機動戦士ガンダム アスティカシアの妖狐   作:邪道キ

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どうも、邪道キです。

知っているか、主人公よりも目立ち、その上カッコイイ男の事を…。


第2話、どうぞ。


第2話 邂逅Ⅰ:グランプリへの招待状

SIDE:NEW WORLD

 

 アスティカシア高等専門学園。ラグランジュポイント4フロント73区に所在する教育機関。

 モビルスーツ製造産業の最大手と言われる巨大複合企業『ベネリットグループ』が運営し、生徒もグループ内の企業推薦によってのみ入学する。

 その特異な体制上、生徒たちもグループ傘下企業の影響を非常に受けやすい。上位ランク企業からの推薦者は多大な支援と強力な威光を得ることが出来、下位ランク企業の推薦者はその正反対の待遇を得る。

 

 環境は子供の発育に多大な影響を及ぼす。強大な力を得たものは奢り、下位と見做したものを虐げる。現在昼食時に行われている小競り合いも幼い欲望を満たすためのものだ。

 

 きっかけは口にするのも度し難いことかもしれないし、逆に馬鹿馬鹿しいことだったかもしれない。だが双方怒りと蔑みがヒートアップし、華やいだ印象の生徒が口をもごもごと動かし、先ほどまで噛み続けていたものを吐きつけた。狙いは相手のトレー、まだ温かいスープ目掛けてまっすぐ進み、中へ入る寸でのところで摘ままれた。

 

「これは、いただけないな」

「ちっ」

 

 闖入者の顔を見た女子生徒は露骨に顔を歪めると、そそくさとその場を去る。掴んでいる噛みかけのガムをちり紙でくるむと、ガムを吐き入れられかけた生徒を見た。

 

「大丈夫か」

「余計なお世話だ、バケギツネ」

 

 一睨みした生徒はトレーを抱えて走り去る。その後ろ姿を見送った彼は肩をすくめながら食堂を後にした。

 道中、幾度か生徒とすれ違うが、猜疑、好奇、嫌悪の眼がチラホラ。ここにきてから久しくなるが、今でもこの視線は抜けきらなかった。

 

 長い距離を経てようやく自分の事務室に辿り着く。午後の授業のカリキュラムを確認しようか、と自動ドアを開けると中には白黒のドレスの女が待ち構えていた。

 

「おめでとうございます!今日からあなたは────」

「知っているよ」

 

 人差し指を立てツムリの言葉を遮ると、エースは彼女からボックスを受け取る。机に投げ中を開けると、見慣れたデバイスと白いガンダムコアID。エースは引き寄せた椅子に沈みこんだ。

 

「せっかく願いを叶えたのに…うれしそうじゃないのね」

「御三家だの弱小企業だの、生まれがどうだの毎日毎日気が滅入る…バッチいなもう」

 

 砕けた口調に変わったことを意に介さず、引き出しからウェットティッシュ引き出して指を拭う。

 

宇宙(そら)地球(ほし)の隔たりは、昔から広いな…どうせなら次は大統領にでもなってみるか?」

「デザイアグランプリの事を探ってどうするつもり?」

 

 おどけるエースをじっと見据える。

 穴が空きそうなほどこちらを見つめるツムリを見返し、エースはふっと笑みをこぼした。

 

「そりゃ気になるだろう…最後まで生き残った勝者が理想の世界を叶えられるゲームなんて」

 

 敵意が無いように両手を振るが、おもむろに掌を返すとスナップさせて1枚のカードを取り出す。手品じみた鮮やかな動きにツムリは眉間にしわを寄せる、だが直ぐに緊張を解いてカード(願い)を見つめた。

 

『アスティカシア高等専門学園の生徒になっている世界 ウキヨ=エース』

 

SIDE:MERCURY

 

「デザイア…グランプリ」

 

 スレッタ・マーキュリーは箱の中に差し込まれていた紙の、一番大きく印字された文字を復唱していた。

 さっき白黒の服の女性から受け取った箱、手にしている紙と同梱された六角形の小物に触れた時、頭の中に知らない筈だった記憶がフラッシュバックした。あの日、基地が変なMSに襲われたこと、大勢の人々が死んだはずであること、彼らを殺した緑色のMSの事、そしてそれを倒したエアリアルそっくりのキツネのMSの事も。

 

 余りにも現実的じゃない出来事、しかし脳髄にまで刻まれた実感に思わず足がくず折れた。だがそれ以上に、あの日のことを誰も覚えていないことにスレッタは言葉を失った。衝撃の余り膝が折れてしまい、恐ろしい夢でも見たのだ、と大勢に宥められてしまった。

 

 スレッタは手にしたデバイスをじっと見つめる。同梱された紙には使い方が記載されていた。正直使っていいものか分からない。鮮明過ぎる悪い夢だった、そう割り切って学校への優しい夢に浸ったほうが幸せだと思う。あんな世界忘れるに限る、そう言われたけど、忘れ方なんて分かるはずがない。スレッタは大きく息を吸い、ゆっくりと吹き出した。

 

「逃げれば一つ…進めば…二つ。よし…っ」

 

 デバイスを腰にあてがうと端からベルトは射出され、後ろで接続される。がっちりと固定された感触を確かめると、緑色のIDコアを掴んだ。

 ここで逃げればいつもの日常が一つ、けれど進めば何かが解るかもしれない。あの日の恐怖を克服することが出来るかもしれない。真実と勇気、二つだ。スレッタは紙の指示をもう一度読み返した。

 

「コアID?を、中央にセット…えい!」

 

<ENTRY.>

 

 瞬間、世界が変わった。

 

「…ぅう?」

 

 目に刺さるくらい明るい光に思わず呻く。格納庫を上回る光量に顔を覆いながら目が慣れるのを待つ。

 

 目から痛みが引いてくると、見えたのは宇宙の星々。エアリアルの色を思わせるような済んだ青色が、白い柱の間から見える。鉄製じゃない白柱に囲まれた黒い床、前に旧いコミックで見たことのあるお城のような場所だ。

 

「どこココ?」

 

 見渡すと、そこに居たのは自分だけじゃないことに気づく。髪色、肌色、服の色さえ違う人々が、時に訝しみ、時に値踏みするような視線を交錯させている。

 

 知らない場所に知らない人ばかり、疎外感と寂寥感に呼吸が速くなる。どうしよう、どうすればいい。奥歯がカタカタと揺れる音で耳が包まれそうになった時。

 

「────ようこそ、デザイアグランプリへ!」

「ぅっへぇい!?」

 

 後ろから響いた大声に思わず飛び上がった。足がもつれて絡まり、前のめりにつんのめって倒れ込む。顔からジワリと広がる痛みに悶えていると、顔の前に手が差し伸べられた。

 

「驚かせてごめんなさい、立てますか?」

「あ…ごごごめんなさい」

 

 スレッタは女性の手を両手で掴むと、ぐいっと一気に立ち上げられる。しっかりと自立したことを確認すると女性は元々いたのだろう、黒い台の上へ昇った。

 

「改めまして、私はゲームナビゲーターのツムリです」

 

 自己紹介した彼女の頭上に大きな画面が出現する。映し出されたのは崩壊する街やコロニー、そして破壊活動をおこなうあの緑MSだった。

 

「私たちの世界は今、ジャマトの危機に晒されています。デザイアグランプリは、どこから来るのか、何が目的なのか分からない…謎のMS『ジャマト』から人々の平和を守るために誕生しました!」

 

 今度は緑MS────ジャマトと闘うMSが映し出される。見たことがない機体が多かったが、その中には確かにキツネ面のMSと牛面のMSがはっきり映っていた。

 流れる記録を前に人々はざわめき、時に首を傾げた。その様子をくみ取ってか、ツムリは言葉を続ける。

 

「知らないのも無理はありません。ジャマトの悲劇を忘れて平和に過ごせるように、デザイアグランプリは終わるごとに人々の記憶をリセットしています」

 

 そして、と一息置いて注目を集めると、一際大きな声で宣誓した。

 

「デザイアグランプリに最後まで勝ち残った方は、創世の神『デザ神』となり、自分の理想の世界を叶えることが出来ます!」

「り、理想の…」

「要は、どんな願いでも叶う、ってこと?」

 

 壮大過ぎる内容にピンとこないスレッタの後ろで手が上がる。振り返るとはだけた胸元から褐色の肌をのぞかせる金髪の男子がいた。

 彼の質問にツムリが首肯した。瞬間、場の空気が一変する。よく分からないがどんな願いでも叶う、察した期待を胸に膨らませ、人々は口角を釣り上げた。

 

「それでは皆様、お手元のデザイアカードに願いをご記入ください!」

 

 促されて手元を見ると、先ほどまでなかった厚紙と羽ペンが。各々欲望を筆に乗せて理想の世界を記していくが、その光景にスレッタは一人困惑した。

 

「願いって…願い、願い…」

 

 どんな願いでも叶う、理想の世界が実現できる、そんなことを急に言われても思いつかない。欲しいモノが無いわけではないが、こんな場所で書くほど重要でもない。だが周りにはすでに書き終えている人もちらほら増え始めた、何か書かなければと頭をひねる。

 

「────そうだ」

 

 ある、一つだけ。スレッタは急いで書き込んだ。

 

『学校に行きたい スレッタ・マーキュリー』

 

 書き込んだ、しかしその顔は浮かばない。叶えたい願望ではあるけれど、本当にこれでいいのだろうか?気後れする気持ちに首を傾げていると、ツムリがこちらを覗き込んでいることに気づいた。しまった、ダメだっただろうか。

 

「あ、あのだだダメで────」

「素晴らしい世界ですね」

「……良いんですか?」

「それがあなたの望む世界なら」

 

 ツムリの微笑みにスレッタは安堵する。大丈夫らしい。

 カードを彼女に渡し、全ての願いが集まるまで数分。回収し終えたツムリは声高に宣言した。

 

「それでは第1ミッション、開始です!」

 

 

FIRST MISSION:宝探しゲーム
・ジャマトの哨戒を掻い潜り、バックルを入手せよ!

 

 

SIDE:JAMMER AREA

 

 気が付いたら、嗅いだことのない匂いがした。けれど頭が透き通るような、洗い流される気分だ。

 目を開けると、緑世界。木々の間から指す光が温かく感じられる。先の神殿とはまた違う場所にいつの間にか移動していた。

 

「ここ…」

 

 よく観ると、服装も水星でよく来ていた服じゃない。紺色のジャケットに黒いハーネス、同じく紺色のパンツにごつごつとしたブーツを履いている。

 同じような格好の参加者たちもこの状況に困惑している。だが次第に事態を飲み込んでいったのか、ある一人がつぶやいた言葉が響きわたった。

 

「まさか…地球?」

 

 太陽系第3惑星であり、人類の故郷。本で読んだことはあるが、実際にここに来ることになるとは思わなかった。始めて来たハズなのに感嘆の声が漏れる、今まで見てきた景色の中で一番見ほれた。一瞬状況を忘れるほどに。

 

 剛震。思わず体勢を崩すスレッタ。見上げると猛風に揺らぐ木の葉、その間から見える無数の機影が落ちてくる。

 背中からトンガリ帽子のような突起が生え、同じく鋭く尖った(ランス)と盾を手にしたMS。水星で出会った個体とは全く違うが、近づくごとに感じられる生々しい気味悪さは間違いない。

 

 ジャマトだ。

 

 着地したジャマトの、Xの字に配置されたクアトロカメラが輝く。その上の額の紫色の水晶から照射された光が地面に当たるのを見た参加者たちは一斉に駆けだした。

 

 ジャマトは槍で木々を薙ぎ倒しながら、ずんずんと進んでいく。倒れた木々に退路を阻まれた参加者たちにレーザーが照射。

 

<RETIRED>

<RETIRED>

<RETIRED>

<RETIRED>

<RETIRED>

<<<RETIRED>>>

 

 合成音声と共にノイズを修正されるかのごとく参加者たちは消滅した。

 その様を見たスレッタは口を抑える。ああも容易く人が消えた、嘗ての水星を思い返し胃液が逆流し始めるのを何とか押しとどめる。

 

 喉奥の灼けと格闘しているスレッタに気づかないのか、ジャマトはその場を通り過ぎていく。遠ざかる足音にそば耳を立てると、スレッタはよろよろと歩き出した。

 

「確か…見つかったらダメって」

 

 神殿で言われたことを振り返る。

 

 フィールド内に存在するジャマトが照射するレーザーサイトに当たった場合、リタイア(脱落)

 彼らの哨戒を掻い潜り、エリア内に隠されているミッションボックスを手に入れれば、クリアだ。

 

 ミッションボックスとはスレッタがドライバーを受け取った時、そのドライバーを内封していたあの箱の事だ。けれどエリア内は短くても腰回り、長くてスレッタの背丈を越えるほどの植物が生い茂っている。両手で抱えられるほどの小さな箱だったから、見渡してもまず見つからないだろう。

 

 先ほど降りてきたジャマトの数は確か15体。これだけの数がいればエリア内を虱潰しに歩いても大体の参加者は見つけられるに違いない。ボックスを見つけようとすればジャマトへの警戒がおろそかになり、ジャマトを警戒すればボックスは見つけられない。単純明快なルール故にスレッタを惑わせる。

 

 近くの茂みに入り込み、腰を低く屈める。今は見つからないようにしよう、先ずは身の安全だ。そう思案していると鈍い音が頭から響いて、何かにぶつかった。

 

「おい、何処に目玉つけてるッ」

 

 額をさすりながら起き上がると、そこには見知った顔の老人が同じく額をさすってこっちを睨んでいた。

 

「あんだ、お前かよ」

「エルゴさん!?」

「馬ッ鹿、声デカい!」

 

 驚くスレッタの口を慌てて塞ぐエルゴ・ぺルダ。周囲にジャマトはいないが、何時見つかるかは分からない。息を潜めて、

 

「なんでここに…」

「ハン、俺みたいな老いぼれじゃ参加出来ないとでも思ったか」

 

 さも不機嫌そうに鼻を鳴らすエルゴの背を追いかけていく。

 エルゴとは水星に始めてきた頃からこのような態度だ。スレッタとその母を不吉を呼ぶ余所者と蔑み、排斥しようとした。今もスレッタにいい思いを抱かないのも想像がついた。二人の間に沈黙が流れる。

 

 だがお陰でジャマトの近づく足音に気づけた。どんどん大きくなる揺れに背中をビクつかせる。倒木の方を確認しながら足をゆっくり動かすと、何か固いものを踏み抜いた。

 引き寄せられるように足が持ち上げられ、上体がひっくり返る。背中を大きく打ち付けたスレッタは、転がりながら足元を見た。

 

「クッソ…!」

 

 悪態を突いたエルゴは泥に汚れたミッションボックスを持つとその場を駆け去っていく。どうやらボックスに足を滑らせたらしい。ぽかんとしていると、ズシン、上体を起こすと木越しに細身の足が見えた。

 

 慌てて駆けだすスレッタの背後からズンズンと足音が迫る。木の衝撃が背中を押して速く速くとせかす。一瞬だけ振り向くと赤い光が地面を張ってきている。間違いない、ジャマトは自分をロックオンしたのだ。

 レーザーに触れたらアウト、当たるより前に魔の手から逃れなくては。だが焦燥に反して足取りは重く、呼吸の間も短くなって来た。宇宙で生まれ育った体が重力下での動きに慣れていない、と思い至る間もなく速度が落ちていく。

 

「ぶぇ」

 

 とうとう足が縺れ横転する。泥に突っ込んだ顔を上げ、前へ前へと手を伸ばすスレッタの足元にレーザーが迫る。

 光に少し遅れてジャマトがたどり着く。が、カメラアイで捉えたのは生い茂る草木とぬかるんだ大地だけ。こちらに追いこんだハズの標的の姿はない。槍で茂みを器用にかき分け辺りを散策し始めた。

 

(来ないで来ないで来ないで来ないで……)

 

 ジャマトが動くたびに冷たい水の感触がスレッタの体を震わせる。

 這う力も無くなってきていた彼女にとって、近くに“沼”があったことは幸運だった。レーザーに当たる直前に転がり込み、息を潜められるほどの深さがあったことも。だが今、耐えきらなければ確実に見つかる、両手で口と鼻を抑え目をつむった。

 

(息…出来な…)

 

 歩行の波紋が耳を打つ。息苦しさに目を僅かに開けると、濁った世界に交錯する紫の四眸と目が合った。こっちを見てる。出そうになった声を無理やり押し込み体をこわばらせ、より苦しくなった息に体が反応してしまう。見悶える自分をジャマトが見つめている、そう考えると息苦しさは更に増し、今すぐにでも飛び出したくなる。だがこちらを射抜く視線が見えている限り出ることはできない。だがもうそろそろ限界だ、指の間から小さく泡が噴き出し、視界が霞んできた。ジャマトの輪郭が分からなくなっていき、何も見えなくなってきた時、堪らずスレッタは沼の底を蹴った。

 

 水面から顔を出し、思い切り外気を吸い込む。肩で吐き出しながら岸の方を見ると、ジャマトが背を見せて去っていくところだ。こちらに気づくそぶりもない、どうやら誤魔化しきったらしい。

 

「…よかった」

 

 

<SECRET MISSION CLEAR.>

 

 

 スレッタを称えるように電子音が鳴る。何だと身構えると、沼の底からミッションボックスが浮かんできた。驚きながらも蓋を開けると、中には赤いメッキで彩られた、推進器の意匠とハンドルが特徴のバックルが入っていた。

 

「赤いバックル…」

 

 何処となく、キツネのMSが水星で使った赤いサブフライトシステムを思わせるソレを手に取る。周囲を見まわしながら沼から出ると、ウェアの中にしまい込んだ。

 これでミッションはクリア、だと思うがもう体が動かない。こうしている間でも遠くからMSの歩行音が聞こえてくる、見つかればアウトだろう。どこか安全な場所を探さなくては。

 

 ズボンのポケットが震えたのは、重い体を持ち上げたときだ。まさぐってみると、掌に収まるほどの端末が通知を告げている。指示に従い画面をスクロールしていくと、「SALON」の文字が点滅していた。

 

「…休憩室?」

 

 呟くより速く、指は文字に触れていた。

 

 

 

SIDE:DESIRE TEMPLE

 

 

<WELCOME TO SALON.>

 

 

「ようこそ、休憩室へ」

 

 一転、白い壁と大理石の廊下にいた。スレッタのすぐ横には白いタキシードに身を包んだ男性が直立で会釈している。真っすぐとした背筋に整えられた髪、そしてずぶ濡れのスレッタを見ても眉一つビクともしないアルカイックスマイル。見られているだけで気圧されそうだ。

 

「コンシェルジュのギロリです。」

「ス、スレッタ・マーキュリーです…」

「着替えは突き当りを右の更衣室にございます」

「…へ?あ、ああ、りがとうございます」

 

 ギロリに促されて、突き当りを右に小走りする。茶色いドアを開けると、ロッカーに洗濯機、シャワールームまで完備された清潔感溢れる更衣室だ。明らかにお金を掛けている雰囲気をひしひしと感じたスレッタは思わず振り返った。ギロリは笑顔を崩さなかった。

 

「休憩室の設備は、プレイヤーへ全て無償で提供していますので…ごゆっくり、御くつろぎください」

 

 一礼し更衣室前から去っていく。残されたスレッタは閉まるドアを避けるように恐る恐る更衣室へ入って行った。

 

「お、お借りしますぅ…」

 

 結局サッパリした。

 最初は使うのに抵抗があったのだが、服を洗濯機に入れて温水を浴びたら一気に力が抜け落ちた。そして、汚れも全部サッパリした。

 

 ロッカーに入っていたTシャツに着替え更衣室を出たスレッタは応接室に向かった。そこに今回の参加者が集まっているらしい。豪奢なデザインが施されたドアを開けると、既に何人か集まっている。

 

「…エルゴさん」

「しぶとく生き残ってるな、お互い」

 

 ドアと正面を向くように配置されたソファーに持たれるエルゴがバックルを力なく振る。スレッタの手にしたバックルよりも小さいが、あのボックスの中に入っていたものだろう。緑色の弓があしらわれたバックルは、何となくシロクマのMSを思い出し気分が重くなる。

 

「まぁ、モブは直ぐ退場するだろうがな」

「随分な物言いだね、君」

 

 棘のある声に振り返ると、ドアの側に立っていた茶色の長髪の男が鼻を鳴らしていた。いきなりのモブ発言に褐色の青年が椅子から身を乗り出す。最初にツムリに質問していた人だ、と気づくよりスレッタには茶髪の男の声に意識がむいていた。

 

「この声…もしかして、牛の人?」

「誰だお前?」

「あ、スレッタ…マーキュリー、です」

「…知るか」

 

 バッサリと切り捨てた男は壁から離れ奥のカウンターへ去っていく。思わず目が潤んでしまったスレッタを見て、褐色の青年が苦笑した。その手には端末“スパイダーフォン”が弄ばれている。

 

道長(ミチナガ)・イェーガー…珍しい名前だね、雄牛君?」

「うるさい、ゼネリのボンボン」

「シャディクだよ、まぁ長い付き合いになるよう、お互い努力しようじゃないか」

「ふん、バックルを手にしたとしても大半はハズレだ。こいつみたいにな」

 

 隣にいた、髪を両サイドに分けた神経質そうな人物の注意を受けても、褐色の青年────シャディクはヘラヘラと手を振った。茶髪の男────道長は不機嫌そうに嘲ると、カウンターにいた男を指さした。

 指された男は丸椅子の上で回りこちらの方へ停まる。髪を七三で分けた自信ありげな笑みを浮かべる男、バックルの中央には白と赤でキツネのマークが刻印されている。

 

「キツネの人?」

「成程、水星育ちの妖精ちゃんか」

 

 声に出てた、口を押えるスレッタに手を振るウキヨ=エース。彼の側にはバックルが二つ。何れもエルゴが持っていた緑と同じサイズだ。どうやら大型バックルはそうそう手に入らないらしい。

 

「残念だったな。お前の目当てはあの芋臭い女が持ってる」

「それはいいことを聞いた、親切だなバッファ」

「勝利を手にするのは俺だギーツ…どんな手を使ってもな」

 

 そう言い終えた道長はスレッタを睨みつける。どうも手に入れた赤いバックルが目的らしい。ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる圧力に完全に気圧され、後ずさりするスレッタ。どうしようと半泣きしかけたとき、ギロリが二人の間に入った。

 

「お言葉ですが…休憩室内での戦闘は禁じられています。違反者は強制脱落になりますので、ご理解のほどよろしくお願いいたします」

 

 凛とした態度で頭を下げるギロリ。道長は二人を一瞥すると、何も言わず背を向けた。ここまで強い敵意を向けられたことのないスレッタは震える手で胸を掴む。嘗てない環境に母の名を呟いたとき、通知が鳴った。

 

 先ほどの通知よりも大きい、しかもスレッタだけではなくその場にいた全員のフォンから鳴り響いている。一体なんだと身構えているとエースが席を立った。

 

「緊急ミッションか」

「え…?」

「宝探しは終わりらしい」

 

 エースは応接室のドアを開くと、道長が去る背中を追う。他の参加者もぞろぞろと釣られるように応接室を去っていくと、一人残されたスレッタは遅れて部屋を出た。移動しなければならないらしい。廊下の先へ消える影を追いかけようとした彼女にギロリは声を掛けた。

 

「広間はこちらです。洗濯も終わりましたので、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 ギロリの手に乗せられた上着を受け取ったスレッタは、それを羽織りながら駆けだした。

 

「どうぞ、ご武運を」

 

EMERGENCY MISSION:
・ジャマト部隊を討伐せよ!

 

「まず、ここまででアイテムを入手できなかった方々は、リタイア(脱落)となります」

 

 広間。ツムリが手を指すと、メインディスプレイから無数の名前が消えていく。残った名前がリストアップされると残ったのは、

 

《GUNDAM GEATS》、ウキヨ=エース。

《GUNDAM BUFFA》、道長・イェーガー。

《GUNDAM TYCOON》、スレッタ・マーキュリー。

《GUNDAM NA-GO》、シャディク・ゼネリ。

《GUNDAM GINPEN》、エルゴ・ペルダ。

《GUNDAM DA-PAAN》、カルナ・ホーガン。

《GUNDAM MARY》、モリン・R・ワンアーベ。

 

 の七人のみとなった。

 

「残り七人…結構減ったね」

「緊急ミッションはジャマトが全滅、又は撤退するまで、生き残った方は1回戦勝ち抜けです。」

 

 武装に関しては入手したバックルをドライバーにセットして起動させることで使用できるらしい。装備とMSを用いてジャマトが全滅するまで、又は相手がエリア内から撤退する等でいなくなるまで闘えということだ。一通り説明を終えたツムリに、参加者の一人、もじゃもじゃ頭の中年男性────モリンが手を挙げた。

 

「ちょっとちょっと!生き残って、って…どういう事さ」

「コレは命をかけたゲームですので。実際に戦っていただきます」

「おい、聞いてないぞそんなの!」

 

 ツムリの言葉に声を荒げるモリン。どんな願いでも叶う、ただしその対価として命を懸けてもらう。看過できないハイリスクにモリンは詰め寄るが、その様子を見ていたスレッタは恐る恐るモリンへ近づいた。

 

「あ、あの…」

「何さ!」

「ひ!…ぃえ、っと…大丈夫ですよ。ゲーム、がおわ、お、終わった────」

「聞こえない!」

「げげゲームが終わったらみんな生き返ってたので!」

 

 せかされたスレッタはやや早口で答える。その言葉を聞いたモリンは先ほどまでの剣幕をスンと収めた。

 

「な~んだ、それなら────」

「それは“ゲームに巻き込まれた奴ら”の場合だ」

 

 だがモリンの安堵した声はぴしゃりと遮られる。割って来た道長の眼はとても厳しいものだ。注目される道長の言葉を引き継いだのはエースだ。

 

「ガンダムのパイロットは例外。ゲーム内で死ねば、現実でも退場になる」

 

 突き付けられた事実にスレッタの頭は白くなる。それではあの時自分を守ってくれたシロクマMSのパイロットは戻っては来ないというのか。あれほど優しい人だったというのに。そしてそれが自分にも降りかかれば、家族は、母は、グルグルと冷たいモノが胸の内で回り始めた。

 

「それでは、緊急ミッション開始です!起動コードを叫ぶことでコックピットに転送されます。起動コードは、『機動(ダイブ・オン)!』です!」

 

 ツムリの背後、いや、神殿の周りに7体のMSが出現する。各々特徴的な動物モチーフの頭部を持ち、しかし首から下は共通の黒いフレーム。光の無い14個の眼がこちらを睨んでいるように感じた。賽は投げられたのだ、と。

 

 どよめきは静まり、参加者たちは一呼吸置くと起動コードを発声した。

 

「「「「「「「機動(ダイブ・オン)」」」」」」」

 

 足元に現れた(サークル)がスレッタ達を包み、コックピット内へ転送する。真っ暗闇の正面が点灯し、メインコンソールに情報が羅列され、最後に『GDPXVX-107 GUNDAM_TYCOON』の表示が消えると光が世界を塗り潰した。上下、左右、前後、その全てがガンダムの環境を映し出す全天周モニター、だが従来品と比較して背もたれがないから全ての画面を見ることが出来る。

 

 狼狽するスレッタの足元からガチャリと接続するような音が鳴る。俯くと足をがっちりと固定され、スレッタを正面へと向かせる。よく見るとまた服装が変わっており、黒を基調としたパイロットスーツを着ている。もう何でもありに思えて来た。

 

「…猫?」

「そっちは…狸、かな?」

 

 コンソール横から伸びて来た操縦桿を握る。全機体が床に対し平行に倒れると、眼前に現れたゲートへ射出された。

 数瞬の無重力の後、肩と足にかかる重みを踏ん張って堪える。見ると踏み倒された木々に天にまで届く赤い障壁。ジャマ―エリアに着いたようだ。

 ジャマト達がこちらに気づき、槍を構える。背中の突起から黒い粒子を吐き出すと、ジャマト達たちはこちらを攻撃してきた。

 

「よ~しネコ君、ココはメリーオジさんに任せなっさい!」

 

 

<ARMED SHIELD>

<READY FIGHT.>

 

 

「お気持ちだけ、受け取っておきますよ」

 

 

<ARMED HAMMER>

<READY FIGHT.>

 

 

 先陣を切ったのはピンクの頭部に山羊の角を思わせるアンテナが特徴のガンダム・メリー。青い盾“レイズシールド”を片手にジャマトへ果敢にタックルを仕掛ける。倒れたジャマトにシールドの先端を思い切り叩きつけると、てこの原理で首関節を引きちぎった。

 そんなメリーの背後にもう一体ジャマトが迫る。逆手に持ち替えた槍を振り上げ突き刺そうとするが、脇に打ち込まれた“レイズハンマー”に阻まれる。体制が崩れた所を、金の縁取られたネコのMS、ガンダム・ナーゴが追撃を掛けた。

 

 

<MAGNUM>

<READY FIGHT.>

 

 

「邪魔」

 

 動かないタイクーンを押しのけ、一回り大きい白黒パンダのガンダム・ダパーンが“マグナムシューター40X”を構える。伸ばした銃身から放たれるビームがジャマト達の足を撃ち抜き、体勢を崩した。

 

 

<ZOMBIE>

<READY FIGHT.>

 

 

 動けないジャマトの頭上より、ガンダム・バッファが“ゾンビブレイカー”を突き立てる。頭の方へ振り抜き真っ二つにされたジャマトは動かなくなった。次の獲物に上空へ飛びあがったジャマトを見据えた時、背後からのビームでそのジャマトは爆散した。

 ダパーンは後に下がりながらライフルを的確に打ち込んでいく。決して相手の距離に入らず、自分の距離を維持して他のガンダムと闘うジャマトを撃破する。エネルギーが空になったカートリッジを捨てながらパイロットがため息をついた。

 

「…雑魚ばっか」

「クソガンダムが」

 

 他の参加者の得物を掠めるようなやり方に、バッファはジャマトの残骸を踏み抜く。残ったジャマトへ加速するとチェーンソーとかぎ爪を苛立ったように叩きつけた。

 

 ジャマト達が各個撃破されていく中で、ただ一機、緑の狸(タイクーン)だけ着地点から動かない。あの日知り合いをたくさん殺したジャマトが恐ろしい、これまでに体験した事の無いMS同士による戦闘(殺し合い)、それを平然と行える他の参加者が怖い。何よりそれ以上に…。

 

「どうしよう…エアリアルっ…」

 

 ココには頼りになる愛機(エアリアル)がいない。この無機質な光の檻の中に詰められた不安で手が震えっぱなしだった。

 だが動かないMSは格好の的。3機のジャマトが包囲し、一斉に槍を突きこむ。反射的に操縦桿を引き大きく飛び上がったから相手の自滅で済んだが、着地直後の一撃には反応が遅れた。

 背後からの反応に振り返るが背面スラスターを破壊される。爆風に倒されるタイクーンのメインカメラが捉えたのは、1機のMS。他のジャマト達より細い手足、両腰にバインダーを、両手に珍しく実体剣を装備した、大きく天に伸びた二本角が特徴の新型。

 

 《RAID BOSS: ROOK JYAMATO》。

 

 ルークジャマトは双剣を水平に構え、タイクーンへ加速する。やられる、身構えたスレッタの前で、相手の動きが逸らされた。横からの狙撃だ。

 

「エルゴさん」

「戦わねぇならどいてろ!」

 

 

<ARMED ARROW>

<READY FIGHT.>

 

 

「やるぞ…やってやるぞぉ!俺はなぁ!」

 

 怒号と共に黄色く縁取られたペンギン頭のMS────ガンダム・ギンペンが弓矢を放つ。刀身でビームを逸らしたルークジャマトは標的を切り替え旋回した。

 連射される“レイズアロー”、回避するルーク、後退するギンペン。だが両者の距離は縮まり、ルークがギンペンを追い抜く。そして横凪の一千で、両足を切り落とした。スラスターの勢いで転倒は免れたギンペン、その頭部に上段からの唐竹割りが刺さる。

 

「こ、このぉ!」

 

 頭部が避けることも厭わず、ギンペンは残った上半身で掴みかかる。半ばヤケクソじみた策だが、上手く両腕を捉え動きを止めた。このままその細い腕をへし折ってやる、力を込めようとした時、エルゴの世界から光が消えた。

 

 ギンペンの胸部、コックピット辺りに白い牙が食い込む。ルークはバインダーから伸ばした爪を引き抜くと、腹部と両肩部を展開した。三点から圧縮された光が増大し、両者の間に大きな火球を生成していく。

 

「クエン!」

 

 火球はギンペンを飲み込み、ルークから離れ彼方へ消えていく。ルークはそれを見届けると他のジャマトのように黒い粒子を撒きながら浮き上がった。その下をタイクーンは駆けだすのに目もくれず。

 

 抉れた森の先に黒く開いたクレーター。その中央に火を上げる固まりが見えた。もう両手が吹き飛び原形を留めていないが、辛うじてMSの胴体であることは解った。タイクーンはそばまで駆け寄ると、片膝をついて手を胸に添え胸部ハッチを開けた。

 スレッタはコックピットをよじ登り手に、ギンペンに飛び移る。スーツ越しに焼けるような痛みに苦悶しながらも、破損したコックピットの隙間から覗き込んだ。

 

「エルゴさん、早く出て!」

「────っしょ…おぉ…」

 

 見えたエルゴの容体は酷いモノだ。割れたヘルメットからは血が溢れ、外に零れ落ちていく。流れた先には無数の破片に貫かれた体が、何より胸から下がひしゃげて見えない。刺さる死臭、焼ける口の中にスレッタの心は決壊した。

 

「なんで、なんで…こんなの…」

「う…え…」

「どうしよ…手当…いや出さなきゃ…でもこんな────」

「うる…………せぇ!」

 

 震えるうわごとを止めたのは、しわがれた一喝。震える瞳孔はもう何も写していないだろう、だが血塊をあふれさせた口は構わず言葉を紡いでいく。

 

「ビービー泣きわめいてん…じゃねぇよ、他所者がぁ……いつも、いつも澄ました面してMS乗り回して…アレが無きゃこんなもんかよ」

「…」

「だったらよぉ…俺だって、良い思いしたくなっても良いじゃねぇかよ…なんでお前ら、がぁ────グフッ、カハッァ!」

「エルゴさん!」

 

 咳き込むエルゴにスレッタは手を伸ばす。隙間から伸ばされた手にエルゴは片手をあげる。だが二人の手は重なることなく、エルゴは弱々しく語りかけた。

 

「俺だってなぁ…もっと、マシな場所に…メリッサ…あ…ッ」

 

<MISSION FAILED>

 

 赤黒いノイズが目の前を埋め、ギンペン────エルゴ・ぺルダは消滅した。残されたスレッタの体は重力に惹かれ地面に激突する。

 

 痛い、打ち付けられた体が、心が、今目の前で消えた命が。叫んだ、止められない、止めたらどうにかなってしまう。倒れたまま拳を叩きつける、足をばたつかせる。胸の奥が空になるまで、続いていくのだろう。

 だがどれだけ泣いても、エルゴの最期の言葉が頭から離れない。彼の願いは知らないのに、彼の妻の名前だけが頭の中に反響し続けて消えない。木霊する言葉が一向にスレッタの涙を止めなかった。

 

 やがて叫び過ぎたのか、枯れた喉が喉を絞める。途切れた息に咳き込むと体から力が抜け、大の字に横たわったまま啜り続ける。びちょ濡れの彼女を覗き込んだのは、一人の男だった。

 

「またそこで怯えている気か、妖精ちゃん」

「キ、ッネさん…」

 

 気が付くとキツネのMS────ガンダム・ギーツがこちらを見下ろすように立っている。ギーツの影とバイザーでエースの表情は見えない、けれど声だけはスッと耳に入って来た。

 

「戦わなきゃ…何も勝ち取れはしないぞ」

「無理ですよ…あんな風に、死ぬかもしれないのに…何で…戦えるの?」

 

 殺されるリスクを背負ってでも闘うことなんてできない。これはゲームじゃない、負けたら電源を切って立ち上げ直すなど都合のいいことはできない。忠告通り、命を懸けているのだから。

 だというのにエルゴも、他の参加者も、目の前の男も「だからどうした」と言わんばかりに戦っている。誰かが死ぬだけでこうまでも苦しくて仕方がないのに。

 

 なのに疑問への回答はシンプルで。

 

「それだけの願いがある。命をかけてでも叶えたい願いが……ここにいる全員にな」

 

 願い。

 たった1枚の紙に書きだされた、各々の願望。スレッタがひねり出した欲望でもある。

 けれど命を懸けてまで叶えたいかと言われれば、違うと答える、答えられてしまう。けれど他の参加者たちは違うのだろう。命を懸ける、ここでしか叶えられないから戦う。そう考えると猛烈な後ろめたさと、ちょっとだけの敬意がジワリと。

 

「だから勝ち残るしかない…ここじゃ逃げれば一つはないぞ」

 

 二人の間に影が差す。見上げると細身の悪魔が腕を組んでこちらを見下ろしている。見つかった、エースは手を差しのべ、スレッタも手を握り引き上げてもらった。

 

「キツ…エースさんにも…あるんですか?」

 

 スレッタの問いに、エースは親指と中指、薬指を合わせた。まるで狐の頭のように。

 

「世界平和…今の爺さんみたいな人が出ないような世界…そう言って、お前は信じるか?」

 

 そう言ってエースは今度こそコックピットへ入って行った。スレッタも慌ててコックピットに潜り込む。登場を確認した機体はツインアイを点灯させ、立ち上がると武器を手に取る。全システム、異常なし。

 

<ARMED WATER>

<READY FIGHT.>

 

「おい自分の」

「…………あ」

 

 しまった、流れで別の機体に乗っちゃった。どうしよう、でも乗り換える暇がない。舌を噛むなよ、とエースはスラスターを吹かして前進した。

 ギーツはタイクーンの片膝に足を乗せると、顔とその先へ駆けあがる。倒れるタイクーンに見向きもせず、ギーツは飛翔すると、手にした放水機“レイズウォーター”を叩きつけた。

 

「踏まれたッ、タイクゥーーーン!」

「二刀流か…だけどな」

 

 レイズウォーターと競り合う漆黒の二刀。だがギーツはそれを掴むと、ルークの腹を蹴り飛ばして頭上を取る。見上げるルークと見下ろすギーツ、逆転した視線の間に放水口を差し込んだ。

 溢れ出す濁り水を顔面に受け、大きく仰け反る。ギーツはそのまま体を倒して地上へ降りると、レイズウォーターを地面にあてがい、周囲の水を吸い上げた。

 着地したルークは剣を振り上げ、振り下ろし、周囲を威嚇する。勇ましさを感じさせた顔面は泥水で濡れいかにも前後不覚を思わせる。故にルークは警戒をさらに強め、自分に迫る機体反応を察知した。右後ろから一機、距離20。袈裟懸け────

 

「ここからが俺のハイライトだ」

 

 刀は空回り、背中に衝撃が走る。背後に爪を伸ばしても、今度は腹に数撃。距離を取ろうと飛び上がっても、足を掴まれる。そして腕への放水、肘関節集中放水を受け得物が離れた。

 落ちる黒刀を拾い上げ、ルークに振り下ろす。反射的に上げられた足を切り落とし、追撃に泥を打ち込む。地面に転がりながらも立ち上がり刀を構えるルークへの追撃は止まらない。奪い取った斬撃と合間を縫う泥に動きを封じられ後退の果て、遂に片足を沼にとられ動きが停まった。

 

 ルークの胸に剣が突き立てられる。走る衝撃、溢れる光、切っ先はわずかながら届かず、黒い粒子の障壁に阻まれる。故にギーツは剣を放し、両足で突き込んだ。

 

「雨だれ石を穿つ…昔からな」

 

 倒れ込む姿にそう言い放つエースへ警告音が鳴る。僅かに機体をよじらせると、立っていた場所に何かが通り過ぎた。見ると全身を赤く迸らせたルークが顔面のカバーを外して握りつぶしている。隠されていたモノアイが爛々と輝くさまは、憤怒を伝えているようだ。

 まずい、動きが見えなかったことから先ほどより性能が上がっている。実力を隠していたか枷を外したのか、どちらにしろこの装備では無理がある。クソ、と毒ついた時だった。

 

「エースさん、コレ!」

 

 エースにしがみ付いていたスレッタが赤いバックルを差し出す。グイグイとあごに当たるそれをおずおずと受け取りながら、

 

「いいのか?」

「赤いソレがあれば、勝てるんですよね!?」

「じゃあ…遠慮なく!」

 

 エースは赤いバックル────ブーストバックルをベルトに挿すと、ハンドルを回した。

 

 

<DUAL ON.>

 

 

 バインダーから爪をせり出したルークジャマトは残像を残しながら突っ込んでくる。ギーツの跳躍は間に合わず両足を屠られるが、瞬間パージ。宙へ放り出された機体に、深紅の流星が合流した。

 

 

<BOOST><ARMED WATER>

<READY FIGHT.>

 

 

 両脚の推進器を吹かし、つま先からビーム刃が伸びる。放たれたローキックは刀で受け、胸から抜いたもう一振りで押し返される。着地したギーツは加速、すかさずハイキックを打ち込んだ。

 双角を焼き払われたルークは胸から粒子を零して懐に飛び込む。切っ先を軸足へ差し入れればハンデは埋まるはずだ。

 

 

<REVOLVE ON.>

 

 

 狙った関節部は外れ、剣が空回る。肉体から自由の身になった2本のブーストレッグはぐるりとルークの背を切り裂き、更に残ったもう片方の足をバインダーごと削ぎ落した。

 反転する胴体、地面に突き刺さった腕に太ももを接続し脚部に変形。一息に踏み込んで加速すれば、宙を舞うブーストレッグに二の腕を刺してルークをビームで挟み込んだ。

 

「さぁ!開幕早々、盛大に打ち上げだっ!」

 

 

<BOOST TIME!>

 

 

 リミッター解除。両腕(ブーストアーム)から炎が噴き上がり、ビームソードの出力がさらに増す。高熱の奔流から弾かれるように飛び出したルークは、腕の無い胴を展開、先ほどの一撃を放つ気だ。

 無くした四肢から粒子が吹き荒れ、焼き切れた傷跡を風化させていく。腰が崩壊し、最早首なし砲門だけに変わり果てながら放たれる最期の一射。迎え撃つのは両腕に要塞さえ切り裂く大出力ビームソードを構えた1機のガンダム。

 

 

<BOOST WATER GRAND VICTORY.>

 

 

 破邪の正拳が火球に刺さる。全スラスターが青い炎を噴きながらギーツを押し上げ、火球の先に残った鉄体を打ち砕いた。

 残された胸部もビームの奔流に晒され、跡形もなく消滅していく。推進剤を使い果たしたギーツは自重に則り落下、白煙吹き上げる機体は颯爽と現れたサブフライトシステム“ブーストライカ―”に着地し、地上へ緩やかに降りて行った。

 

 

MISSION CLEAR.(討伐完了)

 

 

「終わった…」

「大丈夫か?」

 

 床にへたり込んだスレッタに声を掛ける。戦闘中しがみ付かれていたとはいえ、かなりの高軌道戦闘やリボルヴオンまで敢行した。かなり負荷がかかっているはずだ。特に精神面で。

 メットのバイザーを上げたエースはしばらくスレッタを見ていると、何を思い至ったのかとびきり明るい声で話し始めた。

 

「いやはや危なかった危なかった~…調子の良い話をすれば、ブーストを渡してくれると思ったよ~」

「え?…」

 

 反応したスレッタは信じられないという目でこちらを見てくる。コンソールに縋りながら立ち上がるとエースに詰め寄った。

 

「え、えじゃあ、世界平和?とか誰も傷つかない世界とか…嘘だったんですか!?」

「ああ、知らないのか?」

 

 エースは思いっきり頬を裂きながら、また手で狐を作った。

 

「キツネは化かす生き物…昔から相場は決まってる」

「そんなぁ…」

 

 にやにやと笑うエースを見てがっくり膝をつくスレッタ。そこから口を開こうしたエース、次の瞬間スレッタは彼の腰にとび突いた。

 

「じゃあ返してくださいよ!」

「え?」

「嘘はダメです!お母さんに教わらなかったんですか!」

「あ、おいおい、今触ると…」

 

 エースの制止も聞かずにベルトからブーストバックルを取り外そうとするスレッタ。するとブーストバックルはプスプスと音をさせながら白煙を吐き始めた。

 

「「あ」」

 

 そうなったらもう遅い。ブーストバックルは独りでにベルトから飛び出し、コックピット中を飛び回り始めた。何が起きたのか理解できないスレッタ、呆ける顔にブーストバックルが直撃し床に転倒した。

 

「ふぎゃん!」

「言わんこっちゃない…ブーストタイムしたからな。熱暴走でポンだ」

 

 呆れたエースはブーストバックルを躱しながらコックピットを開ける。数度の反射の後にコックピットから出て行ったブーストバックル、後に残った飛行機雲を見上げながらスレッタは地団太を踏んだ。

 

「うぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」

 

 その姿に苦笑する化け狐に目もくれず、しばらくそこでむくれることになる。

 

 

GAME RESULT:
・生存者:6名(ギーツ、バッファ、タイクーン、ナーゴ、ダパーン、メリー)
・退場者:1名死亡(ギンペン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE:ASTICASSIA SCHOOL OF TECHNOLOGY

 

「勝敗はモビルスーツの性能のみで決まらず。」

 

「操縦者の技のみで決まらず。」

 

「「ただ、結果のみが真実」」

 

 アスティカシア高等専門学園戦術試験区域。衛星上での戦闘を想定された、無数のクレーターの一つで。

 無数のMSに囲まれた1機のMS。全身を青に近い藍色に染め、角ばった装甲を揺らす。三本しかないマニュピレータで弾倉を込めたMSは半球状の頭部に彫り込まれた単眼を輝かせながら銃を構える。

 

「そう────最後に勝つのは俺だ」

 

 宣誓を誓うデミトレーナーのパイロット、その経歴を見た決闘委員シャディク・ゼネリはカラカラと笑った。

 

「レディー…ファイト、なんてね…いや世間狭すぎない?」

「何言ってんだこの人…」

「気にしないで~」

 

 嫌味好きな後輩に引かれるのさえ気にせず、シャディクは男の名を指でなぞった。

 

 ────KP099 コンサルティングファーム『スター・オブ・ザ・スターズ・オブ・ザ・スターズ』代表取締役 ウキヨ=エース。




DGPルール2
最後まで勝ち残った者は、理想の世界を叶えられる。ただし 何事にも例外はある。


次回、『邂逅Ⅱ:ゾンビサバイバル』
お楽しみに。
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