仮面ライダーハーメルンジェネレーションズ THE SECOND CROSS 作:マフ30
去年から更新が止まってしまい大変すみませんでした。
かなり間が空いてしまいましたがこうして更新再開が叶いましたので改めてよろしくお願いします。
その日、喫茶Hamelnは営業時間がとっくに過ぎた夜闇に包まれた時間帯にまだ灯りがついていた。異世界からやってきた新しい客人たちをもてなしていたからである。
「ん~♪ 喫茶店のカレーライスってなんていうか、こう……最高だよね」
「コンソメスープもあったかくてホッとします」
年季の入った四人掛けのテーブル席で朔月と沙夜は章太郎も交えて助けてもらったお礼にと店主である権兵衛に振舞われた夕食に舌鼓を打っていた。
こちらの世界に飛ばされてからずっと走って跳んで戦って慌ただしかった朔月と沙夜は口いっぱいにカレーライスを頬張りながら多幸感で顔をふやけさせていた。
「ホンットにおいしいですマスターさん! いままで食べたカレーライスで一番かもです!」
「そうでしょ! おじさんの作るカレーは最強なんだ!」
「うん! 最強においしいよ! 私ここのカレーライスなら毎日でも飽きないよ」
「こんな喫茶店のただのカレーでそんなに喜んでもらえるなら光栄だ。こっちこそ、あの怪しい連中から章太郎を助けてもらったんだ。遠慮せずにたくさん食べてくれ」
「いえ、やるべきことやっただけですから。ご主人、改めてごちそうになります」
スプーンを持つ手に力を込めながら笑顔を弾けさせる朔月にカウンター席の裏側で明日の仕込みをしていた権兵衛は穏やかに口元を緩めていた。
あっという間に権兵衛や章太郎とも打ち解ける朔月とは対照的にやや気後れしている沙夜もぎこちなさそうにお礼を述べ、仮面ライダーである自分たちにあれこれと目を輝かせて質問を投げかけてくる章太郎に答えられる範囲で返事をしていた。
「けど、やっぱり実感が湧かないなぁ。自分がその、別の世界に飛ばされたって」
「私は以前自分の世界に他の世界の仮面ライダーが迷い込んできたことがあったので少しは耐性がありましたけど、やっぱりいざ玩具や映像を見せられるとやはり戸惑いが生まれてしまいますね」
自分たちが暮らす世界とはまた別の世界が存在する。
それだけでも大きな衝撃を受けるであろうことだがいま自分たちがいるこの世界では仮面ライダーは古くから続く日本の大人気TV番組に登場する架空のヒーローであると章太郎少年は二人に教えてくれた。
更には過去にこの世界は正真正銘の悪の怪人たちに狙われ、その度に次元の壁を越えて別の世界の仮面ライダーたちが助けにきてくれたともいう。
「それにしても別の世界の仮面ライダーか……私の世界のライダーはみんな同世代の女子高生だから、どんな人たちがいるんだろう?」
「私の世界は章太郎君が教えてくれた響鬼のように日本各地に老若男女問わずいるのですがエリア別に活動しているので面識が無いんですよね。三つ子さんが一つの怨面、ああ……変身アイテムをシェアして活動している人たちもいるらしいと聞いたことはありますけど」
「なんかそっちもすごそうだね。う~ん……やっぱり途中で章太郎が見せてくれた動画の……1号さんみたいになんていうか濃い男の人が多かったり?」
別の世界の仮面ライダーたちの人物像についてあれこれと想像の翼を広げる二人。
朔月はよほどインパクトが強かったのか道中で章太郎に見せてもらった動画に映っていた益荒男・百戦錬磨といった熱い、熱すぎる言葉を擬人化したような風格を備えた始まりの男を思い返し、そのあまりの圧の強さに苦笑していた。
「おれが会ったのは燐兄ちゃんとムゲン兄ちゃん、それに恵理也兄ちゃん! みんなカッコいい高校生の兄ちゃんたちだった! でも、今日は朔月姉ちゃんたち女ライダーなんてレアな仮面ライダーにも会えて最高だよ!」
「……ム?」
「あはは。そうか、やっぱり女子でライダーは珍しいんだ。変身した姿はそんなに可愛くもカッコ良くもない見た目だからなんかごめんね」
指折り数えて、これまでにこの喫茶Hamelnに訪れたことのある仮面ライダーである少年たちの名を上げていく章太郎。その中に聞き覚えのある名前が混じっていたことに思わず思考がフリーズしてしまった沙夜。
対面の少女がそんな状態になっているとは露知らず、朔月は七人ミサキの中でもホラーテイストに寄った銀姫の見た目に複雑な気持ちを抱き、無意識に自嘲気味の言葉を口走ってしまう。
「そんなことないよ! おれのこと守って戦ってくれてた朔月姉ちゃんの銀姫すっごくカッコ良かったもん!! スカルマンみたいな仮面やボロボロのマントも渋くて良いと思う」
「そっか。ありがと」
思わず漏れた自嘲の原因は見た目だけではなかったのだがそれを真っ向から退けて、目を輝かせながら仮面ライダー愛の限りに銀姫の素晴らしさを熱弁する少年の姿に朔月は僅かに息を呑んでから照れ臭そうにはにかんだ。
「ところで朔月姉ちゃんが戦ってるあのダムドっての戦闘員みたいにたくさんいたけど、銀姫の世界の仮面ライダーたちはどんな怪人たちと戦って世界を守っていたの?」
「え……」
しかし、仮面ライダーが大好きな故にその無垢な好奇心から出た質問に朔月は不意に階段から突き落とされたような悪寒を味わった。
そう、仮面ライダーとは人類と自由と平和のために戦う戦士。それが
けれど彼女たちは違う。更科朔月は違う。
彼女たちノーアンサーによって力を与えられた仮面ライダーは世界のために戦わない。人類のために戦わない。
そう願う者もいるかもしれないがその願望が叶う戦場を与えられはしない。
「その、なんていうか……」
どんな願いも叶えられる。
そんな夢のような特権を得るための殺戮の祭典。
それがいまのところ彼女の
たった一席を手に入れるためにぶつかり合うのは高潔さとは無縁な少女たちの強い強い我欲たち。
「まだ分からないこともたくさんあって上手く言えないけど……平和のために戦ってるよ」
道すがら龍騎や555といったシンプルに正義のヒーローとは言い難い仮面ライダーもあるとは聞いていた。
だけど、そんな彼らもどんな理由や経緯があっても人々を守るために戦う場と怪人がいた。
しかし、自分にはそれがない。
確かにダムドは現れる。けれどそれは毎夜執り行われる戦いの舞台である異空間での話だ。
ダムドは別に人類の天敵ではない。無辜の民の命を奪うことも、平和を脅かすこともない。
「ごめんね。私まだ仮面ライダーになってそんなに経ってないから、あんまり面白いお話聞かせてあげられなくて」
棘が刺さるような不快な痛みにも似た息苦しさを隠して、朔月はそう言ってどうにか平静を装った。
仮面が欲しい。
心のどこかでそんなことを思ってしまうぐらいに揺れ動く気持ちを必死に押し殺して、ぎこちなく笑いながら、どうか自分をそんなに見ないでと朔月は章太郎の頭をそれらしく撫でてやりすごした。
「あ、あの! 二人のお話し中に割り込んでしまうのですがいま章太郎くんが言っていたムゲンというのはどんな人でしたか!」
「わっ!? ビックリしたー……もしかして、知り合いでもいたの沙夜?」
「知り合いというかなんというか」
朔月の心情を知る由もない沙夜は図らずも大きな声を上げて場の空気を壊すと血相を変えてこの世界にきたことがあるムゲンについて問い質す。
「ムゲン兄ちゃんはねーメガネして、すっごい力持ちだった。変身すると仮面ライダーデュオルっていうのになるんだ!」
「あー……やっぱりでしたか。ではこのお店が無理やり肉体労働をして居候させてもらっていたと話していた喫茶店」
「沙夜姉ちゃんもしかしてムゲン兄ちゃんと友達なの?」
「……いえ、友達というほどでは。でも、一緒に戦いました。そうですね、戦友……仕事仲間といった間柄でしょうか。ムゲン、こちらのお店やお二人にご迷惑おかけしてませんでしたか?」
章太郎からの質問に沙夜はしばし考え込んでからそう答えた。
初めて出会った御伽装士とは異なる仮面の戦士の少年。彼が秘めるその信念を尊重すれば例え淡白な間柄と思われてもこういった表現をすべきだと思ったのだ。
「そんなことないよ。あの時、おじさんが腰を痛めちゃってたから代わりにお店の料理作ってくれてたもんね」
「ああ、最初はとんでもないものを作らないかと心配したけど杞憂だったよ」
「けど、初めて出会った時はナイフやノコギリたくさん持っていて燐兄ちゃんと一緒にちょっとビックリしたな。ムゲン兄ちゃんもパトカーのサイレンで慌ててたから王蛇みたいなダークライダーなのかなって」
「はあ……なにをやっているんですかあのムゲンは」
しかしながら、どこの世界においても図太く生き抜いていた様子の戦友の素行にささやかな気遣いをしたつもりだった沙夜は無用なことをしたなと心底呆れて深い溜息を吐いた。
「ねえ沙夜、ホントにその人大丈夫?」
「えっと、ですね……自動販売機を投げ飛ばしたり、鉄パイプで殴ったら鉄パイプの方がくの字に曲がるような体していましたけど、ちゃんと信頼できる人ですよ」
「ごめん。その男子ってちゃんと人間だった?」
当然な疑問を投げかける朔月とやっぱりムゲン兄ちゃんも改造人間か音撃戦士みたいに鍛えまくった人間なんだよと目を輝かせて期待に胸を膨らませている章太郎に一応ただの人間だったと自己申告があったと説明して、沙夜はつい脱線させてしまった話題を元に戻すことにした。
「ムゲンや他のライダーの人たちのことも興味深いですがそれよりもこうして、仮面ライダーという存在がTV番組として成り立っている物証をいくつも見せられた以上、そんな世界で暗躍している魔人教団や化神たちはとても危険です。何としてでも止めないと」
「だよね。それでいて街にあるお店や建物も全部自分がいた世界と何も変わらなかったからさ。あ……一カ所あるのか」
「ええ。章太郎くん、この世界の東京にあるあの螺旋の塔はなんでしょうか? 私の世界に……それに朔月の世界にもあんな建物はありませんでした」
押し寄せる信じがたい情報に驚いてばかりはいられない。
自分たちもまた仮面ライダーとしてこの世界に招かれ、あるいは辿りついた以上はなすべき使命があるのだと。
そこで沙夜はまず目に見えて異彩を放っていたこの世界の東京にそびえ立つ螺旋の塔について章太郎に尋ねることにした。
「あのへんてこな塔は一週間ぐらい前から突然あらわれたんだ。同じタイミングで行方不明になった人たちが沢山出てるってニュースもTVで流れているんだけど……一番おかしいのが誰もあの塔のことを気にしようとしないんだ」
「え、なにそれ……おかしいでしょ?」
「はい。十中八九、怪人たちの企みに関わっていると思います」
章太郎からもたらされた情報に二人は目を丸くした。
更なる情報を得ようと二人が章太郎に質問を続けようとした時だった。
ゴホンと咳払いをしてから権兵衛がジロリと章太郎を一瞥する。
「ところで章太郎、宿題はもうちゃんと終わらせているんだろうな? あの妙な塔が突っ立てても学校は休みにならないんだぞ? それにお嬢さんたちもお疲れなんだから、ほどほどにな」
「やっべ。こ、これからちゃんとやるってば! じゃあ、お姉ちゃんたちごめんね、すぐに終わらせてくるから」
権兵衛の言葉にバツの悪そうな顔をして、章太郎は自分の食器を流し台へ運んでから住居スペースへと行ってしまった。
「すまんね。仮面ライダーが絡むといつもこれだ。自分がイカれた連中に誘拐されかけたことも忘れて夢中になっちまうもんだから困ったもんだ」
「大丈夫ですよ。章太郎がいろいろと話してくれるおかげで私たちも状況が整理できて大助かりです」
「そう言ってもらえるとありがたいが保護者としては心臓がいくつあっても足りないってもんさ」
元気な足音が家屋の奥へと遠のいてから、二人分の食後のコーヒーを淹れながら権兵衛がやれやれと甥っ子への謝罪と不安を零す。
そんな彼に気を遣わせないようにと柔らかな微笑みとセットで朔月からフォローの言葉が出ると権兵衛の表情も明るくなるがまたすぐに眉間に皺が寄る。
「あの、失礼ですが章太郎くんのご家族は……?」
「……あいつがもっと小さい頃に事故でな。いまじゃ俺が唯一の身内さ。例えこの店を売り払うようなことがあっても章太郎が一人前の大人になるまで育て上げる。そうじゃなきゃあいつの両親に顔向けできないからね」
「それは……不躾にすみませんでした」
噛み締めるように語る権兵衛の表情には普段のにこやかな喫茶店のマスターとは一線を画す、男の信念のようなものが滲み出ていた。
章太郎の両親が既にこの世を去ってしまっていることを聞き、無神経なことを尋ねてしまった沙夜はすぐさま頭を下げて謝った。向かいの席の朔月もあんなに元気な少年に両親がいない無情な現実に何も言わなかったがその表情は暗い。
「気にしなさんな。それになによりも章太郎自身が親のいない身の上に挫けずに元気にやっているんだ。そういう意味じゃ仮面ライダーにゃ感謝するよ。さあ、こいつはサービスだ」
「は、はあ……ありがとうございます」
店内に漂う沈痛な雰囲気を払うように権兵衛は二人にコーヒーを差し出した。
何の変哲もない材料と水で作られたそれは、しかし熟練の職人技で淹れられたであろう芳醇な香りを放ち、少女二人の暗澹とした心をほぐす。
「おっと、君たちも仮面ライダーだからややこしくなっちまったな。つまり……親がいない境遇なんて気にならないぐらい大好きなものがあるおかげで章太郎はいつも明るくやっていけているんだろうからね。それが仮面ライダーだったんだ」
照れ臭そうに苦笑いを浮かべながら権兵衛はそう語った。
彼の脳裏には先行き不安な自分をよそにTV画面に映る空想のヒーローの活躍に胸躍らせて笑う幼い章太郎の姿があった。
「情けない話かもしれんが俺がどんなに親の代わり頑張ってもそれだけじゃいまみたいにはならなかったさ」
「そんなことは、ないと思います」
中年親父のボヤキに付き合わせて悪かったねと適当にこの話題を打ち切ろうとしていた権兵衛に少し戸惑いながらもハッキリと朔月は声を掛けた。
「えっと、私みたいなお二人の事情をよく知らない人間が言うのは変かもしれないけど……マスターさんが章太郎のことを大切に思ってる気持ちも行動もちゃんと伝わってると思います。だから、その……情けないとか言わなくてもいいっていうか」
「朔月くんだったね? ありがとう。自分でもよく分からんがそう言ってもらえて勇気がもらえたよ」
思いもしない言葉をかけられて権兵衛は数秒ほどポカンと固まってしまった。
けれど朔月のとりとめはないが真摯さが籠った励ましのような何かを受けとると得心が行ったような穏やかな表情を作っていた。
「あはは……ども」
羨ましいと思ったつもりはない。
年上の男性に丁寧にお礼を言われて、謙遜しながらはにかむ明るい表情の裏側で朔月の心はひどく冷静で乾いていた。
藤堂権兵衛と章太郎の関係を知って、肉親のいない少年の境遇に同情はする。
不器用に、けれどひたむきに親の代わりに愛情だけは大盛りで振舞おうと奮闘する権兵衛の姿に尊敬もするし、報われて欲しいと願う心もある。
けれど、そこまでだ。
その血と縁の垣根を越えた愛情が自分の許にも注がれて欲しいと願う気持ちは微塵も生まれてこない。
身勝手で自分本位な両親によって世間体のために愛情の欠片さえも向けられることなく育てられた代償か血が繋がっていなくても思い遣りに溢れた家族の絆を結ぶ権兵衛と章太郎の姿を見ても彼女の心にはそれ以上の何も湧きあがる感情はなかった。
(神様なんていないだろうけど、もしもいるなら……どうしようもなく残酷な人か、お仕事下手な人なんだろうな)
そして、柄にもなく映画のセリフを真似たような哲学めいたことを一人想う。
だってそうじゃないか。
仮に生命が生まれ落ちる先を割り振る役目を担っている超常の存在がいるのなら、権兵衛と章太郎のような人間が大切な身内を喪っている一方で更科家のような冷え切った家庭が家族という形を無駄に保っているだなんておかしいじゃないかと。
「ところでもう夜もいい時間だが二人は泊まるところのあてはあるのかい?」
「えっと……沙夜はどうする?」
「その、お金も節約しないといけないので私は良い場所を見つけていたので野宿する気でいたんですが」
「ちょっと沙夜、ぶっちゃけすぎ!?」
「あ……」
意味のない空虚なことを考えていると不意にそんなことを尋ねられて朔月はしばらく考えてから沙夜と顔を見合わせた。すると彼女の方は急に話を振られて慌てたのか、あるいは日夜忙しく活動する御守衆の癖が出てしまったのか馬鹿正直にそんなことを口漏らしてしまう。
「こらこら。若いお嬢さん方がそんなことを気安くそんなことをするもんじゃない。ふむ……燐君たちの同業者みたいだし、もしも嫌じゃなかったらウチの空き部屋を使うといい」
お説教か警察を呼ばれて補導されてしまうかとヒヤリとした二人だったが思わぬ方向へと話は転がっていく。朔月と沙夜は幸運にも旅先で重要な宿泊施設をほぼ無償で確保することが出来たのだ。
※
「……はふ」
気の抜けた大きな吐息が湯気に混じってとけていく。
男所帯の住居の浴室は思っていた以上に清潔で殺風景だったがそれでも風呂場に変わりはない。
変わりがあるとすればいまお湯がいっぱいに溜まったバスタブに浸かっているのが瑞々しい肢体の持ち主である沙夜だということぐらいだ。
「すごい一日でした」
白い肌をほんのりと朱に染めて、熱めのお湯に肩まで浸かった沙夜は激動の一日を回想した。自分の世界への魔人教団による再びの襲撃に始まり、謎多き敵であるダムドとの戦闘に別世界への移動。そして、デュオルに続いて巡り会った御伽装士とは異なる仮面ライダーとの邂逅。
「ムゲンやカナタさんたちには感謝しないといけませんね。彼らとの出会いがなかったら今回の状況に頭がパンクしていました」
ほんの少し前に体験したとある大きな戦いとそれに関係した得難い出会い。
あの一件で慣れを覚えていたことが現状彼女の心身を支える大きな助けになっていることを沙夜は実感していた。
「謎の塔と推定魔人教団による連続した誘拐事件……奴らは何を企てているのでしょうか? 化神たちまで傘下に入れているのも見過ごせませんね」
両手で掬ったお湯をばしゃりと顔に掛け、ふやけていた思考を引き締めて沙夜は脳内で情報を整理していく。
魔人教団の凶行は以前にも目の当たりにしたが前回と今回では派閥が違うのか彼らの行動には破壊行為とは別に何らかの目的があるのは明らかだ。そして、恐らくそれは件の螺旋の塔が大きく関わっているのだろう。
彼奴らの企みが動き始める前に先手を打って塔を破壊するのも一手かもしれない。
幸いにもビャクアの七つ道具の一つ、大具足ならばおそらくは――。
「一人で逸ってはダメですよね。折角出会えたんです……彼女と協力して解決しないと」
あれこれと錯綜する思考を一端止めると気持ちを切り替える。
ご好意に甘えてお風呂までいただいているんだから、ゆっくりと疲れを取って英気を養わねばと。
「……ふぅ……んん~」
湯船の中で大きく伸びをすると沙夜の豊満な乳房がさざ波を作って浮かぶ。
本人の自覚は薄いが御伽装士として日々鍛えられた彼女の肉体は目の毒と言っても過言ではない優れたものだ。
だが当の本人はそんな事実など露知らず、気持ち良さそうにお湯の中でぐるりと体を回しつつ、新しい出会いに口元を緩めていた。
「朔月。初めて出来た同世代の女の子のライダー仲間か……くふふ」
不謹慎だとは思うが沙夜は嬉々とした気持ちを押し殺すことが出来なかった。
自分とはまったく違う人柄に、変身した姿。
彼女のことがもっと知りたい。
自分のことを知ってもらいたい。
不思議とそう思えた。
御伽装士になってしまった宿命と御守衆の在り方から一時期は他人と関わりを疎んで誰とも目を合わせずに生きていこうとさえ考えたことがある自分が嘘のように沙夜は朔月に興味津々だった。
「気合入れていきましょう」
他の御守衆の助けは望めない孤立無援の異世界道中。
不安は尽きないものだがそれ以上の出会いを糧に沙夜は密かにやる気を漲らせていた。
※
同じ頃、朔月は権兵衛に用意してもらったHamelnの二階にある空き部屋で所作なさげにしていた。ほんの少し前まで物置として使われていた二台のベッドが部屋の両端に置かれただけの質素な部屋だ。
(マスターさんの作ってくれたご飯本当においしかったな……初めてかもしれない、あんなに楽しかった夕食)
片方のベッドに所作なさ気に腰を下ろして慌ただしかった一日を振り返っていた朔月はふと沙夜や章太郎たちと一緒に囲んだ夕食のことを思い出した。
大袈裟なと思うかもしれないが実の両親から毎日千円札を一枚だけ与えられるだけのネグレクト同然の生活を強いられている朔月にとっては気を許せる相手と囲んだあたたかな食卓というのはとても貴重なものだった。
「……本当のこと言えなかったな」
だからこそ、幻滅されるのが怖くて自分のことをあこがれの存在として見る無垢な少年の質問に答えて上げられなかった自分に嫌気が差す。
無意識にベッドの上で縮こまるように体育座りをして朔月がネガティブなことを悶々と考えていると部屋の扉が開く音が無音の空間に響いた。
「お風呂、お先にいただきましたぁ」
全身からほかほかと湯気を立ち上らせて、湯上りの沙夜が戻ってきた。
漆黒のセーラー服から貸してもらったTシャツとジャージに着替えた彼女は長身なことも相まってまるで合宿中のスポーツ少女のようにも見える。
「朔月?」
「あ、うん。おかえり」
もしかしたら物思いに耽っていて何度か呼ばれても気付かなかったのだろうか。
不思議そうにこちらを見る沙夜に朔月は体育座りを解いて何事もなかったかのように浴室へと向かおうとする。
「朔月。その、もしも迷惑でないのならちょっとお話しませんか?」
「へ?」
「と、隣……失礼しますね」
そんな彼女を引きとめるように突然、沙夜はそんな風に口火を切るとまるで初めてのデートで緊張する青少年のようなぎこちない動きで朔月の隣に腰掛ける。
「……あの」
「……あの」
ほんの数秒の沈黙。
奇跡的に喋る内容を纏めて声に出す覚悟を決めるまでの時間が見事に被った二人の言葉が見事に重なった。
「ご、ごめんなさい。あの、お先にどうぞ」
「いや、いいよ。その先に話しよって言ったのはそっちだし沙夜の方からで」
「で、では……つかぬことを聞いてしまいますが時折、朔月が苦しそうな表情をしているような気がして、その仮面ライダー絡みで悩みや不安があるんじゃないかと」
わたわたとどこか滑稽なやり取りを経て沙夜は前髪の隙間から心配そうな眼差しで朔月のことを見ながら夕食時から見られた彼女の変化について率直に尋ねた。
「今日出会ったばかりの私が気安く聞いていい事柄ではないのかもしれませんがもしも力になれるようなことがあるならと思って……ごめんなさい。出過ぎた真似でしたよね」
「そんなことないよ! ありがと……なんて言うか、その、みんなが羨ましくてさ」
薄々隠し事は苦手な性分だと言う自覚はあったがこんなにもあっさりと胸の内に抱えていたモヤモヤを見透かされてしまった朔月は観念したようにポツポツと章太郎には言えなかった自分の世界の仮面ライダー在り方を話し始めた。
「私たちの世界の仮面ライダーってね、世界のためとか人類のためとかに戦っているわけじゃないんだ。自分たちの願い事を叶えるためだけに七人のライダーで殺し合っているだけなの」
「それは……章太郎くんが教えてくれた龍騎のようなバトルロワイヤルのものだということですか? ですがあのダムドという怪人たちは……?」
「ダムドのことは私たちもよく分からない。ノーアンサーはライダーバトルが行われる異界に発生する亡者。せいぜいデスゲームの障害物程度のものだとしか」
まるで裁判所の法廷に立たされたような重圧を感じながら、それでも朔月は沙夜に本当のことを打ち明けた。
自分たちの仮面ライダーの殺し合いに人類の自由や平和は一切関わらない。
正義に味方のように人間を襲う怪人を相手に戦ったのも今日が初めてのことだったと。
「そんな凄惨なことを強いられていたんですか、ただおまじないを唱えただけで……拒否権もなく? ノーアンサー……あの女はやはり」
「だからさ、沙夜やこの世界に来たことがある他のライダーたちみたいにTVのヒーローみたいに誰かのために戦えるみんなが羨ましくて」
聞かされた七人ミサキの陰惨で残酷な内容に憤る沙夜の隣で計らずして溜めこんでいたものを吐き出せた朔月はどこかスッキリとした様子で、それでも虚しそうに微笑を浮かべた。
「私の世界では怪人は地震や津波のような災害のようなものなんです」
前髪の隙間から紫水晶のような瞳でそんな様子の朔月をしばらくジッと見つめていた沙夜は不意にそうやって自分の世界のことを話し始めた。
「その上、人間の負の感情……穢れと呼んでいるんですがそれを餌に湧いて出てくるので私たち御守衆は化神の悪さに巻き込まれた人間の記憶を消すようにしています。私も見ず知らずの人から学校の知人とたくさんの人の記憶を消してきました」
「なんか寂しいね」
「はい。だから、不謹慎ですが嬉しかったんですよ。章太郎くんが私のことを仮面ライダーだってとても喜んで憧れてくれたこと」
目元は相変わらず長く伸ばした黒髪で覆われて窺い知れないがゆるやかにつり上がっている口角から相当に嬉しかったことが見て取れる沙夜に朔月は素直に驚いた。
まるでオカルト系の漫画か映画に出てくるような容姿から沙夜のことをてっきりミステリアスでクールな仕事人のような少女なのかと想像していたからだ。
「ええ、自分で言うのもなんですが食事中も章太郎くんにサインとかプレゼントしてあげればいいのかなとか考えていました。筆記体苦手なんですが」
「ぷっ!!」
見た目に反してあんまりにも庶民的な発言を連発する沙夜に朔月は堪らず吹き出してしまった。
「あっはは! それは流石にアウトでしょ~間違いなくお店に飾られちゃうよ?」
「やっぱりですよね? やらなくて良かったです。バレたら上司からのお説教じゃ済みませんでしたし」
冗談でもおどけているわけでもなく、本気でそんな俗っぽいことを案じていた沙夜に先程まで曇った気持ちになっていた朔月は大きな声で笑いを零した。
「ごめん。私、実は沙夜のこともっと大人っぽい違う世界に生きている同世代の女の子って思ってたけど、どうも誤解してたみたい」
「私なんてこれっぽっちも特別でも何でもない普通の女子高生ですよ。むしろ、よく野暮ったいと言われます。だから、その……朔月も私たちも一緒なんだと思います」
「え?」
「自分を卑下しないでください。貴女も紛れもなく仮面ライダーです。だって、今日、章太郎くんを守り抜いたのは誰でも無い朔月なんですから」
ほんの少しおずおずと、けれど迷うことなく隣に座る朔月の手に自分の手を重ねて沙夜はハッキリと伝えなければならない言葉を彼女へと口にした。
「私一人では間に合いませんでした。章太郎くんを……彼と権兵衛さんの日常を朔月が守ったんです。だから、貴女はもう貴女が羨んでいた理想の仮面ライダーになれている……私はそう思います」
「……っ」
朔月は息を呑んだ。
最初はどんな気持ちでいればいいのか分からなかった。
けれど、胸の奥から心地の良い熱がこみ上げてくるのは確かに解った。
「ありがとう。それから、改めてよろしくね沙夜」
「……はい」
「それじゃ、私もお風呂行ってくるよ」
「いってらっしゃい。明日から忙しくなると思いますのでゆっくり疲れを癒してきて下さい」
「うん!」
そう言って、朔月は軽やかな足取りで浴室へと向かっていった。
まだお互いに知らないことも分からないこともたくさんある。
しかし、朔月と沙夜はおっかなびっくりでも着実に友情を深めていった。
その日の夜。
ベッドの中で朔月は密かに闘志を燃やしていた。
いつもならば殺戮の宴の場に呼び出されることのない静かなこの世界の夜の中で。
この世界でならば、この世界にいる間だけでも自分は最初に願い、思い描いていた理想像としての仮面ライダーでいられると。
自分とは別の仮面ライダーと殺し合うこともしなくてよいこの世界で一時の淡い時間であったとしてもなりたい自分になるんだと朔月は決意して、久しぶりの心地の良い眠りへと落ちていった。
※
真夜中の公園のベンチに一人の女性が力なく座ってコンビニで買った菓子パンでお粗末な夕食を済ませていた。
まだ二十代前半といううら若き年頃だというのにその女性は疲れ果てていた。
理不尽ばかりの会社勤め、息苦しい人間関係、欝屈としたストレスから逃れるために気が付けば男遊びや散財で底が尽きかけている金銭。
何もかもが辛くて嫌だった。
まるで生きているのに覚めることのない悪夢を見ている様な毎日。
そんな不幸を背負った人間の傍にこそ魔人は甘美な罠を携えて現れる。
『のぞみ。のぞみ……おいで。お仕事が終わったんだろう? おつかれさま』
突然耳元に飛び込んできた懐かしい声に女性が覇気なく顔を上げると彼女の瞳には一瞬で涙が溢れた。
「おばあ……ちゃん?」
『がんばったんだねえ。えらいねえ』
「あ、ああ……ぅ、ぁ……ああ。おばあちゃん……そうだよ、わたしがんばってるよね」
女性の目の前には四年前に亡くなった彼女の祖母がいた。
ちょうど彼女が社会人になる目前に亡くなった大好きな、大好きな祖母だった。
家族の中で一番自分に優しくしてくれた一番の理解者だった。
『辛いことは忘れてゆっくりとおやすみ。だいじょうぶ、ずっとおばあちゃんがついているよ』
「うん! うん! ありがとう、おばあちゃん……うぅ、夢でもうれしいよおばあちゃん」
『夢なもんかい。ああ……夢じゃないよ』
泣きじゃくり、女は深い深い眠りに落ちていく。
自分が抱きついた存在がおぞましい異形だとはついぞ気付くことなく。
『これからアナタは一生目覚めることはないのですから、言い換えればそれはもう夢じゃないでしょう』
どこまでも人間を嘲弄したような声色でナイトメアメタローは囁くと捕らえた女性をダムドに預けて螺旋の塔へと運ばせる。
『さて、今宵はお邪魔虫ももう出てこないでしょうしサクサクとノロマをこなしていきますか』
女性が見ていたものは全て、全てナイトメアメタローが見せていた甘い毒のような幻だった。バケミヅキと仮面ライダーとの交戦と劣勢による撤退。味方陣営の不利さえ活用してナイトメアメタローはある計画の成就のために暗躍を続ける。