六月のパン食い競争【水上中心】   作:たきたて

2 / 6
・誘導尋問する王子、誘導尋問される水上
・水上・王子・当真のパン屋紀行
・当真×宿題=奇跡──?
※各章のあらすじ&登場キャラはこちら

※捏造多数:水上の過去・漆間のボーダー内での扱い・ボーダー隊員と弁当・水上や王子や当真の家族関係・かげうらの移転時期(推測)など
※キャラ同士の呼び方の捏造
※(当真の宿題できるかな?)は読み飛ばしても大丈夫な作りになっています。
個人的にはらしさ全開で好きな話ですが、時間のない方は飛ばしてください。


第2話 敵わない男たち

図書室にて

 

「みずかみんぐ、本を借りる予定はあるかい?」

「いや、今日はええわ」

「じゃあ明かりは1つでいいね」

 

 パチッ。王子が入ってすぐの所にある照明スイッチを押せば、入り口と受付テーブルをつなぐ通路が照らされた。

 スイッチ脇の壁にはA4ポスターが張られている。蛍光イエローのギザギザしたフキダシが、紙面いっぱいに広がっており印象的だ。中央には1円玉サイズの文字が密集し、『節電しよう!』とひかえめに訴えている。パソコン初心者が作ったと思われるそのアンバランスさに、水上はこっそりほほえんだ。

 

「昼休みなのに誰もおらんのやな」

 

 開けたばかりの図書室に人がいないのは、当然といえば当然だ。だが、どの学校にも熱心な読書家はいるもので。委員よりさきに到着して開室を待つ常連たちのすがたが、本校でもよく見られる。もっともそれは、通常時であればの話だが──。

 

「最近はもっぱら開店休業さ。みんな委員会活動でいそがしいみたいだ」

「あー……5月はいろいろあったからなあ」

 

 水上は無言で大机からイスを拝借し、受付カウンターの前に移動させた。王子もまた無言でカーテンを開ける。図書室は完全な静寂につつまれた。2人はいま、同じ人物を思い浮かべている。

 

 鳩原未来。彼女が隊務規定違反でボーダーをクビになったと知ったのは、先月上旬のことだ。彼女はそんなことをする人ではないだとか、遠征メンバーから外されショックを受けたのだろうとか、そういう諸々の感情や推測をぬきにしても不可思議な点がある。

 彼女が"転校"した直後、全隊員を対象にさりげない聞きとり調査が行われたのだ。彼女は違反者とはいえすでに組織を辞めた人間だ。過去の素行調査をいまさら行う必要があるのだろうか。時折、校内で風間・二宮・忍田らのすがたも目撃された。加えて二宮隊のB級降格、一定期間の活動自粛もあった。

 学校でも目に見えて変化があった。5月中の教師陣のそわそわした様子、どことなく疲弊した顔は記憶に新しい。さらには、放課後おこなわれるはずだった委員会が軒並みつぶれたのだ。表向きは不審者が出たことになっていたが、市のホームページをさかのぼってもそれらしい情報は見当たらない。彼女の件と無関係には思えなかった。

 単なる違反以上の何かがあるのではないか──これが、彼女を知る隊員たちの共通認識であった。同時に本件の異常性をかんがみて、むやみに詮索しないという不文律もまた、存在しているのだった。

 

 学校行事の穴埋めは異例のかたちで行われた。6月いっぱい昼休みを延長し、5月分の委員会を開催しようというのだ。通常ありえない措置だがあいにく本校はボーダー提携校。対応力が尋常ではなく、時間割をいじるくらいはなんてことないのだった。

 王子は空っぽのブックトラックと壁のあいだを通ってカウンターに入ると、水上のはす向かいにある自席に座った。

 

「きみも忙しくしてるんだろ? 来月頭には生徒会選挙がある」

「よく聞いてくれたわ王子~! め・ちゃ・く・ちゃ・忙しい!!」

 

 水上は選挙管理委員である。選管の任期は4月から7月と短い。年間通してだらだら招集されるよりは、短期間集中して仕事をした方が楽。そんな軽い気持ちでえらんだのが間違いだった。ふたを開けてみれば、6月に入ってからというもの毎日のように招集されている。おかげで春巻きパンを食べられない日々が続いているのだと、水上はため息をついた。

 

「ははあ。それでオッキーやカイくんにパンを買うよう頼んだわけだ」

「……まあな」

 

 急な話題の転換に緊張が走る。おつかいの件は、王子に話したことがなかったはずだ。

 

「大変だね、昼もゆっくり食べられないとなると。そっかそっか、きみも疲れがたまってたんだね──ぼくにシフトを代わってくれって頼むくらいには」

「……」

「ウルティマと何があったんだい?」

「なんで急に漆間の話になんねん?」

「質問に質問で返す、か……。『後ろめたいことがあります』って言ってるようなものだと、ぼくは思うね」

 

 ──だろう? と続けたこの男には、どうあがいても敵わない。

 

「前回、前々回と防衛任務のシフトを変わっただろう? その前は"例の指揮"を変わってくれって頼まれた。3日間の共通点といえば、ウルティマも参加してたってことなんだよね。だから、彼と何かあったのかなって」

 

 漆間隊は1人部隊のため、任務では他のチームが指揮をとることも多い。とはいえ、協調性にとぼしい彼が指示に従うことは滅多にないのだが。

 漆間がB級に昇格してからというもの、"誰が指揮をとるか問題"は常に忍田をなやませた。本人の実力がそれなりにあるため、B級下位と組ませると毎回けんかになる。諏訪は意外と協調性を重視しているし、柿崎・来馬・東・那須らに頼むのははばかられる。弓場や香取にまかせた場合、失うものが大きすぎる。荒船はいつの間にかスナイパーに転向し、特殊部隊だからと一抜けした。A級はもとより漆間を引き受けたがらない。

 最終的に残ったのが、個人的に漆間を面白がっている王子、ネイバー殲滅せんめつ第一で多少の問題には目をつむるスタンスの三輪、戦闘中のアドリブに強い水上の3人だった。防衛任務の際は、おもに彼らの間で漆間の押しつけ合いが行われている。

 

 とはいえ、水上は任務を休んだわけではない。特別編成チームで漆間と顔をあわせたくなくて、本来王子が入る予定だった日と交換してもらっただけだ。漆間の指揮を"ゆずった"際も、きちんと任務には参加している。だが不調でもないのに3連続で交代というのはなかなかイレギュラーな出来事で、王子に不審を抱かせるには十分だった。

 

「まあ確証はなかったけどね。カマをかけたらきみがボロを出してくれたから」

 

 そのいたずらっぽい目からは、逃さないという意思が伝わってくる。

 ああ、降参降参。本物の探偵がここにおったか──水上は腹をくくった。

 

 

「っ……ふ、ふふ……」

「王子、笑うんならちゃんと笑ってくれたほうがマシや」

 

 金的事件が大層ツボにハマったらしい。水上に許しを得た王子は、せきを切ったように笑い出した。「くふふ」だの「あはは」だの、体を大きくひねりながらこまめに笑い方を変えていく。

 黒歴史を白状させられ、あげくのはてには大笑い。自然、水上の中に面白くない気持ちがめばえた。だが自分が逆の立場だったらやはり大笑いしたに違いなく、今日のところは、目の前の図書委員が落ちつくのを静かに見守ることにする。

 

「ハア……笑った笑った」

 

 ここが飲食禁止で良かったよとつぶやき、王子は目尻をぬぐう。ぬれた指先をハンカチで抑えると、にわかにハッとした表情を浮かべ、ゆっくりと顔を上げた。

 

「きみ、午後の天気はどう思う? 今朝の予報だと14時から雨だったけど」

「スマホで調べた方が正確やでー」

「放課後はずせない用事があるんだ。頼むよ、水上博士」

 

 数百グラムの折りたたみ傘とて、小学生的には重たい荷物だ。梅雨時も可能なかぎり身軽でいたい、そんな思いが10年前の水上少年を天気の研究に没頭にさせた。

 毎朝予報を確認しては、メディアごと・サイトごとの的中率をわりだす。テレビのお天気コーナーや新聞のコラムをながめては、知識を吸収する日々をおくった。といっても、ツバメの飛び方やアリの活動具合で雨が予測できるだとか、低い雲は雨の前兆だとか、その程度のことだが。じきに雨の匂いもわかるようになった。

 人よりほんのちょっとアナログ予報が得意なだけ。水上自身そう認識していたが、その"ほんのちょっと"が三門の友人らには刺さるらしい。ことあるごとに予報をせがまれ、ついには博士などという立派な称号もたまわった。まんざらではなかった。

 

「しゃーないな」

 

 高くつくで~とのたまいながら、水上は窓際へ向かう。雨の兆候をしめす雲は出ていないし、空色もまあ、くもってはいるが降らなさそうだ。窓から顔をだし地面を観察してみても、アリの群れは確認できない。知識がどうとかでなくもはや勘だが、今日の予報はハズレだろうと思った。

 

「まあ降らないんちゃう? 知らんけど」

「きみがそう言うってことは安心だね」

 

 思った以上に買われているらしい。日ごろ効率を重視しがちな水上だが、こうしてお天気占いに興じるのもわるくはない──そう、心から思う。

 

 顔を上げると中庭に見知った顔ぶれがいた。同級生のオペ4人組だ。国近はいち早く水上の存在を確認すると、前をあるく加賀美の肩をつついた。加賀美はふり返るなり、両手をLの字に変形させツインスナイプをかましてきた。水上はすかさずしゃがみ込み、窓際の小さな本棚に身をかくす。そうっと頭を出して外の様子をうかがえば、加賀美の意識はもうこちらに向いていないらしい。ネイバー……ではなく大型怪獣を演じる国近と交戦中だった。一連のやり取りをみた今と人見が、顔を見合わせ笑った。去り際に手をふってきた4人に、水上も手をふり返す。

 

 彼女らの進行方向にはピロティがあり、通路わきの真っ赤な自動販売機が存在感をはなっている。側面には嵐山隊のスナイパーがでかでかとプリントされており、こちらに向かってウインクをしている。なんともいえない気持ちになったが、いまはそんなことはどうでもいい。そのかたわらに、地べたもお構いなしにあぐらをかく小柄な男を発見した。やはりというかなんというか、漆間だった。イヤホンをつけ、何やら紙とにらめっこするその様を見つめていると、にわかに遠くで声がする。

 

 ──学校の子たちとも仲ようせなあかんで、敏志。

 

 その声をきっかけに、水上の中を記憶の切れ端がかけめぐる。

 将棋に熱中したこと、将棋以外に興味がわかなかったこと。同級生がわずらわしかったこと、彼らと距離をとっていたこと。学校の帰り道うつくしい夕焼けを見たこと、将棋仲間にその光景を説明しようとしたこと。時間が立ち過ぎてうまく伝えられなかったこと、話した後にそれでという顔をされたこと。自分の将来を案じた兄が、叱ってくれたこと──。

 昔のことで細かくは思い出せない。歯がゆく感じる一方で、思い出せないままでいいという気持ちがたしかに存在している。10秒にも満たない思い出のかけらたちが、水上から一切の動きを奪った。

 

 

「……みずかみんぐ?」

 

 素っ頓狂なあだ名が水上を現実に引き戻す。

 

「ああ、わるいわるい。……なんの話やったっけ?」

「シフトを代わったお礼に、きみがごちそうしてくれるって話さ」

「絶対ちゃうやろ」

 

 とはいえ、借りはどこかで返さねばなるまい。こうして水上は、まんまとおごらされるハメになったのであった。

 

 ──はずせない用事って、このことかい!

 

 

店の名は

 

「獲物がかからないなら、こちらから狩りに行こうじゃないか」

 

 放課後、王子の発案で購買運営元のパン屋へおもむくことになった。学校で春巻きパンが買えないなら、店まで行って買えばいい。そういうことである。

 宿題を教わりたいという当真を昇降口で拾い、自転車をこぐこと20分。飲食店街から続く道を一本曲がった先に、その店はある。

 点在するアイボリーの家々に混じってたたずむ、薄茶色の二階建て。店舗兼住宅と思われるそれは、どちらかといえば一般住宅に似たデザインだ。入り口横には『焼きたて』ののぼり旗が立っており、手前の小さなブラックボードにはパンとコーヒーの絵が描いてある。

 

 それにしても、商売をするにはいささか主張が乏しいのではないか。要は地味、それが商いの町で育った水上の感想だった。だが、周囲の建物と調和した淡いレンガの壁を見つめていると、昼に見た女性店員のおだやかな笑顔を思い出す。これはこれであの人らしい店やなと、水上は考え直した。

 1階と2階の境界からは浅緑のテント屋根が突き出している。店の名は、『ベーカリーはすのべ』。

 

「はすのべ……蓮乃辺ってたしか、三門の隣町やんな?」

 

 某テーマパークを思わせる店名と立地の不一致に、水上は疑問を投げかけた。脳内の市街図と照らし合わせれば、ここはギリギリ三門に含まれるはずだ。そばにある電柱のプレートを見ても、やはりそこには三門市の名が刻まれている。

 

「3年前に移転したんだ、蓮乃辺市から」

「あー、そういうこと……」

 

 水上は即座に理解した。移転には、おそらく大規模侵攻が関係しているのだろう。しかし三門に越したとはどういうことなのか。この街を離れる者はいても、その逆は珍しい。それこそボーダー関係者でもなければ──考える間もなく当真が口を開く。

 

「なるほどな~。カゲんちと同じ移転組ってわけか」

「だね」

 

 そういえば、そんな話があったような──。王子の同意を受けて、水上の意識も『お好み焼かげうら』に向かう。『かげうら』は去年の夏に、東三門から現在の場所に移転した。水上が影浦と親しくなったのは同じクラスになった今春からで、当時は夏休みだったこともあり、移転の事実のみを風のうさわで知ったのだ。だから今の今までその事実は水上の中からすっぽり抜け落ちていた。このかん『かげうら』には何度も足を運んでいたが、引っ越しの理由について深く考えたことはなかった。

 

 名店に歴史あり。三門には、『かげうら』や『はすのべ』のような店が他にもたくさんあるのかもしれない。あるいは、あったのかもしれない。かつて三門にあっただろう老舗の現在いまに、静かに思いをめぐらせた。

 

 

 木目調のガラス扉を開けると、ドアベルの涼しい音色が3人を迎えいれた。古今東西、パン屋というのはどこも同じ香りがすると水上は思う。ここも例外ではなく、店いっぱいに広がるあまい小麦の誘惑に心がはずむ。淡いクリーム色のトレーや値札の丸っこい文字には見覚えがあって、ここは確かにあの購買と同じ店なのだという実感がわいた。

 店内には学生や親子連れ、スーツ姿の女性らがいた。女性が出て数分もたたないうちに次の客がやってくる。「わりと人気の店」とは王子の評だ。

 

 残念ながら春巻きパンはここでも売り切れだった。とはいえ、お目当ての品がないからといって何も買わないわけにもいかない。金欠の学生ならいざしらず、日々防衛任務をこなす水上の懐はそれなりに潤っている。季節限定という言葉に惹かれイチジクのパンを買った。会計の際、春巻きパンは「わりと人気のパン」なのだと店主が教えてくれた。それを聞いた水上は、なぜか誇らしげな気持ちになった。

 

 パンを抱えて外に出ようとする2人を王子が引き止める。カウンター横の扉を開けば、奥にはイートインスペースが広がっていた。

 

「お? 店ん中で食べられるなんて珍しいじゃねーの」

 

 店内で飲食できるパン屋というのは、この辺では駅前のチェーン店くらいしかない。

 

「人が集まれる場所をつくりたいらしいんだ。駄菓子屋みたいな店を目指してるって」

「そういうのええなあ。ちょうど机もあってお勉強もできそうやし……なっ当真?」

 

 水上に意地のわるい笑みを向けられた当真は、けれど余裕を崩さない。

 

「へーへー分かってるって。でもよ、先に腹ごしらえくらいしたっていいだろ? 水上センセー」

 

 当真はすぐそこのソファーにどかっと腰を下ろし、「ここでいいだろ?」と形式的に問うた。答えなんて聞かなくてもわかる。別に承諾を得る必要もないのだが、こういう些細なやり取りが案外大事だったりするのだ。歓談場所へのこだわりもソファーへの執着も特にない2人は、「相変わらず判断が早いね」「食べれんならどこでも~」と返し、対面にある木製のイスを引いた。

 

 

 イチジクパンを半分ほど食べた水上が、にわかに口を開いた。

 

「……うまい。生地が噛みごたえある感じやけど、ほどよく甘いからどんどん食べれるわ。多分これイチジクをドライフルーツにしてんねんけど、生で食べた時よりだいぶ酸味が強いわ。大人な味で、背伸びしたい俺らの年頃にはぴったりやな……。たまに大きめに切ったチーズが絡んでくるのもたまらん。これはスーパーのパンコーナーではお目にかかれんやろな……まちのパン屋の強みを感じるわ」

 

「なんだなんだ、急~に食レポしだしたぞ」

 

 突然饒舌じょうぜつに語りだした友人に当真は面食らう。影浦の前でレビューを繰り返すうちに、水上はもはや『はすのべ』のパンを食べると感想を言う体になっていた。

 

「これは意外な特技だね。みずかみんぐは将来いい営業マンになりそうだ」

 

 よく分かんねえ状況だが、まっ流しておくか。当真は焼きそばパンにかじりついた。

 

「しっかしよ~、パンに焼きそばを挟もうって最初に思ったヤツはすげえよなあ。洋食と中華、でいいのか? 元は別の料理だもんな」

「お客さんの発案でできたらしいよ。パンと焼きそばをお店で売ってたら、挟んでほしいって頼まれたとか」

「へえ。なんでも知ってんだな~、王子は」

「テレビで見た内容を話しただけさ」

 

 水上の方を見やると、こちらの話を聞きつつも、もくもくとパンを咀嚼そしゃくしている。彼もこの話には聞き覚えがあると見え、そろいもそろって博識なことだと当真は思う。

 

「汁気がないから挟むのにちょうどいいんだろうね。青のりが気になるから、ぼくはあんまり食べないけど」

「切っても切れねえ関係だからな~、焼きそばと青のりってのは」

 

 ニッと笑った当真の歯には、お約束と言わんばかりに青いものが付いている。肩をふるわせる友人たちをよそに、当真はのんびりと親指の腹で口元をぬぐった。

 

「そうか、汁気があっからラーメンパンってのは見かけねえんだなあ……」

「あ、それ俺も思ったことあるわ。なんで焼きそばパンはあんのに、うどんパンはないんやろって」

 

 ラーメンは当真の、うどんは水上の好物である。

 

「2人とも、"ない"と決めるのは早いかもしれないよ」

 

 いまは多様性の時代だからねと言い、王子はスマートフォンを取り出した。慣れた手つきで画面を操作すれば、30秒もたたないうちに口端が上がる。

 

「ほら、これ」

 

 画面には、"昔ながらのラーメンをそのまま詰めこみました"といった様子のコッペパンが映し出されている。麺の上にはナルトと刻みネギがちょこんと添えられており、どことなく懐かしい風貌だ。続けて画面をスライドすれば、同じく太めのうどんが丸ごと詰められたパンが確認できる。

 

「「マジか」」

 

 水上と当真はそろって驚きの声を上げる。

 王子はスマートフォンをさらにタップすると声を弾ませた。

 

「この辺でもラーメンパンが買えるみたいだ。駅前の三門ストアで期間限定販売だって」

「ええやん。当真、こんど食べに行って感想聞かせてーや」

「んー、どうだろなあ……」

 

 当真はゆっくり伸びをすると、決め顔で答えた。

 

「ラーメンはそのまま食うのが一番うめーからな」

「身も蓋もなっ」

 

 水上が大げさにイスにもたれかかれば、たまらず王子が吹き出した。

 

 

 王子はクロワッサンをちぎってはゆっくりと口に運び、これまたゆっくりと咀嚼そしゃくしている。その仕草を見た水上は、「店だとクロワッサン売ってるんやな」とこぼした。

 

「購買には置いてないのかい?」

「ああ、クロワッサンは売ってへんかった気がするなあ。……てか2人とも昼は弁当やねんな。親と暮らしとるんやから、そらそうか」

「まあね。ボーダーの給料があるし、昼は買うからって断ったこともあるんだけど」

「ボーダーのヤツは案外弁当派が多いかもな。家族と顔合わす時間がねーからよ、基本」

「手作り弁当もコミュニケーションの一環ってところだね」

 

 当真は残りの焼きそばパンを豪快にほお張ると、包む対象を失ったラップをくしゃりと丸めた。

 

「おれもボーダー入ってから割とずっと忙しかったけどよ。最近は特にほら、遠征とか行くだろ? 弁当くらい作らせろって親がな、言うんだよ」

「ぼくも似たようなものかな。昔いろいろあったから……弁当を作りたいって言うなら、それを受け入れるのも親孝行かなって」

 

 素直にとらえれば、弁当づくりは息子を支えたいという気持ちの表れだ。一方で、万が一なにかあった時に──別れが不意におとずれた際に、悔いがないよう弁当を持たせている。そう、受け止めることもできるのではないか。なんてことない親心を思い出作りと捉えるなんて邪推だ。そう思いつつも、頭の中には昼休み同様、二宮隊のスナイパーの顔が浮かんでいる。

 

「それに親の弁当を食べられるのも、高校までだろうからね」

 

 王子の言葉に、当真は無言でうなずき同意の意を示す。ボーダー隊員は年齢のわりに大人びた人間が多い。大規模侵攻の被害者もいることから、風のうわさを耳にすることはあれ、込み入ったことは聞かないのが常だった。そんな中はじめて友人らの事情を垣間見、水上も少しばかり故郷に思いをはせてみる。

 

「あ」

 

 それは無意識に発せられたものだった。自身の声に反応した2人とばっちり目があった水上は、「や、なんでもないねん」と不自然に顔をそらす。だがそんなごまかしが通じるわけもなく、

 

「水上、その顔はよ~」

「何かあるって顔だ」

 

 No.1スナイパーと走れるアタッカーに囲まれては、逃げ場などどこにもない。図書室の時といい、今日は結局あらいざらい白状させられる日なのだ。

 

「いやな、俺むかし将棋やっててんけど……休みの日に出かける時、やたら親が弁当持たせたがってたことを、なんや急に思い出して」

 

 昼くらい好きなモン食いたいわ。土日くらいゆっくりしいや。様々な言葉を駆使しても親の弁当攻撃はやまなかった。いま思えばそれは、王子が言う所の「コミュニケーションの一環」だったのだろう。実際水上は、平日も休日もほとんど家にいることがなかった。

 

「愛だな」

「愛だね」

「うーわー……ハズかし」

 

 水上の顔に熱が集まっていく。自分が躊躇ちゅうちょするような言葉だって、彼らはたやすく口にしてしまう。その違いがおかしくて楽しくて、一緒に戦ったりばかやったりしているわけだが、なんともまあ、くすぐったいものだ。

 在学中に親の弁当を食べる機会はもうなさそうだが、こうして仲間とのんびりパンを食べられるだけでも幸せなのかもしれない。柄にもなく、そんなことを思った。

 

 

(当真の宿題できるかな?)※読み飛ばしOK

 

 当真勇は後悔していた。ドリンクを買って自席に戻ると、熱心に話し込む友人らの姿。流行はやりの油そばを挟むのはどうだとか、ラーメンパンとうどんパンではどちらの原価が安いだとか。なんとも楽しそうに架空の経営話に花を咲かせている。話の腰をおるのは趣味ではないが、今日の課題には己の留年がかかっているのだ。当真は仕方なしに声を掛けた。

 

「お取り込み中わりーな、この英語のプリントなんだけどよ……」

「次のテスト、ぼくの読みでは過去完了が出ると思うな」

「か、加古官僚……?」

 

 高級スーツに身をつつみ、司令の横にひっそりとたたずむ加古の幻がみえる。だがその間違いが正されることはなく、当真が我に返った時、王子は既におしゃべりを再開していた。

 王子からもたらされた情報は、一般生徒からすれば大変ありがたいものなのかもしれない。だがいまの当真に必要なのは、期末テストのヤマ予想ではなく明日提出のプリントの答えなのである。「当真、コレ使い」と水上が電子辞書を放る。

 

「できれば答えを教えてくれるとありがてえんだがな~」

 

 懇願むなしく、2人はいま漆間の話で盛り上がっている。

 

 

 「ちょっと」を使う人間には2種類いる。「ちょっと」が文字通りちょっとで済むタイプと、「ちょっと」の長さが気分次第で無限に延長されるタイプだ。水上は後者のようだった。

 

 ──わるいな当真、ちょっと待っといてや。

 

 言われてからまだ1分しかたっていないが、2人の話が終わる気配は一向にない。いま思えば、あの男が具体的な数字を出さなかった時点であやしむべきだったのだ。

 

 「ちょっと」が終わるのを待つ間、当真はペン回しに興じていた。回数はじきに100の大台に突入する。ボーダーのホームページに「特技:ペン回し」と追加してもいいかもしれない──などと、ちょっとばかり現実逃避してみる。

 手元には課題の束。頼みのつなのこんセンセーは、本日は防衛任務だ。だからこうしてパン屋に同行したわけだが、水上の「ちょっと」が済むまであと20分はかかるだろう。

 

(あ~……こりゃ水上センセーはアテになんねーな。自分で進めるしかねえか?)

 

 当真だってできることなら課題なんぞしたくはない。けれども先日教師に言われてしまったのだ。このままだと卒業が危ういぞ、と。

 ボーダーの仕事は公欠扱いされるから出席日数は問題ないにしても、単純に成績が悪すぎる。鳩原の調査で隊員が不足がちだった5月に任務を入れすぎた。これも授業の理解をはばむ一因だった。

 結果、6月に入ってから他の生徒の何倍も厚いプリントを渡されるようになった。これを提出すれば、テストが悪くてもまあなんとかしてくれるらしい。

 

 ──あんたの成績が悪くたってどうでもいい。今更どうこうしようとも思わないし。けどね、ボーダーの活動に支障をきたすな。

 

 ──給料もらってる以上、決められた仕事はやりな。学校の事情を持ち込むんじゃないよ。

 

 エトセトラ、エトセトラ。真木理佐サマから頂戴したお叱りの数々を、反芻はんすうする。今日は夜から防衛任務で、このプリント類の提出は明日。つまりは、いま少しでも進める必要がある。間違っても隊室で宿題を広げるわけにはいかない。当真はシャーペンをノックして芯を出すと、おおよそ750日ぶりに電子辞書を開いた。

 

 

 当真勇は現代っ子である。勉強はからっきしでも、キーボードの入力くらいならできるのだ。持ち前の勘の良さもあり、ほぼ初めてあつかう未知の機器を難なく操作していく。ややあって、

 

(お? プリント全部うまっちまったぞ)

 

 英語だって結局は言語なわけで、一語一語ていねいに調べればなんとなく訳せるものなのだ。ひそかに達成感を噛みしめていると、王子から声がかかる。

 

「お待たせトーマくん。そろそろ始めようか」

 

 当真勇の読みは正確だ。電子辞書の時計を見れば、ちょうど20分たっていた。

 

「で、英語のプリントからやったっけ?」

 

 一瞬、2人にこの快挙を伝えようかという思いが頭をかすめた。5秒かけてたっぷり思案した当真は、

 

「いや、今日は数学を頼むわ。この公式なんだけどよ……」

 

 課題はまだ山積みなのだ。へたに自分でやったと言えば、今後助けが見込めなくなる可能性もある。今日の出来事は、自分の胸にだけしまっておくことにしよう。

 当真勇・入学以来初の快挙は、正答率に着目した教師によって暴かれ、明日職員室をざわめかすことになるのだが──それはまた別の話。

 

 

 




()内のキャラ:地の文のみ登場or出番少なめ
※より右のキャラ:本当に一瞬だけ登場する
----------------------------------------------
『図書室にて』 水上・王子(※加賀美&国近&今&人見)
王子と水上が、図書室でたわいもない会話をする話。
ちらっと登場する18歳組オペ4人と水上のやり取りがカワイイ。
----------------------------------------------
『店の名は』 水上・王子・当真
・パン屋紀行。和気あいあいな3人。
----------------------------------------------
(当真の宿題できるかな?) 当真(※王子&水上)
・宿題に取り組む当真に奇跡が起きる──?
※読み飛ばしOK
----------------------------------------------
【次回予告】
次回はそれぞれの謝罪、不良から後輩たちを助ける水上をお送りします。よろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。