くもりくもらせ 作:aru
がしゃどくろの立ち尽くす静かな公園に、電話の着信音が響いた。かけてきたのは誰だろうと思って確認すると、「御剣凛」と表示されていた。
「凛君からか……」
丑三は、コールの続いている携帯をポケットにしまった。
「凛君からか、じゃないですよ。なんで取らないんですか?」
先ほどまで凛たちの行方を捜していた神標は、丑三がせっかくの手がかりを投げ捨てたことに不満を覚えたようだった。
「私の電話番号は彼女に登録されていないからだ」
「……は?」
「それに救援の頼みなら、神標君の方にかかってこないとおかしいと思うよ。これは罠だ」
「罠って……電話をかけてくることのどこが罠なんです」
「呪われて動けなくなる。『メリーさん』だ」
誰かのフリをして電話をかけてくるこのやり口には見覚えがある。対策本部に勤めていた頃、メリーさんの奇襲によって犠牲になった職員が毎月のように出ていた。
この怪異は電子機器や電波に乗って移動し、電話を取った人間の動きを縛ってしまう。一度はまってしまえば自力で抜け出すことは不可能なうえ、退治しようとしても近くにある電子機器に潜り込んで逃げ去ってしまうので、駆除は困難だ。
これに遭遇したのであればあの二人はおそらく生きてはいまい。丑三は目を閉じ瞑目する。
その瞬間を狙ったのか、ミサキが背後から襲い掛かってきた。
「残り一匹が自分から出てきてくれたのは嬉しいね」
丑三が振り向きもせずにそう言うと、ミサキの動きが止まった。がしゃどくろの巨大な指につままれていた。
がしゃどくろの視点から、背後の繁みに隠れていたミサキは見えていた。丑三は振り返り、手足をばたつかせてもがくミサキを見上げた。
「これで7体全部揃ったな。やれ」
がしゃどくろは両手に収まっていたミサキたちを無造作に握りつぶした。おびただしい量の瘴気が弾け、七人ミサキはチリとなった。
「で、ミサキはいなくなったが次の手はあるのかね? メリーさん」
「……なるほど、貴方は一筋縄ではいかないようね」
目の前に音もなく現れたのは、フランス人形のような少女だった。外見的には人間と見分けがつかず、彼女の身にまとう瘴気が人外である唯一の証だった。
「不意打ちが得意な君が動きを縛れてもない敵の前に出てくるなんて、珍しいな」
「もう私のことは知ってるみたいだから、隠れてても意味ないでしょ」
そう言ってメリーさんはウインクをした。
(つまり、姿を現したことには意味があるということか)
メリーさんという怪異の本領は不意打ちや絡め手で、まともな戦闘能力は持ち合わせていない。いつでも逃げられるという自信があるからかと思ったが、それなら姿を現す必要はない。
となると、残る可能性は―
「仲間がいるな」
「ご名答」
傍にあった排水溝から河童が姿を現し、紫色のガスを丑三に向けて吐き出した。麻痺系もしくは致死性のガスだろう。そんなことを考えながら、丑三は慌てずがしゃどくろに命令を下す。
「
猛烈な勢いの風が吹き、河童の放った毒ガスは霧散した。いとも簡単にガスを防がれたじろいだ河童を捕まえると、がしゃどくろはそのまま力をこめ、ぎりぎりと締め上げた。
「~っ……!」
河童は苦しそうにもがいている。ミサキが一瞬で潰れたことを考えると、細身な割に頑丈らしい。
「どいつもこいつも使えないわね。せっかく隙を作ったのに」
メリーさんはそうつぶやくと、冷ややかな目をこちらに向けた。
「しょうがない。今日はここまでにしようかしら。今回は許すけど、次はきちんと仕事をしなさい」
メリーさんの姿が消えたかと思うと、がしゃどくろに握りつぶされかけている河童のところまで移動し、その頭を掴んでいた。
「……ま、こっちも2人くらい狩人をやっといたから痛み分けってとこかしら。次来るときは、ちゃんとカタをつけてあげるわ」
そう言い捨てると、メリーさんと河童の姿が消えた。いちおう再度の奇襲を警戒しつつ、丑三は胸ポケットから煙草を取り出した。
「神標君。浜矢君をここに連れて来てくれ。あの怪異たちが浜矢君を襲ったらまずい」
「……わかりました」
神標の顔色は青ざめていた。おそらく、メリーさんが遺していった言葉の意味するところが分かったからだろう。
(いつでも、若い子が死ぬのは嫌だねえ)
丑三はそう思いながら、煙草に火を点けた。
御剣凛は死んだ。
彼女はすでに身寄りがなく、また未成年を怪異と戦わせて死なせたということが公に知られるとまずいということで、藤見市怪異課で密葬されることになった。
あかりは御剣姉妹が住んでいたアパートを引き払い、遺品整理を行うという役目を引き受けた。男手と物を運べる人間がいるということで、浜矢がついて来てくれた。
「いまだにちょっと信じられねんだよな。あいつが死んだってのが」
浜矢は軽トラックを運転しながら口を開いた。
「課に入ってきたやつがすぐ死ぬかどうかってのはだいたい分かるんだ。凛はそこそこ長生きするタイプだと思った」
「……ですよね。きっと浜矢さんか神標さんが一緒だったら、凛は死ななかったかもしれません。私の力が及ばなかったんです」
「そうは言ってねえだろ。聞いた限りじゃ、「メリーさん」の力は初見殺しだ。誰だって仲間から電話が来たら応答するし、それでやられる。結局運が悪かったんだよ」
おそらく慰めてくれているのだろうが、舞のときにさんざん聞かされた「運が悪かった」という言葉は、むしろ凛が死んだ本当の理由がわかっているあかりにとって苦痛でしかなかった。
あかりが河童を倒すことができなかったから凛は怪異の毒牙にかかった。そして、あかりの手で殺された。それは紛れもない事実だ。
まだ凛を刺し殺したときの感触は手にこびりついている。きっと、どれほど手を洗ってもこの汚れが落ちることはないのだろう。食事をするときも、顔を洗う時も、風呂に入るときも。あの感触はずっとあかりに付きまとっていた。
昏い目をしているあかりを見て、うんざりしたように浜矢は言う。
「力不足だと思うんなら、すっぱりやめちまえばいいんじゃねえの?」
「でも、凛だけじゃなくて私もいなくなったら仕事が回らなくなるんじゃ」
「後は俺たちが何とかするから心配すんな。課長が暇そうだし、役所仕事ブン投げて戦ってもらうかね」
そんなことを言って軽く笑った浜矢から目を背け、あかりは窓から曇り空を見上げた。
(怪異課をやめる、か……)
父と、母と、弟が一人。家族は皆生きていて、生活に困ることはない。怪異課にいなければならない理由はあかりにはなく、ただ適性があったのとちょっとした正義感があったから怪異を駆除していた。
だから浜矢の言うように、怪異課をやめるのが賢い選択なのかもしれない。
あかりが怪我もせず仲間の死についても言及していないので、両親はあかりが怪異課にいることをとくに問題視してはいない。だが、そんな彼らも舞や凛が死んだことを伝えたら必ず怪異課をやめさせようとするだろう。
うずうずと考えているうちにアパートに到着した。あかりと浜矢は大家から預かっていた鍵を使って中に入る。
「……始めますか」
以前来たときは気づかなかったが、部屋にはあまり物が無かった。浜矢の手を借りなければならないものは机やテレビ、本棚、こたつくらいであとはあかりでもどうにでもできそうだった。
「外に洗濯物があるみたいだから取りこんどけ。ほら、ゴミ袋」
ベランダに干されていたスポーツブラにパンツ、猫耳フードつきのパジャマをゴミ袋に入れながら、ふうん、とあかりは思った。
(こういうの着てたんだ)
肌着はイメージ通り飾り気のないものだったが、猫耳フードというのは意外だった。あかりはこれを着た凛を思い浮かべて少し笑った。が、もうそんな彼女を見る機会は永遠に失われたのだということを思い出すと、陰鬱さが戻ってきた。
あかりが洗濯物を片付けて部屋に戻ると、浜矢は机の上にある紙切れをじっと見ていた。
「どうしたんですか?」
「……遺言だ」
浜矢から手渡された紙には、たしかに凛の字で「遺書」と書かれていた。
「なんでこんなものが」
「たぶん、自分がいつ死んでもいいようにってことだろうな。そういうことが書かれてる」
あかりは遺言に目を通した。
『今日、私は15歳になりました。あと1年で姉と同じ年齢です。それまでどうにか生きていたいものですが、私のお仕事の内容を考えると難しいかもしれません。
ですから私が死んだときに備え、今のうちに遺言を書き残しておきたいと思います。財産と言っても家具と銀行預金くらいの少ないものですが、ある程度まとまった金額はあると思います。
さて、生きてるうちにこういうのを書くのはなんだか恥ずかしいのですが、私はあかりさんと怪異課の人たちに多少なりとも救われました。
姉が死んだ日のことは今でも思い出しますし、そのたびに怪異たちをめちゃくちゃに殺してやりたくなります。でも、最近はそれ以上にあかりさんと過ごした日々を思い出すことが多いのです。あかりさん、私と友達でいてくれてありがとうございました。
怪異課の皆さんにもいくつか言い残しておきます。浜矢さんはもう少し歯に衣を着せた方がいいと思います。あかりさんにひどいこと言ってたら化けて出ますから。
それと丑三課長には謝らないといけませんね。おそらく私の死は公表しづらいでしょう。入るときもそうでしたが、最後まで迷惑をかけてすみませんでした。
相続先についてですが、私には身寄りがないのであかりさんに全ての財産を遺したいと思います。いらなければ怪異課に寄付してもらっても構いません。怪異の駆除に私の遺産が役立てば幸いです。
私は幸せな日々を過ごしました。せめてその恩をお返し出来たらと思います。
20××年 1月12日 6時20分 御剣凛』
後の方に、おおまかな財産内容が書かれていた。それを見たあかりは、胸を締め付けられるような感覚に襲われた。
(誕生日の朝にこんなものを書いておいて、何が幸せよ)
どこまでも哀しい。凛は自覚していなかったかもしれないが、あの子の年齢でこれほど自分の命を冷徹に見られるというのは異常だ。あかりと一緒にいたことが楽しかったと書いてあったが、彼女の時間が止まらなければ、もっと楽しいことはたくさんあったはずなのだ。
遺言の後ろについていた財産目録に、ぽつりと黒い染みが広がった。
「……こんなのいらない」
「は?」
「いらない!」
困惑している浜矢の前であかりは遺言を握りしめ、血を吐くように叫んだ。
あかりが落ち着くのを待ってから遺品整理は再開された。てきぱきと物を仕分けた浜矢は、最後に100万に近い預金の入っている通帳を見せ、受け取るかどうか聞いてきた。怪異課の予算にでもしてください、とあかりは拒絶した。
それからどうやって家に帰ったのかは覚えていなかった。自分の部屋に入り、照明も点けないままベッドにうつぶせになる。精神的にまいってしまったのか、めまいがする。
これまで少しずつためてきた何かが破裂したような気がした。心臓の音がうるさい。肺が水で満たされたようで苦しい。
(……なんかもう、疲れたな)
『可哀想にのう……誰も死んではおらんのに』
そのとき、机の上に置いていたイヤホンのコードが目に入った。どん底にいるあかりには、それが天から垂らされた蜘蛛の糸のように思えた。
何かわけのわからないものに突き動かされ、あかりはコードを結んで輪を作る。ぐいぐいと引っ張り、体重を支えてくれそうなくらいには丈夫なのを確認すると、ドアノブにコードを括り付けた。
即席の首つりロープが完成すると、輪の向こうを他人事のように冷めた目で見た。これに首を通して足を投げ出せば、その瞬間に自分の体重が凶器となり、ラクになれる。
「これでいいんだ」
自分に言い聞かせながら首を突っ込もうとしたそのとき、後ろで何かが落ちる音がしたかと思うと、あかりは両腕を掴まれた。
「待って!」
振り向くと、全裸の銀髪少女があかりの両腕を掴み、険しい表情を浮かべていた。
本当に危なかった。
霊体として自分の肉体から抜け出て自分の死体を見下ろし、私は胸をなでおろした。
ミサキに身体を乗っ取られ、あやうくあかりを本当に殺してしまうところだった。とどめの一撃を振り下ろす直前で自分の身体の動きを止められなかったら―私は身震いした。
(……結果オーライだったからよかったけどね)
あかりに殺してもらうという最高の形で「凛」を終われたのは良かった。あかりが自分のために泣いてくれているのを見て、ぞくぞくと脊椎を這いあがってくるような快感を存分に味わった。
自分の倒錯嗜好を満たし終えてから、私はあかりの傍にい続けた。もう少し彼女を見ていたいという私的な理由もあったが、まだ周りに敵がいる可能性があったからだ。
戦いが終わってからは自分の葬式と遺品整理の様子を眺めていた。財産をいらないと言われたのはちょっとショックだったが美味しい感情のおかわりがきたので、そこは嬉しかった。
とぼとぼと帰宅したあかりは、そのままベッドに倒れこんだ。相当心にきていたらしい。私は心配になって見守っていたが、ここであかりはいきなり予想外の行動をとった。
妖しい目つきで机の上に置いてあったコードを掴むと、あっという間に輪にしてドアノブに括りつけたのである。
(……自殺する気だ!)
あかりを追い詰めすぎた。あの遺書がダメ押しになったのだろうか。私はやりすぎたことを少し後悔しながら自殺を阻止する方法を考えた。
(霊体じゃ止められない! すぐに身体を作らないと!)
私は「凛」を作った時のような細かい調節をかなぐり捨て、慌てて身体を構築する。身体が動かせるようになるや否や、今まさに首を吊ろうとしているあかりに近づき腕を掴んだ。
「待って!」
振り向いたあかりは突然現れた私に戸惑っているようだった。
「えっと……誰?」
「私は――」
あらかじめ用意していた名前を言おうとして、私は口ごもった。あかりの部屋に置いてあった鏡―それに映し出された私の姿が銀髪銀瞳で、かなり目立つ容姿だったからである。
このような記憶に残りやすい外見だと偽戸籍を使うのはリスキーだ。出現の仕方まで怪しいのだから、取り繕っても調べられて嘘だと見破られる可能性もある。
この見た目はおそらく、最近見かけた有名なアルビノ女性モデルがベースになっている。急いでいたため適当な記憶から容姿を作ったのが裏目に出たらしい。どう言い訳しようかと考えたが、いいアイデアが土壇場で思いつくわけもない。
だから、私は説明を放棄することにした。
「……あれ? 私の……名前は……」
記憶喪失のフリ。人間そうそう記憶喪失になんてならないものだが、あかり視点ではすでに何もないところから私が湧いて出てくるという意味不明な状況だと思うので、たぶん通ると思う。
あかりは困惑しつつも質問を続けてくる。
「どうして私の部屋に? なんで裸なの?」
「……わからない」
少なくとも、この一瞬であかりを納得させられるような言い訳は思いつかなかった。何を聞かれてもわからないの一点張りで答えていると、さすがにあかりも質問してもしかたがないと思ったらしい。
あかりはクローゼットから自分の衣服と肌着を取り出し、私に押し付けてくる。
「とりあえず服を着て。私の貸してあげるから」
私は自分が裸だったことを思い出し、両手で胸と下腹部を隠した。どうせなら身体だけでなく衣服も再構築できればいいのに、と思いながら私は服を受け取った。
『身体を再生してやっとるのに贅沢言うな、阿呆』
「私が着替えてる間に、自殺しないよね?」
「あれは気の迷い……だから」
服を着る間、私はあかりの自殺を止める方法を考えていた。ひとまず今は私が乱入して自殺を止めたが、「次」があるかもしれないからだ。それをどうにかしなくては。
(……ていうかそもそも、あかりは自殺するような性格だっけ)
あかりは優しいが心が弱いわけではない。もし凛の死に責任を感じて自殺するような性格だったら、舞のときにやっている可能性が高いし、別に原因があるのではないか。
私が気配を探ると、ほんの少し瘴気を感じた。あかりは気づいていないようだが、この部屋に何かがいる―私がひと際強い気配を感じた方に目をやると、そこにはベッドがあった。
「……どうしたの?」
あかりはベッドの方をじっと見つめる私に怪しむような視線を投げかけた。
「何かいる」
私はベッドに近づきその下を覗き込む。するとベッドの下にいた者と目が合った。
うっ血した顔に飛び出た眼球。首はねじれ、あらぬ方向を向いている。「縊れ鬼」は私に見つかると、慌ててベッドの下から這いずり出てきた。
「げ」
縊れ鬼に気づいたあかりは慌てて手袋をはめ、鬼火を放つ。すると断末魔をあげ、縊れ鬼はチリになって消えた。心の弱った人間にとりつき自殺させる危険な怪異だが、弱いので見つけてしまえさえすれば簡単に対処できるのである。
「迂闊だったわ。縊れ鬼なんかにとりつかれてたなんて」
あかりはため息をついてつぶやくと、私の方を見た。
「怪異の気配がわかるのね。本当にあなた、何者なの?」
「わからない。……本当にわからないの」
私は体育座りになって頭を押さえ、あくまで「記憶喪失とそれに怯えている人間」を演じ続けた。
「……大丈夫」
あかりはしゃがみこむと、私に目線を合わせた。
「一緒に怪異課に行きましょう。怪異関係の事件に巻き込まれたのかもしれないし、それだったら何かわかるかも」
ああ、なんて簡単に騙されてくれるのだろう。あかりのそういう人の良さも私の好きなところではあるが、いつか悪い人間や怪異に騙されてしまうのではないかと心配になってしまう。
そんなことを思いながら、私は彼女の言葉にうなずいた。
首つり 方法 で検索するとこころの相談窓口が出て来たんですが、流石にGoogle君もこういう邪悪な小説を書くために検索したとか予想できないんだろうなあと思いました。