから」

 

 女郎蜘蛛がいる宿直の部屋に入って来たのは、社長の娘赤野谷子とシスターの格好をした女。修道女は谷子を追い出すと、じっと女郎蜘蛛を見つめてきた。

 

「いったい誰ですか、貴方は」

 

「藤見市怪異課の朝比奈。単刀直入に言うわ。あなた、怪異よね」

 

「……だったら、なんでしょう」

 

 二つずつある瞳はコンタクトで隠し、蜘蛛の脚は身体の中に折りたたんでいるので普通の人間には女郎蜘蛛の正体は見抜けない。目の前にいる相手が本物の狩人であることを確信すると、女郎蜘蛛は背中から8本の脚を伸ばし、臨戦態勢をとった。

 

「その脚……丑三課長が見たっていってた女郎蜘蛛ね」

 

 こちらの情報は割れているらしい。足の先から出る強靭な「縦糸」と粘性のある「横糸」を駆使するのが女郎蜘蛛のスタイルで、屋敷に攻めてきた狩人と戦ったときは罠を作り、時間稼ぎ気味に戦っていた。

 

 相手の落ち着きぶりを見るに、こちらの攻撃は対策されているかもしれない。女郎蜘蛛が身構えていると、朝比奈は獲物をようやく見つけた肉食獣のように目を細めた。

 

「てことは、メリーさんたちの居場所も知ってるわけよね。案内してよ」

 

「知ってても言いませんよ」

 

「そう。ならここで死ぬ?」

 

 そう言うと、朝比奈は無造作に近づいてきた。接近して戦うタイプらしい。女郎蜘蛛は飛びすさって距離をとった。

 

(糸でからめとって、ゆっくり止めを刺すか)

 

 脚の先端から粘りつく糸を発射した。狭い室内なので回避はできまい。女郎蜘蛛は笑みを浮かべた。一度糸に捕まってしまえば、純粋な力のみで脱出するのは不可能である。

 

 だが、朝比奈に向かっていった糸は急に空気の粘性が増したかのように動きが鈍り、彼女に届く直前で止まった。

 

「なにこれ?」

 

 朝比奈は鼻で笑うと、拳で軽く糸を叩いた。すると凍り付いていた糸は粉々に砕け、輝く破片と化した。

 

「私をこの程度で止められると思ってたの? この私を?」

 

 朝比奈の周囲で凄まじい気温の低下が起きていた。空気中の水蒸気が凍り、ダイアモンドダストとなって煌めいている。女郎蜘蛛の吐いた息もたちまち凍り、シャラシャラと星のささやきが聞こえてくる。

 

 そんな中、狂気に陥った人間特有の、爛々とした光を目にたたえた朝比奈がこちらに近づいてきていた。この人間はどこかおかしい。女郎蜘蛛は異様な雰囲気を感じ、後ずさりした。

 

「来るなっ……うぐ」

 

 朝比奈は俊敏に間合いを詰めると、女郎蜘蛛の喉を掴んでそのまま持ち上げた。ぎりぎりと首を絞めながら詰問してくる。

 

「隠れ屋敷の場所を答えなさい」

 

 明らかに人間の膂力ではない。女郎蜘蛛は目を白黒させながら朝比奈を見た。

 

「いったい……何者なの……ですか。この力……人じゃない」

 

 それを聞いた朝比奈はにやりと笑った。

 

「確かに、変身を解いた方が話が早いか」

 

 右手で女郎蜘蛛を持ち上げたまま、朝比奈は修道服のベールを脱ぐ。すると想像を絶するほどの瘴気が立ちのぼり、女郎蜘蛛の視界を覆った。それが収まったとき、目の前には黄金の髪をなびかせる、豪奢な着物をまとった大妖がいた。

 

「きゅ、うび」

 

 酒呑童子を軽く超えるほどの暴力の気配。屋敷が移動した夜にメリーさんが遭遇したと言っていた最強の怪異、白面金毛九尾の狐その人だった。

 

「早く気づいてくれて助かるわ。あかりが来たら面倒なことになるから」

 

 正体を明かした九尾の狐は女郎蜘蛛の眼を覗き込みながら、微笑を浮かべた。

 

「さあ、最後のチャンスよ。ここで死ぬ? それとも屋敷の場所まで案内する?」

 

 有無を言わせぬ2択。メリーさんに聞いた所によると同じ怪異でもためらいなく襲い掛かる気狂いらしいので、もし拒めば本当に殺されるだろう。

 

「……案内します。案内しますから、手を離してください」

 

 すると、九尾はぱっと手を離した。せき込む女郎蜘蛛を見下ろし、底冷えのするような声で言った。

 

「わかった。でも、もし妙な動きをしたら殺す。助けを呼ぼうとしても殺す」

 

「しませんよ、そんなこと」

 

 本気の九尾とはきっと戦いにすらならない。一人で抵抗しても一瞬で殺されるのが関の山だろう。女郎蜘蛛は立ち上がり、九尾を見た。

 

「……しかし、どうして隠れ屋敷へ行きたいのです。仲間が欲しいのですか?」

 

「仲間? お前たちが?」

 

 九尾は血走った眼でぎろりと女郎蜘蛛を睨んだ。それだけで心臓に氷柱を突っ込まれたような気がした。

 

「むしろ、怪異なんて皆殺してやるわ。私は一人よ。ずっと一人。周りを殺して、殺して殺して殺して……誰もいなくなるの。……あはは。玉藻。分かってる。なるべく早く移動しないとね」

 

――気狂い狐め。

 

 突然虚空に話しかけはじめた九尾の前で、女郎蜘蛛は苦々しい表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 あかりは凛を追いかけ、ある部屋に入った。

 

「……ここは、礼拝堂?」

 

 最初に目に入ったのは、入り口の傍に置いてあるオルガン。参加者が座る席が両脇に並べられ、その間の空間を赤いビロードが貫いている。その向こう―ステンドグラスから差し込む夕日に照らされ、凛が立っていた。

 

「そうです。教会がないので、キリスト教の人はここでお葬式をするそうですよ」

 

 凛はそう答え、傍にある棺桶を撫でた。目の前に凛―死者がいるという事実を目の当たりにして、あかりは驚きに打たれた。

 

「凛。どうして、生きてるの?」

 

「そんなのどうだっていいじゃないですか。会いたかったですよ、あかりさん」

 

 凛はそう言うと、立ちすくんでいるあかりに近づいてきた。歩き方。話し方。雰囲気。全て凛そのものだった。部屋の神秘的な雰囲気も相まって、本当に凛が生き返ったかのように思える。

 

(……でも、凛は死んだんだ)

 

 もし凛の死に背を向けたままだったら、生きているという甘美な嘘にころりと騙されていたかもしれない。しかしあかりは彼女の死をきちんと受けとめていたし、ドッペルゲンガーという前例を見たことがあった。だからこれは敵だと理解していた。

 

 だが、万に一つ彼女が生き返っていたとしたら。あかりはその可能性を排除するため、新しい呪具の名を呼んだ。

 

「『真白』」

 

 あかりの新しい呪具、「真白」は相手の思考の断片を読むことができる。真白に読心能力はなかったが、妖狐の特性の一つを引きのばして作ったため、このような能力になったらしい。野良怪異の駆除では全く使う機会がないが、メリーさんや吸血鬼のように知性のある怪異と戦うときなら役に立つはずだ。

 

 凛の思考が聞こえてきた。『動揺はしているか』『仕返ししてやる』『右手の炎は危ない』『あのときはなぜバレたのだろう』『やられても復活すれば』。

 

 あかりは驚いた。これは、凛と一緒に倒したはずのドッペルゲンガーではないか。

 

「どうして生き返ってるの? ドッペルゲンガー」

 

 あかりの一言に、ドッペル凛は目をみはった。そして、口を開く。

 

「『犬神』」

 

 あかりは自分が青いオーラに包まれたその瞬間、脇に並んでいる長椅子(チャペルチェア)の陰に隠れた。「犬神」にいったん祟られると攻撃を反射されるし、自傷攻撃は来ると分かっていても防げない。だが祟る対象は視界に収める必要があるので、隠れながら戦えばいいのだ。

 

「あかりさん。出てきてください。顔が見たいです」

 

 あかりはぎりと歯を食いしばった。凛は死んだのに。どうしてお前は生きているのか。こつ、こつと静かな礼拝堂に靴音が響いた。ドッペル凛が近づいてくる。

 

『なぜ分かった?』『何かの呪具か?』『まあいいか、殺せば関係ない』

 

 ドッペル凛は、一瞬で自分の正体を見抜かれたことに困惑しているようだが、あかりを仕留める気に変わりはないらしい。

 

(……とりあえず、目を何とかしないと)

 

 隠れているのは時間稼ぎにしかならない。『犬神』の祟りを封じるには、自傷させる暇を与えず接近し、視界をふさぐしかない。

 

 あかりはつばを飲み込み、いつでも飛び出せるよう前傾姿勢をとった。靴音が近づいてくる。あと数メートルというところになったら、ドッペル凛に飛びかかり、短刀による攻撃を左手で受けて右手で目をふさぐ。あかりは神経を極限まで研ぎ澄ませていた。

 

「逃げないでくださいよ。私を殺したくせに」

 

 そのとき、凛の声で責められたような気がして、心臓が跳ね上がった。揺さぶりをかけているのだと分かっていても、凛の死で植え付けられた罪悪感はいまだにあかりの心の底に根を張っていた。

 

 落ち着け。相手は敵だ。あかりは自分に言い聞かせた。

 

「……あかりさん。どうして私の代わりに死んでくれなかったんですか? どうして?」

 

 歩く音がぴたりと止まり――床を蹴る音がした。

 

 ドッペル凛は跳躍で一気に距離を詰め、飛び出そうと待ち構えていたあかりの前に着地する。ドッペル凛はにこりと笑ってあかりを見下ろした。

 

「『犬神』」

 

 青いオーラに包まれたあかりは『塗壁』で防御しようとしたが、その瞬間、ドッペル凛は自分の左手に深々と短刀を突き刺した。

 

「ああっ!」

 

 焼けるような激痛が手のひらに走ったかと思うと、ぱっくりと傷が開いた。痛みに悶絶しているあかりを見下ろし、凛は嗤った。

 

「痛そうですね。でも私はもっと痛かった」

 

 凛はそう言いながら、あかりの髪を掴んで立ち上がらせた。涙でぼやける視界の中で、ただ凛の虹彩だけが青く光っている。

 

「だから、今度は私があかりさんを殺す番です。ね、いいですよね」

 

「凛は、そんなこと言わないよ……たぶん」

 

 あかりは、左手の血をドッペル凛の眼に飛び散らせた。血の目つぶしをくらい、ドッペル凛は悲鳴をあげた。

 

「そして、こんな手も食わない。……やっぱり本物よりお馬鹿ね」

 

 あかりはドッペル凛の手から短刀を叩き落し、じたばたするドッペル凛を押し倒して馬乗りになった。ベースとなった凛があかりよりも小柄なため、犬神さえ封じればもう手も足も出せないのである。

 

「離せ! 離せぇぇ!」

 

「暴れないで」

 

 ドッペル凛は血で曇った眼をこじ開け、再びあかりを祟ろうとする。あかりはとっさに右手で目隠しをし、そのまま「鬼火」を発動させた。

 

「ぎゃああああ!」

 

 目を焼かれたドッペル凛は断末魔をあげた。それからしばらく暴れていたが、やがて観念したのかおとなしくなった。

 

「……また、殺すの?」

 

 ドッペル凛はしゃくりあげながら、ぼそりと言った。

 

「ええ。おやすみ、凛」

 

 凛そっくりに言う分、本当にたちが悪い。あかりは痛む心を抑えながら、『鬼火』で止めを刺そうとする。

 

『チョロいな』

 

 だが、ドッペル凛の思考の断片を聞き、それを思いとどまった。

 

「……切り札があるわね。それは何?」

 

 質問を呼び水にして、ドッペル凛の思考が漏れ出てきた。

 

『蘇生のことか?』『なぜこの人間はそれを感知した?』『まさか思考を』

 

「そう、読めるから隠しても無駄。蘇生って何?」

 

 あかりと凛は、確かにこの怪異にとどめを刺した。死体は持ち帰ったし、他の部分は全てチリになっていた。別種のドッペルゲンガーという線もありえないので、何らかの蘇りの手段があったはずだ。

 

「殺生石の力です」

 

 あかりに隠し事のしようがないことを悟ったらしく、ドッペル凛は正直に答えた。

 

「殺生石って、確か九尾の……まさか、九尾の仲間なの?」

 

「いいえ。私はオリジナルの殺生石を持っているわけではなく、この姿をもつ人間の能力をコピーしたにすぎません」

 

「……ってことは、オリジナルの凛が蘇りの力のある殺生石を持っていたってことか」

 

 あかりはドッペルゲンガーにいくつか質問をして、殺生石の仕様を把握した。死んでから幽体となり、任意の場所で身体を再構築できること。別人として蘇れること。身に着けていなければ効果がないこと。

 

 聞いていてあかりは眩暈を覚えた。これが本当だとしたら、本物の凛も生きているのではないか。

 

(でも、生き返ったならそのことを言わないのはおかしいし……何で隠してたんだろう)

 

 ドッペルが生き返った理由はわかったが、謎は増えるばかりだった。あかりは少し考え、ドッペル凛に訊いた。

 

「というかそもそも、なんで凛は殺生石を持っていたの?」

 

「父親から受け取ったからです」

 

「そのことは舞……凛のお姉ちゃんは知ってたの?」

 

 あかりの言葉を聞いたドッペル凛は妙な顔をした。そして一人納得したような顔をして笑い始めた。

 

「なるほど。ああ、確かに私は馬鹿でした。なんで気づかなかったんだろう。『私に姉なんていません』」

 

 ドッペル凛の言葉にあかりは目を見開いた。そういえば以前遭遇したときも、同じことを言っていた。あかりはそれで偽物だと判断していたのだが、()()()()()()()()

 

「私は御剣舞。凛なんていません。凛は生き返った舞が演じていた人間の名前。ただそれだけです」

 

 

 

 

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