くもりくもらせ   作:aru

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5,臨時バディ浜矢

 

 

 

 

 ゲームは好きだ。何度もやり直せるから。

 

 かちり、かちかち。浜矢が素早くボタンを押すと、自分のアバターは巨大な剣を振り回し、大蛇の首を斬り飛ばした。

 

(5回目。まあ他よりは早いか)

 

 浜矢のやっているゲームは、いわゆる死に覚えゲーというもので、何度も戦って敵の行動パターンを覚えることを前提としたものである。大学時代にはこの手のゲームはやらなかったのだが、なぜか怪異課に入ってからすっかりはまってしまった。

 

 次のマップに行こうか、と思ったそのとき、誰かが後ろから画面をのぞきこんできた。

 

「市役所のwifiでゲームですか」

『最近の遊戯は面白そうじゃのう。妾もちょっと遊んでみたい』

 顔を上げると、そこには新顔の少女―御剣凛が立っていた。学校から直接課へ来たらしく、黒セーラーを着ていた。

 

「ソフト入ってっからオフラインなんだよ。てか、俺がゲームやってたのは凛ちゃんが来るのを待ってたからなんだけど」

 

「浜矢さんと組むって、さっき知らされたばかりですし。浜矢さんのバディは、今日はどうしたんですか?」

 

神標(しめ)は時雨と組んでもう行った。たまにやるんだよ、こういう入れ替え。同じやつと長く組んでると、そいつが死んだあとに連携がとりづらくて困るだろ?」

 

「なるほど。そういうことですか」

 

 凛は納得したようにうなずいた。

 

 バディの入れ替え。基本的に職員は二人一組で怪異退治に向かうが、たまにこうして違う人員と組む。凛に説明したように普段のバディ以外との連携を可能にするだけでなく、顔を合わせることが少ない職員同士で交流を深めるという目的もあるらしい。

 

(……ハズレだな)

 

 凛の表情を見て、浜矢はそう思った。

 

 強さは申し分ない。この前はドッペルゲンガーの死体を持ち帰っていたし、新人の割に退治した怪異の数も異常に多い。あと数か月もすれば、強さの面では舞に見劣りしなくなるだろう。

 

 だが、彼女の張り詰めた空気―何としても怪異を殺すという決意は、危うい。危険な敵を見極めきれず、命を落とす可能性が高いのだ。

 

「怪異を殺しに行きましょう、浜矢さん。私とキルスコアを競ってくれるんじゃないですか」

 

「バーカ。ひよっこは相手にしねえよ。今日は安全運転でいけ」

 

「……これでもけっこう怪異を倒してるんですが」

 

「ネームド1匹と雑魚怪異ばっかだろ? チュートリアルで調子乗んなって」

 

 凛は少し悔しそうに顔を歪めた。浜矢はそれを尻目に舌打ちした。

 

(……なるべく突き放しとくか)

 

 好きな食べ物。笑いのツボ。手持無沙汰なときの癖。そんな些細なことでも知ってしまえば、知った分だけその誰かが死んだときにつらくなる。

 

 そのうち死ぬとわかっている娘に入れ込むのは、馬鹿のやることなのだ。

 

「行くぞ。冬は日が暮れるのが早いからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『鬼火』」

 

 巨大なムカデ型の怪異が黒焦げになり、あかりの目の前に転がった。

 

 ここは藤見市郊外にある神社である。人が来なくなったせいで怪異がよく棲みついているので、パトロールの対象域になっている。石畳の上でのたうち回る百足に止めを刺そうとしたとき、「待って」と声をかけられた。

 

「うん、時雨さんありがとう。早かったわね」

 

 振り返ると、ダウナーな雰囲気を身にまとった、スーツ姿の女性―神標千鶴が拍手しながらあかりの隣にやってきた。彼女の綺麗な二重の眼はきゅっと細められ、獲物を見つけた蛇のような光をたたえている。

 

「千鶴さん。まだ大百足は死んでませんよ。下がってた方が」

 

「大丈夫。任せて」

 

 神標はそう言うと、小さな丸鏡を取り出し百足に向けた。これは17世紀に隠れキリシタンが作った魔鏡というもので、彼女の呪具だ。光に当てると表面の凹凸で反射して十字架が浮かんで見えるらしい。

 

「『雲外鏡』」

 

 魔鏡の名を呼ぶと、大百足の姿が一瞬にして消え失せた。

 

 彼女の「雲外鏡」は、鏡の前にあるものを他の鏡の前に移動させる力をもつ。呪具の性質上彼女だけでは大した怪異は倒せないが、緊急脱出や現場への移動などのサポートは非常に心強い。

 

「今の、どこに飛ばしたんですか」

 

「怪異課に置いてある、お札が貼られた箱の中。生け捕りにしたかったから」

 

「……生け捕りにしてどうするつもりですか」

 

「食べる」

 

「………神標さんが怪異を食べるのが好きなのは知ってますが、百足も守備範囲なんですか?」

 

「そうね。以外と珍味かもしれないわ。唐揚げとかいいかも」

 

 ドン引きするあかりを気にもせず、神標はそんなことをのたまった。

 

 神標は怪異を好んで食べる美食家なのである。怪異を食べても栄養にならないし、本体が死ねば肉もチリとなって消えてしまうので食べるメリットは一切ないのだが、それでも彼女は怪異を捕獲・調理する。

 

 ある意味浜矢より怖いが、それ以外はしごくまともで優しいので、あかりは先輩として慕っている。

 

「時雨さんの鬼火、死なない程度に怪異を焼けていいわね。浜矢くんは一発で殺しちゃうからなかなか生け捕りにできないの。貸してくれたらおいしい料理を振る舞ってあげるけど、どう?」

 

「どうって……嫌ですよ。怪異とカエル、どっちか食べろって言われたら迷いますよ、私は」

 

「残念、ダイエットにもなるのに。……まあいいわ。パトロール続けるわよ」

 

 そう言って神標がきびすを返そうとしたとき、携帯が鳴った。神標はポケットから携帯を取り出して画面に目を落とす。

 

「お、浜矢くんからだ。御剣ちゃんが来たから行動開始するって」

 

「……あの二人で大丈夫なんでしょうか」

 

 凛は冷静そうで不安定なところがあるし、浜矢は人格破綻者だ。彼らの戦闘力は疑っていないが、連携はとれるのだろうか。不安がるあかりに、神標はふわあ、とあくびをしながら答えた。

 

「問題ないんじゃない? 浜矢くんって心配性だから、あかりちゃん以上に過保護かも」

 

「心配性?」

 

「うん。もし凛ちゃんがピンチになったら鏡を通して助けてやってくれって言われてるんだよね」

 

 そんな気配りができるような人間だとは思っていなかったので、あかりは驚いた。それを見た神標は、こらえられないというように吹き出した。

 

「あは。意外でしょ。なんか舞さんの件で思うことがあったらしくてね。凛ちゃんだけじゃなくて、時雨さんのこともちょっと気にしてるわ。まあ、ふだんから口悪すぎてわからないかもしれないけど」

 

 あかりは浜矢の憎まれ口を思い出し、ため息をついた。

 

「なら普通にそう言えばいいのに」

 

「普通に言って聞くなら、浜矢くんはそうするでしょ」

 

「……どちらにせよ、凛を残して私だけ抜けるってことはありえません」

 

 あかりの言葉を聞いた神標は、そう、と興味なさげに答えた。

 

「まあ私はやめてほしいとは思ってないし、別にいいけどね。バディの絆が固い方が生存率上がるかもしれないし」

 

「神標さんは、浜矢……さんとは仲いいんですか?」

 

「んー別に。あかりさんとか凛ちゃんと比べると、だいぶゆるいよ。趣味も性格も合わないし、お互い最低限仕事のときだけ話すって感じかな」

 

 言ってから、神標は聞こえるか聞こえないかというくらい小さな声でつぶやいた。

 

「……硬いものほど砕けやすいっていうからね」

 

 

 

 

 

 

 見回りをしているうちに夜になった。昼は日が当たっていたのでまだましだったが、それもなくなると急激に冷え込んでくる。浜矢はジャンパーを貫いてくる冷気に身震いした。

 

「おーさみ。お前は大丈夫か」

 

「中にカーディガン着てるので。というか、その上着の下、半袖ですよね。寒くて当然ですよ」

 

「しょうがねえんだよ。俺も持ってる呪具が『鵺』じゃなかったら厚着してえよ」

 

 浜矢と凛の二人は公園にやって来ていた。ここは藤見第一公園。子供の怪我や死亡事故が異様に多い場所で、「呪われた公園」として悪名の高い場所である。風水的にあちこちのよどみが流れてくるせいか、怪異がわんさかやって来る。

 

「……見つけた」

 

 隣にいた凛はそう言って、持っていた短刀をすらりと引き抜く。浜矢が彼女の視線の先に目をやると、そこには首のない鎧武者が何体もいた。立派な鎧を着た総大将らしき武者がブランコに座っており、その周りを足軽たちが囲んでいる。

 

「ここって古戦場だったりするんですか」

 

「いや。ただどっかから流れてきたんだろ。ここはそういうとこだ」

 

 浜矢はジャンパーを脱ぎ捨てると、凛に指示を飛ばした。

 

「まず俺が『鵺』であいつらをぶっ飛ばす。お前は孤立したやつから順に殺していけ」

 

「了解です」

 

 作戦は明快だった。浜矢と凛は同時に鎧武者に向かっていった。鎧武者たちが疾駆してくる二つの影に気づいた瞬間、浜矢は自分の首元にかかっているクチバシ型のネックレスの名を呼ぶ。

 

「『鵺』」

 

 浜矢の両手が大きく膨れ上がり、巨大な虎の剛腕に変じた。右手を薙ぎ払うと、槍を構えた足軽たちはぼろくずのように吹き飛ばされる。

 

 『鵺』の力。それは身体の一部を虎、狸、蛇、猿に変えられるというものだ。虎の剛腕、蛇の暗視能力はシンプルに使いやすく、これといった弱点はない。強いて言えば半袖しか着られないことくらいか。

 

「『犬神』」

 

 凛も呪具の力を発動させ、浜矢に蹴散らされた武者の一人に斬りかかった。しかし相手の反応速度が速かったらしく、武者の振るった刀が突進していった凛の腹を貫いた。

 

 「鵺」の能力で浜矢の額に発現しているピット器官が凛の傷口から滴る多量の熱―すなわち血液を認知し、ぞわりと肌が粟立った。

 

「御剣!」

 

「大丈夫です」

 

 凛がそう言った瞬間、犬神で祟られている武者の鎧が弾け、同じような傷が開く。それにひるんだ武者の胸めがけ、凛は短刀を突き出した。

 

 ぞぶり。鎧の隙間から短刀を突き入れ、凛はぐるりと刀身を回転させた。青いオーラに包まれた鎧武者は激痛を感じているらしく、びくびくと身体をふるわせる。

 

「私の傷は自分で癒せます。浜矢さんは気にせず戦ってください」

 

「そりゃありがたい。勝手にやらせてもらうよ」

 

 吐き捨てるように言って、浜矢は突撃してくる武者たちを両腕で叩きのめす。

 

(……時雨が心配するのもわかるな)

 

 少し戦いを続け、凛の特攻戦法を理解した。即死する可能性がある頭と心臓への攻撃だけ回避し、ずたぼろになりながら相手を仕留めるのだ。

 

 痛みに怯まず敵を殺し続けるその姿を目の当たりにして、浜矢は言いようのない苛立ちを覚えた。

 

(俺が中学生の頃は、ずっと外でサッカーしてたよな)

 

 学校が終わってすぐ、グラウンドで仲間と部活に行っていた。日が暮れるまで、気のすむまでボールを蹴っていた。将来のことなど考えず、ただ今を楽しんでいた時期だった。

 

 凛も普通ならそうあるべきなのだ。こんなところで戦い傷つくのは浜矢たち大人の仕事であって、凛の役目ではないのに。

 

 いつの間にか浜矢は、死んだ舞の姿を凛にかぶせて見ていた。同僚が死ぬのは、悲しいが仕方のないことだ。怪異に殺される危険を知ったうえで就職したのだから。

 

 だが、あかりや凛たちは―

 

 浜矢は、舞とあかりが談笑している光景を思い出した。たまたま怪異課にやってきたときにすれ違っただけで、そのときはどうとも思わなかった。退治成績はいいが、そのうち本当に危ない奴に遭ってやめていくだろうと思っていたからだ。

 

 だが、その前に彼女たちの片割れが死んだ。廃病院で舞の死体を見たとき、浜矢ははらわたが煮えくりかえった。舞は妹や自分の生活のため怪異課に入り、浜矢が味わったような大学の自由さ、就職の大変さやお酒のうまさを知ることなく、むごい殺され方をしたのだ。

 

 その理不尽がどうしようもなくやるせなかった。

 

 現実にリセットはない。死者は生き返らない。浜矢はよく知っていた。だからこそ。

 

(同じ轍は、なるべく踏ませたくねえ)

 

 波立つ心を押さえため、浜矢はふざけて笑った。

 

「さっきからわざと殺されに行ってるように見えるが、お前Mかあ?」

 

「違いますが。そうする必要があるからです」

 

 凛は浜矢の方をちらりと見てそう言うと、自分の腕に短刀を思い切りよく突き刺した。

 

「は? 何やってんだお前!」

 

「後ろです」

 

 浜矢が振り向くと、刀を構えて背後から斬りかかろうとしていたらしい武者が左手を押さえ、うずくまっていた。浜矢を奇襲しようとしていた武者を祟り、自傷してダメージを与えたのだ。

 

「クソがっ!」

 

 浜矢の腕の一振りで鎧はひしゃげ、武者はチリとなってはじけた。不注意で凛のダメージを増やしてしまった。浜矢は舌打ちをした。

 

「敵に気づいたら声をかけな。今のは自傷しなくても問題なかっただろ」

 

「でも」

 

「気色わりいからやめろ。あとお前、本当は死にたいんだろ? そんなに姉ちゃんに会いたいか。この自殺志願者が」

『おっ、この男、少しいい線いっておるな』

 浜矢がそう言うと、凛は珍しく動揺の色を見せた。そして彼女が口を開こうとしたそのとき、銃声が響いた。

 

「伏せろ!」

 

 凛と浜矢は伏せ、丈の長い草むらに隠れた。少し顔を上げて様子をうかがうと、近接戦は不利だと悟ったのか武者たちはこちらを遠巻きにして、火縄銃を構えていた。

 

「ひいふうみい……大将1人銃3人か。ちっ、めんどくせえことになった」

 

 鵺で変化した両腕はある程度の強度があるが、それでも正面から銃弾を浴びるのは危険だ。凛も当たり所が悪ければ即死だし、そもそも今の自傷が癒せていない。神標を呼んだ方がいいか。そう思って携帯にふれたとき、凛が浜矢を真っすぐに見つめていることに気がついた。

 

「浜矢さん。突っ込みましょう」

 

「おいおい、自殺に付き合う気はねえぞ」

 

「……さっきの話の続きですが、私は死ぬ気はないですよ。私は自分でできると思う最善を尽くしているだけで、命は惜しいです。それに」

 

「それに?」

 

 凛はいかにも困ったというような顔をして言った。

 

「ここで死んだら、あかりさんと約束してるカラオケに行けないんですよ」

 

 それを聞いた浜矢は目を丸くし、そして思わず笑ってしまった。復讐だけが楽しみかと思っていたが、そうでもないらしい。

 

「何かおかしいことを言いましたか」

 

「いや。それならいい。対応策は?」

 

 凛は浜矢の態度にきょとんとしていたが、武者たちの方を見てつぶやいた。

 

「策っていうようなものじゃないですが……歴史の教科書に書いてありました。火縄銃ってなかなか当たらないし、弾込めにも時間がかかるそうです」

 

 ふたたび銃声が響き、近くの地面がはじけた。続けて2発目。そして3発目が聞こえた瞬間、

 

「今!」

 

 凛は立ち上がり、武者たちの方に向かっていった。

 

 浜矢が慌てて起き上がった時にはすでに、彼女は銃を刀に持ち替えようと慌てる武者たちに襲い掛かっていた。

 

 大将を除く敵全員が銃に持ち替えていたため、勝負はあっという間に決まった。凛は確実に一体ずつ、手早く急所をえぐっていき、最後に総大将らしき武者を突き殺した。

 

 凛はチリを浴びながら振り返り、戦いを見ていた浜矢の方に戻ってきた。

 

「……浜矢さん。1つ勝ち越しです」

 

「あ?」

 

「戦いながら数えてたんですが、浜矢さんは8体、私が9体倒しました。これでもまだ「ひよっこ」ですか?」

 

 不満そうに見上げる凛を見て、浜矢は苦笑した。どうも出かける前に言ったことを根にもっていたらしい。浜矢は凛の頭に手をのせた。

 

「いや、お前は一人前だ。死にたがりとは違うみてえだしな」

 

 凛と言葉を交わし、少し考えを変えた。たぶん彼女は守りたいと思う日常をちゃんと持っている。戦い方は少し指導する必要があるが、早死にはしないだろう。

 

「そういえばさっき、私に自殺志願者とか言ってましたけど、そういうこと人に言うのどうかと思いますよ。前もあかりさんにひどいこと言ってたし」

 

「あー、それは今度謝っとくわ。どうせ何言ってもお前らはやめねえだろうし」

 

「?」

 

「いや。こっちの話。あと、お前はもう少し自分を大事にしろ。正味、俺の悪口なんかよりよっぽど時雨にはキツいはずだ。かわせる攻撃は回避しろ。わかったな」

 

「……努力します」

 

 凛は短刀を鞘に納め、しぶしぶといった感じで答えた。あかりのことを持ち出すと、てんで弱くなるらしい。浜矢は鼻で笑って星空を見た。

 

(……しばらく、死人は出なくて済むかもな)

 

 ひさびさにすがすがしい気分だった。

 

 

 

 

 

 

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