六月のパン食い競争【水上中心】   作:たきたて

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※モブ店員一人称視点の章あり(影浦くんの友達)。読み飛ばしOK。
※25巻の巻末情報と齟齬あり:『とつげき!一高購買部』天羽と海の会話
発売前に書いた話のため公式情報と違うかな?という部分があります。書いた当時の内容を大事にしたいと思い修正せずそのままにしてあります。
※各章のあらすじ&登場キャラはこちら


第4話 偶然・唖然・釈然とせん

帰り道

 

 六田は丁寧すぎる礼を散々のべた後、委員会活動があるからと校舎に戻っていった。

 

「ちょっと、なんでついてくるんすか」

「2人しておんなじとこ向かってるんやから当然やろ」

 

 水上も漆間も自転車通学である。2人は競歩のごとく、抜きつ抜かれつしながら駐輪場へと向かっていく。

 

「てか、いつから見てたんすか?」

「普通についさっきやけど。通りがかったらおまえとあの子らがめとってな。様子見とったらなんや暴力沙汰になりそうやったし、さすがに助けんとなーって」

「ホントはもっと早く来れたんじゃないっすか?」

「っとにおまえは……助けてくれてありがとうございますーくらい言えんのかい。こちとらカゲとポカリの名前まで出したっちゅーのに」

 

 虎の威を借るのは水上の好むところではない。とはいえ先ほどは緊急事態であり、後輩たちの安全を確保するために彼らの名前を出したのだった。仮に級友たちに今日の出来事がバレたとして、別にとがめられはしないだろう。それでも、勝手に人様の名前を拝借するというのは気が引けるものなのだ。

 

「……オレのこと殴れって言ってた人に、礼とか言えないっす」

「あんなの冗談やん」

「そう思えなかったから聞いてるんすけど」

「あっ、カラスや」

 

 水上は明らかに不自然な流れで空を見上げた。

 何を言ってもムダだと悟った漆間は、ため息をひとつ。

 

「つーかさっきのアレなんすか? 名刺みてーなの渡してましたけど」

「ああ、あれな」

 

 「ほい」と雑によこされた名刺を、漆間はしげしげと見つめた。表も裏も黒いこの厚紙は、近くで見ればどことなく発色が安っぽい。はさみで裁断されたと思われ、形も綺麗な長方形とはいいがたい。ところどころ端が波打っているし、時たま白い点線が見きれている。

 左上に記載されたマークはボーダーおなじみの立方体──ではなく将棋の駒だ。漆間はこの、どう見てもビジネス向きとは思えない名刺に見おぼえがあった。

 

「これ、情報の授業で作った名刺か……?」

「そ。海からもろーてん」

 

 名刺には「水上敏志」の名がしっかりと印字されていた。

 本校では1年時に情報の授業が行われる。文書作成の導入として名刺を作った際、南沢は遊び心から水上の名前を使ったのだ。教師にバレた頃にはすでに印刷済みで、もったいないからと名刺の持ち帰りを許可された。

 

 水上は人差し指と中指の間にはさんだ名刺をひらひらさせながら、「意外とウケがええんよなあ、この名刺」とこぼした。

 最初こそ「要らんわ」と突き返したものの、試しにクラスメートに配ってみると、意外や意外、大ウケだった。気をよくした水上は、以来ことあるごとに名刺を配りまくった。そのハマりっぷりたるや、つい先日、後輩からせしめたデータを元に名刺の大増刷をおこなったほどである。

 

「漆間クンにも1枚やるわ。それ持って帰り~」

「要らね……」

 

 口ぶりとは裏腹に、漆間は名刺を返さない。連絡先の欄が、どうも気になって仕方がないのだ。メールアドレスのアットマークより右側──すなわちドメインには、ボーダーのそれと同じものが使われている。問題はその前の部分だ。アットマークより左側──すなわちアカウント名の欄には、英語で「アイアムボーダー三門ラブ」と書いてある。

 

「アドレスだっっっっっさ」

「一応言うとくけどソレほんまの連絡先ちゃうからな。海が考えたテキトーアドレスや」

 

 I-am-vordar.MIKADO-love──南沢考案のアドレスはborderボーダーのつづりが間違っており、文法的にも足りないところがある。たぶんやつは勉強が苦手なのだろうと、漆間はぼんやり思った。

 

 

 そうこうしながら駐輪場に着けば、サイクルポートからあぶれた数台の自転車が通路をふさぎ、行く手をはばんでいた。ふと手前の自転車を見やれば、後輪に薄紙がはさまっている。

 紙にはポニーテールの女の子の似顔絵が描かれており、フルネームと「清き一票を」の文字がデカデカと配置されている。水上自身これを何枚も校内に張らされた記憶があるからわかる。生徒会選挙の宣伝ポスターに違いなかった。

 それを漆間が拾い上げたので水上はまあまあ驚いた。

 

「へえ、漆間クンもごみ拾いとかするんや」

 

 少々失礼かもしれないが、相手が漆間なのでかまわないだろう。水上が思ったままに感想を述べれば、思わぬ返事が返ってきた。

 

「どーせあとで張り直せって言われるんだから、いま張ってった方が楽だろ」

「……?」

「いやだから、オレもあんたも選挙管理委員なんだから『ポスター張り直せ』って先公に言われますよね? だったらいま張り直した方がよくないっすか?」

 

 いまこいつはなんと言った? オレも、あんたも、選挙管理委員なんだから……?

 

「は? おまえ選挙管理委員なんか!?」

「声うるさっ……」

 

 耳をふさいだ漆間の反応はもっともで、水上はいま、本校に入学して以来一番の大声を上げていた。

 

「『は?』はこっちのせりふっすよ。4月っからおんなじ教室いて、いまさら何言ってんだか……」

 

 自慢でもなんでもなく、水上は自身の記憶力に自信があった。初回に配られた委員会名簿には目を通したはずで、漆間の名前があれば絶対気づくはずなのだが。先日の委員会で顧問が点呼した際の記憶を呼び起こせば、はたと気づく。

 

「おまえ、ヒザマか……?」

「そうそうそれそれ、ヒザマヒザマ」

 

 委員会の時だけ、彼の名は「膝間光(ヒザマコウ)」だった。

 日本の教師は忙しい。プリント類の漢字の誤りなど日常茶飯事だ。「漆間恒」の名前はただでさえややこしく、昔からよく間違われた。間違われすぎて、最近では表記ミスをスルーする域にまで達していた。

 初回の委員会で顧問に「ヒザマくん」と呼ばれた時も、あーまた名前間違われてんな……と思っているうちに話が進んでしまった。苗字と名前を同時に間違われたのは初めてだったが、漆間的にはそれがかえって新鮮で、いつこの教師が誤りに気づくのか試してやろうとどっしり構えていたくらいだ。

 

 委員会に漆間の知り合いがおらず誰もミスに気づかなかっただとか、席は3年生が一番前で1年生が一番後ろだとか。漆間は委員会がはじまるギリギリの時間にやってきて、終われば真っ先に教室を出ていくのがお決まりだとか。あらゆる条件が奇跡的に重なり、水上が漆間の存在を認識しないまま、今日まで来たのである。

 

 いつかの昼に抱いた疑問への、正確な答えがここにある。水上と漆間がやたら購買で顔を合わせるのは、委員会終わりに2人して同じ行き先へ向かっていたから。ただ、それだけのことだった。

 

(え~……そんな大胆に名前まちがうことある……?)

 

 水上は案外とつぜんの出来事に弱い。唖然としつつも心の中でツッコミを入れていると、漆間がおもむろに近づいてきた。

 

「ま、もうすぐ選挙ですし……同じ委員のよしみでよろしく頼みますわ、水上セーンパイ」

 

 不敵な笑みをたずさえ何かを手渡してきた漆間は、器用に放置自転車の間をぬって進むと、あいさつもそこそこにペダルをこぎ出した。その背中が完全に見えなくなった後でゆっくりと視線を落とせば、先ほど見つけた選挙ポスターが手のなかで丸まっている。

 

「は……?」

 

 水上は後輩の逃げ足の速さを熟知している。"追いかける"選択肢を一瞬で放棄すると、きびすを返し、校舎へと向かう。あせる必要はない。今日は──いや、今日もと言うべきか。ふたたび防衛任務であのクソ生意気な後輩と会うことは決まっているのだから、文句はその時に言えばいい。そう決めたものの、いまこの瞬間、どうしても抑えきれない気持ちはあって。ぷすり。画鋲がびょうでチラシを貫いた水上は一言、

 

「性格がわるい……」

 

 その声はぽつんと、静かな廊下にこだました。

 

 

「おおーい、漆間く~ん!」

 

 交差点で信号待ちをしていると、遠くから呼ぶ声がする。

 

 キキーッ。

 

 急ブレーキをかけ息を切らすこの男には見覚えがある。おそらくクラスメートのはずだ。名前は知らない。

 

「漆間くん、さっきはかっこよかったね!」

「かっこよかったって……過去形かよ」

「え~と、ビジュアル的なことじゃなくて。さっき六田先輩を助けてたでしょ? おれ感動しちゃった。やっぱりボーダー隊員ってすごいんだねえ」

「あ? 見てたのかよ。なら助けに入るとかしろよ」

「あー、そうだよね。へへ……」

 

 笑うしかないといった様子の彼に、不思議と自隊のオペレーターが重なる。先日アラートミスを謝罪してきた時の彼女も、ちょうどこんな顔をしていたのだ。

 

「と思ったけどやっぱナシ。おまえ見るからにけんか弱そーだし」

「へ?」

「でも次同じようなことがあったら、先公呼ぶくらいはしろよな」

「う、うん……!」

 

 水上が追ってくる気配はないし、防衛任務が始まるのは1時間以上先だ。普段ならとっとと会話を切り上げているところだが、「おれボーダーが好きでさ。漆間くんとずっと話してみたかったんだよねえ」と笑顔で言われれば、悪い気はしなかった。もう少し話を聞いてもいいかもしれない。漆間は彼にならい、自転車を押して歩き始めた。

 

「水上先輩も堂々としててかっこよかったな~。やっぱり漆間くんって先輩と仲いいの? 助けてくれるぐらいだし」

「べつに仲よくはねーよ。任務ん時くらいしかしゃべんねー」

 

 あの人アレしろコレしろってうるせーんだよな、と漆間は続けた。だが任務中の指示は大体ガン無視しているため、実際のところ会話が成立しているとは言いがたい。

 

「水上先輩といえばさ、この前の『水上危機一髪』が印象的だよねえ」

「水上危機一髪……?」

 

 ぴんと来てない様子の漆間に、同級生は事件のあらましを説明した。

 

「は? 金的した? オレが水上さんに……?」

「うん。居合わせたボーダーファンの子にそう聞いたけど……覚えてないの?」

 

 覚えてはいた。覚えてはいたのだ。だが今しがた聞いた話は、漆間の認識とはちょっとずれていた。あの出来事は、「自分の頭が水上にぶつかった」程度のこととして処理していた。あのあと30分くらいは首に違和感があったし、なんなら自分の方が被害者だとさえ思っていた。

 漆間も同じ男だからわかる。金的が事実なら、水上はかなりのダメージを負ったに違いない。そう考えると、なんだか少しわるいことをした……のかもしれない。

 

「漆間くん?」

 

 急に黙りこくった漆間に、クラスメートから声がかかる。

 

「……その『水上危機一髪』っつーの? 1カ月も前の話だろ、ネタが古すぎんだよ。それよりさっきの不良どもを追っぱらった話の方が、よっぽど話題性あんだろ」

「それもそうかも。この後ちょうどボーダーファンのつどいがあるんだ。その時、話してみるよ!」

 

 ボーダーにファンクラブが存在することは知っていたが、具体的な活動をしているとは初耳だ。というかこいつ会員なのか。暇なやつもいるもんだと、ひそかに感心する。

 

「きっと明日からはこの話題でもちきりだよ。やっぱりボーダーはヒーローだもん」

「おーおー広めとけ広めとけ。おもにオレの活躍を中心にな」

 

 ボーダーマニアの彼は、等しく全隊員のファンである。漆間の要望とは裏腹に、「水上が後輩2人を助けた話」は明日、またたく間に校内に知れわたることになる。

 

 

棚から春巻き

 

 なじみの購買、にぎわう生徒たち、窓からのぞく見なれた裏庭──いつもと同じ昼休み、なんてことない日だと思っていた。いま、この瞬間までは。

 

 水上は購買陳列棚の前で立ち尽くしていた。上から2段目の一番右端のプレートには、丸っこい文字で「春巻きパン」と書いてある。いつもと変わらぬ風景だ。ただ一つ違うのは、ここ1カ月間欲してやまなかった物が、目の前にあるということだ。黄金色に光り輝くそれが、5つも、ある。そもそも春巻きパンは、ふだん2つしか在庫を置いていないのである。それがどういうわけだか5つもあるではないか。

 

 (まままま、まさか、分、身……!? ──んなわけないやろ)

 

 突拍子がないわりに弱すぎるボケに、セルフツッコミをする。一人漫才をすることで平常心を保とうとしているのだ。水上とて18歳、まだまだ青い高校生である。突然ふってわいた幸運を、目の前の現実を、すぐに受け入れることができない。

 

「邪魔んなってるぞ、他のやつらの」

 

 ほおを引っ張る水上を呼び戻したのは、荒船隊のスナイパーだった。

 

「あって良かったな、春巻きパン。買うんだろ?」

「……せやな」

 

 店員の説明によれば、パンの在庫を増やしてほしいという声が、先週立て続けによせられたのだという。

 そう、いつだって店を動かすのは消費者の熱意なのだ。ただ一言、うまいからもっと置いてくれと頼めばよかったのだ。思えば、同期に食レポを披露したことは多々あれど、店の人間に自らの情熱を伝えたことは一度もなかった。なぜこんな簡単なことに気づかなかったのかと、水上は少々後悔する。

 それにしても、いったい誰が春巻きパンの追加を頼んだのか。購買はあいにく盛況で、ゆっくりと話を聞く時間はなさそうだった。

 

 

 3年B組の前を通ると、教室から王子に声をかけられた。こちらまでやってきた彼の手には、見覚えのあるクロワッサンが握られている。

 

「王子、それ……」

「ああこれ? この前ひさしぶりに食べたら恋しくなっちゃって。弁当はおかずだけにしてもらって、主食は購買で買うことにしたんだ」

「はあ」

 

 間の抜けた声を出す友人の手元を見やり、王子もまた春巻きパンの存在に気づく。

 

「みずかみんぐもお目当てのものが買えたんだね。よかったよかった」

「急に増えてたぞ、数が」

「へえ、そうなんだ」

 

 穂刈にほほえんでみせた王子に、水上は問う。

 

「へえって、王子が頼んでくれたんとちゃうん? 春巻きパン増やしてくれーって」

「いや? ぼくが置くように頼んだのはクロワッサンだけだよ」

 

 悪びれもせずに手元の好物を見やる王子に、そうだコイツはこういうやつだった、と水上は思う。

 

「そういやおまえ、帰る直前になって急に店もどってオッチャンとなんかしゃべってたもんなあ。あん時に頼んだっちゅーわけか。へええ~。ふうう~ん。ほおお~」

 

「まあ、たしかにあの時、春巻きパンを増やすよう頼むっていう選択肢もぼくの中にはあったよ。それは認める。……でも、本当に欲しいものは自分の力で手に入れたいって、ぼくは思うから」

 

 きみもそうなのかなって。いつもの表情で返され、水上は毒気を抜かれる。

 水上にとって春巻きパンとは、本音をいえばどんな手を使ってでも──すなわち、後輩におつかいを頼んだり漆間を牽制けんせいしてでも食べたい物であって、王子の言葉は正直的外れだった。しかし一切の企みなく、「友人のためを思って自分の欲しい物だけ頼みました宣言」をされてしまっては、もう何も言うことはなかった。

 

 

 

(影浦くんの友達) ※読み飛ばしOK

 

 三門市立第一高等学校の購買部は、三門市と蓮乃辺市の境にあるパン屋『ベーカリーはすのべ』によって運営されている。店主が本店、その一人娘が購買で、それぞれ店番をになっていた。

 11時30分、娘は驚いていた。なにせ先週、4人もの生徒から春巻きパンの在庫を増やすよう求められたのだ。購買を始めて数年たつが、こんなことは初めてだった。換気のために開け放った窓からは、第一高校の裏庭が見える。まだ授業中で無人のそこを眺めながら娘は思う。いや、正確には5人だったか──。

 

 

 先週末、購買の後片付けをしているところに影浦くんがやってきたのだ。

 

 ──たまにしか来れなくてわりいな。親が弁当持ってけってうるせーからよ、あんまし購買に寄れねーんだ。

 

 必要もないのにそうわびるのは、彼の昔からのくせだった。影浦くんと出会ったのは、初めて三門市の商工会に参加した時だった。以来、商店街の集まりや『かげうら』で何度も顔を合わせている。もちろん、彼が『はすのべ』にやってきてくれることもあった。

 

 人混みが苦手らしい彼は『はすのべ』が空いている時間帯にフラッと現れて、会計時に決まって無沙汰をわびてくる。「放課後遊ぶときは店に顔を出してからにしろ」と親父が口うるさいから一度家に戻るのだが、そうすると外出する気がなくなるだとか。明らかに人手が足りているのにやたら店番をさせられるだとか。家族へのちょっとした不満と愛情が混ざったせりふで、たまにしかパンを買いに来れない理由を説明してくれるのだ。

 それは実家でまれる中で、自然と身についた処世術なのだろう。毎度毎度スルスルとわび文句をつむぐその姿は、いたって自然で達者だった。良く言えばサラリーマンみたいで大人っぽく、悪く言えばちょっぴりおじさんくさい。

 けれど本当の影浦くんは、脱いだ学ランを肩にかけ、空いた手でスマホ決済を使いこなす新世代の若者で、そのギャップを内心ほほえましく思っていたのはここだけの話だ。

 いつの間にか詫びの枕詞が「放課後はいろいろと忙しくてよ」に変わったけれど、まあ高校生なのだ、文字どおりいろいろと忙しいのだろう。

 

 

 どうやら影浦くんには春巻きパン好きの友達がいるらしい。近頃はパンが売り切れ続きで、ひどくやかましいのだとぼやいていた。いかにも迷惑そうな雰囲気をかもし出してはいたが、他の4人と同じく、本音では春巻きパンを増やしてほしかったのかもしれない。あけっぴろげな彼にしては珍しく、じかに要望を伝えてくることはなかったけれど。

 個人経営のパン屋でパンの在庫を、それも数個だけ増やすというのは言うほど簡単なことではないのだ。数が増えれば材料費や梱包代がかさむし、作る手間も当然かかる。作ったぶんだけ売れればハッピーエンドだけれど、世の中そううまくはいかない。購買はその性質上、パンが余るリスクも高い。生徒の中にはその日の気分でコンビニ派だったり購買派だったりとコロコロ派閥を変える子がおり、パンの需要を読みきれないことも多いのだ。日々家業を手伝う影浦くんはその辺を理解しているからこそ、春巻きパンについて自分の意思を表明しなかったのだと思う。

 

 実のところ、春巻きパンは私の発案で作った商品だった。うちの商品の中では値が張るほうで、当初は売れ残ることも多かった。パンを包む皮が割れないよう、おそるおそる梱包作業を進める私に「店でだけ売るようにしたらどうだ」と父が提案してきたこともあった。

 でも私はゆずらなかった。ほぼ毎日、春巻きパンを買うお客さまがいたからだ。たった1人のためだけにと言えば大げさだけど、そういう熱烈なお客さまを大事にすることが商売の真髄しんずいなんじゃないかな。私の反論を聞いた父は、無言で春巻きパンを番重ばんじゅうに──パンを運ぶためのコンテナに詰め始めた。

 

 そんなわけで、週の半分は1個残りの春巻きパンを昼のおともにして、あなたの良さがわかってくれる人がまた現れるといいねなんて思いながら、パンを売り続けていた。

 そんな折、急に春巻きパンの売れ行きが良くなった。最初のうちは、小柄な男の子がよく買ってってくれてるなあ……なんて思っていたけれど、最近では毎回違う子が買っていく。驚くことに、開店して真っ先に売り切れることも多いのだ。そして先週、ついに在庫を増やしてほしいというリクエストを複数受けた。本当に急に、人気のパンになってしまったのだ。感激したといっても過言ではないくらい、うれしかった。

 

 6月はじめの"例の事件"以来、あのオレンジ髪の子がずっと気になっていた。春巻きパンについた最初のファンで、売り切れと分かるやいなや、明らかにガッカリした様子を見せる彼のことが。これだけパンを置けば、ゆっくり来店することの多いあの子にもきっとパンが届くはず。また彼の笑顔が見られるといいな。

 

 ……うん? もしかして、影浦くんの友達ってあの子のことかな?

 

 そんなことを考えていると、本日最初のお客さまがやってきた。1人は金髪で明るげな男の子、もう1人は落ち着いた雰囲気の、逆毛で小柄な男の子だ──。

 

 

 

(とつげき!一高購買部) ※読み飛ばしOK

 

 己の背中をぐいぐい押しこむ級友に、天羽は苦言をていした。

 

「南沢、人の話聞いてる……? オレいまから帰るとこなんだけど」

「そーなの? 天羽きょう防衛任務だったっけ?」

「違うけど」

「じゃあなんで帰んの? まだ授業のこってんじゃん!」

 

 とは言うものの、南沢の心は完全に目の前のパンに奪われてるらしい。こちらの返事も待たずにショーケースの前を行ったりきたりしている。

 

「そんでー? なんで天羽は帰るんだっけ?」

 

 陳列棚にクギづけのまま問いかけてきた南沢に、この話まだ続いてたんだ……と思いつつ、正直に答えてやる。

 

「普通にサボりたいから帰るんだよ。そういう南沢だってなんでここにいるの。まだ授業中」

「え~。だって自習んなっちゃったし、教室いてもいなくても変わんないっしょ!」

 

 くしくも全く同じ理由でサボる決意をした天羽と、購買にかけつけた南沢である。南沢はふいに立ち止まると、

 

「あれ? 春巻きパンだって。こんなの置いてたっけー?」

 

 その上半身は大きく横にかたむいており、全身でクエスチョンマークを表しているかのようだ。南沢の背を見つめながら天羽は思う。彼が以前、おつかいがどうだとか早く買わなきゃだとか騒いでたのは、このパンのことではなかったか、と。

 

 南沢の毎日は"楽しい"で満ちあふれている。きょうは文化祭でバンドを組もうと誘われテンションが爆上がりだし、週末にはオキニのアーティストの新曲発売もひかえている。個人ランク戦の勝率も上々で、先日ついにマスターランクの称号を手に入れたばかりだ。順風満帆、向かうとこ敵なし状態なのである。

 そんなわけで、2週間前におつかいを頼まれたけれど一度もお目にかかれなかったパンの名前なんて、すっかり記憶の彼方にベイルアウトしていたのだった。

 

「このパンとっても人気でね。最近数を増やしたばかりなの」

 

 店員は、ずらっと並ぶ春巻きパンを愛おしげに見つめながら語り始めた。

 小柄な長髪、関西弁の泣きボクロ、背筋がシャンとした侍のような男の子。そして、上にも横にも大きい頼りがいがありそうな優しげな男の子。春巻きパンを増やすよう求めてきた者たちの特徴を聞き、天羽は全員がボーダー隊員であると気づいた。

 自隊の先輩が春巻きパンの増産に貢献したことに、南沢はサッパリ気づいていないらしい。独り言なんだか店員への問いかけなのかわからない声量で、「へえ~、そんなに人気なんだあ。どんな味なんだろ!?」と口にした。

 元気はつらつな若者に、店員は丁寧に春巻きパンのプレゼンをしてみせた。南沢は「へえ~」「ふ~ん」「ほお~」と相づちをうちながらも、瞳をキラッキラに輝かせて話に聞き入った。ひとしきり説明を聞き終えた彼は、胸の前で腕をくみたっぷり10秒考えると、力強くうなずいた。

 

 

「よっし決めた! 青椒肉絲チンジャオロースパンくださいっ」

 

((──なんでだよ!?))

 

 天羽と店員は顔を見合わせ確信した。自分たちはいま、同じ想いを抱いているに違いない。

 

「南沢、いま完全に春巻きパン買う流れだったと思うんだけど……」

「えっ、そうなの!? だっておれピーマンの肉詰め好きだから! このパンめちゃくちゃおいしそーじゃん!!」

 

 ピーマンの肉詰めと青椒肉絲チンジャオロースをひとくくりにしないでほしい。そう言えるほど、天羽はグルメな男ではなかった。鼻歌まじりにパンを購入する南沢をなんとも言えない表情で見つめながら、「じゃあオレが春巻きパン買います」と天羽。ポケットの中の小銭をかき集めていると、ふいに南沢のどでかい声が耳を直撃する。

 

「あっ!!!!!」

「……何?」

「おれ歴史の教科書忘れちった! 天羽、貸してくんない!?」

「同じクラスで貸せるわけないでしょ……オレも教科書使うから」

「そっかあ、天羽も教科書使うのか~」

「オレをなんだと思ってるの南沢は」

 

 なにせ相手は南沢である、自分が座敷わらしだと思われている可能性はゼロではない。自分がヒトであると、仲間であると認識されるためには、もう少しマジメに授業に出た方がいいのかもしれない。改めるつもりもないのに自らの素行不良を顧みていると、南沢の口から仰天発言が飛び出した。

 

「じゃあ宇井チャンに教科書借りよっかな!?」

「だからおんなじクラスだって」

 

 柿崎隊のオペレーター宇井真登華もまた、2人のクラスメートである。店員がこっそり笑っていることにも気づかず、彼らは購買を後にした。

 

「ねね、ブラックトリガーってどんな感じ? どーゆーふうに戦うの!?」

「ブラックトリガーの情報はあんまりしゃべらないよう言われてるから」

「そっか~」

 

 同じクラスになったその日から2万回は繰り返されているであろう会話を今日もして、2人は教室へと向かう。そもそも自分がサボるつもりだったことを天羽が思い出したのは、チャイムとともに教師が入室してきた時だった。

 

 

 




()内のキャラ:地の文のみ登場or出番少なめ
※より右のキャラ:本当に一瞬だけ登場する
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『帰り道』 水上・漆間、モブクラスメート(海)
・海の作った名刺を配る水上
・モブクラスメートとしゃべる漆間
水上と漆間がしゃべる話。直接登場しないけど海のセンスが光る。
後半は漆間さんが同級生と帰る話。このページは全体的に青春みが強い。
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『棚から春巻き』 水上(穂刈、王子)
・ついに春巻きパンを取ったどーする水上
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(影浦くんの友達) モブ店員(影浦) ※水上不在、モブ店員一人称視点、読み飛ばしOK
・店員から見た影浦の性格、春巻きパンの歴史
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(とつげき!一高購買部) 海&天羽(モブ店員) ※水上不在、読み飛ばしOK
・マイペースな海とツッコミの天羽
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【次回予告】
次回はふたたび窮地に陥る水上、自販機の佐鳥、割とずっと話してる水上と漆間をお送りします。よろしくお願いします!
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