海流から抜ける、という行為は思う以上に大変だった。速度を上げ、月明かりを目指していく。
「ぶは、っ……はぁっ、はぁっ……!!」
水面から頭を出し、酸素を求めて呼吸を繰り返す。なんとか水面まで逃げおおせたが、連中を撒いたワケではない。抱えた同胞の身体からは多くの血が流れている、すぐに奴等は大群となって押し寄せるだろう。
「────────!!」
目を閉じ、再び水中に頭を沈めて喉を鳴らす。
波の音は恐ろしいほどに静かだが、それが幸いだった。反響する陸地の地形を把握する。そしてまた嬉しいことに、その陸地まですぐの場所だった。そう気付き、再び顔を水面から出した時。
「ご、ふ……っ」
「!」
血塊を吐き出した彼女に、驚いて顔を向ける。全速力で陸まで泳ぎ、彼女を砂浜の上に寝かせ、自分も陸へと上がると、目眩とふらつきに、砂浜の上に膝をついてしまう。……自分も、無傷ではない。だがそれ以上に、彼女は多くの傷を負っている。彼女へ目をやると、うっすらと開いた目で、彼女はなにかを言おうと口を開く。その唇を、指先で塞ぐ。
「はあっ…はぁっ……やぁ、隊長……
何も言うなよ、ふぅ、俺はあんたを助けるだけで…
せい、いっぱいだった。……けど、まだ、俺らを
逃がしてくれた、仲間が、戦ってる、ハズなんだ…」
目眩の収まりと同時に、呼吸を整える。そして彼女がまた何か言い出す前に、言葉を続ける。
「スカジと、ローレンティーナは何とか、
退路を作ってやれた。あいつらは、大丈夫だ。
だからお前は、今は休め。
奴等は、まだ浅瀬まで上がる進化はしてない。
それまでに、傷を癒せ」
回収して背負った彼女の得物を、その傍らに置く。震える彼女の瞳、その瞼に指を添え、ゆっくりと閉じる。静かに持ち上がろうとしていた彼女の腕が、砂の上に力なく落ちた。
風穴が開こうが再生する身体でも。
隊長を務めるほどの実力者でも。
誰よりも速い彼女でも。
もう、限界だ。
「暫しの間、眠ってろ。
きっとまた、皆を連れて戻ってくるから」
立ち上がり、背中の得物を手に取って、腹を裂く。そしてすぐに、ごぼり、と血が溢れ、流れ、そして臓物が零れ落ちるのを手で防ぐ。彼女らほど傷を負っていないのが功を奏し、傷は再生を始める。臓物を押さえる必要がなくなると、再び海へ向けて歩き出す。
この血量なら、彼女の流した血を誤魔化せるだろう。
「だから、もし、皆と無事に戻れたら、また」
最後に、振り向いて。
「一緒に踊ってもいいかな、グレイディーア」
海へ、飛び込んだ。
その瞬間、飛沫の音に混じって。
トゥルケトス
微かに、だが確かに、名を呼ばれたのが分かった。