ハイスクールD×D ~闇皇の蝙蝠~   作: サドマヨ2世

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また時間がかかってしまいました……。


新の黒歴史。『魔女の夜(ヘクセン・ナハト)』の元カノ

「……なんで久々の競馬帰りにパシられなきゃならねぇんだ」

 

 新が不機嫌そうに愚痴りながらバイクを走らせる。この日は久々の競馬でプラスの儲けを得たのだが、帰る直前でスマホが鳴って―――。

 

『もしもし、アラタ? 私よ。その近くにマリトッツォって食べ物の専門店があるらしいのよ。帰りに買ってきなさい』

 

『レイナーレさまのご要望だ。勿論、断ると言う選択は無いと思え』

 

『アラタ〜。うちもマリトッツォ食べた〜い。美味しいヤツ買ってきて〜♪』

 

 通話の主はレイナーレ、カラワーナ、ミッテルトの堕天使三人娘で、買い物をねだられてしまった。ちなみにマリトッツォとは、タップリの生クリームをブリオッシュ生地で挟んだイタリア発祥のデザートである。最初は面倒臭いので断ろうとした新だったが―――。

 

『……先輩、フルーツとクリームたっぷりのマリトッツォを買ってきてください。絶対に

 

 途中から小猫が通話に乱入、更にマリトッツォの調達を念押し(ほぼ脅迫)されたので仕方なく購入する事にしたのだ。食べ物に関して断れば、間違いなく小猫からの折檻(お仕置き)を受ける羽目になってしまうだろう……。

 

 もはや女房の尻に敷かれる夫のような扱いだった……。

 

「俺、最近までこんなキャラじゃなかったよな?」

 

 そんな事を考えながらバイクを走らせること15分、マリトッツォの専門店に到着。駐輪場にバイクを停め、店内に足を運ぶ。冷蔵機能の付いたショーケース内に並べられた色んな種類のマリトッツォ。オーソドックスな物から風変わりな物まで、種類は豊富に(わた)る。そこへ―――。

 

「チョっト待テ・チョっト待テ・オニイサンっ♪ 当店ノ・マリトッツォ・買イマスノン?」

 

「何処の何秒バズーカだよ⁉」

 

 グラサン掛けて赤いエプロンを着けた店員らしき男性が某芸人の如く、リズミカルにステップを踏みながら近付いてくる。とりあえずプレーンのマリトッツォを数個、イチゴ入り、ミカン入り、レモン入り、メロン入り、抹茶味など次々とチョイスしていく。

 

 変な店員もいるので早く買い物を済ませて帰ろうと思った矢先―――覚えのある声が聞こえてくる。

 

「やっぱり、マリトッツォと言えばこの店よね。種類豊富で値段も安いし。遠出した甲斐があったわ」

 

 聞き覚えのある声の正体は―――クラスメイトの桐生藍華(きりゅうあいか)。それだけでなく剣道部の村山仁美(むらやまひとみ)片瀬奈緒(かたせなお)も一緒だった。

 

 顔見知りが入店してきた事に焦った新は『ゴキンッ!』と変な音が鳴る程の速度で首を捻り、他人のフリを決め込む。魔法使いの集団が襲撃してきて以降、彼女達とは顔を合わせづらくなってしまったのだ。少し離れた位置でどのマリトッツォを買おうか話し合う彼女達。すると、村山が少し曇った表情で話し始める。

 

「……ねえ、桐生さんはどう考えてる? 竜崎くんの事……」

 

「どう考えてるって?」

 

「だって……竜崎くん、何か危ない人達に絡まれてたのよ? そんな人が近くにいたらって思うと怖くて……っ」

 

 村山の不安を皮切りに片瀬も恐る恐る口を開く。

 

「私も、だんだん怖くなってきたの……。最近の竜崎くん、私達の事を避けてるみたいだし……。もう関わらない方が良いのかなって……」

 

『――――っ』

 

 3人より少し離れた位置で聞き耳を立てていた新。分かってはいたが、やはり改めて言われると傷付くものがあった。確かに彼女達一般人の感性から見れば、新に対して畏怖の感情を(いだ)いても不思議じゃない。隠してきたとはいえ、新と彼女達では済んでいる世界が全く違う。

 

 今まで裏社会で育ってきた新がそう簡単に表社会に馴染めるわけも無く、新に因縁のある相手が事情や都合やらを一切無視して牙を向けてくるのは当然。正体がバレてないとはいえ、それを目の当たりにしてしまった村山と片瀬は疑念と恐怖を拭い去れなかった……。

 

 アザゼルが残した記憶を(つかさど)る装置による処理があっても、彼女達は『何か恐ろしいものに遭遇した』と言う形で記憶が断片的に残り、その忌まわしい記憶はずっと心に居座り続ける……。第三者の視点からすれば、新や一誠達もこの事件の加害者と言えよう。その罪悪感から、新は(しばら)く彼女達との接触を避けてきた。

 

 無論、理由はそれだけじゃなく……あの場にバサラがいた事―――ここが大きな問題となっていた。実は魔法使いによる襲撃を受けた後日、新は父親の竜崎総司から嫌な話を聞かされていたのだ。それはバサラが体内に宿す禁忌の神滅具(ロスト・ロンギヌス)―――『六獄の魔皇剣(ヘキサゴラム・ブリンガー)』の厄介極まりない特性についてだった……。

 

 

 ―――――――――――――――

 

 

「……記憶の改竄(かいざん)・干渉を阻害する……?」

 

『そう、それこそがバサラの持つ禁忌の神滅具(ロスト・ロンギヌス)―――「六獄の魔皇剣(ヘキサゴラム・ブリンガー)」の一際(ひときわ)厄介なところだ。対峙した相手、または周囲にいた者の記憶に特殊な念波を送り込み、記憶の改竄を阻害するんだ。念波自体はヒトに直接危害を加えるものではないが……代わりに、記憶に対する干渉を一切受けなくなってしまう』

 

「それって……っ」

 

『ああ、キミが考えてる通り。その女の子達はキミとバサラのイザコザに巻き込まれてしまったんだろ? その時点で彼女達は記憶に対してあらゆる干渉を受け付けないようになってしまった。つまり今後、外部から彼女達の記憶を改竄する事が出来ない―――“何をもってしてもね”……』

 

 

 ――――――――――――――――

 

 

 そう言われた当初は絶句するしかなかった。バサラが持つ魔剣群に(そな)わる厄介な特性……。それは他者による記憶の改竄および干渉の阻害―――平たく言えば“記憶の捏造を封じる”ものだった。基本的に一般人が異形の世界の事情に巻き込まれた場合、大概は記憶を改竄もしくは消去する処置が(ほどこ)される。

 

 しかし、神器(セイクリッド・ギア)の中でも特に異質な禁忌の神滅具(ロスト・ロンギヌス)―――『六獄の魔皇剣(ヘキサゴラム・ブリンガー)』は記憶に関する措置の類を全て封殺(ふうさつ)する。新達にとってはまさに鬼門(きもん)とも言える特性だった……。

 

 つまり、バサラ・クレイオスの居る前で一般人が巻き込まれれば―――その人物の記憶を操作する事が出来なくなり、新達の正体もいずれはバレてしまう……。しかも、バサラ自身は突然やってくる自然災害と同じくらいの気分屋なので、行動が全く読めない。否、バサラにとっても因縁深い新が居れば、これからも無遠慮かつ無軌道に絡んでくるだろう。その(たび)に一般人を巻き込んでいけば取り返しのつかない事態にまで発展しかねない……。

 

 結局はバサラの言葉通り、(いつわ)りの平和など脆く崩れやすい事を思い知らされてしまった……。

 

『……確かに(バサラ)の言う通り、俺達が学園や町に居座ったりしなければ、桐生達を巻き込まずに済んだのかもしれないよな……。あいつらや一般の生徒を危険に晒したのは「禍の団(カオス・ブリゲード)」、「造魔(ゾーマ)」もそうだが……俺達にも責任がある。いや、むしろ俺達がいるから―――』

 

「んー、それってちょっと勝手が過ぎるんじゃない?」

 

 ネガティブな考えを(よぎ)らせていると、桐生の言葉がハッキリと聞こえてきた。しかも、それは予想だにしない答えだった……。

 

「まあ、確かに危ない連中と関わってるのかもしれないけど、竜崎が私達を助けてくれたのは事実でしょ? それなのに“ヤバそうだからもう関わらない”って、2人はそんな打算だけで竜崎に抱かれたの?」

 

「「そ……それは……っ」」

 

「違うわよね〜? 竜崎にゾッコンだから揃って一緒に告ったんだもんね〜。それも3Pする程に」

 

 顔を真っ赤に染める村山と片瀬。桐生は更に続ける。

 

「それにさぁ、竜崎も竜崎で他人(ひと)には言いづらい事情を(かか)えてんのよ、きっと。その事情に私達を巻き込んじゃった責任を感じてる。それを引きずってるせいで私達を避けてるってトコなんじゃないの?」

 

 的確に物事の芯を捉えた桐生の言い分に聞き入る村山と片瀬。同時に彼女達から少し離れた位置で聞き耳を立てていた新も『あいつエスパーかよ……』と目を丸くする程に驚いていた。桐生のメガネがキラリと怪しく光る。

 

「だから、その責任を取ってもらうってのを口実にして―――竜崎に詰め寄っちゃいなさいっ。更にエロエロな流れに持ち込めば、今度こそリアス先輩やロスヴァイセちゃんとの関係も聞き出せるかもしれないわ。まさに一石二鳥ってヤツよ」

 

「「た、確かにそうかも……っ」」

 

 桐生の説得に村山と片瀬は謎の納得をしてしまう……。少しズレた発想だが、思ってた以上に効果覿面(こうかてきめん)。新に対する猜疑心(さいぎしん)をひと欠片と言えど払拭(ふっしょく)させた。新も『素人(しろうと)のクセに案外目ざといな……』と心中で毒づきつつ、半ば安堵して口元を緩ませた。

 

 そのタイミングで桐生がマリトッツォの選別を終えて会計を済ませ、桐生達は退店していった。その様子を見届けた新は少し時間を置いてから選別したマリトッツォを受け取り、料金を払って店を出る。バイクのシートの中にマリトッツォの箱を入れ、エンジンを噴かせて走らせた。

 

 とりあえず早く帰ろうかと考えながらバイクを走らせる最中、新は“何者かの気配”に気付いてバックミラーに視線を送る。そこに映っていたのは―――宙を飛ぶ人影。つかず離れずと言った一定の距離を(たも)ちつつ、新を見失わないように追跡してくる。

 

造魔(ゾーマ)……ではなさそうだな。気配の質からすると魔法使いか? 何にせよ、このまま尾行されるのは人目に付く。仕方ねぇ……寄り道していくか』

 

 バイクを走らせること20分、新は人気(ひとけ)が全く無い廃工場に到着した。工場のあちこちに雑草が生え(しげ)っており、至る所に(つた)が絡まっている。直ぐにバイクから降りて施錠すらされてない工場の錆びた扉を開け、中に入っていく。

 

 機材などは既に撤去されたのか、工場内は(さび)れた空間が目立ち、(ほこり)(さび)にまみれた大型の機械が最低限の数だけ放置されているのが目に映った。

 

 工場内を歩き回ること数分、新は少し(ひら)けたスペースで足を止め、周りを見渡しながら言う。

 

「……出てこいよ。隠れているつもりだろうが、そんなに殺気をむき出しにしてたら意味ねぇぞ?」

 

 新の言葉を皮切りに物陰からゾロゾロと姿を現す人影。それは以前、駒王学園(くおうがくえん)を襲撃してきた『はぐれ魔法使い』の集団―――『魔女の夜(ヘクセン・ナハト)』に所属する魔法使い達だった。ただし、今回は男性でなく女性の魔術師……魔女しかいなかった。その数はおよそ10人以上。新の退路を()つように囲っていく魔女達。

 

「俺もまだまだ捨てたもんじゃないな。こんな大勢の女に言い寄られるなんてよ。殺気さえ無ければ1人ずつデートしてやるんだけどな」

 

「おほほほほほ♪ あなたの為に綺麗どころを集めてきたのよん。感謝して欲しいわねん♪」

 

 突如聞こえてきたキャピキャピ声にゾクッと反応する新。まるで天敵に出くわしてしまった小動物のように小さく震え、不機嫌さが如実に出てくる。

 

 言葉を失ってる新の前に1人の若い女性が遅れて現れる。年齢は20代前半と言った感じで、紫色のゴスロリ衣装を身に纏っていた。クルクルと回すゴシック調の日傘も衣装と同じく紫色。人形のような風体(ふうてい)に怪しい美しさを孕んでいる。

 

 女性は微笑んで挨拶をする。

 

「お久しぶりねん。アラたん♪ こーんな辺鄙(へんぴ)な場所で再会しちゃうなんて、やっぱり私達はベストカップルとして結ばれる運命なのねん♪」

 

「……ワーストカップルの間違いじゃねぇのか? 紫炎(しえん)のヴァルブルガさんよぉ」

 

「あらあらあらん? そんな他人行儀みたいな言い方は無いんじゃないかしらん。昔みたいにぃ―――“ヴァルちゃん”って呼んで欲しいわん♪」

 

「やなこった。もう俺はガキじゃねぇし、だいたい俺とお前はとっくに終わった関係だろうが」

 

「ぴえ〜ん、酷いわん。しばらく会わない内に変わっちゃったのねん。前まではあ〜んなに激しく燃え萌えし合ってたのにぃ♪」

 

「燃えてたのは敵のアジトとか、敵兵とか、そんなもんばっかりだろ。誤解を招く言い方すんな」

 

「あらぁん? でもぉ、私とアラたんが体を重ねたのは事実よん。それは否定できないわよねん?」

 

「……チッ、初体験が性悪(しょうわる)の魔女とか黒歴史だっつぅの」

 

 女性に対して珍しく嫌悪感をむき出しにする新。それもその筈、“紫炎のヴァルブルガ”と呼ばれたこの女性は『魔女の夜(ヘクセン・ナハト)』のトップの1人であり―――新の元彼女でもある。バウンティハンター時代は度々(たびたび)ヴァルブルガと衝突したり、共謀して任務をクリアしたり、時には味方・時には敵……といった感じで絡んできた。

 

 更に言うなれば、新の初体験の相手であり―――新にとっては苦い思い出でもある。苦々しい顔付きで嫌悪する新に対し、ヴァルブルガはルンルン気分で語り始めた。

 

「あぁ……今でも昨日の事のように思い出しますわん。私とアラたんで標的を仕留めたりぃ、追手を返り討ちにした時は息ピッタリだったわよねぇん? あの頃のアラたん、容赦なんて少〜しも無かったから相手もガクブルしてたわねん。特に相手をころころ殺して返り血を浴びてる時のアラたんは本当に……ケ・ダ・モ・ノ♪ 何度も興奮して濡れちゃいそうになったわぁん♪」

 

 ヴァルブルガはウットリとした表情で自身の下腹部に手を添え、過去の思い出に(ふけ)る。直ぐにでも自家発電を始めそうな勢いだった……。取り巻きであろう魔女達が「ここでは止めてくださいっ」と制止する。一方、当の新は「……チッ」と不機嫌そうに舌打ちをするだけだった。

 

 気を取り直してヴァルブルガが新に訊く。

 

「ねえ、アラたん。どうしてそんなユルユルになっちゃったのかしらん? もちろん今も素敵だけどぉ、わたくし的には昔のアラたんの方が好みなのねん。ギラギラしたお目々(めめ)に終始ピリピリムード、何にでも噛み付く飢えたケダモノみたいなアラたんっ。それがいつの間にか尻尾をフリフリする子犬ちゃんのように成り下がるなんて……どういう心変わりなのかしらん?」

 

 問うてくるヴァルブルガに対して、新は一拍置いてから答えた。

 

「……結局、そういう奴ほど周りに敵を作り過ぎてしまうんだよ。昔の俺は本当にクズで、身勝手で、我欲(がよく)を満たす為だけに生きていたようなものだからな。仕事とは言え、この手でどれだけ多くの相手を殺してきたのか……今となってはそれさえも黒歴史だ」

 

「あらぁ? 随分あなたらしくない発言をするのねん。わたくしと何度も共謀して標的をころころ殺してきたのにぃ♪」

 

「何でもかんでも燃やしてきたお前には分からねぇだろうよ。骨を砕く音、頭蓋骨を潰す音、筋肉を断ち切る感触、事切れる寸前の喉の動き、吐き散らされた血反吐の(にお)い……どれも一度味わうとクセになっちまうほど恍惚なものだろう。だがな……そんな鬼畜行為を嬉々(きき)として延々(えんえん)(おこな)えるのは―――生来非情(せいらいひじょう)なクソ野郎だけだ。(ほとん)どの奴はその瞬間よりも、その後にのし掛かってくる罪悪感に(さいな)まれ、押し潰された挙げ句……壊れていった。俺はそんな同業者を何人も見てきた。結局……後ろめたさを(かか)えたまま生きていけるような奴は、ごく僅かしかいない」

 

 新の手が自然と震え、あの男―――バサラ・クレイオスの顔が脳内にチラつく。バサラはトコトン割り切る性分(しょうぶん)で、曖昧(あいまい)な考えや妥協(だきょう)などは一切見せない。それは後天的に至ったものなのか、生まれついての思想なのかは分からないが……バサラ・クレイオスが持つ底知れぬ強さと恐ろしさの要因の1つでもあるだろう。

 

『悪に徹しきれない中途半端な奴はいずれ淘汰(とうた)される。良くも悪くもアイツ(バサラ)はその本質を理解している。だから、今まで生き(なが)らえてきたんだ……。俺はそのラインに至れず、(くすぶ)ったままグダグダと生きているに過ぎない……。力だけじゃなく、この時点で差が付いちまってるのかもしれない』

 

 新は心中で自虐し、バサラとの差を改めて振り返る。ただ、それでも新は今の自分を全否定したくない……。すると、ここでヴァルブルガが割り込むように口を出す。

 

「もしかしてぇ、アラたんはそんな風に壊れたまま死ぬのが嫌だから、今のアマアマちゃんに成り下がっちゃったのかしらん?」

 

「……かもしれないな。だが、俺はその生き方についてだけは後悔なんてしない。ようやく今の俺としての生き方を見つけられたんだ。失いたくない。それを奪い、壊そうとするなら―――相手がお前でも許さねぇぞ」

 

 警告とも取れる言葉を発し、新はヴァルブルガを睨み付ける。対してヴァルブルガは口元を歪ませ、舌舐めずりする。

 

「あぁ……っ、やっぱりアラたんはアラたんよねぇん♪ 尻尾フリフリの子犬ちゃんと思いきや……獰猛なケダモノ的部分は残ってるのねん。いやーん、興奮しちゃうっ♪」

 

「そろそろ俺の前に現れた用件を吐いてもらおうか。まさか、ただストーキングしてきたってわけじゃないだろう?」

 

 新が問い詰めると、ヴァルブルガは「モチモチのロンよ」とキャピキャピ声で答える。

 

「さすがアラたん、わたくしの考えをすぐに分かってくれるなんて。やっぱり相思相愛(そうしそうあい)なのねん。また昔みたいにぃ、私と愛し合わない? 今なら周りの魔女(ヒト)達もサービスしてくれる特典付きよん♪」

 

「……そんな事だろうと思ったよ。さっきも言ったが、俺とお前はとっくに終わった関係だろ。やり直すつもりは毛ほども無い」

 

「もうっ、冷たいわねん。そ~んなツレない事を言っちゃうなんてぇ……少しお仕置きが必要みたいねぇん?」

 

 ヴァルブルガが悪戯(いたずら)な笑みを浮かべながら、周りの魔女達に手で合図する。途端に魔女達は手元に魔法陣を展開し、有無を言わさず魔術による砲撃を開始した。

 

 炎や氷、雷などの攻撃魔術が襲い掛かってくるが、新はそれらを全て回避する。機械が()ぜ、(ほこり)鉄錆(てつさび)の匂いが宙に(ただよ)う。新は埃を払ってから臨戦態勢を取る。

 

「お仕置きが必要なのはお前らの方だ。この前の学園襲撃、お前らが主犯らしいからな。その借りを返させてもらうぜ」

 

 新は闇皇(やみおう)の鎧を展開し、剣を取り出して構える。魔女達は続けて魔術砲撃を放つが、新の剣戟(けんげき)によって(ことごと)く斬り払われる。

 

 真正面からは不利と見て、今度は新を中心に包囲網を組む。四方八方から放たれる魔術。新は上に跳んで(かわ)そうとするが……魔女達はそこを突いて一斉に巨大な魔術砲撃を放った。

 

 空中なら逃げ場が無いと踏んでの砲撃だが、新は手元に火竜のオーラを(ほとばし)らせ、魔女達が撃ってきた魔術砲撃に向けて火竜を解き放つ。火竜と魔術砲撃の群れが衝突し、特大の爆炎と爆風が工場内に吹き(すさ)ぶ。凄まじい衝撃にたじろぐ魔女達、その一瞬の隙を新は見逃さない。火竜のオーラを剣に流し、周りの魔女達に剣戟一閃(けんげきいっせん)

 

 魔女達は直ぐに防御の術式が描かれた魔法陣を展開して防ごうとするが……力の差があった為、まるで薄いガラスの如く(はかな)い音と共に砕かれてしまう。更に剣圧と熱波が(そば)を通り抜け―――魔女達の衣装が木っ端微塵に弾け飛ぶ。魔女達は一糸纏わぬ姿となった。

 

「きゃあぁぁっ!」「いやぁぁあぁっ!」「ハァハァ……この羞恥心の高まり……っ」「ンン……っ、クセになるかも……っ」

 

 ヴァルブルガの言葉通り、綺麗どころを揃えてきた事も相俟(あいま)って多様な裸体が披露される。爆乳、巨乳、美乳、小振りとあらゆるサイズのおっぱいが丸見え、(くび)れた腰つきも安産型のお尻も(さら)け出された。魔女達は羞恥のあまり裸体を手で隠す。何故かごく一部は危ない発言をしているが……。

 

 そこへヴァルブルガが前に出てくる。

 

「あはっ♪ アラたん、そういうケダモノ的なところは変わってないのねん。アマアマちゃんになったのに、昔よりもキレ味が増してるわん。周りの娘達じゃ相手にもならないわねん」

 

「昔よりかはマシになったからな。それでもヤツに届かねぇのはネックだが……お前の場合はどうだ?」

 

「ふふっ、試してみる?」

 

 ヴァルブルガが挑戦的な笑みを浮かべ、新は静かに『真・女王(クイーン)形態』に姿を変える。昔のよしみだからこそ知っている。“半端に行けば死ぬ”と……。周りの魔女達は全裸のまま巻き添えを避けるべく距離を取り、(しば)し睨み合いの時間が(もう)けられる。

 

 ヴァルブルガが口元を舌でペロッと舐めた刹那、彼女の手元や周囲に無数の魔法陣が展開され、そこからあらゆる属性の魔術が(ほとばし)る! 新は瞬時に横っ飛びで初弾を回避し、追撃してきた魔術を剣戟や火竜で相殺(そうさい)していく。

 

 一触即発(いっしょくそくはつ)―――まさにその言葉が相応(ふさわ)しいやり取りだった……。新は間隙(かんげき)を縫うように飛んでくる魔術の群れを(かわ)していき、遂に(ふところ)(とら)えられる距離まで詰め寄った。

 

 新は手元に黒い火竜のオーラを集束させ、ヴァルブルガに向かって撃ち放とうとしたが……彼女のニヤけた笑みを見て、今の距離では危険だと察知する。

 

「アラたん! わたくしに燃え萌えしてくださいませぇん!」

 

「――――ッッ!」

 

 新は既に火竜を撃ち放っていたが、同時に少しでも危険を避けるべく後ろへ跳ぶ。その刹那、目と鼻の先で紫色の火柱が発生し、新の火竜と衝突! 2つの炎が特大の爆発を生み出す!

 

 爆発と熱波を浴びてしまった新は焼ける痛みと共に吹き飛ばされ、地面を転がる。その威力は凄まじく、兜が破損して素顔が露呈する程までイッていた。ジリジリと焼けるような痛みを(こら)えつつ立ち上がる新。ここまで凄まじい爆発が起これば、ヴァルブルガも無傷では済まされない筈……。

 

 やがて爆煙が晴れていき、人影が見え始める。

 

「うふふのふっ。やっぱりアラたんは素敵ねん。あの一瞬で切り替えすなんて……っ。おかげでわたくしのドレスが燃え萌えになってしまいましたわぁん♪」

 

 爆煙の中から見えてきたのは―――ポロポロと焼け焦げたゴスロリ衣装が舞い落ち、パンツ1枚だけの半裸姿となったヴァルブルガだった。

 

 良い形をしたおっぱい、細く(くび)れた腰、小振りなお尻、まるで職人が完璧に仕上げた人形のような(あで)やかなボディライン。更にはパンツも紐パンと言う下心を(くすぐ)る逸品。無事だとアピールしたいのか、自分の半裸姿を嬉々として見せつけてくる。

 

 しかし、新にはそれよりも注目すべき物があった……。それは先程の紫色の炎―――紫炎(しえん)だ。

 

「……おい、今の炎はまさか―――あのババアが使ってた紫炎か?」

 

「あらぁ? わたくしのヌードよりも注目するのはそこですのん? んも~、イケズなヒトっ。そうよん。今は亡きお師さま―――アウグスタさまの紫炎こと神滅具(ロンギヌス)の1つ、『紫炎祭主による磔台(インシネレート・アンセム)』よぉん。わたくしが継承しましたのん」

 

「あのババア、まだ往生際悪く生きてるんじゃねぇかと思ったら死んでたのか……。って、さっきの紫炎は神滅具(ロンギヌス)の一種だったのか!」

 

 『紫炎祭主による磔台(インシネレート・アンセム)』とは以前、アザゼルから聞かされた13個ある神滅具(ロンギヌス)の内の1つであり、聖遺物(レリック)と呼ばれる代物でもある。それを目の前の魔女―――ヴァルブルガが所有している。因果は巡ると俗に言われてるが、あまりにも数奇過ぎる巡り合わせだ……。

 

「はあ、俺にとっては最悪の巡り合わせじゃねぇか……っ」

 

「おほほほほ♪ アラたんはツンデレですわねん。本当はわたくしと感動の再会を果たした事に萌え萌えしていらっしゃるくせにぃ♪ よく言うじゃないかしらん? 嫌よ嫌よも好きのうちって」

 

「そんな事を言うぐらいなら、おとなしく捕まれよ!」

 

「いや~ん、ダメダメですわ。わたくし、アラたんをこの手に収めるまでは捕まりたくないのよん。本当はもっとも〜っと恋人同士の逢瀬(おうせ)を楽しみたいのですけどぉ、残念ながら時間切れねん」

 

 そう言った刹那、ヴァルブルガ達の足元に転移用の魔法陣が発生し、強い光に包まれる。口振りからすると、どうやら先に仕掛けておいた魔法陣が時間を迎えた為、発動したようだ。ヴァルブルガが新に向かってウインクする。

 

「じゃあね、アラたん。次に会った時はもっとオトナの逢瀬を楽しみましょうねぇん♪」

 

 その言葉と共に一際強い光が発せられ、ヴァルブルガを含む魔女達の姿がこの場から消える。新は徒労に終わってしまった戦闘の結果に舌打ちし、廃工場から出ていく。直ぐに停めてあったバイクに(また)がり、エンジンを噴かせる。

 

「クソッ、女狐(めぎつね)め……。相変わらず逃げの準備だけは天下一品だな。……ったく、もっと違う形で会っていれば、別れてなかったかもしれねぇな」

 

 これ以上長居すると人目に付きそうので、新はバイクを走らせた。その直後、地面に魔法陣が輝き出し―――なんと撤退した筈のヴァルブルガ達が現れる。実は発動した魔法陣は転移用に見せかけた擬態用の魔法陣で、本当はその場に(とど)まっていたのだ……!

 

 何故そのような事をする必要があるのか? それは……ヴァルブルガが“新のその後の反応を見て楽しみたかったから”と言う何ともお粗末この上ない理由ゆえだった……。ヴァルブルガはクスクスと含み笑いをして、走り去っていく新に投げキッスをする。

 

「うふふ、アラたんも満更でもなかったみたいねん。今度は野暮ったいバトルは無しにして……イチャイチャパラダイスを楽しみたいわぁん。その時が来るまで少〜し待っててねぇん♪」

 

「ヴァルブルガさま、我々も早く引き上げましょう。いずれ人目に付くでしょうし。それに……こんな姿を誰かに見られたら恥ずかしいです……っ」

 

 取り巻きの魔女の1人がヴァルブルガにそう進言する。それもその筈、取り巻きの魔女達は全裸、ヴァルブルガは紐パン1枚と言う露出狂に間違えられてもおかしくない格好をしているのだ。約一部は「ヴァルブルガさまの柔肌……ハァハァ……ッ」とヤバい息遣いをしているが……。ヴァルブルガは長い紫色の髪をかき上げ、今度こそ本当に撤退しようとする。

 

 そこへ―――「Allo(アロー) Allo(アロー) Allo(アロー)Mademoiselle(マドモアゼル)」と何者かの声が聞こえてくる。ヴァルブルガがその方向に視線を向けると……何故か先程のマリトッツォ専門店の店員らしき男がいた。取り巻きの魔女達は悲鳴を上げて裸体を隠すが、ヴァルブルガは一切動じずに問いただす。

 

「女性の柔肌を覗き見だなんて、随分と趣味の悪い殿方ですわねん。何か御用かしら?」

 

Non(ノン) Non(ノン) Non(ノン)、少々気になる事がございましたので」

 

 そう言うと男の体から黒い霧が噴き出し、化けの皮が剥がれる。その中身は誰もが知る天性の悪―――ユナイト・クロノス・キリヒコ……ッ! さっきの某芸人風店員はヤツの変装だったのだ……ッ! 変装を解いたキリヒコがヴァルブルガに問う。

 

「あなたこそ、Monsieur(ムッシュ)闇皇が店内に入った時から覗いてましたよね? でしたら、先程彼の近くにいたMademoiselle(マドモアゼル)達を何故人質に取らなかったのでしょうか? 彼女達を人質にすれば、彼との交渉は一層簡単に進められた筈なのですが?」

 

 キリヒコの言う“彼女達”とは―――桐生達の事だろう。新の身柄が目的ならば、桐生達を人質に取ってしまえば交渉事など容易に進められる。なのに、ヴァルブルガはそうしなかった……。

 

 キリヒコの問いに対し、ヴァルブルガは嘲笑するように吹き出す。

 

「ププッ♪ あなた、噂通りの腐れ外道さんのクセにな〜んにも分かってないわねん。アラたんとわたくしは恋人同然の関係よん。そんな2人の間に無粋な部外者を立ち入らせるわけないでしょう? おバカさんねぇ♪」

 

Oh(オー) la() la()、私としてはその考えの方が理解できませんね」

 

「あら〜? 嫌われ者の腐れ外道さんには無縁(むえん)のお話だったかしらぁん?」

 

「当人に避けられている事実を認知しない痛々しいヒトよりは気が楽ですけどね」

 

 キリヒコとヴァルブルガの煽り合戦……。今にも爆発しそうだが、取り巻きの魔女達がヴァルブルガを(なだ)める。ヴァルブルガは肩を(すく)め、転移魔法陣を開く。その際、キリヒコに向けて警告を飛ばす。

 

「よろしいかしら、悪趣味外道さん? とにかくアラたんはわたくしのモノですから。わたくしとアラたんの逢瀬を邪魔しようとするなら、たとえ協力関係にあるあなたでも……容赦無く燃え萌えにしてやりますわよん?」

 

Oui(ウィ) Oui(ウィ) Oui(ウィ)、女性のヒステリーは怖いですね。肝に銘じておきましょう。せいぜい足元を(すく)われないように―――Adieu(アデュー)

 

 ヴァルブルガ達は転移の光に包まれて消え去り、キリヒコも黒い霧と共に消えていった……。少しずつだが着々(ちゃくちゃく)と悪意の牙が侵攻の準備を進めている……。




仕事疲れやら何やらが重なって更新が遅れがちです……。アイデア自体はあるのに、ホント勿体ない……。

兎にも角にもやっと更新が出来ましたので、次回は教会トリオのお話を書いていきます!

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