くもりくもらせ 作:aru
「……ふむ、霊力スカウタの計測結果は優、呪具適性アリ、か。……確認だけど、君の名前は御剣凛、で合ってるかな」
「はい」
丑三課長は私と、そして隣で心配そうに見ているあかりを見て、困ったような顔をしていた。
「最初に言っておくけど、この仕事は危険だ。命を落とすかもしれない。……君のお姉さんがそうなったように」
「分かっています。でも、やりたいんです」
あかりのバディになって感情をかき乱すのを。という言葉を飲み込み、私は押し黙る。
そのときあかりが何か言おうとして、口を閉じた。きっと彼女は、丑三課長が私を不採用にすることを願っているのだろう。あかりの性格的に「御剣凛」を怪異課に所属させ、死の危険にさらしたがるとは思えない。
だから、昨日にあかりがやって来たときは焦った。彼女は、断固として私の怪異課への加入を拒む可能性があったからだ。
しかし妹の存在を親友であるはずのあかりに伝えていなかった不自然さや、姉妹で一緒に写っている写真がないという矛盾をうまくこじつけることで、必要以上に負い目を感じさせることに成功した。自分で言うのもなんだが、なかなかの名演だったと思う。
私の頼みを断れないようにしてから課への雇用を頼むと、あかりは悲しそうな顔をしながら丑三課長に取り次いでくれた。それから最低限の霊力があるかどうかのチェックやそのほか健康検査を経て、課長の面接までこぎつけることになったのである。
丑三課長は少し思案していたが、やがて口を開いた。
「本当は年齢的に君を雇うことはできないし、こういう危険な仕事は私たちのような大人がやるべきだと思ってる。だが、今は本当に人手が足りない。君の才能を無駄にできるほどウチに余裕はない」
「つまり、雇ってくれるんですね」
「ああ。だが、仕事に行く前にしばらく研修を受けてもらうよ」
研修とは、自分の呪具を選び、扱いに慣れるための期間。「舞」の頃に受けていたので必要なかったが、おとなしく従っていた方がいいだろう。
「時雨君、研修の担当を頼めるかな」
「……わかりました。凛さん、ついてきて」
「凛でいいですよ。あかりさんの方が先輩なので」
「じゃあ行こうか、凛」
私はあかりに連れられ、「呪具保管庫」にやってきた。扉には何枚ものお札が貼られ、霊的なガードがほどこされている。
「この中にあるのは、私たち職員の使う呪具が入ってる。基本、怪異には普通の武器が効かないからこれで戦うことになるわ」
あかりが扉を開けると、その中には傘や掃除機、鎧兜など、様々なものがごちゃごちゃになって所せましと並んでいた。以前「鎌鼬」を受け取った際に入ったことがあるが、あのときよりも置いてある物が増えているような気がした。
あかりは丑三課長から受け取った呪具の目録を見ながら、説明を続ける。
「けっこういろいろあるけど、個人で使いにくかったり威力が大きすぎたりする物を除いたら……凛が使えるのは『赤マント』『
『犬神……そうか、ヤツも狩人に討たれたのか』
「有名な怪異が多いですね」
「それくらい強くて有名な怪異じゃないと呪具にできないからね。例えば私のは手袋なんだけど、左手には盾の役割を持つ『塗壁』、右手には相手を攻撃するための『鬼火』の力が宿ってる」
あかりは、赤いハンカチ、鞘入りの短刀、キーホルダー型の鎌を集めてきた。それから訓練室に移動すると、それぞれの性能について話し始めた。
「1つ目は、赤マントね。他の呪具もそうだけど、使いたいときは呪具に触った状態でその名前を言えばいいわ。『赤マント』」
あかりが手に取っていたハンカチが広がり、身体を包みこんだ。そして赤い布がはらりと落ちたときには、あかりは明治時代の兵隊のような軍服を身にまとっていた。
「これは、こんな感じで着るタイプの呪具ね。怪異や自分の血を吸って、弾丸に変えて撃つことができる」
あかりは右手の人差し指を真っすぐ伸ばして銃を模した形にすると、10メートルほど離れた場所にある的に向ける。ぱぁん、という乾いた音とともに、的からかなり外れたところの壁に穴が開いた。
「外しましたね」
「……普段使わないから」
あかりは少し顔を赤くしながら『赤マント』を解除した。そして、次に見せたのはかつての私の武器、『鎌鼬』だった。
「これは鎌鼬。霊力を込めて大きくしてから名前を呼べば、高速斬撃を放つことができるわ。舞は、この武器を使ってい」
「それにします」
私が食い気味に言うと、あかりは複雑そうな表情を浮かべた。
「この武器を使いたいっていうのは分かるんだけど、これ、ものすごく制御が難しいの。舞以外でこれを使える人はいないわ」
それはそうだろう。私が「御剣舞」だった頃も、完全に制御できていたわけではない。
そもそも人間の脳は音速を越える世界についていけるように設計されていないのだ。遮蔽物のない空ならともかく、屋内や街の中ではまず間違いなく何かにぶつかる。
この問題を解決するため、私は15パターンほど斬撃軌道を覚えておき、実戦ではそれらを組み合わせて動いていたのである。
「貸してください。やってみないとわからないじゃないですか」
だから、どの距離なら鎌を当てられるか、パターンをどう組み合わせれば理想的な軌道になるかはしっかり理解していた―はずだった。
私は正中線に沿ってラインの描かれているマネキンに向け、鎌を向けた。そして距離を測り、軌道を決め、能力を発動させる。
「『鎌鼬』」
気がつくと、私は壁に激突していた。頭を打ってしまったからか、少しくらくらした。大慌てで助けにやってくるあかりを視界の端で見ながら、私はその理由に思い至った。
(……そうか。身体が全然違うからか)
舞と凛では身長、体重、体形がだいぶ違う。以前の身体を前提とした軌道は凛の身体には合わないのだ。
「もう……鎌鼬はやめた方がいいわ。危なすぎるもの」
あかりはそう言いながら私の手から大鎌を取り返す。まあ、このざまでは仕方ない。今度復活するときは、なるべく「舞」と近い身長と体重にしよう、と思った。
「すみません。じゃあ、『犬神』を見せてもらっていいですか」
あかりは凛を怪異課に入れたくはなかった。舞だけでなく、凛まで死んでしまったら。そう考えると背筋が冷たくなる。しかし舞の仇を討ちたいという凛の気持ちも痛いほどわかるのだ。だから断るに断れず、結局研修を手伝うことになってしまった。
凛は、そんなあかりの気持ちを知ってから知らずか、自分の呪具―『犬神』の短刀を持ち、少し嬉しそうな顔をしながら廊下を歩いていた。
「……結局、犬神かあ。私はあんまりおすすめしないけどなあ」
「一番生存率が高いのはこれでしょう」
「そうだけど、その呪具は……痛い思いをするよ。『赤マント』ならある程度怪異の攻撃を防いでくれるし、遠くから攻撃できるのに」
「射撃の腕に覚えがあるわけではないので。怪異が殺せるなら、痛みなんてどうでもいいです」
「……そう」
どうも危うい。凛は舞の仇を討とうとして命を落としてしまうのではないか。そんな予感がした。
「……お? 見たことねえ顔だな」
そのとき、向こうから金髪の若い男がやって来た。コートに包まれた痩せぎすの長身を折り曲げると、品定めをするように凛をじろじろ眺め始める。
「ああ、お前、アレか。課長の言ってた御剣の妹か」
「あかりさん。この人は誰ですか?」
「怪異課の職員よ。浜矢。ゲーム脳だけど、腕は立つわ」
「ども。俺、
普段から職員は命がけで働いているが、怪異課に入った理由は様々だ。市民を守る、食い扶持を稼ぐ、復讐をする……しかし浜矢が怪異を狩る理由は、いまだにあかりには理解できない。
「よろしくお願いします。今度怪異課に所属することになりました。御剣凛です」
「中学生ってマジ?」
「はい」
「オイオイオイ、丑三のオッサンやばいって。いくら俺らが忙しいって言ってもさすがに中学生入れるのはまずいっしょ」
「……怪異を殺せるなら、年齢は関係ないでしょう」
凛は無表情のまま答えた。すると浜矢は、何かを思い出したらしく、にやりと笑った。
「ああ、そういや姉ちゃんの仇討ちのために入ったんだっけ。やめとけやめとけ。お前みたいな眼ぇしてるやつ、すーぐ死ぬからさあ。復讐なんてくだらないぜ」
「私にとってはくだらなくはないですが」
「いやあ。意味ないね。怪異ぶっ殺して誰かが生き返るんだったら俺もオススメするけどさあ。とっとと学校行ってお勉強してなよ」
「ちょっと言い方ってものがあるんじゃない?」
浜矢の無神経な態度に腹が立った。浜矢は肩をすくめ、おどけた声色で答える。
「おーこわ。俺は、心配して忠告してやってんだぜ、親切によお。そんなこともわからないなんて、最強だった舞ちゃんを無駄死にさせた人は違うなあ!」
「い、今は関係ないでしょ。その話は」
まだできて間もない傷をえぐられ、あかりは唇を噛んだ。それを見て、浜矢はふんと鼻で笑った。
「ま、復讐なんて暗いことはやめて、もっと仕事を楽しんだらいいさ。もし凛ちゃんが生き残って強くなったら、キルスコアで競争しようぜ」
そう言うと、浜矢はさっさとどこかへ行ってしまった。浜矢の性格が最悪なのには慣れているが、免疫のない凛がどう反応するか分からない。慌てて凛に話しかけた。
「あの人の言うことなんか気にしない方がいいわよ。頭がおかしいだけだから」
「そうですね。……でも、他の職員もあんな感じなんですか」
「まさか。丑三課長を除けばあと2人いるけど、あの人よりはまともよ」
「ならよかったです。さすがにアレばっかりだと疲れます」
そう言いながら、凛はため息をついた。
凛が加入して数日で研修は終わり、彼女は舞の死亡により空いたあかりのバディに収まった。そしてその日の夕刻、近所の中学校で怪異の発生があったという報告があったため、2人は現場へ急行した。
「あ、ここ私が通ってる学校です」
「なら、案内は凛に任せるわ。人体模型の怪異らしいから、とりあえず理科室に行ってみましょう」
「わかりました。こちらの昇降口からが一番早いです」
そして理科室に到着すると、そこには窓から指す夕日を浴びながらたたずむ、男の人体模型があった。人体模型は、ぎぎ、ときしむような音をたてて首を曲げ、二人の方を向く。
『お肉ください』
人体模型の口がひとりでに動き、言葉をつむいだ。
『お肉くださいお肉くださいお肉ください』
そう言いながら、人体模型はこちらに突っ込んでくる。喋るタイプはたまにいるが、なまじ人間に似ているからか、生理的な嫌悪感がすさまじい。あかりが唾を飲み込みながら「塗壁」の発動用意をしたとき、短刀を構えた凛が前に出た。
「私にやらせてください。……『犬神』!」
呪具の名を呼んだ瞬間、凛の虹彩が真っ青に染まった。同時に、彼女が視界にとらえている人体模型は青い炎のようなオーラに包まれる。
だが、人体模型はそれを気にも留めていないようだった。凛にとびかかって、短刀を構えていた彼女の右腕に噛みつく。
「凛!」
「待ってください。大丈夫です」
そのとき、ぶつりと嫌な音がしたかと思うと、凛の右腕の肉が噛み千切られた。血が滴り、皮一枚でぎりぎりつながっている右腕をだらんとぶら下げている凛の前で、人体模型は美味しそうに咀嚼を始める。
「楽しそうですね。しかし、ご自分の腕も見てみたらどうです?」
言葉は分からないくせに、人体模型は異様な雰囲気を感じ取ったらしい。咀嚼をやめ、人体模型は自分の右腕に目を落とす。腕の肉は、ちょうど凛と同じようにそがれ、ぼたぼたと血が流れていた。
「どうせなら、利き手じゃない方をあげればよかったですね」
凛は短刀を左手に持ち換えると、突然の負傷に戸惑っている人体模型の胸に、深々と突き刺す。すると奇妙なことに、えぐれていた凛の傷が少し治癒された。
『犬神』の力。それは、見ている相手を祟る力だ。所有者が傷つくと敵に同じだけの傷を負わせることができ、逆に祟っている相手を傷つければ、その生命力を吸い取って自分の傷を癒せる。
一対一の状況では無敵といっていい強力な呪具だが、一つだけ欠点がある。使用者の傷は癒してくれるが、痛みを和らげてはくれないのだ。
凛は平気そうな顔をしているが、どう考えても無茶な戦い方だった。もう私に任せてくれ、と言いたかったが、凛のまとう雰囲気がそれを許さなかった。
「お肉……くださ……」
暴れる人体模型を押さえ込み、凛は二度、三度と突き刺す。そのたびに飛び散った怪異の血が飛び散り、彼女の手が、胸が、顔が赤く染まっていく。
何度か刺した辺りで怪異は事切れ、チリとなって消えた。凛についていた返り血が細かい粒子となって零れ落ちていく中、彼女の青く光っていた虹彩も、元の黒に戻っていく。
そして凛はあかりの方を見ると、先ほどまで眉一つ動かさず血みどろの殺し合いをしてみせていた人間のものとは思えない、屈託のない笑顔を見せた。
「やりました、あかりさん。初任務達成ですね!」
「……ええ、そうね」
私はどこかで間違えてしまったのではないか。あかりは瞠目した。
次はネームド怪異出したいなあ……