くもりくもらせ   作:aru

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19,相棒の正体

 

 

 

 

 赤野やすらぎ会館での戦いで、あかりはドッペルゲンガーの生け捕りに成功した。だが、あかりのバディ―朝比奈は、目標だった社員「糸巻香織」とともにいなくなっていた。

 

「離れろって言われて……しばらくしたら二人ともいなかったの」

 

 直前まで一緒にいた谷子は申し訳なさそうに言った。宿直室の温度は凄まじい低温になっており、霜が降りていた。おそらく朝比奈の呪具によるものだ。谷子の言葉と、ドッペルゲンガーの話から推察するに、朝比奈はこの施設の管理者だった女郎蜘蛛と交戦したと思われる。

 

 朝比奈が勝ったのであれば行方不明になどなっていないはず。負けて殺されるか、戦闘不能にされた後、女郎蜘蛛に連れていかれたとみるべきだろう。

 

 一人で行かせるべきではなかった。彼女なら大丈夫だろうとあまり心配していなかったのが悔やまれた。

 

「朝比奈君を失ったのは痛いが……こいつを捕まえて来てくれたのは本当に大手柄だ」

 

 個室の中にいるドッペル凛を見て、丑三課長はそう言った。例のチョーカーをつけたドッペル凛は捕獲されてからの質問攻めで疲れたらしく、ぐったりとしている。

 

 ここ数時間の質問で分かったのは、この怪異がメリーさんの一味であることと隠れ屋敷の移動先、敵の陣容。屋敷が何県かまたいだ山村の傍にあることがわかると、課長は周辺の自治体や対策本部に連絡し、包囲のための人員を手配した。

 

 敵の陣容が分かったのも大きかった。気をつけるべきは酒呑童子、メリーさん、女郎蜘蛛、天狗の4人。九尾の狐は仲間ではないのかと聞いたが、ドッペル凛はそもそも狐の存在を知らないようだった。

 

 メリーさんと連絡をとっていたから女郎蜘蛛なら何か知っているかもしれないとは言っていたが、そうなると狐はメリーさん一派とは無関係にあかりの家を襲ったということになる。

 

 屋敷に怨敵がいないという事実にあかりは落胆したが、次の襲撃作戦で強力な敵を2体同時に相手取る必要がないというのは課長的にはありがたいことだったらしく、胸をなでおろしていた。

 

「それにしても舞君が殺生石をもっていたとはね。どれだけ本部が探しても見つからないわけだよ」

 

「……そうですね」

 

 そういえば、光紀は凛のことを「転校生」だと言っていた。舞と凛がいっしょに住んでいたのであれば、舞が死んだ時期に凛が転校してくることなどありえないのだ。ちょうど入れ替わるように「凛」が発生したという事実は、ドッペル凛の言葉の裏付けになっている。

 

 だが、それでは納得できないことがある。あかりはドッペル凛に質問した。

 

「なんで舞は『凛』なんて架空の人間を演じたの? 普通に生き返ればよかったのに」

 

 舞を失ったときのつらい気持ちを思い出し、あかりは少し怒りを覚えた。生き返れるなら教えてくれればよかったのに。殺生石をもっていることを知られたくなかったのだろうか?

 

 ドッペル凛の返答は、そんなあかりの予想の斜め上をいった。

 

「あなたが悲しむ様子を見るのが好きだったからですよ」

 

「え?」

 

「いや、私もよくわからないんですけど、御剣舞という人間はあなたが悲しむ様子を観察するのが好きみたいで……『凛』になった理由は、遺族として登場した方があなたの悲しみを楽しめるからです」

 

「……怪異に復讐したいって話も嘘ってことよね。なんで捨て身の攻撃ばっかりしてたの?」

 

「あかりさんが心配してくれるからでしょうね」

 

『舞』について凛が話すとき、あかりは苦しい思いをしてきた。自分に責任があるのだから受け入れなくてはと思っていたが、舞はそんなあかりの葛藤を見て楽しんでいたのだ。

 

「ふっ、ふざけないでよ……私がどれだけ……! どんな思いで舞と凛のことを……」

 

 いつもマイペースで、悩みごとなど無さそうだった舞の心の暗黒面を知り、あかりはどう心の整理をつけてよいか分からなくなった。心を弄ばれた怒り、舞が生きているという安心、屈折した感情への困惑。

 

「舞君はかなり君に執着しているようだね。何か心当たりはあるのかい?」

 

 丑三課長の言葉を聞いて、あかりは舞と初めて会った日、彼女が浮かべていた寂しそうな目を思い出した。

 

「たぶんですが、舞は家族がいなくなってずっと一人ぼっちだった。だから、それで私に……」

 

 言いかけて、あかりは舞と同じ目をした少女――真白のことを思い出した。あかりの母親に娘のようなものだと言われ、一瞬見せたあの目。

 

「まさか、真白も……?」

 

 彼女が現れたのは、凛が死んだ直後だった。今までその理由が分からなかったが、舞=凛=真白を前提として考えると話が通ってくる。真白が出現したとき、あかりは縊れ鬼に操られ自殺しようとしていた。舞はそれを止めるために「真白」を作ったのではないか。

 

 鎌鼬が使えたこと。苦いものが苦手なこと。お風呂で映画の主題歌を歌っていたこと。思えばこの説を裏付ける証拠はいくつもある。

 

 あかりがそれについて語ると、課長は険しい顔をした。

 

「真白君がなぜ異類として出現したのかが分からないが……それなら彼女の死の意味も違ったものになるかもしれないな」

 

「どういうことですか?」

 

「真白君が九尾に殺されたのを見たといったのは、君の弟だろう? 彼には怪異がはっきり見えないから相手の正体は分からず、君はその正体を外からやってきた九尾だと判断した。でも、実際は違ったんじゃないかな」

 

 あかりは課長の言わんとすることを察した。吸血鬼の判定では、真白は「妖狐」と判定されている。外からやってきた九尾が時雨家を襲ったというよりも、舞=真白=九尾があかりの両親を惨殺し、自分の死を偽装したという方が自然なのだ。

 

「狐の怪異は幻術を使える手合いも多い。君の弟の眼をごまかすくらい朝飯前だろう」

 

「でも、どうして私の両親を殺す必要があるんですか」

 

「……さっき、ドッペルゲンガーが言っていただろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あかりは耳を疑った。そんな理由で人を殺す人間がいるのだろうか。

 

「まさか……舞がそんなことするなんて……」

 

 ありえない。と言おうとしたが、声がかすれて音にならなかった。舞ならやるかもしれない。何しろあかりを悲しませるという目的のためなら、痛みを承知で命を軽々と投げうつような人間なのだ。自分の命すら大事にできないのに、他人の命を大事にできるとは思えない。

 

 それにわざわざ戸籍や遺書まで用意する手の込みようを考えると、課長のいうような自作自演をやっていてもおかしくはなかった。

 

(どうして私にこだわるの。本当にお母さんたちを殺したの)

 

 舞に会いたい。会って確かめたい。あかりはドッペル凛に訊いた。

 

「……舞は、今誰に化けてるかわかる?」

 

「いえ。ただ、『凛』の次に予定されていた名前は知っています」

 

「それは?」

 

「朝比奈八千代、です」

 

 思わず、あかりは壁を殴りつけた。

 

「最初に言いなさいよ」

 

「……訊かれなかったので」

 

 ドッペル凛の態度だけでなく、自分にも腹が立った。組んだばかりなのに連携がとれていたことも、博多で仕事をしていたと言ったのも、舞と同一人物だったからと言えばうなずける。

 

 つまり舞は、舞→凛→真白→八千代の順で入れ替わり立ち代わりあかりの傍に居続けていたのだ。到底予想できる話ではないため仕方のないことであるが、どこかで彼女の正体に気づけていたら。あかりはほぞを噛んだ。

 

「まあ、舞君の行方については気にしなくてもいいだろう。だって彼女は君に固執してるんだろ? 放っておいても向こうからやってくるさ」

 

「……見破れますかね」

 

「さすがに、最初から疑ってかかれば分かるよ。経歴を検証するのに多少時間はかかるけど」

 

 丑三課長がそう言ったとき、小坂部が部屋に入って来た。

 

「課長。いいニュースと悪いニュースがあります。どちらから聞きたいですか」

 

「もったいぶらずに両方教えてくれ。いいニュースは?」

 

「隠れ屋敷が見つかりました。現地の怪異課が包囲網を構築しています」

 

 心なしか、小坂部は少し嬉しそうだった。浜矢の仇が討てるからだろうか。あかりは少し彼女を羨ましく思った。何せ、あかりの仇は親友『だった』舞の可能性が高いのだから。

 

「それで、悪いニュースは?」

 

「九尾が屋敷に入って行きました」

 

 思わずあかりは立ち上がった。課長は落ち着けと目であかりを宥め、小坂部に訊いた。

 

「包囲してる怪異課は何もしなかったのかい?」

 

「……できるわけないですよ。あんな桁違いの瘴気を纏ってるバケモノ、今まで見たことないですし。画像ありますけど、見てみます?」

 

 包囲中の職員が撮影したものらしい。遠くからのズームだったため若干画質は粗かったが、そこに写っているモノが何であるかは分かった。

 

 山奥に似つかわしくない色とりどりの着物。九つに先分かれした黄金の髪。手にはなぜか凍り付いた女の首を持っている。そしてその顔は、瞳や眉の色こそ違うものの、御剣舞の生き写しだった。

 

 その瞬間、あかりは脱力した。舞=九尾ということなら両親を殺したのは舞以外に考えられない。舞は、両親を殺したのだ。あかりが悲しむのを見たいというただそれだけの理由で。

 

「舞……どこまで……どこまで私をおもちゃにすれば気が済むの」

 

 拳を握りしめ、わなわなと震えているあかりを見て、小坂部は怪訝そうにした。

 

「舞? 知ってるの」

 

「知ってるも何も、この子の相棒だった子さ」

 

 課長の言葉に、小坂部は目をみはった。

 

「……私たちも行こうか。あの屋敷に突入するなら、入った経験のある人間がいた方がいいだろうし……舞君の性格を知っていた方が、戦いに有利だろうからね。移動系の呪具をもってる職員を手配してくれ」

 

 課長のてきぱきとした指示を聞きながら、あかりの心は深く、暗い海の底へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 メリーさんは焦っていた。怪異課の襲撃やなぜか怒り狂って攻撃してきた九尾の追撃を免れ、ようやく移動先の山奥で一息をつけると思っていたのに――現地の怪異課による包囲網ができつつあるのだ。

 

「なんで。なんで。なんでよ! 移動先なんて分かるはずないのに」

 

 憑りついているドローンから、隠れ屋敷を監視する人間が何人も見えた。向こうはメリーさんがドローンで情報収集していることも把握しているらしく、マシンガンの射程に入るとさっと距離をとられてしまう。

 

 何回か排除できないか試してみたが、向こうは戦いに積極的でない。おそらく包囲しておいて本隊―怪異対策本部隊やそのほかの増援が来るのを待っているのだろう。奴らは前回の戦闘から、こちらを仕留めるのに十分な戦力と作戦を用意・投入してくるはずだ。

 

 この時点で戦いの帰趨が見え、メリーさんはため息をつきたくなった。

 

(せめて、酒呑童子の復活が果たせれば、何とかできたのかもしれないけど)

 

 あいにく、九尾との戦闘で余計に力を消耗したため酒呑童子の復活は遅れていた。安定的に死体を供給するシステムはこの街に構築していないので、目立たないようにヒトを食わせることができなかったのである。

 

 メリーさんはドローンを屋内に戻すと憑依を解除して、主のいる座敷までやってきた。

 

「人間たちの様子はどうだ」

 

 黄金の仮面は輝きを取り戻し、九尾と戦ったときくらいには力が戻っている。だが、次にやってくる狩人たちと戦うことを考えると心もとない。人間たちは情報を共有し、数の力で攻めてくるからだ。

 

「今は大丈夫です。しかし、こちらを倒す戦力が整い次第攻め込んでくると思います」

 

「……今の我で何とかできるか?」

 

「おそれながら、前に貴方と遭遇した狩人の情報から対策を打たれていると思うので厳しいかと」

 

 気を悪くするかと思ったが、酒呑童子はふむと言うだけで何も言わなかった。

 

「それならば逃げるしかあるまい。メリー。怪異はいくらでも集められる。肝要なのは、我とお前が討たれぬことだろう」

 

「おっしゃる通りです」

 

 メリーさんはうなずいた。自分の能力で酒呑童子とともにドローンに憑依し、偵察と見せかけてそのまま脱出する。余裕があればいったん藤見市に戻り、有能な味方―女郎蜘蛛やドッペルゲンガーをついでに回収する。

 

 狩人のいない楽園を作るという目標は遠ざかるが、この組織にこだわって逃げられなくなる方が危険だ。メリーさんは大半の味方を切り捨てる判断を下し、「次」のことを考え始めた。どこを拠点にするのか。課に追われないようにどう工夫すべきか。

 

 だから、誰かが後ろの障子を開き、中に入って来たことに気づくのに遅れた。

 

「ああ、揃ってるわね」

 

 振り向くと、そこには女郎蜘蛛がいた。いつもの無表情ではなく、心の底から嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

「……外は狩人たちに見張られてたはずなのに、よく入ってこれたわね。というか貴女には、葬儀場にいるよう命じたはずだけど。どうしてここにいるの?」

 

「どうって。普通に歩いてだけど」

 

 口調も違う。メリーさんが警戒心を強めたとき、女郎蜘蛛は何かを放り投げた。

 

「で、蜘蛛が葬儀場にいないのは、もう任務を果たせないから」

 

 地面に落ちたのは女郎蜘蛛の頭部だった。4つの虹彩は光を失い、ぼんやりと宙を見上げている。メリーさんは思わず謎の闖入者の方を見た。

 

「会いたかったわ、メリーさん。酒呑童子」

 

 女郎蜘蛛は虹色の光を放った。メリーさんはあまりのまばゆさに目をつむった。光が薄れ、再びあたりに薄暗さが戻ってきたとき、九尾の狐がそこにいた。

 

「……そういうことですか」

 

 藤見市に残した女郎蜘蛛から情報を聞き出し、こちらへ来たのだろう。女郎蜘蛛は課の職員程度ならうまくいなせると思っていたのであまり心配していなかったが、最悪な相手が来てしまった。

 

 メリーさんは冷や汗をかきながら九尾を見た。何が逆鱗に触れたのかはわからないが、九尾は同胞であるはずのこちらを敵対視している。狩人たちでさえ手に余るのに、九尾など相手にしていられない。

 

「まもなく人間の狩人がここに押し寄せてきます。私たちと戦って消耗したら、貴女も危ないんですよ」

 

「どうでもいいわ。そこをどきなさい」

 

「どうしてですか。それほどの力があって、どうして狩人たちと戦ってくれないのですか」

 

 それを聞いた九尾は目を細めたかと思うと、メリーさんの脚を払った。バランスを崩し転んだメリーさんの頭を踏みつけ、囁く。

 

「『人に何かを頼むときは、まず頭を下げる』んでしょう?」

 

「……ま、さか」

 

 メリーさんが御剣凛に放った言葉。九尾は「真白」よりもずっと前から狩人に化けていたのだ。その彼女にいったい何をしたのかを思い出し、震えが止まらなくなった。

 

「言っておくけど、別にメリーさん、あなたがやったことに怒っているわけじゃない。むしろ嬉しかったわ。あかりのいい表情を見られたから。……でもね」

 

 九尾はメリーさんの頭を蹴飛ばすと、ずっと押し黙っていた酒呑童子の方を見た。

 

「私以外を殺した奴は許さない」

 

 瞬間、九尾の両手から火焔が放たれた。酒呑は炎に包まれ、苦しそうな声をあげた。九尾はそれを見て、目を爛々と輝かせる。

 

「あーっはははははは! 熱いでしょ? 痛いでしょ? でもね、こんなのじゃ足りない。こんなのじゃ足りないの!」

 

 九尾は哄笑とともに炎を立て続けに浴びせる。いくら鬼に再生能力があるといっても、あれだけ立て続けに攻撃を受ければ再生が間に合わない。ドローンを持ってきて逃がさなければ。

 

 メリーさんがそう思って立ち上がった瞬間、九尾は振り向いた。

 

「なるほど? そういえばドローンなんて持ってたわね」

 

 なぜ分かった。メリーさんの驚愕をよそに、九尾は天を指さした。

 

 轟音。天から降り注いできた稲妻が屋敷の天井を貫き、身体をしたたかに打ちすえた。高層ビルのてっぺんから飛び降りたような衝撃が身体を駆け巡り、メリーさんは倒れる。

 

「あれ、殺す気で撃ったんだけど……丈夫なのね」

 

 九尾はびくびくと痙攣するメリーさんを見下ろし、意外そうにつぶやいた。

 

(もう一発喰らったら間違いなく死ぬ)

 

 逃げなければ。メリーさんは言うことを聞かない身体を動かし、這いずってドローンの置いてある部屋へ向かおうとした。しかしそのスピードはだんだんと緩慢になり、ついには1ミリも動けなくなった。

 

「これ、は……」

 

 メリーさんの視界の端で、九尾の全身から虹色の煙が吹き出しているのが見えた。

 

「『毒霧』よ。別にあなたを今すぐ殺してもいいんだけど……あなたの前でこいつを殺した方がいいかなって。おとなしくそこで見ときなさい」

 

 九尾はそう言うと、メリーさんと同じく毒霧を吸い込み、目を白黒させている酒呑童子に近づいた。

 

「やめて……」

 

 完全復活すれば、狩人たちを皆殺しにできるのに。メリーさんにとっての希望が、目の前で摘まれそうになっている。

 

「やめてよ……」

 

 視界がにじんだ。自分が殺されるだけならまだよかった。だが酒呑童子まで殺されたら、再起はない。それで何もかも潰える。メリーさんは叫んだ。

 

「やめてえっ!」

 

「……いい声で泣くじゃない、メリーさん」

 

 その瞬間、九尾は両手でつかみ、酒呑童子の頭部を燃え上がらせた。ゼロ距離で九尾の術を喰らった酒呑童子は、断末魔をあげる。苛烈な炎で四ツ目の仮面が焼け崩れ、厳つい益荒男(ますらお)のような顔が露わになったが、そこにはすでに色濃く死相が表れていた。

 

「終わりよ」

 

 九尾がそう言った瞬間、酒呑童子の頭が弾けた。黒いチリが空中に消え、残った4つの眼球がべちゃりと畳に落ちた。

 

「ああ」

 

 力が抜けた。メリーさんの計画は全て無駄になった。他の怪異に夢を託すことすらできず、今からみじめに死ぬのだろう。そう思うと、目の前が真っ暗になった。

 

 九尾は残っている酒呑の眼球を丹念に踏み潰していたが、おもむろに振り向いて手を伸ばしてきた。抵抗しても仕方ないので、迫ってくる「死」を見上げていた。

 

(ひどい顔)

 

 九尾の瞳に自分の顔が映っていた。顔は蒼白になり、目は澱んでいる。涙の痕でぐちゃぐちゃになったこの無様な顔は、どこかで見たことがあった。

 

 首に九尾の手が巻きつくのを他人事のように眺めながら、どこだったっけ、とメリーさんは考えた。記憶の底を引っかき回し、やっと思い出したのは始末したときの神標の様子だった。

 

 恋人の死を知り、嬲られたすえに殺された狩人。彼女と同じ表情を自分は浮かべている。九尾の爪が食い込むのを感じながら、メリーさんは自分を襲った抗いがたい感情の正体を理解した。

 

(これが絶望か)

 

 枯れ枝の折れるような音がして、メリーさんの首はへし折れた。全ての感覚が喪失し、無だけが残った。

 

 

 

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