雨が止まない夕暮れ時、グレモリー眷属はオカルト研究部部室に集まっていた
部室内は重苦しい空気に包まれ、誰一人として緊迫状態を解けずにいた
当然であろう……
事の顛末を聞いたアザゼルも苦虫を噛み潰したような顔付きで、机に拳を打ち付ける
「……やってくれやがったな、あいつら……ッ!弱い人間を消し去るだと?ふざけやがって……ッ!」
無理もない……
『クロニクル』のボスキャラは“プレイヤー以外の者”の攻撃では決して倒せない上、更に強さを増していく
プレイヤー達も自分達以外の者は“アイテムを出現させるレアキャラ”と認識している為、止めようとしてもプレイヤー達に襲われる……
現に一誠はプレイヤー達からの総攻撃を受け、アーシアも危うく標的にされるところだった……
そして、プレイヤー達が負ければ―――死ぬ
「……アジュカから連絡があった。この数時間で『クロニクル』の死亡者が5000人を超えたそうだ」
その報告に部室内の全員が戦慄した
たった数時間で5000人以上の
リアスが立ち上がって言う
「アザゼル!直ぐに各メディアを通じて知らせるべきよ!このままだと被害は広まるばかりだわっ!」
「そんな事は分かってる!いの一番にそうした!……だが、それも出来ないんだよ……!通信系統の術式全てが妨害されているんだ!どの勢力も、どのメディアも……!今アジュカが通信妨害の術式を解除しようとしているが、プロテクトが何重にも施されている上に―――解除しても直ぐに新しいプロテクトが掛けられちまう……!」
「それじゃあ……俺達には何も出来ないって事なんスか⁉このまま大勢の人が死んでいくのを、黙って見てるしかないんですか⁉」
「大元を叩くにしても、奴らが何処から攻めてくるか分からん……!クソッタレ!まさか、
アザゼルが憎々しげに吐き捨て、他の皆も
通信妨害もされ、『クロニクル』に干渉する事も出来ない
まさに八方塞がり、背水の陣を
何か案が無いかと考えていたアザゼルだったが、ふと不審な点に気付く
「……?ちょっと待て。考えてみれば、おかしくないか?」
「おかしいって何が?」
「最初にお前らが現場に駆け付ける時、その場所の情報は誰から聞いた?」
「誰って……新が教えてくれて―――」
一誠の言葉を機にグレモリー眷属の視線が新の方に向けられる
新は壁際に寄り掛かったまま、終始無言だった
アザゼルが更に指摘する
「これだけ情報操作が封じられているのに、新が何故その場所を知っていたんだ?」
「「「――――っ」」」
核心を突かれ、新はハァと溜め息を吐き―――廃工場の場所を知った経緯を話した
自分も『クロニクル』に関する情報を手に入れられず四苦八苦していたところで、ユナイト・キリヒコが目の前に現れ―――彼が教えていった事も……
その話を聞いてアザゼルは納得しつつも、
「……奴の魂胆が全く見えんな。何の為に俺達に情報を流した?」
「俺もその点に不信感を
「それに?」
「おそらくだが、あいつはこの状況を楽しんでやがる……。解決手段を
確かにその通りかもしれない
以前、魔獣騒動が終結した直後―――彼は見せしめとして、神風の消滅を記録した映像を三大勢力間に流出させてきた
他人の神経を逆撫でするような非道な映像を……
バウンティハンターの任務時にも対峙したが、キリヒコの得体の知れない恐ろしさと不気味さは未だに尾を引いている
「二度の対峙で分かった。……ユナイト・キリヒコ―――奴は生粋の邪悪、天性の悪党だ。これから先、どんな卑劣な手段で来てもおかしくない」
「ああ、だろうな。とにかく奴の言動には最大限の注意を払え。―――このまま泣き寝入りすれば、それこそ思う壺だ」
アザゼルが真剣な面持ちで言う
「俺達が『クロニクル』に干渉できない以上、大元たるキリヒコとシド―――この両方を止める他ないだろうが……今は衝突しても、返り討ちにされる可能性が高い。だから、包囲網を張れ。シトリー眷属、この町に溶け込んでいるスタッフにも総出で探索してもらう。見つけたら直ぐに連絡を取り合え」
アザゼルの言葉にグレモリー眷属の面々が無言で頷いた
死亡者が出た事に嘆いていても、状況は好転しない
だが……新は微かに気付いていた
“探すだけではダメなんじゃないか”と―――
――――――――――――――
『結局、成果は1つも得られずか……』
あれから更に時間が経過して日は落ち、外は既に暗い夜に満ちていた
町中を駆けずり回ってもキリヒコとシドの行方を掴めず、ただただ時間が過ぎていくだけ……
無駄に
三大勢力どころかバウンティハンター協会、裏社会経由の情報網さえも掻い
アザゼルやリアス達からも情報は一切無し、新は次第に苛立ちを
『クソ……ッ!これじゃあ、まるでピエロだ……ッ!バカげた余興を続けて、
キリヒコの思惑通りに動かされ、右往左往している現状にイラつき、建物の壁に八つ当たりする新
いくら壁を蹴ったところで無駄……
苛立ちは消えず、この現状も変わったりしない
新はこんな事をしても時間の無駄だと気付き、反省するように溜め息を吐く
それから
しかし、そこで得られたのは休息だけで―――情報は手に入らずじまい……
マスター・イスルギに聞いても『クロニクル』に関する新しい情報は皆無、ただ酒を飲むだけで終わりそうになっていた
「随分と血相を変えてるな?今日から三連休だってのに、何をそんなに追い込んでいるんだ?」
「三連休は返上だよ……。一刻も早く『クロニクル』を止めなきゃならねえってのに、情報が全く掴めない……っ。このまま黙って見てるしかねぇのかって思うと、情けなくて腹立たしくなっちまう……」
新は愚痴をこぼして2杯めの酒を飲み干す
休息も早々に終わろうと代金を払い、酒場を出ようとした―――その時だった
「なあ、新。“ピンチはチャンス”って言葉を知ってるか?」
「え……?」
マスター・イスルギが唐突に発した言葉に、新は思わず足を止めて振り返る
イスルギはそのまま話を続けた
「お前さんは今、ピンチに
「ピンチは、チャンス……」
「そうだ。例えば……目の前に崖があって、その崖の向こうには金銀財宝が顔を出して待っている。ただし、その崖を繋ぐのは1本の狭い橋のみ。渡れる距離だとしても足の幅しか無い橋から落ちれば即死、そんな状況があったとしよう。お前さんならどうする?」
謎かけらしき問いを提示するマスター・イスルギ
新は少し考えるような素振りを見せるが……
「あー、ダメだな。そんなんじゃダメだ」
「はっ?ちょっと待てよ。まだ答えてもいないのに―――」
「迷ってる時点でダメなんだよ。今のお前は―――昔よりも決断力が弱くなってる」
「……どういう事だ?」
「言葉の通りさ。昔のお前は自堕落でも、スパッと物事を決めていた。なのに、今はグダグダと考えて―――いつまで経っても進もうとしない」
「そう言われても……相手が相手だ。何を仕掛けてくるのか分からない、どれだけ痛手を負わされるのかも分からない。下手をすれば、そのまま相手の思惑通りに事を運ばされて……最悪の事態に落とされるかもしれないんだぞ。今回の敵は『
「だから、万全の対策をしてからじゃないと動かないってか?」
新の言葉を
「失敗やリスクは常につきまとうものだ。仕事だろうと何だろうとな。……手は何の為に付いている?足は何の為に付いている?―――“動く為”に付いてるんだろ?失敗やリスクを恐れて動かないのは、年金と預金だけが頼りの老人がする事だぜ」
「――――っ」
「確かに築き上げてきた者にとって……リスクを恐れ、挑戦しないと言うのは賢明な判断だろう。だが、それは逆に言えば“貴重なチャンスを失う本当の痛手”にもなる。お前は現状に於ける打開策を持ち合わせていないんだろ?だったら、ハイリスクを孕んでいようが、失敗に繋がっていようが―――手を伸ばして道を切り開くべきなんじゃないのか?」
「…………っ」
「昔のお前は持たざる者だった。だから、前に進んできたんじゃないのか?持たざる者が動かずにいたら、あとはズルズルと後退していくだけだ。それが今のお前のやるべき事か?」
マスター・イスルギの叱咤に新は先程までの自分を恥じた
確かに打開策を見出だせないまま、走り回るのは何もしないのと同じ
『クロニクル』に干渉できないから、大元を探すのは
そもそも、キリヒコとシドを見つけたとしても倒せなければ意味が無い
この2人の強さは
おそらく、今の新や一誠では太刀打ち出来ないだろう……
ならば、多少の危険を
新は忘れかけていた事を思い出した
「マスター……あんたの言う通りだよ。今の俺はただのバカだ。失敗やリスクがあるのは当たり前だ。それを危惧し過ぎて、この
「やっと気付いたか。ハングリー時代のお前を」
「ああ、そうだ。失敗やリスクばかりに目を向けていたら本当の成功なんて見えない。見えてこない……!僅かでもチャンスが目の前にぶら下がっていれば―――取る……!取るしかない!たとえ亀裂が行く手を塞いでも、跳べる距離なら―――それを跳び越えていくだけだ!」
新はバチンと
「マスター、
「良い顔に戻ったじゃないか。気張っていけよ」
新は謝礼として余分に酒代を支払い、酒場から飛び出していった
――――――――――――――
『……そうだ。お前んとこの元総督やご主人じゃあ辿り着けやしない。この結論にはな……。裏の世界で生き、世の中の真理を知った奴だからこそ辿り着ける境地。綺麗事だけを
――――――――――――――
酒場を飛び出してから2時間後、新は捜索を続けていた
無論、『クロニクル』の大元たるキリヒコを見つける為に……
しかし、その意図は別にあった
あらゆる場所を探し回ってみたものの、やはり見つけられず
捜索範囲を広げようと思った―――その矢先、覚えのある気配が新の全身にまとわりついた
任務時に対峙した時と全く同じ気配……
新は直ぐに気配の先を追った
まるで誘っているかのように気配を飛ばし、新もそれを承知で追っていく
そして、辿り着いたのは―――薄暗い路地裏
息を整え、辺りを見渡す新
すると……予想していた通りの人物が姿を現す
「
それは『クロニクル』の大元にして『
「やっぱりな、思ったより早く会えて助かったぜ」
「それはそれは、随分と熱烈なアピールですね。あなた方が躍起になって我々を探しているのは知っています。……ですが、残念ながら通信は出来ませんよ?既に通信術式を遮断する術を掛けていますので。
「いや、その方がかえって好都合だ。お前に訊きたい事があってな」
その申し出にキリヒコは不敵に笑みながら「何ですか?」と
「どうすれば『クロニクル』を終わらせる事が出来る?」
率直すぎる問いにキリヒコの目が一瞬見開かれるが、再度不敵な笑みを漏らす
「
「お前と同じ側?」
「
「……それは買い被り過ぎだ」
「
「全く臆してないってわけじゃない。俺だって人の子だ、それなりにビビってる。お前の不気味さ、胡散臭さも理解している。ただ……臆して立ち尽くすだけじゃあ、結局は何も解決しない。打開策を見出だせない。だから、俺はお前を探したんだ。……それが危険を孕む細い橋だとしてもな」
新は多少の危険を
今、最優先すべきは一刻も早く『クロニクル』を終結させる事
その為なら―――敢えて危険地帯に、死地に飛び込む……!
それが新の出した結論であり、忘れかけていた覚悟でもある
パチ……パチ……パチ……パチ……
キリヒコは称賛するように拍手を贈った
「
そう言ってキリヒコは
取り出したのは―――『クロニクル』の小型端末だが、それは一般人に対して出回っている物とは違っていた
「こちらは特別にチューンナップしたマスター版の『クロニクル』端末です」
「マスター版?」
「
―――“新自身がプレイヤーとして『クロニクル』に参加”―――
そうすれば、『クロニクル』の終結を早める事も出来るだろう
しかし、キリヒコは油断ならない相手
決して裏が無いとは言えず、口車に乗るのも危険だ……
だが、今は―――今だけはその疑心と恐れを消すべきだった
たとえ自分の身が危険になろうとも、この先にどんな罠が待ち受けていようとも―――『クロニクル』を終わらせる為にやるしかなかった
新は酒場でのマスター・イスルギから貰った叱咤を思い出し、危険な賭けに乗る
「……それがあれば、このふざけたゲームを終わらせる事が出来るんだな?」
「
「……言っておくが俺は―――俺達はお前の
「
キリヒコは“マスター版の『クロニクル』端末”を新に向かって投げつける
投げられた端末は意思を持ったかのように周りを
悪い物が侵入してくる異物感に顔を歪めるが、体内に入りきった事で直ぐに解消される
これで新は『クロニクル』の正式なプレイヤーとして登録された……
キリヒコが軽く会釈をする
「それでは『クロニクル』のクリアを目指して頑張ってください。また、お会いしましょう―――
キリヒコはそう宣言した後、黒い霧と共に姿を消した
独り路地裏に残された新は
『……本当に食えない野郎だ、あいつは。俺の行動と覚悟に少しも揺らいでいない。まるで俺がこうなる事を予期していたかのように……』
歩く道中、新は胸を
違和感を感じずにいられなかった
まるで首筋にネットリとまとわりつき、今にも首を締めて殺しに掛かる―――獲物を捕らえた蛇のような違和感……
もしかしたら新は、
だが、今は悠長に構えている時間など無い
デスゲームを終わらせる為に、犠牲者の増加を阻止する為に……新は賭けに出た
この選択が正しいかどうかは
“それでも、何も出来ない悪循環を断ち切れるなら―――やるしかない”
そう自分に言い聞かせ、今の自分を正当化させる
『リアスやアザゼルが知ったら、怒るだろうな……』
―――――――――――――――
「―――と言うわけで、彼は見事に
『そいつは朗報だ。……いや、当然の結果か。この煮詰まった状況を打破するには、背に腹は替えられんからな。これで「クロニクル」の第2段階は完了ってか?』
「
『ハハハッ、俺がか?冗談っ、俺が“良いヒト”なわけねぇだろう。あいつは最初から見誤っていたのさ。―――蛇が2匹いる事になぁ』
「私には疑いを向けておきながら、あなたの事は信頼している……。フフッ、実に滑稽な話です」
『そもそも信頼なんてモノを持った時点でダメだ。―――“信じる”と言う
「
『だが、それで良い。ヤツには良い発破になる。その蛇の口から抜け出せるかどうか……。そして、抜け出した後にどうなるのかも
今回はカ○ジの台詞や展開を彷彿させるような描写になりました!(と言うより……そのままかも)
この章はやはり胸くそ悪くなる展開がお似合いですかね……