六月のパン食い競争【水上中心】   作:たきたて

1 / 6
・敏志、教頭に怒られる
・おつかいを頼みたい水上 vs 絶対に断りたい隠岐
・容赦なくツッコむ影浦
※金的注意、時期的に隠岐の年齢が16歳
※各章のあらすじ&登場キャラはこちら
※このシリーズがどんな感じか知りたいという方へ
本文サンプルとして『先輩の電話にはもう出んと決めた』~『3-Cの中心で、愛をさけぶ』がオススメです。


第1話 金的から始まるパン抗争

漆間、襲来

 

 12時50分、水上敏志は猛スピードで廊下を歩いていた。あくまで"廊下を走らない体"を装っているのは、ここが学校であり、彼が三門市立第一高校の一生徒にすぎないからだ。ボーダー隊員の肩書はいまは通用しない。廊下を走っても怒られないのは有事の時だけだろう──などと考えつつ、1階最奥の購買部をめざす。これは4時間目の授業が終わったあとの日課であり、彼は日々の昼食をここで調達している。

 

 ガラガラ、ダンッ。

 

 勢いよく戸を開け放つと、思いのほか大きな音が響いた。室内には20名ほど先客がおり、その目が一斉に水上の方を向く。「すんません」と小声でわびつつ猫背気味に入室すると、さっそく中央のガラスケースを注視する。

 ターゲットは上側に置いてあるのが常だが、左右どちら寄りに置いてあるかは日によって変わる。背の高さを生かして索敵さくてきしていると、上から2段目の右端に「春巻きパン」のネームプレートが見えた。同時に、その奥に狐色の立方体があることも確認する。

 

(──あった)

 

 だいぶ出遅れたがなんとか間に合ったらしい。水上は安堵あんどした。だが勝負はまだ決まっていない。パンを確保するまでが戦いなのだ。すぐさま頭を切り替え、人と人の間をって前進する。

 本校の購買部は、「まちのパン屋の割には品数が豊富」ともっぱらの評判だ。パンのラインナップも日によって微妙に違うものだから、何を選ぶかじっくり吟味ぎんみする者も多い。ゆえに教室に入った順番はさほど重視されず、注文した者勝ちなのがこの店のルールだった。

 最前列につくとちょうど店員と目が合った。水上が地元のノリそのままに「お姉さん」と声をかけた、次の瞬間。

 

「いっだあ"あ"あ"~!!!!」

 

 気がつくと水上は床の上をのたうち回っていた。何がなんだか分からないが、下半身に切り裂くような痛みが走っている。まさか陳列棚が破裂したわけではあるまいが、今しがた、何か硬いものにものすごい勢いで突き上げられたのだ。

 平穏な昼さがりの購買に突如おとずれた緊張。"あの"ボーダー隊員の水上さんが、急に大声を出して倒れ込み、ウンウンうなっている。汗だくで口をパクパクさせている様は、さながら釣ったばかりの魚のよう。とても苦しそうだが、誰もその場を動くことができない。何せこの状況に適したふるまいが分からない。なんとも言いがたい、この重苦しい空気を払拭するすべが見当たらない。

 

 あるいは、この町のヒーローならなんとかしてくれるかもしれない。お客さまの中に、ボーダー隊員の方はいらっしゃいませんか──? 思わずパン屋が問おうとした、その時。

 

「春巻きパンおなしゃす。あとたまごパン」

 

 たんたんとした声が室内に響き渡る。

 

「えっ……ああ、はい。ありがとうございます」

 

 己の本分を思い出した店員は、おもむろにパンを取り出すと、小銭と引き換えに声の主に手渡した。

 

(っ……漆間……!)

 

 1ミリも現在の状況に関心を向けていないこの男こそが、おのれの惨状さんじょうを招いた張本人であると水上は理解した。

 漆間はおつりに間違いがないか確かめると、スラックスのポケットに勢いよく手をつっこんだ。くるりと振りむき歩きだそうとしたところで、初めて水上の存在を認識する。

 

「……?」

 

 ボーダーの同僚が転がっている状況が飲み込めず、漆間はごく自然に首をかしげた。首から上にかけて、鈍い痛みがじんわりと広がっていく。手元のパンと水上とを交互に見つめた漆間は、眉をひそめて「ご愁傷様、デス……」とつぶやいた。

 

(「ご」で始まるもっとふさわしい言葉があるやろ……!!)

 

 漆間の言葉はあくまでポーズであって、本心でないことは明白だった。悪態をつこうにも水上の傷はいまだえず、なんとか発した「う……」の一文字が単なるうめき声として処理されたのも仕方なかった。精一杯のにらみもむなしく、漆間はその場を立ち去った。

 事態は再び膠着こうちゃく状態におちいった。やっぱりボーダー隊員を募るしかないの……? パン屋が決断しあぐねていると、

 

「水上、大丈夫か!?」

 

 松葉色の髪の青年が、部屋に入るなり水上に駆け寄った。次いでソフトモヒカンの大男が険しい顔で入ってくる。「ボーダー隊員の村上さんと穂刈さんだ……!」と誰かがささやいた。

 

「起き上がれるか、水上」

「頭は打ってないか?」

 

 2人は水上の健康状態を確認したあと人数分の昼食を確保、ぐったりした様子の彼に肩を貸しつつ購買を後にした。この間わずか2分弱、おどろきの手際の良さである。

 

(さすがボーダー隊員、救命救急なんてお茶の子さいさいなんだ……!!)

 

 天使だ、神だ、英雄だ──その場にいた全員が2人の勇姿をたたえた。この一連の事件はのちに『水上危機一髪』と命名され、一部のボーダーファンの間で語り草になる。余談だが、教室に戻った水上の髪からは異様な量の蒸気がはなたれており、3人を迎えた影浦は思わず「蒸しブロッコリー……」とこぼしたのであった。

 

 

 あらかた昼食をとり終えた隊員たちは、3年C組の教室で楽しいおしゃべりに興じていた──ただ1人を除いては。机に突っ伏す水上を指さし、影浦が問う。

 

「で、なんでこのブロッコリーはしなびてんだ?」

「……奇襲を受けたんだ水上は」

 

 穂刈の発言に、水上は思わず上体を起こした。

 

「なんやポカリ、見とったん!?」

 

 その、驚いたような焦ったような瞳に照準を合わせると、穂刈の脳裏に先刻の光景がよみがえってきた──。

 

 実は穂刈は一部始終を目撃していた。彼が購買に現着すると、ちょうど戦利品片手に帰還する生徒集団とはち合わせた。こういう場合は出る側に道をゆずるのがベターである。窓際に後ずさると、教室から10人ほどの生徒たちが、ぞろぞろのんびりとダベりながら歩いてくる。

 人波のすきまから首をふりふり中の様子をうかがうと、穂刈の目が最前列でしゃがみこむ男の姿をとらえた。──漆間だ。どうやら小銭を落としたらしい。つるつるの床と格闘するその様を、たまたま目に入ったからという理由でぼんやりと眺めていた。そんなわけで、後輩ガンナーに迫り来るわさわさ頭の気配に、これっぽっちも気づかなかったのである。

 「あっ」と思った時にはもう遅い。水上の人より長い股下に、小柄な漆間の頭がジャストフィット──もとい、ジャストミートしたのである。

 

 いま思えば、すぐに教室に入れば良かったのかもしれない。あの時、あの場所で、あの惨状さんじょうを打開できるのは穂刈しかいなかった。彼自身それを重々承知していたが、実際そうはならなかった。その腹筋はとうに限界を迎えていたのである。

 

 漆間が平然とパンを注文し始めたのが決定打となり、穂刈は笑い転げた。むろん教室にもれ聞こえないようこっそりと、内からあふれる笑いの大波を、気合いで押し込め笑った。鼻をふくらませ、それはもう盛大に心の中で笑いまくった。オレも床を転げ回ってたんだあの時──なんて、本人には絶対に言えないが。

 その後の「ご愁傷様、デス……」が穂刈にさらなる追い打ちをかけた。とはいえ漆間が購買を脱出し、こちらにやってくるのは時間の問題である。少し冷静さを取り戻すと、息も絶え絶えになんとか立ち上がった。さすがはボーダー隊員、緊急時の切り替えはお手の物である。

 

 漆間は、見覚えのある大男が背をまるめ小刻みに震える様をばっちり見た上でスルー。そのまま廊下の曲がり角へと消えていく。数瞬すうしゅんの後、その角から入れかわるように村上が現れた。穂刈はなんとか平静をよそおい水上の救助に参加、そしていまに至る──事件のあらましと穂刈の事情は、おおよそこのようなものであった。

 

「う~わあ~……アレ見られてたとかマジか。めっちゃ、ハズいやん……」

 

 水上は目を細め、きまりが悪そうにガシガシと頭をかいた。そのいささか大げさな動作からは復調の兆しが読み取れ、村上は内心ホッとする。

 全てを知る者がいる以上、もはや取りつくろう必要はない。どうにでもなれの精神で、水上はぽつぽつと話し始めた──。

 

 

「つまり漆間のヤローに金的されてしおれてたってワケか、おめーは!」

 

 ケラケラと笑う影浦に、「あんまし傷口えぐらんといてやカゲぇ」と水上。「痛そうだったなあれは……」と穂刈がもらせば、「『デッドボ~~~ル』とか言うてくれたら良かったやーん」と本音半分、冗談半分の策が返ってくる。

 

「悪いな助けてやれなくて。シンクロしちまったんだ、あれが」

 

 穂刈は神妙な面持ちで己の下半身を見つめた。

 影浦と水上と村上は、無言で顔を見合わせるとすぐさま彼に熱い視線を送った。「自分も金的されたように感じられ、身動きが取れなかったのだ」という弁明(※うそ)に、3人とも共感した形である。性格・生い立ち・興味関心……何もかもてんでバラバラな彼らの心が、戦闘外で初めて一つになった瞬間だった。

 

 たとえばランク戦で敵に追いつめられた時。言葉たくみに相手の意識をそらすのは、穂刈の得意分野であった。どうやら水上の信頼を損ねずにすんだらしいと、一人満足する。立て続けに酷使した腹筋を労りなでさすった彼に、「まだ食い足りねーのかおめーは」と問うたのは、お好み焼き屋の次男坊だった。

 

 

 委員会やら日直やら、とにかく近頃せわしない。これといって用事がない日にかぎって押す授業。定刻に終わったかと思えば話したがりの教師に捕まるパターンもある。たとえば今日がそうだ。落語の知識など披露しなければよかったと、水上はおおいに反省した。

 通常昼休みの楽しみとしてカウントされるはずのおしゃべりも、ことパン争奪戦においては足かせにしかならない。一瞬の遅れが敗北に直結してしまうのだ。

 そんなこんなで水上は、かれこれ1週間春巻きパンにありつけていない。もう我慢の限界だ、今日こそはと廊下を走った──走ったところで教頭に捕獲された。

 

(いっつもこのへん先生なんておらんのに。ついてへんわ……)

 

 空腹は時に人を狂わせる。先週までの"廊下を走らない水上くん"はどこへ行ったのか。反省する気なんてサラッサラないが、表面上は笑みをうかべ、お叱りを頂戴する水上である。教頭は「理由くらいは聞いてやる」というスタンスだったため、一発カマしてみることにする。

 

「先生、この前のオリンピック見ました? 俺、競歩選手目指そー思て」

「一体いつの話をしてるんだおまえは?」

 

 時は2013年の6月。昨年の催事を言いわけに使うのは苦しいし、ネタの鮮度も落ちるというものだ。あきれた様子の教頭に、真面目な顔をつくりうつむいて見せた。反省してます、との意思表示である。とはいえ。

 

「競歩練習おおいに結構。……でもな水上、屋外でやるべきだとは思わないか?」

 

 この男は案外ノリがいいのであった。

 許しを得たと解釈した水上は、顔を上げるなりビクッと体をふるわせた。教頭の背後、廊下の角からニュッと突き出た黒髪の生首と目が合ったのだ。さながらホラー映画だが、相手が分かればなんてことはない。あの妖怪はここ数日間、水上の頭の大部分を──それも悪い意味で占領している後輩に違いなかった。

 

「うーわ。廊下走って怒られるとか……小学生かよ」

 

 聞かせるつもりで言ったのか独り言をこぼしただけなのか。漆間の真意は定かではないが、その揶揄やゆは水上の耳にはっきりくっきりと届いたのだった。

 

「コラ水上、聞いてるのか!?」

 あからさまに顔をゆがめた水上を教頭がとがめた。

 

(ええ~、この距離で聞こえんことある……?)

 

 水上は目を見張った。後ろにもっと指導すべきやつがおりますって先生!と念を込めつつ、必死の形相でアイコンタクトを送る。だが、その百面相はかえって「心ここにあらずか? うん?」との言葉を引き出し、無情にもお説教タイムは延長されてしまう。もちろん漆間の姿はいつの間にか消えていて、またしても水上はしてやられたのであった。

 

 その後も愛しの君のために足しげく購買へかよったが、逢瀬はことごとく失敗に終わった。悔しいかな、時折すれちがう漆間の手には高確率で春巻きパン(とたまごパン)が握られており、それがまた水上をイラつかせた。そもそもパンの購入は早いもの勝ちである。そんな当たり前の認識もサッパリ消えうせ、とにもかくにも、漆間にパンをかすめ取られているという考えが頭から離れない。

 

 そして数日後、決定的な出来事が起こる──。

 

 

 陳列棚にならぶ春巻きパンを見つめながら、漆間は悩んでいた。

 

(最近このパンばっか食ってるし、他のやつ買うか? でもこれ、揚げ物だから腹がふくれてコスパいいんだよな)

 

 二択の間でゆれていたのだ。ふところ事情に関係なく日々節約がモットーの彼は、今日も真剣に、他の生徒などおかまいなしに、最前列を陣取りじっくりと品定めをしていた。にわかに、聞きなれた関西弁と倒置法の応酬が聞こえてくる。

 

(穂刈さんと水上……さんか)

 

 オレンジ頭の方は特に声がでけえんだよな……などと思いつつ、自然と声の主の顔がうかんでくる。その流れで先日水上と接触したことが頭をよぎり、皮肉にも春巻きパンをえらぶ後押しをしてしまう。会計をすませると同時に購買の戸が開いた。

 

 水上は戸を開けた勢いのまま「春巻きパン……!」とこぼした。そのわりと大きめの声に、漆間ふくめ室内の視線が全集中する。くしくもカウンターでは春巻きパンの受け渡しが行われており、それがいたく水上の心にダメージを与えた。

 

「ごめんね、いま売り切れちゃったのよ」

 

 日々春巻きパンを求める水上の顔を、店員は覚えていた。その言葉が先ほどできたばかりの傷口をぐりぐりとえぐる。水上は思った。ああ、やさしさが人を傷つけることってあるんや──。

 

「一足遅かったな」

 

 穂刈のフォローも、いまの水上には届かない。

 漆間はしわくちゃのビニール袋に戦利品をつめ込むと、指にひっかけプラプラと揺らしながら、2人の方へとやってくる。穂刈を驚かせたことには、すれ違いざまに「お先っす」とあいさつしてきたのだ。あの、漆間が。その顔には、いかにも「作ってま~す」といった感じのぎこちない笑みが浮かんでいる。

 穂刈はこの出来事を驚きとして処理したが、水上はそうもいかなかった。後輩の態度をあきらかな挑発ととらえたのである。この時この瞬間をもって、水上は漆間を敵と認定した。穂刈が2人分の「おう」を返したことにも気づかず、頭の中ではすでに今後の算段を考え始めている。

 

 かくして、漆間の預かり知らぬうちに、三門第一購買部・梅雨のパン競争は開幕したのであった──。

 

 

先輩の電話にはもう出んと決めた※本文サンプル

 

 水上は電話帳からターゲットの名前を早々に探し出すと、スマートフォンの通話ボタンを押した。

 

『……隠岐です。ごめんなさい、いま電話に出られません。御用のある方は、ピーっと発信音が鳴った後に』

「そういう茶番はええから」

『あれれ、バレてもうた』

「まず着信7回で留守電につながるのがおかしい。普通6回とか8回とか、キリのいい数字に設定するやろ」

『たしかに』

 

 のっけからボケてきた後輩に、手慣れた様子でしゃきしゃきとツッコんでいく。

 留守電につながるタイミングは人によってまちまちで、気づいたら電話代が発生していることもざらだ。通話する際、自然とコール音を数えるのがくせになった。無料通話アプリの使用がメインになったいまも、このくせは水上の中に残っているのだった。

 

「うっすら里見と佐伯の声も聞こえとるしな」

『あらら』

 

 たしかに視線の先には草壁隊のガンナーとオールラウンダーがいて、「二宮さんってホントにすごいんだよ!」だの「かっけえ……!」だの、大いに盛り上がっている。ここから優に50mは離れているのだが、よく通る声がせまい廊下に反響して話が丸聞こえだ。隠岐はつきあたりの戸をあけ外に出ると、小体育館へと続く屋根付き通路をペタペタと歩いた。

 

「そんで最後やけど……このアプリに留守電機能はついとらん」

『ほ、ほんまや……!』

「"これらの証拠が全てを物語ってるぜ……隠岐さん、アンタがうそをついているってな!"」

『み、水田一少年~!』

 

 これは某探偵ドラマを模した即興劇であって、水上の口調は主人公のそれをマネたものだ。先日、隊のみんなで全シリーズをイッキ見した影響が色濃くのこっていた。

 

『クッ、うわさ通りの名推理やな。おれの負けです、降参や……』

「ふん、詰めがあまいヤツ……青臭くてかなわんわ」

『事件解決、一見落着。真実は~……』

「『いつも一つ!!』」

 

 しれっと小学生探偵もまざったが、ツッコむ者は誰もいない。

 

『いや~、綺麗にせりふ決まりましたねえ』

「ホンマに」

『大団円ということで、ほなさいなら……』

「待たんかい」

 

 流れるように会話を切り上げようとした隠岐だが、そうは問屋が卸さない。

 

「隠岐くんに、頼みがあるんやけど」

『すみません、その日予定入ってますわ。残念やなあ』

「まだ何も言うとらんやろ」

『え~、だって……』

 

 先輩の電話とどうでもいい頼み事って、ワンセットですやん。そんな文句がノドまで出かかる。そもそも2人は同じチームの隊員同士、毎日のように顔を合わせる仲だ。今日に関しては防衛任務で放課後会うことも確定している。用事があるならその時に言えばいい。いまこの時間に連絡をよこす理由なんて、あるはずがないのだ。

 

 ナゾの「隠岐くん」呼びも気味のわるさに拍車をかけていた。これはもう、間違いなく厄介事にまきこまれる予感がする。絶対逃げなあかんでと、本能が告げている。

 だから最初は呼びだしを無視した。隠岐孝二16歳、渾身こんしんの抵抗である。しぶとく4回目がかかってきたので悩んだすえ電話をとった。とったはいいが絶対に本題に入ってほしくなかったので、初っ端からガラにもなくボケ倒し、適当な態度に終始した。

 

 用件を聞くとやっぱり面倒だった。購買に行くこと自体は大したことではない。引き受けてもどうでもいいのだけれど、それは絶対にしなくてはならないことなのか、というのが正直な感想だ。極論、昼飯なんてなんでもいい。大切なのは友人とおしゃべりをしたり、ぼんやりと空をながめたり、堂々と居眠りをしたりすることであって──平穏にすごすのが正しい昼休みのあり方だと、隠岐は思う。

 

 第一、水上は食にこだわる男ではない。後輩づかいが荒いタイプでもない。戦闘中は仕切りに徹するが、日頃はむやみに先輩ぶったりしない方である。何より、彼自身が"年長を盾にして偉ぶるヤカラ"を毛嫌いしているはずだった。それがどうして、後輩にパンのおつかいを頼むことになるのだろう。

 

『海に頼めばええですやん。先輩命令とか、そういうの気にせんタイプでしょ海は』

「頼んだ上で言ってんねん」

 

 そう、水上はとっくに南沢にパンの購入を頼んでいた。なんなら『お先っす事件』の翌日には頼んでいた。元より購買の常連だった彼は、「任せてくださいっ」と元気に快諾してくれた。

 ところがである。「頼まれたやつなかったんで!」とお出しされたのは、クリームたっぷりデザート系菓子パンの数々だった。いわく、「なんや最近疲れがたまってて」と電話口でこぼした先輩を思いやってのチョイスだという。

 なんという心づかい、なんという優しさか。願わくば、その気遣いがもう少しだけ"昼飯にふさわしい物を選ぶ"方向に寄ってくれたなら──。頼んだ手前礼だけ伝えたが、その日の午後は胃がもたれて仕方なかった。

 

 翌日。代案をしめさなかった俺がわるいと反省し、「春巻きパンなかったら、からい系のパンうてきてや」とクギを刺す。

 例によって春巻きパンは売りきれで、代わりにお出しされた『海厳選☆すぺっしゃるセレクト』の内訳は、ななんと驚きのカツサンド×3。「おすすめって書いてあったんで!」と得意げな後輩に、水上はやっぱり何も言うことができない。

 とはいえ食事を粗末にするのは親の教えに反するし、何よりお好み焼き屋の看板息子がだまってはいないだろう。激辛パンを買ってこなかっただけマシと思うことにし、必死で完食する。結局、2日連続でちがう種類の胃もたれを味わうことになったのであった。

 

 ある意味"おいしい"エピソードの数々を披露され、

 

「おれ、会う人会う人に『水上先輩にパシられてます~』って言うてまうかも」

 

 と、最後の悪あがきをしてみせた。基本物わかりのいい隠岐がねばるのは断りと同義であったが、『ええからええから。頼むで隠岐』と容赦ようしゃなく通話は切られてしまう。

 

「……これ絶対に面倒なやつやん」

 

 ハアとついたため息は、しとしとと降りしきる雨にとけて消えた。

 

 

3‐Cの中心で、愛をさけぶ※本文サンプル

 

 楽しい楽しい昼休み。最近の影浦とは縁遠いフレーズである。3年C組の教室で、影浦と水上はたがいの机を挟み、向かい合わせに座っていた。

 

 影浦は不機嫌だった。まず、目の前の男が死んだ顔でメシを食うのが気に入らない。そのくせ「そのパンうまくねえのか」と問えば、「いや、うまいで。まずこの卵のゆで加減がちょうどええ……」を皮切りに、それはそれは丁寧な食レポが返ってくる。旬の食材・店主のこだわり等々、初耳情報とともにお届けされるそれは、時に情熱的であり時に理論的でもある。能面からくり出される感想の数々に、影浦は日々食欲をかきたてられるばかり。今朝などは久々に親の弁当をことわったぐらいだ。

 

 問題はこの後だ。たまごパンを食べ終えた水上は一言、

 

「はあ……春巻きパンが食いたい」

「食やいーだろ」

 

 違うパンを食しては春巻きパンへの愛をさけぶ。毎日がこの有様なのだ。

 

「チッ、毎日毎日おんなじことばっか言いやがって……いいかげん聞き飽きたっつーの。仕方ねえだろーが。購買は早いもんがちなんだ、諦めろ」

「ちゃうねんカゲ、今日は"あえて"買わんかったんや……」

「ア"?」

 

 さかのぼること10分前。水上は購買でまたしても漆間に出くわした。彼は水上の顔を見るなり「あっ春巻きパンすか? ドーゾドーゾ」とすすめてきたのだ。

 

「そのまま買っちまえばよかったじゃねーか」

「いや、今日ばかりは買うわけにいかんかった。あいつに譲られるとかなんかこう……負けた気がするやん?」

「はっ倒すぞ」

 

 影浦のにらみもおかまいなしに、水上は手元にある茶色い紙袋を開いてみせた。中には先ほどまで彼が食べていたのと同じパンが、3つ転がっている。春巻きパンが食べられない仕返しに、漆間の好物を目の前で買いしめてやったのだという。影浦は絶句した。

 

(自分でチャンスをぶっ壊したあげく、堂々と嫌がらせしただあ? マジかよ、正気じゃねえ……)

 

 別に漆間に同情したわけではない。級友のあまりのセコさに言葉を失ったのだ。コイツは本当にあの生駒隊の司令塔なのか。春巻きパンに固執するあまり、どこかおかしくなっているのではないか。影浦の心は、うっとおしさと心配との狭間でゆれにゆれていた。

 ほどなくしてうっとおしさに軍配が上がる。目の前の相手を八つ裂きにしたい衝動にかられたが、あいにく今は生身だ。トリオン体とおなじ感覚で手を出すわけにはいかない。普段だったらとっくにブン殴っていてもおかしくない状況だが、影浦には強く出れない事情があった。まさに今日、水上に内緒で春巻きパンを食べていたのだ。

 

 たしかにあれはうまかった。座布団に似た形のパンで、全体が破裂寸前のモチのようにふくらんでいるのが特徴的だ。封を開けると揚げもの特有の香ばしさが鼻をくすぐる。一口噛めばパリっと粋な音がして、サクサクの皮の中からしっとりとしたパンが顔をのぞかせる。さらに食べ進めると具に行き当たる。たけのこ、人参等の具材に、さっぱりとしたタレが絡んでうまい。ひき肉が入っていてコクもある。ボリュームがあり食べごたえも抜群だ。水上が執着するのも分からんではない、というのが素直な感想だ。

 

 なぜ水上を出し抜いたのか。理由は簡単だ。すぐそばで毎日のように呪文をとなえられ、興味がわいた。

 今日は水上が委員会仕事なのをいいことに、村上を購買に向かわせた。「本当に大丈夫か、水上に悪くないか」としきりに気にする彼に、半分パンをわけ共犯に仕立てあげた。教室に戻ってもなお村上が落ち着かない様子だったため、北添のいるB組に避難させた。

 そんなわけで、若干の負い目と2人分の罪を背負って、影浦はいまここにいる。思うところは多少──否、かなりあるものの、殴りたい衝動をおさえつつ、なんとか愚痴ぐち聞きをしているのであった。

 

 水上は本日3つ目のたまごパンをほおばりボヤいた。

 

「そもそも、なんでアイツが俺より早くパン買いに行けんねん」

 

 本校のクラス配置は、1年生が3階、2年生が2階、3年生が1階という具合だ。基本的には3階にいるはずの漆間が、1階の自分より先に購買につくのはおかしい。もっと言うなら、昼休みの用事をはさんでなお、明らかに行き合う回数が多いのが謎。それが水上の主張だった。

 

「知るか。行動パターンが一緒なんだろ」

「うへぇ……やめてくれや、アイツとおんなじとか」

 

 水上はげんなりとした顔でブンブン手を振った。

 もう一つくらい嫌味を言っても良かったが、後始末の面倒くささを考え影浦は口をつぐむ。パンの件を抜きにしても、この男には日ごろから世話になっているという自覚がある。穂刈や村上ともども、勉強面や性格面でフォローしてくれているのだ。

 だから多少イラついたとしても、力まかせに押さえつけることはしない。いまのところ対話する姿勢をとってはいるものの、己がキレちらかす未来もそう遠くない気がしている。天を仰ぎつつ、穂刈と村上の帰還をいまかいまかと待ちわびるのであった。

 

 

自業自得

 

 なんというか、これはさすがに、ばちが当たったのかもしれない──。

 

 水上にとって神様といえば、幼き頃はプレゼントをねだる口実だった。あるいは八百万やおよろずの神。そこら中ありとあらゆる所にいるけれど、決してその姿は見えない、おとぎ話的存在。最近では、「腹痛の時の一時的なり所」ぐらいの認識であった。そんな彼がばち当たりなどと考えているのだから異常事態だ。

 隠岐におつかいを頼んで早1週間。水上が廊下を歩いていると、どこからともなく視線が刺さる。最初は気のせいかと思ったが、今しがた聞こえてしまったのだ。

 

「水上くんって、後輩パシってるらしいよ……」

 

 つまるところ、後輩の影響力を甘くみていた。口ではああ言ったものの、

 

「第一高校のみんな~、おれいま水上先輩にパシられてま~す」

 

 なんて、隠岐が言うわけがなかった。ただ途中で会った王子や北添に、「水上先輩におつかい頼まれましてん」と逐一説明しただけだ。体育終わりの彼がたまったま汗だくでなんとなく息も荒かったために、その様子を目撃した一般生徒が「隠岐くんかわいそう」と勘違いするのも無理はなかった。ボーダー・関西弁・人当たりがいい・おでん好き──4拍子そろった隠岐は、学内では有名人だった。

 

 隠岐より早くおつかい業を始めた南沢も、購買や廊下で顔見知りに出くわすたびに「水上先輩に頼まれたんだ!!」と大声で宣伝してまわっていた。

 

 水上は2人に先払いで多めの金を渡していた。だが事情を知らない者からすれば、パンを受けとるだけ受けとって金を渡さないヤバいやつと映る。後輩のボケに軽く頭をはたいた。これも、うわさの上では暴力をふるったことになっていた。「後輩におごらせている」「手を出している」などというあらぬうわさは、その内容のキャッチーさから、またたく間に校内に広まっていったのだった。

 

 さらにツイていないことには、先ほど影浦を怒らせてしまった。いつものように春巻きパンへの愛を語っていると、「これでも食っとけ」と弁当の春巻きを差し出された。水上は力説した。春巻きパンと春巻きは全然違う、それはメロンパンとメロンを比べるようなもので、全くの別物なのだと。しあげに、「も~、分かってねーなあカゲ☆」とウインクしながら仁礼のモノマネを披露した。教室をつまみ出された。

 そんなわけで、100%自業自得のうわさ話を背に浴びながら、水上はとぼとぼと廊下を歩いている。

 

「うーん。結構自信あったんやけど……そんなに似てへんかった?」

 

 1人反省会の末、ポーズが悪かったのかもしれないと思い至る。ほおに裏ピースをそえたり、両こぶしをかわいくアゴにあててみたりした。ああでもないこうでもないとダメだししては、次々と仁礼っぽいポーズをとっていく。芸の道は一日にして成らず、水上は復習の鬼なのだ。

 問題はこれが公衆の面前で──階段のおどり場に座りこんで行われているということだ。異様な光景を目撃した者はみな「見てはいけないものを見てしまった……」と青ざめるが、当人はこれっぽっちも気づかない。その時、勇者が現れた。

 

「楽しそうだね、みずかみんぐ」

 

 こんな呼び方をするやつは世界に1人しかいない。顔を上げれば王子が立っていた。影浦を怒らせたと正直に打ち明けたところ大笑いされた。「行く場所がないならおいでよ」と誘われるままに、ブロッコリーは図書室へと出荷されたのであった。

 

 

 




()内のキャラ:地の文のみ登場or出番少なめ
※より右のキャラ:本当に一瞬だけ登場する
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『漆間、襲来』 水上・漆間(影浦&穂刈&村上、モブ教頭)
・金的から始まるパン抗争
・穂刈は見た!
・敏志、教頭に怒られる
水上は漆間から金的をくらったあげく、好物の春巻きパンを目の前で買われてしまう。その日を境に急にパンが買えなくなった水上は、ある出来事から漆間を敵視するようになり──?

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※本文サンプル
『先輩の電話にはもう出んと決めた』 水上・隠岐(海、※里見&佐伯)
・おつかいを頼みたい水上 vs 絶対に断りたい隠岐
・先輩思いの海
水上と隠岐がわちゃわちゃ電話する話。地の文で登場する海がチャーミング。

『3-Cの中心で、愛をさけぶ』 水上・影浦
・容赦なくツッコむ影浦
影浦が水上のグチ聞きをする話。春巻きパンが買えないと文句をこぼす水上に、影浦はまいっていた。いまにもブン殴ってしまいそうだが、影浦には強く出れない事情があって──?
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『自業自得』 水上(隠岐、※海・影浦)
・後輩をこき使ってるとうわさされる水上
隠岐におつかいを頼んで早1週間。水上の知らぬ間に妙なうわさがたっており──?
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【次回予告】
次回は誘導尋問する王子と誘導尋問される水上、水上と18歳オペ4人のほほえましいやり取り、水上・王子・当真のパン屋紀行をお送りします。よろしくお願いします!
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