犬、猫、ニワトリと共に音楽の都「ブレーメン」へたどり着いたロバ。
彼ら四匹はブレーメンにて音楽隊として名を上げ、幸せに暮らして行くと思われたが──────

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ブレーメンの音楽隊 その後

 震える舌を伸ばし濁った水たまりを舐める。喉奥が狭まり、酸っぱい涙が溢れてくる。

 酒場の前に放り捨てられたパンに顔を近づけ────いや、これは虫の沸いてる割合が多すぎる。食えない。

 

 心底から憔悴して鼻を鳴らす。びっこを引いて路地裏へゆき、座り込む。

 

「────」

 

 目を閉じる。腹が減りすぎて中々眠れないが、それでも貝のように固く目を閉じる。現実を少しでも見ずにいたい。

 

「────────」

 

 表通りで奏でられた音楽が鼓膜を刺す。

 

 かつては大好きだった音楽、しかし今やどうしようもない感情────楽しそうな人たちへの妬みとか、落ちぶれた自分への情けなさとか─────をグチャグチャに掻き立てる起爆剤でしかない。

 

「──────────」

 

 ほんの少しまぶたを開け、空を見る。腹立たしい程に晴れた空。『ロバ』がブレーメンの街に来たときと寸分たがわぬ青い空。

 

 ロバは過去を思い返す。

 

 

 ────物心ついた時から穀物の袋を運んで、老いて、だんだん動けなくなって。

 最後の賭けにと住処を飛び出し、犬、猫、ニワトリと共に音楽の都『ブレーメン』へと向かい、そしてたどり着いた。

 

 たどり着いたブレーメンにて、ロバ達はすぐさま名を馳せた。皆、類まれなる音楽の才能を持っていたのだ────ロバ以外は。

 哀愁と力強さを兼ね揃えた犬の歌声。軽やかでハリのある猫の演奏。朝日の様に晴々としたニワトリの踊り。そして……凡庸なロバ。

 ロバは密かに劣等感を抱きながらも、しかし仲間として受け入れられ、表面上は楽しく音楽隊として生活していた。

 

 ────その生活が崩壊したのは一年前のことだ。

 昔ブレーメンに行く途中でだまくらかした盗賊達に、押し入られた。

 

 犬はノドを切り取られ、ネコは四肢を千切られ、ニワトリは足をモガれて生きたまま焼かれた。

 ─────死ぬまでの短い間、三匹はひどく怯えた目でロバを見ていた。それを不思議とよく覚えている。

 何故かロバだけはただ縛られ、三匹の末路を見させられていた。醜く口角を上げた、盗賊達と共に。

 

 ニワトリが焼け、犬とネコの血が全部抜けきった頃、ロバは開放された。

 それからというもの、凡庸なロバだけになってしまった音楽隊は当然落ちぶれ、今に至る。

 

「────」

 

 ────ロバは目を閉じながら過去を思い返し、そうしてる内に寝てしまった。

 

 

 

§

 

 

 

『……ロバさん…………ロバさん!』

 

 夢の中で声が聞こえる。なぜここが夢か解るのかと言えば、普段感じるササクレのような倦怠感が無いからだ。

 

 声の聞こえた方にロバが顔を向けるとハエがいた。大ぶりの、脂ぎったハエ。

 嫌悪感をたまらなく刺激する見た目。聖母マリア様でも、このハエを見れば微かに眉をひそめるだろう。

 

「……なんだい? ボクは早くカラッポの眠りに戻りたいんだ、夢なんて見せないでおくれよ」

 

「そんなこと言わないで下さいよぉ、ロバさん。私はね、とびっきり良い話を持ってきたんですよ。

 義理も情もさほどない私ですがね、それでもロバさんにはとことん感謝してるんだ。なにせ私はロバさんのクソから産まれ、ロバさんの背中で育ち、ロバさんの餌桶で死んだんですから。

 つまりロバさんは私の第二の親と言っても……いや、親は父と母がいるんですから、第三の親でしたね。でも私の父親は酷く厳しいハエで──────」

 

 金属のこすれるような声でハエはまくし立てる。どうやら、ハエはたくさん喋りさえすれば面白くなれると思っているようだ。

 そんなハエにロバは苛立ち、床をヒヅメで擦りながら話を遮った。

 

「前置きは良いから『良い話』とやらの内容を聞かせておくれよ」

 

「ああ、そうですね! 時間は値千金と言いますし。まあ私、千金がどれくらいかなんて知りませんが。なにせハエ界隈じゃ通貨なんてありませんからね。

 ハエ同士の取引は物々交換、これキホンですよ。ちなみに─────」

 

「本題は?」

「……良い話、というのはつまり、ロバさんに音楽の才能を開花させる方法についての話でしてね──────」

 

 

 

§

 

 

 

 酷い夢から覚めた後、ロバはハエの言っていた『才能を開花させる方法』を実践しようとしていた。

 

「─────」

 

 ネコが愛用していたバイオリンとそのケース。いくら困窮しても売れなかったソレ。

 そのケースをそっと開ける。中に収められているのはバイオリン────そしてネコの四肢、ニワトリの足、犬のノド。

 

 死体の殆どは盗賊に持ち去られ、このカケラ達だけが残された。このカケラ分だけでも弔おうとしたが、いかんせん弔う為の金がなかった。

 

「─────────」

 

 ハエの話曰く、親しい友人の優れた部分を喰えば、その才能を自分の物にできるのだそう。

 友を食らうなど余りにも冒涜的であるし、それに今更音楽の才能を手に入れてどうするのかという問題もある。

 

「───────────────────」

 

 だが……だがそれでも、ケースの中に入った友の死体から目が離せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 震える舌を伸ばし干からびた肉を舐める。旨い、身震いするほどに旨い。口内がヨダレで満ちる。

 たまらずかぶり付く。罪悪感で喉が詰まり、涙が溢れる。それでも食うのを止められない。

 次の肉に顔を近づけ────沸いているウジごと豪快に咀嚼する。歓喜と共に。

 訳も解らず涙を流し、心臓の奥で渦巻くナニカを吐き出しながら、最後の肉を一口で食べきった。

 

「────」

 

 

 体が熱い。

 バイオリンを弾きたい。歌いたくてしょうがない。踊りたくてたまらない。

 

 体が酷く熱い。

 二本足で立ち上がり表通りに飛び出る。皆がボクを見る。ボクはペコリと頭を下げる。

 

 熱い熱い熱い。

 がむしゃらにバイオリンを弾く。一生懸命に喉を震わせ歌う。アラビアの踊り子のように激しく踊る。

 

 

 

§

 

 

 

「────────」

 

 ふと気がつくと、ロバは割れんばかりの喝采に囲まれていた。4匹で音楽隊をやっていた頃より大きな喝采に。

 

 ロバはしばし呆然とし────そして、喝采の対象が自分であることに気がついた。

 

「────」

 

 ハエの話が本当であったこと、そして自分が音楽の才能を手に入れた事を、ロバは理解する。

 ジワジワと湧き上がる歓喜に笑みを────ふと、水たまりに反射したロバ自身の顔が見えた。

 ─────醜く吊り上がった口角、仲間を殺した盗賊と同じ表情。暗い優越感に満ちた笑み。

 

「──────」

 

 ロバは気づいた。『そういえば、仲間が殺された時も……ボクは同じ笑みを浮かべていたな』と。

 

 ──────多分、自分が思う以上に仲間への劣等感が堆積していたのだろう。

 自分よりずっと優れた仲間が無様に死ぬのに、たまらない歓びを感じていたのだろう。

 きっと盗賊はそれに気づいていて、どうしようもなく浅ましいボクにシンパシーを抱いたのだ。だから殺されなかった─────

 

「────ハハ、アハハハッ!」

 

 自分の本性に気づいたロバは清々しく笑う────生まれて初めて、自分が自分になれたような気がした。

 

「ご拝聴ありがとうございます! 本日最後の曲、どうぞお聞き下さい。

 "私"がかつて所属していた音楽隊……ある日突然盗賊に殺され、私だけ生き残ってしまった『悲劇』の曲。

        『ブレーメンの音楽隊 その後』                   」

 


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