ウマ娘になったが走る気はない   作:玄武 水滉

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逃げるウマ娘、差せない私

 

 

 

 

「もう、スペちゃんったら」

「あはは……」

 

 ここは私の父親が営むカフェ。現在昼を回っておやつ時。ここには基本的には人のお客様多いが、偶にウマ娘のお客様も訪れる。

 そして私を呼んでは色々話して帰っていくのだが、もしかして同じウマ娘だから悩みとか解決出来ると思っているのだろうか。良くレースとか交友関係とかの相談をされるのだが全く私では参考にならないだろう。頑張ってや応援してるよなどの言葉をかけるのが関の山だ。そして私を呼んだウマ娘達は若干顔を赤くして帰っていくのだ。怒っているのだろう。そして別な日にまた訪れて私を呼ぶのだ。そしてまた顔を赤くてのループである。私が何かしたのだろうか。

 

 今、目の前にいる少女も私を呼び、そして愚痴を吐いているのだ。

 近くのトレセン学園の制服に身を包んだサイレンススズカという少女。私にとっては良くテレビで見るウマ娘だぐらいの認識でしかないが、彼女は凄いウマ娘らしい。きっと速いのだろう。

 そんな件の彼女は先程から「スペちゃん、スペちゃん」と繰り返し、深い溜息を吐いている。

 

「それでスペちゃんったらお腹が減ったからとか言うんです」

「レースする上で食べて体作りというのは大事なのでは?」

「限度がありますから……」

 

 遠い目の彼女は、私が焼いたふんわりとしたパンケーキを食べ、その表情をとろんと溶かした。

 

「美味しい……」

「まだ練習中ですけどね」

「でも良かったんですか? 代金はいらないなんて」

「試作品ですから。お代はいただけません」

 

 よしよし、出来は悪くない様だ。それでもまだ店に出すには甘い。舌の肥えたお客様なら、きっとダメだししてくるだろう。そもそもこれでお金を取るのだ。中途半端なものは出せない。

 ぴこぴこ動くサイレンススズカさんの耳を見ながら、他のお客様のコーヒーを淹れる。ゆったりとした時間が流れていく。

 

「……それでスペちゃんを止めるにはどうすればいいですか?」

「もしかして私に聞いてます?」

 

 そんな事私に聞かれても困る。私にわかることはその『スペちゃん』がスペシャルウィークという名前のウマ娘であり、良くテレビで見る程度の事だ。後はサイレンススズカさんと仲が良い事ぐらいだろうか。

 話を聞くに彼女は暴飲暴食を重ね、太っては痩せるを繰り返しているらしい。体型を維持出来た事に越した事はないが、別に痩せるのならばそれで良いのではないだろうか。

 

「それが、丁度お出かけする日とかの前日に限っていっぱい食べて……」

「いっぱい食べて?」

「服が入らなくなっちゃうんです……」

「あぁ……」

 

 いやいや、体型が変わるほど食べるなんて……と思うかもしれないが、ウマ娘の腹は文字通り膨れる。それこそ妊婦の様にしながらラーメンを食べるオグリキャップなどを偶に見かける。あれほど膨らんでしまえば服は入るものも入らない。

 ただ、前日に食べて、当日に服が入らないってどんだけ食べたのだろうか。星でも飲み込んだのではないか? 

 

「そしたら食べない様に止めてあげるしかないのでは?」

「やっぱりそうするしか……」

「というかもうそれは本人の問題ですから」

 

 ウェイトレスにコーヒーを運ぶ様に指示をする。

 笑顔を浮かべて了承した子を見送り、汚れたサイフォンを他の子に洗ってもらう事にした。

「私が止めるしかないのね……」と諦めた様に呟くサイレンススズカさんだが、そもそも私には何も出来ない。強いて言えばサイレンススズカさんが困っていますと当の本人に伝えるだけ。

 

「すみません、こんな愚痴言ってしまって……」

「構いませんよ。淡々と仕事するのが当たり前かもしれませんが、お客様とのコミュニケーションも仕事の一環ですから」

 

 のんびりとした時間が流れる。

 備え付けのテレビでは、日本の何処かで行われているレースが映っており、あ、丁度レースが終わった。実況解説の声が細やかに流れ、とあるウマ娘の勝利が伝えられた。

 最初から逃げていたウマ娘の子が勝った。愚痴りながらもその様子をチラチラと見ていたサイレンススズカさん。

 サイレンススズカさんも逃げウマ娘である事ぐらいは私でも知っている。何せ彼女はこの店でも大人気のウマ娘だ。彼女が走る時は決まって店に人が多い。今日はお客様として来たので別に多くはないが。

 

「そういえば、サンさんは昔はどんな風に走っていたのですか?」

「昔……いえ、実は私、走った事ないんです」

「えぇっ!?」

 

 口から出た大声に彼女自身も驚いたのか、周りのお客様にぺこぺこと謝っている。ウマ娘が走った事ないというのはそれほど驚くものなのだ。

 ただ私にとっては走る事など別に好きではない。こうしてコーヒーを淹れている方が好きだ。

 

「中等部とか、高等部の時は何を?」

「まず、中等部にはいましたが、高等部には行ってません。中等部では本を読んでましたね。変わり者だとよく言われました」

 

 そこで何かサイレンススズカさんと認識の違いが生じている事に気がついた。

 昔は走った事ない。では中等部や高等部は? この質問から察するに、もしかして私もっと年上だと思われている? 

 心外な。ちょっと背が高いだけなのに。後髪が長いぐらい。

 

「もしかして私、大人だと思われてます?」

「えっ? 大人じゃないんですか?」

「いえ、まだ学校に通っていれば高等部ですね」

 

 口をぽかんと開けたサイレンススズカさんだが、当の私はちょっぴり悲しかったりする。良く言えば大人びた。悪く言えば年増である。

 本当はぴちぴちのJKなのにな……もっとウェイトレスみたいに可愛い格好するべきか? いや、私には似合わないだろう。エプロンぐらいがお似合いだ。

 

「そうなんですね……同級生……」

「えぇ。もしかして他のウマ娘のお客様もそう思っていたりします?」

 

 そういうと静かにこくんと頷いた。おい、常連の何人かも頷いてるぞ。

 溢れそうになる涙を抑えつつ、私はそこでとある提案をする事にした。

 

「そうだ、呼び捨てで会話してみませんか?」

「呼び捨て?」

「はい、折角、同年代なのですから友達感覚で気軽に呼んでいただけたらなと」

 

 そう、私たちは同年代。ならば呼び捨てで話すのも問題なし。これで年上感を消そうという作戦である。

 そうすると私はスズカと呼ぶべきか? さんつける必要ないしな。サイレンススズカと呼び捨てだと長いし、寧ろ距離が空いた感じがする。よし、早速呼んでみるか。

 

「スズカ」

「っ! な、なんで……すか?」

「呼び捨てになってないよ、スズカ」

 

 はわわわわと顔が少しずつ染まっていく。まだ、呼び捨ては早かっただろうか。

 口をもにょもにょしながら、意を決した様に口を開くスズカ。

 

「サン……ちゃん」

「なぁに?」

 

 彼女の呼び声ににっこりと笑顔を返すと、彼女の頭がぼふんと音を立てて爆発……した様な感じがした。

 そしてあわあわと慌てた瞬間、立ち上がって口を開いた。

 

「お、お代は置いておきます──!!!」

 

 その後カバンから凄まじい速度で財布を取り出し、お金を置いたスズカは一目散に店から飛び出してしまった。恐るべし大逃げウマ娘。

 というかなんで逃げたのだろう……やっぱ呼び捨てはまだ早かったかな。失敗した。

 お金の量も多いし、お釣りは返さないといけない。次に店に来るまで忘れないでとっておこう。

 

 常連組は「これがサイレンススズカの逃げ……か」とか「サンちゃん逃げられちゃったねぇ」とか。うるさいうるさい、私もこんなつもりじゃなかったんだ。

 

 テレビには先ほどとは別なレースの映像が流れていた。

 あっ、今、逃げてたウマ娘が差された。私もそうするべきだったのかもしれない。

 少しばかりの後悔と共に、時間は流れる。そして逃げウマ娘は差してきたウマ娘に抱き締められていた。健闘を讃える様に。次こそはと、テレビの中の彼女が呟いた様な気がした。

 

 

 

 

 

 





サンセットシー:今回の主犯。見事に逃げられた。顔が良くて笑顔が良くてすらっとしてて。それでなんで鈍感なんだよ。気付けよ。いずれはフジキセキも堕とす。

サイレンススズカ:一着。屈託のない笑顔からの大逃げを成功させた。

スペちゃん:痩せない。


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