くもりくもらせ   作:aru

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4,ドッペルゲンガー

 

 

 

 

 御剣凛。11月21日怪異課加入。23日から時雨あかりとともに活動開始。30日現在まで怪異21体を処分。瘴気を基準にした対処能力は推定60%程度。

 

 私の現在の怪異課での評価は、そんな感じだ。破壊力のある「鎌鼬」を使えないせいで舞の頃より派手に怪異を倒すことはできないが、犬神も捨てたものではない。というかあかりの顔を見るに、むしろこちらの方がいいかもしれない。

 

 とはいえあかりに嫌な思いをさせすぎても避けられてしまうから、仲を深めるため積極的にアクションを起こさなくてはならない。

 

 たとえば、いっしょに遊びにでかけるとか。

 

「あかりさん。今日はお暇ですか」

 

「ん~ふあぁ……暇だけど」

 

 携帯の向こうから、あかりの寝ぼけた声が聞こえてくる。どうも今起きたばかりらしい。

 

「寝すぎじゃないですか。もう10時ですよ」

 

「昨日夜更かししちゃってね。 緊急任務?」

 

「いえ。映画を見に行くんですが、いっしょにどうかと思って。同級生には断られちゃって」

 

 嘘である。端からあかり以外を誘うつもりはない。

『偏執的な者こそ、殺生石を使い果てるものだが……こやつは本当に極端だな』

「いいよ~12時に駅前の映画館集合でいい?」

 

「ありがとうございます」

 

 私は電話を切ると、鼻歌を歌いながらお出かけ用の服を選び始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あかりが映画館の前にやってきたとき、もう凛は到着していた。凛はトレンチコートのポケットに手を突っ込み白い息を吐いていたが、あかりがやって来たことに気づくと、ぱっと顔を輝かせて近づいてきた。

 

「おはようございます。あかりさん。今日は私のワガママを聞いてもらってありがとうございます」

 

「ちょうどヒマだったから。寒いしとりあえず中入ろっか」

 

「そうですね。早くしないと映画始まっちゃうかもですし」

 

 凛はスキップしそうな勢いで映画館へ入っていく。普段は無表情なことが多いので、こうして年相応の姿を見るとほっとする。

 

「……で、今日は何観るの?」

 

「まだ決めてないです」

 

 そう言うと、凛は映画の一覧を見ながら長考を始める。家で飼っている子猫が何かを考えるとき、急に動かなくなるのをなんとなく思い出し、あかりは微笑した。

 

 しかしそれが5分、10分と続くと、さすがに待ちきれなくなって口を開いた。

 

「そろそろ始まっちゃうよ。早く決めてよ」

 

「最初は『サラディン』にしようと思ってたんですが」

 

「じゃあそれにしようよ」

 

「でも『カレー・シャーク』も気になるし、『アルルカンと猫』はあかりさんの好きな俳優が出てるからこっちがいいかなって。あと……」

 

「もう私が決めるよ。凛に任せてたら一生シアターに入れないわ」

 

 あかりは直感で映画を選ぶと、大急ぎでお菓子と飲み物を買い、凛の首根っこを掴んで中に入る。腕時計を見ると、上映開始時刻ギリギリだった。

 

 映画を観終わってから、あかりと凛は近くに会った喫茶店に入った。こぢんまりとした店だが、古時計やオルゴールなどのアンティークがあちこちに置いてある、不思議な雰囲気の店だった。

 

 店員は人のよさそうな年配のマスターが一人いるだけ。凛とあかりの座ったテーブルにやってきて注文を取り、飲み物を出すと、そのままカウンターへ戻っていった。

 

「全然先が読めませんでしたね。最初に主人公が殺されるとは思いませんでした」

 

「ミステリーなのに幽霊出すとかアリなのかなあ。まあ面白かったからいいけど。……ていうか凛、映画選ぶ時間長すぎない? いつもあんなに時間かけてるの?」

 

「そうですね。私があかりさんみたいに直感で選ぶと、だいたいハズレの映画を引くんですよ。意外とこういうのって才能がいるんですけど、あかりさんは『もって』ますね」

 

「えへへ、そう?」

 

 特別な才能があると言われれば、悪い気はしない。あかりはすこしいい気分になって、コーヒーカップに口をつけた。心地よい苦味と酸味を舌の上で転がしていると、凛はじっとこちらを見てきた。

 

「コーヒー飲めるんですね。ブラックですか?」

 

「んーまあ。テスト前とかによく飲んでるんだけど、何も入れない方が効きがいい気がするんだよね。凛は飲まないの?」

 

「苦すぎて飲めないんです。消しカスを煎じたらこんな味じゃないかなって」

 

「ふうん、凛って大人びてるのに、舌はお子様なのね」

 

「……その気になれば飲めますよ。好んで飲まないだけで」

 

 少しからからかってみると、凛はむっとした様子を見せた。

 

「すみません、マスター!あかりさんと同じものを私にください!」

 

「苦いの駄目ならカフェオレもあるけど」

 

「いえ、ブラックで!」

 

 それを聞いたマスターはニコニコしながらカウンターに戻り、コーヒーを淹れて持ってきた。凛はそれを受け取ると、ぐいと勢いよく飲み―そしてむせた。

 

 げぇっほげほげほ、と盛大にせき込む凛を見て、あかりは思わず吹き出してしまった。凛は口元を拭いながら、恨めしげにあかりを見つめてくる。

 

「そんなに面白いですか」

 

「ごめんごめん。だって漫画みたいだったもん」

 

 凛は少し顔を赤くしながら立ち上がった。

 

「……今ので服が汚れたので、ちょっと洗ってきます」

 

 マスターに案内されてお手洗いへ向かった凛を見ながら、あかりは何とも言えない安心を感じていた。

 

(……凛も、やっぱり普通の子なんだな)

 

 ここ数日の凛の戦闘はわざと自分を痛めつけているのではないかと思うほどの特攻ばかりで、あかりはハラハラし続けていた。

 

 簡単に避けられる攻撃をあえて喰らい、敵が反射した傷を負ってひるんだところを短刀で突き刺す。凛が築きつつある戦いのセオリーは、彼女が抱える闇―どれだけ自分が傷ついてもいいから、怪異をたくさん殺したいという気持ちを体現しているように見える。

 

 しかし、どの映画を観るか迷っている姿やムキになって嫌いなコーヒーを飲もうとしている様子を見ていると、ちょっと背伸びをしたがるごく普通の女の子にも思えるのだ。

 

 復讐者としての彼女、普通の中学生としての彼女……結局のところ、どちらも凛の一面なのだ。彼女が完全に狂っていないのは、こういった他愛ない日常があるからなのかもしれない。

 

 そう思いながらコーヒーに口をつけたそのとき、凛が服を洗いに行った方から乱暴にドアを開ける音が聞こえてきた。続けて何かが落ちたり、割れたりする音。だんだんとこちらに近づいてくる。

 

(……どうしたんだろ)

 

 あかりが首を伸ばして音のした方に目を向ける。すると、()()()凛が短刀で斬り合いながらこちらへ向かって来るのが見えた。

 

「「犬神!」」

 

 お互いに相手の身体を視界にとらえ、青いオーラをまとわせた。混乱するあかりをよそに、二人は斬り合いを続ける。

 

「二人とも、一旦戦うのをやめなさい!」

 

 そう叫ぶと、二人の凛は鍔迫り合いをした状態で動きを止めた。

 

「……なんで凛が二人いるの?」

 

「もう一人の方は私じゃなくて、怪異です。私に化けています」

 

「黙っていれば好き勝手言いますね。あなたが怪異でしょう。おとなしく死んでください」

 

 にらみ合う二人を見て、あかりは頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 うかつだった。私は隣にいる怪異―ドッペルゲンガーを見て、そう思った。

『完全な模倣など不可能だと思うが……もしやこの怪異、妾まで模写しているのではないか?』

 この怪異―元の姿はこの店のマスターだった―は、私がお手洗いで袖についたしみを洗っているときに入ってきて、「御剣凛」そっくりに変身した。即座に殺そうとしたが、呪具までコピーされていたらしく、一対一で決着をつけることは不可能だった。

 

「……つまり、どっちかは凛でもう一人がドッペル凛ってことね」

 

 話を聞いたあかりは、私とドッペルゲンガーを見比べながら首をひねっていた。私とドッペルが戦って決着がつかない現状、鍵を握っているのはあかりである。

 

 あかりがドッペルを見抜き、私といっしょに戦えば勝てる。逆にあかりが私をドッペルだと判断すれば私は殺され、残ったあかりも殺されるというわけである。

 

「私からすればもう一人が怪異なのは自明なので、それが伝えられないのはもどかしいですね」

 

 いけしゃあしゃあと言うドッペルゲンガーを睨みながら、私はあかりに自分を識別してもらう方法を考え始める。さすがにここで死ぬのは避けたかった。

 

(まだ全然あかりと仲良くなってないし、あかりが死んだら元も子もないしなあ)

 

 私が自分の身体とドッペルゲンガーを見比べていると、あかりはぽんと手を叩いた。

 

「……よしわかった。じゃあ、凛しか分からない質問するから、二人とも正直に答えてね」

 

 まあ、それは私もすぐ思いついた方法である。だが、「犬神」までコピーされていたことを考えると……

 

「凛の家の住所は?」

 

「「藤見市笹ヶ原3丁目5-1です」」

 

 私とドッペルは同時に答える。やはり記憶もコピーされているらしい。

 

「駄目ね。変身中は瘴気も出ないみたいだし、どうしようかな……」

 

「待ってください、私とドッペルの格好は少し違うみたいです。そこから見つけてみたらどうでしょうか」

 

 例えば、私は黒のニットセーターを着ているのだが、ドッペルのセーターの色は、微妙に色が薄い。他にも左目の下にある泣きほくろの位置、髪の切りそろえ方が違う。

 

 それを指摘すると、あかりは困り顔で答えた。

 

「違いが微妙すぎるわね。元をよく覚えてないし」

 

「……怪異課の人に助けを呼ぶのはどうでしょう」

 

「もうやってるけど、携帯がつながらないの。これもドッペルゲンガーの仕業なのかな」

 

「じゃあ直接課に戻るのはどうですか」

 

「うーん、それをやって、ドッペルゲンガーが丑三課長あたりに化けたらもっと大変だなあ」

 

「なぜです?」

 

「太刀打ちできなくなるかもしれないから。私も課長が戦ってるとこ一回しか見たことないけど、たぶん舞と同じくらい強いんじゃないかな」

 

「そうなんですか」

 

 実は、私はこれまで丑三課長が戦っているところを見たことがない。出張に行っているか、ずっとデスクワークをしているからだ。まあ怪異課の平均寿命が入ってから約4、5年ということを考えると、50近くまで生きている人間が弱いわけはないのだが。

 

(とにかく、この怪異は私たちだけで処理しないといけないということね)

 

 私とドッペルの違いは何だろうか。服装や身体的な特徴では、あかりが判別できない。他に明快にわかる方法は―そう思ったとき、私は一つの案を思いついた。

 

「……あかりさん、私にしかわからない質問をしてください」

 

「さっきやったじゃない」

 

「数をこなすんですよ。ドッペルの外見が不完全なら、記憶も不完全にしかコピーできていないはず。ボロを出すまで質問すればいい」

 

「……なるほど、試してみる価値はありそうね」

 

 それから、あかりは大量の質問を私とドッペルゲンガーにぶつけはじめた。

 

「家にある紅茶は?」

 

「「アールグレイとダージリン」」

 

「凛がさっき選ぼうとしてた映画は?」

 

「「サラディン、カレー・シャーク、アルルカンと猫」」

 

「私が研修のときに見せた呪具は?」

 

「「赤マント、鎌鼬、犬神」」

 

 しかしドッペルゲンガーはなかなか尻尾を見せなかった。いくつもの質問を重ね、ひょっとして私の推論は間違っていたのではないかと思い始めた、そのときだった。

 

「……凛のお姉ちゃんの名前は?」

 

「御剣舞」

 

 私が言うと同時に、ドッペルゲンガーも自信満々に答えた。

 

「姉はいません」

 

「『鬼火』」

 

 その瞬間、ドッペル凛は火だるまになって倒れた。目を見開き、身を焼かれながら、意味が分からないとでも言いたげな顔で私とあかりを見上げる。

 

「な……んで、わた、私ほんとうのこと……」

 

「それ、凛は絶対間違えないんだよね」

 

 あかりはそう言うと、とどめと言わんばかりにさらに火炎を注ぎ込んだ。ドッペルゲンガーは「犬神」を発動する間もなく、断末魔をあげながら焼き尽くされる。

 

(本当のことを言ったのに殺されたら納得できないよね)

 

 少しの哀れみを感じながら見ているうちに、ドッペルゲンガーの身体はチリになって消えた。しかし、その頭部だけは消えずにそのまま残っていた。

 

「やった。これ課に持って帰ったらボーナスもらえますよ」

 

「持って帰るのはいいけど、何か包むものない? ちょっと目線がさ……」

 

 あかりはドッペル凛の恨めしそうな顔から眼をそむけながらそう言った。

 

「うーん、私はもってないですけど……目隠しとかします?」

 

「それはそれでなんか嫌だなあ……」

 

 結局、私たちはカウンターに置いてあった紙袋を拝借し、そこにドッペルゲンガーの生首を入れることにした。それからレジにお代を置いて、店の外に出る。

 

「長居しちゃってたみたいだね」

 

 空にはすでに黄昏の色が広がっていた。ふと後ろが気になって振り返ると、さっきまでいた喫茶店は無くなっており、「貸地」の看板の立っている寒々しい空き地があるだけだった。

 

「あの店もドッペルゲンガーの能力の一部だったんでしょうか」

 

「かもね。雰囲気はよかったから、ちょっと残念」

 

 それから私とあかりは怪異課に行き、ドッペルゲンガーの首と引き換えに茶封筒を貰った。そのお金で少しお高いレストランでご飯を食べて、私たちは帰路についた。

 

「カラオケとか行きません?」

 

「えー、中学生をこんな遅くまで連れまわしてたら私が怒られちゃうよ。今度行こ」

 

「……そうですね。楽しみは後に取っておきましょうか」

 

「そうそう。私は歌うまいよ~。どーんと期待していいからね」

 

 あかりはからからと笑った。それを見ているうちに、私も自然とほほ笑んでいた。もともとあかりの表情を見るのが好きだったので、笑顔も嫌いではない。……のだが。

 

(……物足りない)

 

 そんな気持ちが、お腹の中でうごめいた。

 

 

 

 

 

 

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