仮面ライダーハーメルンジェネレーションズ THE SECOND CROSS   作:マフ30

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■銀と白

 

 

 バケミヅキとダムドの一団によって廃墟の病院に追い込まれた銀姫と章太郎。

 逃げ場もなく、多勢に無勢の窮地に陥った彼女たちと怪人たちの間に割って飛び込んできた白疾風の正体は紛れもなくハヤテチェイサーを駆るビャクアだった。

 事の詳細は朔月がナンパ男から逃れて人気のない公園に辿りついた頃にまで遡る。

 

「まさか東京で野宿することになるとは思いませんでした」

 

 謎めいた螺旋の塔が聳える東京に不安を募らせながらも、土地不案内な場所を夜に動きまわるのは危険と判断した沙夜はビルの屋上で夜を明かすつもりで手際よく準備をしていた。

 

「ふーん……貴女って意外と図太いのね。枕が変わっただけで眠れないような顔をしているから驚いたわ」

「……ッ!? またですかノーアンサー! 今度は何の用で?」

 

 持ち込んだ寝袋を広げようしていると気配もなく背後から囁かれる甘ったるい女の声。臨戦態勢とまでは行かないが険しい表情で沙夜が後ろを振り向くとそこにはナイトドレスを纏ったあの美少女が立っていた。

 

「これ、銀姫に渡しておいてちょうだい。無一文につけ込まれて悪い男の食い物にされていたんじゃ元も子もないからね」

「え、あの……銀姫って誰ですか?」

 

 ノーアンサーがにべもなく手渡したのは持ち主不明の通学鞄だった。

 もちろん沙夜自身の物でもないが目の前のナイトドレスの少女があまりにも自然に差し出してくるので咄嗟に彼女はノーアンサーに持ち主の詳細を聞くのもあやふやに通学鞄を受け取ってしまう。

 

「きっと会えるわ。それじゃあね。私は確かに貴女に預けたから。よろしくね望月沙夜」

「待ちなさいノーアン……サーって……ああ、全くなんなんですか一体!」

 

 言いたいことを好き勝手に伝え終えると彼女はまた幻のように忽然と消えてしまった。

 破天荒な上司には慣れているがそれとはまたベクトルが異なる傍若無人さをみせるノーアンサーに穏やかな性格の沙夜も耐え難いものがあり珍しく声を荒げた。

 しかし、受け取ってしまった以上は持ち主に必ず届けなければならないと頭を冷やしてジッと鞄を見つめた。

 

「うぅ……本当にすみません。どなたのものか存じませんがちょっとだけ、失礼します」

 

 隈なく見回してみたが外側に持ち主に繋がる手掛かりは皆無だ。

 なので沙夜は罪悪感を覚えつつ、通学鞄のファスナーを開いて中身を改めることにした。壊れ物がないか慎重に物色をしていくと教科書や可愛らしい文房具といったものからお洒落な小瓶に入った香水などが確認できた。

 

「たぶんですけど、私と同じ高校生ですよね? あ、これ……学生証?」

 

 教科書と筆箱以外は御守衆の仕事道具ばかりが入っている面白みのない自分の通学鞄とは正反対な輝く盛りの女子高生らしさに溢れた中身に宝箱を漁るような高揚感を沙夜が密かにか感じていると顔写真付きの学生証を見つけた。

 

更科(さらしな)朔月(はじめ)

 

 学生証には垢抜けた雰囲気の見目美しい少女の写真が付いていた。

 噛み締めるように、刻まれた名前を呟く。この通学鞄の持ち主、更科朔月――まずは彼女を探すことから始めよう。

 魔人教団や彼らと結託したと思われる化神たちを止めるための足掛かりを見つけて少しだけ沙夜の心に安堵が芽生えた時だった。

 地上の一角で謎の激しい閃光が闇夜を照らした。

 

「いまのは!? どうやら、ただ事ではないようですね」

 

 慌てて屋上の隅まで駆け寄って目を見張ると更に紫電が断続的に夜の暗さを晴らす。沙夜が耳を澄ませば微かに悲鳴のような声も風乗って流れてくるではないか。

 

「オン・カルラ・カン・カンラ」

 

 少なくとも不良やチンピラの喧嘩程度の物ではないと察知した沙夜はブレスレットに偽装した白鴉の怨面を手に取った。

 

「白鴉の怨面よ、お目覚めよ。ハッ!」

 

 言霊を受け小物サイズから大きく変化した怨面を被りながら、沙夜は迷いなくビルの屋上から飛び降りる。

 

「クゥ……ア、ァ、ゥアア――……――変身!」

 

 夜風を切って地上へと落下する沙夜の素肌に赤く妖しげな無数の蛇紋様が浮かび上がり、怨面から注がれる超常の力と怨念無念の疼きを受け止めて、彼女は凛とその二文字を叫んだ。

 白く輝く旋風を纏って望月沙夜は超人へと姿を変える。

 御伽装士改め、仮面ライダービャクアへと。

 

「いきますよ、ハヤテ!」

 

 地面へ激突寸前にビル壁を蹴って跳躍したビャクアは呼び出した式神ビークル・ハヤテチェイサーに軽業師のように跨って、不穏な気配を辿ってあの廃病院へと辿りついたのだった。

 

 

 

 

 白き二輪の双眸(ライト)から溢れる光が群がるダムドたちを睨んでいた。

 荒馬の嘶きのようなエンジン音がバケミヅキを威嚇していた。

 鉄の駿馬に跨る仮面の騎兵は片手に朱色拵えの羽団扇を握り、静かに闇の住人たちに立ち塞がる。

 

「あ、あなたは……?」

 

 あまりにも突然のことに銀姫は――朔月は無意識に両手を握り締めて身構えた。

 彼女の知る限り、バイクは空を飛びはしない。

 それなのにこの白い天狗か武者のような恰好の人は地上から三階以上の高さはあるこの病室にバイクに乗って跳び込んできたのだ。困惑せずにはいられなかった。

 

『ふぅん、この忌々しい気配……御伽装士ね』

「えっ、おとぎ……ぞうし?」

 

 妖艶な佇まいで舌打ちするバケミヅキ。

 追い詰めた獲物を前にして勝ち誇るような優越感に若干の憎悪が混じる。

 無言のビャクアに代わって背後にいた銀姫がバケミヅキの発した場違いな言葉に首を傾げた。

 

『けれど愚かね。無策で真正面から私の前に姿を晒したことを悔やみなさい!』

「っ……あぶない!」

 

 攻撃動作に入ったバケミヅキを見て、銀姫が反射的に声を上げた。

 彼女の脳裏に蘇る苦痛と痺れ。

 何よりも恐ろしいのは攻撃が来ると分かってからでは防御も回避も難しい速さ。

 しかし、バケミヅキの漆黒の機械腕は無慈悲に持ち上がり、先端から紫電が放たれようとする。

 

「カンラ!」

『ぐぅ、きゃああああああ!?』

 

 紫電が真っ直ぐにビャクアを貫通するよりも前に朽ちた病室に突風が巻き起こった。

 退魔七つ道具の壱・天狗の羽団扇の一振りから生まれた神通力を込められた旋風がバケミヅキとダムドたちをまるでミキサーに放り込んだように掻き回す。

 確かにバケミヅキの雷撃は速かった。だが、そこには技の起こりという隙が存在する。

 羽団扇から生まれた突風はそんな雷電よりも無縫であった。

 

「失せなさい! ハヤテ任せます!」

【■■■■――!!】

 

 一喝するような叫びと共にビャクアがもう一振りと羽団扇を振るうとバケミヅキたちに叩きつけられた暴風が寂れた病室の壁ごと異形たちを吹き飛ばした。

 更には追い討ちとばかりに自走を始めたハヤテチェイサーがバケミヅキをピンポイントに狙って突進し、完全に廃病院の外へと追い出すことに成功した。

 

「す、すごい風!? 君、平気!?」

「うん! それよりすげー! また知らない仮面ライダーが出てきたぁ!!」

「は、はは……男の子って無邪気でいいよね」

 

 気を抜いたら巻き込まれて明後日の方向へと吹き飛ばされそうな強風に銀姫は咄嗟に章太郎と抱きしめてその身を案じる。だが、章太郎の方はというと新たに現れた謎の仮面ライダーに先程まで絶体絶命だったことも忘れて、興奮気味に目を輝かせていた。

 

「あ、あの……!」

 

 小旋風が収まったところで銀姫はビャクアのそばに歩み寄ろうとして――ぎこちなく足を止めた。

 不意に彼女の心に重く纏わりつく泥のような不安がこみ上げる。

 銀姫の世界にとって、いや朔月の認識の中では仮面ライダーとはどんな願いも叶えられるという夢のような玉座を狙って争い合う少女たちの呼び名だ。

 七人が最後の一人になるまで殺し合う凄惨な遊戯。

 殺人に忌避感を抱き同盟を結ぼうと考える者たちもいるが誰しもが譲れない願いを持っている。捨てることのできない欲望が悪魔の囁きとなって少女たちの背中を押し、自分以外の他人を欺き、騙し、陥れ、命を奪おうと画策する。

 毎夜繰り返される地獄のような祭典に足を踏み入れてしまった朔月は何度となく身も心も引き裂かれるような思いを味わってきた。

 

「……っ」

 

 だから、咄嗟に体が強張る。

 助けてもらったお礼を言おうとした舌が何も言えずに渇いていく。

 あなたは誰と問いかけるだけの簡単な言葉が固く閉じた口の中を詰まらせる。

 あなたは敵なの、味方なの?

 知らないという恐怖が朔月の心を(やすり)でなぞるようにいたぶる。

 分からないという不安が銀姫の四肢を最悪の展開に備えて身構えさせた。

 

「ご、ご無事ですか! ごめんなさい、少し気合を入れて風を起こし過ぎてしまいましたぁ」

「ふぇ?」

 

 銀姫がなんと声をかければいいのかとまごついているとビャクアの方が先に動きだした。思わずビクリと肩を震わせた銀姫だったが目の前の白武者は上擦った声で謝りながら何度も深々と頭を下げてきた。

 予想していなかったリアクションに銀姫は鉄仮面から露わになっている口をポカンと開けて驚いた。そんな彼女にビャクアは何度も平謝りをしながら、しゃがんで目線を合わせてから章太郎にも謝罪の言葉を伝える。

 

「君も風で飛んできた小石かガラスとかで怪我をしてないでしょうか? 怖い思いをさせてしまってごめんなさい」

「平気だよ! それよりお姉ちゃんも仮面ライダーだよね! なんか響鬼みたい! 名前は? なんていうの! おれは藤堂章太郎っていうんだ」

「よかった。ライダーのことをご存知なのですね。私は御伽装士……じゃなかった。仮面ライダービャクアと言います」

 

 怪人に襲われた恐怖よりも知らない仮面ライダーに会えた。助けてもらった。もう一人いた。というスーパーコンボを体験して爆発したライダー愛の賜物か章太郎はぐいぐいとビャクアにも話しかけていく。けれど、そんな子供の無邪気な行動力のお陰で病室の空気は僅かに緊張感が解れた。

 

「あの! 私は仮面ライダー銀姫。助けてくれてありがとう」

「いえ、そんな。私なんて銀姫さんが章太郎くんをここまで守ってあの数を相手に奮戦し続けてくれていたお陰で間に合っただけのことで……ぎんき?」

 

 銀姫は勇気を出してビャクアに声を掛けて名を明かした。

 なんとなくだけどこの子は敵じゃないと信じてみようと思ったのだ。

 すぐに返ってきた穏和で落ち着いたビャクアの言葉に銀姫は内心で何とも言えない嬉しさを噛みしめた。

 

「え……あなた銀姫さん? えぇっ、銀姫さん!?」

「うん? そうだよ。それがどうかした?」

 

 けれど、銀姫が安心したのも束の間に彼女の名前を聞いた途端にビャクアの様子が変わった。

 

「初対面で失礼ですが銀姫さんが更科さんで間違いないですか? その、更科朔月さんでよろしいんですよね?」

「ひゃい!?  どうしたの急に? あと、ごめん……できれば名字よりも下の名前で呼んで欲しいかな? 自分の名字、好きじゃなくて」

 

 突然両手をガシっと掴まれて食い入るような勢いで尋ねられるものだから銀姫は思わず頬をひきつらせてたじろいだ。赤い双眸を備えた白い鴉面で密に迫られると中々に怖いものだ。

 それに更科と呼ばれたことがチクリと彼女の心に不快感を覚えさせる。

 身勝手で自分のことを生まれてこなければ良かったとまで言い放った両親と同じ名字で呼ばれること、それは朔月にとっては十分過ぎるほどの責め苦だった。

 

「ぁ……不躾にすみませんでした。では朔月さん、あなたのことを探そうとしていたんです。ノーアンサーという女からあなたの通学鞄を預かっていまして」

「へ? そうだったの!?」

「はい。こんなに早くお会いできてよかったです」

「よかったぁ~私の方こそ見つけてくれてありがとうだよ~」

 

 思ってもみなかった報せに銀姫は嬉しさのあまりビャクアに抱きついた。

 互いの鎧同士が擦れる歪な音が響くがそんなことはいまはお構いなしだ。こんなスキンシップは仲の良い友人たちとも滅多にやらないがここに至るまで様々なトラブルや痛い思いもしてきた朔月には右も左も分からない異世界で信用できる味方と自分の通学鞄が見つかったことは嬉しい出来事だった。

 

「キシャアアアア!!」

 

 けれど、嬉しいことは長くは続かない。

 朗らかな空気を壊すような亡者の呻きが再び闇に木霊したと思うと銀姫たちがいる病室に目掛けて無数のダムドたちの第二波が押し寄せてきたのだ。

 

「あいつらまた……!」

「お互いに色々と話し足りませんがまずはこの場を切り抜けましょう」

「そうだね」

 

 唇を真一文字にキュッと強く結んで少女二人の仮面ライダーは並び立つ。

 敵意をぶつけられることも、遅かれ早かれ傷つけ合いことを憂う必要もない味方であるビャクアの存在はここまでの戦いで決して疲れ知らずというわけではない銀姫に活力を漲らせた。

 病室に侵入してきたダムドたちを徒手空拳で殴り抜き、ビャクアと手分けして押し返すと一転して閑散とした廊下へと飛び出した。 

 

「露払いは私が! 銀姫、あなたは章太郎くんと私の背中をよろしくお願いします」

「! 分かった」

 

 廊下は思っていた以上にダムドたちで溢れていた。

 外に撥ね飛ばしたバケミヅキか新手が使役しているのかは定かではないが群のボスを仕留めなければこちらが不利になる一方だと判断したビャクアがすかさず一つの陣形を提案し、銀姫も頷いた。

 

「退魔七つ道具が其の参――雲薙ぎの大鎌!」

 

 化神退治ならば自分の役目だと奮起したビャクアの手に蒼鋼の武骨な大鎌が握られると廃墟の屋内には鋭利で冷やかな三日月が顔を出す。

 

「ハアアア――!」

「あの子すごい……よし、私も!」

 

 通常の建物よりも幅も高さもゆとりのある廃病院の廊下を縦横無尽に鎌刃が乱舞する。

 本能のままにビャクアに突っ込んでいくダムドたちは次から次へと斬り伏せられていく。その光景はまさに草刈りだ。生い茂った雑草を纏めて片付けるようにビャクアは巧みな体捌きで操った大鎌で敵の集団を薙いでいく。

 

「はぁっ……! やあっ!」

 

 一方で銀姫も果敢にダムドを迎え撃つ。

 いくら広範囲の攻撃手段を持っていると言ってもダムドの数は夥しく、討ち漏らしや他の通路を用いて回り込んでくる勢力がいる。

 そんなダムドから章太郎やビャクアの背中を鉄壁の防御で守りながら力強い拳打やキレのある蹴りで応戦していく。求められる技量は高く、実行するのは至難な役目を銀姫は見事にこなしていく。

 

「このっ!」

「助かりました。頼りになります」

「お互いさまだよ。ッ……ビャクア、前からまた」

「お任せください! ハイヤァ!」

 

 仲間のダムド達を囮に鎌刃の嵐をすり抜けてビャクアの背後を取ったダムドを銀姫がすかさず殴り飛ばす。背中に頼もしい仲間の存在を感じながらビャクアは大鎌を風車の如く振り回すと両壁のコンクリートごと前方に残ったダムドをまとめて撫で斬った。

「かなり数が減ってきたね」

「はい。このまま一気に脱け出して、群の頭目を……えっと、ボスダムドでしったっけ? あれを倒さないと」

「そんなことまで知ってるの?」

「まあ、はい。あのノーアンサーという人が色々と一方的に話していかれたので」

 

 背中合わせで阿吽の呼吸の大立ち回りとはいかないがそれぞれの長所を活かし合った即席のコンビは次から次へと湧いて出てくるダムドを蹴散らしながらどうにか二階にまで進むことができた。

 勝利への糸口が見え始め、二人の間にはお互いの事情を話し合える程度の余裕も出て来た時だった。悪意は思いもよらぬところから忍び寄り、足元を掬うのだ。

 

「それに魔人教団がこのダムドを率いて私の世界に!? なにっ……うあ、ああ!?」

「ビャクア!」

「ビャクアのお姉ちゃん!?」

 

 割れた窓の外から見覚えのある半透明な何本もの触手が伸びてきたかと思うとビャクアの肢体に絡みつき、彼女を外の闇の中へと飲み込んでしまったのである。

 

「キシャアアアア!」

「このっ! 章太郎君、私から離れないで!」

 

 目の前から連れ去られたビャクアに焦りと心配を覚えながら、銀姫は気丈に章太郎と守りながら生き残っていた屋内のダムドたちを打ち倒す。

 再び章太郎を抱えて階段を駆け下りて、エントランスからビャクアを助けに向かおうとしていた銀姫にはまるでゾンビ映画のように荒れた敷地内を徘徊するダムドたちの姿が広がっていた。

 

「まだこんなに……どうすれば」

 

 僅かな共闘で何となくだがビャクアは自分よりも戦い慣れているんだなという実感があった。しかし、いくら彼女でもあれだけの数のダムドを一人では相手にできないのは明白だ。

 すぐにでも助けに行きたいが子供の章太郎を連れてあの敵の密集地帯に飛び込んでいくだなんてそれこそ無謀窮まりない。

 どう行動すればいいのか、最適解が見出せずに刻一刻と無情に時間だけが過ぎ去っていこうとしていた時だった。

 

「お姉ちゃん、行ってあげて!」

「章太郎君……だけど」

「おれは大丈夫だから、良いこと思いついたんだ」

「良いこと?」

「うん! だから銀姫のお姉ちゃんはビャクアのお姉ちゃんのところに行ってあげて! ライダーは助け合いだよ!」

 

 勇気を振り絞ったのは銀姫だけではなかった。

 少年の決意が彼女の背中を押す。

 

 

 

 

「ぐああっ!?」

『ふふっ、高いところから急に突き飛ばされる気分はどうかしら?』

 

 一方のビャクアは触手に捕らえられたまま地上に叩きつけられて苦しげに体をよがらせた。不意打ちをしてきた存在の正体を察して痛みを堪えながら立ち上がったところを狙ったかのように全身に絡みつく触手の縛りが強さを増し、ねっとりとした嗤いが響いた。

 

「深手は負わせたつもりでしたが予想外に元気そうですね。不覚です」

『丁度いいダムド(捨て駒)が沢山いるからねえ。ちょっとクッションになってもらったわ。あの機械仕掛けの駄馬はスクラップにする前に逃げられてしまったけれどね』

 

 軽いダメージを受けただけでまだまだ余力をみせているバケミヅキの真相を聞かされてビャクアは内心で下衆な真似をと悪態をついた。同時に予想外のハプニングに抜け目なく一目散に逃亡した愛機の自由奔放さには溜息が出る。無事なのは幸いだがせめて、なにかしらの報告はして欲しかったと。

 

「ぐぁああ! 退魔七つ道具が……がっ、ああああ!?」

 

触手に締めつけられて軋む全身に鞭打って反撃を試みたビャクアを嘲笑うようにバケミヅキの雷撃が容赦なく牙を剥く。

 

『させないわよ? 貴女もあの子に劣らず美味しそうだから残念だけど、御伽装士はしっかりと殺さなくっちゃね? さあ、存分に苦しんで滑稽に死に絶えなさい』

「いぎ……がああああああ!?」

 

 耽美な捕食者の笑みを浮かべてバケミヅキは左腕のスタンガンの紫電を右腕の触手に伝導させてビャクアへと念入りに流し込んでいく。

 ガクガクと両脚を痙攣させながら、崩れ落ちそうなところを寸前で踏ん張るが絡みついた触手から直に絶え間なく体を蝕む電流に壊れた玩具のように震えた悲鳴を上げ続ける。

 

『無様ね! いいわよ、私がちゃんと見ていてあげるから人間としての尊厳も誇りも全部垂れ流して無様に死んでしまいなさい』

 

 完全な勝ちを確信してバケミヅキは哄笑を上げた。

 自分とビャクアの周囲には城壁を築くようにダムド達を配置させて、例え銀姫が加勢に来ても容易には辿りつけないようにしてある。

 あの良質な愛玩動物の素質がありそうな少女にビャクアの死を見せつけてから嬲るも良し、二人仲良く屠ってしまってもそれは一興だとバケミヅキは溢れる嗜虐心を昂らせて雷撃の出力を増そうとしていた。

 だがしかし、バケミヅキが自らの完全勝利のために周囲を囲ませたひしめき合うダムドの群れこそが彼女たちの命運を分けた。

 

「そんなこと――」

『は?』

「させない!」

 

 細剣の銀閃がバケミヅキの触手を断ち切ると返す刀で振り抜かれた二太刀目が透き通った顔を逆袈裟に切り裂いた。

 

『ギャアアァァァッ!?』

 

 癇癪を起したようなバケミヅキの悲鳴が夜闇に響く。

 攻めに前のめりになるあまり、あまりにも無防備だった顔面に食らった斬撃はただの痛みに留まらない。バケミヅキのプライドや余裕を徹底的にズタズタにしたのだ。 

 

「間に合った……大丈夫!?」

「ハァ……ハァ……お陰様です」

『キ、サマ……一体何をしたの? その恰好にどんな仕掛けがあるというのよ!?』

 

 辛うじて一本だけ残った触手で顔の傷を抑えながらバケミヅキは声を荒げた。

 何故? 

 どうして銀姫がこんなところにいる?

 気配を消す術があった? 

 いや、そうじゃない。認めたくないが触手を斬られる瞬間より前から何かが近付いてくる気配をバケミヅキは感じていた。

 姿を消したりしていたわけでもない。

 何よりも不可解なのはこれだけいるダムド達が何故、影も形もある銀姫に何もせずに素通りにさせたのか?

 バケミヅキは肩甲の襤褸を足元まで伸ばして、まるで幽霊騎士のような出で立ちになっている銀姫に憎悪の眼差しを叩きつけた。

 

「別に……ただダムド相手のかくれんぼなら得意ってだけよ」

『ふざけたことを言って! クゥウウウ!!』

 

 はぐらかすような銀姫の言葉にバケミヅキは怒りで全身を震わせた。

 しかし、この手傷はバケミヅキ自身が招いた不覚と言った方が正しかった。

 銀姫はその身に纏った襤褸を伸ばすことで生者の気配を遮断してダムドの知覚から逃れることができる。だが、それはあくまでダムドにのみ有効な気配遮断であって姿を透明化させているような万物に対して有効な隠密能力を発揮しているわけではない。

 実際に銀姫が奇襲に成功したのも自分を認識しない大量のダムドたちを隠れ蓑に忍び足でバケミヅキのところまで近付いただけの初歩的なトリックだった。

 全てはダムドのことを使い勝手のいい下僕風情と見下してその性質を理解しようとしなかったバケミヅキの驕りが招いた結果であった。

 

「私は負けない」

『……ッ!?』

「あなたには負けられない!」

 

 ビャクアを庇うように細剣を八双に構えて気を吐く銀姫に気圧されたバケミヅキは言葉にならない鬱屈とした呻きを上げなら後方へと下がった。

 

「銀姫と言ったわね……覚えておきなさい。この傷の恨みは貴女の命で必ず晴らしてあげるから」

 

 そう言い残してバケミヅキはこれ以上の戦闘は不利と悟ったのか恨めしそうに撤退していった。頭目を失ったダムドたちもまた蜘蛛の子を散らすように瞬く間に暗闇の奥へと霧散していく。銀姫とビャクアはどうにか異世界での緒戦を切り抜けることができたのだ。

 

「……これ、油断させてまた襲ってくるとかないよね?」

「気配は完全になくなったみたいですし、本当に撤退したんだと思います」

「ふぅー。やっと、終わったぁ」

 

 敵の脅威が完全になくなったことを確かめ合ってから、変身を解除した朔月は堰を切ったように押し寄せる大きな疲労感と安堵感を感じながらぐいーっと背伸びをして一息ついた。

 

「危ないところを助けていただきありがとうございました」

「気にしないでよ。それに先に私たちのことを助けてくれたのは……って、わっ!?」

 

 ろくに身構える時間も与えられずに強いられた化神やダムドとの戦闘で昂っている鼓動を落ち着かせていると後ろからビャクアが声を掛けてきた。

 まだどんな人が変身しているのか分からないが言葉遣いから怖い人ではないだろうと予想して何の気なしに振り向いた朔月は思わず恐怖で飛び上がった。

 

「ど、どうしました!? ハッ……もしや、やっぱり化神の伏兵が!」

「そうじゃないから! 違うの! あの、その……何でもないから。ご、ごめんね」

 

 慌てて白いお面のようなものを手に持った少女を宥めながら、朔月はあなたが怖くてビックリしましたという言葉を飲み込んでその場の空気をなんとか元に戻した。

 朔月の反応も仕方のない事ではあった。

 ビャクアの変身を解いた沙夜の容姿は女性にしては長身で濡れ羽色の髪が目元まで伸びて表情が窺えず、着ている物も飾り気のない黒のセーラー服だ。

 ハッキリ言って、夜の廃病院に沙夜はホラー的に似合い過ぎていた。

 そんな彼女が音もなく、自分のすぐ後ろに立っていたら朔月じゃなくても悲鳴の一つも上げてしまうというものだ。

 

「そ、それでは改めて……望月沙夜です。よろしくお願いします」

「私は更科朔月。って、もう知ってるんだっけ?」

「はい。失礼かと思いましたが預かった通学鞄の中にあった学生証を見させてもらったので……あ、鞄は別のところに隠してあるので急いで取ってきますね」

「そんなの気にしなくていいよ。望月さんがいなかったらお金なくて公園で野宿かもだったしね」

 

 ビャクアではない彼女の本当の名前を聞けたことで朔月はより色濃く非常識な戦いを切り抜けて日常に戻ってきたような心地で表情を綻ばせた。

 

「あ……私もできたら下の名前で呼んでいただければ。その、学年も同じのようですし」

「そうだったの! 大人っぽく見えるからてっきり三年の先輩かと思ったよ」

「クス。私の身近には同い年でそれも同性の御伽装士……いえ、ライダーはいなかったのでなんだか嬉しく思います」

 

 最初はどこかぎこちなく、遠慮し合うように言葉を掛け合っていた二人だったが些細なものでも共通点を見つけると次第に態度も柔らかく、滑らかになっていった。

 

「いきなり違う世界になんて飛ばされて、どうすればいいのかずっと悩んでたけどあなたに会えたおかげでどうにかなる気がするよ」

 

 そう照れ臭そうにはにかむと朔月はそっと右手を差し出して握手を求めた。

 

「これからよろしくね沙夜」

「……はい。こちらこそ、不束者ですがよろしくお願いします朔月さん」

 

 沙夜は思いもよらなかったと若干驚いた後に嬉しそうに自分の手を朔月の手に重ねた。

 

「沙夜ぁちょっと真面目すぎるよ~そこは気軽にタメ口で言ってほしかったな~」

「え!? すみません、あまりこういうことに慣れていなくてですね……っ!」

「あはは。沙夜って見た目とは予想違いっていうか面白い子だね。じゃあ、ほらもう一回」

「は、はい! よ、よろしくです朔月」

「うん、よくできました」

 

 緊張で顔を赤くする沙夜をみて、朔月は一時しがらみを忘れて無邪気な顔で笑う。

 こうして異世界の夜の下で仮面ライダーの宿命を背負う少女たちは出会った。

 歩んだ人生も、辿った戦いの軌跡もまるで違う二人の少女。

 朔月と沙夜の異世界での物語は本格的に動き出す。

 

 それから二人は病院の天井裏に隠れて朔月を送り出した章太郎を迎えに行って、公園で帰りを待っている権兵衛の許へ向かうことになるのだが、その道中で仮面ライダー愛を爆発させた章太郎から質問攻めに遭って戦いとは違う意味でへとへとになるのはまた別のお話だ。

 

 

 





ここまでお読みいただきありがとうございました。
次回以降は不定期更新となってしまいますのでご了承ください。
これからもよろしくお願いします。

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