仮面ライダーハーメルンジェネレーションズ THE SECOND CROSS   作:マフ30

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■夜会

 

 痛い。怖い。痛い。怖い。痛い。怖い――。

 もうずっと、その二つの情動が私を支配している。

 投稿している動画の再生数を上げるために山林にある墓地での季節外れの肝試しを提案してきた友人への怒りなんてとっくの昔に消え去っていた。いや、塗り潰されていると言ったほうが正しいかもしれない。

 

「キィイイイイッ!!」

「ひいっ!?」

 

 闇の向こうから響いてくる怪鳥音に私の全神経はゾッと恐怖に震えた。

 まるで夜が私に怒鳴っているよう。

 風に揺れる木々のざわめきが悪魔の笑い声のように聞こえてくる。

 空に浮かぶ月は分厚い雲に隠れてしまって途方もない漆黒がじわりじわりと恐怖を苛む。

 逃げなきゃ。

 電池が尽きかけている携帯の心細い灯りだけを頼りに。

 走って、走って、逃げないと……きっと待っているのは死。

 

「やだ……やだやだやだっ!」

 

 痛い。

 体中のあちこちが痛い。

 呼吸をする度に肺が痛み、口内は微かに鉄分の香気が漂っている。

 べったりと全身に滴る汗がここまで逃げる道中に奴らの爪でつけられた引っかき傷に染みて痛む。

 石や小枝が散らばり不安定な野道を無我夢中で走ってきたせいで新品の靴はいつのかにか片方が脱げていた。足の裏もどこかで切ったのだろう、独特の痛みと熱がじんわりと伝わる。

 不格好な走りで、だけど闇の深さもあってそれほどの速さも出せずに彷徨っていると不意に私の二の腕を尖った何かがなぞった。

 

 

 

 

「ひぐっ!? やだぁ! やだぁ! なにっ!?」

 

 線状に感じる痛みに女は完全にパニックに陥った。

 泣き喚き、唯一の光源である携帯が手元から飛んで行ってしまったことにもお構いなしで両手を振り回して錯乱する。

 言葉にならない咽びを上げてうずくまり、どうかこれが悪い夢であって欲しいと強く瞼を閉じてみたりと無意味で無駄な行動をとってしまう。

 仕方のないことだった。

 無理もないことだった。

 だけれど、たったのそれだけでも女が彼らに追いつかれるには十分過ぎる時間の浪費だった。

 携帯の光が女の腕に触れたただの枯れ木の枝を照らしている最中に無数の足音が蠢く。

 

「え……きゃあぁぁぁぁっ!!?」

 

 女は心臓が止まってしまいそうなほどの絶叫を上げたがそれは彼女を取り囲む異形の群れの奇声で掻き消されてしまう。

 異形の一体が不意に蹴飛ばした携帯が再び持ち主の傍に転がって、心許ない光がこの世界に本来はあってはならない異形たちの姿を照らした。

 

「キシャァァァァッ!!」

 

 不快感を煽るぬめりを帯びた黒い体にイナゴを思わせる灰白の仮面をつけた人型達。

 歯を剥き出しにした憤怒の口元はただただ生々しく見る者の忌避感をこみ上げさせる。

 なによりも卒倒しそうになるのはその数だ。

 ただ一人の女性を取り囲むのにざっと二桁の数が群がっている。

 まるでゴミ捨て場に湧く害虫のような気持ちの悪さだ。

 

「こないで……ゆるして……おね、がい……あああああああああ!?!?」

 

 涙も冷や汗も垂れ流して、女は恐怖に呑まれて狂ったような悲鳴を上げた。

 しかし、助命を乞う懇願は聞き入れられることはない。

 この異形たちは本能で生者を襲い貪る亡霊なのだ。

 亡者たちの名は――ダムド。

 こことは異なる世界で執り行われている七人の少女たちの禁断の祭典を彩るために在る者たち。

 少女たちの決闘場あるいは殺戮場に棲まう、あり得ざる異形たちなのだ。

 

「や、やだあああっ!!」

 

 数え切れない怪物の尖った手が女に伸びていく。

 女はその場に蹲り、幼子のように泣きじゃくって身をよじる。

 それに何の意味があるのだろう。

 嗚呼、残酷にも女は蟻の巣に落とされた一粒の角砂糖のような運命を辿るのだ。

 もしも、彼女が暮らすこの世界に人々に隠れて魔を退ける守り人たちが存在しなければの話だが。

 

「退魔七つ道具が其の弐――!!」

 

 白風が吹き荒び、鬱蒼と群がる魑魅魍魎が散り飛んだ。

 二刀の太刀風がまるで空の彼方にまで届いたかのように気が付けば満月を隠していた雲もどこかに流れて、夜でありながら影を作るほどの月明かりが女を助けた者の姿を露わにする。

 

「――裂空の快刀!!」

 

 曇りのない刃が月光を受けて輝く。

 流麗な剣の舞がひしめき合う無数のダムドを胸がすくような勢いで斬り伏せていく。

 ニ振りの快刀を操るのは望月沙夜が変身した白い鴉面と軽鎧に身を包む御伽装士/仮面ライダービャクアだ。

 

「て、天狗……ひゃあ!?」

「すみません。少しきつい体勢でしょうがここにいてください。それから私の指を見て」

「は、はい」

「オン・カンラ」

 

 女が見つめる目の前でビャクアの指先に灯った不思議な火が線香花火のように弾けた。

 ビャクアは助けた女性を墓所の傍らに建てられた小さなお堂の屋根に運ぶと仙術を使って記憶を消すのと同時に意識を奪ったのだ。目が覚めた時の混乱を考えると少し気の毒だがこの悪夢のことは覚えていないだろう。

 

「失礼を。さて……彼らは一体何者でしょうね」

 

 間一髪で無辜の人を救い出せたことに安堵したのもつかの間、ビャクアは屋根の上から墓地に溢れかえる謎の怪人ダムドの膨大な数に舌を巻いた。

 

「意思の疎通は不可能と見受けますし、何が目的なのか分からないのは気掛かりですが人を襲う以上はここで残らず掃討します」

 

 一、十、二十、三十……数えるのが馬鹿らしく思えてくるほどのダムドの一団。

 流石に百はいないだろうと思いながら自分に敵意を向けていまにも飛び掛からんとしている正体不明の敵陣にビャクアは気持ちを引き締めて斬り込んだ。

 

「ハイヤァ――!!」

 

 河原の石を跳び渡るように数体のダムドの頭部を踏み越えて、ビャクアはある墓石を背にできる場所に陣取ると雪崩のように殺到するダムド達を二刀流で切り払う。

 罰当たりなことだが墓石のお陰で背後は取られない。

 後は根比べだとばかりに快刀を振るい不気味な仮面の亡者を切り刻む。

 

(脆いですね。化神ではない……しかし、以前戦ったメタローはこんな知性のない獣のような立ち振舞いでは無かったですし、彼らは一体?)

 

 鋭い爪牙を突き立てて襲ってくるダムドの軍団ではあったがその悉くがビャクアの快刀の餌食になっていく。まるでチリ紙でも斬っているような容易さで次から次へとダムドは斬撃を受けては黒い霧のように霧散する。

 戦いへの集中を緩ませること無く、ビャクアは敵の正体を模索した。

 絵空事のような話だが以前にも別世界からの侵略者と戦ったことのある彼女にはダムドの正体について様々な仮説を立てられるだけの経験を持っていた。

 

「いまはこれ以上考えていても仕方ないですね! 手早く片付けましょう」

 

 万が一の不覚の原因にもなるだろうとビャクアは思考を戦い一本に切り替えるとより果敢に攻め出した。二本の快刀を柄尻で連結させて双刃の槍のようにすると風車のように回転させて、敵を切り裂いていく。

 ダムドの耳元にヒュンヒュンと風切り音が鳴ったと思えば次の瞬間にはそのダムドの首や胴が飛んでいく。ビャクアの快刀はまるで芝を刈る回転鋸めいた怒涛の勢いで夥しい数いたダムド達を斬り捨てていった。

 

「シィィィガァアアアアア!!」

「なっ……セエッ!」

 

 このまま一気に全滅させると意気込んだその時だった。

 暗闇から鋭利な鎌刃が独特の軌跡を描いてビャクアの首筋を狙って迫ってきた。

 自らも大鎌を得意な得物としているのが功を奏して、驚きながらも確実な防御に成功した彼女は謎の凶刃を押し退けると身構えた。

 

「シャアァァァァッ!!」

「むぅっ、かなりの一撃ですね……新手か!?」

 

 夜闇の奥から新たなダムドの増援を率いて姿を現したのは周囲にいるダムド達とは何もかもが異なる新種のダムドだった。

 まるでエジプト神話を思わせる黒いジャッカルの頭部を持ち、身の丈ほどの大鎌を携えた姿。胸の膨らみやはっきりとくびれた腰元から女性型であることが窺える。

 この異形の名はジャッカルダムド。

 複数種存在する通常のダムドよりも強力で固有の特性を有したボスダムドの一種である。

 

「お前たちは何者か!」

 

 快刀の切っ先を向けて、厳しい語気で問い質すビャクアだったがジャッカルダムドからの返答は足を刈るように放たれた大鎌の一撃だった。

 

「全く……比べるのもどうかと思いますがメタローたちの下卑た言葉の数々が懐かしく思えてしまいます」

 

 周囲にあった墓石を数基まとめて切断する恐るべき大鎌の刃を跳んで避けたビャクアは複雑な胸中を声にして漏らした。

 これだけ数がいて、誰一人として人語を話さず襲って来られると言うのも気が滅入ることである。

 とはいえ、このジャッカルダムドは恐らく彼らの頭目であるのだろう。

 動きの切れといい実力が他の雑魚と呼んでも差し支えのない通常ダムドとは雲泥の差だ。

 

「ギイィイイィィィイ!!」

「くっ!? 散れ!!」

 

 ビャクアが着地した瞬間に左右から飛び込んできた二体のダムドが彼女の両足を掴んで動きを止めた。間髪入れずに他のダムド達が取り囲むような動きから一斉に爪を振るう。

 あわや物量に蹂躙される危機だったがビャクアはこれを力任せに振り解く。

 話を戻そう。

 加えて、どのようなコミュニケーションを取っているのかは定かではないがこのジャッカルダムドが出現してからダムドたちの動きが洗礼され出した。

 このように統率された連携が生まれて、脅威としての質が上がっているのだ。

 

「そういうことなら、大将首を獲るまでです!」

 

 目に見える問題を取り除くべく、ビャクアは一直線にジャッカルダムドに斬り込んだ。

 途中、多くのダムドが壁となって行く手を阻むがそれらは取るに足らないと瞬く間に一蹴する。

 

「いざ! いざ! いざ!」

「シィィィガァアアアアア!!」

 

 肉薄するビャクアにジャッカルダムドが振るう大鎌が巨獣の爪のように襲い掛かる。

 快刀と大鎌が数度ほど火花を散らす激しい切り結びを交えた後に両者は一度距離を置く。

 次に先手を取ったのはジャッカルダムドだ。

 縦横から放たれる曲刃が異様な唸りを上げて進行方向にある万物を薙ぎ刈る。

 墓石も土塊も木々も構わず真っ二つに両断されていく。

 この刃をまともに食らえば、ビャクアも無事では済まないだろう。

 

「シャアァァァァッ!!」

 

 しかし、当たらない。

 肝心のビャクアにだけは当たらない。届かない。掠らない。

 目を凝らし、殺気を読んでビャクアは自分に迫る死の刃を紙一重で回避する。

 それまで怜悧冷徹な雰囲気を纏っていたジャッカルダムドに心なしか苛立ちのような空気が漂い出した時だった。

 大鎌の刃先に何かを裂いた感触を捉え、同時に砕け散った快刀の破片が空に舞ってキラキラと輝いている。

 武器諸共に敵を薙いだと扇情的な体躯を弾ませてジャッカルダムドは勝利を確信して月夜に吠えた。

 

「その犬みたいな顔の割りに鼻は鈍いようですね。せめて油断するなら血の匂いを嗅いでからでしょうに」

 

 凛とした声はジャッカルダムドの恐ろしく間近で聞こえた。

 すぐ目の前、その足元。

 

「ハイヤァッ!!」

 

 次の瞬間にまるで昇り竜のような掌底打ちがジャッカルダムドの顎下を叩いた。

 自分の得物を囮として、ビャクアは素早く静かに相手の懐に飛び込んでいたのだ。

 強い衝撃に大きく仰け反って悶えるジャッカルダムドであったが執念がそうさせたのか体勢不安定のままに大鎌を振り下ろす。

 

「片腹です! 大鎌は……こう使うんです!!」

 

 だが、苦し紛れの一撃などビャクアには届かない。

 その切っ先は無手となった彼女の白羽取りで止められていた。それどころか矢継ぎ早に繰り出された蹴りによって弾かれたジャッカルダムドは大鎌を手放して転倒すると言う施策を犯す。

 

 顔を上げたジャッカルダムドが次に見た光景は月明かりを浴びながら首を軸にして大鎌を大回転させて力を溜めているビャクアの姿だった。

 

「お覚悟を!」

 

 真紅の双眸を煌めかせて、奪い取った大鎌を難なく扱う。

 ビャクアの気合に満ちた一閃がジャッカルダムドを薙いだ。

 

「シィ、ィガァア、ァ……アア」

「まだ動きますか……恐ろしい生命力です」

 

 月の光がまるで演劇のスポットライトのように深手を負ったジャッカルダムドを照らす。

 上半身を七割以上は袈裟切りにされ、左腕は辛うじて繋がっているが重力に揺らされて振り子のようにぶらついている。

 

「ならば徹底的に切り刻むまで! 退魔七つ道具が其の壱、天狗の羽団扇!」

 

 軽やかに地を蹴り、闇夜に跳躍したビャクアは右手に羽団扇を握り、一気に戦いを終わらせようと畳みかけに入る。

 

「オン・カルラ・カン・カンラ!」

 

 神通力を巡らせて天高く掲げられた羽団扇に四方八方から風が逆巻き収束していく。

 やがて旋風は巨大な白い戦輪(チャクラム)のような形を成していく。

 

「退魔覆滅技法――葬輪剣!」

 

 ビャクアが大きく羽団扇を振るうと白風の輪が剃刀のような切れ味を宿してジャッカルダムドに炸裂した。一拍の間を置いて、ジャッカルダムドは真っ二つになって崩れ落ちると黒い霧のように霧散する。

 それどころかまるで連鎖するように残っていたダムド達も次々に黒霧へと変貌しては潰えていた。残されたのは静まり返った墓地と一人取り残されたビャクアのみ。

 

 

「全て消えてしまった……のでしょうか?」

『あーあー、少し遅かったですね。いやはや全く勿体のないことをしてしまいましたぁ』

 

 訪れた静寂に心がまだざわついているビャクアの遥か後方から突然、別の声が聞こえてきた。

 咄嗟に構えて振り返ったビャクアが目にしたものは新たに出現した四体の異形の姿だった。夜の暗さ故にその姿がハッキリとは見えないが化神らしき姿の物もいる。

 

『しかも、よりにもよってぇ最初のお邪魔虫が貴女というのは嫌がらせでしょうか? ねえ、御伽装士ビャクアさん』

「その口ぶりからするとお前はメタローですね」

『はぁい♪ ボク、ナイトメアメタローと言うのです。仲良くしてくださいねぇ?』

 

 一団を率いている雰囲気を放っている案山子の顔を持ち、魔女帽子とローブを身につけた怪人が甘ったるい声色と口調で名を名乗った。

 魔人教団――数多の並行世界の侵略を企てる高次元生命体メタローによって結成された者たちの一員であると。

 

「またですか。ムゲンにはどうやっても勝てないから侵略先の鞍替えでもしましたか?」

 

 今夜の騒ぎに魔人教団が暗躍していることを知ったビャクアは冷やかに数奇な運命で知り合った異世界の戦友の名前を上げて彼らに皮肉を飛ばした。

 

『残念だけど、今回は別件ですぅ。ちょっとした掘り出し物を見つけたので穢れという独自の瘴気が存在しているこの世界ならダムド(彼ら)の脆弱さを少しは強化できるかと実験をしていたんですが……おかげで予定が丸潰れですよ』

「安心してください。このままお前たちも潰してあげますので」

 

 強気な姿勢を崩さないビャクアにナイトメアメタローの隣にいた翅を持つ化神が殺気を放って威嚇した。瞬時にビャクアも臨戦態勢を取るが予想外なことに化神の目の前にピッチフォークのような杖を倒したナイトメアメタローがこれを宥めた。

 

『今夜のところは退散しますのでご安心を♪ これでも色々と忙しいのでこちらの世界に構ってばかりはいられないんですよぉ』

 

 愛らしくもふてぶてしい態度を崩さないナイトメアメタローの目配せで彼女の背後にいた大柄な山羊頭の異形が瞳を妖しく光らせると彼らの背後に並行世界を渡る光の門が展開した。

 

「逃げる気ですか!?」

『はぁい。忙しいって言ったでしょう? 今回は尻尾を巻いて逃げてあげますぅ』

 

 ナイトメアメタローたちは躊躇うこともなく光の中へと消えていく。

 迷いのない逃亡。引き際を見誤らない優れた判断とも言える。

 

「お前たちを見つけて、黙って見送るとでも思いましたか!」

『いい判断ね。アレ、放っておくと大変なことになるでしょうから』

 

 メタロー達を追い掛けようと傍に控えさせておいた愛機ハヤテチェイサーに跨って追跡を開始するビャクアの脳内に突然、謎の少女の声が響いたのはそんな時だった。

 

「いまの声は? いえ、いまはそんなことより!」

 

 閉じかける光の門を睨み、ビャクアは愛機のスピードを全開に加速して間一髪で飛び込んだ。ビャクアとハヤテチェイサーを強い光が包んでいく。

 激しい閃光が収まった時、大荒れになった墓地にはお堂の屋根で気を失った女性以外は野良犬一匹いない、もぬけの殻へとなっていた。

 

 

 

 

 目が眩むような光の中でビャクアはハヤテチェイサーのハンドルを無我夢中で握り締めていた。

 ここではあらゆる感覚が麻痺しているようだった。

 濁流に飲まれたかのように身体の自由は効かず、ただ流れに押し流されていく。

 

「ふわあぁ……っと!?」

 

 やがて、どこまでも終わりなんて無いように思えた光のトンネルが唐突に途切れて、再び視界には夜が広がる。

 いつの間にか変身が解けていた沙夜は跨ったハヤテチェイサー共々どこかの高架下に弾き出されていた。

 あわやコンクリート壁に激突する寸前でブレーキが間に合った彼女は大きな安堵の息を吐き出すと愛機から降りて用心しながら周囲を見渡す。

 

「ここは……無事に彼らが逃げた先へと辿り着けたのでしょうか?」

 

 夜の高架下は幸か不幸か無人の静けさが広がっていた。

 しかし、遠くでは電車の走る音や車のクラクションなどが聞こえてくる。

 少なくとも人間が生活している気配が沙夜の心を平常心へと落ち着かせていく。

 

「ふふっ、安心なさい。貴女はちゃんと物語の舞台に招かれたわ。この並行世界の東京にね」

 

 何か現在地が分かる物を探してあたりを歩いて回っていた沙夜の背後から、唐突に聞き覚えのない少女の声の囁きが鼓膜をくすぐった。

 背筋に悪寒が走る感覚を振り切って、彼女は反射的に力を込めた腕を振るって背後を向いた。しかし、そこには誰もいない。アスファルトで舗装された道路がどこまでも伸びている。

 

「あら、ごめんなさい。少し戯れがすぎたかしら?」

「……貴方は誰ですか? 何を知っているんです」

 

 再びの呼び声に沙夜が警戒しながら視線を向けるとそこには一人の少女が街灯の隣に立っていた。

 銀の髪に、透き通るような白い肌。

 まるでおとぎ話に登場する妖精のような美しい少女だ。

 蠱惑的な雰囲気を醸し出す透けた薄手の紫色をしたナイトドレスに白く扇情的な肢体を包む。

 両手に巻かれているミスマッチなチェーンの小物が少女を娼婦のようにも、虜囚のようにも見せる。

 

「私、ノーアンサーというの。以後お見知りおきを」

「どうも」

「まあ、そんな怖い顔をしたら折角の美人が台無しよ」

 

 およそ人名とは思えない名前を添えて自己紹介した不思議な少女は優雅にスカートを端を摘まみ、お辞儀をした。どこか一方的とも思えるが友好的な態度を見せるノーアンサーに沙夜は態度を強張らせた。

 彼女の纏う雰囲気にただならぬ気配を感じ取ったからである。

 何よりもこのノーアンサーは並行世界が戯言ではないことを知っている。必要以上に警戒することは無駄なことではないと沙夜の直感が告げていた。

 

「困ったわ。貴女とも仲良くお喋りをしてみたかったのだけれど、どうしましょう。そうだ……信頼の証として、良いことを教えてあげましょう」

 

 ノーアンサーは嘆いたり、はしゃいだりとどこか作り物の雰囲気が漂う百面相を演じながらパンと手を叩いて、小首をかしげると信じられないことを語り始めた。

 

「望月沙夜。貴女が戦ったあの怪人たちの正体はダムド。本来は私が流れ着いたある世界に存在する生者を狙って襲う亡者のようなもの」

「なっ……!?」

「ダムドの脅威はその数。だからこそ、墓地での貴女の戦いは正解だったわ。ダムドたちは群れを率いるボスダムドと呼ばれる格上のダムドを倒せば通常の個体たちも連鎖式に消滅するのよ」

 

 その場にいなかったはずなのに墓地での戦いと彼女自身もその正体に疑問が尽きなかったダムドの詳細を滔々と告げるノーアンサーに沙夜は愕然とした。更に恐ろしいことは彼女は自分の名前さえも知っていた。

 

「どう? これで私のことを少しは信じてくれるかしら?」

「何故、そんなことを教えるんですかノーアンサー。貴女の狙いが私には分かりません」

「魔人教団……彼ら断りもなく私のいる世界にやって来て、ダムドを何種類か鹵獲していったのよ。それだけでなく一部の化神たちも傘下に引き入れて、この世界で良からぬことを企てている」

 

 氷のように冷ややかに、しかしどこかお気に入りの演劇を楽しむかのような陽気なく声で先の戦いの背後で進行している悪しき者たちの動向を語るノーアンサー。

 沙夜は続きを促すように黙って頷き、前髪の隙間から真剣な眼差しを見せる。

 

「彼らのことをそこまで嫌うつもりはないのですけれど、今回は少し調子に乗り過ぎているなと思ったのです。な・の・で♪ 今回は貴女たち仮面ライダーに助け舟を出したということです」

「ノーアンサー……貴女は味方だと本当に信じても良いんですね?」

「敵ではないですね。今回の私はパトロンのようなものだと考えてくれれば結構よ」

 

 無償の味方ではないよと暗に言っているようなノーアンサーの口ぶりに僅かに俯いて考えていた沙夜だったが気が付くと目の前から彼女の姿が忽然と消えていたことに気が付いて慌てて街灯に駆け出した。

 

「消えた……移動したような気配も何も感じなかった」

『頑張ってくださいね、仮面ライダー♪ 悪を挫き、怪物を討ち果たす、正義と自由の騎士! せいぜい、私を失望させないでね』

 

 冷や汗を一筋流しながら、身構えて周囲を窺う沙夜の脳内にノーアンサーの蠱惑的な声が響いた。

 激励に聞こえたが彼女の纏う雰囲気からか虚ろな嘲りにも聞こえるそんな嘯き。 

 そして、それを最後に彼女がいた気配や痕跡は完全に途絶えてしまう。

 

「何はともあれ、進むしかありませんね」

 

 何度か深呼吸を繰り返して、混乱する心を静めた沙夜はその場を移動することにした。

 魔人教団。化神。ダムド。それにノーアンサー……誰一人として油断できない。

 それに初歩的なことだが沙夜には戦うべき相手以上に不安が付き纏う問題があった。

 

「それにしても東京ですが……困りました。東京なんて大都会、こんな形で来るとは心の準備がまるで出来ていません」

 

 沙夜は頭を抱えて大いに狼狽した。

 地方出身に加えて、御伽装士の修行の為に殆ど京都の山奥で過ごしていた彼女にとって東京都は雲の上のような存在だった。何なら、都会は怖い所という少し偏った古風なイメージさえ持っている。

 異世界とは言え、いつかは観光で訪れたいと思っていた東京へやって来てしまった彼女は山積みの問題をどうやって解決していこうかと苦悩しながらも御伽装士としての心を研ぎ澄ませてこれからについての方針を強かに思案し始めた。

 

 

 

 

 夜の街を少々探索したのちに沙夜は無人のビルに忍び込むと屋上に上っていた。

 理由は二つ。

 安全が確保できる野営地の確保。

 ハヤテチェイサーに取り付けたサイドバッグに最低限のサバイバルグッズが積まれているので数日程度の野宿は問題なく行える。財布も持参しているが出費は可能な限り抑えたいところという理由もある。

 都会慣れした沙夜と同世代の少女なら漫画喫茶やネットカフェで一夜を過ごすなど普通のことだが残念なことに彼女にその発想はない。

 もう一つはこの異なる東京の全容を知るためだ。

 限りなく近いとはいえ差異がないとは決して言いきれない。

 そして、その懸念は的中した。

 

「なんですか、あれ……?」

 

 東京の夜景は煌びやかで沙夜も感激を覚えた。

 しかし、明らかな異物を見つけて彼女は動揺して表情を曇らせる。

 この東京には東京タワーとスカイツリーに続いて第三の塔が我が物顔でそびえていた。

 禍々しいオーラを放つ漆黒の巨大な螺旋の塔がそこにはあった。

 

 

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