くもりくもらせ 作:aru
あかりとともに怪異課にやって来た私は、霊力を持っている人間かどうかということを確認するため検査を受けていた。「凛」のときは難なくパスしていたのだから気にすることはない―そう思っていたのだが。
「君は異類だ」
丑三課長は、私に向けていた霊力スカウタを下ろし、そう告げた。
「異類とは何ですか?」
「君の体内には瘴気と霊気が等しく含まれていてね……平たく言うと、人間と怪異のハーフだ」
「えっとそれはつまり?」
「君は人間じゃないってこと」
『異類になるにはだいぶ死なんといかんはずじゃが。早いの』
「異類」には、夢魔との交わりで生まれた子どもや人面瘡に寄生された人間などが分類される。どちらの割合が多くとも、いずれも法律的には怪異と同一視され、駆除の対象となるという。
私は少し混乱した。「凛」のときのミサキ化の影響かと思ったが、身体は新しいものだし、魂の方が変質していたとしたら殺人衝動が伴ってしかるべきだ。
(……となると、原因は殺生石しかないか)
復活と変身の力があることを知っているだけで、細かい情報はよくわかっていないのだ。単に身体を適当に作ったからこうなったのか、それとも連続使用すると異類の身体になってしまうのか。
「最初はアメリカとかロシアとかその辺の怪異狩りが神隠しでこっちに飛ばされたのかと思ってたけど、君の正体が異類だとなると話は別だねえ」
「彼女は私の自殺を止めようとしてくれました。実際そうなんじゃないでしょうか」
あかりは私を弁護してくれたが、丑三課長の賛同は得られなかった。
「うーん、瞬間移動とか忘却能力のある怪異のいたずらで人が神隠しに遭うことはあるんだけど、同時にそれを装う例もたくさんあるんだよ」
戦争当時国同士の都合で全滅が隠されたノーフォーク連隊は灰色の雲に包まれ消えたことになったし、スパイとして育成される人間も「消えた」ことにされる。そして、怪異狩りの眼から逃れるために怪異自身が神隠しにあった人間として登場するなど、課長は多くの例を挙げた。
「穿った見方をすれば、先日戦ったメリーさんが送り込んできたスパイとも考えられる。時雨君を助けたのもウチに潜入するため、とかね」
メリーさんのスパイという話については間違っていたが、丑三課長の指摘はなかなか私の痛いところを突いていた。最初は信用してくれていたあかりも、わけのわからないものを見るような目つきで私を見ている。
「そんな。私、そんなのじゃないです」
「どちらにせよ君はそう言うしかないだろうね。安定をとるなら、私は君を殺処分するべきだろう。異類には人権が認められていないから、今からでも可能だ」
「信じてください」
「すまないが、無理だ」
「なんでですか。なんでそこにいる子を助けたのに、私が殺されないといけないんですか」
一応抗議はしていみているが、もうここまで来たらリセットした方がいいかもしれない。殺してもらってから予定していた戸籍を使うのであれば余計な苦労をしなくていいからだ。そのときも異類になっていればまた別の方法を取らざるを得ないが、今回よりは幾分かマシだと思う。
そんな感じで半ば死を覚悟していたので、丑三課長の発した次の言葉に少し驚いた。
「……まあ、そうだな。君の生きる道がないでもない」
「本当ですか!」
「ああ。でもその準備まで時間がある。少し君を拘束させてもらうよ。時雨君。『個室』に案内してあげなさい」
(……ほんと、わけわかんない)
お札の張られた強化ガラス越しに、あかりは彼女を見張っていた。ここは「個室」。ただ灰色の壁で四方を囲まれた何もない部屋。生け捕りにした怪異を入れておく場所だ。
銀瞳の少女は部屋に入れられてしばらく歩き回っていたが、やがてそれに飽きると、見張りとして座っているあかりに近づいてきた。
「あづっ!」
その瞬間火花が散り、ガラスに触れようとした少女は手を引っ込めた。普通の人間であれば普通に触れるのだが、怪異やそれに類するものにはそれができない。
「本当に怪異なのね……」
もし彼女がメリーさんの手下なら凛の仇だ。あかりは少女を睨んだ。
「……私、なにかした?」
「あなたは何もしてない。ただ私は怪異が嫌いなの」
「でも、私は怪異じゃなくて異類なんでしょう?」
「どっちも一緒よ」
人間と怪異の混じり物―あかりは、また凛のことを思い出してしまった。ミサキ化が進み、殺してくれと懇願してきた凛。メリーさんに踏みつけられ、心を凌辱されていた凛。ちり、とあかりの胸の中で炎が灯った。
「あなたは知らないかもしれないけど、怪異は私の大事な人にひどいことをしたの。あなたがその手先だったら、真っ先に殺してやりたいくらいよ」
メリーさんの顔を思い出し、怒りが込み上げてきた。そうだ、怪異課をやめるなんて論外だった。凛の仇を討ってあげなければ。あかりができる手向けはそれくらいしかないのだから。
あかりの発する静かな殺気に気がついたのか、彼女は一歩引いた。
「……ごめん。今、たぶん嫌なこと思い出させちゃったよね」
「私が自分から言ったんだから何も謝ることはないわ。それより、自分のことを心配してたら」
あの戦いの後、あかりの報告を聞いた丑三課長は、組織的な動きを見せた怪異に対抗すべく、応援を要請した。それで藤見市に派遣されることになったのは、対策本部の中でも選りすぐりの精鋭―特殊怪異制圧部隊のメンバーだった。
特殊怪異―要するに強く、グループとして動く怪異たちを専門に追う者たち。市の安全だけを考えていればいい普通の怪異課と違い全国で転戦しており、実戦経験は桁違いだ。
そんなバケモノが、彼女を「使える」ようにするためやってくるのだ。
「……お待たせ!」
そのときドアが開き、2人の人物が入ってきた。どちらも20代くらいで、1人は眼鏡をかけた穏やかそうな男性。もう1人は、にこにこと笑う小柄な女性だった。
「初めまして。僕は特殊怪異制圧部隊の
「私は
「はい、時雨あかりです。藤見市怪異課臨時職員です」
少し緊張しながら答えると、小坂部はにっと笑った。
「時雨ちゃんは、高校生なのに怪異課にいるんだってね。その歳でこの仕事できるのって、すごいよ」
「ありがとうございます……?」
「相棒の子が死んでも健気に頑張ってるって……ハマヤンに聞いたよ。ほんっとうにつらいよね」
「は、はあ……ハマヤンって誰です?」
「あれ? ハマヤンって藤見市の怪異課じゃなかったっけ。浜矢警剛。私の同期なんだけど」
そこでようやく、ハマヤン=浜矢でつながった。世間は狭いものだなと思っていると、伊見がぱんと手を鳴らした。
「まあ、雑談はこれくらいで。あの異類を何とかするのが藤見市での初仕事だからね」
「あいあい、そうでしたそうでした。時雨さん、異類ちゃんを出して。処置を施すから」
小坂部は持っていたスーツケースから黒い皮でできたチョーカーを取り出した。少女が出てくると、小坂部は何か言おうとしてから動きを止めた。
「どうしたんですか?」
「そういえばこの子ってさ、名前ないの?」
「完全に記憶喪失らしいので、ないです」
「へえ~、そういう設定なんだ」
「設定じゃないんだけど」
少女の反駁を聞き流しながら小坂部は考えている様子だった。
「君がどっちだろうと問題はないんだ。ただ、いつまでも異類ちゃんというのも味気ないし……そう、白いから真白ちゃんって呼ぶね。OK?」
「……ひとまず真白でいいけど、私を生かしてくれるの?」
「うん。今、怪異課は人手が足りてないから、多少怪しいヤツの手も借りたいんだ。……その代わり、真白ちゃんには安全装置をつけてもらう」
そう言って小坂部は持っていたチョーカーを真白の首に巻いた。カチリ、とロックのかかる音がした。
「そのチョーカーは、『覚り』の皮でできてる。情報を敵に渡したり、無実の人を傷つけるような利敵行為の意志を感知したら、その時点でボン!外そうとしても同じだから気を付けて」
なるほど、とあかりは感心した。真白がスパイであれば自動的に死ぬし、そうでなければ制御のための枷になるというわけだ。真白はチョーカーをぺたぺたと触っていたが、やがて小坂部の方を見た。
「ちょっと窮屈だけど、命には代えられないわね。これで終わり?」
「いいえ。あともう一つやっとかないといけないことがある」
小坂部はにこにこしながら薬瓶と注射器を取り出した。あかりは何となく嫌なものを見せられそうな気がして、眉をひそめた。
「それは?」
「いろんな怪異から抽出した成分で出来たお薬。霊力の底上げに効く代わりに、依存性がある。怪異用の麻薬ってとこかな」
「えっそれはちょっと」
「今死ぬよりはましでしょ?」
小坂部は注射器に中身を詰め終えると、有無を言わさず真白の右腕を押さえ、内容物を注入した。
「あっ、あっあっ………」
真白は倒れると、びくびくと痙攣し始めた。小坂部はとくに彼女を心配する様子はなく、片づけを始める。あかりはたまらず小坂部に話しかけた。
「小坂部さん。これ大丈夫なんですか」
「今回は最初だから反応が激しいだけで、そのうち慣れてくるよ。……そうそう、仲間のいない君はこの子と組むことになると思うから、この注射器と薬をいくつか渡しておく。薬が切れたら打っといて」
薬品の入ったポーチを渡され、あかりは少し戸惑った。
「彼女を薬漬けにする必要があるんですか?」
「うん。薬なしで生きられないようにしないと逃げられるんだよ。あ、時雨ちゃんは絶対使わないようにね。危ないから」
「……はい」
あかりは過呼吸気味に息を吸っている真白に少しの哀れみを覚えた。が、異類の少女に同情していることに気づくと、あかりはぶんぶんと首を振って自分に言い聞かせる。
(この子は人間じゃないんだ。情けなんかかけちゃだめだ)
あかりは倒れている真白を見下ろし、冷たく言葉を投げかけた。
「明日の放課後、いっしょに怪異を殺しに行くから、それまでにはまともに動けるようになっててね」
「ぁ……わかっ……た」
息も絶え絶えに答える真白を一瞥すると、そのままあかりは歩き出した。
あかりが部屋を出て行ってからしばらくして、小坂部に注入された薬物の効果が薄れてきた。薬の効果なのか、やけに五感が冴えわたっている。
しかし怪異課もよく考えるものだ。首に巻かれているチョーカーを撫でながら、私はそう思った。人外だろうと使えそうなものは使う方針らしいが、こんなアイテムが用意されているあたり、怪異のスパイの排除にも抜かりはないらしい。
(まあ、人間がスパイやってたら意味ないんだけど)
メリーさんが脱出用の手鏡や私のプロフィールを知っていたという情報を考慮すると、怪異課内部に裏切り者がいるという疑いは濃厚である。
他の可能性として怪異が直接侵入して情報収集していたというのは考えられるが、これは重要なデータや呪具のある部屋はこの部屋のように強力な結界が施されているので難しいと思う。
こっくりさん、怪人アンサーのような怪異に頼ったとしたら私の正体を見抜いているはずなので、これもない。よって、誰かがメリーさんの手先になって情報を流していると考えるのが自然なのだ。
怪異のスパイとなっている人物が誰かまではまだ絞り込めていないが、まあいずれ分かるだろう。
なにせ、私は「突然現れたスパイの可能性のある異類」である。内通者がいるとすれば、その人物からはメリーさんが内通者に見切りをつけて新たにスパイを送り込んできたように見えるはずだ。闇討ちか連絡か、いずれにせよ何らかのアクションはとってくる。
気にすべきなのは、それに巻き込まれてあかりが殺されないよう注意するだけ。
(……そういえば、今のあかりはちょっと危なっかしいな)
私の死を引きずってくれているのは嬉しいが、そのせいでだいぶふさぎ込んでいるというか、人が変わったような気がする。私自身、凛として「復讐を誓った人間」を演じてはいたが、いざあかりがそういうタイプになると、心配でたまらない。
『誰のせいだと思っとるんじゃろ』
心のバランスをとってやる必要があるな、と思った。「凛」のときのように重圧をかけてはならない。「真白」は映画に出てくる三枚目俳優のように明るくお調子者で、ちょっと抜けているような人間であるべきだろう。
そんなことを考えていると、「個室」のドアが開いた。丑三課長だった。
「処置は終わったようだね。気分はどうだい、真白君」
「よくないです」
「それはすまない。……ところで、君の住む場所について話があるんだが」
「え、ちゃんとしたところに住めるんですか? 戦闘の時以外はずっとここに転がされると思ってました」
「そうしてもいいが、今は怪異たちの組織的な動きが目立っていてね。各個撃破されないように集まって行動することにしようと思ってるんだ」
「はあ、となると課長の家に泊めてくれるということですか」
「いいや。私の家にはすでに浜矢君と五幣君、伊見君が滞在することになってる」
小坂部は神標の家に行くことになり成人組の分け方は決まったのだが、残った実家暮らしのあかりをどうしたものかと首をひねっていたらしい。
「そこで君だ。時雨君の家に住んでもらおうと思う」
「それ、あかりの両親は了承したんですか」
「まだだが、彼女の親御さんは説明すれば分かってくれるタイプだ。それに怪異課から君の「維持費」も出るから引き受けてくれると思う」
「なるほど」
あかりに怪異課なんて危険な職務を許しているくらいだから、チョーカーで縛られている私を預かるくらいなんてことないのだろう。懐が深いというべきか、放任すぎるというべきか。まあ人間的な生活ができそうなので、そこはありがたいかぎりなのだが。
「それと、呪具を選んでおいてくれ。さすがに異類でも丸腰だと戦えないだろう」
丑三課長は説明をしながら、いくつかの呪具を私の前に置いていった。私はその中に見慣れた道具を見つけ、手に取った。
「じゃあこれで」
「持ってきといてなんだけど、それは使いづらいよ。今のところ一人しか……」
「使えます」
今回は体格が同じくらいですから。そう心の中で呟きながら、私は鎌の形をしたキーホルダーをぎゅっと握りしめた。
「あかり。今日なんか元気ないけど大丈夫なの?」
帰りのホームルームが終わり、帰ろうとしていたあかりに話しかけてきたのは眼鏡をかけた地味めの女子――友人の赤野谷子だった。
基本的にあかりは自分が怪異課で働いていることを学校で話さないのだが、一度学校で発生した怪異から谷子を助けたことがあっため、彼女だけはあかりが職員であることを知っている。
「病み上がりだからかなあ」
「ふーん、でも昨日は普通に外歩いてたって誰か言ってたけど」
「……気のせいじゃない?」
凛の死や自殺未遂、異類の出現など、おとといから昨日にかけてショッキングな出来事がありすぎた。嘘をつくのはあまり好きではなかったが、職員としての守秘義務的にもまとめて「風邪」といってごまかすのが一番いい手だった。
「……いろいろ大変なんだろうね」
谷子はあかりの嘘を見抜いたようだったが、あえて突っ込むつもりはないようだった。友人の気遣いに感謝しながら、あかりはこくりとうなずいた。
あかりと谷子が教室を出て校門のあたりへやって来ると、すっかり葉の落ちた寒々しい桜の木の下に、誰かが立っていた。下校する生徒、部活をしている生徒たちがちらちらとその人物を見ている。
遠目には分からなかったが、近くに来るとその理由がよく分かった。
白銀のような髪、眼、肌。顔立ちには少し異国情緒があり、じっと周りにいる生徒を見つめるその様子は、まるで桜の妖精かニンフのように見える。そんな特徴的な容貌は一度見て忘れられるわけがない。真白だ。
真白は、あかりがやって来たことに気がつくと、ぱっと明るい顔になって駆け寄ってきた。
「あかり! 来たよー!」
それを見た谷子は目を丸くして、知り合い? とあかりに訊いてくる。
「職場の人。……なんでここにいるの、真白」
出迎えなどせず、怪異課の床に転がっていればよかったのに。問答無用で殺されても文句は言えない立場のくせに、堂々と学校に来るなんて何を考えているのか。
「課長にまとまって行動した方がいいって言われたから、迎えに来たの」
「だったらもっとこう、帽子とかマスクとかつけたら?」
「今お金持ってないからな~」
そうだった。あかりがため息をついていると、谷子は興味津々といった様子で真白と話し始めた。
「えーと真白ちゃんだっけ? すっごい可愛いけど、外国の人? ハーフ?」
「ハーフらしいよ」
「らしいって何? わからないの?」
「んー、ちょっといろいろあってね」
もともと明るい性格だったのか、それとも薬の効果でハイになっているのかは分からないが、昨日とは打って変わって真白は元気だった。あれだけ怯えていたのが嘘のようだった。
「そういえば、怪異課ってことは、真白ちゃんもあかりみたいにあれ持ってるんだよね、呪具」
「持ってるよ。昨日、一番強いのもらったんだよね」
そう言って真白が得意げに取り出したのは鎌の形をしたキーホルダー、「鎌鼬」だった。舞しか使いこなせなかった呪具を真白が所持しているのを見て、あかりは驚いた。
「『鎌鼬』でしょ。使えるの?」
「使えなかったら持たせてもらえないよ」
「……そう。結構強いのね」
鎌鼬の使用者は化け物じみた動体視力と反射神経が要求される。だから、それで戦えるという時点で能力の高さは証明されているようなものである。
あかりの言葉を聞いて調子に乗ったのか、真白はどんと胸を叩いた。
「そう、私は強いから、前の子みたいに死ぬ心配はしなくていいわ! 怪異いっぱい倒してボーナス独り占めしちゃったらごめんね」
「真白には給料とかボーナスは発生しないよ」
「えっひどくない?」
豆鉄砲をくったような顔をした真白に、あかりは苦笑いした。実力はあるようだが、能天気というか少し天然が入っているというか、そういうところが彼女にはあるようだった。
「そろそろ仕事を始めるよ。日が傾いてるから」
人外と戦う系あるある、主人公が半分人外になる