仮面ライダーハーメルンジェネレーションズ THE SECOND CROSS 作:マフ30
※今回のお話は銀姫の作者である春風れっさー様が全編執筆をされております。
例え突如転移したとしても謎の塔が聳えていたとしても、東京は東京だった。夜の帳が降りても眠らない大都市は、時計の針がそこそこ高くなった現在も人がひっきりなしに行き交っている。日がとっぷり暮れた街並みを彩る騒がしい学生や酔客の間を、
「……うぇ~ん。楽しそうな物は沢山あるのに……」
日本で最も賑やかな都市と言って差し支えない東京は遊び場も豊富だ。げっそりした表情で歩道を行く朔月の目の前には飲食店やゲームセンターなどが建ち並び、夜だというのにどこも賑わっている。
遊びたい盛りである朔月なら誘蛾灯に群がる羽虫のように釣られてもおかしくはない……本来、なら。
「お財布がないよ~」
かくりと項垂れ朔月は嘆息した。今現在、彼女の持ち物は胸から下げているマリードールとブレザーのポケットに入っていたスマートフォンだけだ。肝心の財布は教室机に下げた通学鞄の中。つまりローゼンメタロー退治に慌てて外へ飛び出した朔月は持って来れていなかった。まさかこのような事態になるとは夢にも思わなかったのだから仕方ないが、それでも朔月は過去の自分を嘆かずにはいられなかった。
「マジほんと、どうしよー……寝るとこもないし……」
家庭に問題のある朔月は友人宅やネットカフェ、漫画喫茶を渡り歩くこともあった。それ故外泊には慣れている。なのでスタンプの溜まった全国支店共通の会員証なども持っているのだが、その会員証も財布の中ではどうしようもない。
スマホの中に電子マネーが入っていればまだ良かったのだが、纏まった金を用意しづらい上に銀行口座も持っていない朔月は特に契約などもしていなかった。その後悔も嘆きに加わっている。
一文無し。それが世界を股にかけたことよりも重くのし掛かる現在の一大事だった。
「はぁ……」
取り敢えず歩き疲れた朔月は、植え込みの縁を椅子代わりにして休むことにした。近くでは何人かの男女がスマホを手に暇そうに立っている。待ち合わせをしているようだ。これから飲みにでも行くのだろう。それを横目にして朔月は膝を抱える。
「これはこのまま野宿かなー……」
流石の朔月も野宿をした記憶は幼少のみぎりのみだ。ご飯代を使うという発想も友人の家に転がり込むという発想もなく家出した過去の思い出。公園のベンチの上で寝転がって夜を明かしたあの頃を思うと、当時はよく無事でいられたものだと肝が冷える。今同じ事をしようとすればどれだけのリスクがあるのかは分かっているが、このままでは背に腹は代えられず……。
「はぁ……」
「ねぇ君」
何度目になるか分からない溜息をついていると、ふと声をかけられた。沈鬱に俯いていた顔を上げると、そこには髪を金髪に染めた若い男の顔があった。アクセサリーや腕時計を身につけて、如何にも遊び慣れているという風をアピールしている。
「いくら?」
「はぁ?」
軽薄そうな笑みを浮かべてそんなことをのたまった若者に、朔月はポカンと口を開けた。しばらく呆けた後、自分に何を求められているのか理解して顔を赤くした。確かに朔月は夜に遊び歩くこともあるが、
「え、いや、その……わ、私そんなんじゃないですから!」
慌ててその場を離れようと立ち上がる。だが立ち去ろうとする朔月の腕を男は咄嗟に掴んだ。
「そんなこと言わずにさぁ。三万は出すよ。結構いいでしょ?」
男の強い力が手首を絞める。
「ひっ……間に合ってますからぁ!」
恐慌に駆られた朔月が必死に引っ張れば、どうにか腕は外れてくれた。そのままの勢いで逃げ出す。男の怒ったような声が背中にかかったが、振り返ることなく疾駆した。
「はぁ、はぁ、はぁ」
しばらく走っていると周囲からはいつの間にか人気が無くなっていた。どうやら繁華街からは外れたらしい。我に返った場所は、どうやら公園のようだった。夜の心地よくも寂しい静けさが辺りを包んでいる。
「はぁ、ふぅ……もう、ほんとヤダ……」
あんまりな出来事の連続で、疲れたようにして朔月は青いベンチの上に蹲った。このままここで寝てしまおうか。そんな考えすら浮かぶ。危険なことは承知の上だが、しかしあんな事があれば人混みの中に戻ろうという気も起きなかった。
夜風に背筋を震わせるそんな朔月の耳に、何か騒がしい音が届いたのはその時だった。
「な、なんなんだ君たちは!?」
「うわぁっ!?」
男性の叫び声。その声音と内容に秘められた緊迫感が朔月を起き上がらせる。
視線の向けた先は、声の主らしき中年男性。エコバッグを抱え、どうやら買い物帰りのようだ。そしてもう片方の腕では少年の手を繋いでいる。
恐らくは小学生くらいの、あどけないとすら言えるほど幼い少年。もうすぐやんちゃ盛りはそろそろ鳴りを潜め始めて大人への階梯をゆっくりと昇り出す、しかしそれまでにはまだ時間のある無邪気なお年頃。普段は溌剌とした元気を漲らせているであろう顔は、今は恐怖に歪んでいた。
二人を囲う、異形の集団に。
「っ、ダムド!?」
急に現われた見覚えのある奴輩に、朔月の意識は急激に研ぎ澄まされた。
街灯の明かりに黒光りする身体とイナゴそっくりの仮面を被った人型は、二人を分厚く囲っている。二人が逃げだそうとすればそれを追いかけ退路を塞ぐ、まるで獣の狩りのような光景。そしてそれを指揮するのは、また別種の異形だった。
水を塗り固めたかのような、透き通った身体。右腕は同材質のうねうねと蠢く触手を束ね、もう片腕は黒いカバーのかけられた無骨とすら言える機械となっている。蛍光灯の光を取り込んで淡く輝くその様相は、暗闇に浮かぶ幽霊のように不気味だった。
「あれは、ダムド、じゃない?」
朔月は知らない。それが集いし穢れが意思を持ち、人を喰らうようになった怪異――化神であることを。
既知の外な存在に面食らった朔月だが、その目の前で状況は決定的に変化する。ダムドの内一体が、男性の手から少年を分捕ったからだ。
「わぁっ!? おじさん!」
「章太郎! くっ、その子を返せ!」
男性は買い物袋を捨て手を伸ばすが、他のダムドの妨げられて届かない。ダムドは化神の前まで少年を連れていき、まるで献上するかのように手渡した。
『ふっ……丁度良いわね。これなら奴も気に入るでしょう』
「放せ、放せよぉっ!」
少年は滅茶苦茶に暴れて逃れようとするが、異形の触手はそんな少年の肢体を縛り付けて締め上げる。一本を口枷代わりに咥えさせられた少年は、悲鳴すら満足に上げられなくされる。
「んむーっ!」
『ふふっ、慌てなくてもいいのよ。このバケミヅキ様が……もうすぐ連れて行ってあげる。とても良いところよ』
妖しげに艶めいた口調で話すクラゲめいた異形、バケミヅキは少年を捕らえるとその場から踵を返す。ダムドの群れもまたそれにゾロゾロと続く。
「ま、待てっ!」
男性が追いすがる。が、ダムドの一体に突き飛ばされてしまう。勢いよく倒された男性は腰を地面に強打して、痛そうに呻いて立ち上がれなくなってしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
朔月は慌てて駆け寄る。だが男性は苦痛に顔を歪めながら少年を連れ去った奴輩を震える手で指差した。
「わ、私のことはいいから……章太郎を、章太郎を……」
「……分かりました。ここで必ず連れてくるので待っていてください!」
少し迷う素振りを見せたが、朔月は男性の言葉に頷いた。相手がダムドなら、自分が追うべきだ。
男性をその場に残し、朔月はダムドと、それを率いるバケミヅキを追う。人気の無い方へ行進する集団は見逃しようがない。すぐに追いつき、朔月はその背中に怒鳴った。
「待って!」
ピタリと、異形の集団が足を止めた。そしてダムドの群れを割るようにして、少年を縛り付けたままのバケミヅキが姿を現す。
『あら……可愛いお嬢さんがこんな夜更けに何用かしら?』
「その子を返して。あのおじさんの、大切な人らしいから」
家族、と断言できるほどの確信は持てないながらも朔月はそう感じ取っていた。そんな二人を引き裂くなど、あっていい筈がない。
『ふぅん。嫌だ、と言ったら?』
「だったら、力尽くでも!」
そう言える手段が、今の自分にはある。
朔月は制服のブラウスの下からマリードールを引き出した。ネックレスとなった白い女神像を掴み取り、細い鎖を力任せに引き千切る。瞬間、淡い光が集まって朔月の腹部に黒いベルトが現われる。
「変身!」
《 Silver 》
《 戦いは止まらない 何故?
運命は変わらない 何故? 》
バックルへマリードールを叩きつけ、朔月は銀の光に包まれる。夜の中で映える光が消えたそこには、彼女の戦闘態勢である銀甲冑が存在していた。
得体の知れない異界の地に、仮面ライダー銀姫が降り立つ。
『! ふぅん、仮面ライダーだったのね』
「んんっ!?」
バケミヅキが驚いたかのような仕草を取るその手の中で、心なしか少年が瞳を輝かせたように見えた。それに気付かず、銀姫はベルトの右腰を叩き右手に細剣を呼び出す。
「貴女が何者か知らないけど、放ってはおけない!」
夜闇の戦は、銀姫の一閃が開幕させた。バケミヅキに迫る剣撃は、しかしダムドが壁となって阻まれる。
「くっ、邪魔!」
煩わしそうにダムドの一体を裏拳で仕留める銀姫。それで黒い霧となって散ると知っていたかのように慣れた動きにバケミヅキはその正体を悟る。
『なるほど。どこから湧いたのかと思ったら……この悪霊たちと同じ巣の生まれなのね』
「同じに、して欲しくないけどっ!」
銀姫が銀刃を振るう度、ダムドは霧に還っていく。だがダムドもその数を生かして銀姫に爪を突き立てる。だがそのほとんどは、銀甲冑に阻まれて微かな傷をつけるだけに終わっていた。
「やあっ!」
ついにバケミヅキへ迫った銀姫はその細剣を上段へ振り上げる。が、バケミヅキは慌てることなく機械となっている左腕を突き出した。
『ふふっ、電気の味を知りなさい』
「えっ、きゃああっ!」
その瞬間、夜の闇に稲光が迸った。機械から発せられた紫電は甲冑を貫き、銀姫は感電して倒れ伏す。
「うっ……くっ……それ……」
『ふふっ。今頃気付いた?』
痺れる身を起こし銀姫が見上げる左腕。黒いプラスチックのカバーと先に覗いた微かな二つの金属片は、銀姫にも見覚えがあった。実物は知らずとも、テレビドラマなどでは出番がある――。
「スタンガンっ!」
『ご名答。ご褒美に、それ!』
「う、あううぅっ!」
再び電撃が奔る。再び打たれた銀姫は地面に横たわりながら魚のようにその場で跳ねた。それを面白可笑しそうにバケミヅキは嗤う。
『ふふふっ。人間の狂い悶える動きはいつ見ても可笑しいわぁ。そのまま躍り食いちゃいたいくらい……』
「むーっ!」
『ん? あぁ君はいいのよ。他の使い道があるから』
スタンガンの先で火花を爆ぜさせながら嘲笑うバケミヅキは、しかしもう片手の中で暴れ始めた少年に気が逸れる。喰われることに怯えたと思ったバケミヅキは締め付けを強めることで収めようとする。しかしその瞬間を狙い澄まし、銀姫は感電の痛みを堪え立ち上がった。
「っ、あああぁ!」
銀姫は、朔月は普通の女子高生だ。痛いのは嫌いで、苦しいのも御免だ。
それでも目の前で少年が苦しむ方が辛いと思う程度の良心はあったので。
痺れる身体を無理矢理前に押し倒し、まるで倒れる寸前を繰り返すようにしながら銀姫は走った。
『ふぅん? でも愚かね。電気より速い訳ないじゃない』
駆け出した銀姫に気付いたバケミヅキだが、慌てることなくスタンガンを持ち上げた。その先端部を向け、三度の紫電を放つ。
内心では大いに嘲っていた。二度電流に打たれても学習しない、突進しか能の無い愚物。何一つ障害となり得なかった手応えのない雑魚。そう嗤いながら勝利を確信し、その甲冑の下の柔肉の味を想像して舌舐めずりしていた。
「! い、ま!」
だが銀姫はしっかり学習していた。相手の紫電が迸るタイミング――それを見計らい、手にした細剣を投げた。
『えっ!?』
細剣は銀姫とバケミヅキの中間地点に放り投げられる。放たれた雷撃は、その銀刃の中へ吸い込まれ。
『しまった――!?』
避雷針。そんな言葉がバケミヅキの思考に浮かぶより早いか否か。
ワンインチ距離まで迫った銀姫が、拳を振り上げる。
「や、ああーーっ!!」
『ぐうっ!?』
鈍い音と共にバケミヅキの透き通った表皮へ鉄拳が突き刺さった。クラゲのような肉体はその見た目通り柔く、銀の拳を受け止めきれずに容易く歪む。緩んだ触手の拘束から、銀姫は少年を引き剥がした。
「君、大丈夫!?」
「ぷはっ! ……お姉ちゃん、仮面ライダー!?」
安否を確認する銀姫。
だが少年はそれよりも、自分を助けた戦士に対しキラキラとした瞳を向けた。
「え、あぁ、うん。そう、だけど……何で仮面ライダーのことを……」
予想だにしていなかったリアクションに銀姫は面食らう。取り敢えずは大丈夫そうだが、それにしても何故自分たち以外は知らない仮面ライダーの名前を知っているのだろうか。
戸惑う銀姫だが、視界の端から鞭のようにしなる触手が迫るのを見て慌てて少年を抱えながら身を屈める。数㎝上を過ぎ通った触手を忌々しそうに引き戻し、バケミヅキは怒りの視線を銀姫に注いだ。
『痛いじゃないの……! その子を返しなさい!』
「嫌に決まってるでしょ!」
『そう……! なら……!』
毅然と睨み返す銀姫に苛立ったバケミヅキは、触手の右腕を天に掲げる。それに呼応するかのように影の落ちた地面から、染み出すようにして大量のダムドたちが現われた。
その数――優に先の二倍。
「……やばっ」
ダムドの相手は慣れている銀姫だが、流石にこの数を、しかも少年という護衛対象を抱えてまで捌く自信は無かった。他のライダーとの共闘なら十分可能だが、今は一人だ。
「――逃げようっ!」
だから銀姫が取った選択は、その場からの逃走だった。少年を抱きかかえ、銀姫はその場から逃げ出す。
『逃がすわけ無いでしょう!』
当然、バケミヅキは追う。ダムドを猟犬のように放ち、夜闇の中のデッドヒートが始まった。
「お、お姉ちゃん……」
「くっ……」
少年と共に逃げる銀姫に、しつこく追いすがるダムド。それらを引き連れたまま人混みに飛び込む訳にもいかず、自然と退路は人気の無い方向になる。
どうにか撒ける場所はないか……そう彷徨っている内に辿り着いたのは、明かりのない病院らしき建物だった。
迷ってる暇はないと動いていない自動ドアを潜れば、そこは無人の受付。もうどこも閉院時間なのはそうだろうが、床には埃が厚く積もっており、しばらく人が入った様子は無さそうだった。
「廃病院……かな。でも人がいないのなら……」
夜の病院は一層不気味だったが、背に腹は代えられない。内心に湧く恐怖に目を瞑りながらそのまま廊下を駆け抜ける。だが、背後から反響する足音たちに歯噛みした。
「まだ追ってくる……うっ!」
そしてその音は、前からも聞こえてきた。別の入り口から先回りさせたようだ。挟み込まれた銀姫は近くにあった階段を昇るしかない。
「はぁ、はぁ」
「お姉ちゃん、大丈夫……?」
「大丈夫、だけど……!」
走っている内に息は上がってきた。しかしそれでもライダーの力が与える身体能力はスタミナも向上させている。走力自体はまだしばらくは持つ。だが……。
「もう、行き場が――!」
進退窮まっていた。
階段を昇って追跡の手を逃れようとしていた銀姫だが、遂に前後を完全に挟まれ近くの病室に逃げ込むしかなくなる。放棄されたパイプベッドだけが並ぶ殺風景なその部屋に入るしかなかったとはいえ、そこがどん詰まりであることは明らかだった。
逃すはずもなく、勝ち誇ったバケミヅキがダムドを引き連れ入室する。
『ふぅん。鬼ごっこもここで終わりよ』
「くぅ……」
降ろした少年を背後に庇いつつ、銀姫は悔しげに臍を噛む。背後には割れた窓。しかしそこから覗く視界は高い。銀姫の力なら飛び降りること自体は叶うだろうが足を挫くかもしれないし、庇ったとしても生身の少年が無事では済まない。
戦うしかない――この狭い場所で、少年を守りつつ?
無理だ。
『さぁ、その子を渡しなさい』
「誰、が……!」
言いつつも、銀姫は。
ただただ絶望的な想像ばかりを脳裏に描いている。
『殺しはしないわよ。その子はね。……でも今渡せば、苦しい思いも少なく済むわよ?』
流石にその甘言に釣られることはしないけど。
それでもやはり、希望が見えないのは確かで。
「………」
無言で構えるが、それもどこか力ない。それでもせめて最後まで守ろうと拳を握る。無力な自分にはそれしか出来ないから。
『ふふっ、まだ戦う気? 絶対勝てないのに』
分かってる。五月蠅い。自分が一番知っている。
自分は無力だ。身勝手な親に翻弄され、ちっぽけな家庭から抜け出す術すら持たず、友人たちとのぬるま湯な日常を拠り所にして、そんな自分から変身する力を分不相応にも願って、その所為で意味の分からない戦いに巻き込まれて、そこで自分が如何に無価値か思い知らされて――、
だからここで訳も分からず無意味に死ぬのだと。
自分が分かっているのに。
「そんなことない!」
それを否定する声が響いた。
背後から響く幼い声が、銀姫の抱いた絶望を否定する。
「仮面ライダーは、絶対負けないんだ! 追い詰められたってやられそうになったって、最後まで諦めずに、絶対絶対怪人を倒すんだ! だっておれは、
「……知ってる? 君は、一体――?」
そう、少年は知っていた。
だからこそ、訪れる。
ヒーローの
ヒーローの登場する、絶好の
「ハイヤァ――!!」
割れた窓から風が吹き込む。
穢れを悉く吹き払う、気高き白疾風が。