仮面ライダーハーメルンジェネレーションズ THE SECOND CROSS 作:マフ30
※今回のお話は銀姫の作者である春風れっさー様が全編執筆をされております。
鐘を鳴らすようなチャイムが鳴り響く。チャイムは学校ごとにそれぞれ違うというが、普通で有名な鹿毛野高校のそれは誰もがどこかで聞いたことがあるような没個性な音色だ。
「ん、ここまでか。じゃあ授業終わりー」
それを聞いた時限間際まで黒板に文字を書いていた教師が顔を上げ、ようやく授業が終わった。待ち構えていた日直が素早く「気をつけ、礼」までを早口で言い切る。学生の休み時間は一分一秒が重い。解放された生徒たちは弾けるように五月蠅くなって、わらわらと席を立ち思い思いの場所へ赴く。
「ねぇ、さっきの授業全部分かった?」
朔月は友人の机に駆け寄って首を傾げながら聞いた。答えを返すのはその机に溶けるようにして突っ伏す女子生徒と、その机の前の席に座っているもう一人の友人だ。
「無理ー、ぜんっぜん分かんなかったー」
「あの先生、解説はビミョーだから」
「あはは……板書はちゃんとしてくれてるんだけどねー」
友人たちの意見に苦笑しながら頷く朔月。友人と語らい、授業への愚痴をこぼす。彼女は平凡な女子高生だ。……つい、先日までは。
少々家庭に事情を抱えている朔月はそれでも大枠で見れば普通の女子高生だった。しかしとある弓張月の夜、ノーアンサーと名乗る少女に誘われ悪辣なゲームに巻き込まれた。
ライダーバトル。仮面ライダーという戦士に変身し、互いに殺し合うバトルロワイヤルだ。勝者となったただ一人が願いを叶えられるという甘言に踊らされ、少女たちは殺し合う。
常人を超えた力。剥き出しの殺意が飛び交う戦場は朔月を酷く傷つける。違う自分に変身したい――そんなごく普通な願いしかもたない彼女は強い願いを持つ他の少女と戦い、迷い、戸惑う。
戦いを止めるべきなのか。自分は何をすればいいのか。その答えは未だ、出ない。
「でさ、今日はどうす――」
それでも日中はいつも通りの日常を過ごせる筈だった。ライダーバトルが行なわれるのは夜中で、ノーアンサーの作り上げた異世界だ。だから昼間、学校の時間は気兼ねなく過ごせる――その筈だったのに。
「……? 花びら?」
ふいに、開いた窓から風と共に赤い異物が舞い込んできた。朔月の眼前でヒラヒラと舞うそれは、薔薇の花弁だった。
「なんだろ、これ。薔薇……かな。どこから?」
疑問に思った朔月が見渡すと、ぎょっとした。風を通すために開け放たれた窓。そこからいくつもの花弁が吹き込んで、教室内をいくつも舞っているからだ。それだけではない。窓の外は、もっと多くの赤い花弁が視界を埋め尽くさんばかりの勢いで吹雪いていたのだから。
「何、これ……!?」
明らかな異常事態に朔月は竦んだ。二人の友人も、クラスメイトもそうだ。中には呑気に綺麗だとのたまって携帯端末で撮影する者もいたが、概ね恐れ、恐怖していた。
(あれ……なんか……)
そんな中、なまじ荒事に巻き込まれているからだろうか。
朔月は、流れが変わったことを感じ取っていた。
例えるなら静から動へ。
ゆったりとした海の
「危ない!」
そう朔月が叫ぶとほぼ同時。花弁の動きが変わった。風に吹かれるがままだった薔薇たちは急にその軌道を変え、教室へと殺到した。その勢いは、窓ガラスを叩き割る程だった。
「きゃあっ!」
誰かが悲鳴を上げた。そしてそれはすぐに阿鼻叫喚の大合唱となる。
突如凶器となった花吹雪に生徒たちは逃げ惑う。中には実際花弁に傷つけられ、血を流している生徒もいた。刃の雨が降りしきる危険地帯と化した教室から脱出すべく、我先にと出口へと殺到する。
朔月もまた、呆然とする友人たちの背を押し込んだ。
「朔月!?」
「早く、行って!」
大切な友人たちに万が一があってはならない。そんな思いで朔月は友人たちを必死に逃がした。雪崩れる人の波に飲み込まれ、あっという間に二人の姿は見えなくなる。
「よし……」
後は自分も避難を。
そう思って振り返った瞬間、目に入る。
自分へ真っ直ぐ飛び込んでくる、数枚の花弁を。
「あ――」
死ぬ。
そう直感した瞬間、横合いから強い衝撃がやってきた。
「ボーッとするな!」
弾けるように押し出される朔月の身体。一瞬前まで彼女のいた空間を擦過し、薔薇の花弁は教室の壁へ小気味いい音を立てて突き立った。朔月の身体が穴だらけになる運命を間一髪逃れられたのは、飛び込んできた少女のおかげだった。
朔月に抱きつくようにして庇ったのは、つい先日やってきた転校生、
赤い髪に意志の強そうな切れ長の瞳を持つ彼女は、朔月と同じくライダーバトルの参加者でもある。
「わっ……あ、ありがと、爽……」
「だから呆けてる暇無いって! こっち!」
爽に手を引かれ、二人は走り出す。教室を出ると、廊下は避難する生徒で濁流のような流れが出来ていた。他の教室でも同じような状況だったのか、生徒たちは皆飛び出して花弁の嵐とは反対方向へ逃げている。
だが爽は廊下の曲がり角を、みんなとは逆に、つまり花びらの方へと舵切った。
「爽!? そっちは、逆じゃ」
「この状況、普通の自然現象じゃない! だったら……」
その言葉に朔月もハッとする。尋常じゃない状況は、つい最近自分の身にも起こったではないか。
「まさか、ライダー関係……?」
「かもしれない。それに、違くても」
そう言って爽は胸元の女神像、マリードールを握りしめた。
「アタシたちなら、戦えるから」
「……そっか。うん、分かった!」
爽の言葉は真っ直ぐと朔月の胸を突いた。確かに、自分たちならこの現象を解決できるかも知れない。
マリードールがある以上、仮面ライダーへ変身する力は現実でも有効な筈なのだから。
そうして二人が飛び出したのは校庭だった。
「……アイツ、だね」
「うん……」
花吹雪の発生源を探す。そう意気込んでいた二人だったが、その原因となりそうな存在はあっさりと見つかった。
他に誰もいない校庭。空中に薔薇の花弁が渦巻くその中心に、ポツンと佇んでいたのだから。
それは、あるいは女騎士のように涼やかで荘厳な気配を纏っているようにも見えた。甲冑の如き装束。腰にはサーベルを佩いて、右手には茨の鞭を携えている。首から下なら、騎士物語に出てきても違和感は左程無い。
その頭に咲き誇る、赤い薔薇を除けば。
見間違える筈もない。薔薇の花吹雪は、どうみてもこの異形が原因だった。
「あれ……ライダーじゃないよね」
「うん。加えて言うなら、ダムドでも無さそう」
彼女たちライダーバトルの参加者が戦う相手は、お互い以外にもう一つある。
戦場たる異世界に湧く、ダムドという亡霊だ。戦場を埋め尽くさん数で跋扈する異形たちはボスダムドという頭目を掲げてライダーに殺到し、その生ある肢体を貪ろうとする。ライダーバトルを邪魔するその異形は全ての参加者にとっての敵だ。
だがダムドは通常のダムドにしろ頭目たるボスダムドにしろ、理性なき悪霊だ。意味を成す言葉をしゃべることなく、奇声のような叫びしか発しない。
故にこそ、薔薇騎士の凜とした、理知的な女性を彷彿とさせる佇まいは違うと断言できた。
『……ふぅん。貴様たちがこの世界の仮面ライダー、という訳か』
「喋った……」
薔薇騎士から発せられた怜悧で女性的な声音に、静かに衝撃を受ける朔月。確かにライダーバトルに身を置いて非日常をいくらも体験しているが、目に見えて異形である相手が言葉を発する機会にはまだ恵まれていなかった。化け物が人間の知性を持つ――その未体験のショックに揺さぶられながら、問い返す。
「あ、あなたは何者?」
『私は栄えある魔人教団の末席。ローゼンメタロー』
薔薇騎士――ローゼンメタローは地面へと鞭を叩きつけながら名乗りを上げた。
『同胞からは陽動を言いつかったが……しかし』
ローゼンメタローは朔月と、並び立つ爽を眺め――目線が何処にあるのかは分からないが――失望したように首を振った。
『とてもまともな抵抗が出来るとは見えんな。我が決闘の相手が務まるとは思えん。であるなら、それはそれで構わんか』
空いている手でローゼンメタローがパチンと指を弾けば、途端に薔薇の花吹雪は収まった。まるで挨拶は終えたと言わんばかりに。
『ライダーという脅威の無くなったこの世界を侵略し、我が勲章に花を添えよう』
「魔人教団? 侵略?」
訳の分からない単語に朔月は混乱する。だがその隣で爽は、マリードールを握りしめ臨戦態勢を取る。
「……アンタたちが何者かは知らない。けど」
その瞳にはライダーバトルの時と同じ、揺らぐことない覚悟の炎が燃えていた。
「この世界をどうこうしようと言うのなら、アタシが相手になる」
爽の啖呵が耳に届いて、朔月も覚悟を決める。背後にあるのは、学校――自分の日常。そして友人たちだ。このローゼンメタローなる輩がこの世界に仇なそうというのなら、彼女たちも巻き込まれてしまう。それだけは、嫌だった。
「……私も」
朔月もまた、胸元からマリードールを引き出す。
「私だって、みんなを守りたい!」
二人は頷き合い、マリードールの鎖を引き千切った。同時に、腰元に黒いドライバーが出現する。
「「――変身!」」
そのドライバーの中心に白い女神像を叩きつけるように装填した。ネックレスとなっていた鎖はマリードールを巻き込んで鎖で縛り付けているかの如く纏わる。その瞬間二人の身体は二色の光に包まれ、問うような歪んだ電子音が鳴り響いた。
《 Blood 》
《
叶えるは野望 誰の? 》
赤の光に包まれるのは爽。赤黒いアンダースーツの上に紅のコートを纏い、鋭い眼差しをそのまま表現するかのような青いバイザーが着装される。腰からは爬虫類じみた尻尾が伸び、獲物を睥睨する蛇のように鎌首をもたげる。
剣舞の赤。覚悟の炎を逆巻かせる情愛の戦士。仮面ライダー血姫、推参。
《 Silver 》
《 戦いは止まらない 何故?
運命は変わらない 何故? 》
銀の光に包まれるのは朔月。黒いアンダースーツの上には銀甲冑が装着され、ショルダーアーマーより死神めいた襤褸がたなびく。鈍く光る鉄仮面と昆虫じみた複眼は、どこか虚ろな空気を漂わせている。
防壁の銀。己の空虚と運命に未だ惑う求道の戦士。仮面ライダー銀姫、登場。
二人は口元から覗く唇を硬く引き締め、ローゼンメタローと対峙する。
そんな二人を見て、ローゼンメタローは悠然と構えた。
『ふっ、来るがいい。本当の闘争という物を教えよう』
火蓋を切ったのは血姫だった。ローゼンメタローに向かって真っ直ぐに駆けながら右腰のパーツを叩く。すると赤色の光が集まり、晴れると右手の中には一本の直剣が握られていた。
「はぁっ!」
突進の勢いのまま、その剣尖真っ直ぐに突きを放つ。加速度を乗せた原始的な、しかし強力な一撃。それをローゼンメタローは自身に届くより早く、鞭を振るって打ち据えた。
「がっ!」
茨が強かに血姫の腕を叩いた。たまらず血姫は足を止め剣を取り落とす。そしてそれだけに終わらず、茨は生き物のようにうねると血姫の腕に巻き付いた。
『ふふっ。私は戦いに至るまでは正々堂々を信条としているが、いざ幕を落とせば少々残虐でね』
ローゼンメタローはその常人を超えた膂力で鞭を思い切り引いた。当然の帰結として、血姫は校庭に叩きつけられる。
『このままいたぶらせてもらおうか』
再び鞭を振るう。すればその先端に括り付けられた血姫は引きずり回される。砂まみれになっていく血姫を見て銀姫は慌てて駆け出した。
「爽! って、やあっ!」
銀姫もまた、腰のパーツをはたく。見る見る内に集まった銀の光が弾けると、そこには一本の細い剣。陽光で銀色に反射する刀身を閃かせ、銀姫は血姫を縛る鞭へと振り下ろした。
『おっと。これはいけない』
だが刃が触れる寸前、茨はするりと解けローゼンメタローの手の中へ舞い戻る。空振った細剣は空気を裂く音を虚しく響かせた。
「くっ、爽、大丈夫?」
「けほ……平気。でも、手強い」
起き上がって砂埃をはたく血姫は改めてローゼンメタローを睨み付ける。悠然とした薔薇騎士はパシンと鞭を音を鳴らして挑発する。
『さてもう折れてしまったか? 手応えがないようなら加虐の悦楽に耽りたいのだが』
「誰が……!」
血姫は歯ぎしりしながらもう一本の剣を生み出す。
「爽!」
そこへ、銀姫が丁度足元に転がっていた直剣を投げ渡す。それを空いている手に受け取り、血姫は両手に剣を構えた。
双剣。それこそが手数が武器である血姫の真骨頂だ。
「ふぅー……行くよ」
「うん!」
示し合わせ二人は一斉に駆け出した。左から銀姫が、右から血姫が迫る。
『はっ、鞭が一本しかないから挟み撃ちか? 安直だな』
二人の作戦を鼻で笑いつつ、ローゼンメタローはまず鞭を銀姫へ向け振るった。風切り音と共に茨が銀姫の甲冑を叩く。
「ぐっ……爽!」
だがこれは範疇。銀姫は己の装甲を引っ掻いた鞭を掴んだ。棘が食い込む痛みは無視して握り込む。
その隙に走るのは血姫だ。銀姫が鞭を抑えている間に一気に接近する。
『だから安直だと言っただろう!』
「!? わぷっ!」
だがローゼンメタローが空いている手を翳すと、そこから無数の薔薇の花びらが発生した。血姫は赤い奔流に前を遮られ、足を止めてしまう。
『ふっ!』
血姫の足が止まった隙に、ローゼンメタローが茨の鞭を引っ張った。先の血姫の二の舞を銀姫で演じようというのだ。
だがここで、計算外が起こった。
「くっ……あぁっ!!」
『何!?』
動かない。ビクとも。
ローゼンメタローが引く力に、銀姫は全力で抗っていた。
そも銀姫は、血姫より腕力が強い。そういう性能のライダーだ。
加えて更に、もう片方の腕で細剣を地面に突き刺し杭としていた。支えを得た銀姫の力はローゼンメタローのそれに拮抗する。
『おのれ……っ!』
「はあっ!」
今度はローゼンメタローの足が止められる。そこへ薔薇の妨害から立ち直った血姫が躍りかかった。刃圏。双剣が降りかかる。
『チィッ!』
まず一本目をローゼンメタローは空いている手で迎撃した。武器を扱っているがローゼンメタローは徒手空拳も本領だ。しかし続く二本目の刃は防げなかった。騎士甲冑の表面で火花が散る。
『ガハッ!』
「畳み、かける!」
一度着地し、再度身を翻す。血姫得意の連続攻撃だ。再び上から双剣で襲いかかる血姫に対し、ローゼンメタローは激昂した様子で左手を腰元に伸ばした。
『舐めるなよ小娘!』
抜刀。柄に薔薇をあしらったサーベルが引き抜かれる。そして鋭い剣術で一撃を迎撃し、のみならず先は決められた二撃目の合間を縫って空中の血姫を斬りつけた。
「あうっ!」
「爽!」
打ち落とされた学友の姿に銀姫は思わず動揺した。鞭を握る手が緩み、その隙を逃さずローゼンメタローは茨を自分の元へ引き戻した。
「あっ!」
『ふん。……本気を出していると思ったのか? だとすると蜜の如く甘いな……!』
ひゅんと空気を切り裂く音が響き、神速のサーベルが墜落した血姫を襲う。血姫は咄嗟に蹴りでそれを防ぎ、急ぎ立ち上がる。その瞬間の無防備を、茨の鞭は巻き取った。
「ぐっ!」
茨の鞭は両手を巻き込んで血姫に巻き付いた。棘が食い込む痛みに双剣を地に落とし、血姫は拘束される。
『私を傷つけたのだ。栄誉としてまずはお前から死をくれてやろう』
薔薇のサーベルがギラリと閃く。今の無防備な血姫では、その剣尖は容易く喉元へ届くだろう。
『死ねぇッ!』
振り上げられる剣身。だがそれが血姫の首を落とすより早く、歪んだ電子音が鳴り響く。
《 Silver Execution Finish 》
『何っ!』
それは宣言。お前よりも先に、首を落とすという処刑宣告。
「はぁっ……!」
少し離れた場所にいる銀姫が八双に構えた細剣に銀の光が漲る。昼間に似つかわしくない月の光にも似たそれが刀身全てを埋め尽くした瞬間、細剣は上段から斜めに振り下ろされた。
「やああっ!!」
何も無い空間を斬る。だが空振りにはならない。その剣の軌跡が、銀の光となって迸るからだ。
細剣の斬撃は刃状のエネルギーとなって宙を裂く。血姫にトドメを差そうとしていたローゼンメタローは避けられず、銀の光を真正面から受け止める羽目になる。
『ぐああああっ!!』
光の刃は鞭を切り裂きローゼンメタローの身体を傷つけた。だが撃破にはまだ至らない。
騎士甲冑に渓谷のような深い傷を刻まれたローゼンメタローは怨嗟の声を上げて銀姫を睨む。
『貴、様ァ! 私に、傷を……! 許さん、殺してやる……!』
「そうね。でもそうするのはアンタじゃない」
『あ……?』
怒りで気が逸れてしまった。その一瞬が彼女にとっての致命だった。
「あの子を殺す権利は、アンタには無い……!」
《 Blood Execution Strike 》
茨の拘束から解放された血姫の右足に赤い光が煙る。それは炎のように噴き出して、血姫の身体を高く跳躍させた。
「はあっ!!」
空中で身を捻った血姫は燃える右足を横薙ぎに蹴り抜けた。銀姫のつけた傷跡に吸い込まれるように叩き込まれる爪先。爆ぜる炎。
着地した血姫は振り返ることすらしない。結果が分かりきっているからだ。
『が……侮り、過ぎたか……』
胸元に巨大な風穴を開けたローゼンメタローは、火花を上げながら空を仰ぐ。
『済まぬ、同胞よ……先に散ろう……!』
そう言い残し、ローゼンメタローは青空の下爆発四散した。
校庭の中心に穿たれた爆炎を見て、ようやっと銀姫は力を抜く。
「ふぅー。終わった、よね?」
「ん、多分ね」
座り込んで変身を解除する朔月とは裏腹に立ち上がった血姫は警戒するようにを辺りを見渡し、次の脅威が無いのを確認してから変身を解いた。
「……はぁ。何だったんだろ、アイツ」
「うん……学校、壊れちゃったね……」
朔月は背後を振り返り、失意の溜息をついた。校庭側に面した窓ガラスは軒並み叩き割られ、その無惨な様相を晒していた。
「明日、休校になっちゃうかな」
どこか呑気な朔月の言葉に「いや、それが普通でしょ」とツッコミをいれる――より先に、聞き覚えのある声が木霊した。
『それは大丈夫よ。すぐに修正されると思うから』
「え? ノーアンサー?」
それはノーアンサー……朔月たちをライダーバトルに引き込んだ張本人の声だった。だが朔月が見回しても、いつも通りのナイトドレスを着た銀髪の美女の姿は無い。
「あれ?」
『こっちよ。こっち』
神出鬼没な彼女が逆にいないことに首を傾げる朔月だったが、声の方向を辿って視線を降ろす。そこには声の調子に合わせて淡い光を明滅させるマリードールがあった。
「え? ノーアンサー? そこにいるの」
『そこにはいないに決まってるでしょう。マリードールを通じて話しかけているのよ』
「これ、通信機にもなるんだ……」
感心したようにマリードールを手に乗せる朔月の横から爽もまた覗き込む。彼女自身のマリードールは別に光っていないようだ。
「どうしたのよ。いつもいつの間にか後ろに立っているのに」
『んー、ちょっと移動中でね……。今遠くにいるのよ。だから取り敢えず要件だけと思ってね♪』
「説明? あ、修正って何?」
マリードールから声が響いた衝撃ですっかり忘れていた言葉を思い出し問いかける朔月。だが答えはすぐに訪れた。
強い風が吹いたかと思うと、まるで映像が逆再生されるかのように学校が修復されていくからだ。
「え? 何あれ……あれが修正ってこと?」
「! 朔月!」
学校を見上げて呆然とする朔月の肩を叩き、爽は振り向かせる。そこには風で吹き払われた爆炎の中心地があった。炎の消えた中に、誰か女性が倒れている。
「えっ……ひ、人!? ま、まさか……」
さぁっと顔を青ざめさせる朔月。もしや自分はとんでもないことをしてしまったのか……そう誤解して血の気が引く。
だがマリードールが明滅し、それを否定した。
『違うわよ。その子はメタローに取り込まれていただけ。修正が終われば記憶を失って意識も取り戻すわ』
「あ……そうなんだ。よかった~」
安心したように溜息を吐く朔月。だがその隣の爽は険しい顔を崩さない。
「それで、そのメタローって何者?」
『魂を物質化した高次元生命体……と言っても貴女たちには分からないわよね。まぁ、世界を超える侵略者といったところかしら』
「侵略……だからアイツはあんなことを口走ったのか」
ローゼンメタローの言動を思い出し納得する爽。一方で朔月は置いて行かれ気味だ。普通の女子高生は脳味噌の出来も普通だ。
『まぁ、本題はそこじゃなくって』
「そうなの?」
『えぇ。……銀姫』
「ふぇ?」
突如呼ばれて間抜けな声を漏らしてしまう朔月。それを気にすることなくノーアンサーは続ける。
『これから貴女にちょっとしたおつかいを頼もうと思うの』
「おつかい……?」
『えぇ、出先で適当な物を採取するだけの簡単なお仕事よ。それをする為の器具も預けておくから、頑張ってね♪』
「へ? いや待って何のこと? 一体……」
聞き返そうとした瞬間、着信音が鳴り響いた。人生を楽しむことを高らかに歌う軽快なポップス。朔月はすぐに自分の着信だと理解しポケットを探った。
「私だ……え?」
取り出したスマホの画面を見るまで朔月は、避難した友人の内の誰かがかけてきたのだと思っていた。だが、表示されている電話番号は文字化けしていた。
「これ……?」
『あぁ、丁度来たみたいね。なら忠告しておくわ』
「へ?」
『死なないでね、そして逃げないでね。仮面ライダー。貴女はこの世界の物なのだから』
そして、マリードールの輝きが消える。ノーアンサーの声も消え、後には鳴り響く着信音だけが響き渡る。
「えと……?」
戸惑う朔月に、爽は顎でしゃくってスマホを示した。
「取り敢えず、出てみれば?」
「う、うん」
この状況では悪戯電話とも思えず、朔月はとにかく着信に出てみることにした。通話ボタンを押し、耳に当てる。
「? ノイズ……?」
だか雑音だらけで禄に聞き取れない。砂嵐の只中のような耳障りな音にやはり悪戯なのかと首を傾げそうになったその瞬間。
『……ィダー……――す、けて……』
「声……子ども?」
ノイズの中から微かに届いた声。それがどうやら小さな子どものように聞こえて、朔月は耳を澄ます。
その瞬間、一瞬だけ全ての雑音が消え去り、ハッキリと耳に届く。
『たすけて! 仮面ライダー!!』
悲痛な叫び。誰かを呼ぶ声。
それを聞いて朔月の心に真っ先に浮かんだのは戸惑いだった。誰? 何故? どうして自分? 様々な疑問が去来しては泡のように弾ける。
「誰、ですか? どこにいるんですか!?」
だがそれでも、最終的には良心が口を動かす。
「行きますから、場所を教えてください!」
それは彼女の気質。どんなに惑っても、悩んでも、それでも良識を捨てられない彼女の
助けを求める、その場所へ。
「……え」
呆けたように声を上げたのは爽だった。何故なら朔月が電話の声に応えた途端、忽然と姿を消したのだから。
「消えた……」
誰もいなくなった空間を見つめ、爽は修正の風が吹き荒れる校庭でただ一人立ち竦んでいた。
「……あれ?」
一方でまた、朔月も似たような間抜け声を漏らしていた。
目の前に乱立するのはビルとビル。都会という言葉を絵に描いた光景は、朔月も見覚えがある。何度か友達に連れて行ってもらった、東京の風景そのままだ。
「あれ?」
しかも、何故か夜だ。絢爛な明かりが降り注ぐ街中は夜闇で視界が遮られることは無いけれど、しかし自分は昼の陽射しを浴びていた筈なのに。
「あれ、れ?」
そしてトドメに、遠くに聳える建造物。
地上からの光と自ら放つオーラを以て存在感を示す、この世の物とは思えぬ黒き螺旋の塔。
「……えーと」
視線を上げて、下げて、そしてポツリと呟く。
「お財布、通学鞄の中なんだけど……」
非現実的な事象の渦中で、彼女は極めて現実的な窮地に陥っていた。